ゆったり寛ぐジェイコブ・ロスチャイルド(左)と、ややしゃちほこ張って座るデイヴィッド・ロックフェラー
(photo:Annie Leibovitz, Vanity Fair)
■「世界の年間金(ゴールド)産出量の半分」を産出したマリ帝国を支配して、「現代人の想像・理解をはるかに超える規模の富」を手にしたとされるマンサ・ムーサ____彼がほしいままに動かしたゴールドの「1万倍以上」を今、ロスチャイルドは事実上統制支配している
2.世界の諸国家・諸国民を「ロスチャイルド・システム」の末端子会社化・「債務奴隷」化し、「金融『ねずみ講』ピラミッド・スキームの胴元」ロスチャイルドに世界を支配させる「金融資本主義独裁体制」が存在する限り、戦争・貧困・格差・差別と地球環境破壊は、絶対になくならない
★「石油王」も「鉄鋼王」も、「共産主義国家群の盟主」も、「金融ねずみ講『ロスチャイルド・システム』の胴元」「世界金融帝王」ロスチャイルドの前にひれ伏す
「これまで地上に存在した全ての人の中で、最も多くの富を手にした10人」という長者番付があります。(*18)このリストに載った「現代人」は3人__6位のヨシフ・スターリン(Joseph Stalin 1878~1953):現在価値に換算した推定総資産額7兆5000億ドル(=約1175兆6250億円)、9位のアンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie 1835~1919):同3720憶ドル(=約58兆3110億円)、そして10位のジョン・D・ロックフェラー(John D. Rockefeller 1839~1937):同3400億ドル(=約53兆2950億円)です。
この「6位:スターリン」の項には但し書きがあって、「スターリンは7兆5000億ドルという額の『お金』を全部自分の手に持っていたわけではなかった」____OECDのデータによると、スターリンの死の3年前の1950年、「地球全体の陸地の6分の1」にも及ぶソビエト連邦(以下「ソ連」)は、世界経済全体の総生産量の9.5%(=現在価値換算で7兆5000億ドル)を産出していました。つまり、「スターリンの富」とは即ち「ソ連の富」であり、スターリンは、その地に暮らす「労働力」としての人民が、その地に含有される「自然資源」を使って産出する「富」を丸ごと含めて「完全支配する権力」を持っていた____というのが経済学者・歴史学者の見解なのです。
しかし、ソ連を「その頂点に在って完全支配していた」のがスターリンだった、というのは事実ではありません。
「ソ連(正式名称:ソビエト社会主義共和国連邦)」は、1917年のロシア革命によって成立したレーニン、トロツキーらのボルシェビキ政府が1922年に設立したものですが、ロシア革命は、1789年のフランス革命と同様、ロスチャイルド国際金融資本__この場合はジェイコブ・シフとポール・ウォーバーグのクーン・ローブ商会__によって融資されていました。(*19)レーニンは、1918年から1922年までの4年間に4億5000万ドルをクーン・ローブ商会に返済しています。(*20)
日本が1904年の日露戦争をジェイコブ・シフ(=クーン・ローブ)からの融資によって戦い、勝利し、「ロシア帝政弱体化」(つまり「ロシア革命の成功」)に貢献した(させられた)事実も、忘れてはなりません。(*21)
「鉄鋼王」カーネギーの「カーネギー・スティール」も、1880年までにはアメリカ合衆国の石油生産の90%を統制していた「石油王」ロックフェラーの「スタンダード・オイル」も、クーン・ローブから融資を受けていました。「ソビエトの盟主」も「鉄鋼王」「石油王」も、「融資」を受けた時点で「債務者」となり、「債権者」である国際金融資本「ロスチャイルド・システム」によって、「金融的に」完全支配される____それが真実なのです。(*22)
ロスチャイルド・プロパーの中央銀行「FRB 連邦準備制度」を設立させたウッドロー・ウィルソンの1912年大統領選挙以来、「ロスチャイルド・システムによる全大統領候補者融資(=完全出来レース)」は、ステルスながらも、厳然たる事実として「当然」になっている____世界のGDPの25%を占める「超大国」アメリカ合衆国を「支配しているかに見える」米大統領の地位もまた、「ロスチャイルド・システム」が「アメリカ合衆国の富」を「完全支配」するための「駒」にすぎないことは、明らかです。(*23)
「カーネギー・スティール」は1901年に、4億8000万ドルで(1837年からロスチャイルド代理人である)J・P・モルガンに売却されています。また、2012年5月、英ロスチャイルド家第4代当主ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT(Rothschild Investment Trust、現RIT Capital Partners plc)」が、ロックフェラー家の全ての投資を統制する「Rockefeller Financial Services」の株37%を買収しています。(*24)
1865年から続いている、ロスチャイルドによるロックフェラーの「金融的完全支配」が、(日本を除く)全世界に、公表されたのです。
ロスチャイルドが「RIT Capital Partners」の本社(従業員数78名)とするため、1986年にスペンサー伯爵家(故英皇太子妃ダイアナの実家)から96年間(24年延長オプション付き)の貸借権を年額8万5000ポンド(約1660万円)で得、改装に40億円を費やしたロンドンの英国国家遺産第1級歴史建造物「スペンサー・ハウス」
先進7か国の中で唯一の「有色人種国」日本の一般国民だけが、この2012年のロスチャイルド・ロックフェラー間の「歴史に残る一大取引」の「実相」について知らされていません。英文記事が使った「acquire / bought(買収)」「merger(合併)」という文言、そして37%という高い株の取得率から明らかなように、この取引は完全に「相手企業の経営権、つまり支配権を取得するのが目的のM&A(企業の合併・買収)」でした。にも拘らず、同取引を報じた日本向け記事だけが、これを「資本提携」だと言っています。(*25)
「資本提携」とは、株式の取得は経営権の獲得に及ばない範囲でおこなわれ、「相互の独立性」を保つ、M&Aとは次元が全く異なるもの____ロスチャイルドの世界メディアがしていることは、「印象操作」の範疇を越えて、もはや「事実の改竄・捏造」です。(*26)
★伝説的な「マンサ・ムーサの『黄金に輝くメッカ巡礼』の旅」と、マンサ・ムーサがほしいままに動かした「マリ帝国の富」の行方、そして「黄金帝国マリ」の末路
「カタラン・アトラス」に描かれた、黄金の冠を戴き、左手には黄金の笏、右手には大きな金塊を持って黄金の玉座に座るマンサ・ムーサの像
「これまで地上に存在した全ての人の中で、最も多くの富を手にした10人」リストの第1位は、14世紀の西アフリカ・マリ帝国の王マンサ・ムーサです。同リストは、第2位のジンギス・カーンの推定総資産額を120兆ドル(=1京8810兆円)としたものの、マンサ・ムーサの推定総資産額は「現代世界に生きる私たちには想像もつかない(incomprehensible)」として、確定させていません。
第9代目マリ帝王マンサ・ムーサ(在位1312~1337年)の名を北アフリカ・中東全域に広く知らしめた「寓話」、その名声を聞きつけて1375年、地中海ヨーロッパ諸国中が目にし、フランス王立図書館にも所蔵されたカタロニア世界地図「カタラン・アトラス」に、マンサ・ムーサが大きく描かれる元となった「黄金伝説」____それこそは、マンサ・ムーサが1324年から1325年まで、1年以上をかけ挙行したメッカ巡礼__「世界史上最も豪華絢爛な『黄金尽くし』の巡礼の旅」でした。

「マンサ・ムーサの巡礼旅団」は、最高級のペルシャ絹と金襴緞子を身に纏った6万人の従者(重臣・官吏・兵士を始めとする「宮廷でマンサ・ムーサに仕えるもの全員」と商人、芸人、ラクダ使い、その他諸々)と1万2000人の奴隷、そしてそれぞれに140kgの砂金の袋が載せられたラクダ100頭…………などで構成され、それはまるで「砂漠の中を、一つの『市』が丸ごと、キラキラと輝きながら移動しているかのよう」でした。隊列の後ろを繋がれてぞろぞろついてゆく大量の食糧用ヤギ・ヒツジなども含め、旅団の全長は4400kmにも及んだと言われます。(*27)
「旅団の先頭を行く500人は皆、それぞれが3kgほどの黄金の装飾品を見せびらかすように打ち振っていた」「奴隷たちはそれぞれが2kgの金の延べ棒と4kgの黄金の杖を両の手に持って歩いた」「マンサ・ムーサは、巡礼の途中で立ち寄った町や都市のすべてで、貧民に施しを与え、礼拝施設建設費用を寄贈した(一説には、毎週金曜日に必ずひとつのモスクが建てられたとも……)」「1324年7月、マンサ・ムーサはカイロでエジプトのスルタンに面会し、『二人の偉大な支配者の間の友好の証』として、5万枚のディナール金貨(中世イスラム教圏の硬貨。1ディナールは金4.25g)を贈った」____など、わかりやすい「黄金の大盤振る舞い」の他、行く先々の市場で購入された7万2000人の旅団構成員の食料・日用品や動物たちの水・エサの代金がすべて、「マンサ・ムーサの金(ゴールド)」で支払われたのです。
この巡礼の旅で使われた黄金の総量は18トンであったとも言われており、それはつまり、金の年間生産量が世界中で2トンであった時代に、その9倍=9年分の世界中の金が、マリ~メッカ間の1万kmの地域に1年間という短期間に流入した、ということです。特に、エジプト・スルタンへの212.5kgの金貨贈与に加え、ギザのピラミッドの傍でマンサ・ムーサがテントを張り3日間逗留した際のカイロの市場では、それこそ人々の想像をはるかに超える莫大な量の品物が金を使って購入され、途方もない量の金が一気に流入したことで金の価値は20%も暴落し、品不足と相まって深刻なインフレーションが起こり、エジプト全体の経済を崩壊させてしまいました。その後12年経っても、エジプト経済が完全復興することはできなかった、と言われています。(*28)
マンサ・ムーサはその25年の治世下で、以前から交易都市として栄えていたティンブクトゥやガオ、そして旧ガーナ帝国を含んだマリ周辺の24の都市__現在のモーリタニア、セネガル、ブルキナ・ファソ、ニジェール、ガンビア、ギニー、アイボリー・コースト(象牙海岸)などの一部或いは全部__を次々と征服して版図に加え、サハラ砂漠を横断する重要な交易ルートである大河ニジェール川の上流から西半分と、もう一つの大河セネガル川の上流から大西洋岸河口まですべてを含む広大な地域を、支配していきました。(*29)
14世紀の西アフリカで最大となったその領土には、2つの巨大な金鉱地帯があり、世界中の金の年間産出量の半分、1トンを産出していましたが、メッカ巡礼でばら撒かれた18トンの金は、マリ地産のものだけではもちろんなく、征服した属国や交易相手である周辺国から寄進させたものが大半であったようです。
マンサ・ムーサはメッカ巡礼の途中で征服したティンブクトゥに大学を建設し、そこへメッカからイスラム教学者や歴史学者らを招聘して、現代まで残る一大学術都市の礎を築き上げたほか、やはり2つの金鉱地帯を持つ大国エジプトのスルタンや政府高官らとコネクションを築いて共に交易ルート・商取引ルールを整備・確立し、マリを「交易帝国」に伸し上げました。
そもそも、マンサ・ムーサにとっての「黄金尽くしのメッカ巡礼」とは、大国エジプトや交易先進の地であった東地中海ヨーロッパ世界(*30)との交易機会を拡大するための「プロモーション・ツアー」であったことを考えれば、「カタラン・アトラス」に自身の黄金に輝く姿が描かれ、ヨーロッパの商人たちの目を惹きつけたことこそが、マンサ・ムーサの一番の「功績」だったと言えるかもしれません。
しかしながら、マリを「アフリカの黄金郷」にしたマンサ・ムーサの死後、マリは急速に衰退してしまいます。イスラム教の布教・文化的発展に貢献したマンサ・ムーサのメッカ巡礼が、イスラム教圏では今も好意的に語り継がれているのに対し、マリ本国の口頭伝承にはその名が殆ど言及されません。「マリの富を他国にばら撒き、使い果たした」として、「歴史の語り部」である吟遊詩人に不人気であったことが、その理由とされています。
★ロスチャイルドがイングランド銀行と「ブリオン・バンク(Bullion Banks=正金銀行)」、そして英米の金融取引所を動かして「金価格操作」する「ロンドン・ゴールド・フィクシング(The London Gold Fixing_ロンドンによるゴールド統制支配)」の200年
14世紀の北アフリカ・中東地域で「18トンの金=ゴールド(2024年10月現在の価値で約17億4500万ドル=約2650億円相当)を1年間でばら撒き、大国エジプトの経済を12年以上麻痺させた」マンサ・ムーサの支配した「富」の大きさを、「現代世界に生きる私たちには想像もつかないもの」というのなら、「現在地球上(地上+地下)に存在する27万トンのゴールド(同約26兆2000億ドル=約4000兆7000億円相当)すべてを管理・統制する者」の支配する「富」の大きさは、一体なんと形容すればよいのでしょうか?(*31)
その当時の「世界の金の年間産出量の半分」をマリ帝国が産出していたとはいえ、所詮、マンサ・ムーサは「『世界全体の産出量9年分のゴールド』を手にし、それを使い果たした人」にすぎなかった、といえます。一方、250年前から世界に「ステルス金融侵略戦争」を仕掛け、「近現代金融経済システムの設計者・『世界中央銀行カルテル』のドン・『世界金融市場カジノ』のオーナー」となったロスチャイルドは、世界の「金」利権(採掘/冶金・製錬/精錬・製造/加工・輸送・保蔵・流通)すべてを支配する仕組み・ルールを自ら作り出すことによって、「『27万トンのゴールド』を支配し、『資本主義経済の血液=マネー』を支配して、世界金融経済を『恒久的に』支配する人」になったのです。
◇「ワーテルローの戦い『インサイダー取引・国債市場操作』」による、ロスチャイルドの大英帝国金融中枢「シティ・オブ・ロンドン」支配
ロスチャイルドは、18世紀末、ヘッセン人傭兵の養成・派遣業でヨーロッパ随一の富豪となっていた神聖ローマ帝国ヘッセ=カッセル方伯ヴィルヘルム9世の「宮廷管財人」の地位を得、ロスチャイルドが融資・設立した「イルミナティ」に、1803年「ナポレオン戦争」を惹起させます。ナポレオンに狙われたヴィルヘルム9世は、(おそらくはロスチャイルドの企て通り)その莫大な資産__主に金塊__をロスチャイルドに預けて亡命____この資産を(当局から隠しながら)最大限に「運用」して増やしたロスチャイルドは、1815年「ワーテルローの戦い」では、単独で、当時世界史上最大規模の大英帝国(*32)の政府よりも多くの金塊を、もっと的確に素早く、戦地のウェリントン将軍に届けています。
そのとき活躍した同じ「ロスチャイルド汎ヨーロッパ金融・情報・運輸ネットワーク」を使って、「ナポレオン戦争の帰趨(ナポレオンの敗北=ウェリントン将軍の勝利)」の情報を英国政府よりも一日も二日も早く知ったネイサン・マイヤー・ロスチャイルドは、ロンドン証券取引所の「定位置」に立ち、他の投機家たちが注視する中「ウェリントン将軍が『負けた』かのような浮かない顔をして」大量の英国債を売ってみせ、これに「我先に」 同調した投機家たちの「投げ売り」を誘い、英国債の大暴落を仕組みます。
その後__まだ皆が「ナポレオン戦争の本当の帰結」を知る前に__底値となった英国債を代理人たちに買い占めさせて「英国の大債権者」となったロスチャイルドは、19、20、21の3つの世紀にまたがって、「南北アメリカ」も「ヨーロッパ」も「アジア・アフリカ・オセアニア」もその金融帝国麾下に従えることとなる「シティ・オブ・ロンドン(=通称『ザ・シティ』『ザ・マイル』)」__大英帝国を発展させた「奴隷・麻薬・香辛料/茶葉の三角貿易」「産業革命」の中核を担ったイングランド銀行、ロンドン証券取引所を中心とする世界金融の中枢__の支配権を、掌握したのです。
◇金融の「英国化(Anglicisation )=汎ヨーロッパ化」から「ステルス金市場支配」による「全世界『国民国家』のグローバル金融帝国化」へ

「ワーテルローの戦いで勝利したのは英国ではなく、ロスチャイルドだった」____ナポレオン戦争を経て「英国とヨーロッパの金融支配者」となったロスチャイルドが近現代世界に起こした「国際金融パラダイム・シフト」の第一弾は、金融の「英国化(Anglicisation)」(*33)です。
これは、ロスチャイルドと「ザ・シティ」の投資家たちが、ヨーロッパ諸国発行の公債購入/売却・配当金受取を「大英帝国ポンド・スターリング建て、固定為替レートで」「ロンドン証券取引所において」実行できるというもので、相互性のない、つまりは英国の投資家(=ロスチャイルド)にのみ利益のある「不平等条約」のようなもの____もっと端的に言うなら、それは英ポンド・スターリングを「国際基軸通貨化」し、公債発券国を「債務奴隷化」できる「金融植民地化政策」に他なりませんでした。
そしてその金融政策は、「ロスチャイルドへの債務者」である英国政府にも向けられた____英国政府は、「ロスチャイルドの独立金融主権国家『シティ・オブ・ロンドン』」の「フロント機関」と化したのです。
「ロスチャイルドとイングランド銀行はまるで『シャム双生児』のように一体となって、19世紀初頭から『ゴールド・フィクシング(金市場操作)』に邁進していた」(*34)____1816年の英国の「金本位制」採用、1833年の「イングランド銀行券」法定通貨化、通貨発行量を金準備高に紐付けたうえでイングランド銀行に「通貨発行」の独占権を与えた1844年の「ピール法」制定(そして、その前段階としての「ピール首相誕生」)等に直接的或いは間接的に関与しながら、ロスチャイルドは、ロスチャイルドと「ロスチャイルドのイングランド銀行」が「貨幣の価値基準としての金(ゴールド)の価値を決定する(=金市場を支配する)」法制度を、「ロスチャイルドのフロント」英国政府を操ることによって「合法的に」整備していきます。
1850年までに、「ロスチャイルド5社」__「NMロスチャイルド&サンズ(N.M. Rothschild & Sons)」「モカッタ&ゴールドシュミット」「ピクスリー&エイベル」「サミュエル・モンタギュー&Co.」「シャープス・ウィルキンス」__が「ブリオン・バンクス(Bullion Banks 正金銀行)」(*35)として、「非公式に」「『シャープス・ウィルキンス』における秘密会議で」金の値段を決める仕組みが出来上がりますが、その「非公式」性は、第一次世界大戦終結まもなくの1919年9月12日、イングランド銀行が、その「お気に入り」と揶揄される「NMロスチャイルド&サンズ」を「1日1回、午前10時半に金の値段を決定する秘密会議」の議長の永久ポストに公式任命することで、表向き取り払われました。
以降、相も変らぬ「秘密」会議が「イングランド銀行公認の下」、1809年以来ずっと「ザ・シティ」の中心地__イングランド銀行の「向かい」、ロンドン証券取引所の「隣」__に置かれて「NMロスチャイルド&サンズ」の本社(そして世界の「ロスチャイルド商会(Rothschild&Co.)」の事実上の本拠地)であった「ニュー・コート」ビルの中の小さな一室で、行われることになったのです。
1809年、ネイサン・ロスチャイルドが建てた最初のビルと、1868年、1962年の改築を経て2011年に拡張・新築されたロスチャイルドのグローバル・ヘッドクォーター巨大複合ビル群「ニュー・コート(New Court=新たなる宮廷)」By Adrian Welch – https://www.e-architect.co.uk/london/rothschild-bank, CC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=79071961
◇1776年以降の世界の戦争・革命は、戦争金融「ロスチャイルド・システム」の構築・グローバル化のために起こされた
1840年「アヘン戦争」後に「HSBC 香港上海銀行」を、そして1868年「明治維新」後に「横浜正金銀行」「日本銀行」を作らせた手口からわかるように、ロスチャイルドは自ら惹起させた戦争・革命の両陣営に融資することで、戦争・革命後の(両陣営の)立法権力を掌握、ロスチャイルドへの借金返済(アヘン戦争の場合は「ロスチャイルドの政敵=『満州人の』清国政府」から「ロスチャイルドのフロント=英国政府」への賠償金支払という建前)をスムーズに行なわせるために、中央銀行或いはそれに類する銀行(*36)を「政府・議会が制定する『銀行法』等」によって「表向き『民主的・合法的』に」設立させ、事実上の世界金融支配制度「世界中央銀行カルテル」を作り上げてきました。
同様に、清国よりもっと重要な「ロスチャイルドの政敵」であったドイツ帝国・ホーヘンツォレルン王朝を倒した第一次世界大戦の後に「国際連盟(The League of Nations)」を、そして「ロスチャイルドの金融植民地奴隷となって『近代国家化』させてもらったくせに、分不相応に強大な軍事力を持つに至り、挙句『白人欧米列強に比肩した』と勘違いした生意気な有色人種国・日本を懲らしめた」第二次世界大戦の後に「国際連合(The United Nations)」を、ロスチャイルドが自らの「フロント国際機関」として設立し、日独ら「敗戦奴隷」側の従属国や植民地、そして「世界大戦中の占領地」を、「解放・保護」を名目としながら「委任統治国」として両「国連」傘下に吸収し、全世界の諸国家を「国際平和」の名の下にその「金融『ねずみ講』ピラミッド・スキーム」に強制参加させる「ロスチャイルド・システム」の枠組みが、完成します。(*37)
前者の1919年「ヴェルサイユ体制」、後者の1944年「ブレトンウッズ体制」が、第2弾、第3弾の「ロスチャイルド国際金融パラダイム・シフト」となり、1930年「BIS 国際決済銀行」、1944年「IMF 国際通貨基金」(*38)と「IBRD 国際復興開発銀行」を含む「World Bank 世界銀行(グループ)」、1947年「GATT(ガット:関税及び貿易に関する一般協定)」等々、ロスチャイルドの「『公共』のふりをした(実は民間である『法人』の)国際機関」が次々に設立され、これらが「ロスチャイルド代理人」となって、大戦参加国(つまり世界の殆どの国)から「戦後賠償金」「復興支援金」等々という名の「ロスチャイルドからの借金」を取り立てながら、表向き「世界経済」を主導する(=牛耳る)仕組みとなっていくのです。(*39)
◇「ロスチャイルド金本位制/金為替本位制シンジケート」が指揮した1929年「世界金融大恐慌」と1971年「ニクソン・ショック(『金本位制廃止』と『変動為替制度』への移行)」
ロスチャイルドの世界金融支配の核心は、「金価格/金融市場操作」と「世界中央銀行カルテル」を通した、世界の諸「独立主権国家」が当然に持つ経済主権「通貨発行権」の、「簒奪・独占所有・完全統制」にあります。
ロスチャイルドは、そしてイングランド銀行やFRB などを「執行者」とする「ロスチャイルド金本位制シンジケート」は、「ロスチャイルドの債務国」である世界の諸国家の「通貨発行量」を当該国の「金準備高」によって制限しながら、ロスチャイルドが「国際基軸通貨」と定めた英ポンドや米ドルとの「ペッグ」、さらにはこれもロスチャイルドが定める「固定為替レート」で束縛することによって、その国家の「経済的成長・衰退」から「国家としての金融的価値」に至るまでを、決定しています。
これは、世界の諸国家の「独立」と「主権」を侵害する行為____「侵略」です。
「金本位制シンジケート」が、参加国への「金本位制(=国際金取引)の停止/再開」のタイミング指示及び「緊縮政策」の強制によって、1929年「世界金融大恐慌」を「指揮していた(=意図的に起こしていた)」という事実は、ノーベル賞経済学者ミルトン・フリードマンが1963年の共著書で喝破し、2008年「リーマン・ショック」時にFRB議長を務めることになるベン・バーナンキも、2002年のフリードマンの90歳の誕生祝の講演で認めています。(*40)
第一次・第二次のどちらの世界大戦でも「なぜか戦場にならなかった」アメリカは、二つの世界大戦が世界の諸国にもたらした深刻な経済的疲弊を独り受けることなく、むしろ他国への「経済支援」(*41)「軍事特需」で巨大な「金準備」を蓄積しながら、第二次大戦直後には、全世界の公的金保有量の3分の2(5億7400万オンス=1万6272トン)がアメリカに集中するという圧倒的経済格差を出現させ、「世界の経済超大国」の二つ名と「米ドルを『唯一の金兌換通貨』(つまり、英ポンドに代わる新しい『国際基軸通貨』)とし、他国通貨は米ドルとの交換比率を固定する『金・ドル基軸体制/金為替本位制』を原則とする『ブレトンウッズ体制』」に、見かけ上の「妥当性・正当性」を与えることになりました。
1950年「朝鮮戦争」を皮切りに、1955年から1975年まで続いた「泥沼の、『勝者無き』ベトナム戦争」ほか、1979年の「ソ連のアフガニスタン侵攻」に至るまで、数多の「紛争」を世界に拡大した「東西冷戦(Cold War)」__国連安保理常任理事国(「ロスチャイルド金融マフィアの若頭5人衆」)米英仏ロ中の「代理戦争」__が、世界の諸国を「ブレトンウッズ体制」という新たな「不平等条約」で制約・統制しながら、各国にある「金」や「石油」「希少鉱物」など地下資源の利権を、「ロスチャイルド・システム」に吸収・再編成する役割を果たしました。
6000年前、古代バビロニアの時代に、「金」の採掘が(「金融」や「奴隷制度」とともに)初めて行われたときから現在までに採掘された「金」の総量は約21万トンといわれていますが、その8割にも相当する16万5000トンの金が、「1950年から」のわずか75年間のうちに、「ロスチャイルド・システム」の統制下で採掘されています。
「金価格を世界で統一する」ということの意味は、コスト(特に人件費)を低く抑えれば抑えるほど利益が最大に近づく、ということにあります。二つの世界大戦のあと、「東西冷戦」でさらに疲弊した世界の__特に大金鉱のあるアジア・アフリカ・南アメリカなどの諸国民の__「戦争・紛争のせいで、更に限りなく『奴隷労働』に近づいた安価な労働力」を使って、「ロスチャイルド・システム」は独り、「金」産業で「最大利潤」を得ていたのです。
その一方で、「ブレトンウッズ体制」の固定為替レートを維持するために、「世界の金価格を『1オンス当たり35米ドル』という『低すぎる』値に維持し続ける」という理不尽な政策を採る「アメリカ主導の金準備制度」が、「ロンドン・ゴールド・プール(London Gold Pool)」(*42)の名で1961年に設立されますが、当然、この英米(つまりロスチャイルド)だけを儲けさせる(他国にとって)非合理な制度は、1968年3月には早くも「破綻」します。
この「破綻」を受けて、前出の「ロンドン『金価格決定』秘密会議」が、「アメリカ金市場の午前中の動き『も』監視するため」(英米の時差を考慮して)ロンドン時間で午後3時にも会合が追加され、「1日2回」の開催となったことから推察するに、「ロンドン・ゴールド・プール」というものは、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」の覇権をヨーロッパからアメリカ(つまりは全世界)に広げる役割の、「口実」に使われるだけのために作られたのかもしれません。
とにもかくにも、「ロンドン・ゴールド・プール」の当然の破綻は、「世界金融大恐慌」がもたらした「金本位制への不信」と相まって、「『変動為替制』への移行(『金本位制』の実質的廃止)」を宣言した1971年「ニクソン・ショック」につながっていきます。これが「ロスチャイルドの国際金融パラダイム・シフト第4弾」です。
◇ロスチャイルドの「二重(多重)帳簿」__金価格「ダブル・スタンダード」と物 議醸す「中央銀行の金準備」
英語版Wikipediaの「Bretton Woods System(ブレトンウッズ体制)」には「Price of Gold」というグラフがあって、1910年代から「ブレトンウッズ体制」終焉の1973年まで金価格が「1オンス35米ドル」であったことを表していますが、これは「ブレトンウッズ体制のお陰で国際貿易の円滑化・世界の諸国の経済活動の活発化が進む」というプロパガンダを信じ込まされた世界の諸国政府・国民を騙す「表の金価格(『ブレトンウッズ・プライス』)」です。それが真っ赤な嘘であったことは、「ロスチャイルドとロスチャイルドの認可を受けた投機家たちが自由に金取引できる特権的な『オープン・マーケット』が存在した(=『ロスチャイルド・システム』が『二重帳簿』をもっていた)」ことを表すグラフ「Historical Chart_100-Year-Gold Prices(過去100年の金価格の歴史)」(*43)によって証明されます。
「Historical Chart 100-Year-Gold Prices」
このグラフは、1915年「1オンス601.31ドル」で始まっており、「第一次世界大戦のせい」で315・95ドルにまで下がった金価格が、まだ「世界金融大恐慌」が続く1930年5月(「『日中戦争』の嚆矢、『満州事変』勃発直前」の日本が「ポンド建て『日露戦争債』」を「ドル・ポンド両建て、更なる高利子で『借り換え』させられ」「その公債が野村證券NY支所で外国人投資家に飛ぶように売れた」月)の386.24ドルから突如として「高騰基調」となり、1934年3月には「この時点での史上最高」830.24ドルを記録します。
これをピークに金価格は「第二次世界大戦のせい」で再び「下落基調」に転じ、問題の「ブレトンウッズ体制」始動の1944年8月には607.09ドル、そしてなぜか、1968年の「ロンドン・ゴールド・プール破綻」の直前1月(フランスや西ドイツが脱退、「金による払い戻し」を求めたころ)には、前年8月の331.56ドルから372.95ドルへと少し戻した後で、ニクソン大統領の1971年8月15日の演説(*44)で「変動為替制への移行(=事実上の金本位制廃止)」が宣言された直後の1971年11月には291.27ドルと、「記録史上最低値」となるのです。
それまで比較的緩慢に見えていた金価格の動きは、1971年以降急激に「乱高下」しながら大きく「高騰基調」「暴落基調」を繰り返す、いわゆる「変動性・不確実性の高い市場(Volatile Market)」になっていくのですが、注目すべきは、この後の「世界中央銀行カルテル」の動きです。
「金本位制が実質的に廃止された(=金が信用を失った=金が大量に売られた=金の価格が暴落し、底値を打った)」後、イングランド銀行やFRBなど「ロスチャイルド世界中央銀行カルテルの幹部たち」が、「国際為替を安定させるための、国家・政府の金準備」を名目に、金を大量に購入し始めるのです。
2021年のデータでは、「世界の公的機関・中央銀行の金準備」は全体で3万4211トンで、地上の金全体の17%を占めています(*45)が、「ニクソン・ショック」直後には__遅くとも1980年初頭までに__既にこの「地上の金の5分の1ほどを中央銀行が保有する」という状態が、完成していたと推測できます。
根拠としては、1980年2月に金価格が「この時点での史上最高値」の2656.54ドルを記録したこと、その後「中央銀行がこぞって金を売る」ことで2001年4月に金価格が記録史上三度目の「底値の谷」を迎え464.44ドルとなり、そこから急転して「中央銀行の金の『爆買い』」が再開し、「リーマン・ショック」の後、そして「2010年、中国が日本を追い越して『世界第2の経済大国』にのし上がった」後、2012年2月にはまたもや2453.32ドル(2025年1月現在記録史上第3位)となり、そして去年2024年10月にはついに、2743.96ドル(同第1位)の最高値をつけていること、等があげられます。
◇「『ロンドン・ゴールド・フィクシング』は終わった」とロスチャイルドが言い、世界はそれを信じ込まされた
このように、1980年以降、「金価格変動の原因」の主体は、表向き「世界の諸国の中央銀行」となっていきますが、1987年に「ニュー・コート金価格決定会議」は、イングランド銀行の許認可を受けて「ロンドン・ブリオン・マーケット・アソシエーション(London Bullion Market Association)」と呼ばれる組織となり、「金を始めとするすべての貴金属・希少金属市場を司る世界的権威」と、自らを定義づけることになります。
そして2004年4月、「NMロスチャイルド&サンズ」は、「金取引」と「ロンドン・ゴールド・フィクシング」から撤退する計画であることを発表。同年6月7日には、「NMロスチャイルド&サンズ」の後任には「バークレイ・キャピタル(Barclay Capital)」が指名され、いまや「LBMA」となった「ニュー・コート会議」は、ブリオン・バンク代表者の現場参集を必要としない「電話会議」となりました。
同時にロスチャイルドは、ロスチャイルドがその日の世界金価格を最初に設定することで会議をスタートする、という絶大な権力を持つ「永久ポスト」であった「議長」職も辞し、その議長職は格下げされて「一年ごとの持ち回り」となり、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」は一見、「消滅」したかに見えました。しかし____。
翌2005年には、金取引のプラットフォーム事業で独走することになる「ブリオン・ヴォールト(BullionVault)」が設立されるのですが、その際、ロンドン・ロスチャイルド家当主たる故ジェイコブ・ロスチャイルドが、この企業に2000憶ドル(=約31兆3500億円)を融資しており、その「BullionVault」は、「リーマン・ショックの2週間前」の2008年9月1日、「LBMA」理事に公式に選出されています。
2010年、ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT」が、「LBMA」設立と同じ1987年に発足した国際金取引シンジケート「World Gold Council」に参加を表明。同時に「『市場に影響を与えうる』大量の金を購入し始めた」ことが伝わると、ロスチャイルドの「『過去の』金価格・金市場操作」の事実と相まって「スキャンダル」に発展していき、それをもみ消すかのように2015年、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」は「LBMAゴールド・プライス」と名前を変えます。「『価格・市場操作』などしていない、金価格は『オークション』で決められている」と、「疑惑の中心である『LBMA』自身が」__会議が密室で行われてきた事実は無視して__そう言ったのです。(*47)
しかし、その6年後の2016年、投資信託(=資産運用)会社である「RIT」が、その28億ドル(2025年1月現在価値で4367億7200万円)のポートフォリオの8%にも上る資産を同年前半期の6か月で一気に売却し「金・希少金属」に変換したことが、驚きをもって報じられるのです。(*48)
「LBMA」は2019年9月、「1919年9月12日に『最初のロンドン金価格(gold price)』__現『LBMAゴールド・プライス(Gold Price)』__が、ロスチャイルド・ヘッドクウォーターズ『ニュー・コート』ビルで『決定された』という『歴史に残る重要な瞬間』を記念し、同ビルにて100周年記念式典を執り行う」ことを、「LBMAは『Rothschild & Co.』がこのイベントの共催を支援してくださったことを感謝する」としながら発表しました。「支援」とは「融資(=高利貸=『債権』取得)」のことであるのは言うまでもありません。
この「LBMA」の発表の一つ一つの文言が、全てを物語っています。2004年以降「LBMAゴールド・プライス」の決定会議を主導してきた4つの「ブリオン・ハウス(Bullion House)」も、すべてロスチャイルド傘下の「ドイツ銀行」「HSBC」「スコティア・モカッタ」「ソシエテ・ジェネラル」です。会議の議長人事権は今に至るもロスチャイルドにあり、ロスチャイルドは世界経済の創造主たる「ゴールド・フィクサー」であり続けているのです。
◇過去250年間に起こった全ての金融危機と同様、1973年「オイル・ショック」も「ゴールド・フィクサー」ロスチャイルドが起こした____「金本位制の廃止」を宣言したニクソン演説は、「通貨危機の惹起者・受益者は国際通貨の投機家たち」と告発していた
「ニクソン・ショック」は「オイル・ショック」とも呼ばれていますが、これは1973年の「ヨム・キプール戦争(Yom Kippur War 第四次中東戦争)」でニクソン政権がイスラエルを支援したことに怒ったアラブ諸国(OAPEC)が「イスラエルに味方する西側諸国」への石油禁輸を断行したため、世界的石油価格の高騰が起こったことに起因している、ということになっています。しかし、「世界的な石油価格高騰」の本当の原因は、実は「金価格」と「石油価格」が連動していたことにあるのです。この二つを「連動させていた」のは、もちろん「ゴールド・フィクサー」ロスチャイルドです。
「Gold Prices vs Oil Prices – Historical Relationship」(金価格は「ブレトンウッズ価格」)(*49)
19世紀末、ロシア皇帝アレクサンドル3世(「最後のツァー」ニコライ2世の父)の管財人でもあったロスチャイルドは、帝政ロシアが支配する世界最大級の油田地帯であったバクーの石油利権を一元的に統制するシンジケートを構築し、「ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell=現Shell plc)」「ブリティッシュ・ペトローリアム(British Petroleum=現BP)」を前身の時代から金融支配するほか、「アメリカの石油王」ロックフェラーをも支配して、誰も知らないうちに「金融世界の石油王」となっていました。(*50)
「金」「石油」と「金融市場そのもの」を統制するロスチャイルドは、「金価格」と連動させて「石油価格」も同時決定し、「ユダヤの敵アラブ」諸国の経済すらも、支配下に置いてきたのです。(つまり、「ユダヤ vs アラブ」の戦争も「ヤラセ」です)
「金価格」と「石油価格」を「世界基準」として決定することで、ロスチャイルドは、世界の諸国家の「為替レート(=国際基軸通貨・米ドルに対する当該国通貨の価値)」を決定、また「基幹産業の勃興・沈滞・滅亡」を指揮し、ひいては世界人類80億全体の「ライフ・ライン(生命線)」を支配することができる権力を持っている____と言っても過言ではありません。(*51)
「金本位制を実質的に廃止した」と言われている件のニクソン演説は、「(唯一の金兌換通貨である)米ドルの金との交換の停止」は、通貨危機に対応し、ドルを護るための「一時的な」対策である、と言っています(*52)が、結果的に「金本位制は『変動為替制』に取って替わられた」「金本位制廃止は恒久的なもの」と「世界に受け取られて」金の「需要」を下げ、「ロスチャイルドの世界中央銀行カルテル」とロスチャイルド個人が巨大な「金備蓄」を保有することを容易にしました。
中央銀行同士で(つまりは「ロスチャイルド世界中央銀行カルテル」内部で)金が売り買いされることで、「世界中央銀行カルテル」全体の金保有量は変わらないままに、「金価格」が(そして、それに連動して「石油価格」が)変動し、世界の国民経済=実体経済に深刻な影響を与えるこの仕組みは、しかし、「世界中央銀行カルテル」のドンであり「世界金融市場カジノ」のオーナーであるロスチャイルドにとっては、常にトータルで最大利潤をあげるための「ヘッジファンド」メカニズムであり、世界で発生する全ての「金融取引」の度に「胴元」であるロスチャイルドに天文学的数字の手数料が入る「金融『カジノ』『ねずみ講』ピラミッド・スキーム」という「詐欺」の核心なのです。
「1989年に、『東西冷戦』がアメリカ・イギリスら『正義の資本主義』陣営の勝利で終結した後、『敗者』である共産主義/社会主義国家群の主導者たるロシアと中国は『回心』して資本主義に『入信』し、その結果、経済的大躍進を遂げた」というプロパガンダの実態は、何のことはない、「『ロスチャイルド・システム』が、ロシアと中国の中央銀行に『金準備』を増やす許可を与えた」というだけのことです。事実、2000年から2016年の間のロシアと中国の金準備の増加率はそれぞれ+320%と+366%、2024年現在の保有量は2336トンと2264トンで、世界の中央銀行金保有の第5位・6位となっています。(*53)
1945年__第二次世界大戦終了時のアメリカの金保有量が1万6272トンであったと前述しましたが、この数値は「世界の中央銀行の金買い」が始まった1980年代に減り始め、2000年までには8133トンときれいに半分になっており、この数値は2000年から最新情報のある2024年8月12日まで、変動が0%です。
「IMF」が2024年10月22日に発表した2025年の世界GDP予測では、アメリカ合衆国が303億7000万ドル(=4兆6529億7000万円)で世界第1位、2位が中国で195億3000万ドル(=2兆9937億8000万円)____この二国が他を圧倒し、以下3位ドイツの49億2000万ドル(=7517億6000万円)、4位日本の43億8000万ドル(=6694億1000万円)も含め、3位以下は全て「どんぐりの背比べ」状態です。
金準備高ではロシアの次点で第3位の中国が、ロシアをはるかに凌駕する「(アメリカに次ぐ)世界第2の経済超大国」の地位を得ることができたのは、「ロスチャイルド金融マフィアの若頭5人衆『筆頭』」のアメリカが、2001年9月10日(「9.11」の前日)に中国人民元の米ドル・ペッグによる「対ドル相場管理」容認を決定し、「『9.11』を理由に(=『対テロ対策』の一環として)」対中協調路線「建設的協力関係」へと切り替えて中国のWTO加盟も許可、中国の対米貿易量・米国債購入を大きく増加・拡大させながら、FRBの直接指導で、世界が苦しんだ「リーマン・ショック」も乗り越えさせたからです。(*54)
中国は、「アメリカ合衆国plc」の「子会社化」したのです。日本は明治維新から「ロスチャイルドの債務奴隷」でしたが、第二次世界大戦後に中国の前例として「アメリカplcの子会社化」し「世界第2位の経済大国」の地位を与えられ(アメリカに「貿易赤字」を与えたと罵られながら、同時に「誰も知らない」巨大な「金融黒字」を与え)たのち、「バブル崩壊」「デフレ・スパイラル」でみじめに凋落させられました。中国の現在の「巨大な経済力」は、「国際金融的に膨張させられた」ものとみるべきです。
「貿易の安定化と円滑化のために尽力する、責任感の強い国際銀行業界人(ロスチャイルド?)を含む海外の友人たち」と「(アメリカ合衆国は)信頼のおけるパートナーでありたい」「(ロスチャイルドの)IMFらと100%の協力体制で『新しい国際通貨システム』をつくっていく」と、アメリカ合衆国民ではなく「(ロスチャイルドら)海外の友人たち」への忖度を滲ませる内容となっていたニクソン演説は同時に、「通貨危機によって利益を得るのは国際通貨の投機家たちである」「彼らこそが通貨危機を起こしている」とも言っていました。(*55)
この「ロスチャイルド国際金融資本への痛烈な批判」が、誰の手によって挿入されたのかはわかりません。ニクソンはおそらく「演説原稿を読まされただけ(そしておそらく、『中国と関係正常化しろ』『イスラエルに武器・弾薬を送れ』といわれただけ)」なのでしょう。しかし「ニクソン・ショック」が「ドル・ショック」「オイル・ショック」と呼ばれるのを見て、もしかしたら「アメリカ・ドルに全面戦争を仕掛けた『国際通貨の投機家』」と、「世界経済の安定と発展に尽力する『国際銀行業界人』」や「IMFの背後にいる人間」が同一人物・同一組織であることに、気づいたのかもしれない____貧困家庭出身で、環境問題やアメリカン・インディアン差別の解決にも熱心だったニクソンが、「余計なことを言い出さないうちに」、「『ウォーターゲート事件』というわけのわからないスキャンダルによって失脚させられた」、ということなのかもしれません。
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(*18)「10 richest people who ever lived – net worths, ranked: Elon Musk and Jeff Bezos don’t come close to Genghis Khan, oil tycoon John D. Rockefeller or ‘trillionaires’ Catherine the Great and Joseph Stalin」by Faye Bradley, Oct 29, 2022
https://www.scmp.com/magazines/style/celebrity/article/3197600/
- マンサ・ムーサ(Mansa Musa、1280~1337) 総資産評価額=「理解不能(incomprehensible)」
- ジンギス・カーン(Genghis Khan、1162~1227)推定総資産120兆ドル(=1京8810兆円)
- 神宗(Emperor Shenzong、1048~1085)推定総資産30兆ドル(=4702兆5000億円)当時の世界(推定)GDPの25%
- アクバル1世(Akbar I、1542~1605)推定総資産21兆ドル(=3291兆7500億円)当時の世界(推定)GDP の25%
- 武則天(「則天武后」、中国史上唯一の女帝。唐の高宗の皇后となり、後に唐に代わり武周朝を建てたEmpress Wu、624~705)推定総資産16兆ドル(=2508兆円)
- ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin、1878~1953)
- カエサル・アウグストゥス(Gaius Julius Caesar Augustus、63BC~14AD)推定総資産4兆6000憶ドル(=721兆500億円)
- 女帝エカテリーナ(Catherine the Great、1729~1796)推定総資産1兆5000億ドル(=235兆1250億円)
- アンドリュー・カーネギー
- ジョン・D・ロックフェラー
(*19)「The NYC and London Banksters who financed the Bolshevik Revolution:Who financed Lenin and Trotsky?」wildboar.net
(*20)安部芳裕『金融の仕組みは全部ロスチャイルドが作った』p.150__そしてこれは、「完済」を意味しません。金融資本は「元金を完済させずに複利計算でどんどん増える利息分だけを、永遠に払わせる」のが定石です。
(*21)(*19)に同じ__日本のロシア兵捕虜収容所には、ニューヨークで訓練された革命プロパガンダ・エージェントが送り込まれ、ロシア語で書かれた「反ツァーリズム」マルクス主義文書を数千人の捕虜の間で回覧させて「共産革命分子」としてロシアに帰し、革命に貢献させました。
(*22)「Wall Street and the Bolshevik Revolution」by Antony C. Sutton, Ph. D. published by Arlington House in New Rochelle, NY, 1974, (p. 25)__革命直後の1917年3月23日、NYカーネギー・ホールでは「ロシア皇帝ニコライ2世の退位を祝う大集会」が数千人の社会主義者、マルクス主義者、ニヒリストたちを集めて開催され、「この革命の成功は、我々の永年の願いだった」とするジェイコブ・シフからの祝辞の電文が読み上げられています。(「Mayor Calls Pacifists Traitors」『The New York Times』March 24, 1917, p. 2)
(*23)(*22)に同じ。ウッドロー・ウィルソンは、革命の年1917年1月から3月、ニューヨークに滞在していたトロツキーに、カナダを経由しロシアに入国できるアメリカ合衆国パスポートと1万ドル(現在価値で25万ドル=3660万円相当)を与え、革命遂行のためロシアに帰しています。ニューヨーク滞在中のトロツキーの収入は、大学での講義などで得られる「週12ドル」と、他からの収入を合わせてもせいぜい合計300ドルほどでした。
(*24)「Deal ties Rockefeller, Rothschild dynasties」by Emily Jane Fox @CNNMoney May 30, 2012: 1:49 PM ET__この記事は「RITは、仏ソシエテ・ジェネラルの投資銀行部門から、ロックフェラーの資産運用事業株式を取得する。取得額は明らかにされていない」「ソシエテ・ジェネラルは2008年からロックフェラーの資産運用事業の株式を保有していた」とも言っていますが、BNPパリバ、クレディ・アグリコールに次ぐフランスNo.3大手のソシエテ・ジェネラルは、「ECB 欧州中央銀行」の直属として「ロスチャイルド世界中央銀行カルテル」の中核近くにいる大銀行です。不審な「アルバニア決議」により、中華人民共和国が台湾(中華民国)を追い出す形で国連安保理常任理事国の地位に納まった1973年に、ソシエテ・ジェネラルはソビエト連邦に駐在事務所を置いています。
(本稿のタイトル写真は「David Rockefeller and Jacob Rothschild’s Business Deal Created a Historic Legacy」by Charlie Rose,『Vanity Fair』25 March 2015のものを使用しています)
(*25)「ロスチャイルドとロックフェラー、資産運用事業で資本提携」by Reuters, London 2012年5月30日午後 8:28 GMT(日本時間-9h)__このロイター記事は、英文記事が「(ロスチャイルドが、ロックフェラーの株を)買収」とはっきり書いているところを「株式取得」とし、「買収」という文言を一切使用していないばかりか、「運用事業で、大西洋を挟んだ名門による提携が実現」「ロスチャイルドにとっては、米国に基盤を築くことにもなる」と、「『M&A』でなく『資本提携』」「この取引のお陰でロスチャイルドが今まで持っていなかった米国でのビジネス基盤を(今やっと)得た」と受け取れるように書いていますが、それは事実ではありません。ロスチャイルドのロックフェラー支配は、1865年のジェイコブ・シフの渡米から既に始まっていました。
「ロスチャイルドとロックフェラーが資本提携」Yucasee Media (「富裕層のための上質な情報を提供する『ゆかしメディア』」) 2012年5月31日 (2022年1月23日更新)も同様の内容です。
(*26)ちなみに、1989年の「三菱地所のロックフェラー・センター買収」において、日本では「世界第2位の経済大国となった日本の企業がアメリカの超優良不動産を買った」「1979年刊の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が現実のものとなった!」と大はしゃぎでしたが、これは実は、後年、アメリカで「この悪名高き取引で日本は後悔させられた」と報じられることとなった、「金融的茶番」でした。「ロスチャイルドが作った財閥」である三菱が買ったのはロックフェラー・センターだけではなく、その「親会社」である「ロックフェラー・グループInc」株の80%。そしてこの取引全体が、リーマン・ブラザース(=ロスチャイルド)によって仲介されています。ロックフェラー・センターは「超優良物件」のはずでしたが、「この買収の直後」、「なぜか」アメリカでは「不動産不況」が起こり、巨大な賃貸収入を見込んでいた三菱地所は当てが外れた格好となって、1995年、「ロックフェラー・センター」ビル群の抵当権で「債務不履行」となってしまいます。そして一年後、同ビル群の「入札戦争」に競り勝ったのはロックフェラーとゴールドマン・サックス(=ロスチャイルド)でした。この事件で起こったことを端的に言うと、「ロスチャイルド・システムの子会社」三菱が、14億ドル(=2074億円)という大金をロックフェラー(=ロスチャイルド)に払い、ロックフェラー・センターがロスチャイルドの掌で「転がされた」(そしておそらくは、「抵当」として「ロックフェラー・グループ株の80%」は三菱の「親会社」ロスチャイルドの手に渡った)ということ____結局「国家としての日本」だけがこの取引の失敗による「悪評価」を着せられ、「日本株の下落」→「平成のバブル崩壊」「日本経済の凋落」へと、つながったのです。
(参考資料:「M&A Flashback: Rockefeller Center’s Japanese Takeover」by Antoine Gara『Forbes』July 26, 2017)
(*27)グーグル・マップによれば、マリのティンブクトゥからサウジ・アラビアのメッカまでの徒歩ルートは約9000キロメートル(所要時間2000時間)だそうです。ただし、マンサ・ムーサの巡礼旅団が実際に旅立ったのはマリ帝国の当時の首都ニアニ(その後寂れて、現在はギニーの一寒村)で、ニジェール川を上流へ1000kmほど遡ったところにあります。このニアニがグーグル・マップに認識されず、もっと有名なティンブクトゥを計算式に入れたので、実際の行程は1万km、所要時間は2200時間といったところでしょうか。この数値を基に単純計算すると、輿やラクダに乗っていない者は1年365日、毎日約6時間、砂漠地帯を歩き続けたということになります。因みに、マフムード・カティ『探究者の年代記』には「巡礼旅団の先頭がティンブクトゥに到達したとき、マンサ・ムーサはまだニアニの宮殿を一歩も出ていなかった」と書かれているそうです。
(*28)マンサ・ムーサの巡礼の12年後にエジプトを訪れたマムルーク朝の学者アル=ウマリーは、「エジプトでの金の価格は[マンサ・ムーサ一行]が来たあの[1324年]までは高かった。1ミスカル(中世イスラム教圏の計量単位=4.25グラム。1ディナールは金4.25g)の金は25ディラム(ディナール同様、中世イスラム教圏の銀硬貨。1ディラム=銀4.25g)を下回ることはなく、常にそれを上回っていた。しかしその時以来金の価格は下落し現在も下がり続けている。1ミスカルの金の価格は22ディラムを下回った。そのときから約12年たった今日でもこのような状態であるのは、彼らがエジプトに持ち込み、ばら撒いていった大量の金が原因である」といっています。(「マンサ・ムーサ」Wikipedia)
マンサ・ムーサは、メッカからの帰りに再度カイロに立ち寄ったとき、この「金(ゴールド)余り」解消の一助になるようにと、カイロ中の両替商から言い値(つまり法外に高い利子付き)で金を大量に借りたと言われています。(実はマリから持って出た18トンの金をこの時までに全て使い切っていたから、とも__「Is Mansa Musa the richest man who ever lived?」10 March 2019, by Naima Mohamud, BBC Africa)
(*29)もともと金交易で名を成してきた種族マンディンカの国であるマリ帝国の主要交易品目は、「金」と「銅」の他に「塩」「象牙」「絹」「香辛料」「陶器」、そして「奴隷」です。なかでも人間が生きていくために必要不可欠な「塩」は、ある意味「金」よりも重要な交易品でした。「11世紀には、90kgのブロック岩塩をティンブクトゥから南のジェンネにニジェール川を下って持っていくと、価値は倍になって『450gの金』と同じ値段になり、さらに川を下って下流の西アフリカの森林地帯に行くと、塩の重さの価値は『金』と同じ(1:1)になった」という研究結果もあります。
(*30)マンサ・ムーサは知らなかったかもしれませんが、実はこの時代、一般庶民の生活水準で見れば、頻発する飢饉などにより死亡率の高かったキリスト教圏ヨーロッパよりも、エジプトを始めとするイスラム教圏アフリカ・中東地域の方がはるかに高かった、という歴史学者の考察もあります。
(*31)2021年9月30日現在では「1オンス(=28.35g)1756.66米ドル」だった金の値段は、2024年10月下旬に入って30%以上も値上がりし、「過去最高」の2748.23米ドルを記録するに至りました。この金の値上がりには、主にFRBによる最近の政策金利の0.5%引き下げが影響しているとみられています。
「Gold prices have surged in 2024. Here’s how to get in on the gold rush」by Erika Tulfo, CNN, published 1:00 AM EDT, Sun October 27, 2024
(*32)16世紀イングランドによる大植民地時代に勃興した大英帝国は、19世紀初頭から20世紀前半にその最大級のグローバル・パワーとしてのピークを迎えます。1913年までに、大英帝国はその全体で4億1200万人(世界人口の23%)の人口を擁し、1920年までに、総表面積3550万平方キロメートル(世界の陸地の24%)を占めるに至りました。(The British Empire Wikipedia)
(*33)Niall Ferguson『The House of Rothschild : Money’s Prophets 1798 – 1848』(p. 124~125)
(*34)「Rothschild Emerges for Centenary of the London Gold Fixing」BullionStar, 16 Sept 2019 12:09 by Ronan Manly
(*35)明治維新から「ロスチャイルドの金融植民地」となった日本で、大日本帝国憲法制定(1891年)よりも、日本銀行設立(1882年)よりも早い1879年に、上海ロスチャイルド連合HSBC(香港上海銀行)の支援で設立された「横浜正金銀行」は、「ロスチャイルド正金銀行連合」の「アジア支所」として、日本の金・銀を英米に流出させる役割を果たしていました。幕末の「洋銀(メキシコ・ドル銀貨)流通為替両替サギ」による金貨の大量流出、HSBCが発行する「洋銀券」の流通による「洋銀相場サギ」など、上海ロスチャイルド連合が仕組んだ日本の「通貨主権」侵害は、「表向き、『マセソン・ボーイ』井上馨と福沢諭吉という日本人によって支援・設立された」横浜正金銀行を通すことによって、「合法化」されたのです。
(*36)所謂「中央銀行」には、「中央銀行(Central Bank)」と名につくものの他に、「日本銀行」のように「○○銀行」と国名をつけるもの、「国立銀行(National Bank)」、アメリカの「FRB(連邦準備銀行・制度)」のような「準備銀行(Reserve Bank)」、そして政府・省庁の一部のふりをした「金融管理局(Monetary Authority)」というものがあり、そのすべてに、「ロスチャイルド・システム」の一部としての「中央銀行的機能」があります。(参考資料:Central Bank Wikipedia 英語版_日本語版には、この記述がありません)
ロスチャイルドの横浜正金銀行は、1906年に高橋是清が第7代頭取に就任すると、日本の租借地だった関東州(遼東半島)・中国における銀行券(横浜正金銀行券)の発行を許可されたほか、「日中戦争」2年目の1938年には、HSBC を傘下に収め、中国における徴税権を得ています。ロスチャイルドが、日本という国家を「フロント」として利用しながら、中国を支配したのです。
(*37)第一次世界大戦後の処理については(*33)にあげたNiall Fergusonによる「ロスチャイルド商会の公式社史」(ロスチャイルドが公認・監修=検閲)の後編『The House of Rothschild: The World’s Banker 1849 – 1999』に詳細が述べられています。また、第二次世界大戦後(「ポツダム宣言」による停戦・占領中を含む)の日本においては、「ロスチャイルドのGHQ=米ロスチャイルド連合の雄ディロン・リード」が「債権執行」と明言しながら「日本の債権者」として_マッカーサーの頭越しに_「日本占領(=日本の政治経済主権簒奪、憲法を始めとする戦後日本の金融/政治経済諸制度の廃止・改変・再編・新設)」を取り仕切った事実があります。
『対占領軍交渉秘録 渡辺武日記 大蔵省財政史室編』(中村隆英解説、内閣総理大臣・福田赳夫による序文「本書の刊行に寄せて」昭和57年12月記)昭和58年3月31日 東洋経済新聞社発行
(*38)「ブレトンウッズ会議」において、英国の経済学の泰斗ジョン・メイナード・ケインズとともにIMFの設立を主導したハリー・デクスター・ホワイトは、日米戦争開戦を直接的に決した悪名高い「ハル・ノート」の実質的執筆者であり、フランクリン・ルーズベルト政権の財務長官ヘンリー・モーゲンソーのアドバイザーとして「モーゲンソー・プラン」を実質的に起草した者でもありましたが、その実体は「ソビエト連邦のスパイ」という名目で「ロスチャイルド・システム」の「上意」をアメリカとスターリン・ソ連の両政府に「下達」する「リエゾン・オフィサー(連携窓口係)」でした。
(*39)「『正義』の名の下に大戦で勝利をおさめ、世界に平和をもたらした」アメリカと連合国(=国連)が、ロスチャイルドの新しい「フロント超大国」「フロント国際機関」となり、「ブレトンウッズ体制」の下、英ポンド・スターリングに替わって米ドルが、実質的に新しい「国際基軸通貨」となったこのタイミングで、1946年3月1日、イングランド銀行が「国営(Public Ownership)化」されますが、その実態は、イングランド銀行に「英国政府」という、何の権限も持たない「雇われ社長」が据えられた、という話にすぎません。イングランド銀行はこの後も変わらず、「ロスチャイルドの世界中央銀行カルテル」の「幹部」であり続け、「BREXIT」の際には、EU(ECB=ロスチャイルドの欧州中央銀行)との交渉において英国政府に指示を与えていました。
(*40)『A Monetary History of the United States, 1867–1960』by Milton Friedman(Anna Schwartzとの共著)1963__「《金本位制と国際的不況》[……]第一次世界大戦の間は停止されていた国際金本位制が、綿密な計画の下、1920年代に『金為替本位制』という『改造版』となって再設置された。『国際金本位制』に則る国家間では、原理原則として、固定為替レートを維持することが義務付けられていた。更に、世界恐慌当時、米国経済が(フランスの競合はあったものの)国際金本位制において覇権的であったため、他国は米国が経験しているのと同様の[通貨供給量を減少させる]縮小的金融政策とデフレに合わせることを強要された。([The]international gold standard, which had been suspended during World War I, was laboriously rebuilt during the 1920s (in a somewhat modified form called the gold-exchange standard). Countries that adhered to the international gold standard were essentially required to maintain a fixed exchange rate with other gold-standard countries. Moreover, because the United States was the dominant economy on the gold standard during this period (with some competition from France), countries adhering to the gold standard were forced to match the contractionary monetary policies and price deflation being experienced in the United States.)」__『Remarks by Governor Ben Bernanke, At the Conference Honor Milton Friedman, University of Chicago, Chicago, Illinois, November 8, 2002, On Milton Friedman’s Ninetieth Birthday』 https://www.federalreserve.gov/boarddocs/Speeches/2002/20021108/default.htm
例えば日本では、1929年7月10日、横浜正金銀行がHSBCを始めとする上海ロスチャイルド連合、NYとロンドンの「ロスチャイルド金本位制シンジケート」と連動して(政府の『金解禁実施直前準備』という建前で)在外正貨補充のため輸出手形の買入れを開始、同年11月19日、NYで2500万ドル、ロンドンで500万ポンドのクレジット設定契約が成立しています。(横浜正金銀行 Wikipedia)__ここで「NY」はクーン・ローブ/J・P・モルガン、「ロンドン」は英ロスチャイルドを意味します。
(*41)私たちが耳にする「国家の、別国家に対する経済支援」とは、すべからく「国家をフロントとするロスチャイルドの、別国家への高利貸」の意味です。アメリカの「ロスチャイルド国際金融軍産複合体」の雄、投資銀行/武器商のディロン・リードは、第二次世界大戦の敵である日本とドイツに(日本は「(クーン・ローブに借りた)日露戦争債」の借り換え、ドイツは「(J・P・モルガンに借りた)第一次世界大戦の戦後賠償債」の借り換えとして)「第二次世界大戦の戦費を融資」して、「日本(とドイツ)の新しい大債権者(ロスチャイルドの『雇われ日本(ドイツ)国総支配人』)」となり、戦後占領軍GHQの本体として「借金取り立て」に乗り込んできました。ディロン・リード会長、クラレンス・ダグラス・ディロンは第二次世界大戦後に国務次官、財務長官を歴任した「GATT」の主導者の一人です。
詳しくは、拙ブログ別稿「『真・天皇機関説』と『世界倫理オンブズマン』が、『金と権力』の暴虐を許さない『至高の権威』で『通貨発行権』の私人による独占統制を永久に廃し、日本と世界の庶民を『無自覚の債務奴隷』の軛から解放する」__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版5/5]」を参照ください。
(*42)「ロンドン・ゴールド・プール」は、12の「FRB 連邦準備銀行」のうちの8つ(すべてロスチャイルド系)が「アメリカ」一国を代表して主導し、西ヨーロッパ主要7か国(これも当然、全てロスチャイルド系)が参加しました。参加国とその「当初『金』拠出量」、プール全体に対する割合と相当金額(当時)の内訳は以下の通りです。
- アメリカ合衆国:120トン(50%)1億3500万ドル
- 西ドイツ:27トン(11%)3000万ドル
- イギリス:22トン(9%)2500万ドル
- フランス:22トン(9%)2500万ドル
- イタリア:22トン(9%)2500万ドル
- ベルギー:9トン(4%)1000万ドル
- オランダ:9トン(4%)1000万ドル
- スイス:9トン(4%)1000万ドル
ちなみに、「ロンドン・ゴールド・プール」が設立された同じ1961年に、ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT」も設立されています。
(*43)「Gold Prices – 100 Year Historical Chart」(macrotrends)のサイトにあるこのグラフにカーソルを合わせることで、年月日と金価格が表示されます。(本稿に掲げられているグラフはスクリーン・ショットです)
https://www.macrotrends.net/1333/historical-gold-prices-100-year-chart
(*44)「平和への挑戦:国民への新経済政策の概要の表明」(Richard Nixon, 「Address to the Nation Outlining a New Economic Policy: “The Challenge of Peace”」by Gerhard Peters and John T. Woolley, 『The American Presidency Project』)https://www.presidency.ucsb.edu/node/240602
(*45)「World Gold Council」の「Above-ground Stock」(1 February, 2024)によると、2023年末現在の地上にある金の「形態」および「全体(21万2582トン=一つの塊にすると、一辺がたった22メートルの立方体になる)に対する割合」の内訳は以下の通りです。(「確認された世界の地下埋蔵量」は5万9000トン)
- 「宝飾品」9万6487トン(45%__その半分は中国とインドにある)
- 「延べ棒・金貨(金価格に連動する『金ETF』を含む個人投資)」4万7454トン(22%)
- 「中央銀行による金準備」3万6699トン(17%)
- 「その他」3万1943トン(15%)
https://www.gold.org/goldhub/data/how-much-gold
(*46)「Charted: 30 Years of Central Bank Gold Demand」VisualCapitalist, March 15, 2023 By Govind Bhutada, Graphics/Design: Pernia Jamshed, Clayton Wadsworth
https://www.visualcapitalist.com/charted-30-years-of-central-bank-gold-demand/
(*47)(*34)に同じ
(*48)「Rothschilds Buying Gold On “Greatest Experiment” With Money In “History Of The World”」by Mark O’Byrne(Executive & Research Director @ GoldCore)August 19, 2016, Gold-Eagle https://www.gold-eagle.com/article/rothchilds-buying-gold
(*49)「Gold Prices vs Oil Prices – Historical Relationship」(macrotrends)のサイトにあるグラフにカーソルを合わせることで、1946年以降の「毎月末『LBMA』決定金価格」と「『West Texas Intermediate』の月毎の原油価格」が表示されます。
https://www.macrotrends.net/1334/gold-prices-vs-oil-prices-historical-correlation
(*50)最盛期には世界の石油産出量の50%を産出していたバクーの、石油採掘業者最大手は「ブラノーベル」(「ノーベル賞」「ダイナマイト発明」で有名なアルフレッド・ノーベルの兄と弟、リュードヴィグとロベルトの会社)であり、ロスチャイルドの会社は二番手でしたが、採掘・精製事業、パイプライン・鉄道・タンカー・運河など運輸も含む他の石油関連産業を全体的に統制支配するシンジケートを作ったロスチャイルドが「ブラノーベル」を合併吸収し、シンジケートの利権を丸ごと「革命前夜の」帝政ロシアに売って「国営化」させ、ロシア革命後、「ロスチャイルドの債務者」であるレーニンらの「革命政府」を「債権者」として支配することで、結局すべてを手中にする____ロスチャイルドの常套手段が、ここでも発揮されました。
(*51)例えば1931年から1933年の間に、テキサスの原油価格が1バレル当たり0.98ドルから0.10ドルに急落し(=ロスチャイルドによってそのように設定され)ていますが、そのせいでテキサスの多くの石油業者が破産してしまいました。生き残った業者は厳しい生産ノルマが課されて苦しめられ、それが今も残って、アメリカが「ロスチャイルドら『ビッグ・オイル』が支配するペルシャ湾」からの原油輸入に頼らざるを得ない原因となっているのです。原油を輸送するタンカーも、タンカーが通る「スエズ運河」も、ロスチャイルドが所有しています。(参考資料「The Four Horsemen Behind America’s Oil Wars」By Dean Henderson, Global Research, April 26, 2011)
https://www.globalresearch.ca/the-four-horsemen-behind-america-s-oil-wars/24507
(*52)「過去何週間かにおいて、投機家たちはアメリカ・ドルに対する全面戦争を仕掛けてきている。(In recent weeks, the speculators have been waging an all-out war on the American dollar. )」「[この通貨危機に対応するため、そしてドルを投機家たちから護るのに必要な行動をとるために]、私は財務長官ジョン・コナリーに、ドルの金その他の準備資産との兌換性を、ドルの安定と合衆国の最善の利益のためと判断される額と状態にある場合を除き、一時的に停止することを指示した。(Accordingly, I have directed [John Connally,] the Secretary of the Treasury[,] to take the action necessary to defend the dollar against the speculators[……][and]to suspend temporarily the convertibility of the dollar into gold or other reserve assets, except in amounts and conditions determined to be in the interest of monetary stability and in the best interests of the United States.)」((*44)に同じ。[ ]内はブログ筆者による文脈説明的加筆及び省略)
(*53)「World’s Central Bank Gold Reserves and Interactive Map」by BullionVault, Monday, 8/12/2024 17:20
この「マップ」によると、2024年の世界の中央銀行の金準備高トップ10は以下の通りです。(( )内は2000年から2016年の間の増加率)
- アメリカ合衆国 8133トン(0%)
- ドイツ 3352トン(-3%)
- イタリア 2452トン(0%)
- フランス 2437トン(-19%)
- ロシア 2336トン(+320%)
- 中国 2264トン(+366%)
- スイス 1040トン(-57%)
- 日本 846トン(+11%)
- インド 831トン(+34%)
- トルコ 507トン(+53%)
この順位が、現在「ロスチャイルド・システム」によって「意図されている」、「世界の『国家間』の力関係」だということでしょう。因みに、2000年の第1四半期では、1位から4位までは現在とまったく同じながら、ロシア・中国は423トン・395トンで、その上位にはスイス(2590トン)、オランダ(912トン)、日本(754トン)、ポルトガル(607トン)、UK(588トン、2024年には-36%の310トンで16位)、スペイン(523トン)、オーストリア(407トン)がいました。(注目すべきは、台湾がわずか0.53トン差でロシアの次点であり、しかもこのマップでは「Taiwan, China」と表記されていることです)
同じ「マップ」の2019年から2024年の金準備高変動をみると、UAE(アラブ首長国連邦)が+896%(75トン)、チェコ共和国+406%(42トン)、セルビア+95%(41トン)、キルギスタン+95%(26トン)、アイルランド+100%(12トン)と、保有量は小さいながら爆発的に金保有が増加した国々もあります。興味深いですね。
(*54)「田村秀男の経済正解:『9.11』が導いた中国膨張の死角」『産経新聞』2021年9月4日付__2001年9月10日、オニール財務長官が訪中、北京の人民大会堂で江沢民国家主席、項懐誠財政相と「建設的協力関係」について会談しています。
この記事には書かれていませんが、同じ2001年9月10日(「9.11」の前日)、ラムズフェルド国防長官が公式会見で「ペンタゴンで23億ドル(=3509億円)の国防費が『使途不明』になっている(”We cannot track 2.3 trillion dollars in Pentagon.”)」と発表しています。翌日のペンタゴンへの「テロ攻撃」によって死亡した職員のうち49人が、このことを調査していた会計士たちであり、関係資料はツインタワーと一緒に、(しかし「旅客機が激突してもいないのに」)「(計画破壊のような)10秒以内のフリーフォール状態」で倒壊したWTC7ビルのCIAオフィスの中にあったそうです。ラムズフェルドは、「ペンタゴンの建物を破壊した『ミサイル』」と、2001年10月12日の雑誌インタビューで「口を滑らせて」います。
(*55)「過去7年間、平均して毎年一度、通貨危機が発生しているが、これらの通貨危機によって利益を得るのは、果たして誰であろうか?それは、労働者でも投資家でもなく、『富を真に生産する者たち』でもない。通貨危機で利益を得る者は、国際通貨の投機家たちである。彼らは通貨危機においてこそ栄えるがゆえに、むしろ通貨危機の創出を促進するのである。(In the past 7 years, there has been an average of one international monetary crisis every year. Now who gains from these crises? Not the workingman; not the investor; not the real producers of wealth. The gainers are the international money speculators. Because they thrive on crises, they help to create them.)」(中略)「多くの、貿易の安定化と円滑化のために尽力する、責任感の強い国際銀行業界人を含む海外の友人たちに、私は保証したい__アメリカ合衆国はこれまでも、そしてこれからもずっと、前向きで信頼のおける貿易のパートナーであり続ける、と。(To our friends abroad, including the many responsible members of the international banking community who are dedicated to stability and the flow of trade, I give this assurance: The United States has always been, and will continue to be, a forward-looking and trustworthy trading partner.)」「IMFと貿易相手諸国との100%の協力体制によって、我々は緊急に求められる『新しい国際通貨システム』の設置のために必要な改革を、強く推進していくであろう。( In full cooperation with the International Monetary Fund and those who trade with us, we will press for the necessary reforms to set up an urgently needed new international monetary system. )」((*44)(*52)に同じ。『 』強調はブログ筆者による付与)





































