ロスチャイルド国際連合は、『日本国憲法』と日米安保条約によって、日本の主権と独立を簒奪し、日本民族の名誉と尊厳を蹂躙している__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版3/5]

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「南京大虐殺」「中国侵略」「慰安婦=性奴隷」………………ロスチャイルド連合国史観の誣告罪放置が、世界で戦争・テロ・国際間不信・不和を創出している

ロスチャイルド「新世界秩序」は非民主主義、エセ人道主義のグローバリズム帝国主義「戦争金融サギ」世界基地植民地奴隷制度

ロスチャイルド金融テクノクラート独裁体制下、ロスチャイルド金融軍産複合体の米国務省・米国防総省の下部組織「日米合同委員会」が、国民が誰も知らないままに、ロスチャイルド日銀とともに、戦後日本を奴隷支配している

日米合同委員会の決定は、『日本国憲法』に優先する

「植民地統治法」に過ぎない『日本国憲法』を、「憲法」という最高法規として戴く日本は、独立主権国家ではない

「『象徴天皇』で日本は国体を護持した」「『日本国憲法』で国民が『主権者』となり、日本は『民主主義』国家となった」「サンフランシスコ『平和』条約で、『連合国の日本占領』は終わった」という大嘘を信じ込まされた「戦後日本」の国民は、ロスチャイルドによって同様にたぶらかされた世界の諸国民とともに、虚偽の「繁栄」とまやかしの「人権主義」、奴隷の「自由と平和」の中で、長く緩やかな滅亡への坂道を下っている………………

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東京裁判法廷_市ヶ谷の旧陸軍士官学校

【PHASE 6(1945-1951)_東京裁判、『日本国憲法』、日米安保条約と日米合同委員会[War Guilt Information Program ]】

  • 1945年8月15日_昭和天皇の「鶴の一声」玉音放送により、日本8000万の民が武器を置き、「停戦」成る。[「奴隷化」を意味する「敗戦」を「終戦」と言い換えて日本国民を油断・脱力させる]
  • 1945年8月28日_ロスチャイルド国際連合(米国と英連邦=オーストラリア・ニュージーランド・英領インド)による日本本土進駐開始
  • 1945年8月30日_連合軍総司令官マッカーサー元帥一行(ロスチャイルドCIA/『Newsweek』)来日_[誰も知らないままに、ロスチャイルド国際連合の「日本占領」=「終わらない日本植民地統治」始まる]

日本と世界の諸国民は、ロスチャイルド「新世界秩序」の世界基地植民地化の嚆矢「日本占領」によって、ロスチャイルド国際連合の「戦争金融モノポリーゲーム」の「駒」にされた

ロスチャイルド「新世界秩序」の「世界金融モノポリー・ゲーム」は、互いに互いを「悪」と呼び合う「国際共産主義 vs 国家主義・民族主義・保守主義」の基本対立軸上で進行する。

ロスチャイルド国際金融テクノクラートは、「世界金融モノポリー・ゲーム」の「銀行」役であり、ゲームの創始者であるから、「元締め独り勝ち」は最初から決まっている

第一次と第二次、二つの世界大戦によって、世界はロスチャイルド国際金融連合によって、「世界金融モノポリー・ゲーム」に強制参加させられた

第二次世界大戦によって、世界の領土は、ロスチャイルド国際共産主義陣営とロスチャイルド資本主義陣営とに、二分された

ロスチャイルド国際金融テクノクラートは、国際共産主義者に「ソビエト連邦」という名で隷下の共産主義諸国を「衛星国」=「植民地奴隷」化させ、資本主義・保守主義者にはロスチャイルド中央銀行「政策委員会」・御用経済学者を使って「自由貿易」「証券株式市場主義」「グローバリズム経済」「金融ビッグバン」「プライマリー・バランス重視」「難民・外国人労働者受け入れ」など、ロスチャイルド「新世界秩序」に都合の良い政策を行わせて、結局両陣営・全世界が「基地植民地」化、「債務奴隷」していく「ゲーム」をプレイさせた。

「国際共産主義の脅威」に対抗して、「サンフランシスコ対日平和条約」に参加・調印した「民主主義・資本主義国家群」が、東西冷戦対立軸の「西側陣営」としてロスチャイルド国際連合「国連」が盟主となる「サンフランシスコ体制」を構築するためにこそ、ドイツと日本は「悪のファシズム枢軸」でなければならなかった。そして、「ロスチャイルド国際連合の正しい導きによって改心した敗戦国」ドイツと日本は、「正義の国際連合」の監視のもと、国連憲章「敵国条項」に縛られながら、それぞれ「NATO 北大西洋条約機構」と西側陣営の極東の要衝に位置する最前線基地として「国際社会に復帰」する。

「『邪悪なるファシズム枢軸』ドイツと日本が、『ホロコースト』『南京大虐殺』『世界侵略共同謀議』という『平和に対する罪』『人道に対する罪』を犯した」_それは「世界大戦の勝者」であるロスチャイルド「新世界秩序」が書いて世界に与えた「正しい歴史認識」である

この「ロスチャイルドによる『正しい歴史認識』」を世界中に浸透させるため、ロスチャイルド国際金融連合は「War Guilt Information Program 」という名の戦争贖罪認識誘導「洗脳プログラム」で、日本国民だけでなく世界の諸国民全体を「思想教育」した。

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【War Guilt Information Program_東京裁判、検閲・焚書・洗脳、『日本国憲法』、国連憲章「敵国条項」】

  • 1945年9月2日_ポツダム宣言受諾により約束されたはずの「有条件降伏」(占領は「保障占領」であるべき)が、「無条件降伏」(デベラチオ=戦亡・征服として、「被占領国は占領国に何をされても文句を言えない状態」)に書き換えられた卑怯なる降伏文書に、米軍艦ミズーリ号上で日本が調印させられる

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  • 1945年9月10日_GHQが「言論統制」を示唆した「新聞報道取締方針」「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書」( 連合国軍最高司令官指令 SCAPIN-16 )を発令
  • 1945年9月18日_朝日新聞が、1945年9月15日と9月17日の二つの記事について二日間の業務停止命令( SCAPIN-34 )を受ける

「『正義は力なり』を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反の戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであらう」_鳩山一郎、1945年9月15日付 朝日新聞

「求めたい軍の釈明 『比島の暴行』発表へ国民の声___ほとんど全部の日本人が異口同音にいってゐる事は、かかる暴虐は信じられないといふ言葉である」_朝日新聞 1945年9月17日

  • 1945年9月21日_ロスチャイルドGHQが「Press Code for Japan 日本に与うる新聞遵則」(SCAPIN-33)発令
  • 1945年9月22日_同「Radio Code for Japan 日本放送遵則」(SCAPIN-43)発令

これはロスチャイルド国際連合による事実上の言論弾圧検閲_「言論の自由」も日本人の「基本的人権」も踏みにじった全体主義独裁体制であった

(GHQの検閲30項目の詳細については、拙ブログ別稿[「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと]もご覧ください)

検閲は連合軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)参謀部のうち情報担当のG2(参謀2部)所管の「Civil Censorship Detachment(CCD)民間検閲支隊(GHQスタッフ370名、日本人嘱託5700名)により実施された。新聞記事の紙面全てがチェックされ、その数は新聞記事だけで一日5000本以上であった。(プレスコード wiki

  • 1945年12月8日_ロスチャイルドGHQ版「正しい歴史認識」の日本国民への刷り込み『太平洋戦争史』が全国の新聞紙上で全10回の連載開始。NHKラジオ第一・第二では『真相はこうだ』が1945年12月9日から10回に亘り放送。その後『真相箱』『質問箱』と名を変えて1948年1月まで継続
  • 1946年4月_『太平洋戦争史』が高山書院から聯合軍総司令部(GHQ)民間情報教育局資料提供、中屋健弌として刊行_「黒塗り」された学校教科書の補助教材として使われる[学校児童のロスチャイルド国際連合史観による洗脳]
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1937年9月、占領した中国北部・保定地区を行進する日本軍

大東亜戦争で、中国と東アジア諸国を、「植民地奴隷」の地位から解放せんと日本が戦った「本当の敵」は、第二次世界大戦時には「アジア・アフリカ・南北アメリカの有色人種全体の『奴隷主』」となっていたロスチャイルド国際金融カルテルであった

ロスチャイルド国際連合GHQは、「検閲30項目」によって、実際の戦場に赴いた日本兵―殆どが農村出身の「普通の日本人」―にとって、真に「植民地解放の戦争」であった大東亜戦争の呼称を禁じ、「満州事変・支那事変で始まる『15年戦争』=太平洋戦争」という「東アジアに対する日本の侵略戦争」という捏造された歴史とすり替えて、本当はロスチャイルド国際連合が負うべき東アジア諸国への賠償を、まんまと日本に肩代わりさせたのだった。

だが、「南京大虐殺」など無かった

【「南京大虐殺」がロスチャイルド国際金融軍産複合体によって捏造された虚構である証拠】

1.「南京安全区国際委員会」はロスチャイルド「スカル&ボーンズ」キリスト教宣教師 とロスチャイルド国際軍産複合体の巣窟、『南京安全区国際委員会報告書』は、中国国民党監修の「反日戦争プロパガンダ」であった

「虐殺派」が「客観的な立場の虐殺目撃者」「決定的な南京大虐殺の証拠」ともてはやす南京安全区国際委員会のメンバーは、中国国民党に雇われた「南京の日本軍の残虐行為」宣伝工作員と、米・英・独・ベルギー・デンマークの石油・貿易・保険会社―ロスチャイルド国際金融軍産複合体の権益利得者達で構成されていた。

本Documents on Rape of Nanking1903年の「Yale in China」(イェール大学ディヴィニティ・スクールの支援で中国各都市へのキリスト教学校、病院の設立)開設以来、キリスト教伝道の名の下で、中国の巨大な人口を、世界一の収穫量を誇る「アヘン農園」の奴隷労働力として使用するため「民は生かさず殺さず、愚かに保て」の共産主義をソ連ともども支援してきた「スカル&ボーンズ」イェール大学は、「Yale in China」の学生であった毛沢東を「スカル&ボーンズ」に取り立て、漢民族の「復興・自立と発展」を目指す「三民主義」孫文の国民党を冷たくあしらうようになっていた。国民党に雇われた南京のアメリカ人宣教師たちが必死で「反日プロパガンダ工作」に励んだのには、このような背景_本国からの支援途絶の可能性という、深刻な金銭問題があった。(『南京安全区国際委員会報告書』及び国際委員会メンバーの日記、書簡などのアーカイブは全て、イェール大学ディヴィニティ・スクール図書館に所蔵されている)

■1937年12月12日_熾烈を極めた南京攻略戦のただ中に、南京北部の揚子江で起きた、日本軍艦による二つの米英軍艦の「誤爆・誤沈」事件(「パネイ号事件」「レディバード号事件」)は、そもそも米英軍艦が、退却する中国軍兵を自国旗の下に多数匿っていたこと[米国の「中立法」違反]に起因していた。しかも、米海軍砲艦パネイ号はロックフェラーの「スタンダード・オイル」のタンカーを、英海軍砲艦クリケット号とスカラブ号はロスチャイルド「ジャーディン・マセソン」の倉庫船を護衛航行中であった。

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中国国民党・蒋介石とその妻・宋美齢、アメリカ陸軍准将スティルウェル、1937年頃

[1937年6月の、蒋介石の妻・宋美齢の要請に応じた米空軍「義勇部隊」(「フライング・タイガース」_日米戦争開戦後の1941年設立、と「公称」)の設立とともに、再三の「中立法」違反]

■南京安全区国際委員会会長ジョン・ラーべ_ドイツの武器商「ジーメンス」南京所長(孫文のころからソ連の政治顧問・軍官学校教官を受け入れていた国民党は、1928年からドイツ軍の軍事顧問団を招聘して兵士の訓練、トーチカの構築など軍の「近代化」を任せていた)[ドイツのヴェルサイユ条約違反、日独伊三国同盟違反]と、

本 Eyewitnesses to Massacre

米国人宣教師たち_国際委員会秘書ルイス・S・C・スマイスジョン・G・マギー牧師、南京大学教授マイナー・シャール・ベイツ、医師ロバート・O・ウィルソン、南京大学病院理事ジェイムズ・H・マッカラム、YMCA書記ジョージ・A・フィッチ、金陵女子文理学院教授ミニー・ヴォートリンら_は、市民になりすまして[国際法違反の「便衣兵」]安全区に潜んだ国民党軍宣伝工作部隊の中国人が持ち込む「日本軍の悪行」を検証もせずそのまま『南京安全区国際委員会報告書』にまとめ、随時日本大使館へ抗議を行うほか、上海にいる国民党宣伝工作員『New York Times』ティルマン・ダ―ディン『What War Means』著者ハロルド・ティンパーリーなどへ資料として抗議文書を回送、また家族や友人たちへの手紙で「南京の悲惨な状況」を訴えたりしていた。

「[1936年12月の「西安事件」の時]南京の米国人YMCA書記[フィッチ]は、南京放送で『蒋介石は共産党軍に殺された』『西安は共産党軍に占領され、略奪・強姦事件が多発している』などという[国民党を利する、反共産党の]荒唐無稽な捏造報告をおこなっていた」と、「ゾルゲ事件」の時、尾崎秀実とは深い関係にあったコミンテルン・スパイで、当時毛沢東の共産党・八路(パーロ)軍と行動を共にし、西安事件の現場にもいたドイツ『フランクフルターツァイトゥング』紙の特派員アグネス・スメドレーは、1943年の自著『Battle Hymn of China』に書いた。

スメドレーはまた、「あまりにも多数の八路軍兵士が[プロパガンダ工作のため]日本兵の軍服を着ている」と1937年12月5日のジャーナルに書き込んだ。(『China Fights Back』London Victor Gollancz, 1938)

NYT 4 JAN 1938 B

「元中国軍将校らが米国人の難民キャンプに:大佐とその部下達 南京での犯罪を日本軍のせいにしていたと白状」

「南京に留まって国際難民救済委員会を結成していた米国人大学教授達には非常に不面目なことに、彼ら自身の難民キャンプに敗軍の将校とその6人の部下を匿っていたことが発覚。」「しかも、あろうことかその大佐を、難民キャンプの幹部に据えていた。」「彼らは南京防衛戦で退却の際、軍服を捨て去り、大学構内に潜伏していた。」「彼らは、日本軍の掃討部隊に、建物内に隠匿した6丁のライフルと5丁の回転式拳銃、砲台から外した機関銃と弾薬を発見された後、自分たちの真の身元を白状した。」「これらの元中国軍将兵たちは、南京で略奪を働いたこと、そして或る夜、難民キャンプから女の子達を暗闇に引き摺り込み、翌日この暴行を日本軍のせいにしたことを、米国人をはじめとする外国人の面前で告白した」「この元将兵たちは逮捕された。そして軍法会議にかけられ、おそらくは処刑されることであろう。」(『New York Times』1938年1月4日付け、拙訳:ブログ筆者)

南京 ヒスイ勲章

特に「活躍」したベイツとヴォートリンは、そのプロパガンダ工作員としての功績を讃えられ、南京陥落の翌年、国民党・蒋介石から「秘密裏に」ヒスイ勲章を授与されていた

(『American Goddess at the Rape of Nanking』掲載の左写真のキャプションに「1938年7月、国民党政府からミニーに、秘密裡に授与されたヒスイ勲章『The Order of Jade』、写真撮影Dr. Chia-lun Hu 」とある)

2.南京の人口「20万人」は、南京陥落後2週間で「25万人」に、1年後には「40万人」に増加していた

本 ラーベ日記

1937年11月28日(日本軍の南京城外到達は12月10日)、南京警察長官王固磐(ワン・コーパン)が「南京には[貧乏で他市へ疎開することもできなかった]中国人難民が20万人残っている」と繰り返し発表している、と国際委員会会長で「名誉市長」のジョン・ラーべが日記に書く。そして、ラーベは「13日に[日本軍により]南京が陥落した時点で、我々[安全区国際委員会]は殆ど全ての市民[20万人]を、日本軍の爆撃で殆ど損傷の無かった安全区に、集めていた」と、1937年12月17日付日本大使館宛ての手紙に書いた。

1938年1月14日の外交官補・福田篤泰に宛てた手紙では、ラーベは「[1937年のクリスマス前後に始まった]日本軍の中国人難民への『良民証』登録・発行により、南京在住の中国人難民の数は25~30万人となった」と書いた。

また、東京裁判では1946年8月29日、「南京大虐殺」に関する審議において、被告側弁護人レヴィンが、ウェッブ裁判長に対し南京で30万人が殺されたという証言があるが、当時の南京には20万人しかいなかったはずであります」と質し、ウェッブが慌てて「あなたはその証拠を持っているかもしれないが、今はそれを提出する時ではない」と退ける一幕があった。「その証拠を提出する」機会は、決して訪れることはなかったが………。

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(p. 4,551,  “The Tokyo Major War Crimes Trial: the Transcripts of the Court Proceedings of the International Military Tribunal for the Far East” Edited by R. John Pritchard)

「[1937年12月13日の]陥落当時25万人だった南京の人口も、今では40万人に増えた。[………]最近の帰還者は主に市外への避難者だ。(戦場となる)南京市から安全を求めて避難したにも拘らず、匪賊が過酷な取り立てを行う不安定な僻地で、お金を(そして多くの場合は着る物も)使い切ってしまったのだ。」_マイナー・シャール・ベイツ、1938年11月29日付の「友人への手紙」、『Eyewitnesses of Massacre』p.44

日本軍占領下の南京は、陥落から数か月で、わずか1600人の日本軍によりインフラも復旧され、商売するにも安全であったから、「良民証」を保持した中国人市民と、婦女子を含む600人の日本人居留民の、南京城内外の自由な往来があった。

そして何より、中国の良民は、「清野作戦」「三光作戦」など、匪賊同然の無法を同胞に働く中国軍をむしろ恐れ、正しい規律と軍隊としての頼もしい強さで、それらから守ってくれる日本軍を、慕っていた。

「何人かの中国人は、『略奪・強姦・放火は中国軍がやったのであって、日本軍ではない』と証明する準備がある、とまで言っている」時々、我々(外国人)は狂人や白痴を相手にしているのかと思うことがある……」_ジェイムズ・H・マッカラム、1938年1月9日、『Eyewitnesses of Massacre』p.238

3.南京国際委員会の外国人の誰も、日本軍の「不法殺害」を一件たりとも目撃していない

東京裁判で、国際委員会/南京国際赤十字会会長のマギー牧師は、自分自身で目撃した「日本兵による中国人の殺害」は、「日本兵の誰何に答えず、脱兎のごとく逃げ出した男が撃たれた」という、「戦場では当たり前の、合法的殺害」ただ一件である、と証言した。(Pritchard 前掲書、p.3,929)

南京安全区報告書も、国際委員会クルーガーとハッツが目撃した「日本軍による便衣兵の合法的処刑」(第185件)以外は全てが伝聞であり、しかも、たった数件の例外を除いた殆ど全ての報告は「検証すらしていない、また聞き」であると告白している。(『Documents of the Rape of Nanking』p.78)

4.東京裁判は、[南京大虐殺を]命令・認可・許可したという「訴因54」では、中支那方面軍司令官・松井石根大将を不起訴にするほかなかった

そのかわり、「戦時国際法の徹底遵守・違反行為の防止義務の無視」という「訴因55」ただひとつで、松井大将を死刑にした。(他の殆どの被告が有罪とされた「連合国・各国への侵略謀議」の全てでも、不起訴となった)

「妊婦を強姦してその腹を銃剣で裂き、胎児を引きずり出して空に放り投げ、それを銃剣で突き刺せるかを競うゲームに、皆で興じた」などという荒唐無稽なエピソードが満載の連合国版「南京大虐殺」は、司令官の命令なしに、一般の日本軍将兵=普通の日本人が、暴走して起こした、と東京裁判が判定し、世界は今もそれを「正しい歴史認識」として信じている。

(詳しくは、拙ブログ別稿「『南京大虐殺』の虚構」の完全証明をご覧ください)

「〔東京裁判の〕多数派の判事の判決の要旨を見るにつけ、私はそこに自分の名を連ねることに嫌悪の念を抱くようになった。これは極秘の話ですが、この判決はどんな人にも想像できないくらい酷い内容です」_________東京裁判オランダ判事B・V・A・レーリンク、1948年7月6日、友人の外交官への手紙

ロスチャイルド国際連合の「日本と世界の諸国民に対する政治プロパガンダ・洗脳装置」に過ぎなかった東京裁判は、国際法史・人類史の汚点である

【東京裁判は、日本の「中国侵略」も証明していなかった】

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奉天の張作霖爆殺事件直後の現場検証

満州事変の発端といわれる「張作霖爆殺事件」(1928年6月4日)と「柳条湖事件」(1931年9月18日)も、支那事変の発端「盧溝橋事件」(1937年7月7日)も、その前年の「西安事件」(1936年12月12日、国民党・蒋介石を、父親を殺そうとしていたという話もある張作霖の息子・張学良と共産党が拉致監禁、「国共合作」を強要)も、全て国際共産主義者・コミンテルンがその謀略の中心であったことが明らかになっている。

そもそも、1927年3月24日、蒋介石らの国民革命軍が南京の外国領事館などを襲撃した「南京事件」も、コミンテルンのミハイル・ボロディンが主導したものであった。孫文、蒋介石による国民党「北伐」は中国共産党を「討伐」しての中国統一が目的のはずであったが、1928年に始まる「第二次北伐」は、ソ連のヴァシリー・ブリュヘルの下で計画されるなど、「世間知らず」の日本にとっては、「欧州情勢」のみならず、中国情勢も十分に「奇々怪々」であった。

日本が「侵略戦争」を始めるまでもなく、中国は既に、国民党、共産党、軍閥、匪賊にソ連・コミンテルンと麻薬・鉄道利権に群がる米英ロスチャイルド連合が入り乱れて、路傍に死体が転がっているのが日常の、前世紀から続く血生臭い時代の中にあった。

誰が誰の「敵」か「味方」かは関係ない_誰もがロスチャイルドの銀行に金を借りて戦争をしていた_武器、工業資源、麻薬_世界のどこでもそうであるように、中国で商売をするものが、中国ロスチャイルド連合を通さずに商売をすることは不可能であった

「5.15事件」(1932年)「2.26事件」(1936年)は、ドイツのヒトラー・ナチス台頭と同様、日本に「ファシズム台頭」の「前科」を与えるためにロスチャイルド戦争金融がバックについた、ロスチャイルド作「世界戦争の世紀」の二つのエピソードに過ぎなかった

近衛文麿と吉田茂は、コミンテルン・スパイ尾崎秀実の明らかな外患誘致「ゾルゲ事件」に、コミンテルンとロスチャイルドの両側から深く加担していたから、近衛・吉田の「昭和維新」実行委員会、ロスチャイルド連合「ヨハンセン・グループ[ヨシダの反戦グループ_特高警察が命名]」に火の粉をふりかける可能性のある「外患誘致」が適用されないまま、1944年11月7日、尾崎は、治安維持法などの罪状でリヒャルト・ゾルゲとともに主犯格で死刑となった。(近衛の「華族仲間」で尾崎秀実同様の近衛内閣嘱託であった西園寺公一は逮捕され、懲役1年6か月、執行猶予2年の判決を受け、保釈されるも公爵家廃嫡となった。同事件の他の懲役受刑者たちは、1945年コミンテルンGHQによって釈放されている。)

コミンテルン近衛とロスチャイルド吉田は「共作」の「近衛上奏文」で、「悪いのは国際共産主義者」と昭和天皇に「言い逃れ」の上奏をした。

日本の保守も左翼も、同じ「ロスチャイルド穴のムジナ」であった

『日本国憲法』は、ロスチャイルドの国際連盟設立のために「14か条の平和原則」を書いたルイス・ブランダイスの弟子、GHQ民政局次長チャールズ・ケーディスが指揮して起草され、ロスチャイルドの忠実な下僕・吉田茂によって世に出された

日本国憲法公布原本

【『日本国憲法』の真の機能】

『日本国憲法』の制定そのものが、日本の憲法制定権力=国家主権の簒奪 [ワイマール憲法を停止させ、ヒトラー・ナチスに無制限の立法権を与えた「全権委任法」同様の、大日本帝国憲法停止=「立憲政治」「『御前会議』のある議会制民主主義」の抹殺と、ロスチャイルド国際連合人事の自民党「戦後55年体制」「戦後レジーム」独裁体制の基礎を確立]

「象徴天皇」による、天皇の国家権力のチェック機能=「至高の権威」を補完する不裁可権力・拒否大権の簒奪

「国民主権」による、天皇の統治権の簒奪[国体の改変]と、天皇の権威の矮小化[天皇を、ロスチャイルドが統制する内閣の下に置いて「偽りの主権者=国民」とその代表者「国会」ともども支配する]

「第88条」による、天皇の「禁治産者」_[日銀の株の半分を含む天皇の私有財産を、ロスチャイルド内閣の管理下に置く_天皇の非権力化

「第9条」による、日本の「国家防衛の権利と義務」=主権の放棄

「前文」による、東京裁判史観(ロスチャイルド国際連合史観)の踏襲と、ロスチャイルド国際連合への永遠の隷従の宣言_[ロスチャイルド「新世界秩序」下の国際社会―米英仏ロ中―に日本国民の生殺与奪の権を与える_日本民族の名誉・尊厳・誇り・基本的人権を蹂躙]

日本は、卑怯卑屈な『日本国憲法』を最高法規として戴くことで、主権国家であることをやめ、ロスチャイルド国際連合の「植民地奴隷」となった

偽憲法『日本国憲法』を「憲法」としていただくことの真の意味を知りながら、吉田茂はロスチャイルド国際連合から恥知らずな「偽憲法」をうやうやしく承り、それを日本国民に押し付けた。

吉田茂は、『日本国憲法』を、国際法(1907年ハーグ陸戦法規)違反、大日本帝国憲法違反の不法な「占領統治法」「日本に主権と独立を放棄させる『国家転覆法』」である、と告発し、『日本国憲法』の無効確認・廃棄と、同時に大日本帝国憲法の現存確認で、日本の主権と独立、名誉と尊厳、民族の誇りを回復すべきであった講和条約締結時に、それを「故意に」しなかった


◆真珠湾攻撃を「卑怯撃ち」の「(侵略戦争の)第一撃」にした、外務省の故意の「宣戦布告」手交遅延

◆日本を植民地奴隷化した『日本国憲法』の制定と、その邪な正体を隠蔽しながらの護持

◆日本全土基地化・日本全土治外法権化、統一指揮権で「完全植民地化」を図った日米安全保障条約・協定密約

◆「新GHQ」として「戦後日本」をロスチャイルド国際連合に統制させる、ディロン・リード米国務省・国防総省の下部組織「日米合同委員会」設置提案


吉田茂が殆ど一人で遂行した「昭和維新」は、どんな極刑でも償わせることが不可能な、あまりに巨大な、現在・過去・未来の日本と日本国民への裏切りであった

「ジャーディン・マセソン」横浜支店を「庭」として幼年時代を過ごしたのち、「誰も知らない『昭和維新』」の志士となった吉田茂は、ロスチャイルドの明治維新の志士たち、実父・竹内綱と養父・吉田健三からロスチャイルドの金脈と人脈を相続した、「生え抜きのロスチャイルドの下僕」であった

吉田茂
吉田茂

■吉田茂は、「真珠湾の卑怯撃ち(対米英戦争の第一撃=対米英『侵略戦争』の開始)」が日本によってなされ、日本が「負けるとわかっている無謀な戦争」に飛び込んでいくよう、外務省待命大使として裏側から在米国大使館を指揮して工作した

日本軍の、物量における圧倒的不利をはねかえすための渾身の真珠湾奇襲攻撃を、「卑怯撃ち」にしてしまった「日米交渉打切り(事実上の宣戦布告)文書」の「米国務省への手交遅延」、その「A級戦犯」三人、「英語が苦手であったにも拘らず、フランクリン・D・ルーズベルトと旧知の仲であることで在米大使となった」野村吉三郎は戦後参議院議員を二期も務め、井口貞夫奥村勝蔵は1951年と1953年、サンフランシスコ講和条約・日米安保条約締結の重要局面に、吉田茂によって外務官僚トップである外務次官に抜擢されている。奥村勝蔵は、通訳として、「天皇・マッカーサー元帥初会談」でも通訳に抜擢、古参官僚を尻目に何故か「たった一人で」同席した。井口貞夫は、講和条約交渉の際、ダレスと吉田の「窓口」を務め、西村熊雄ら他の外務省条約局スタッフが誰も知らない「裏の事情」を只一人知っていた。

■1950年5月_吉田茂は、側近・池田隼人大蔵大臣を米国務省へ派遣(所謂「池田ミッション」)し、GHQ経済顧問ジョゼフ・ドッジに秘密裡に「私信」を手交させ、「占領終了後」の「米軍の駐留」(=明白な「植民地」状態)を「日本が自ら、積極的に希望すること」「それを約した条約・協定[日米基地協定・日米地位協定・統一指揮権密約]の締結」「これらが『日本国憲法』に違反しないよう研究すること」を「”オファ”した(申し出た)」

「池田氏は、政府はできるだけ早い平和条約を願っているという吉田首相からのドッジあて次のような私信を持ってきた。そうした条約は、米軍の駐留条項を確保する必要があるから、もしアメリカ政府がそうした条件を提案することを躊躇するようであれば、日本政府が何らかの方法をみつけて提案してもよい〔と吉田は言っている〕。憲法の角度から研究して、そうした米軍基地を存続させるために、条約が必要であれば条約を結んでもよく、また基地の継続を申し出ても『日本国憲法』に違反しない、そうした条項は条約それ自身か別の協定でもよい、と」___________ジョゼフ・ドッジ報告書、1950年5月2日 主題 日本の池田大蔵大臣との平和条約に関する討議、機密(宛名なし)_Joseph N. Dodge, May 2, 1950. Subject: Discussion of Japanese Peace Treaty with Mr. Ikeda, Finance Minister of Japan. Top Secret. RG59, Office of Legal Advisor, Office Assistant Legal Advisor Eastern Affairs, Subject Country Files, 1941- 1962, Box 2)__末浪靖司『9条「解釈改憲」から密約まで 対米従属の正体 米公文書館からの報告』(日本語訳と〔 〕註、末浪靖司) 

■吉田茂は、「60%の日本国民が、『講和条約を結んで主権回復』後は(米軍が撤退し、日本の自前の軍隊で)再軍備を望んでいる」ことを示す、自ら実施した世論調査結果を握りつぶして、「日本国民は『日本国憲法』(9条)を大切に思っている(だから再軍備は出来ない。だから米軍の駐留継続は仕方がない)」という嘘をついて、「米国講和交渉団代表ダレスの再軍備の要求をはねつけた」(=「愛国的・平和的行動をとった」)とみせかけながら、その実、ロスチャイルド国際連合の「基地植民地化」を積極的に推進した

■吉田茂は、「日本全土米軍基地化・完全自由使用(=日本全土治外法権)」を確定する「事実上の植民地統治法」日米安全保障条約に、たった一人で(売国行為を隠蔽しながら)署名した

サンフランシスコ講和条約
サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂

「安保条約に対する第一の疑問は、これが平和条約のその日、わずか数時間後、吉田首相ひとりで調印されていることである。という意味は、半永久的に日本の運命を決すべき条約のお膳立てが、まだ主権を一部制限され、制限下にある日本政府、言葉を変えていえば手足の自由をなかばしばられた日本政府を相手に、したがって当然きわめて秘密裏にすっかり取り決められているのである。」

「いいかえれば、[日米安保条約は]決して独立国の条約ではない」

________________寺崎太郎(天皇の側近であった寺崎英成の兄で、1946年5月、第1次吉田内閣における外務次官)『寺崎太郎外交自伝』(私家版)


【明治維新の核心④】_「八紘一宇」の祭祀王・天皇がその「至高の権威」を以て任命する征夷大将軍・徳川将軍家が、「プリムス・インテル・パーレス_同輩中の第一等位」的に統率する、「失政の責任を取って切腹」「不適格な将軍・領主を家老衆合議の上『押し込め』」が有り得る封建諸侯の疑似「連邦制度」・江戸幕藩体制の転覆

ロスチャイルド国際金融カルテルが中央銀行を通じて国家を経済支配する、切腹どころか「国民への説明責任」すら持たない金融テクノクラートの密室独裁政治体制こそが、ロスチャイルドの「『通貨発行権』簒奪による世界金融侵略」の核心であった

  • 1952年4月27日_日米合同委員会が、対日講和条約、日米安保条約、日米行政協定(現・日米地位協定)発行に伴い、発足

日米合同委員会

[日米合同委員会] 〔本会議 米国代表〕在日米軍司令部副司令官、〔代表代理〕在日米大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海軍司令部参謀長、在日米兵隊基地司令部参謀長

〔本会議 日本代表〕外務省北米局長、〔代表代理〕法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官

議事録完全非公開の秘密会議「日米合同委員会」で、在日米軍「副」司令官が、外務省「北米局長」をトップとする日本の官僚たちにディロン・リード米国務省・米国防総省の「上意」を「下達」する

「日米合同委員会の公式議事録は、日米両政府に属する公式文書として、見做され、日米双方の合意がない限り公表されない。合同委員会の会合や活動に関するプレス・リリースも、日米双方の合意がない限り発表されない」________在日米軍司令部内部文書『合同委員会と分科委員会』

「新GHQ」日米合同委員会の決定は、天皇と日本国民が隷従させられている日本の最高法規『日本国憲法』に優先する

「協議」「合意」と言いながらその実態は、秘密会議で米軍が「要求」し、「憲法をも超越する会議に所属する自分」の姿に自己陶酔した日本官僚が嬉々として従い、「日本全土米軍基地・治外法権化」等、『日本国憲法』と、国会で正規に成立した日本の全ての法律に優先する「合意事項」=「密約」を乱発している

■日米合同委員会が、官僚の「長」であるはずの行政府・内閣の上位にある

■「戦後」日本の総理大臣、最高裁長官、検事総長は、米国務省・米国防総省が選んでいる

  • 軍隊のシビリアン・コントロール
  • 国民が政治意思を託して選出した国会議員による、公開される国会における立法
  • 国民が正しく政治判断をする為の、十分な情報の開示
  • 政策決定過程の全てを建設的批判にさらす可視性・透明性

明治維新でロスチャイルドが規制した、健全な民主主義の発展に必要なものを、「戦後」日本はロスチャイルド国際連合によって完全に奪われた。

「国民への説明責任」を持たないロスチャイルド国際銀行金融連合の日本銀行「政策委員会」が経済面で、ロスチャイルド国際金融軍産複合体の在日米軍=米国防総省・米国務省「日米合同委員会」が軍事面で、「戦後」日本の政治・外交権力を統制・支配している

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ディロン・リード会長クラレンス・ダグラス・ディロン

日本を事実上の「米国の基地植民地」とし、日本が主権と独立を喪失することと同義である「日本全土治外法権」を米軍に与える日米安全保障条約は、ディロン・リード社長ジェイムズ・フォレスタル米国防長官と、占領軍経済政策最終決定権を持っていた同社副社長ウィリアム・ドレイパー陸軍次官が書いた

対日講和条約交渉の米国側代表であり、『国連憲章』起草者の一人であるジョン・F・ダレスの下で働いていたディロン・リード会長クラレンス・ダグラス・ディロン(1959年から国務次官、財務長官を歴任)が、自衛隊(警察予備隊、保安隊)発足前後に米国の軍事産業要人を引き連れて来日し、三菱重工などディロン・リードが解体中止させ再編成した日本の軍事産業を、米国ロスチャイルド連合に統合した。

クラレンス・ダグラス・ディロンはまた、株式会社「日本技術生産協力会」(後に「日本兵器工業会」_1988年に解散後は社団法人「日本防衛装備工業会」)を設立、戦後日本の兵器・軍需装備品の生産・販売・購入がディロン・リードを通して行われるシステムを構築した。


ロスチャイルド国際金融連合の「日本占領」を以て、「全世界の敵・悪の枢軸ファシズム国家ドイツ・日本・イタリアとの戦争に勝利した『連合国』即ちロスチャイルド国際金融連合のフロント組織『国連』が、『世界統一政府』的・世界の指導者的立場に立ち、世界の諸国から『拠出金』という税金を吸い上げながら、『東西冷戦体制』『対テロ戦争体制』の舵取りをする(=世界戦争経済で儲ける)ことの正当性・正統性」が捏造された

「東京裁判史観」とは、ロスチャイルド国際金融連合の世界戦争経済支配に「正義の国連」という「化けの皮」を着せるために為された日本への誣告である

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真珠湾で日本軍に撃沈される米海軍艦ミズーリ号

日本は中国・米国を侵略していない

日本では通常「侵略戦争」と呼ばれる、国際法における「War of Aggression」とは、「正当防衛によらず、領土の獲得や他国民の支配を目的とし、『自発的に』起こした戦争」のことである。中国とソ連の国際共産主義者・赤軍の度重なる挑発で始まった満州事変や支那事変、ルーズベルトの謀略の「ABCD包囲網」__数千万人の失業者が発生すると予測された石油・屑鉄などの禁輸等、米国務長官ケロッグも「戦争行為」と呼んだ経済制裁__で撃たされた「真珠湾への第1撃」、それを「卑怯撃ち」にして米国民の怒りを煽った吉田外務省の「日米交渉打切り文書(宣戦布告)の故意の手交遅延」で始まった「太平洋戦争」は、断じて侵略戦争ではない。

「共同謀議」で裁かれるべきは、ロスチャイルド国際連合の方であった

(拙ブログ別稿「原爆と真珠湾:あの戦争の真実を、オバマ広島演説の自己欺瞞が覆い隠している」をご覧ください)

「[……]日本は産品が、蚕を除いてほとんど何もありません。日本には綿がない、羊毛がない、石油製品がない、スズがない、ゴムがない、その他多くの物がない、が、その全てがアジア地域にはあった。もし、それらの供給が断ち切られたら、日本では1000万人から1200万人の失業者が生じるであろうことを、日本は恐れていました。それゆえ、日本が戦争に突入した目的は、主として安全保障(security)によるものでした____ダグラス・マッカーサー元帥、総司令官解任後の1951年5月3日から開催された米国上院議会「軍事外交共同委員会」における証言

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日本軍将兵を追いかけて川を渡る慰安婦  (日本の慰安婦 wikipedia)

戦場慰安婦は「性奴隷」などではなく、「強制連行」など無かった

朝鮮での女性の月給が20円だった時代に、「月収300円以上」の戦場慰安婦(生活のため「醜業」に従事した職業婦人)は、新聞広告や口コミで応募者が殺到、大がかりな軍事行動を伴う「強制連行」など、必要も意味も全くなかった

本 Moon Oku-chu Ianfu Book

軍票でもらえる給料のほか、宴会などでもらったチップ(現金)を戦地郵便貯金に貯め、ほんの数年でダイヤモンドやワニ革バッグを買ったり、東京に家が5・6軒建てられるほども稼いだ、文玉珠の例もある。文玉珠は、酔って日本刀で切り掛かってきた客の日本兵を、逆に刺し殺してしまったが、軍法会議で「正当防衛」が認められ、無罪放免となり、馴染み客の日本兵たちから「よかったな」と喜んでもらっていた。それのどこが「性奴隷」なのか?

(拙ブログ別稿「「慰安婦『強制連行・性奴隷』説」は完全に破綻している__慰安婦には「職業選択・廃業・外出・外泊の自由」があった。__唯一客観的に検証された朝鮮人元慰安婦・文玉珠の体験記を精読する①」をご覧ください)


日本の主権の放棄を意味する『日本国憲法』と日米安保条約のそもそもの根拠とされた、独り日本を「悪玉」扱いする東京裁判史観「南京大虐殺」「中国侵略」と「慰安婦=性奴隷」の誣告は、ロスチャイルド国際連合による原爆投下を正当化すると同時に、日本と世界の国民を思考停止させ、「戦争の総括」「貧困・格差の原因究明」がなされることを阻止して、戦争金融サギ・グローバリズム帝国主義「新世界秩序」による全人類奴隷支配という、ロスチャイルドが問われるべき「世界平和と人道に対する罪」を隠蔽している

少し調べればわかることを調べもせず、日本人は自分達の祖父を、父を、兄を、「侵略者」「虐殺者」「強姦魔」と決めつけて、無実を信じてあげることも、それを証明する努力も、怠ってきた。

日本国民は、『日本国憲法』が、私達の祖父、父への冤罪を根拠に制定された事実、『日本国憲法』を「憲法」として戴くことで、私たち自身を「永遠に更生不可能な前科者」としてなぶり続けているのだ、という事実から目を背けたまま、70年余も過ごしてしまった。

日本人の思考停止は、しかし、世界の諸国民にも思考停止をもたらした。特に100万もの無辜の民を殺害した原爆投下や東京大空襲など全国無差別焼夷弾爆撃の是非を今も問い続けるアメリカ合衆国の国民にとっては、欺瞞のロスチャイルド国際連合史観の蔓延は、むしろ歪んだ「戦争贖罪認識」となって、日本同様にその国民精神を蝕むことになった。

「日本人は第二次世界大戦時に『中国侵略』『南京大虐殺』をしたのだから、原爆を落とされても仕方がない。(それにくらべたら、日本兵の頭蓋骨を置物として故郷で待つガールフレンドに贈るのくらい、可愛いものじゃないか!)」(http://time.com/3880997/young-woman-with-jap-skull-portrait-of-a-grisly-wwii-memento/)

「日本人は『20~41万人』の朝鮮人、中国人、フィリピン人などアジア各国及びオランダの女性・少女を拉致して性奴隷にしたのだから、北朝鮮が数人の日本人を拉致したことを非難する資格はない」(https://en.wikipedia.org/wiki/Comfort_women)

戦争の真実を知らなければ、戦争を総括することは出来ない。総括なしには、真の反省もあり得ない。戦争を始めたのは、本当は誰なのか。その目的は何だったのか。その真実を知って初めて、戦争を永遠に、本当に、「放棄」することへの第一歩が踏み出せる

(以下、「『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版4/5]」に続きます

ロスチャイルドの「通貨発行権」統制により、日本と世界の庶民は「新世界秩序」カーストの「無自覚の債務奴隷」にされた__『日本国憲法』無効確認で世界から戦争と貧困を根絶する[総合版1/5]

FRB設立・世界金融大恐慌からナチス台頭、原爆投下と日本の敗北・占領、東西冷戦を経て対テロ戦争へ………「世界戦争の世紀」のシナリオはロスチャイルドが書いた___『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版2/5]

を既読でない方は、こちらからどうぞ)

1947年9月25日、昭和天皇の憲法の師・清水澄博士、大日本帝国憲法に殉ず

『日本国憲法』は、「国民の総意により」成立していない__美濃部達吉顧問官は「憲法改正」に反対して起立せず、枢密院議長・清水澄博士は連合国の無法な「新憲法」制定に抗議の意を表すため、入水自殺した

清水博士の「自決の辞」は、新憲法施行の日の1947年5月3日に書かれた。

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釜坂信幸氏ブログ 『枢密院議長、清水澄博士の思い…。』より

この「自決の辞」に言及されている「共和制採用を希望する私擬憲法案」とは、高野岩三郎の『日本共和国憲法私案要綱』のことであろう。

元東京大学経済学部教授であり、社会統計学者であった高野岩三郎は、敗戦直後の1945年10月29日、左派の同志と共に「憲法研究会」を設立、同年12月に『憲法草案要綱』を発表した。

高野はこの『憲法草案要綱』で「天皇制廃止」「国民主権」を唱え、GHQも新憲法草案の作成の参考にしたそうであるが、左派の「憲法研究会」でも最も過激な左翼思想の持主であったため、GHQ憲法草案の「象徴天皇制」すらも生温い、とばかりに「大統領制」「土地国有化」などを盛り込んだ『日本共和国憲法私案要綱』を発表。自身の所属する「憲法研究会」を含め、天皇制存続を容認する潮流を「囚われたる民衆」と称して批判した。(参考:高野岩三郎 wikipedia)

GHQは、『日本国憲法』の制定が連合国によってなされたことも、その無法で卑劣なる制定に抗議して入水自殺した枢密院議長・清水博士や、不起立で反対の意を示した美濃部達吉顧問官など強硬な反対者がいたことも、当然ながら検閲によって、国民に知られないようにした。(当ブログ別稿『「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと』をご参照ください。)

日本国憲法改正の勅語、憲法公布記念式典の勅語には「日本国民の総意に基いて…」「この憲法は…自由に表明された国民の総意によって確定されたのである…」とある。が、これもGHQの脅迫に怖気づいた日本政府が、何とかつじつま合わせに天皇陛下にお願いして書いていただいたものである、と当時の法制局長官・入江俊郎氏が、1954年の自由党憲法調査会に於いて告白している。(p.73 菅原裕『日本国憲法失効論』新装版)

占領下の日本には、立憲君主の天皇を棄て、『日本国憲法』を自ら選び取る「自由に表明された国民の総意」など、かけらも存在していなかった。

高野岩三郎の『憲法草案要綱』の「国民主権」などを、GHQが参考にしたらしいことを以て、「『日本国憲法』は『押し付け憲法』ではない、日本人の発案によるものである」などと言う輩もあるが、連合国・国際共産主義者であろうと日本人の社会主義者であろうと、「万世一系の天皇がこれを統治する」=「日本の国体」を、姑息卑怯な手を使って改変しようとしたことに変わりはない。

高野は「象徴天皇制」を生温いといい、「天皇制廃止」「共和制」をしつこく主張したが、連合国は、「天皇制廃止」を諦めたのではなかった。

連合国は、『日本国憲法』の「象徴天皇」という「不思議な言葉」によって、「日本の国体が護持された」と日本国民と天皇を騙し、「国体破壊の時限爆弾」を仕掛けたのである。

天皇は、連合国によって、その主権者=元首=立憲君主としての地位を簒奪された。

天皇の正当な地位を、近代的立憲主義のもとに規定した大日本帝国憲法を、連合国は「天皇制強権支配の温床」と呼んで廃棄し、その代わりに『日本国憲法』という「連合国への隷従宣誓書」を、「日本人自身が自由な意思で選び取った」という虚構を打ち立て、世界に宣伝し、徹底的な検閲とプロパガンダで日本人を洗脳した。その洗脳は、今も続いている。

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War Guilt Information Program という洗脳プログラムには、「東京裁判」も含まれるが、最も日本国民一般に影響を与えたのは、連合国の「東京裁判史観」=「太平洋戦争史」(「大東亜戦争」の名称は検閲によって禁止された)に基づくNHKラジオの『真相箱』であろう。(先述の高野岩三郎は、占領初期より検閲・公職追放リスト作成などでGHQに協力した5100人の日本人のリーダー格として活躍し、1946年、GHQのプロパガンダ機関と堕したNHKの戦後初代会長に就任している。社会党顧問でもあった。)

WGIPが振りまいた「戦前の日本は悪かった」「大日本帝国憲法は悪法だった」という嘘の刷り込みが、「大日本帝国憲法を改正」し「民主的で正しい」『日本国憲法』を日本人に「受け入れ」させる土壌をつくった。

清水博士はご自分の無力を嘆いて入水し、「幽界より国体を護持」せんとされた。今、「戦後レジーム」という名の連合国利権を失いたくない利己的な輩が跳梁跋扈する日本に於いては、国民は誰も『日本国憲法』無効論の存在すら知らされず、「無効論」を知る少数の国民ができることの微小さは、占領下のそれと、さほど変わっていない。

だが、日本人は、最後まであきらめない。

清水澄博士の、大日本帝国憲法と天皇陛下への御忠義と誠心が、私達日本人に勇気を与えてくださることを念じ、ここに博士のご冥福をお祈りし、博士の御遺志を継いでいくことを誓うものである。

すめらぎいやさか。

(日本人が『日本国憲法』の真実を知るために、是非読んでおきたい参考図書を以下に挙げます。特に国会議員・官僚・学者、そして「有識者会議」のメンバーの皆さんは必読。逆説的ですが、「無効論」を知れば、「有識者会議」も、「特措法」「特例法」も、『皇室典範』改正も、「憲法改正」も、全く必要ないことが、そして、寧ろ害悪をしかもたらさないことが、お解かり頂けます。『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認と、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認で、天皇陛下の譲位のご意向を速やかに実現し、なおかつ天皇に主権者=元首=立憲君主としての政治的権威をお返しすることで、正気を無くした日本人に喝を入れる。それが、今一番にしなければならない大切なことです。)

天皇陛下のご意向が、「摂政設置」ではなく「譲位」であることの意味を考える__『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言・原状回復のみが、天皇と日本国民の戦後70年の苦悩を完全解消する

天皇、皇統、国体、憲法と典範、日本の「主権」__もう「無効論」抜きの議論は筋が通らない。天皇のご意向の実現、「有識者会議」では「棚上げ」されるだけ。GHQ『憲法』『典範』の改正ではなく、無効宣言で、天皇と皇室に権威と自治・自決権を取り戻す

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「天皇『生前退位』のご意向」報道が曝した、戦後日本支配層と知識層の無為無策・未必の故意

2016年7月13日、NHKが「天皇陛下が『生前退位』のご意向を示されている」と報道。国内外に驚きをもって迎えられた。「宮内庁関係者の話で明らかになった」とのことだが、一方で宮内庁長官・次長が揃って「否定に躍起」となるなど、異様かつ不審な内容であった。(「死」を連想させる「生前」、必ずしも連続性を伴わない「退位」は不適切な言葉であるが、報道のままに記す。)

「 宮内庁の山本信一郎次長は13日夜、NHKが最初に生前退位について報じた後に宮内庁内で報道陣の取材に応じ、『報道されたような事実は一切ない』と述べた。宮内庁として生前退位の検討をしているかについては『その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません』と語った。さらに『(天皇陛下は)制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた』とも話した。」(朝日新聞デジタル2016年7月13日21時50分  http://www.asahi.com/articles/ASJ7F6W4MJ7FUTIL04G.html)

宮内庁として一切検討していない。天皇陛下のご意向と、実現できるかは別の話だ」(宮内庁幹部の話、朝日新聞  2016年7月14日)

宮内庁、近く公表へ」「現行の皇室典範は天皇の譲位を認めておらず、法律の改正が必要となる。関係者によると、陛下は数年前から生前退位を要望され、同町で内々に検討を進めていたという。」(日本経済新聞  2016年7月14日)

 「生前退位  実現手探り」「法整備には時間必要」「天皇陛下自らが公式に意向を表明されるのは、『国政に関する権能を有しない』とする憲法の規定に抵触する可能性も指摘される」(日本経済新聞  2016年7月15日)

「(天皇の「退位」のご意向について)宮内庁の風岡典之長官は14日の定例会見で『天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされており、このような具体的な制度について言及されたことはない』と否定した。/ しかし、ある宮内庁関係者によると、天皇陛下は5年以上前から退位について話されていたという。退位は皇室典範の改正が必要なため、慎重な手順が求められる。「天皇の意向」で法律改正が進められた形になると憲法に抵触するからだ。長官の「否定」はこのためだろう。」「関係者の証言から天皇陛下が退位について述べられていることは事実とみられるが、結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月15日)

これらの記事を総合して理解できることは、①陛下は5年以上前から「退位」のご意向を示されていた。 ②天皇陛下は、制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた。③GHQ『皇室典範』は天皇に退位を許していない。④『日本国憲法』は天皇が典範改正への要望を持ち、そのご意向を表明することを許していない。⑤宮内庁は、5年以上前から天皇陛下より要望のあった「退位」について、一切検討していないし、するつもりもなさそうである。ということである。

『週刊新潮』7月28日号によれば、風岡典之長官は2012年6月の長官就任時から、2009年に始まった天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下による「三者会談」に、オブザーバーとして同席していた。「天皇陛下はその場で、皇太子殿下と秋篠宮殿下に対し、御身の処し方について繰り返しお話しになった。居合わせた長官も結果として、聞くともなしに、『ご意向』を聞き及ぶ形となる。直接、幹部に退位のご意向を表明することはお立場上無理なので、こうした手法が用いられたのです。」(宮内庁幹部の話、同上)

だが、風岡長官は、「三者会談」で“漏れ聞いた”天皇陛下の「退位」のご意向を、実質無視した。「ご意向に沿ったプラン作りは、実現性が疑問視され、遅々として進まなかった」(同上)というが、「天皇の御意向の実現への最大の障害は『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』である」というあまりにも明白な事実を宮内庁は無視し、天皇陛下の切羽詰まった末のご要望を無視した。そして、陛下のご不興を買っていた。

今年5月に、宮内庁は陛下の昨年の「拝謁・ご訪問」等のご公務345回のうち「拝謁」100件に関して、大幅見直しを敢行し、その原案を侍従長がまとめて陛下にお見せしたところ、「いつになく強いご難色を示された。『こうした案を出すくらいなら、以前より私が考えてきたことは、なぜできないのでしょうか』というようなお言葉でした」(同上)

宮内庁は、天皇陛下のお苦しみを最も近くで知ることのできる立場にありながら、それに対し指一本動かさなかった。それどころか、「天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされている」などと、逆に、ご意向を「表明」された陛下をたしなめた。陛下の難しいお立場をお察しすべき「三者会談オブザーバー」の意味を理解していなかったのか?まさかお叱りを受けたことへの意趣返しではあるまいが…。

一般国民であっても親が高齢になってくれば、「もしもの時介護はどうしよう」とか、早めに考えておくのが普通であろう。「その備えが全くないGHQ『皇室典範』はおかしい」と対策を講じるどころか、陛下御自身が発しておられるSOSをここまで無視する非道ぶり。宮内庁の仕事は天皇陛下のお世話ではなく、「『日本国憲法』逸脱」を監視することか?

また、「結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」ということは、陛下のご意向によるGHQ『皇室典範』の改正を疎んじた宮内庁が「自作自演」で陛下のご意向をリークし、否定して見せ、「陛下の発言が違憲であるとの議論が巻き起こり、改正に向けた動きが制約される」よう仕組んだ、と勘繰ることもできる。

反対に、憲法の問題でそれはできないから、改正の必要がある、だから自民党の「お試し改憲」に組み込んでしまおう、という安倍政権の企みでは、とみる向きもあった(いしかわ じゅん 『hanada』2016年9月号)が、いずれにせよ、政府の反応も、報道に見る「識者」のコメントも、どれもこれも論点がズレている。

誰も彼もが、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が有効であり、「無効論」などというものは存在しないという前提で論じているからである。『日本国憲法』の無効に言及したのは、南出喜久治との共著『日本国憲法  無効宣言』のある渡辺昇一の『悠久なる皇室』(『正論』2016年9月号)だけであった。

当然、天皇陛下がなぜ、「摂政」でなく「譲位」を望まれているのかを論考したものは、私が見る限りなかった。

GHQ『皇室典範』16条2項は「天皇が、精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政をおく」としている。つまり、このたび表明された天皇陛下のご意向が、「高齢になり、体調も万全ではなくなってきたので『摂政』を立てたい」とのことだったのであれば、『日本国憲法』やGHQ『皇室典範』の枠内で実現可能なことであり、何の問題もなかったはず。

だが、陛下がお望みになっていることは「摂政の設置」ではなく、「譲位」なのである。

天皇陛下は何故、物議を醸すことが明らかな「譲位」を、と望まれているのだろうか?

私は、「天皇陛下の『生前退位』のご意向」報道と、それへの反応自体に、その答えがあると確信する。

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昭和天皇は、皇太子時代に大正天皇の摂政を経験されたが、ご自身の晩年の御不例時にも、摂政設置をお嫌いになったという。「病弱な大正天皇」という印象を、多くの人は持っているが、実はこれは大正天皇が親しかった原敬首相の暗殺後に流布された「プロパガンダ」であり、大正天皇は政治的に利用され「押し込め」られた、とする説もある。(原武史『大正天皇』)

摂政設置時とは、事実上の天皇「空位」であり、「国家の変局」である。「空位」は天皇という存在そのものの権威の著しい低下と、それに伴う「天皇(位)の政治利用」を招く。

陛下はそのことを以て「摂政設置」をお嫌いになっているのだろう。しかし、それだけではない。

『日本国憲法』の「象徴天皇制」によって、天皇位は戦後ずっと「疑似空位」状態・「心理的押し込め」状態にあった、ということもできるのではないか?

連合国は、『日本国憲法』の前文で日本を連合国の保護国として規定し、9条で二度と武器を取らないよう宣誓させただけでなく、「象徴天皇制」「国民主権」という空文によって天皇からその権能を剥奪し、「人間宣言」「開かれた皇室」というおためごかしによってその権威をも貶めようと企図していた。

『日本国憲法』の「象徴天皇」には、「本音と建前」がある。おそらくは天皇ご自身や、大多数の、天皇陛下を崇敬する国民が、自然に、そして正しく想起するところの「日本の魂・誠の象徴」「日本国民統合の象徴」が「建前」であり、『日本国憲法』の真の制定者であり、真の権力者である連合国の企図する「俗化・無力化・非権威化した、名ばかりの天皇」が「本音」である。

天皇が真実象徴するものは、「日本は万世一系の天皇によって統べられる国である」という事実、日本の歴史・伝統・国体そのものである。

天皇は、世界に類なき、尊い存在であるがゆえに、国際共産主義者の主導する連合国が、暴力と欺瞞と無法を以て破壊せんと躍起になっているのである。

「戦後レジーム」という名の国家の変局において、その初期から既に、天皇の権威は貶められ続けてきた。

天皇陛下は、「摂政設置」による二重の天皇の「権威低下」「空位による政治的真空」を恐れられたのではないか?

『日本国憲法』が天皇から国政に関する権能を剥奪したのは、まさにそれを狙ってのことだったのである。

今、日本のみならず、世界中がテロ、暴力、侵略の混沌の中にある。中国は今この時を狙い澄ますかのように、自衛隊機へレーダー照射、尖閣に230隻の文字通りの「人海戦術」で侵略への準備を着々と進めている。この状況下で天皇の身に深刻な事態が発生したら…。中国は、礼に則って手出しを控えたりは絶対にしない。

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「天皇陛下のご意向」報道で明らかになったことは、「天皇陛下のご意向尊重派」と「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の対立構図の存在である。前者は殆ど一般国民であり、後者は主に政府・官庁関係者、学者といった「権力側」の人々である。二極にきっぱり分けることは難しいが、前者を潜在的賛同者も含めて(『日本国憲法』)「無効派」、後者を意図的・無意識的含めて「有効派」と考えることもできる。

日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。》(今上陛下、1998年のお誕生日にあたっての会見で、平成10年を迎え昭和の時代と天皇のあり方が変わってきたことについて。『週刊文春』2016年7月28日号)

象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだと考え、大きく公務を減らしたり代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていない》(NHK報道、2016年7月13日)

「生前退位 『認めるべき』 77%」「天皇意向表明  80%が問題なし」 (日経新聞 世論調査  2016年7月25日)

昭和天皇の「国民と共に歩む」天皇像を受け継がれ、「国と国民のために尽くす」ことを明言されてきた今上陛下は、二度の大手術とご高齢にもかかわらず、激務をこなしてこられた。国民は、そのお姿に感激しながらも、心配申し上げていた。その陛下が、「天皇の勤めを充分に果たすことができないのであれば『譲位』するべきだ」とのお考えであるらしい、それならば、陛下のご意向通りに一刻も早く「譲位」がなされ、陛下にはゆっくり御静養いただきたい、その為に政府は最善を尽くすべし、と大多数の国民が考えている。

「無効論」は今のところ全く周知されていないが、上記世論調査が示すように、8割の国民が、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の規定よりも、天皇陛下のご意向の方を尊重すべきと考えている。この人々は、「無効論」を知れば賛同するはずだ。

天皇陛下の「譲位」のご意向を、最速で実現するために最善のことは、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認及び大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認を、国会で単純半数の賛成で議決し、天皇陛下に宣言して頂くことである。

天皇が自身の意向を表明することすら「違憲」にしてしまう『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が、天皇の生殺与奪の権を握っているも同然の現状は、異常である。しかもあらゆることが矛盾をはらみながら、複雑に絡み合っている。それを一挙解決できるのは、無効宣言しかない。

GHQ『憲法』『典範』の無効宣言と同時に、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原が確認され、『日本国憲法』制定以前の原状回復が成る。占領以前に可能であったことが、法的に全て可能になるのである。

簡単に言うと、「いいとこどり」である。「象徴天皇」条項、9条、前文など『日本国憲法』の害毒部分は即刻廃棄し、有用な部分があれば大日本帝国憲法を改正し取り入れる。改正の発議は天皇による自衛隊は「大日本帝国陸海空軍」となり、自衛隊をがんじがらめにしている「ポジティブ・リスト」が普通の軍隊並みの「ネガティブ・リスト」になり、軍隊が国を護るためにすべきことは全てできるようになる。GHQに削除された刑法の利敵行為条項も戻り、「スパイ天国」の汚名も晴らせる。時限立法で『日本国憲法』の有用部分を残し、数年かけて下位法律・法令の改正及び運用により適応させる。無効論者を入れて公開討論しながら進めれば良い。

何より、皇室の自治権が復活し、皇室の問題は皇室内で解決できる、本来の状態に戻る。天皇陛下の譲位のご意向に沿って、(皇室会議でなく、まして有識者会議などでなく)皇族会議で、粛々とお決めになれるのである。そのことは、逆に言うなら、皇室問題について素人である我々国民とその代表たる国会は、皇室問題について考える必要はない、ということである。これで、「退位ご意向」報道が心配していた問題の殆どは解決する。素人や反日集団の関与の恐れが大きい「有識者会議」に丸投げする等は、以ての外である。

「有識者会議」に重要問題を丸投げすることで、無為無策のうちに日本が滅びてゆくのを、傍観しようとしている戦後日本の支配層の「未必の故意」も、無効・復原宣言が粉砕する。

ここで、「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の「識者」達のいう、「天皇陛下の『譲位』のご意向」実現に伴う問題がどんなものか、見てみよう。

「…『譲位』が往々にして政争の具にとされ、摂関政治や院政といった変則的政体を生み出して政治が混乱に陥った往時を深刻に反省し、また、皇位継承をめぐる対立から生じた流血の秘史を繰り返さないことを切に願って、皇位継承権を有する者の範囲と皇位継承の原因とを厳しく限定したのが明治の御代に確立した不変の原則であった。明治・大正両帝の戦前期はもとより、戦後も戦争責任への真摯な思いから、何度か「退位」を願われた昭和天皇も最終的には皇位を全うされている。」(『「ご存在」の継続こそ』 大原靖男  『WILL』2016年9月号)

「……政治権力者など外部によって譲位・退位などが強要されたり、時の天皇が影響力を残したりするために恣意的に譲位・退位するケースもあり、皇位の安定を確保するためにはこのようなケースを排除できる制度設計が必要となる。」「憲法が規定する『国民統合の象徴』は、天皇が如何なる政治的な立場にもお立ちにならないことを求めている。特定の政治的な立場にお立ちになれば、賛成・反対の論争の渦中に入って『敵』をつくることになり、国民を統合することはできない。皇室には政治的対立を超越し、国民を統合する機能が求められている。別のテーマでも『ご意向』が示されることがあるとすれば、皇室のご尊厳が傷つくことにもなりかねない」」(「天皇陛下『譲位のご意向』に思う:皇室典範改正の必要はない」 八木秀次 『正論』2016年9月号)

『皇室典範は終身制を採用しており、天皇の退位(譲位)は認められない。そして、憲法と法律に従い、常に内閣の助言と承認のもとに行動するのが立憲君主である。」「(陛下が「退位」のご意向を示され、「皇室典範の改正を希望された」ことは)あくまで内々のご意見であり、…国会や内閣が法的に拘束されるわけではない。もし内閣が天皇の私的ご発言に法的に拘束されることになれば、それこそ立憲君主制に悖ることになろう。」「国民の多くが…ご心配申し上げているのは間違いなかろう。しかしそのことと、生前の「譲位」を認める事とは、区別して考えなければならない。新旧皇室典範の制定に当たっては、過去の歴史を踏まえ、譲位制のメリットとデメリットを検討したうえで終身制を採用しており、その判断は重いからである。」(『「陛下のご意向」と立憲君主制』 百地章 『WILL』2016年9月号)

大原靖男は、昭和天皇が「退位」を望まれながら、「戦争責任への真摯な思いから」断念なされたようにいっている。つまり大原自身も「昭和天皇に戦争責任があった」と思っている、ということか?連合国の「天皇制強権」「軍国主義」説を信じているのか?

百地章は天皇陛下の「ご意向の表明」を「立憲君主制に悖る」というが、現実に日本の元首であり立憲君主である天皇を、まったく権能のない、「象徴天皇」という無力な空気のような存在である、と規定しているのが『日本国憲法』である。天皇に立憲君主としての務めを果たさせていないのは、『日本国憲法』なのである。

そもそも、戦後憲法学者の言う「立憲主義」とは「天皇から権能を剥奪し、皇室統制し、皇統断絶を企図する『日本国憲法』を天皇に遵守させる」主義である。

大日本帝国憲法下、天皇は「不裁可する権限」を持つ「至高の権威」であり、「不裁可しない憲政の常道」を実践する立憲君主であった。

日本に立憲主義を取り戻すためには、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効を確認し、大日本帝国憲法と明治の皇室典範を復原するしかない。

明治天皇と大正天皇の時代と、昭和天皇の戦後時代とでは、皇位継承をめぐる状況が全く違うこともキレイに無視されている感がある。明治・大正時代には、側室制度もあり、宮家ももっと沢山あって、皇位継承者の数を心配することはなかった。

歴史上には、自らの政治的野心から、操りやすい方を天皇に擁立するなどの争乱は確かにあったが、それとて結局は「男系天皇」での継承は成ってきたわけで、今、平成の日本が直面している、皇統断絶の危機には比べようもない。

今まさに、日本は、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって、怒涛の侵略を受けているのである。

8月3日朝、秋田沖250㎞の日本の経済水域に北朝鮮からのミサイルが落ちた。こんなことがあっても尚、『日本国憲法』にがんじがらめになった日本政府のできることは「厳重抗議」しかない。だが、その物理的攻撃の危険よりもさらに、皇統の危機は深刻である。ミサイルが降ってこようが、日本の国土が戦場になろうが、日本は必ず復興する。

だが、天皇の存在しない日本は、もう日本ではなくなるのだ。

日本の支配層は今、かつてないほどに、日本が破滅に向かっていることに無頓着になっている。だから、日本の皇統に関する重大問題についての天皇陛下のご意向の表明を、(その表明が『日本国憲法』に抵触する)「天皇の私的な発言」などと言ってしまうのだろう。

 

上に見たとおり、「無効論」を無視した議論では、重大な論点が欠落する。

それは、①日本がポツダム宣言を受諾した瞬間から、ずっと、天皇は日本統制の為に、連合国に政治利用され続けている。②『日本国憲法』の「象徴天皇制」と「国民主権」によって、天皇はいわば「強制的に(立憲君主の地位から)退位させられた」③連合国という外国勢力とそのシンパである国内の国際共産主義者たちは、無神論・唯物論の立場から「万世一系の天皇」を憎悪し、世界同時革命の遂行の邪魔である「祭祀王=天皇」を抹殺したい勢力である。④『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は「天皇制廃止」=「日本の国体破壊」を目的に作られた、「国際共産主義という政治的立場に立った」ものである。⑤『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の制定は違法であり、それを隠蔽するため、連合国・GHQは「日本人が自主的に帝国憲法を改正した」という嘘をついた。⑥その嘘をついたという事実を隠蔽する為に、GHQは日本人にWar Guilt Information Programという洗脳教育を施した。⑦WGIPの一環である東京裁判で、日本人は全員戦争犯罪者にされた。⑧同様に、大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であったというのは、連合国の戦争犯罪を隠蔽・正当化するための虚偽であったことである。

特に、⑧大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であるということが虚偽である、という認識は重要である。殆どの戦後憲法学者が「無効論」で大日本帝国憲法の現存が確認されるということに拒否反応を示すのは、「戦前=悪」「大日本帝国憲法=悪法」のプロパガンダを信じているせいだからである。

「戦後レジーム」とは、日本人を「東京裁判史観」という虚偽の歴史認識で洗脳し、検閲で真実を隠蔽して日本を情報統制するシステムである。

中国を侵略して、南京大虐殺をしたのだから中国の言いなりになるのも仕方がない」というのが代表的な「東京裁判史観」に支配されたものの症状である。

「北朝鮮の人民を奴隷扱いしたのだから日本人が拉致されても仕方がない」というのも同様だ。最近は、これに「韓国の女性を拉致して性奴隷にしたのだから、仕方がない」というのも加わって、これらの特定アジア国民への批判だけを罰する、「ヘイトスピーチ法」なる日本人の言論弾圧法もできた。

WGIPは、私達の祖父に「中国侵略」「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」の汚名を着せたが、同時に、今上天皇の父君・昭和天皇にも、「HIROHITO=HITLER」という侮辱を与えた。

昭和天皇はマッカーサーに国民の命乞いをされ、国民とともに「堪え難きを堪え、忍び難きを忍」んでその御命を全うされた。今上陛下は、そのご遺志を継いで「国民と共に歩み、国民に尽くす」と仰せられ、今そのご高齢とご不例の御身に鞭打って尚、国民の為にお務めになっている。

1998年5月、今上陛下は皇后陛下と共に英国を訪問された。バッキンガム宮殿正面から延びる大通り「The Mall」を、エリザベス女王と最高位の馬車に乗り、近衛騎兵に護られながらパレードされた陛下は、日の丸の小旗を打ち振って歓迎する群衆の一角を陣取る、第二次世界大戦でビルマなど東南アジア戦線に従軍した退役軍人らに迎えられた。馬車が近づくと、彼らは一斉に馬車から背を向け、英国では中指立てより失礼な「裏Vサイン」を突き出し、ブーイングの嵐を見舞った。「クワイ川マーチ」を口笛で吹き、大きな日の丸の旗が燃やされた。陛下は勿論、何事も無かったかのように平穏なご様子でこれをやり過ごされた。

これに先立つバッキンガム宮殿での饗宴で、天皇陛下は第二次世界大戦における英国軍人の「苦しみに対し、深い悲しみと痛みを覚える」とのお言葉を述べられていた。(新聞報道で分かった元英国兵の言う「日本軍の残虐行為」とは、違反行為のあった捕虜が、水の入ったバケツを持って立たされた等の、小学生の罰並みのものだった。他は「食料・医療品が不足していた」など、日本兵も同じ苦しみを味わった事柄であった。東南アジア戦線の日本兵の80%が疾病・飢餓で亡くなっている。)

その翌年1999年には、中国の江沢民が訪英。天皇陛下が乗られたのと同じ最高位馬車に乗りたいとゴネて顰蹙を買っていた。彼の命令で、「The Mall」に集まった亡命チベット人による抗議活動は、英国の警官隊によって徹底的に排除された。BBC等英国TVはこれを報道したものの、「昨年、日本の天皇への抗議は『言論の自由』として見逃したのに、なぜだ。これが民主主義か」と正論を吐いたのは『チャンネル4ニュース』のジョン・スノウだけであった。

ことほど左様に、「東京裁判史観」は世界中に浸透しており、日本国内では、直接罵声を浴びせられることは少ないだろうが、海外在住の日本人は人種差別とは別の非難の目、蔑んだ目で見られることも珍しくはない。英国では左翼インテリが多く、口角泡を飛ばした悪口雑言罵詈讒謗の嵐に遭うことことすらある。私は故郷の英雄・吉田松陰先生を「好戦的超国粋主義のファシスト」と罵倒され、「天皇陛下を尊敬している」というと、「低能の国粋主義者め」と、毒々しい憎悪の表情で、吐き捨てるように言われた。動悸がし、体中が怒りで震え、頭が真っ白になるあの感覚は、日本では経験したことのないものだった。

天皇陛下の英国ご訪問でも、人々の関心は専ら「HIROHITOの息子AKIHITOは英国に謝罪するのか?賠償金を払うのか?」と下世話な戦争・金絡み。世界で一番古い国の、世界で一番長く続いている皇統の帝王を迎え、そんなことしか言えない人々の民度の低さが悲しい。

だが、大方の日本人と同様、彼等も真実を知らされていない。虚構で固めた歴史観では、本当の反省はできようはずもない。かくて連合国側の国民達も、「国際戦後レジーム」からの脱却を必要としている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言で、全世界に昭和天皇と日本の名誉回復を宣言、全世界の人々の「無知の知」への覚醒を促す

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『日本国憲法』の真の目的は、日本人の魂の武装解除である。

「日本の美しい魂」の象徴である天皇の無力化こそが、日本人の無力化に直結する__それが『日本国憲法』のいう「象徴天皇」=「権威なき天皇」の正体である。

『日本国憲法』が天皇の権力と権威を、そしてGHQ『皇室典範』が皇室の自立と自治を剥奪し、皇統を途絶えさせ、天皇という存在を消滅させることによって、かつて「精神性」だけで、世界の大国米英に歯向かったあの日本人の牙を折り、腑抜けにすることができる、連合国はそう信じた。

戦前、日本は核を持っていなかった。物量では圧倒的に不利であった。しかし連合国は日本を恐れた。

天皇陛下の為に、いつでも躊躇せず命を投げ出す日本人を、連合国は恐れたのだ。

「天皇を東京裁判にかけて処刑してしまえ」__いきり立つ米国世論を抑えたのは、「天皇を殺せば、日本人は最後の一人になるまで戦いをやめない。米国兵を皆殺しにするまで、日本人は止まらない」という知日派の言い分であった。核兵器でも何でもない、日本人の大和魂を、彼らは恐れたのである。

だが、大日本帝国の皇軍兵士の勇猛さは、「民間人虐殺」を行う「残虐さ」とは違う。天皇陛下の為に戦う、という名誉が皇軍兵士に規律正しさを与えていた。その事実は、日本人と、全ての連合国国民に知ってもらわなくてはならない。

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天皇とは、日本の国体とは、憲法と典範とは、何であろうか?「戦後レジーム」はどのようにしてそれらを軽視し、骨抜きにしてきたのか?

典憲は、『憲法の憲法』である立体構造の『規範国体』を文字で掬い取って平面的に投影して書き写したものである。『規範国体』が『本質』であり、『典憲』はその『属性』としての影絵である

「このうち、皇室の家法である典範とは、明治典範などによってある程度成文化されたものの、成文化による表現に馴染まず、あるいは、成文化することによって誤解や誤用が生じる恐れのある事項、たとえば、『三種の神器』、『宮中祭祀』などの古来から皇統と不可分に受け継がれた不文慣習法の総体としての『正統典範』のことである。天皇と皇族に適用されるものであって、国家と国民の全体に適用される憲法とは、それぞれ法の守備範囲を異にする。」(p.13, p.12 『とこしへのみよ』南出喜久治)

「古代以降、皇位継承について成文化された規定はなかった。1889(明治22)年、大日本帝国憲法とともに、皇室に関する初めての成文法である皇室典範が制定された。」「ただ、皇室典範は一般法規とは異なり、憲法から超越した宮務法とされ、『皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス』(大日本帝国憲法74条)として、議会が法改正に介入することはできなかった。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」 封じた歴史』)

だが、GHQ『皇室典範』は「憲法」の下位法、単なる「法律」とされた。

「この新皇室典範の立案過程で、皇室に関する事項だけを定めた同法を一般の法律と同列に扱うべきかどうかが問題になった。皇位継承に関わる重要な法律なので、『天皇の意思を関係させないのは妥当か』『天皇の発議により国会の議を経る特別な法にするのが適当』との意見があった。」「結局、一般法と同列とすることになり、天皇は改正には一切関与できなくなった。国民主権と政治的権能を持たない象徴天皇を定めた新憲法のもと、皇室を特別扱いするする法にすることは避けられた。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」封じた歴史』)

さらりと流してあるが、これは大変なことである。私達国民に分かりやすい言葉で言い換えると、

①連合国は、天皇家からその家憲である皇室典範をとりあげ、代わりに「単なる法律」である同名の『皇室典範』を制定したが、②「皇位継承に関わる重要な法律」であるにもかかわらず、その実態は「皇位継承を困難にする」法律である。④「国民主権」「象徴天皇制」により政治的大権を剥奪された天皇は、「改正発議の大権」も奪われ、改正には一切関与できない。⑤「国民主権」の『日本国憲法』の下位法であるGHQ『皇室典範』に縛られる天皇の存在は、「国民の下僕」???⑥『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、「皇室を特別扱いしない法」である。

「皇室を特別扱いしない」なら、国民と同じかというと、そうではない。天皇には職業選択の自由など、国民が享受している各種の自由と権利がない。私有財産もなく(『日本国憲法』8条、88条)、私的ご旅行ですら、つい最近まで全くなかった。権利など全くなく、義務ばかり。その扱いは完全に非人道的である。

そのうえ、陛下が「国民に尽くす象徴天皇」として完璧であろうと努力されればされるほど、公務は増え、その御身体に鞭を打つ結果となってしまう。そして、「これ以上無理をすると、公務に支障をきたしてしまう」という責任感からの御判断で「譲位の意向」を示せば「違憲」と騒がれ、「慎重に」という一言で、事実上棚上げされてしまう。

これは「特別扱いしない」のではなく、完全な弾圧・迫害である。

だが、GHQ『皇室典範』の立案段階では、当のGHQですら「皇位継承を崩御に限るのは、自然人としての天皇の自由を拘束しすぎる。」として、退位の自由を認めるべきだといっていた。が、GHQお手盛りの「憲法普及会」の副会長となる国務大臣の金森徳次郎は、「天皇に私なし、全てが公事」と言って天皇の意思による退位を否定した。

その後、「終生公人としてその地位を守らなければならないのは天皇のあり方としてひどすぎる。」(1956年5月の参院内閣委員会)といった「天皇の基本的人権」に鑑みた退位論など、退位論議は散発的に行われたが、そのたびに内閣法制局や宮内庁が否定し続けた。その理由は①「歴史上の上皇などの弊害」②「天皇の自由意思に基づかない退位の強制があり得る」③「恣意的な退位は天皇の地位の安定性を損なう」であった。(日経新聞2016年7月18日)

①は非現実的、②・③は話が逆だ。

「象徴天皇」こそが、「天皇の自由意思に基づかない(立憲君主という地位からの)退位の強制」であり、「天皇の地位の安定性を損な」った最たるものであった。

「国民主権」を高らかに宣言した『日本国憲法』が制定された時、事実上主権は連合国総司令官SCAP・GHQにあった。「(象徴天皇という)天皇の地位」を「国民の総意」ではなくGHQが恣意的に決定し、「主権者」と持ち上げられた国民は皆「蚊帳の外」に置かれていたのである。

『日本国憲法』公布記念式典の勅語には「この憲法は…自由に表明された国民の総意によって確定されたのである…」とあり、枢密院では顧問官の美濃部達吉博士が憲法改正に反対の意を示しただ一人起立をしなかったほかは、全員が賛成だったことになっている。が、枢密院議長清水澄博士は、新憲法施行後の9月25日に入水自殺をし、大日本帝国憲法に殉じた。『日本国憲法』施行の日のしたためた『自決の辞』には、昭和天皇の戦争責任の否定、平和愛好の性質故の開戦反対の事などが訴えられ、日本と天皇の将来を憂う言葉が綴られていた。

『日本国憲法』に反対して自殺された清水博士のことは、憲法論議に全く登場しない。だが、今上陛下はご存じのはずだ。清水澄博士は父君・昭和天皇の憲法学の師であったのだから。

清水博士も、東條英機ら「A級戦犯」等という名で処刑された戦争指導者達や、散華した皇軍将兵も、『日本国憲法』が有効とされてのさばっている限り、天皇陛下の公式の顕彰・追悼を受けることができない。

祭祀王たる天皇が、真実と誠の言葉を自由に発することを禁じる『日本国憲法』とは、なんと罪なものであろうか?

天皇陛下のその本当のお苦しみを、我々国民に知らせずにいる『日本国憲法』への盲従とは、なんと情けないものであろうか?

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前述した「憲法普及会」は、GHQの監督下、帝国議会により組織された、「官製の洗脳運動体」(南出喜久治)であった。まず「憲法研修会」で664人の公務員(各省庁及び警察庁から50名ずつ)を教育し、全国各地で講演会を催し、最高学府で学んだ者ほど『日本国憲法』絶対教にはまり、思考停止するという状況が生まれた。一般国民向けの冊子『新しい憲法  明るい生活』も2000万部(全世帯に一冊ずつ)配布され、映画、紙芝居、カルタにまでなり、「臣民の全ての階層を洗脳した。」

そして、今や、学童時からGHQ教育で洗脳された世代と、その世代に育てられた子の世代が、日本支配層・権力層の中枢に蔓延している。「『日本国憲法』有効」を大前提として構築された戦後日本で生まれて育った人々である。

かくして、「天皇軽視」の傾向は左翼政治家のみならず、宮内庁、外務省、文科省にも蔓延することとなった。

『憲法無効論とは何か』の著者で、「新しい教科書をつくる会」理事として『新しい公民教科書』第三版を執筆した小山常実によれば、文科省が行う教科書検定は、公民教科書から「立憲君主」「国体」「家族」という言葉を消し去り、「祖国防衛」を否定し、「国民とは今現在生きている人だけ」と書くよう執筆者に強制しているという。世界が絶賛する日本の素晴らしい伝統である、家族主義という「利他主義」の基本を無くそうとしているのである。亡くなった家族を「国」の一員と認めないなら、先祖崇拝は廃れ、祭祀王たる天皇の存在理由も無くなるというわけだ。

天皇とは祭祀王であり、「万民の父母」であり、天皇家は日本という大きな家族の宗家である。ヨーロッパ王家のような征服王ではないのだ。故に、搾取者である王族をギロチン刑に処した、フランス革命の生んだ人権宣言を、日本に持ってこられても違和感しか覚えないのは当然である。フランス式の「搾取されないよう、権力を縛る為の憲法」ではなく、「権力と権威の分立」の大日本帝国憲法で、戦前の日本は立派に立憲政治が機能していた。

共産主義が人々に受け入れられないのは、彼らの言うことが嘘ばかりだからだ。嘘ばかり言っているくせに、それに賛同しない人々を「頭が悪く理解できない」と見下しているからだ。

同様に、「南京大虐殺」「慰安婦性奴隷強制連行」を事実として戦後70年談話を書いた外務省と政府自民党の政治家も、「東京裁判史観」を真実として国民に提示し続ける学者達も、『日本国憲法』絶対教信者の憲法学者も、「頭が悪い」と見下されるのはどちらか、そろそろ立ち止まってよく考えた方が良い。

貴方達を、私達はもう信用できない。私達の大切な御親である天皇陛下の「譲位」のご意向を、「有識者会議」などにかけて「慎重に何年もかけて検討」するとは、「本当に大変なことになるまで手をこまねいて見ている」ということだと、国民は気付いている。

天皇の「譲位」問題を、「有識者会議」に任せるということは、ナチスの「全権委任法」による政権奪取の如く、国民が知らないうちに日本を滅亡の危機に追い込む謀略である。

そんなことはない、というなら、せめて今すぐ「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』無効論」を国民全体に周知せよ。嘘ばかりいう貴方達に、「南京虐殺はあった」などと未だに言っている貴方達に、「『無効論』なんてくだらない」と、国民の代わりに勝手に決めて欲しくない。国民に周知し、反論があるなら無効論者を相手に堂々と公開討論でするがよい。

天皇陛下と国民を愚弄するのは、いいかげんにせよ。

日本国民は、やくたいもない「国民主権」など要らない。そもそも、一体本当に、私達は「主権」とやらを行使できたためしがあったか?もし本当にそんなものがあるのなら、私たち国民は、今それを行使したい。

日本国民は、天皇陛下に立憲君主としての大権をすべてお返しし、「至高の権威」として、日本を滅茶苦茶にしている人達に、正気を取り戻させていただきたいのです。

もとの貧しくとも清廉な、美しい誠の心を持った日本に戻すために、国民がはっきりと目を覚まし、しっかりと歩いてゆけるように、「万民の父母」として、見守っていただきたいのです。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原宣言を、国会が議決し、天皇陛下に宣言していただくことを、国民は望みます。

すめらぎいやさか。

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「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと

戦勝国アメリカは「封建主義によって抑圧された日本人を指導し、自由と民主主義への栄光ある道を歩ませる」と意気揚々と日本に乗り込んできた。「文明的支配者」として「野蛮な後進国・日本」を「調教」する為に、アメリカ占領軍はやってきた。

だが、実際にGHQが日本占領中に行ったことは、自らの戦争犯罪「無辜の非交戦者の非道な手段による殺害」=「人道に対する罪」を糊塗するために、検閲・洗脳を以て日本の歴史を捏造し、伝統を破壊すること、そして日本人が二度と米国と連合国に歯向かわないよう物理的・精神的に、永遠に武装解除することであった。

そのために占領軍はWar Guilt Information Programという洗脳工作を実施した。これは日本人に対するだけでなく、同時に国際社会に発信され、「世界のだれもがそう思っている」という相乗効果を生み、虚偽が事実として拡散された。

連合国は東京裁判で日本軍将兵・日本政府高官・官僚のみに留まらず、言外に日本人全体を犯罪者扱いし、「一億総前科者」の心理的刻印を押した。

GHQと極東委員会は、共産主義的国民主権を謳う日本国憲法を、天皇と日本政府・帝国議会の顔に押し付けるような非礼・無体なやり方で強要し、「徳の高い連合国に対し、道徳的最下層に位置する我々日本人は今後絶対に武器を取って歯向かうことはいたしません」と誓わせた。

連合国に対する反省と謝罪を永遠に続けるよう、「世界で一番立派な民主的進歩的平和憲法」を批判し捨て去ることは罪悪である、という教育を推進するため、破防法により収監中の共産主義者たちが釈放され、GHQ主導で日教組が組織された。

その他、占領軍が犯した諸々の日本に対する犯罪行為を隠蔽するため、GHQは自身が日本に押し付けた「日本国憲法」も禁止する「検閲」という言論弾圧を以てした。それは「プレス・コード」という、単なる「基準」のように錯覚する名で呼ばれたが、厳然たる言論弾圧であった。

以下に記すのが30項目に及ぶ「プレス・コード」=検閲の対象リストである。これを見れば、連合国が何を隠したがっていたのかがはっきりわかる。

  1. SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
  2. 軍事裁判(東京裁判)への批判
  3. SCAPが憲法を起草したことについての批判
  4. 検閲への言及
  5. アメリカ合衆国への批判
  6. ロシア(ソ連)への批判
  7. 英国への批判
  8. 朝鮮人への批判
  9. 中国への批判
  10. その他の連合国への批判
  11. (個々の連合国でなく)連合国全般への批判
  12. 満州における日本人の待遇への批判
  13. 連合国の戦前の政策への批判
  14. 第三次世界大戦への言及
  15. 西側世界対ロシアの問題(冷戦)に関する論評
  16. 直接・間接を問わず日本の戦争擁護のプロパガンダ
  17. 直接・間接を問わず日本と日本の天皇が神の子孫とその国であるというプロパガンダ
  18. 軍国主義的プロパガンダ
  19. 国粋主義的プロパガンダ
  20. 大東亜(共栄圏)プロパガンダ
  21. その他のプロパガンダ
  22. 戦争犯罪の正当化と戦犯の擁護
  23. (占領軍兵士と日本人女性の)交渉
  24. 闇市の状況
  25. 占領軍への批判
  26. (日本人の)飢餓の誇張
  27. 暴動・社会不安の扇動
  28. 虚偽の報道
  29. 不適切なSCAP(或いは地方軍政部)への言及
  30. 解禁されていない報道の公表

(The Censorship Operation in Occupied Japan  by Jun Eto; Press Control around the World  Edited by Jane Leftwich Curry and Joan R. Dassin 日本語訳: shiragamihiromi)

まずひと目見て判るのが、「日本が何故戦争へと向かって行ったか」や「日本の歴史・日本人のアイデンティティー」等に関する事柄は全て「プロパガンダ」と決め付けられている。

連合国や国際共産主義者は日本の「精神論」を毛嫌いしている。見下げている。怖がっている。それが日本の強さの源泉と解っているからだ。

その中心に在るのが天皇である。だからこそ、天皇の求心力を殺ぐ為に帝国憲法を、国際法を曲げてまでも始末しようとした。

連合国占領軍がした事が本当に「自由と民主主義の教導」であったのなら、このような言論弾圧が必要だったはずはない。

「日本国憲法」が本当に「日本人自らの意思で、帝国憲法を改正したもの」であったなら、「SCAPが『日本国憲法』草案を起草したことへの批判」を検閲で握りつぶす必要はなかった。

GHQは憲法草案の起草だけでなく、帝国議会議員選挙も統制し、また20万人(その家族を入れると100万人)が路頭に迷った「公職追放」で議会を脅迫した。

GHQは憲法「改正」と偽った「国体変更強要」が純然たる国際法(1907年ハーグ陸戦法規第43条 被占領地の法律尊重、占領中の法規改廃の禁止)違反であると知っていた。「日本人を奴隷にするものではない」とするポツダム宣言にも違反している。

そのポツダム宣言は「GHQの言うことを聞かねば原爆で日本全体が焦土と化す」とあからさまな脅しをかけていた。

占領政策の全ては、無知と曲解、捏造と欺瞞、謀略と暴力で成り立っていた。それを正当化する為の装置である「日本国憲法」は日本国民を騙しながら成立し、戦後70年を経た今でも多くの国民はその事実を知らされていない。

占領政策について少しでも調べたことのあるものなら、検閲と言う言論弾圧と洗脳を組み合わせたWar Guilt Information Programがいかに効果的に「日本人の魂の武装解除」を遂行したかに戦慄するだろう。

恐ろしいのは、占領が終わって60年以上が経過した今も、GHQの洗脳教育で育った世代が各界において自主検閲に勤しみ、戦前の日本を否定することを正義と感じるよう若い世代を教育し、先の戦争に関する「真実の探究」は悪魔の所業かのように宣伝している事である。

連合国も、学究派の真実追究を「歴史修正主義」というレッテル貼りで常に牽制している。上記検閲リストに見る「プロパガンダ」抑圧と同じ構造である。

イラク戦争終結の折、ブッシュ米国大統領は「イラク占領は『GHQ方式』でやる」といっていた。被占領国の国民を日本人のように洗脳するというのだろうか、と心配した事を思い出す。実際にどのような占領政策がとられたのかは知らない。が、日本占領が日本人に及ぼした影響、民族精神の衰退、国家の命運にまで甚大な影響を与えている、という事実を国際社会に周知することは、唯一の被爆国であるうえに、唯一の「国家ぐるみの洗脳実験体」となった国家としての、日本国の義務であると思う。

「一億総前科者」、もうやめませんか?

日本人が如何にのほほんと平和に過ごしていようがお構いなく、世界の人々は「日本は第二次世界大戦でアジアを侵略した。アジア人女性を拉致して性奴隷にした」と思っている。学校の授業で中高生にそう教えている。

世界の人々にとって、日本人は「今は更生した残虐非道な前科者」なのだ。

日本人は御人好しだから「気にしない」で済むと思うかもしれない。だが、大半の日本人が知らないうちに着せられている「道徳的下層民族」の汚名は、未来永劫・子々孫々日本人について回るのである・・・日本人が自ら声をあげて「私達は犯罪者ではない!」と言わない限り。

日本が現在その「道徳的・政治的最下位」に置かれている所謂「戦後レジーム」の役割というのはつまり、

「第二次世界大戦の戦勝者である連合国(特に国連安全保障理事会常任理事国・米英仏ロ中)が、永遠に『戦勝国』という特権階級に収まり他国を収奪したい。その為には、大戦中彼らの植民地を解放する等してその邪魔をした日本は『己の犯した罪を反省しない前科者』として永遠にその『罪科』を忘れぬよう釘を刺し続けなければならない」

ということである。だがその日本が犯したという「罪科」とは何か?日本は本当にそんな罪を犯したのか?答えは「否」である。

ナチスは戦争と関係ないところでホロコーストという民族浄化政策を行い、主としてその罪をニュルンベルク裁判で裁かれ、「人道に対する罪」によって12人が死刑、7人が終身禁錮刑となった。(注;無罪放免も3人) ここで特筆すべきは、ドイツは国家としては裁かれていない、ということである。裁かれたのはあくまでもナチス、ゲシュタポ(秘密警察)、ナチ親衛隊、保安隊という犯罪団体のみである。翻って・・・

東京裁判によって連合軍は日本国を、一般市民さえ含めた「全体として」裁いた。

「日本軍の中国大陸における最悪の所業」といわれる『南京大虐殺』を例にとろう。

中支那方面軍を率い南京攻略戦を指揮した松井石根大将は、東京裁判で『南京大虐殺』の責を問われた。訴因は以下の二つ。

訴因54:残虐行為の命令・認可または許可

訴因55:戦時国際法遵守と違反行為防止の徹底不行届

松井石根大将は、他の訴因(米英蘭支ソへの戦争行為)とともに 「訴因54:残虐行為の命令・認可または許可」では不起訴になった。

東京裁判は、日本軍当局が『南京大虐殺』を命令したことを証明できなかったのである。

にも拘らず、松井大将は「訴因55:戦時国際法遵守と違反行為防止の徹底不行届」で有罪とされ死刑になった。東京裁判の冒頭陳述で日本の行為を「文明に対する挑戦」と呼んだ主席検察官ジョゼフ・キーナンですら、『なんという馬鹿げた判決か!松井の罪は部下の罪だ。終身刑がふさわしいではないか』と憤ったという。

軍当局からの命令の事実が無かったとなれば、それはつまり『南京大虐殺』は松井大将の部下の「兵隊達が勝手にやった」ということになり、中国共産党が日本の世論分断の為よく使う「二分論」=「日本の中国侵略は支配階級である軍国主義者・帝国主義者の仕業であるから、日本軍の下級兵士は上官の命令に従っただけで、一般の日本人や中国人民と同じ被害者である」を完全否定している。

東京裁判は「『南京大虐殺』は支配層の日本軍国主義者でなく普通の日本人である兵隊達がやった」といっているのだ。

では、『南京大虐殺』はあったのか?

否、『南京大虐殺』などなかった。『バターン死の行進』も『田中上奏文』も『満州事変』も『中国侵略』も、東京裁判でその存在が証明されることはなかった。つまり、プロパガンダであった。

連合国は占領中、日本を「巨大な捕虜収容所」(マッカーサーの言)に変え、緻密な検閲による完全な言論統制を敷いたうえで、直接統治・公職追放・戦犯裁判の恐怖で天皇及び日本政府以下全ての日本人を強圧下におき、日本の歴史・文化・伝統の全てを否定し、東京裁判で連合国が決めた「日本人の犯罪」をWar Guilt Information Program という洗脳によって信じ込ませ、「自分達は犯罪者だから連合国の定めた憲法によって永久に武力を放棄せねばならない」として、明治維新の独立自尊の憲法である大日本帝国憲法を『日本国憲法』というものに『改正した』と騙した。

これは新しいタイプの「植民地経営」である。

日本国は独立しているようで独立出来ていない。自由に泳ぎ回っているようで、実は連合国の「戦後レジーム」という名の水槽の中で生殺与奪の権を握られているのだ。

この状況を打破し「戦後レジーム」から脱却するために必要なことは以下の通り。

1. 『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認

2. 東京裁判・『太平洋戦争史』への反論

3. 大東亜戦争と大東亜共栄圏の真実を周知

4. 以上の国民運動による推進

要するに、日本人が知らされていない事実・歴史の真実を、国民全員で取り戻そう、という話である。大日本帝国憲法現存確認によって、自衛隊は自動的に「国防軍」になり、「スパイ防止法」も「緊急事態法」も帝国憲法に準じて用い適時改正すれば足りる。

何より、日米同盟は対等化に向かい、日本の制空権問題集団的自衛権問題も解決する。

領土問題拉致問題も遙かに容易に対処・解決できるようになる。

生け簀の魚が飛び出して大海に戻ってしまえば、それは魚屋は怒るであろうが、魚にも元の棲み家の大海で泳ぎ回る権利があろう。

日本が真実を突きつけて困るのは、日本軍の援助によって独立した東アジアの植民地の宗主国達、極東の地に暗躍し日本を戦争に引きずり込んだ共産主義者達・・・。70年もの長きに亘って洗脳下にあった日本人は「アメリカが許さない」「中国との関係が悪化する」と真の独立を掴むのに二の足を踏むかもしれない。

だが、連合国が第二次世界大戦の開戦責任数世紀に亘る過酷な植民地政策、そして日本への占領政策の違法性を反省しないなら、国際社会に明るい未来はない。旧連合国による国際法の濫用、悪用、蹂躙と、国際機関の私物化・宣伝活動を指摘・糾弾しないなら、世界はテロや戦争を根絶する討議の席すら設けることを得ず破滅するだろう。

この問題は日本の誇りと誠の問題であり、同時に世界平和への希求の問題なのである。

(2017年10月9日、旧題「日本は侵略国家ではない。東京裁判を見直し、大東亜戦争の真実を、日本の誇りを、取り戻す。」を改題しました。)