「利子は泥棒」__経済学が世界で隠蔽してきた貨幣システムの歪みを正し、日本と世界の諸国民に経済主権「通貨発行権」を取り戻して「経世済民」「真正民主主義」を実現する__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[序章①]

ロスチャイルドマネー

真正民主主義は「無知の知」から__世界貨幣経済史4千年のタブー「『支配の道具』としての利子付き貨幣」と「貨幣とは負債」で儲ける詐欺的銀行システムの正体を暴く


Josiah Stamp
Sir Josiah Stamp, the First Baron Stamp

銀行業は不正によって受胎し、原罪を背負って生まれた。銀行家達が、この世界を所有しているのだ。彼らから全財産を没収したとしても、彼らに「銀行預金」という貨幣を創造する権力を持たせたままにしておくならば、ペンをさっと動かすだけで、彼らは奪われた財産を全て買い戻すに十分な銀行預金を創造してしまうだろう。しかしながら、彼らからこの信用創造の権力を取り上げるならば、私自身が持っているような瀟洒な資産は、全て消え失せるだろう__そうあるべきなのだ、この世界をもっと幸福な、より良い世界にしたいならば。しかし、もしあなた方が銀行家達の奴隷であり続けたいならば、そしてあなた方自身の奴隷制度を存続させるための費用をあなた方自身が負担したければ、銀行家達に「銀行預金」という貨幣を「無」から創造する権力を維持させるがいい」___元イングランド銀行社長サー・ジョサイア・スタンプ男爵

Banking was conceived in iniquity and born in sin. The Bankers own the earth. Take it away from them, but leave them the power to create deposits, and with the flick of the pen they will create enough deposits to buy it back again. However, take away that power, and all the great fortunes like mine will disappear — as they ought to in order to make this a happier and better world to live in. But, if you wish to remain the slaves of Bankers and pay the cost of your own slavery, then let them continue to create deposits.__Sir Josiah Stamp (1920, Director of Bank of England in 1928) 


1.「信用創造」__「お金」は「無」から創造され、「無」へと還元される

Bank_of_England_Charter_sealing_1694

1694年に、「世界初の近代的中央銀行」として株式会社イングランド銀行が創業した時、英国王は、イングランド銀行が王に戦費として8%の利子付きで融資するために出資者たちから集めたとした「125万ポンド」を上限として、紙幣を発行する権利を私人の私企業であるイングランド銀行に与えました。しかし、イングランド銀行の金庫には、実際には75万ポンド分の地金しかなかったのです。にも拘らず、イングランド銀行は英国王に約束通り125万ポンドを貸すことができました。なぜなら、

「お金」は無から創造される

からです。具体的には、イングランド銀行は「イングランド銀行の英国王に対する125万ポンド+8%の債権と、英国王のイングランド銀行に対する125万ポンド+8%の債務」を「記録しただけ」です。

「信用創造」とは、「お金(貨幣、マネー)」という、必ずしも実体を伴わない「概念上の経済ユニット(=計算単位)」[計算貨幣・信用貨幣]を、「無」から創り出すことなのです。

2.国債と内生的貨幣供給の実際

日本銀行と日本の市中銀行の日本国債購入と「貨幣」[信用貨幣]の発生[信用創造]についても、全く同様です。


①銀行が国債(新発債)を購入すると、銀行保有の日銀当座預金は、政府が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる

②政府は、たとえば、公共事業の発注にあたり、請負企業に政府小切手によってその代金を支払う

③企業は、政府小切手を自己の取引銀行に持ち込み、代金の取立を依頼する

④取立を依頼された銀行は、それに相当する金額を企業の口座に記帳する(ここで、新たな民間預金が生まれる[「銀行預金」という貨幣]と同時に、代金の取立を日本銀行に依頼する

⑤この結果、政府保有の日銀当座預金(これは、国債の銀行への売却によって入手されたものである)が、銀行が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる

⑥銀行は戻ってきた日銀当座預金でふたたび国債(新発債)を購入することができる

⑦したがって、銀行の国債消化ないし購入能力は、日本銀行による銀行に対する当座預金の供給の仕振りによって規定されている

(建部正義「国債問題と内生的貨幣供給理論」『商学論考』55(3)2014、P. 599, 中野剛志『富国と強兵 地政経済学序論』P. 102)


ここで重要なのは、実体経済にかかわる「貨幣」(「銀行預金」)が実際に創り出されたのは、④の段階で、政府発注の公共事業の請負企業が政府からもらった政府小切手に書かれた金額を、市中銀行が当該企業の口座に記帳した時だけである、ということです。

「論理的に無限に続きうる」(中野剛志 前携書 p. 102)①~⑥のサイクルの中で、市中銀行、政府、日銀が、国債の発行、売却、購入というアクションを実行していますが、それらは全て「日銀当座預金勘定の振り替え」(=単なる数字の「お金」の日銀口座間の移転)だけで完結しており、銀行は国債の購入に自己資金を充当しているわけではなく、政府も政府小切手に書く金額を税収の多寡によって制約されるわけではない、そして、これが一番重要な点ですが、

政府の公共事業の民間企業への発注にも、税金という原資をまったく必要としない

というのが「国家運営の実際」の真実なのです。

3.「統合政府」に債権債務(=負債)は発生しない(はずである)


「(……)国債の償還[=返済]は日銀からの『借り換え』を繰り返せばよく、また日銀への利払い分はその95%が政府に還流する制度となっている。この場合、政府と日銀の間で資金が循環するだけであり、したがって、政府は何ら負担を負っておらず、民間経済にも何ら悪影響を与えていない。」[青木泰樹『経済学とは何だろうか 現実との会話』]

「以上からわかるように、貨幣が信用貨幣であることによって、政府の国債発行は、民間部門の資金量の制約から自由になる」

「そして、貨幣が国家権力によって保証された表券である[「国定信用貨幣」である]ことによって、政府は、返済能力という制約からも逃れることができる」(中略)

「政府は『国定信用貨幣』という制度によって、実は、ほぼ無限と言ってよいほどに強大な資金力を手中に収めていたのである」

(中野剛志 前述書 p. 105, 下線、[ ]内注、赤字太線ブログ筆者による)


このような現実の「国債の発行・売却・購入の実際」を説明しているのが、ポスト・ケインズ派の経済学者 L・ランドール・レイの「MMT(Modern Monetary Theory)現代貨幣理論」で、その中で国債発行元(売却元)である政府とそれを引き受ける(購入する)中央銀行の関係は「統合政府」と呼ばれます。

「中央銀行は『政府の子会社』なのだから、連結決済する同一『社』内で債権債務は発生しない、つまり、

『政府の子会社』中央銀行への『借金』を、『中央銀行の親会社』政府は、返す必要がない」

ということです。

4.「カネは天下の回りモノ」__循環型経済の発展でこそ、実体経済/国民経済が成長し、国民の生活水準は上がる

ここで今一度、「貨幣」の「創造→移転→消滅」の在りようを、実体経済のサイクルとして単純化してみてみましょう。

まず、銀行が「無(ゼロ)」から1万円を「創造」します。具体的には、「Aさんの口座に1万円と打ち込み」ます。この状態を、銀行が「マイナス1万円」、Aさんが「プラス1万円」としましょう。次にAさんはお米農家のBさんから1万円でお米を買います。これでAさんが「マイナス1万円」で、同時に「プラス・マイナス=ゼロ」となり、Bさんが「プラス1万円」です。Bさんはこの1万円で、大工のCさんに家の修理をしてもらいます。Bさんが「マイナス1万円」「プラス・マイナス=ゼロ」で、Cさんが「プラス1万円」です。Cさんはお寿司屋さんのAさんからこの1万円で上寿司を買います。Cさんは「マイナス1万円」「プラス・マイナス=ゼロ」で、Aさんが「プラス1万円」になりますが、ここで、Aさんが他の誰からも何も買わずに、この1万円を元の銀行に持っていけば[返済]、Aさんが「マイナス1万円」で同時に「プラス・マイナス=ゼロ」、銀行が「プラス1万円」で、最初のマイナスと相殺で「プラス・マイナス=ゼロ」となり、Aさん→Bさん→Cさんの3人の間を「1万円」が「移転」したこのサイクルは完了します。[消滅]

「お金」は「無」から「創造」され、人々の手から手へ(口座から口座へ)渡って、モノ(財)やサービスの生産・売却・購入・投資が繰り返される[移転する]たびに「所得」を生み、「返済」されることで「無」へ「償還」される__即ち「消滅」します。

このサイクルが、循環型経済システムです。

一つ・或いは複数の通貨が循環する経済システム内で、創造される「お金」の量が増えれば増えるほど、そしてモノ(財)やサービスに対する取引[実体経済/国民経済活動]が多くの人々によって為されれば為されるほど「所得」が増え、経済規模が大きくなる__これが「経済成長」と呼ばれるものです。

5.「利子は泥棒」__実体経済/国民経済破壊と国民貧困化が加速する悪魔の「椅子取りゲーム」

前項で示した「貨幣の創造→移転→消滅のサイクル」で、「現実と違っているところ」に、皆さんはもうお気づきになっているでしょう。そう、現実の世界では、銀行は、「お金」を「無」から「創造」して__つまり、自己資金/元手なしに「お金」を生み出して、それを人々に「貸付け」、その上「利子」まで取っています。

もう一度、今度は「現実通り」のサイクルを単純化したものを、みてみましょう。

まず、銀行が「無(ゼロ)」から1万円を「創造」します。具体的には、Aさんの口座に「1万円」と「打ち込むだけ」です。この部分は同じです。「事実」ですから。ただし、ここで、銀行はこの1万円を、Aさんの銀行への「負債」として「創造」したのです。Aさんに、「利子」と「期限」をつけて1万円を「貸した」のです。

つまり、銀行はAさんに対して「1万円+利子」の「債権」を得、Aさんは銀行に対して「1万円+利子」の「債務」を負うのです。定められた期限内に「債務を履行」つまり「借金を返済」できない場合、「担保」が設定されていれば、その「担保」は銀行のものとなります。

さて、お寿司屋さんのAさんは、銀行から「1万円」を「10%の利子」付きで借りたとしますと、銀行には「1万円+千円=1万1千円」を返さなければなりません。Aさんは、この「千円」を捻出するために、本来「コスト1万円」で作っていた「1万円の上寿司」を、「コスト9,000円」で作るかもしれません。この場合、Aさんが寿司を作るために購入する魚、コメ、酢などの材料の売り手に渡す「お金」は、単純に考えて「1万円」ではなく「9,000円」になります。「創造」された「お金」は1万円だったのに、経済サイクルの中を回って(「移転」して)いく「お金」は「9,000円」……つまり、社会で発生する「所得」も、「お金」の移転一回につき「1万円」ではなく「9,000円」になる理屈です。

社会全体の「所得」が、「利子」×「移転の数」の分、減ってしまうのです。

或いは、Aさんは上寿司のコストは「1万円」のまま、Cさんに「1万1千円」で売ることにするかもしれません。しかし、このサイクル内には「お金」は「1万円」しかありません。大工のCさんは、この「千円」を取り返すために、隣町の別のサイクルのDさんに「1万円の大工仕事のサービス」を、「1万1千円」で売ることにします。Dさんも、よそのサイクルから「千円」を調達……ということが繰り返されることになり、結果として、世界経済全体に「マイナス」の連鎖が波及することになります。

Keynes
John Maynard Keynes

英国の経済学の泰斗ジョン・メイナード・ケインズは、この「負」のサイクルを「椅子取りゲーム」に見立てて説明しています。椅子は一つずつ減らされてゆき、音楽がストップするたびに椅子に座れない人(いわゆる「負け組」)が、一人ずつ増えてゆくのです。

現在、世界の経済で、取り引きされる全てのモノ(財)やサービスの価格には、25~35%の「利子」分が含まれているといわれています。

「無」から「創造」した「お金」で人々を「債務奴隷」にする銀行が勝手に設定した「利子」の支払いのために、世界経済全体で、不公正な取引価格が横行し、賃金体系にも影響を与えて世界の諸国民に貧困の苦しみを与えているのです。

『フォーブス』誌の富豪リスト上位42人が、全世界の資産額下位37億人と同額の富を、独占しているというグローバリズム「ねずみ講」ピラミッド・スキーム的直線型経済で、世界の国民経済は、完全に破壊されています。

冒頭に掲げた元イングランド銀行社長サー・ジョサイア・スタンプの言葉を思い出してください。

「銀行業は不正によって受胎し、原罪を背負って生まれた___」

6.「貨幣は負債」の6,000年の欺瞞

人類社会への「貨幣」の登場は、ハムラビ法典(B.C. 18世紀)、リピト・イシュタル法典(B.C. 20世紀)、エシュヌンナ法典(B.C. 21世紀)に様々な財の価格や「利子」についての規定が記されていることで確認されており、約6,000年前の古代メソポタミア社会で、神殿や王宮など当時の権力者・支配階級が臣下や従属民との間の債権債務を計算したり、記録したりする簿記の必要から、「計算単位」としての「計算貨幣」が生まれたものと考えられています。(参考文献:中野剛志『富国と強兵』)

支配者・権力者によって作られた「貨幣」という社会制度は、そもそもの始めから「支配の道具」としての性格を持って生まれたということでしょう。

「個人を支配する道具」であった貨幣を、「国家を、その政府・国民ごと支配する道具」に進化させて登場し、「公共機関」であると世界の人々に勘違いさせながら「金融機関の権威」として君臨してきた「世界初の近代的中央銀行」株式会社イングランド銀行は、「貨幣は一種の負債である」(*)と定義付けています。

 「今日の貨幣は、一種の『負債』____経済システムの中で、モノ(財)やサービスとの交換のために必ず受理されると、誰もが信頼しているが故に流通する、特別な『負債』なのである」

“Money today is a type of IOU, but one that is special because everyone in the economy trusts that it will be accepted by other people in exchange for goods and services. “ Money in the Modern Economy: An Introduction https://www.bankofengland.co.uk/quarterly-bulletin/2014/q1/money-in-the-modern-economy-an-introduction)

しかし、「負債ではない貨幣」はあります。

7.「負債ではない貨幣」の存在を抹殺してきた中央銀行「通貨発行権力」

1750年ごろ、アメリカ植民地13州では、「コロニアル・スクリップ」と呼ばれる地域通貨が発行され、地産地消の循環型経済で完全雇用、乞食・浮浪者ゼロ、生活水準世界一を達成していました。アメリカ植民地13州の宗主国である、世界に冠たる大英帝国では、当時国民が貧困にあえいでいたにもかかわらず、です。

当然、「新大陸」の本当の支配者、欧州の「通貨発行権力」大銀行家達は、英国議会・政府を動かして「植民地通貨」を禁止する法律を作らせ、植民地の繁栄を徹底的に潰してしまいます。

アメリカ独立戦争とは「Bank War」、文字通り「欧州銀行権力からの独立」を意味していたのです。

また、1862年2月、南北戦争の戦費に充当するため、エイブラハム・リンカーン大統領が発行した政府紙幣、いわゆる「グリーン・バック」も、「コロニアル・スクリップ」同様「利子がつかず、債権債務が発生しない貨幣」=「負債ではない貨幣」でした。

リンカーン大統領は1865年4月14日に暗殺され、「グリーン・バック」は回収されてしまいます。

1963年6月4日に、リンカーンの政府紙幣「グリーン・バック」を復活させたジョン・F・ケネディ大統領もまた、同年11月22日、テキサス州ダラスで暗殺されました。

その他、ドイツ、スイスや米国などで、古代エジプトや江戸幕藩体制下の日本(「コメ本位制」)のような「減価する貨幣」や「地域通貨」が成功して地域の実体経済を活性化させると、決まって当該国の中央銀行がこれを阻止してきました。

「負債でない貨幣」政府通貨/地域通貨を禁止・回収するときの中央銀行の言い訳は「経済を混乱させる」というものでしたが、実際に困ったのは、「自己資金ゼロの元手無しで『信用創造』した『お金』に『利子』をつけて貸し付ける、債務不履行の時には『担保』を取る」という「濡れ手に粟」のぼろ儲けの手段を永遠に封じられそうになった銀行家達だけだったのです。

「貨幣は負債」とは、端的に言うならば、「『無』から『創造』した『お金』を、『利子』をつけて人に『負債=債務』として『貸し付け』、自分は『債権者』として『債務者』を『奴隷』にしてもよい、なぜなら『貨幣とはそういうもの』だから」と言っているのと同じです。詐術なのです。

「富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる」_ユダヤ教の聖典『旧約聖書』「箴言」22-7

8.中央銀行「通貨発行権」の「無限の資金調達能力」=「無限大の支配権力」の私有・独占・統制の実態

暗殺されたのは、中央銀行が統制できない「政府紙幣」を発行したリンカーン、ケネディだけではありません。

1812年5月11日、前年に起きた「経済恐慌」における中央銀行の責任を追及し、イングランド銀行が命令する「アメリカ合衆国との戦争」に大反対した英国首相パーシヴァルも、暗殺されています。その翌月、欧米の銀行家達の「中央銀行」によるアメリカ支配に抵抗した「第二のアメリカ独立戦争」が勃発。1816年には、イギリスの大銀行家がその株の75%を所有する「アメリカの中央銀行」第二合衆国銀行が設立されてしまいます。

なぜ、銀行家たちはこれほどまでに「中央銀行」にこだわるのか?

そのわけは、「通貨発行権」という、あまり聞き慣れない「お金の流通を司り、国債・株式市場を操作する権力」に在りました。


James A Gerfield
James A. Garfield

「どの国であろうと、国の通貨の流通量を決定できる者こそが、全ての産業と商業の絶対的支配者となる。頂点にいる極少数の権力者達によって、経済システム全体が、どのようにでも、いとも簡単に操作されていることを理解するなら、インフレや金融恐慌がどのくらいの期間続くかなどということも、この者たちが決定しているということが、言われなくとも判るであろう」 

“Whoever controls the volume of money in any country is absolute master of an industry and commerce. And when realise that the entire system is very easily controlled, one way or another by a few powerful men at the top, you will not have to be told how period of inflation and depression originate.”________James A. Garfield, June 1881


この発言の2週間後に、ジェームス・A・ガーフィールド米大統領は、暗殺者に銃で襲撃され、その傷が元で同年9月19日に死亡しました。

「通貨の創造のタイミングと流通量、流通先(産業・商業)を決定し、貨幣の価値を決める金利を自在に操って証券株式市場を動かし、インフレ/デフレ・金融恐慌を起こすことのできる力」、それが「通貨発行権」です。

紙幣や硬貨など実物貨幣の「額面」とその原価(製造コスト)との差益を指す「通貨発行益 seigniorage(シニョレッジ)」とは別物です。

古代メソポタミアの王宮・神殿などの権力者による貨幣の創造以来、おそらくはその概念もはっきりと認識されないままに行使されていた「通貨発行権」は、ほぼ間違いなくその「無限大の権力」が認知されないまま、英国王によって「史上初の近代的中央銀行」イングランド銀行に委譲されます。以来、世界各国に設立された「中央銀行」に、この「通貨発行権」が「単に通貨を発行する権利」であるかのごとくに誤解され、その上「中央銀行は政府の子会社=公共機関」という誤解も国民の間に広めながら、集中されることになるのです。

それは、偶然などではありません。世界の中央銀行の乗っ取りと私設、それへの「通貨発行権」の集中は、「通貨発行権」の「無限の資金調達能力」と貨幣経済システムを熟知する者による、計画的犯罪だったのです。

「貨幣システム」と「金融システム」を我田引水的に「近代化」し、巨大な利益が自分と極少数の協力者(共犯者)達に吸い上げられる「ねずみ講」ピラミッド・スキーム型に設計・構築することで世界経済を動かしてきた者、世界の諸国の中央銀行「通貨発行権」を、自らが起こした革命・戦争を当該国に融資することによって一つ一つ強奪し、国際連盟・国際連合やBIS、EU/ECB、WHO・WTOなど国際機関を私設して世界の諸国が従う「権威」として位置付け、「世界政府」を自任した者__「貨幣の預言者」「世界の銀行家」__それこそは、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(=初代ロスチャイルド)とその5人の息子たちに始まる「ロスチャイルド金融帝国・ロスチャイルド金融貴族」でした。

Mayer_Amschel_Rothschild
マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド

「私が『通貨』を統制してさえいれば、国家の政事を誰が執り行うかなどは、どうでもよいことである」

“I CARE NOT WHO CONTROLS NATION’S POLITICAL AFFAIRS, SO LONG AS I CONTROL HER CURRENCY.”_マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド、1790年


9.「通貨発行権」とは、国家/地方政体の経済主権__「通貨発行権」の私人の中央銀行による私有・独占・統制は「経済主権侵害/経済侵略」、その事実の隠蔽は「民主主義への冒涜」

『BREXIT』_英国のEU離脱やギリシャの財政破綻など、EUでおこっている全ての問題も、EU 加盟国がこの「通貨発行権」を、EUという、それ自体が「ヨーロッパ諸国の中央銀行」的な非政府(=非民主的)組織に事実上「簒奪」されていることにあります。

EU もそうですが、世界の「民主主義」諸国はそれぞれ「国民の投票によって選出された議会(立法府)と、その議員の代表からなる政府(行政府)」を持って、「民主主義」の体裁を整えてはいますが、現実には、議会と政府が「国民の意を受けて」決定したことに中央銀行が従っているというよりも、むしろその反対で、議会と政府は、中央銀行が決定した政策を、さも議会と政府が決めたかのように国民に見せかけながら執行し、「失敗の責任」だけを取らされる、そういう仕組みになっているのです。

そもそも、「無」から「創造」した「お金=貨幣」は、空気や水や自然エネルギーと同様の、公共物です。

その公共物たる「貨幣」とその「無限の調達システム」が、世界の諸国民のためには使われていません。むしろ、6,000年前に登場した時と同じ「支配の道具」として銀行家達によって私物化され、「貨幣は負債」という嘘でだまされた世界の諸国民は「債務奴隷」として苦しめられています。

「自由・平等・博愛」も「自由民主主義」も「国際平和と人道主義」も、すべておためごかし、「詐欺師の嘘」だったのです。

日本と世界の諸国の政府は、ロスチャイルド金融マフィアの「若頭」である国連安保理常任理事国(戦勝五大国)を筆頭として、全てロスチャイルドの金融「ねずみ講」ピラミッド・スキーム=新世界奴隷制度の「中間搾取者」「奴隷頭」としてロスチャイルド側に立って国民を搾取する「ロスチャイルド金融帝国」の世界経済侵略幇助・国家反逆罪を犯しています。

ですから、政治家に向かって「この政策は間違っているから、正して欲しい」といっても無駄です。国家反逆罪は死刑であると、はっきりと教えてあげたほうが、早道です。

私達世界の庶民みんなが、本当に幸福になれる貨幣システム・経済システムは、「減価する」政府通貨・地域通貨を100%公共の銀行システムで完全に「天下の回りモノ」とする循環型地産地消経済です。「我が国ファースト」ではなく、「世界のローカル庶民ファースト」でなければなりません。

ロスチャイルド金融帝国がアメリカ独立戦争の頃から政府を使って推進させてきたグローバリズム戦争金融「ねずみ講」という直線型経済と、世界の諸国の「株式会社化=強制民営化」であった全世界金融化戦略によって、「お金」は「支配の道具」であるとともに、「投機的利益の道具」となり、世界は0.01%の銀行家と国際金融軍産複合体が99.99%の庶民(=債務奴隷)の富を独占する、浅ましい地獄のような場所になってしまいました。

これをやめさせて、世界の諸国民みんなが、豊かで健康・快適な文化的生活ができるようにするために、私達は「お金の奴隷」であることをやめて、「真正民主主義の経世済民」のための道具・社会制度として、「お金」を正しく使いこなす知恵を持たなければなりません。

それは、難しいことに思えるかもしれません。が、「不可能」では決してないのです。

まず、「自明」のことと思われた「利子を取ること」が泥棒行為だと知り、経済学者や政府のいう「国民の福祉・年金のために税金が必要」「貨幣は負債」「市場の動きは自然現象」「中央銀行は政府の子会社」「財政健全化が必要」といった言説が本当なのかどうか、検証してみましょう。

(『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[序章②]に続きます)

原爆と真珠湾:あの戦争の真実を、オバマ広島演説の自己欺瞞が覆い隠している

「『日米同盟』と『友情』という『希望の選択』」? 原爆投下正当論の修正と、本当の「人道に対する罪」:東京裁判・War Guilt Information Program・「『日本国憲法』の制定」の認罪で「真に対等な日米同盟」を実現せよ__感動のスピーチを「きれいごと」で終わらせないために…。

真珠湾を「騙まし討ち」にした責任を隠蔽してきた外務省と、『日本国憲法』無効・廃棄のチャンスをむざむざ捨てた吉田茂の「未必の故意」を追及し、日本と米国に真の和解を!

「我々には共同責任がある__歴史を直視し、他のどんな違ったやり方をすれば、あのような苦しみを撲滅することができるのか、問う責任が」

“…we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.”

2016年「伊勢志摩G7サミット」のため来日中のオバマ米国大統領は、5月27日広島を訪問し、原爆記念碑に献花した後、被爆者を含めた聴衆を前に感動的な、そして歴史的な演説をした。

「核なき世界」という崇高な理想を唱えて、ノーベル平和賞を受賞した「スピーチのオバマ」の面目躍如たる、格調高さと誠実さを、ともに感じさせる文面である。

「科学の発展は、これまでにない効率の良い殺人機械をも作り出してしまう」(”Science…can be turned into ever more efficient killing machines.”)

「将来、広島と長崎の名が人類最初の核攻撃を受けた場所としてでなく、我々人類の倫理観の覚醒の始まりの象徴として人々に知られるように」(in a future…Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.)

だがこれは、「(米国が、でなく)科学の発展が、生み出した」原爆という大量殺戮兵器の存在を「人類共通の責任」とすることにより、「その悪魔の兵器を日本の無辜の民に対して使用した」という道義的責任に蓋をした、姑息な言い方でもある。

「原爆投下という『加害責任』を認め謝罪する」ことに繋がりうる言葉を、オバマは慎重に、だが徹底的に排除した。

「原爆投下により戦争終結が早まり、日本が戦争を続行した場合に日本本土決戦で犠牲になったはずの、数百万の米兵と日本の軍民の命が救われた」とする「原爆投下正当論」は、米国の退役軍人・高齢世代を中心に今もなお根強くある。(「日本人の命も救ってやった」という恩着せがましさよ。)

オバマはこれらの正当論者、特に強硬な退役軍人にライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を通じて「米国はいかなる状況でも謝罪しない」と明言することで黙認を取り付け、戦後長らく「タブー」とされてきた広島訪問を、実現した。次期大統領共和党候補指名確実のトランプも、オバマの広島訪問について「大変結構なこと、謝罪しない限りは」と選挙集会で語っていた。

事実、オバマ大統領は黙とうはしたものの、「頭を下げる」というジェスチャーはこれもまた注意深く避けた。

また、演説そのものにも、「非道な戦争行為はお互いさま」「いや、米国と連合国はやはり正義=日本とドイツの悪行を思い出せ」というニュアンスがそこここに散りばめられていた。

「But we have a shared responsibility to look directly into the eyes of history」(歴史を直視する共同責任がある)

Empires has risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered……」(ナチス・ドイツの第三帝国と大日本帝国?「南京大虐殺」?)

「……some 60 million people would die. Men, women, children, no different than us. Shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.」(「バターン死の行進」とナチ・ホロコースト?)

「shared responsibility」とは、米国の「原爆投下正当論」者にとっては「日本が最初に悪事を働いたのだから、当然日本に大半の責任があるが、原爆のとてつもない殺傷能力は米国の予想もはるかに超えていた。確かにoverkill(過剰殺戮)だったかもしれない…」という「過剰防衛」くらいの責任の度合いであるが、大方の日本人にとってみれば「米国が(『共同』とはいえ)責任を認めた」とはつまり、「これで戦後が終わる」というくらいの重みのある文言である。だから米国の退役軍人はオバマの広島訪問を黙認し、日本人は歓迎一色に染まった。

オバマの広島演説は、安倍首相の戦後70年談話と対をなす「玉虫色の日米和解エールの交換」というべきものであった。

おそらくは、安倍首相(日本)とオバマ大統領(米国)の間には「これで戦後レジームの脱却云々は手打ちにして、今後は『日米同盟調整メカニズム』がスムースに運ぶようお互い努力しよう」という了解があったのであろう、と想像する。

日米同盟強化作戦__といえば対等な同盟の共同作戦のように聞こえるが、実のところ、米国が日本の「集団的自衛権」の行使を、事実上米国が自軍の展開を削減したいアジア地域での、中ロ牽制の役割に特化して、日本に特別に認める、ということである。米国が「被保護国・日本の影の宗主国」として主導権を握る状況に変わりはない。

「対等な日米同盟」は、今のままでは、実現にほど遠い。

オバマ大統領は「The United States and Japan have forged not only an alliance but a friendship」(米国と日本は「同盟関係」だけでなく、「友情」も培ってきた)といい、安倍首相は「熾烈に戦い合った敵は70年の時を経て、心の紐帯が結ぶ友となり、深い信頼と友情によってむすばれる同盟国となりました。」と、昨年2015年の米上下両院合同会議での演説での言葉を引いて、オバマの言葉に応えた。

だが、両者のいう「友情」「同盟」には温度差が歴然としてある。

「オバマ大統領は日本にいる間、真珠湾への卑怯な騙まし討ちのことを話し合ったのか?何千人ものアメリカ人の命が失われたのだ___ドナルド・J・トランプ」(Twitter)

Does President Obama ever discuss the sneak attack on Pearl Harbor while he’s in Japan? Thousands of American lives lost. ___Donald J. Trump https://twitter.com/realDonaldTrump

米国は原爆投下を正当化した。だが日本はひどいことをした。」「訪問を謝罪の枠組みにはめると、本来必要のない議論が起きます。」ジェニファー・リンド 米ダートマス大准教授(朝日新聞2016年4月23日)

「米大統領の広島訪問は、日米関係だけにとらわれると原爆投下についての謝罪の有無が問題になり、逆に日本による真珠湾攻撃の責任も持ち出され、国家のメンツやナショナリズムを刺激しかねない。」入江昭 ハーバード大名誉教授 (朝日新聞2016年5月29日)

「訪問と同時に謝罪も求めると、過去の戦争の評価をし直すことになる。」美根慶樹 平和外交研究所代表・元軍縮大使(朝日新聞2016年5月28日)

米国人保守はともかくとして、左翼学者とはいえ、日本人までもが「真珠湾攻撃」を「卑劣な騙まし討ち」として認識し、まるで「米国の原爆投下への謝罪」に対し「日本の真珠湾攻撃への謝罪」が当然必要かのような話になっている。「米国に謝罪など求めれば、ヤブ蛇的に日本の戦争犯罪のことも突かれてしまうぞ」と、暗にほのめかしてさえいる。

このことこそが、「戦後レジーム」の中にどっぷり浸かった人々の自己欺瞞なのだが、それに気づいていないのか、それとも他の日本人に気づかせたくないのか…。

オバマの最初の大統領選の際、対抗馬のマケインの副大統領候補として奮戦した、当時アラスカ州知事のサラ・ペイリンは「私たちが始めたわけではない戦争を、米軍が終わらせたことが間違いだったと示唆した」と今回のオバマの広島訪問を非難した。

だが本当に、アメリカは日米戦争を「始めなかった」のだろうか?

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Memorandum for the Director  Subject: Estimate of the Situation in the Pacific and Recommendations for Action by the United States p.4/4

米国は1940年10月7日付のマッカラム覚書で、「日本に最初の一撃を撃たせるため」の経済封鎖・石油禁輸など8つの項目を挙げ、その通りに日本を挑発して戦争に向かわせた。

1941年7月23日、側近に国際共産主義者を配したルーズベルトは、コミンテルンのスパイであったラフリン・カリー大統領補佐官の、中国国民党と連携しての日本爆撃計画に承認のサインをしている。

1941年7月26日、同じくコミンテルンのスパイであったハリー・デクスター・ホワイト財務省通貨調査局長の提案で在米日本資産が凍結され、日本の金融資産は無価値となった。

日本側がまだ必死で戦争回避の交渉を続けていた1941年11月に米国から突きつけられ、事実上の対日最後通牒となった「ハル・ノート」の実質作成者は、そのホワイトであった。

ルーズベルトは、日本を対米戦争に向かわせるまでに、完全に追い詰めた「ハル・ノート」の存在を、米国議会に隠したまま、日本の「真珠湾の騙まし討ち」を非難する演説をして、ハミルトン・フィッシュら参戦反対論者を騙し、対日参戦の決議を勝ち取った。

しかも、米国海軍の太平洋での機動力を殺ぐ為の「空母狙い」の真珠湾「奇襲」攻撃は、事前に日本側の暗号を解読し、攻撃目標を察知していたルーズベルトによって、その効果を半減させられた。

1941年12月7日(ハワイ時間)、真珠湾に、空母はいなかった。太平洋艦隊の主力、2隻の空母USSエンタープライズとUSSレキシントン、そして21隻の最新鋭戦艦は、ワシントンからの突然の命により、攻撃数日前にパール・ハーバーを離れ、ウェーキーとミッドウェイにそれぞれ派遣されていた。

マッカラムの「日本挑発行動8項目」の存在を知らされていなかった、真珠湾基地の太平洋艦隊司令長官H.E.キンメル大将は、暗号解読により日本の宣戦布告・ハワイへの攻撃が間近であることを察知し、これを洋上で迎え撃つため、独断で北太平洋へ帝国海軍機動艦隊の捜索部隊を出すが、ホワイトハウスはこれを知ると部隊の引き返しを命じてきた。

日本が機動艦隊を差し向けてくるのが確実な北太平洋を、「空白海域」として米国海軍の航行を禁止する、というのがホワイトハウスの命令であった。日本には自由で順調な航海の後、計画通り真珠湾に「卑怯な騙まし討ち」をかけてもらわねば困るからである。

キンメルと、真珠湾に残されたスクラップ待ちの老朽戦艦たちは、ルーズベルトによって、日本を誘い出すための囮とされたのだった。

1941年12月16日、キンメルは真珠湾の「失策」により少将に降格された。1999年5月25日、キンメルと、同時に降格されたウォルター・ショート米陸軍ハワイ部隊司令官の、名誉回復と階級復元が米国議会で決議されたが、当時の大統領クリントンも、ジョージ・W・ブッシュもオバマも、実行に移していない。

Pearl Harbor resauces 2
“Japan’s Decision for War in 1941” by Jeffrey Record / “FDR: The Other Side of the Coin” by Hamilton Fish, LL.D. / “Day of Deceit: The Truth about FDR and Pearl Harbor” by Robert B. Stinnett

対米戦争を日本に決意させた根本原因は、経済と名誉の問題だった。1941年7月の、ルーズベルトによる在米日本資産の凍結に続く対日経済封鎖は、日本にとって経済的・軍事的破滅の脅威であった。」(”The roots of Japan’s decision for war with the United States were economic and reputational. The termination of U.S. trade with Japan that followed Roosevelt’s freezing of Japanese assets in July 1941 threatened to destroy Japan economically and militarily.” p.48, Japan’s Decision for War 1941, Jeffrey Record)

「(日本国内に無く、アジアには有る日本の製造業が必要とする原材料の)供給が途絶えたら、1000万から1200万の失業者が発生すると、日本は恐れたのです。彼らの開戦目的は、つまり、大部分が安全保障に拠るところが大きかったといえます。」(“They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security.” ) (ダグラス・マッカーサー元連合国軍総司令官の米国議会上院軍事外交共同委員会での証言、1951年5月)

1928年12月7日、ケロッグ米国務長官は、米国議会上院の不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)批准の是非をめぐる討議において、経済封鎖は戦争行為そのものだと断言している。
東京裁判史観は「日本はパリ不戦条約に違反して侵略戦争を行った」というが、その不戦条約の中心人物であるケロッグ自身が「経済封鎖は『戦争行為』である」と断言したということはつまり、真珠湾攻撃の何か月も前に、経済封鎖を日本に仕掛けていた米国こそが、日米戦争において真の「最初の一撃を撃ったもの」であり、真の「侵略者」である、ということになる。
しかし、ケロッグが説明したように、侵略戦争かどうか、自衛戦争であるかどうかを決めるのは、戦争当事国の裁量に任されている。
米国が「侵略ではない」といえば、侵略ではないのだろう。矛盾と欺瞞だらけの国際社会に、我々は生きている。
ここで明白なのは、しかし、全世界のどの国も当然持っている「侵略かどうか、自衛かどうかを決める裁量権」を、独り日本だけには「与えられていない」ということである。それを決めるのは、連合国なのだ。

連合国が与えた『日本国憲法』によって、日本は自分の行う戦争が「自衛かどうか」を決めることができなくされている。

『日本国憲法』が、日本に「国連(連合国)至上主義」の軛をかけ、GHQの洗脳から日本国民が解き放たれるのを阻んでいる。

日本を、今でも事実上の敵国と規定する国連憲章の敵国条項(第53条・第107条)は、1995年の国連総会で、「既に死文化している」という過半数の賛成により、その削除が採択されたにも拘らず、批准されず、いまだ削除されずにいる。キンメルらの名誉回復が米国議会によって決議されながら、大統領によって実効化されずにいるのと同じだ。ここにも「玉虫色」の、「見せかけだけの正義」がある。

敵国条項によれば、「連合国の敵(つまり日本)が侵略戦争を仕掛けている、と連合国(の一国)が信じれば、安保理の許可なしに(日本を)攻撃してよい」ということになっている。つまり、日本を攻撃したければ「日本が侵略しようとしている」と言えばよく、反対に日本はそれへの反撃すらも自衛と認めてもらえない可能性がある。

この戦慄すべき不平等、唾棄すべき日本への差別。

このことを連合国が認識し、国際社会に周知しない限り、彼らのいう「同盟関係」「友情」という言葉に誠はない。

欺瞞に満ちた「偽りの同盟」は「1945年8月のソ連による満州侵略」の再現に繋がる__そこに心からの信頼関係はない。

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米国と連合国は、「日本は『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』によって日本国民を抑圧し、世界征服の野望に燃えて、アジア諸国を侵略した」という誣告=嘘を根拠に、日本の憲法を挿げ替えた。

連合国は、「象徴天皇制」「国民主権」を謳う『日本国憲法』によって、優れた立憲君主として立派に機能していた天皇から政治的権能を奪い、皇室弾圧法である『GHQ占領典範』によって皇室の自治権を奪って、皇統の危機を招来している。

広島と長崎に原爆を落とし、冷酷にも研究対象としてその被害者を観察した米国は、同じ冷酷さで日本人を洗脳した。歴史を書き換え、戦前の日本そのものを「邪悪な存在」として全否定し、「米国・連合国=正義の味方」史観ともいうべき虚構を日本人の頭に刷り込んだ。

『日本国憲法』第21条が禁止する検閲を、徹底的に行使することによって、連合国は今もなお日本人の「知る権利」を蹂躙しながら、日本の言論を弾圧し続けている。洗脳は、今も続いている。

その効果で、中国の露骨な「西太平洋での覇権」を目指す侵略行為を目の当たりににしながら、日本人の多くが、「中国を侵略した日本は中国に意見できない」という、植え付けられた贖罪意識によって、声を上げるのを遠慮してしまう。

同様に、原爆投下正当論は日本人の中にも浸透している。「南京大虐殺」「従軍慰安婦強制連行」等をいまだに事実と思い込んでいる人々は、「原爆投下が日本軍のアジアでの残虐行為をやめさせた」という偽のロジックに反論できない。

だが、本当に、日本と日本人は連合国の言うような邪悪な存在だったのか?

天皇は「国家神道」を臣民に強要して強権支配していたのか?大日本帝国憲法は日本人を搾取する悪法だったのか?日本人の天皇陛下への思慕は、強制されたものだったのか?

Hiroshima Hersey
ジョン・ハーシー『Hiroshima』

被爆者は「戦争を起こした天皇」を憎みながら、死んでいったのか?

第二次大戦中、従軍記者として『ライフ』誌などに寄稿していたジョン・ハーシーは、『ザ・ニューヨーカー』誌の企画記事を書くため、原爆投下の一年後の広島を訪れた。『ザ・ニューヨーカー』1946年8月31日号の大部分を占める長編記事として初出版されたハーシーの『Hiroshima』は、ハーシーがその被爆体験を聞き取った沢山の生存者のうち、6人の体験に焦点を当てて構成されている。

その6人の広島市民(ドイツ人イエズス会神父をふくむ)がハーシーに語った原爆体験は、しかし、原爆の明白な超絶的破壊力にも拘らず、「阿鼻叫喚の地獄絵図」ではなかった。いや、4000度の熱線により即死、或いは即日死を免れた生存者も、多くは恐ろしい火傷を負っていた。程度の差こそあれ、誰もが何かしらの傷を負い、家を破壊され、路頭に迷っていた。咽喉が渇き、空腹だった。それは恐ろしく、悲惨な光景だったであろう。

にも拘らず、日本人は静かだった。

「西洋人であるクラインゾルゲ神父にとって、何百人もの負傷者たちが、ひとかたまりになって、身の毛もよだつような恐ろしい傷に苦しんだ川辺の木立__その場の静けさは、神父の原爆体験の中でも、最も恐ろしく、また畏怖の念を起こさせる、不思議な光景のひとつであった。負傷者たちは静かだった。涙を流して泣くものはいなかった。傷の痛みに大声をあげる者もほとんどおらず、不平を言うものもいなかった。多くのものが死んでいったが、みなひっそりと死んでいった。子供たちですら、泣く者はいなかった。話をする者さえいなかった。クラインゾルゲ神父が、原爆の熱線により、顔形も判別できないほどに焼けただれた人々に水を与えた時、彼らは自分の分をすすったあとで、少し起き上がり、神父にお辞儀をするのだった。」

(“To Father Kleinsorge, an Occidental, the silence in the grove by the river, where hundreds of gruesomely wounded suffered together, was one of the most dreadful and awesome phenomena of his experience./ The hurt ones were quiet; no one wept, much less screamed in pain; no one complained; none of the many who died did so noisily; not even the children cried; very few people even spoke. And when Father Kleinsorge gave water to some whose faces had been almost blotted out by flash burns, they took their share and then raised themselves a little and bowed to him in thanks.” p.49, Hiroshima)

大災害に襲われた時、日本人は騒がない。そのことを、戦争を知らない私たちも、2011年のあの未曽有の大震災の後に確認した。日本人は、太古から自然災害を被り続けるうち、いつしか「文句を言っても仕方がない。今自分のできる最善のことをするだけだ」という達観した態度を身に着けた。それは、子供でも女性でも同じだった。

広島ジャザブイン[ママ]女学校のノブトキ・カヨコは、原爆が炸裂した時、何人かの友達と一緒にお寺の大きな塀の脇で休んでいた。少女たちは爆風で崩落した重量のある塀の下敷きになり、動けなくなった。すぐにその隙間から煙が立ち込めてきて、重い塀の下で、少女達は窒息しそうになっていた。

「少女達の一人が国歌の『君が代』を歌いだした。ほかの少女達も一緒になって歌い、そして死んでいった。[カヨコ] は塀に割れ目を見つけ、何とか必死に這い出した。赤十字病院に運ばれた時、[カヨコ]は友達がどんな風に…皆で一緒に国歌を歌いながら死んでいったか…を伝えた。彼女らはまだ13歳であった。」

“One of the girls begun to sing Kimi ga yo, national anthem, and others followed in chorus and died. Meanwhile one of them found a crack and struggled hard to get out. When she was taken in the Red Cross Hospital she told how her friends died, tracing back in her memory to singing in chorus our national anthem. They were just 13 years old.  p.116, Hiroshima)

広島大学の文学と科学の教授であるヒライワ博士は、東大生の息子と一緒に、原爆に破壊された二階建ての自宅の下に埋もれていた。二人とも、非常な重みの下で、一寸も動くことができなかった。家は既に火に包まれている。

「息子が言った。『お父さん、もうどうにもなりません。覚悟を決めて、お国の為に命を捧げましょう。天皇陛下に万歳三唱しましょう。』 父は息子の音頭で『天皇陛下、万歳!万歳!万歳!』と三唱した。『天皇陛下に万歳三唱したところ、』ヒライワ博士は言った。『不思議なもので、心が静まり、元気が出てきて、とても安らいだ気分になったのです。』その後、息子は脱出に成功し、瓦礫を掘り起こして父親を引っ張り出した。助かったのだ。その時の体験を思い出しながら、ヒライワ博士は繰り返した。『私たちは日本人でなんと仕合わせなことでしょうか!天皇陛下のために死のうと覚悟を決めた時、私は生まれて初めて、あんなふうな素晴らしい気分を味わいました。』」

(“His son said, ‘Father, we can do nothing except make our mind up to consecrate our lives for the county. Let us give Banzai to our Emperor.’ Then the father followed after his son,  ‘Tenno-heika, Banzai, Banzai, Banzai!’ In the result, Dr. Hiraiwa said, ‘Strange to say, I felt calm and bright and peaceful spirit in my heart, when I chanted Banzai to re’ Afterward his son got out and digged down and pulled out his father and thus they were saved. I thinking of their experience of that time Dr. Hiraiwa repeated, ‘What a fortunate that we are Japanese!’ It was my first time I ever tasted such a beautiful spirit when I decided to die for our Emperor.'” p. 115, Hiroshima)

私たち日本人は誰もが、天皇が、ヨーロッパの専制君主のような「搾取者」「強権支配者」等ではない、ということを知っている。

天皇は戦前も、今も変わらず、「立憲君主」であり、「万民の父母」である。GHQの「人間宣言」は、日本の文化と伝統に無知な外国人の、ピントの外れた天皇観からの発想であって、日本人には至極当たり前の話であった。

日本人は原爆に怯えて終戦を決意したのではない。寧ろ、「一億玉砕」を覚悟している国民に、天皇が「もうよい、矛を収めよう」と語りかけたのが「玉音放送=終戦の詔勅」であった。

天皇の「堪え難きを堪え忍び難きを忍び…万世の為に太平を開く 総力を将来の建設に傾けん」という言葉をうけ、敗戦の無念を胸にしまい、日本の明日の為にしっかり生きてゆこう、とういう天皇の言葉を体現すべく、心を一つに立ちあがったのだ。

日本国民が『日本国憲法』を「受け入れた」のは、天皇が公布の詔勅を出したからである。

「この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであって、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によって確定されたのである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基づいて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。」(日本国憲法公布記念式典の勅語)

1946年11月3日、貴族院議場で挙行された『日本国憲法』公布記念式典で、国民の熱烈な歓呼を受けたのは『日本国憲法』ではなく、天皇の存在であった。

だが、日本人は知らなかった。この詔勅そのものが、『日本国憲法』誕生のいかがわしさを糊塗するために、「何とかつじつまを合わせようというので(天皇にお願いして)受けた」(公布当時の法制局長官・入江俊郎)ものであったということを。

「帝国憲法を全面的に改正した」といいながら、帝国憲法の改正方法に全く則っておらず、また改正の限界を超越しており、帝国憲法違反であることも、そもそも占領軍による「憲法改正の強要」はハーグ陸戦法規違反であることも、日本人は知らされなかった。

「国体護持」の条件付きで呑んだポツダム宣言に違反して、「象徴天皇制」「国民主権」という左翼全体主義的制度に「国体改変」したGHQの、日本人への差別的な人権無視を批判することさえ、日本人は許されなかった。

全国焼夷弾爆撃と原爆ニ発で「日本国土の完全破壊」を示唆。「天皇の身柄は保証せず」と恐喝。公職追放で、家族ともども路頭に迷う100万人の困窮を見せつけられながら、明日は我が身と怯える帝国議会議員による、実質「英語で書かれたGHQ憲法草案の日本語翻訳作業」でしかなかった「憲法改正委員会」を、「自由に表明された国民の総意」と呼ばせる、連合国の無法無体を、検閲という全体主義的行為によって、GHQは日本国民から隠し通した。

そして、ポツダム宣言のいう「無責任なる軍国主義」「日本国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出づるの過誤」の「証拠」として、偽証罪なし「訴えたもの勝ち」の東京裁判で、2年にも亘って偽の「日本の戦争犯罪」を並べ立て、日本と日本人に無数の冤罪を着せた。

連合国が固執した「憲法改正」の拠り所となった「アジアにおける『残虐非道の侵略軍=帝国陸海軍』による虐殺(『南京大虐殺』)虐待(『バターン死の行進』…後に『慰安婦性奴隷強制連行』)」も、すべては悪質な誣告であった。

『日本国憲法』は、「GHQの押し付けだから」という遥か以前に、連合国の日本人差別に満ちた占領政策における犯罪の集大成であり、当然無効である。

GHQは、言論機関・メディア・教育体制を通じて、東京裁判史観を国民に広め(WAR GUILT INFORMATION PROGRAM)、同時に30項目に亘る検閲(PRESS CODE=CENSORSHIP)で徹底的に真実を隠し通した。それらは全て、犯罪であった。

日本人は、戦後70年余、「知る権利」を蹂躙され続けている。「残虐非道の虐殺者、性奴隷を持った国」の国民として、「一億総前科者」扱いされている。汚されているのは祖父の名誉ばかりではない。

これは人道に対する罪、「正義」に対する侮辱ではないのか?

 

「日米の記憶 結ぶ機会に」と題されたインタビュー記事で、朝日新聞など左翼メディアに人気のコロンビア大教授、キャロル・グラックは、オバマの広島訪問を前に言う:

「原爆投下の記憶をめぐる米国と日本の記憶は対照的で、お互いに重なりません。米国の場合は(…)広島と長崎への投下で終わり、その下で起きた惨状は語られません。一方、日本の場合は原爆投下とそれで生じた被害から始まります。戦後日本が平和国家を目指すためのきっかけとなっていますが、それまで続いた戦争は登場しません。」「(戦後70年余で戦災に関する記憶の多くが変化した。が、原爆の記憶は変わっていない。その訳は)米国は原爆の倫理性、日本は侵略戦争の問題を直視しなくてす(むから。)ホロコーストや南京大虐殺、日本軍の慰安婦などは(人々がどのように記憶し、語るのかが変わった)典型(…)。」 (朝日新聞2016年5月17日)

後半、話の焦点がズレてくるが、要するに、『日本国憲法』とともに連合国の押しつけた「日本悪玉史観」が近年風化しかけている、日本はなぜ「原爆を落とされた」のか、その理由に思いをいたせ、とのご高説である。

だが、グラックは連合国と米国の「占領軍が日本に何をしたのか」については、不問のままだ。

連合国の占領政策と東京裁判を検証しなければ、「日本の侵略戦争」の誤謬を認識できず、正確な知識に基づく、実証主義的歴史認識を持つことができない。

キャロル・グラック、ジョン・ダワー…、国際共産主義者の意を体する米国の高名な学者たちが、いくら偉そうに日本の「侵略戦争」批判をぶっても、もはやかつての権威的圧力は感じられない。戦後70年余、「日本の加害の証拠」は論破され尽くし、「連合国の加害の証拠」ばかりが蓄積されてゆく事実には、寧ろ哀れを催す。

いや、キャロル・グラックの「日本の侵略戦争批判」の歯切れの悪さは、愚民化政策で日本人(と米国人、そして世界中の人々)を無知なままに置こうとした、国際共産主義者たちの「戦後レジーム」が、いま崩壊の崖っぷちに立っていることへの焦慮であろう。

嘘の上に嘘で塗り固めた「連合国善玉史観=日本悪玉史観」は、遅かれ早かれ崩落の運命にある。

だが、それを必死で抑え込もうとしている勢力が、日本国内にもある。もはや死に体の左翼政党や朝日新聞ら左翼メディアのことではない。

真珠湾攻撃が「騙まし討ち」ではなかったと、説明できる立場にありながらそれをせず、結果、「卑怯な日本人」への米国民の激昂を煽り、米国側の「原爆投下正当論」に加担した、日本の外務省である。

外務省の罪を問う

1945年12月7日、ワシントンの日本大使館は、事務執行上の失態により、本省から指定されていた「最後通告」の手交時刻を1時間20分も遅延させ、事実上、真珠湾攻撃を無通告の「騙まし討ち」にしてしまった。

米国務省のコーデル・ハル長官に、その文書を届けた野村大使と来栖大使は、それが日米交渉の打ち切り、つまり「宣戦布告」を意味する「最後通告」である、とは知らなかった。だが、開戦前日に、大使館は本省より「訓令次第何時にても米側に手交し得る様文書の整理其外予め万端の手配を了し置かれ度し」の指示を受け取っていた。そして、手交時刻を「午後1時」と指定してきた。「重要な文書であるので現地のタイピストを使わないように」との指示まであった。

にも拘らず、館務の責任者である参事官の井口貞夫は、大使館内に緊急体制を敷かなかった。そのため、大使館内でただ一人タイプが打てる外務官僚で、開戦前日に暗号で送られてきた「最後通告」の解読文を、タイプに打ち込む担当であった奥村勝蔵は、そんな重要な仕事をおいて、その夜外へ遊びに出てしまった。

真珠湾攻撃が「卑怯な騙まし討ち」になったのは、ワシントンの日本大使館の怠慢・失態のせいであった。

「いや、そうではない、外務省と陸軍参謀本部が共謀して、故意に電文の訂正を送るのを遅らせ、真珠湾攻撃が成功するよう謀ったのだ。」という説もある。(2012年12月8日日経新聞「大使館怠り説 覆す?新事実真珠湾攻撃-間に合わなかった最後通告」)

だが、この手交遅延の大失態の原因が、「事故的」であろうと、「謀略」に拠るものであろうと、関係ない。

重要なのは、手交遅延が発生した後の、野村大使を始めとする外務省の取った、或いは取らなかった処置そのものである。

野村吉三郎大使は、国務省でハルに面罵され(それは日本の開戦を予め知っていたハルの芝居であったが)、沈痛な面持ちで大使館に戻って、初めて日本の真珠湾攻撃を知った。大使館の外には米紙の新聞記者が詰めかけていた。

野村大使は、この時、新聞記者らに、「手違いで遅延してしまったが、日本政府は午後1時に手交せよと指示していた。」と真実を話すべきであった。

「日本は真珠湾攻撃を『騙まし討ち』にするつもりはなかった」ことを、はっきりさせておかなければならなかった。

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杉原誠四郎 『外務省の罪を問う』 (p.79)

米国人、特に将兵達は、「卑劣な日本が『計画的』に真珠湾に『騙まし討ち』をかけ、3,000人以上のアメリカ人の命が奪われた」と信じ、激昂していた。

右表のように、1944年3月~4月のプリンストン大学の調査では、本土にいて、実際の日本軍と対戦していない将兵の67%が、「日本人を一掃せよ」と答えている。

表中、カッコ内の数字は「ドイツ人を対象にした場合」であり、ドイツ人に対しては「(ヒトラーら、ナチスの)指導者を罰せよ」との答えが多いのに対して、日本の場合には、日本人全体への憎しみが大きいことが見て取れる。

このことは、米国人の、有色人種である日本人に対する人種偏見もあるであろう。が、1937年12月、南京攻略戦の折の米軍艦パネイ号誤爆事件では、日本軍が即刻誤爆であることを説明し、謝罪したことで、ニューヨーク・タイムスなど新聞は書き立てたものの、大事には至らなかった。

してみれば、やはり「卑劣な計画的騙まし討ち」の汚名だけは、何としても雪いでおかねばならなかったはずである。

開戦の日の夜、外部との接触を断たれた大使館では、手交遅延の大失態を犯してしまった野村大使が、事の重大さに耐え切れず自殺を図るのではないかと、磯田陸軍武官や横山海軍武官らが心配し、大使の寝室を交代で見張った。後に磯田がそのことを野村に言うと、野村は、しかし、意外そうに言ってのけた。

「私はなぜ自殺などしなければならないのか。私は外交官である。」

野村は、何の責任も、痛痒も感じていなかったのである。考えてみれば、「手交遅延の大失態」の自覚を持てるようなら、そもそも「手交遅延」自体が発生していなかっただろう。コーデル・ハルが言ったように、清書が間に合わないのなら、とにかく指定された手交時刻に米国務省に行き、ハルに面会し事情を説明するべきだった。そうすれば、「日本は事前通告をしようとしていた」ということは事実として残ったのだ。

無能力なうえに、厚顔だったのか、野村は戦後、参議院議員を二期も務めている。が、無能厚顔は野村だけではない。国の一大事に緊急態勢を敷かなかった参事官の井口貞夫、そして重要文書のタイプ打ちを放って、外に遊びに出掛けた奥村勝蔵は、それぞれ、1951年、1953年、講和締結の前後に、吉田茂によって、外務官僚の最高位である外務次官に抜擢されている。

MacArthur and Emperor Showa

1945年9月27日、奥村勝蔵参事官は、第一回マッカーサー・昭和天皇会談に同行した宮内大臣ら6人の中で、何故か只一人会談に同席して、通訳を務めた。

天皇は真珠湾攻撃の「騙まし討ち」を遺憾に思っていた。東條に騙された、と怒っていた。手交遅延の真相を知らされていなかったからである。

真珠湾の件を遺憾に思っている、とマッカーサーに伝えた後で、昭和天皇は、「しかし、日本の戦争行為の一切に対し自分が全責任を負う」と発言した。マッカーサーが自伝に書き、奥村も確かにそうおっしゃった、と証言している。

手交遅延の件をご存じであったかどうかは、民を思う天皇のお気持ち自体に、何ら変化を与えなかったであろうが、それにしても、「日本が卑劣な行いをした」場合と「正々堂々と戦いを挑んだ」という場合では、当然後者の方が、敵軍の将にまみえる天皇のお気持ちは、遥かに軽かったであろう。そのことに、奥村は思いを致したであろうか?

井口貞夫は、ダレス米講和特使と吉田茂首相が、平和条約と日米安全保障条約について会談を行ったときの外務次官であった。

1951年2月9日、井口貞夫外務次官とアリソン(John M. Allison)公使により関連文書への「イニシアル(署名)」が行われ、これらの文書は後の平和条約、日米安全保障条約および日米行政協定の基礎となった。(ちなみに、このアリソン公使とは、日本軍による南京占領下の1938年1月26日「アリソン殴打事件」の、あのアリソンのことである。)

真珠湾の真実に関わる二人が、戦後レジームの構築時にも、日本外務官僚の長として関わったことは、何を意味するのだろうか?

確かに言えることは、吉田茂は、外務省の戦争責任を隠した、ということである。これは吉田の「政治的犯罪」(『外務省の罪を問う』杉原誠四郎)であった。

ダレスが再軍備を要請した時も、『日本国憲法』の無効を宣言して、占領下の不正を糺し、大日本帝国憲法下の、正常な日本に戻すチャンスがあったのにそれをせず、「警察予備隊」でお茶を濁し、その後はGHQの占領政策を事実上引き継ぐ政策をとってゆく。

外務省は、この後も「1982年教科書検定『侵略書き換え』誤報事件」で、積極的に中韓の内政干渉を常態化させ、「近隣諸国条項」等というものを作って、教科書検定という国の主権を中韓に譲り渡すという犯罪を犯した。

「1987年大韓航空機爆破事件」では、逮捕した金賢姫を日本の官憲で取り調べていれば、北朝鮮による日本人拉致事件の解決にも繋がったかもしれぬのに、それをあっさりと韓国に引き渡してしまったし、ODAに関しても、外務省の「屈服外交」の下、中韓などは「日本悪玉史観」を持ち出しつつ、「戦後賠償」として日本から金を搾り取り続けようとしている。2015年にも、外務省は安倍首相に「日中共同宣言に『村山談話』は継承してゆく、とあるのでこれを否定することはできない」とレクチャーし、安倍談話をあのような腰砕けのものにしてしまった。

吉田茂は、日本の経済の立て直しを優先したのかもしれない。だが、それは間違いだったと、日本人は気付かねばならない。日本人が欲しいのは金ではない。経済の発展だけで、日本は幸福になれない。

戦後、働き者の日本人は働いて、働いて、高度経済成長を果たした。GDPは上昇し、世界有数の金持ち国になった。だが、日本人は世界から嫉妬され、「エコノミック・アニマル」と軽蔑された。

合理的な中国人なら、「金儲けして何が悪い」と気にしないであろう。しかし日本人は嬉しくなかった。

日本人は働くのは好きだ。日本人は、一獲千金の狡賢い金儲けを嫌う。「成金」と呼んで軽蔑する。そんなに金持ちになれなくとも、「働き甲斐」のある仕事がしたい、と大部分の日本人は考える。日本人ほど、低賃金のいわゆる「ブルーカラー(非頭脳的)」労働にも頭脳を使い、工夫を凝らして習熟し、誠意をもって一生懸命に働く人々はいない、と思う。

だから日本社会は住み心地が良い。日本に行ったことのある外国人は、口を揃えて言う。「街が清潔だ。食べ物が最高に美味しい。痒い所に手が届くサービスが素晴らしい。人々が親切だ。日本が大好きだ!」

大東亜戦争でも、実際に日本兵と戦った米将兵は、日本兵の軍隊としての戦闘力の高さと、それを支える愛国心の強さに舌を巻いていた。

1944年11月15日、米国戦争省・情報省発行の『日本陸軍に関する軍人の案内書:The Sodier’s Guide to the Japanese Army』は、緒戦の頃に米兵たちの間に広がった「無敵の日本兵」神話を破壊するために、こう書いた:「日本兵はアメリカ兵に比べて体格が小さく、平均身長は160センチに満たず、体重は55キロしかない。四肢は短く、太い。彼らは素早く機敏だと評判だが、その実、かなり訓練を積んでも不器用である。」だが、同書の終盤にはその形容は一変する。

「(戦闘中、平均的日本兵は)強く、頑丈である。攻撃時には、日本兵は決然と、自己犠牲も厭うことなく突き進む。攻撃作戦に従事する時、日本軍の歩兵は終始その計画に従う__もしも多くの死傷者が出て作戦の変更、或いは作戦自体を断念しなければならない事態となってしまったとしても…。個々の日本兵の大胆さ、勇猛さは、彼が仲間とともにいる時、そして彼の部隊が地勢と火力で優位に立っているとき、頂点に達する。日本兵はカモフラージュのエキスパートであり、敵を惑わし、ひっかけることにかけてはピカ一である。日本軍の歩兵は命令に忠実に従う。彼等の訓練、規律は、夜間作戦に於いて特にその真価を発揮する。防御においても、彼等は勇猛果敢であり、規律正しく、射撃統制は卓越している。(塹壕やトンネルなどの)野戦築城の抵抗戦では、日本軍は狂信的とも思える頑強さを見せている。」

“[in battle average Japanese soldier was] …strong and hardy. On the offensive he is determined and willing to sustain sacrificial losses without flinching.When Committed to an assault plan, Japanese troops adhere to it unremittingly even when severe casualties would dictate the need for abandonment or modification of the plan. The boldness and courage of the individual Japanese soldier are at their  zenith when he is with his fellows, and when his group enjoys advantages of terrain and firepower. He is an expert at camouflage and delights in deceptions and ruses. Japanese troops obey orders well and their training and discipline are well exemplified in night operations. On the defense they are brave and determined; their discipline is good and their fire control excellent. In prepared positions the resistance of Japanese soldiers often has been fanatical in its tenacity.”

数日のつもりで攻めてきた米軍を相手に、2か月半も抗戦を続け、日本軍1万人余、米軍2,300名の戦死者を出した太平洋の激戦地、ペリリュー島には、キンメル大将の後任であるニミッツ太平洋艦隊司令長官によるものと言われる碑文がある。

「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」
“Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island. Pacific Fleet Command Chief(USA) C.W.Nimitz”

尊敬しあう軍隊は正々堂々と戦う。日本軍も米国軍も、現場の兵士達は、どちらも大義の為、国の為に命を捧げた。不義は、両国を動かす立場の者の中にあった。

日本の2000年余の歴史と伝統、その「結晶」としての「天皇」というものに無知な国際共産主義者達が、ルーズベルトに対日戦争を仕掛けさせた。

同じ無知が、GHQと極東委員会をして『日本国憲法』という呪いを日本に掛けさせた。

自己保全と省益追求しか頭にない亡国の外務省が、「真珠湾」の「未必の故意」により、米国民の怒りを暴走させ、遂には日本人WIPE OUT__原爆投下に「正当性」を与えた。

「平和」の真の敵は、「無知」と「私利」なのだ。

「平和憲法」と左翼が呼ぶ『日本国憲法』は、その前文と9条で、「日本は軍隊を持たせると危険な邪悪な国だ」と宣言しているが、「平和憲法」信奉者は「9条は日本人が自ら戦争を永久に放棄し、戦力を保持しないとしたことを宣言した平和の象徴。これを変えよう、無くそう、というのは『戦争がしたい』と言っているのと同じ」といって純真な日本人を騙し、脅している。

教科書検定は、日本人が、「『日本国憲法』は無効なのでは」と疑わないように、公民教科書を検閲し、『日本国憲法』の成り立ちの真実を隠蔽し、日本国民を「無知」の状態に置くことに汲々としている。

一方で、『日本国憲法』を押し付けた側の米国でも、その国民を「無知」の状態に置くという構図は変わらない。米国の歴史家らが東京裁判史観を振りまいているせいで、米国民はいまだに「真珠湾の非道のせいで日本は原爆を落とされた。原爆は日本の暴虐から世界と日本人を救った」と思い込んでいる。

連合国の犯罪__『日本国憲法』制定と『東京裁判』史観による洗脳__を巡って、戦後、100万の人間が100万の嘘を、100万回言った__「戦後レジーム」とは、そういうものであった。いまや私達の誰もが、「無自覚の共犯者」になってしまっている。

ナチの宣伝相ゲッベルスは「嘘も100回言えば本当になる」と言ったが、しかし、それこそが究極のプロパガンダであった。嘘は100万回言っても真実にはならない。そのことに、私たちは気付くべきだ。

私たち庶民は、自分と家族のささやかな生活を護らねばならない。だが、嘘をついてまで、国を亡ぼしてまで、魂を売り渡してまで、金持ちになどなりたくはない。

そう思うのが、日本人だ。今の日本はそうでなくなっている、だから以前はあったはずの、日本の美しい魂を、とりもどしたい、そう願うのが、日本人の愛国心というものだ。

米国にも、偽善的で欺瞞に満ちた「原爆投下正当論」を心苦しく思っている人々がいる。彼等も、正しいことをしたいと願っている。

「倫理観の革命(moral revolution)が必要だ」といった草の根社会主義者オバマも、そう願っているだろうか?

「戦後レジーム」は、日本だけでなく、米国の誇りも傷つけている。知らないうちに、「嘘つき」「犯罪者」呼ばわりされているのは米国民も同じだからである。

日本人が覚悟を決めれば、日本と米国の、真実の和解はなる。「無知の知」を知り、真実を知ることで、「戦後レジーム」という軛を破壊し、日本人も米国人も、本当の自由を得る。

『日本国憲法』と『GHQ皇室典範』の無効を天皇に宣言していただき、大日本帝国憲法と明治の皇室典範が現存していることを、全日本国民が確認する。全世界に向けて、それを周知する。

それをしてよいかどうか、連合国に伺う必要はない。そんなことが必要だと言う示唆があった時点で、それが日本全体に対する、日本固有の自然権の蹂躙であるという証拠になる。

日本は、全てのことを、世界中の衆目の中で堂々と、そして粛々と行えばよい。

日本は、謝罪も賠償も求めない。求めているのは、真実と、明治維新以来日本人が欲してきた、世界の中の「名誉ある地位」だけだ。日本人は謙虚に、只ひたむきに、それを達成する。世界にそう知らしめるのだ。

大日本帝国憲法現存の確認によって、日本は立憲君主たる天皇を取り戻す。

天皇という「至高の権威」に政治的権力__『不裁可権』という「政治権力の暴走への歯止め」を取り戻す。「不裁可しないのが憲政の常道」であるが、「立憲君主」であると同時に、日本国の危機に際しては「万民の父母」として、国民に正しい道を示してきた天皇による「不裁可の可能性」を自覚させることで、近年目に余る議員・官僚の不勉強とでたらめを減らしてゆくことができるだろう。

大日本帝国憲法下の刑法__GHQに削除された「利敵行為」条項__も復元することで、現在の日本に跳梁跋扈する、日本破壊工作従事者達に、極刑の可能性を示唆することができる。

東京裁判が歪めた歴史の、真実の姿が明らかになれば、「一億総前科者」の汚名は雪がれ、日本人はその勤勉さ、向上心を、晴れ晴れとした心持で各処に発揮することができる。

「万世の為に太平を開く 総力を将来の建設に傾けん」と昭和天皇の終戦の勅語に言われたように、国民の全エネルギーを、いまやっと、「本当の戦後」「新しい日本の建設」の為に注ぐことができるのだ。

教育勅語も復活し、人としての正しい道を教えられる子供たちは、いじめなどという卑怯な行いは、みっともない、恥ずべきことだと、知るであろう。

立法府の議員は、その全エネルギーを、大日本帝国憲法の、現在の日本の状況にあった運用方法を、考えることに集中させることができる。GHQによって廃止させられた貴族院など、復元するのかそれとも今の時代に合った新しい制度を、作っていくべきなのか、といった重要なことを考えることができるようになる。

喫緊の問題である国防についても、大日本帝国憲法復原後の日本では、より現実的な議論ができるようになる。自衛隊は晴れて普通の軍隊になり、また、増加する侵略の危機と、自然災害の頻発の可能性に対応し、「災害救助隊」の別個新設が必要になるかもしれない。

必要ならば、天皇がその大権を行使し、大日本帝国憲法の改正を発議されることであろう。

BREXIT 3
『インディペンデント』紙 2016年6月24日  (黄色=離脱、青色=残留)

2016年6月23日、英国はEUからの離脱か残留かを問うて、国民投票を行った。結果は52%と48%の僅差で「離脱」となったが、このBREXITは英国内の階級・格差社会、移民と地域社会との軋轢の問題点を浮き彫りにするとともに、それが国際社会の争点の縮図であることの再確認にもなった。

「離脱=反EU」派vs「残留=親EU」派とは、そのまま「国家主権奪還」派vs「グローバリスト国際金融資本家=国際共産主義者(=テロ支援)」派であった。

国際金融資本家=ロンドン・シティの銀行家達に代表される成功者=「持てる者」がもっと儲けたい、そのためにはEUに残留した方が都合が良い、そんな本音が透けて見えるキャンペーンでは、「英国ビジネスに主権を取り戻したい」「移民に手厚くし過ぎ」「英国に貢献してきた老人など、英国民の弱者を先に救済してほしい」という、「持たざる者」=労働者階級を納得させることはできなかった。

来年はロシア革命から100年。1989年に一応の決着を見たとされる第二次冷戦の後も、世界は「国際共産主義=国際金融資本主義」vs「自由主義的民主主義=民族自決主義」の構図のまま推移している。

「連合国正義の味方史観」は、米国の日本占領における犯罪を隠すだけでなく、第二次世界大戦後のソ連・共産中国・韓国の日本国領土の侵略行為を助長している。侵略された日本国土はこれら「仮想敵」のさらなる日本侵略拠点となる。

中ロ韓北の太平洋進出の防波堤を、日本が果たしている地政学的立場を考えれば、日本に誇りを取り戻させ、大日本帝国憲法下のプロパーな日本軍との、誠意ある対等な同盟に切り替えることの、米国の利益は小さくはないはずだ。

国際共産主義を利する「戦後レジーム」を打破することは、日米両方の利益となる。

日米同盟は、大日本帝国憲法を復原して初めて、対等な同盟に生まれ変わる。

日本は米国に、謝罪も賠償も要求しない。但し、『日本国憲法』無効・大日本帝国憲法復原の移行がスムーズにいくよう、中ロへの牽制等の支援はしてもらう。

国際法には「誣告罪」を加え、プロパガンダ戦にきちんと対応できる体制を整えることも必要だ。国連は拒否するであろうが…。

「誣告罪」「日本の安保理常任理事国入り」「敵国条項削除実効化」…。これらを拒否する国連には、自浄作用がなく、彼らの言う「人権」にも腐敗臭が漂い始めている。日本が国連を脱退し、台湾と、米国と英国の反共保守派を誘って新組織を立ち上げることも視野に入れてゆかねばなるまい。アジアの、大東亜戦争で日本が独立に協力した国々、捕鯨で日本に味方してきたアフリカや地中海の小国群は、日本についてくるだろう。新しい大東亜共栄圏を、覇権主義の中国中心でなく考え直すには、復原された大日本帝国憲法下の、まともな法制に裏打ちされた誇りある「新皇軍」が必要だ。

「私達はひとつの人間の家族である__過激だが必要な考え方だ__そしてそれこそが、私たち皆が語るべき物語なのだ。」

“…the radical and necessary notion that we are part of a single human family; that is the story that we all must tell.”

連合国と『日本国憲法』が否定した「八紘一宇」__世界を以て一つの家と成す__の精神が、日本と米国をともに照らし出すとき、私達は本当の友情と信頼に包まれているのを知るだろう。

そのとき、「広島」は、私達をしっかりと結んでくれた、心の絆のなまえとして、記憶されることになる。