世界経済の創造主「ゴールド・フィクサー」ロスチャイルドが、金融経済の基盤である「マネー」の価値基準となる「ゴールド」の価格を決定して、この金融資本主義世界を動かしている____『幸福の「経済」 支配の「金融」』㉗[「民主世界の主権者・国民」、立つ_其の弐]

ゆったり寛ぐジェイコブ・ロスチャイルド(左)と、ややしゃちほこ張って座るデイヴィッド・ロックフェラー

(photo:Annie Leibovitz, Vanity Fair)

■「世界の年間金(ゴールド)産出量の半分」を産出したマリ帝国を支配して、「現代人の想像・理解をはるかに超える規模の富」を手にしたとされるマンサ・ムーサ____彼がほしいままに動かしたゴールドの「1万倍以上」を今、ロスチャイルドは事実上統制支配している

2.世界の諸国家・諸国民を「ロスチャイルド・システム」の末端子会社化・「債務奴隷」化し、「金融『ねずみ講』ピラミッド・スキームの胴元」ロスチャイルドに世界を支配させる「金融資本主義独裁体制」が存在する限り、戦争・貧困・格差・差別と地球環境破壊は、絶対になくならない

 

 

★「石油王」も「鉄鋼王」も、「共産主義国家群の盟主」も、「金融ねずみ講『ロスチャイルド・システム』の胴元」「世界金融帝王」ロスチャイルドの前にひれ伏す

「これまで地上に存在した全ての人の中で、最も多くの富を手にした10人」という長者番付があります。(*18)このリストに載った「現代人」は3人__6位のヨシフ・スターリン(Joseph Stalin 1878~1953):現在価値に換算した推定総資産額7兆5000億ドル(=約1175兆6250億円)、9位のアンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie 1835~1919):同3720憶ドル(=約58兆3110億円)、そして10位のジョン・D・ロックフェラー(John D. Rockefeller 1839~1937):同3400億ドル(=約53兆2950億円)です。

この「6位:スターリン」の項には但し書きがあって、「スターリンは7兆5000億ドルという額の『お金』を全部自分の手に持っていたわけではなかった」____OECDのデータによると、スターリンの死の3年前の1950年、「地球全体の陸地の6分の1」にも及ぶソビエト連邦(以下「ソ連」)は、世界経済全体の総生産量の9.5%(=現在価値換算で7兆5000億ドル)を産出していました。つまり、「スターリンの富」とは即ち「ソ連の富」であり、スターリンは、その地に暮らす「労働力」としての人民が、その地に含有される「自然資源」を使って産出する「富」を丸ごと含めて「完全支配する権力」を持っていた____というのが経済学者・歴史学者の見解なのです。

しかし、ソ連を「その頂点に在って完全支配していた」のがスターリンだった、というのは事実ではありません。

「ソ連(正式名称:ソビエト社会主義共和国連邦)」は、1917年のロシア革命によって成立したレーニン、トロツキーらのボルシェビキ政府が1922年に設立したものですが、ロシア革命は、1789年のフランス革命と同様、ロスチャイルド国際金融資本__この場合はジェイコブ・シフとポール・ウォーバーグのクーン・ローブ商会__によって融資されていました。(*19)レーニンは、1918年から1922年までの4年間に4億5000万ドルをクーン・ローブ商会に返済しています。(*20)

日本が1904年の日露戦争をジェイコブ・シフ(=クーン・ローブ)からの融資によって戦い、勝利し、「ロシア帝政弱体化」(つまり「ロシア革命の成功」)に貢献した(させられた)事実も、忘れてはなりません。(*21)

「鉄鋼王」カーネギーの「カーネギー・スティール」も、1880年までにはアメリカ合衆国の石油生産の90%を統制していた「石油王」ロックフェラーの「スタンダード・オイル」も、クーン・ローブから融資を受けていました。「ソビエトの盟主」も「鉄鋼王」「石油王」も、「融資」を受けた時点で「債務者」となり、「債権者」である国際金融資本「ロスチャイルド・システム」によって、「金融的に」完全支配される____それが真実なのです。(*22)

ロスチャイルド・プロパーの中央銀行「FRB 連邦準備制度」を設立させたウッドロー・ウィルソンの1912年大統領選挙以来、「ロスチャイルド・システムによる全大統領候補者融資(=完全出来レース)」は、ステルスながらも、厳然たる事実として「当然」になっている____世界のGDPの25%を占める「超大国」アメリカ合衆国を「支配しているかに見える」米大統領の地位もまた、「ロスチャイルド・システム」が「アメリカ合衆国の富」を「完全支配」するための「駒」にすぎないことは、明らかです。(*23)

「カーネギー・スティール」は1901年に、4億8000万ドルで(1837年からロスチャイルド代理人である)J・P・モルガンに売却されています。また、2012年5月、英ロスチャイルド家第4代当主ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT(Rothschild Investment Trust、現RIT Capital Partners plc)」が、ロックフェラー家の全ての投資を統制する「Rockefeller Financial Services」の株37%を買収しています。(*24)

1865年から続いている、ロスチャイルドによるロックフェラーの「金融的完全支配」が、(日本を除く)全世界に、公表されたのです。

ロスチャイルドが「RIT Capital Partners」の本社(従業員数78名)とするため、1986年にスペンサー伯爵家(故英皇太子妃ダイアナの実家)から96年間(24年延長オプション付き)の貸借権を年額8万5000ポンド(約1660万円)で得、改装に40億円を費やしたロンドンの英国国家遺産第1級歴史建造物「スペンサー・ハウス」

先進7か国の中で唯一の「有色人種国」日本の一般国民だけが、この2012年のロスチャイルド・ロックフェラー間の「歴史に残る一大取引」の「実相」について知らされていません。英文記事が使った「acquire / bought(買収)」「merger(合併)」という文言、そして37%という高い株の取得率から明らかなように、この取引は完全に「相手企業の経営権、つまり支配権を取得するのが目的のM&A(企業の合併・買収)」でした。にも拘らず、同取引を報じた日本向け記事だけが、これを「資本提携」だと言っています。(*25)

「資本提携」とは、株式の取得は経営権の獲得に及ばない範囲でおこなわれ、「相互の独立性」を保つ、M&Aとは次元が全く異なるもの____ロスチャイルドの世界メディアがしていることは、「印象操作」の範疇を越えて、もはや「事実の改竄・捏造」です。(*26)

★伝説的な「マンサ・ムーサの『黄金に輝くメッカ巡礼』の旅」と、マンサ・ムーサがほしいままに動かした「マリ帝国の富」の行方、そして「黄金帝国マリ」の末路

「カタラン・アトラス」に描かれた、黄金の冠を戴き、左手には黄金の笏、右手には大きな金塊を持って黄金の玉座に座るマンサ・ムーサの像

「これまで地上に存在した全ての人の中で、最も多くの富を手にした10人」リストの第1位は、14世紀の西アフリカ・マリ帝国の王マンサ・ムーサです。同リストは、第2位のジンギス・カーンの推定総資産額を120兆ドル(=1京8810兆円)としたものの、マンサ・ムーサの推定総資産額は「現代世界に生きる私たちには想像もつかない(incomprehensible)」として、確定させていません。

第9代目マリ帝王マンサ・ムーサ(在位1312~1337年)の名を北アフリカ・中東全域に広く知らしめた「寓話」、その名声を聞きつけて1375年、地中海ヨーロッパ諸国中が目にし、フランス王立図書館にも所蔵されたカタロニア世界地図「カタラン・アトラス」に、マンサ・ムーサが大きく描かれる元となった「黄金伝説」____それこそは、マンサ・ムーサが1324年から1325年まで、1年以上をかけ挙行したメッカ巡礼__「世界史上最も豪華絢爛な『黄金尽くし』の巡礼の旅」でした。

「マンサ・ムーサの巡礼旅団」は、最高級のペルシャ絹と金襴緞子を身に纏った6万人の従者(重臣・官吏・兵士を始めとする「宮廷でマンサ・ムーサに仕えるもの全員」と商人、芸人、ラクダ使い、その他諸々)と1万2000人の奴隷、そしてそれぞれに140kgの砂金の袋が載せられたラクダ100頭…………などで構成され、それはまるで「砂漠の中を、一つの『市』が丸ごと、キラキラと輝きながら移動しているかのよう」でした。隊列の後ろを繋がれてぞろぞろついてゆく大量の食糧用ヤギ・ヒツジなども含め、旅団の全長は4400kmにも及んだと言われます。(*27)

「旅団の先頭を行く500人は皆、それぞれが3kgほどの黄金の装飾品を見せびらかすように打ち振っていた」「奴隷たちはそれぞれが2kgの金の延べ棒と4kgの黄金の杖を両の手に持って歩いた」「マンサ・ムーサは、巡礼の途中で立ち寄った町や都市のすべてで、貧民に施しを与え、礼拝施設建設費用を寄贈した(一説には、毎週金曜日に必ずひとつのモスクが建てられたとも……)」「1324年7月、マンサ・ムーサはカイロでエジプトのスルタンに面会し、『二人の偉大な支配者の間の友好の証』として、5万枚のディナール金貨(中世イスラム教圏の硬貨。1ディナールは金4.25g)を贈った」____など、わかりやすい「黄金の大盤振る舞い」の他、行く先々の市場で購入された7万2000人の旅団構成員の食料・日用品や動物たちの水・エサの代金がすべて、「マンサ・ムーサの金(ゴールド)」で支払われたのです。

この巡礼の旅で使われた黄金の総量は18トンであったとも言われており、それはつまり、金の年間生産量が世界中で2トンであった時代に、その9倍=9年分の世界中の金が、マリ~メッカ間の1万kmの地域に1年間という短期間に流入した、ということです。特に、エジプト・スルタンへの212.5kgの金貨贈与に加え、ギザのピラミッドの傍でマンサ・ムーサがテントを張り3日間逗留した際のカイロの市場では、それこそ人々の想像をはるかに超える莫大な量の品物が金を使って購入され、途方もない量の金が一気に流入したことで金の価値は20%も暴落し、品不足と相まって深刻なインフレーションが起こり、エジプト全体の経済を崩壊させてしまいました。その後12年経っても、エジプト経済が完全復興することはできなかった、と言われています。(*28)

マンサ・ムーサはその25年の治世下で、以前から交易都市として栄えていたティンブクトゥやガオ、そして旧ガーナ帝国を含んだマリ周辺の24の都市__現在のモーリタニア、セネガル、ブルキナ・ファソ、ニジェール、ガンビア、ギニー、アイボリー・コースト(象牙海岸)などの一部或いは全部__を次々と征服して版図に加え、サハラ砂漠を横断する重要な交易ルートである大河ニジェール川の上流から西半分と、もう一つの大河セネガル川の上流から大西洋岸河口まですべてを含む広大な地域を、支配していきました。(*29)

14世紀の西アフリカで最大となったその領土には、2つの巨大な金鉱地帯があり、世界中の金の年間産出量の半分、1トンを産出していましたが、メッカ巡礼でばら撒かれた18トンの金は、マリ地産のものだけではもちろんなく、征服した属国や交易相手である周辺国から寄進させたものが大半であったようです。

マンサ・ムーサはメッカ巡礼の途中で征服したティンブクトゥに大学を建設し、そこへメッカからイスラム教学者や歴史学者らを招聘して、現代まで残る一大学術都市の礎を築き上げたほか、やはり2つの金鉱地帯を持つ大国エジプトのスルタンや政府高官らとコネクションを築いて共に交易ルート・商取引ルールを整備・確立し、マリを「交易帝国」に伸し上げました。

そもそも、マンサ・ムーサにとっての「黄金尽くしのメッカ巡礼」とは、大国エジプトや交易先進の地であった東地中海ヨーロッパ世界(*30)との交易機会を拡大するための「プロモーション・ツアー」であったことを考えれば、「カタラン・アトラス」に自身の黄金に輝く姿が描かれ、ヨーロッパの商人たちの目を惹きつけたことこそが、マンサ・ムーサの一番の「功績」だったと言えるかもしれません。

しかしながら、マリを「アフリカの黄金郷」にしたマンサ・ムーサの死後、マリは急速に衰退してしまいます。イスラム教の布教・文化的発展に貢献したマンサ・ムーサのメッカ巡礼が、イスラム教圏では今も好意的に語り継がれているのに対し、マリ本国の口頭伝承にはその名が殆ど言及されません。「マリの富を他国にばら撒き、使い果たした」として、「歴史の語り部」である吟遊詩人に不人気であったことが、その理由とされています。

★ロスチャイルドがイングランド銀行と「ブリオン・バンク(Bullion Banks=正金銀行)」、そして英米の金融取引所を動かして「金価格操作」する「ロンドン・ゴールド・フィクシング(The London Gold Fixing_ロンドンによるゴールド統制支配)」の200年

14世紀の北アフリカ・中東地域で「18トンの金=ゴールド(2024年10月現在の価値で約17億4500万ドル=約2650億円相当)を1年間でばら撒き、大国エジプトの経済を12年以上麻痺させた」マンサ・ムーサの支配した「富」の大きさを、「現代世界に生きる私たちには想像もつかないもの」というのなら、「現在地球上(地上+地下)に存在する27万トンのゴールド(同約26兆2000億ドル=約4000兆7000億円相当)すべてを管理・統制する者」の支配する「富」の大きさは、一体なんと形容すればよいのでしょうか?(*31)

その当時の「世界の金の年間産出量の半分」をマリ帝国が産出していたとはいえ、所詮、マンサ・ムーサは「『世界全体の産出量9年分のゴールド』を手にし、それを使い果たした人」にすぎなかった、といえます。一方、250年前から世界に「ステルス金融侵略戦争」を仕掛け、「近現代金融経済システムの設計者・『世界中央銀行カルテル』のドン・『世界金融市場カジノ』のオーナー」となったロスチャイルドは、世界の「金」利権(採掘/冶金・製錬/精錬・製造/加工・輸送・保蔵・流通)すべてを支配する仕組み・ルールを自ら作り出すことによって、「『27万トンのゴールド』を支配し、『資本主義経済の血液=マネー』を支配して、世界金融経済を『恒久的に』支配する人」になったのです。

◇「ワーテルローの戦い『インサイダー取引・国債市場操作』」による、ロスチャイルドの大英帝国金融中枢「シティ・オブ・ロンドン」支配

ロスチャイルドは、18世紀末、ヘッセン人傭兵の養成・派遣業でヨーロッパ随一の富豪となっていた神聖ローマ帝国ヘッセ=カッセル方伯ヴィルヘルム9世の「宮廷管財人」の地位を得、ロスチャイルドが融資・設立した「イルミナティ」に、1803年「ナポレオン戦争」を惹起させます。ナポレオンに狙われたヴィルヘルム9世は、(おそらくはロスチャイルドの企て通り)その莫大な資産__主に金塊__をロスチャイルドに預けて亡命____この資産を(当局から隠しながら)最大限に「運用」して増やしたロスチャイルドは、1815年「ワーテルローの戦い」では、単独で、当時世界史上最大規模の大英帝国(*32)の政府よりも多くの金塊を、もっと的確に素早く、戦地のウェリントン将軍に届けています。

そのとき活躍した同じ「ロスチャイルド汎ヨーロッパ金融・情報・運輸ネットワーク」を使って、「ナポレオン戦争の帰趨(ナポレオンの敗北=ウェリントン将軍の勝利)」の情報を英国政府よりも一日も二日も早く知ったネイサン・マイヤー・ロスチャイルドは、ロンドン証券取引所の「定位置」に立ち、他の投機家たちが注視する中「ウェリントン将軍が『負けた』かのような浮かない顔をして」大量の英国債を売ってみせ、これに「我先に」 同調した投機家たちの「投げ売り」を誘い、英国債の大暴落を仕組みます。

その後__まだ皆が「ナポレオン戦争の本当の帰結」を知る前に__底値となった英国債を代理人たちに買い占めさせて「英国の大債権者」となったロスチャイルドは、19、20、21の3つの世紀にまたがって、「南北アメリカ」も「ヨーロッパ」も「アジア・アフリカ・オセアニア」もその金融帝国麾下に従えることとなる「シティ・オブ・ロンドン(=通称『ザ・シティ』『ザ・マイル』)」__大英帝国を発展させた「奴隷・麻薬・香辛料/茶葉の三角貿易」「産業革命」の中核を担ったイングランド銀行、ロンドン証券取引所を中心とする世界金融の中枢__の支配権を、掌握したのです。

◇金融の「英国化(Anglicisation )=汎ヨーロッパ化」から「ステルス金市場支配」による「全世界『国民国家』のグローバル金融帝国化」へ

BAL366858 Caricature of the Rothschild family, from the front cover of ‘Le Rire’, 16th April 1898 (colour litho) by Leandre, Charles (1862-1934); Private Collection; (add.info.: Dieu protege Israel;).

「ワーテルローの戦いで勝利したのは英国ではなく、ロスチャイルドだった」____ナポレオン戦争を経て「英国とヨーロッパの金融支配者」となったロスチャイルドが近現代世界に起こした「国際金融パラダイム・シフト」の第一弾は、金融の「英国化(Anglicisation)」(*33)です。

これは、ロスチャイルドと「ザ・シティ」の投資家たちが、ヨーロッパ諸国発行の公債購入/売却・配当金受取を「大英帝国ポンド・スターリング建て、固定為替レートで」「ロンドン証券取引所において」実行できるというもので、相互性のない、つまりは英国の投資家(=ロスチャイルド)にのみ利益のある「不平等条約」のようなもの____もっと端的に言うなら、それは英ポンド・スターリングを「国際基軸通貨化」し、公債発券国を「債務奴隷化」できる「金融植民地化政策」に他なりませんでした。

そしてその金融政策は、「ロスチャイルドへの債務者」である英国政府にも向けられた____英国政府は、「ロスチャイルドの独立金融主権国家『シティ・オブ・ロンドン』」の「フロント機関」と化したのです。

「ロスチャイルドとイングランド銀行はまるで『シャム双生児』のように一体となって、19世紀初頭から『ゴールド・フィクシング(金市場操作)』に邁進していた」(*34)____1816年の英国の「金本位制」採用、1833年の「イングランド銀行券」法定通貨化、通貨発行量を金準備高に紐付けたうえでイングランド銀行に「通貨発行」の独占権を与えた1844年の「ピール法」制定(そして、その前段階としての「ピール首相誕生」)等に直接的或いは間接的に関与しながら、ロスチャイルドは、ロスチャイルドと「ロスチャイルドのイングランド銀行」が「貨幣の価値基準としての金(ゴールド)の価値を決定する(=金市場を支配する)」法制度を、「ロスチャイルドのフロント」英国政府を操ることによって「合法的に」整備していきます。

1850年までに、「ロスチャイルド5社」__「NMロスチャイルド&サンズ(N.M. Rothschild & Sons)」「モカッタ&ゴールドシュミット」「ピクスリー&エイベル」「サミュエル・モンタギュー&Co.」「シャープス・ウィルキンス」__が「ブリオン・バンクス(Bullion Banks 正金銀行)」(*35)として、「非公式に」「『シャープス・ウィルキンス』における秘密会議で」金の値段を決める仕組みが出来上がりますが、その「非公式」性は、第一次世界大戦終結まもなくの1919年9月12日、イングランド銀行が、その「お気に入り」と揶揄される「NMロスチャイルド&サンズ」を「1日1回、午前10時半に金の値段を決定する秘密会議」の議長の永久ポストに公式任命することで、表向き取り払われました。

以降、相も変らぬ「秘密」会議が「イングランド銀行公認の下」、1809年以来ずっと「ザ・シティ」の中心地__イングランド銀行の「向かい」、ロンドン証券取引所の「隣」__に置かれて「NMロスチャイルド&サンズ」の本社(そして世界の「ロスチャイルド商会(Rothschild&Co.)」の事実上の本拠地)であった「ニュー・コート」ビルの中の小さな一室で、行われることになったのです。

1809年、ネイサン・ロスチャイルドが建てた最初のビルと、1868年、1962年の改築を経て2011年に拡張・新築されたロスチャイルドのグローバル・ヘッドクォーター巨大複合ビル群「ニュー・コート(New Court=新たなる宮廷)」By Adrian Welch – https://www.e-architect.co.uk/london/rothschild-bank, CC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=79071961

1776年以降の世界の戦争・革命は、戦争金融「ロスチャイルド・システム」の構築・グローバル化のために起こされた

1840年「アヘン戦争」後に「HSBC 香港上海銀行」を、そして1868年「明治維新」後に「横浜正金銀行」「日本銀行」を作らせた手口からわかるように、ロスチャイルドは自ら惹起させた戦争・革命の両陣営に融資することで、戦争・革命後の(両陣営の)立法権力を掌握、ロスチャイルドへの借金返済(アヘン戦争の場合は「ロスチャイルドの政敵=『満州人の』清国政府」から「ロスチャイルドのフロント=英国政府」への賠償金支払という建前)をスムーズに行なわせるために、中央銀行或いはそれに類する銀行(*36)を「政府・議会が制定する『銀行法』等」によって「表向き『民主的・合法的』に」設立させ、事実上の世界金融支配制度「世界中央銀行カルテル」を作り上げてきました。

同様に、清国よりもっと重要な「ロスチャイルドの政敵」であったドイツ帝国・ホーヘンツォレルン王朝を倒した第一次世界大戦の後に「国際連盟(The League of Nations)」を、そして「ロスチャイルドの金融植民地奴隷となって『近代国家化』させてもらったくせに、分不相応に強大な軍事力を持つに至り、挙句『白人欧米列強に比肩した』と勘違いした生意気な有色人種国・日本を懲らしめた」第二次世界大戦の後に「国際連合(The United Nations)」を、ロスチャイルドが自らの「フロント国際機関」として設立し、日独ら「敗戦奴隷」側の従属国や植民地、そして「世界大戦中の占領地」を、「解放・保護」を名目としながら「委任統治国」として両「国連」傘下に吸収し、全世界の諸国家を「国際平和」の名の下にその「金融『ねずみ講』ピラミッド・スキーム」に強制参加させる「ロスチャイルド・システム」の枠組みが、完成します。(*37)

前者の1919年「ヴェルサイユ体制」、後者の1944年「ブレトンウッズ体制」が、第2弾、第3弾の「ロスチャイルド国際金融パラダイム・シフト」となり、1930年「BIS 国際決済銀行」、1944年「IMF 国際通貨基金」(*38)と「IBRD 国際復興開発銀行」を含む「World Bank 世界銀行(グループ)」、1947年「GATT(ガット:関税及び貿易に関する一般協定)」等々、ロスチャイルドの「『公共』のふりをした(実は民間である『法人』の)国際機関」が次々に設立され、これらが「ロスチャイルド代理人」となって、大戦参加国(つまり世界の殆どの国)から「戦後賠償金」「復興支援金」等々という名の「ロスチャイルドからの借金」を取り立てながら、表向き「世界経済」を主導する(=牛耳る)仕組みとなっていくのです。(*39)

◇「ロスチャイルド金本位制/金為替本位制シンジケート」が指揮した1929年「世界金融大恐慌」と1971年「ニクソン・ショック(『金本位制廃止』と『変動為替制度』への移行)」

ロスチャイルドの世界金融支配の核心は、「金価格/金融市場操作」と「世界中央銀行カルテル」を通した、世界の諸「独立主権国家」が当然に持つ経済主権「通貨発行権」の、「簒奪・独占所有・完全統制」にあります。

ロスチャイルドは、そしてイングランド銀行やFRB などを「執行者」とする「ロスチャイルド金本位制シンジケート」は、「ロスチャイルドの債務国」である世界の諸国家の「通貨発行量」を当該国の「金準備高」によって制限しながら、ロスチャイルドが「国際基軸通貨」と定めた英ポンドや米ドルとの「ペッグ」、さらにはこれもロスチャイルドが定める「固定為替レート」で束縛することによって、その国家の「経済的成長・衰退」から「国家としての金融的価値」に至るまでを、決定しています。

これは、世界の諸国家の「独立」と「主権」を侵害する行為____「侵略」です。

「金本位制シンジケート」が、参加国への「金本位制(=国際金取引)の停止/再開」のタイミング指示及び「緊縮政策」の強制によって、1929年「世界金融大恐慌」を「指揮していた(=意図的に起こしていた)」という事実は、ノーベル賞経済学者ミルトン・フリードマンが1963年の共著書で喝破し、2008年「リーマン・ショック」時にFRB議長を務めることになるベン・バーナンキも、2002年のフリードマンの90歳の誕生祝の講演で認めています。(*40)

第一次・第二次のどちらの世界大戦でも「なぜか戦場にならなかった」アメリカは、二つの世界大戦が世界の諸国にもたらした深刻な経済的疲弊を独り受けることなく、むしろ他国への「経済支援」(*41)「軍事特需」で巨大な「金準備」を蓄積しながら、第二次大戦直後には、全世界の公的金保有量の3分の2(5億7400万オンス=1万6272トン)がアメリカに集中するという圧倒的経済格差を出現させ、「世界の経済超大国」の二つ名と「米ドルを『唯一の金兌換通貨』(つまり、英ポンドに代わる新しい『国際基軸通貨』)とし、他国通貨は米ドルとの交換比率を固定する『金・ドル基軸体制/金為替本位制』を原則とする『ブレトンウッズ体制』」に、見かけ上の「妥当性・正当性」を与えることになりました。

1950年「朝鮮戦争」を皮切りに、1955年から1975年まで続いた「泥沼の、『勝者無き』ベトナム戦争」ほか、1979年の「ソ連のアフガニスタン侵攻」に至るまで、数多の「紛争」を世界に拡大した「東西冷戦(Cold War)」__国連安保理常任理事国(「ロスチャイルド金融マフィアの若頭5人衆」)米英仏ロ中の「代理戦争」__が、世界の諸国を「ブレトンウッズ体制」という新たな「不平等条約」で制約・統制しながら、各国にある「金」や「石油」「希少鉱物」など地下資源の利権を、「ロスチャイルド・システム」に吸収・再編成する役割を果たしました。

6000年前、古代バビロニアの時代に、「金」の採掘が(「金融」や「奴隷制度」とともに)初めて行われたときから現在までに採掘された「金」の総量は約21万トンといわれていますが、その8割にも相当する16万5000トンの金が、「1950年から」のわずか75年間のうちに、「ロスチャイルド・システム」の統制下で採掘されています。

「金価格を世界で統一する」ということの意味は、コスト(特に人件費)を低く抑えれば抑えるほど利益が最大に近づく、ということにあります。二つの世界大戦のあと、「東西冷戦」でさらに疲弊した世界の__特に大金鉱のあるアジア・アフリカ・南アメリカなどの諸国民の__「戦争・紛争のせいで、更に限りなく『奴隷労働』に近づいた安価な労働力」を使って、「ロスチャイルド・システム」は独り、「金」産業で「最大利潤」を得ていたのです。

その一方で、「ブレトンウッズ体制」の固定為替レートを維持するために、「世界の金価格を『1オンス当たり35米ドル』という『低すぎる』値に維持し続ける」という理不尽な政策を採る「アメリカ主導の金準備制度」が、「ロンドン・ゴールド・プール(London Gold Pool)」(*42)の名で1961年に設立されますが、当然、この英米(つまりロスチャイルド)だけを儲けさせる(他国にとって)非合理な制度は、1968年3月には早くも「破綻」します。

この「破綻」を受けて、前出の「ロンドン『金価格決定』秘密会議」が、「アメリカ金市場の午前中の動き『も』監視するため」(英米の時差を考慮して)ロンドン時間で午後3時にも会合が追加され、「1日2回」の開催となったことから推察するに、「ロンドン・ゴールド・プール」というものは、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」の覇権をヨーロッパからアメリカ(つまりは全世界)に広げる役割の、「口実」に使われるだけのために作られたのかもしれません。

とにもかくにも、「ロンドン・ゴールド・プール」の当然の破綻は、「世界金融大恐慌」がもたらした「金本位制への不信」と相まって、「『変動為替制』への移行(『金本位制』の実質的廃止)」を宣言した1971年「ニクソン・ショック」につながっていきます。これが「ロスチャイルドの国際金融パラダイム・シフト第4弾」です。

◇ロスチャイルドの「二重(多重)帳簿」__金価格「ダブル・スタンダード」と物 議醸す「中央銀行の金準備」

英語版Wikipediaの「Bretton Woods System(ブレトンウッズ体制)」には「Price of Gold」というグラフがあって、1910年代から「ブレトンウッズ体制」終焉の1973年まで金価格が「1オンス35米ドル」であったことを表していますが、これは「ブレトンウッズ体制のお陰で国際貿易の円滑化・世界の諸国の経済活動の活発化が進む」というプロパガンダを信じ込まされた世界の諸国政府・国民を騙す「表の金価格(『ブレトンウッズ・プライス』)」です。それが真っ赤な嘘であったことは、「ロスチャイルドとロスチャイルドの認可を受けた投機家たちが自由に金取引できる特権的な『オープン・マーケット』が存在した(=『ロスチャイルド・システム』が『二重帳簿』をもっていた)」ことを表すグラフ「Historical Chart_100-Year-Gold Prices(過去100年の金価格の歴史)」(*43)によって証明されます。

「Historical Chart 100-Year-Gold Prices」

このグラフは、1915年「1オンス601.31ドル」で始まっており、「第一次世界大戦のせい」で315・95ドルにまで下がった金価格が、まだ「世界金融大恐慌」が続く1930年5月(「『日中戦争』の嚆矢、『満州事変』勃発直前」の日本が「ポンド建て『日露戦争債』」を「ドル・ポンド両建て、更なる高利子で『借り換え』させられ」「その公債が野村證券NY支所で外国人投資家に飛ぶように売れた」月)の386.24ドルから突如として「高騰基調」となり、1934年3月には「この時点での史上最高」830.24ドルを記録します。

これをピークに金価格は「第二次世界大戦のせい」で再び「下落基調」に転じ、問題の「ブレトンウッズ体制」始動の1944年8月には607.09ドル、そしてなぜか、1968年の「ロンドン・ゴールド・プール破綻」の直前1月(フランスや西ドイツが脱退、「金による払い戻し」を求めたころ)には、前年8月の331.56ドルから372.95ドルへと少し戻した後で、ニクソン大統領の1971年8月15日の演説(*44)で「変動為替制への移行(=事実上の金本位制廃止)」が宣言された直後の1971年11月には291.27ドルと、「記録史上最低値」となるのです。

それまで比較的緩慢に見えていた金価格の動きは、1971年以降急激に「乱高下」しながら大きく「高騰基調」「暴落基調」を繰り返す、いわゆる「変動性・不確実性の高い市場(Volatile Market)」になっていくのですが、注目すべきは、この後の「世界中央銀行カルテル」の動きです。

「金本位制が実質的に廃止された(=金が信用を失った=金が大量に売られた=金の価格が暴落し、底値を打った)」後、イングランド銀行やFRBなど「ロスチャイルド世界中央銀行カルテルの幹部たち」が、「国際為替を安定させるための、国家・政府の金準備」を名目に、金を大量に購入し始めるのです。

2021年のデータでは、「世界の公的機関・中央銀行の金準備」は全体で3万4211トンで、地上の金全体の17%を占めています(*45)が、「ニクソン・ショック」直後には__遅くとも1980年初頭までに__既にこの「地上の金の5分の1ほどを中央銀行が保有する」という状態が、完成していたと推測できます。

根拠としては、1980年2月に金価格が「この時点での史上最高値」の2656.54ドルを記録したこと、その後「中央銀行がこぞって金を売る」ことで2001年4月に金価格が記録史上三度目の「底値の谷」を迎え464.44ドルとなり、そこから急転して「中央銀行の金の『爆買い』」が再開し、「リーマン・ショック」の後、そして「2010年、中国が日本を追い越して『世界第2の経済大国』にのし上がった」後、2012年2月にはまたもや2453.32ドル(2025年1月現在記録史上第3位)となり、そして去年2024年10月にはついに、2743.96ドル(同第1位)の最高値をつけていること、等があげられます。

◇「『ロンドン・ゴールド・フィクシング』は終わった」とロスチャイルドが言い、世界はそれを信じ込まされた

このように、1980年以降、「金価格変動の原因」の主体は、表向き「世界の諸国の中央銀行」となっていきますが、1987年に「ニュー・コート金価格決定会議」は、イングランド銀行の許認可を受けて「ロンドン・ブリオン・マーケット・アソシエーション(London Bullion Market Association)」と呼ばれる組織となり、「金を始めとするすべての貴金属・希少金属市場を司る世界的権威」と、自らを定義づけることになります。

そして2004年4月、「NMロスチャイルド&サンズ」は、「金取引」と「ロンドン・ゴールド・フィクシング」から撤退する計画であることを発表。同年6月7日には、「NMロスチャイルド&サンズ」の後任には「バークレイ・キャピタル(Barclay Capital)」が指名され、いまや「LBMA」となった「ニュー・コート会議」は、ブリオン・バンク代表者の現場参集を必要としない「電話会議」となりました。

同時にロスチャイルドは、ロスチャイルドがその日の世界金価格を最初に設定することで会議をスタートする、という絶大な権力を持つ「永久ポスト」であった「議長」職も辞し、その議長職は格下げされて「一年ごとの持ち回り」となり、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」は一見、「消滅」したかに見えました。しかし____。

翌2005年には、金取引のプラットフォーム事業で独走することになる「ブリオン・ヴォールト(BullionVault)」が設立されるのですが、その際、ロンドン・ロスチャイルド家当主たる故ジェイコブ・ロスチャイルドが、この企業に2000憶ドル(=約31兆3500億円)を融資しており、その「BullionVault」は、「リーマン・ショックの2週間前」の2008年9月1日、「LBMA」理事に公式に選出されています。

2010年、ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT」が、「LBMA」設立と同じ1987年に発足した国際金取引シンジケート「World Gold Council」に参加を表明。同時に「『市場に影響を与えうる』大量の金を購入し始めた」ことが伝わると、ロスチャイルドの「『過去の』金価格・金市場操作」の事実と相まって「スキャンダル」に発展していき、それをもみ消すかのように2015年、「ロンドン・ゴールド・フィクシング」は「LBMAゴールド・プライス」と名前を変えます。「『価格・市場操作』などしていない、金価格は『オークション』で決められている」と、「疑惑の中心である『LBMA』自身が」__会議が密室で行われてきた事実は無視して__そう言ったのです。(*47)

しかし、その6年後の2016年、投資信託(=資産運用)会社である「RIT」が、その28億ドル(2025年1月現在価値で4367億7200万円)のポートフォリオの8%にも上る資産を同年前半期の6か月で一気に売却し「金・希少金属」に変換したことが、驚きをもって報じられるのです。(*48)

「LBMA」は2019年9月、「1919年9月12日に『最初のロンドン金価格(gold price)』__現『LBMAゴールド・プライス(Gold Price)』__が、ロスチャイルド・ヘッドクウォーターズ『ニュー・コート』ビルで『決定された』という『歴史に残る重要な瞬間』を記念し、同ビルにて100周年記念式典を執り行う」ことを、「LBMAは『Rothschild & Co.』がこのイベントの共催を支援してくださったことを感謝する」としながら発表しました。「支援」とは「融資(=高利貸=『債権』取得)」のことであるのは言うまでもありません。

この「LBMA」の発表の一つ一つの文言が、全てを物語っています。2004年以降「LBMAゴールド・プライス」の決定会議を主導してきた4つの「ブリオン・ハウス(Bullion House)」も、すべてロスチャイルド傘下の「ドイツ銀行」「HSBC」「スコティア・モカッタ」「ソシエテ・ジェネラル」です。会議の議長人事権は今に至るもロスチャイルドにあり、ロスチャイルドは世界経済の創造主たる「ゴールド・フィクサー」であり続けているのです。

◇過去250年間に起こった全ての金融危機と同様、1973年「オイル・ショック」も「ゴールド・フィクサー」ロスチャイルドが起こした____「金本位制の廃止」を宣言したニクソン演説は、「通貨危機の惹起者・受益者は国際通貨の投機家たち」と告発していた

「ニクソン・ショック」は「オイル・ショック」とも呼ばれていますが、これは1973年の「ヨム・キプール戦争(Yom Kippur War 第四次中東戦争)」でニクソン政権がイスラエルを支援したことに怒ったアラブ諸国(OAPEC)が「イスラエルに味方する西側諸国」への石油禁輸を断行したため、世界的石油価格の高騰が起こったことに起因している、ということになっています。しかし、「世界的な石油価格高騰」の本当の原因は、実は「金価格」と「石油価格」が連動していたことにあるのです。この二つを「連動させていた」のは、もちろん「ゴールド・フィクサー」ロスチャイルドです。

「Gold Prices vs Oil Prices – Historical Relationship」(金価格は「ブレトンウッズ価格」)(*49)

19世紀末、ロシア皇帝アレクサンドル3世(「最後のツァー」ニコライ2世の父)の管財人でもあったロスチャイルドは、帝政ロシアが支配する世界最大級の油田地帯であったバクーの石油利権を一元的に統制するシンジケートを構築し、「ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell=現Shell plc)」「ブリティッシュ・ペトローリアム(British Petroleum=現BP)」を前身の時代から金融支配するほか、「アメリカの石油王」ロックフェラーをも支配して、誰も知らないうちに「金融世界の石油王」となっていました。(*50)

「金」「石油」と「金融市場そのもの」を統制するロスチャイルドは、「金価格」と連動させて「石油価格」も同時決定し、「ユダヤの敵アラブ」諸国の経済すらも、支配下に置いてきたのです。(つまり、「ユダヤ vs アラブ」の戦争も「ヤラセ」です)

「金価格」と「石油価格」を「世界基準」として決定することで、ロスチャイルドは、世界の諸国家の「為替レート(=国際基軸通貨・米ドルに対する当該国通貨の価値)」を決定、また「基幹産業の勃興・沈滞・滅亡」を指揮し、ひいては世界人類80億全体の「ライフ・ライン(生命線)」を支配することができる権力を持っている____と言っても過言ではありません。(*51)

「金本位制を実質的に廃止した」と言われている件のニクソン演説は、「(唯一の金兌換通貨である)米ドルの金との交換の停止」は、通貨危機に対応し、ドルを護るための「一時的な」対策である、と言っています(*52)が、結果的に「金本位制は『変動為替制』に取って替わられた」「金本位制廃止は恒久的なもの」と「世界に受け取られて」金の「需要」を下げ、「ロスチャイルドの世界中央銀行カルテル」とロスチャイルド個人が巨大な「金備蓄」を保有することを容易にしました。

中央銀行同士で(つまりは「ロスチャイルド世界中央銀行カルテル」内部で)金が売り買いされることで、「世界中央銀行カルテル」全体の金保有量は変わらないままに、「金価格」が(そして、それに連動して「石油価格」が)変動し、世界の国民経済=実体経済に深刻な影響を与えるこの仕組みは、しかし、「世界中央銀行カルテル」のドンであり「世界金融市場カジノ」のオーナーであるロスチャイルドにとっては、常にトータルで最大利潤をあげるための「ヘッジファンド」メカニズムであり、世界で発生する全ての「金融取引」の度に「胴元」であるロスチャイルドに天文学的数字の手数料が入る「金融『カジノ』『ねずみ講』ピラミッド・スキーム」という「詐欺」の核心なのです。

「1989年に、『東西冷戦』がアメリカ・イギリスら『正義の資本主義』陣営の勝利で終結した後、『敗者』である共産主義/社会主義国家群の主導者たるロシアと中国は『回心』して資本主義に『入信』し、その結果、経済的大躍進を遂げた」というプロパガンダの実態は、何のことはない、「『ロスチャイルド・システム』が、ロシアと中国の中央銀行に『金準備』を増やす許可を与えた」というだけのことです。事実、2000年から2016年の間のロシアと中国の金準備の増加率はそれぞれ+320%と+366%、2024年現在の保有量は2336トンと2264トンで、世界の中央銀行金保有の第5位・6位となっています。(*53)

1945年__第二次世界大戦終了時のアメリカの金保有量が1万6272トンであったと前述しましたが、この数値は「世界の中央銀行の金買い」が始まった1980年代に減り始め、2000年までには8133トンときれいに半分になっており、この数値は2000年から最新情報のある2024年8月12日まで、変動が0%です。

「IMF」が2024年10月22日に発表した2025年の世界GDP予測では、アメリカ合衆国が303億7000万ドル(=4兆6529億7000万円)で世界第1位、2位が中国で195億3000万ドル(=2兆9937億8000万円)____この二国が他を圧倒し、以下3位ドイツの49億2000万ドル(=7517億6000万円)、4位日本の43億8000万ドル(=6694億1000万円)も含め、3位以下は全て「どんぐりの背比べ」状態です。

金準備高ではロシアの次点で第3位の中国が、ロシアをはるかに凌駕する「(アメリカに次ぐ)世界第2の経済超大国」の地位を得ることができたのは、「ロスチャイルド金融マフィアの若頭5人衆『筆頭』」のアメリカが、2001年9月10日(「9.11」の前日)に中国人民元の米ドル・ペッグによる「対ドル相場管理」容認を決定し、「『9.11』を理由に(=『対テロ対策』の一環として)」対中協調路線「建設的協力関係」へと切り替えて中国のWTO加盟も許可、中国の対米貿易量・米国債購入を大きく増加・拡大させながら、FRBの直接指導で、世界が苦しんだ「リーマン・ショック」も乗り越えさせたからです。(*54)

中国は、「アメリカ合衆国plc」の「子会社化」したのです。日本は明治維新から「ロスチャイルドの債務奴隷」でしたが、第二次世界大戦後に中国の前例として「アメリカplcの子会社化」し「世界第2位の経済大国」の地位を与えられ(アメリカに「貿易赤字」を与えたと罵られながら、同時に「誰も知らない」巨大な「金融黒字」を与え)たのち、「バブル崩壊」「デフレ・スパイラル」でみじめに凋落させられました。中国の現在の「巨大な経済力」は、「国際金融的に膨張させられた」ものとみるべきです。

「貿易の安定化と円滑化のために尽力する、責任感の強い国際銀行業界人(ロスチャイルド?)を含む海外の友人たち」と「(アメリカ合衆国は)信頼のおけるパートナーでありたい」「(ロスチャイルドの)IMFらと100%の協力体制で『新しい国際通貨システム』をつくっていく」と、アメリカ合衆国民ではなく「(ロスチャイルドら)海外の友人たち」への忖度を滲ませる内容となっていたニクソン演説は同時に、「通貨危機によって利益を得るのは国際通貨の投機家たちである」「彼らこそが通貨危機を起こしている」とも言っていました。(*55)

この「ロスチャイルド国際金融資本への痛烈な批判」が、誰の手によって挿入されたのかはわかりません。ニクソンはおそらく「演説原稿を読まされただけ(そしておそらく、『中国と関係正常化しろ』『イスラエルに武器・弾薬を送れ』といわれただけ)」なのでしょう。しかし「ニクソン・ショック」が「ドル・ショック」「オイル・ショック」と呼ばれるのを見て、もしかしたら「アメリカ・ドルに全面戦争を仕掛けた『国際通貨の投機家』」と、「世界経済の安定と発展に尽力する『国際銀行業界人』」や「IMFの背後にいる人間」が同一人物・同一組織であることに、気づいたのかもしれない____貧困家庭出身で、環境問題やアメリカン・インディアン差別の解決にも熱心だったニクソンが、「余計なことを言い出さないうちに」、「『ウォーターゲート事件』というわけのわからないスキャンダルによって失脚させられた」、ということなのかもしれません。

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(*18)「10 richest people who ever lived – net worths, ranked: Elon Musk and Jeff Bezos don’t come close to Genghis Khan, oil tycoon John D. Rockefeller or ‘trillionaires’ Catherine the Great and Joseph Stalin」by Faye Bradley, Oct 29, 2022

https://www.scmp.com/magazines/style/celebrity/article/3197600/

  1. マンサ・ムーサ(Mansa Musa、1280~1337) 総資産評価額=「理解不能(incomprehensible)」
  2. ジンギス・カーン(Genghis Khan、1162~1227)推定総資産120兆ドル(=1京8810兆円) 
  3. 神宗(Emperor Shenzong、1048~1085)推定総資産30兆ドル(=4702兆5000億円)当時の世界(推定)GDPの25% 
  4. アクバル1世(Akbar I、1542~1605)推定総資産21兆ドル(=3291兆7500億円)当時の世界(推定)GDP の25%
  5. 武則天(「則天武后」、中国史上唯一の女帝。唐の高宗の皇后となり、後に唐に代わり武周朝を建てたEmpress Wu、624~705)推定総資産16兆ドル(=2508兆円)
  6. ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin、1878~1953)
  7. カエサル・アウグストゥス(Gaius Julius Caesar Augustus、63BC~14AD)推定総資産4兆6000憶ドル(=721兆500億円)
  8. 女帝エカテリーナ(Catherine the Great、1729~1796)推定総資産1兆5000億ドル(=235兆1250億円)
  9. アンドリュー・カーネギー
  10. ジョン・D・ロックフェラー

(*19)「The NYC and London Banksters who financed the Bolshevik Revolution:Who financed Lenin and Trotsky?」wildboar.net

https://themillenniumreport.com/2018/07/the-nyc-and-london-banker-who-financed-the-bolshevik-revolution/

(*20)安部芳裕『金融の仕組みは全部ロスチャイルドが作った』p.150__そしてこれは、「完済」を意味しません。金融資本は「元金を完済させずに複利計算でどんどん増える利息分だけを、永遠に払わせる」のが定石です。

(*21)(*19)に同じ__日本のロシア兵捕虜収容所には、ニューヨークで訓練された革命プロパガンダ・エージェントが送り込まれ、ロシア語で書かれた「反ツァーリズム」マルクス主義文書を数千人の捕虜の間で回覧させて「共産革命分子」としてロシアに帰し、革命に貢献させました。

(*22)「Wall Street and the Bolshevik Revolution」by Antony C. Sutton, Ph. D. published by Arlington House in New Rochelle, NY, 1974, (p. 25)__革命直後の1917年3月23日、NYカーネギー・ホールでは「ロシア皇帝ニコライ2世の退位を祝う大集会」が数千人の社会主義者、マルクス主義者、ニヒリストたちを集めて開催され、「この革命の成功は、我々の永年の願いだった」とするジェイコブ・シフからの祝辞の電文が読み上げられています。(「Mayor Calls Pacifists Traitors」『The New York Times』March 24, 1917, p. 2)

(*23)(*22)に同じ。ウッドロー・ウィルソンは、革命の年1917年1月から3月、ニューヨークに滞在していたトロツキーに、カナダを経由しロシアに入国できるアメリカ合衆国パスポートと1万ドル(現在価値で25万ドル=3660万円相当)を与え、革命遂行のためロシアに帰しています。ニューヨーク滞在中のトロツキーの収入は、大学での講義などで得られる「週12ドル」と、他からの収入を合わせてもせいぜい合計300ドルほどでした。

(*24)「Deal ties Rockefeller, Rothschild dynasties」by Emily Jane Fox @CNNMoney May 30, 2012: 1:49 PM ET__この記事は「RITは、仏ソシエテ・ジェネラルの投資銀行部門から、ロックフェラーの資産運用事業株式を取得する。取得額は明らかにされていない」「ソシエテ・ジェネラルは2008年からロックフェラーの資産運用事業の株式を保有していた」とも言っていますが、BNPパリバ、クレディ・アグリコールに次ぐフランスNo.3大手のソシエテ・ジェネラルは、「ECB 欧州中央銀行」の直属として「ロスチャイルド世界中央銀行カルテル」の中核近くにいる大銀行です。不審な「アルバニア決議」により、中華人民共和国が台湾(中華民国)を追い出す形で国連安保理常任理事国の地位に納まった1973年に、ソシエテ・ジェネラルはソビエト連邦に駐在事務所を置いています。

(本稿のタイトル写真は「David Rockefeller and Jacob Rothschild’s Business Deal Created a Historic Legacy」by Charlie Rose,『Vanity Fair』25 March 2015のものを使用しています)

(*25)「ロスチャイルドとロックフェラー、資産運用事業で資本提携」by Reuters, London  2012年5月30日午後 8:28 GMT(日本時間-9h)__このロイター記事は、英文記事が「(ロスチャイルドが、ロックフェラーの株を)買収」とはっきり書いているところを「株式取得」とし、「買収」という文言を一切使用していないばかりか、「運用事業で、大西洋を挟んだ名門による提携が実現」「ロスチャイルドにとっては、米国に基盤を築くことにもなる」と、「『M&A』でなく『資本提携』」「この取引のお陰でロスチャイルドが今まで持っていなかった米国でのビジネス基盤を(今やっと)得た」と受け取れるように書いていますが、それは事実ではありません。ロスチャイルドのロックフェラー支配は、1865年のジェイコブ・シフの渡米から既に始まっていました。

「ロスチャイルドとロックフェラーが資本提携」Yucasee Media (「富裕層のための上質な情報を提供する『ゆかしメディア』」) 2012年5月31日 (2022年1月23日更新)も同様の内容です。

(*26)ちなみに、1989年の「三菱地所のロックフェラー・センター買収」において、日本では「世界第2位の経済大国となった日本の企業がアメリカの超優良不動産を買った」「1979年刊の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が現実のものとなった!」と大はしゃぎでしたが、これは実は、後年、アメリカで「この悪名高き取引で日本は後悔させられた」と報じられることとなった、「金融的茶番」でした。「ロスチャイルドが作った財閥」である三菱が買ったのはロックフェラー・センターだけではなく、その「親会社」である「ロックフェラー・グループInc」株の80%。そしてこの取引全体が、リーマン・ブラザース(=ロスチャイルド)によって仲介されています。ロックフェラー・センターは「超優良物件」のはずでしたが、「この買収の直後」、「なぜか」アメリカでは「不動産不況」が起こり、巨大な賃貸収入を見込んでいた三菱地所は当てが外れた格好となって、1995年、「ロックフェラー・センター」ビル群の抵当権で「債務不履行」となってしまいます。そして一年後、同ビル群の「入札戦争」に競り勝ったのはロックフェラーとゴールドマン・サックス(=ロスチャイルド)でした。この事件で起こったことを端的に言うと、「ロスチャイルド・システムの子会社」三菱が、14億ドル(=2074億円)という大金をロックフェラー(=ロスチャイルド)に払い、ロックフェラー・センターがロスチャイルドの掌で「転がされた」(そしておそらくは、「抵当」として「ロックフェラー・グループ株の80%」は三菱の「親会社」ロスチャイルドの手に渡った)ということ____結局「国家としての日本」だけがこの取引の失敗による「悪評価」を着せられ、「日本株の下落」→「平成のバブル崩壊」「日本経済の凋落」へと、つながったのです。

(参考資料:「M&A Flashback: Rockefeller Center’s Japanese Takeover」by Antoine Gara『Forbes』July 26, 2017)

(*27)グーグル・マップによれば、マリのティンブクトゥからサウジ・アラビアのメッカまでの徒歩ルートは約9000キロメートル(所要時間2000時間)だそうです。ただし、マンサ・ムーサの巡礼旅団が実際に旅立ったのはマリ帝国の当時の首都ニアニ(その後寂れて、現在はギニーの一寒村)で、ニジェール川を上流へ1000kmほど遡ったところにあります。このニアニがグーグル・マップに認識されず、もっと有名なティンブクトゥを計算式に入れたので、実際の行程は1万km、所要時間は2200時間といったところでしょうか。この数値を基に単純計算すると、輿やラクダに乗っていない者は1年365日、毎日約6時間、砂漠地帯を歩き続けたということになります。因みに、マフムード・カティ『探究者の年代記』には「巡礼旅団の先頭がティンブクトゥに到達したとき、マンサ・ムーサはまだニアニの宮殿を一歩も出ていなかった」と書かれているそうです。

(*28)マンサ・ムーサの巡礼の12年後にエジプトを訪れたマムルーク朝の学者アル=ウマリーは、「エジプトでの金の価格は[マンサ・ムーサ一行]が来たあの[1324年]までは高かった。1ミスカル(中世イスラム教圏の計量単位=4.25グラム。1ディナールは金4.25g)の金は25ディラム(ディナール同様、中世イスラム教圏の銀硬貨。1ディラム=銀4.25g)を下回ることはなく、常にそれを上回っていた。しかしその時以来金の価格は下落し現在も下がり続けている。1ミスカルの金の価格は22ディラムを下回った。そのときから約12年たった今日でもこのような状態であるのは、彼らがエジプトに持ち込み、ばら撒いていった大量の金が原因である」といっています。(「マンサ・ムーサ」Wikipedia)

マンサ・ムーサは、メッカからの帰りに再度カイロに立ち寄ったとき、この「金(ゴールド)余り」解消の一助になるようにと、カイロ中の両替商から言い値(つまり法外に高い利子付き)で金を大量に借りたと言われています。(実はマリから持って出た18トンの金をこの時までに全て使い切っていたから、とも__「Is Mansa Musa the richest man who ever lived?」10 March 2019, by Naima Mohamud, BBC Africa)

(*29)もともと金交易で名を成してきた種族マンディンカの国であるマリ帝国の主要交易品目は、「金」と「銅」の他に「塩」「象牙」「絹」「香辛料」「陶器」、そして「奴隷」です。なかでも人間が生きていくために必要不可欠な「塩」は、ある意味「金」よりも重要な交易品でした。「11世紀には、90kgのブロック岩塩をティンブクトゥから南のジェンネにニジェール川を下って持っていくと、価値は倍になって『450gの金』と同じ値段になり、さらに川を下って下流の西アフリカの森林地帯に行くと、塩の重さの価値は『金』と同じ(1:1)になった」という研究結果もあります。

(*30)マンサ・ムーサは知らなかったかもしれませんが、実はこの時代、一般庶民の生活水準で見れば、頻発する飢饉などにより死亡率の高かったキリスト教圏ヨーロッパよりも、エジプトを始めとするイスラム教圏アフリカ・中東地域の方がはるかに高かった、という歴史学者の考察もあります。

(*31)2021年9月30日現在では「1オンス(=28.35g)1756.66米ドル」だった金の値段は、2024年10月下旬に入って30%以上も値上がりし、「過去最高」の2748.23米ドルを記録するに至りました。この金の値上がりには、主にFRBによる最近の政策金利の0.5%引き下げが影響しているとみられています。

「Gold prices have surged in 2024. Here’s how to get in on the gold rush」by Erika Tulfo, CNN, published 1:00 AM EDT, Sun October 27, 2024

(*32)16世紀イングランドによる大植民地時代に勃興した大英帝国は、19世紀初頭から20世紀前半にその最大級のグローバル・パワーとしてのピークを迎えます。1913年までに、大英帝国はその全体で4億1200万人(世界人口の23%)の人口を擁し、1920年までに、総表面積3550万平方キロメートル(世界の陸地の24%)を占めるに至りました。(The British Empire Wikipedia)

(*33)Niall Ferguson『The House of Rothschild : Money’s Prophets 1798 – 1848』(p. 124~125)

(*34)「Rothschild Emerges for Centenary of the London Gold Fixing」BullionStar, 16 Sept 2019 12:09 by Ronan Manly

https://www.bullionstar.com/blogs/ronan-manly/rothschild-emerges-from-the-shadows-for-the-centenary-of-the-london-gold-fixing/

(*35)明治維新から「ロスチャイルドの金融植民地」となった日本で、大日本帝国憲法制定(1891年)よりも、日本銀行設立(1882年)よりも早い1879年に、上海ロスチャイルド連合HSBC(香港上海銀行)の支援で設立された「横浜正金銀行」は、「ロスチャイルド正金銀行連合」の「アジア支所」として、日本の金・銀を英米に流出させる役割を果たしていました。幕末の「洋銀(メキシコ・ドル銀貨)流通為替両替サギ」による金貨の大量流出、HSBCが発行する「洋銀券」の流通による「洋銀相場サギ」など、上海ロスチャイルド連合が仕組んだ日本の「通貨主権」侵害は、「表向き、『マセソン・ボーイ』井上馨と福沢諭吉という日本人によって支援・設立された」横浜正金銀行を通すことによって、「合法化」されたのです。

(*36)所謂「中央銀行」には、「中央銀行(Central Bank)」と名につくものの他に、「日本銀行」のように「○○銀行」と国名をつけるもの、「国立銀行(National Bank)」、アメリカの「FRB(連邦準備銀行・制度)」のような「準備銀行(Reserve Bank)」、そして政府・省庁の一部のふりをした「金融管理局(Monetary Authority)」というものがあり、そのすべてに、「ロスチャイルド・システム」の一部としての「中央銀行的機能」があります。(参考資料:Central Bank Wikipedia 英語版_日本語版には、この記述がありません)

ロスチャイルドの横浜正金銀行は、1906年に高橋是清が第7代頭取に就任すると、日本の租借地だった関東州(遼東半島)・中国における銀行券(横浜正金銀行券)の発行を許可されたほか、「日中戦争」2年目の1938年には、HSBC を傘下に収め、中国における徴税権を得ています。ロスチャイルドが、日本という国家を「フロント」として利用しながら、中国を支配したのです。

(*37)第一次世界大戦後の処理については(*33)にあげたNiall Fergusonによる「ロスチャイルド商会の公式社史」(ロスチャイルドが公認・監修=検閲)の後編『The House of Rothschild: The World’s Banker 1849 – 1999』に詳細が述べられています。また、第二次世界大戦後(「ポツダム宣言」による停戦・占領中を含む)の日本においては、「ロスチャイルドのGHQ=米ロスチャイルド連合の雄ディロン・リード」が「債権執行」と明言しながら「日本の債権者」として_マッカーサーの頭越しに_「日本占領(=日本の政治経済主権簒奪、憲法を始めとする戦後日本の金融/政治経済諸制度の廃止・改変・再編・新設)」を取り仕切った事実があります。

『対占領軍交渉秘録 渡辺武日記 大蔵省財政史室編』(中村隆英解説、内閣総理大臣・福田赳夫による序文「本書の刊行に寄せて」昭和57年12月記)昭和58年3月31日 東洋経済新聞社発行

(*38)「ブレトンウッズ会議」において、英国の経済学の泰斗ジョン・メイナード・ケインズとともにIMFの設立を主導したハリー・デクスター・ホワイトは、日米戦争開戦を直接的に決した悪名高い「ハル・ノート」の実質的執筆者であり、フランクリン・ルーズベルト政権の財務長官ヘンリー・モーゲンソーのアドバイザーとして「モーゲンソー・プラン」を実質的に起草した者でもありましたが、その実体は「ソビエト連邦のスパイ」という名目で「ロスチャイルド・システム」の「上意」をアメリカとスターリン・ソ連の両政府に「下達」する「リエゾン・オフィサー(連携窓口係)」でした。

(*39)「『正義』の名の下に大戦で勝利をおさめ、世界に平和をもたらした」アメリカと連合国(=国連)が、ロスチャイルドの新しい「フロント超大国」「フロント国際機関」となり、「ブレトンウッズ体制」の下、英ポンド・スターリングに替わって米ドルが、実質的に新しい「国際基軸通貨」となったこのタイミングで、1946年3月1日、イングランド銀行が「国営(Public Ownership)化」されますが、その実態は、イングランド銀行に「英国政府」という、何の権限も持たない「雇われ社長」が据えられた、という話にすぎません。イングランド銀行はこの後も変わらず、「ロスチャイルドの世界中央銀行カルテル」の「幹部」であり続け、「BREXIT」の際には、EU(ECB=ロスチャイルドの欧州中央銀行)との交渉において英国政府に指示を与えていました。

(*40)『A Monetary History of the United States, 1867–1960』by Milton Friedman(Anna Schwartzとの共著)1963__「《金本位制と国際的不況》[……]第一次世界大戦の間は停止されていた国際金本位制が、綿密な計画の下、1920年代に『金為替本位制』という『改造版』となって再設置された。『国際金本位制』に則る国家間では、原理原則として、固定為替レートを維持することが義務付けられていた。更に、世界恐慌当時、米国経済が(フランスの競合はあったものの)国際金本位制において覇権的であったため、他国は米国が経験しているのと同様の[通貨供給量を減少させる]縮小的金融政策とデフレに合わせることを強要された。([The]international gold standard, which had been suspended during World War I, was laboriously rebuilt during the 1920s (in a somewhat modified form called the gold-exchange standard). Countries that adhered to the international gold standard were essentially required to maintain a fixed exchange rate with other gold-standard countries. Moreover, because the United States was the dominant economy on the gold standard during this period (with some competition from France), countries adhering to the gold standard were forced to match the contractionary monetary policies and price deflation being experienced in the United States.)」__『Remarks by Governor Ben Bernanke, At the Conference Honor Milton Friedman, University of Chicago, Chicago, Illinois, November 8, 2002, On Milton Friedman’s Ninetieth Birthday』 https://www.federalreserve.gov/boarddocs/Speeches/2002/20021108/default.htm

例えば日本では、1929年7月10日、横浜正金銀行がHSBCを始めとする上海ロスチャイルド連合、NYとロンドンの「ロスチャイルド金本位制シンジケート」と連動して(政府の『金解禁実施直前準備』という建前で)在外正貨補充のため輸出手形の買入れを開始、同年11月19日、NYで2500万ドル、ロンドンで500万ポンドのクレジット設定契約が成立しています。(横浜正金銀行 Wikipedia)__ここで「NY」はクーン・ローブ/J・P・モルガン、「ロンドン」は英ロスチャイルドを意味します。

(*41)私たちが耳にする「国家の、別国家に対する経済支援」とは、すべからく「国家をフロントとするロスチャイルドの、別国家への高利貸」の意味です。アメリカの「ロスチャイルド国際金融軍産複合体」の雄、投資銀行/武器商のディロン・リードは、第二次世界大戦の敵である日本とドイツに(日本は「(クーン・ローブに借りた)日露戦争債」の借り換え、ドイツは「(J・P・モルガンに借りた)第一次世界大戦の戦後賠償債」の借り換えとして)「第二次世界大戦の戦費を融資」して、「日本(とドイツ)の新しい大債権者(ロスチャイルドの『雇われ日本(ドイツ)国総支配人』)」となり、戦後占領軍GHQの本体として「借金取り立て」に乗り込んできました。ディロン・リード会長、クラレンス・ダグラス・ディロンは第二次世界大戦後に国務次官、財務長官を歴任した「GATT」の主導者の一人です。

詳しくは、拙ブログ別稿「『真・天皇機関説』と『世界倫理オンブズマン』が、『金と権力』の暴虐を許さない『至高の権威』で『通貨発行権』の私人による独占統制を永久に廃し、日本と世界の庶民を『無自覚の債務奴隷』の軛から解放する」__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版5/5]」を参照ください。

(*42)「ロンドン・ゴールド・プール」は、12の「FRB 連邦準備銀行」のうちの8つ(すべてロスチャイルド系)が「アメリカ」一国を代表して主導し、西ヨーロッパ主要7か国(これも当然、全てロスチャイルド系)が参加しました。参加国とその「当初『金』拠出量」、プール全体に対する割合と相当金額(当時)の内訳は以下の通りです。

  1. アメリカ合衆国:120トン(50%)1億3500万ドル
  2. 西ドイツ:27トン(11%)3000万ドル
  3. イギリス:22トン(9%)2500万ドル
  4. フランス:22トン(9%)2500万ドル
  5. イタリア:22トン(9%)2500万ドル
  6. ベルギー:9トン(4%)1000万ドル
  7. オランダ:9トン(4%)1000万ドル
  8. スイス:9トン(4%)1000万ドル

ちなみに、「ロンドン・ゴールド・プール」が設立された同じ1961年に、ジェイコブ・ロスチャイルドの「RIT」も設立されています。

(*43)「Gold Prices – 100 Year Historical Chart」(macrotrends)のサイトにあるこのグラフにカーソルを合わせることで、年月日と金価格が表示されます。(本稿に掲げられているグラフはスクリーン・ショットです)

https://www.macrotrends.net/1333/historical-gold-prices-100-year-chart

(*44)「平和への挑戦:国民への新経済政策の概要の表明」(Richard Nixon, 「Address to the Nation Outlining a New Economic Policy: “The Challenge of Peace”」by Gerhard Peters and John T. Woolley, 『The American Presidency Project』)https://www.presidency.ucsb.edu/node/240602

(*45)「World Gold Council」の「Above-ground Stock」(1 February, 2024)によると、2023年末現在の地上にある金の「形態」および「全体(21万2582トン=一つの塊にすると、一辺がたった22メートルの立方体になる)に対する割合」の内訳は以下の通りです。(「確認された世界の地下埋蔵量」は5万9000トン)

  • 「宝飾品」9万6487トン(45%__その半分は中国とインドにある)
  • 「延べ棒・金貨(金価格に連動する『金ETF』を含む個人投資)」4万7454トン(22%)
  • 「中央銀行による金準備」3万6699トン(17%)
  • 「その他」3万1943トン(15%)

https://www.gold.org/goldhub/data/how-much-gold

(*46)「Charted: 30 Years of Central Bank Gold Demand」VisualCapitalist, March 15, 2023 By Govind Bhutada, Graphics/Design: Pernia Jamshed, Clayton Wadsworth

https://www.visualcapitalist.com/charted-30-years-of-central-bank-gold-demand/

(*47)(*34)に同じ

(*48)「Rothschilds Buying Gold On “Greatest Experiment” With Money In “History Of The World”」by Mark O’Byrne(Executive & Research Director @ GoldCore)August 19, 2016, Gold-Eagle https://www.gold-eagle.com/article/rothchilds-buying-gold

(*49)「Gold Prices vs Oil Prices – Historical Relationship」(macrotrends)のサイトにあるグラフにカーソルを合わせることで、1946年以降の「毎月末『LBMA』決定金価格」と「『West Texas Intermediate』の月毎の原油価格」が表示されます。

https://www.macrotrends.net/1334/gold-prices-vs-oil-prices-historical-correlation

(*50)最盛期には世界の石油産出量の50%を産出していたバクーの、石油採掘業者最大手は「ブラノーベル」(「ノーベル賞」「ダイナマイト発明」で有名なアルフレッド・ノーベルの兄と弟、リュードヴィグとロベルトの会社)であり、ロスチャイルドの会社は二番手でしたが、採掘・精製事業、パイプライン・鉄道・タンカー・運河など運輸も含む他の石油関連産業を全体的に統制支配するシンジケートを作ったロスチャイルドが「ブラノーベル」を合併吸収し、シンジケートの利権を丸ごと「革命前夜の」帝政ロシアに売って「国営化」させ、ロシア革命後、「ロスチャイルドの債務者」であるレーニンらの「革命政府」を「債権者」として支配することで、結局すべてを手中にする____ロスチャイルドの常套手段が、ここでも発揮されました。

(*51)例えば1931年から1933年の間に、テキサスの原油価格が1バレル当たり0.98ドルから0.10ドルに急落し(=ロスチャイルドによってそのように設定され)ていますが、そのせいでテキサスの多くの石油業者が破産してしまいました。生き残った業者は厳しい生産ノルマが課されて苦しめられ、それが今も残って、アメリカが「ロスチャイルドら『ビッグ・オイル』が支配するペルシャ湾」からの原油輸入に頼らざるを得ない原因となっているのです。原油を輸送するタンカーも、タンカーが通る「スエズ運河」も、ロスチャイルドが所有しています。(参考資料「The Four Horsemen Behind America’s Oil Wars」By Dean Henderson, Global Research, April 26, 2011)

https://www.globalresearch.ca/the-four-horsemen-behind-america-s-oil-wars/24507

(*52)「過去何週間かにおいて、投機家たちはアメリカ・ドルに対する全面戦争を仕掛けてきている。(In recent weeks, the speculators have been waging an all-out war on the American dollar. )」「[この通貨危機に対応するため、そしてドルを投機家たちから護るのに必要な行動をとるために]、私は財務長官ジョン・コナリーに、ドルの金その他の準備資産との兌換性を、ドルの安定と合衆国の最善の利益のためと判断される額と状態にある場合を除き、一時的に停止することを指示した。(Accordingly, I have directed [John Connally,] the Secretary of the Treasury[,] to take the action necessary to defend the dollar against the speculators[……][and]to suspend temporarily the convertibility of the dollar into gold or other reserve assets, except in amounts and conditions determined to be in the interest of monetary stability and in the best interests of the United States.)」((*44)に同じ。[ ]内はブログ筆者による文脈説明的加筆及び省略)

(*53)「World’s Central Bank Gold Reserves and Interactive Map」by BullionVault, Monday, 8/12/2024 17:20

https://www.bullionvault.com/gold-news/infographics/worlds-central-bank-gold-reserves-interactive-map

この「マップ」によると、2024年の世界の中央銀行の金準備高トップ10は以下の通りです。(( )内は2000年から2016年の間の増加率)

  1. アメリカ合衆国 8133トン(0%)
  2. ドイツ 3352トン(-3%)
  3. イタリア 2452トン(0%)
  4. フランス 2437トン(-19%)
  5. ロシア 2336トン(+320%)
  6. 中国 2264トン(+366%)
  7. スイス 1040トン(-57%)
  8. 日本 846トン(+11%)
  9. インド 831トン(+34%)
  10. トルコ 507トン(+53%)

この順位が、現在「ロスチャイルド・システム」によって「意図されている」、「世界の『国家間』の力関係」だということでしょう。因みに、2000年の第1四半期では、1位から4位までは現在とまったく同じながら、ロシア・中国は423トン・395トンで、その上位にはスイス(2590トン)、オランダ(912トン)、日本(754トン)、ポルトガル(607トン)、UK(588トン、2024年には-36%の310トンで16位)、スペイン(523トン)、オーストリア(407トン)がいました。(注目すべきは、台湾がわずか0.53トン差でロシアの次点であり、しかもこのマップでは「Taiwan, China」と表記されていることです)

同じ「マップ」の2019年から2024年の金準備高変動をみると、UAE(アラブ首長国連邦)が+896%(75トン)、チェコ共和国+406%(42トン)、セルビア+95%(41トン)、キルギスタン+95%(26トン)、アイルランド+100%(12トン)と、保有量は小さいながら爆発的に金保有が増加した国々もあります。興味深いですね。

(*54)「田村秀男の経済正解:『9.11』が導いた中国膨張の死角」『産経新聞』2021年9月4日付__2001年9月10日、オニール財務長官が訪中、北京の人民大会堂で江沢民国家主席、項懐誠財政相と「建設的協力関係」について会談しています。

この記事には書かれていませんが、同じ2001年9月10日(「9.11」の前日)、ラムズフェルド国防長官が公式会見で「ペンタゴンで23億ドル(=3509億円)の国防費が『使途不明』になっている(”We cannot track 2.3 trillion dollars in Pentagon.”)」と発表しています。翌日のペンタゴンへの「テロ攻撃」によって死亡した職員のうち49人が、このことを調査していた会計士たちであり、関係資料はツインタワーと一緒に、(しかし「旅客機が激突してもいないのに」)「(計画破壊のような)10秒以内のフリーフォール状態」で倒壊したWTC7ビルのCIAオフィスの中にあったそうです。ラムズフェルドは、「ペンタゴンの建物を破壊した『ミサイル』」と、2001年10月12日の雑誌インタビューで「口を滑らせて」います。

(*55)「過去7年間、平均して毎年一度、通貨危機が発生しているが、これらの通貨危機によって利益を得るのは、果たして誰であろうか?それは、労働者でも投資家でもなく、『富を真に生産する者たち』でもない。通貨危機で利益を得る者は、国際通貨の投機家たちである。彼らは通貨危機においてこそ栄えるがゆえに、むしろ通貨危機の創出を促進するのである。(In the past 7 years, there has been an average of one international monetary crisis every year. Now who gains from these crises? Not the workingman; not the investor; not the real producers of wealth. The gainers are the international money speculators. Because they thrive on crises, they help to create them.)」(中略)「多くの、貿易の安定化と円滑化のために尽力する、責任感の強い国際銀行業界人を含む海外の友人たちに、私は保証したい__アメリカ合衆国はこれまでも、そしてこれからもずっと、前向きで信頼のおける貿易のパートナーであり続ける、と。(To our friends abroad, including the many responsible members of the international banking community who are dedicated to stability and the flow of trade, I give this assurance: The United States has always been, and will continue to be, a forward-looking and trustworthy trading partner.)」「IMFと貿易相手諸国との100%の協力体制によって、我々は緊急に求められる『新しい国際通貨システム』の設置のために必要な改革を、強く推進していくであろう。( In full cooperation with the International Monetary Fund and those who trade with us, we will press for the necessary reforms to set up an urgently needed new international monetary system. )」((*44)(*52)に同じ。『 』強調はブログ筆者による付与)

世界の本当の敵は、「コロナ」「プーチン・ウクライナ侵略」「地球環境破壊」と「世界の貧困化=債務奴隷化」を創出したロスチャイルド・マネー「負債の貨幣」である__『幸福の「経済」 支配の「金融」』⑮[ロスチャイルド・プロパガンダ_其の陸]

■ロスチャイルドの「戦争金融サギ」ビジネス史を、ロスチャイルド・マネーの動きで総括すれば、「第二次世界大戦・日本の敗戦」と「『侵略者』プーチンのウクライナ侵攻」にデジャブ―(既視感)を覚える

■バイデン大統領は「米国領土」である在日米軍基地・横田基地から「来日」した__日本国民自身に主権を放棄させ、連合国への隷従を誓わせた『日本国憲法』と、「日米安保」の「密約で決まった細則」=「日本全土基地化・日本全土治外法権化・統一指揮権」によって、日本を事実上の「連合国(国連)とその代理・米国の『基地植民地・金融奴隷』」としているロスチャイルド金融資本全体主義独裁体制を、告発する

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10.第二次世界大戦時、「ロスチャイルド連合国」から「『天皇制』独裁主義・権威主義国家」「侵略者・民主主義の破壊者」「世界の敵」と「誣告」された日本は、いまだに「一億総前科者」として「国連代理」米国に監視統治されている__占領は、終わっていない

近現代世界の戦争の歴史は、「ロスチャイルドの戦争金融詐欺ビジネス史」と表裏一体で、近現代金融システムの設計者ロスチャイルドによって、作られてきたものです。

王制・帝政の歴史のないアメリカ合衆国では建国当初、「東インド会社」の利権利得者らが「東部エスタブリッシュメント(いわゆるWASP:『白人/アングロ・サクソン/プロテスタント』)」として君臨していましたが、ロスチャイルドが1815年に英欧金融中枢を掌握、同時に「東インド会社」の利権も「総元締め」として継承、また、1812年6月に始まった「第二のアメリカ独立戦争」に、英欧金融権力の「元首」として1816年に勝利し、同年ロスチャイルドが「通貨発行権」を行使する「認可法人・第二合衆国銀行」設立にも成功したことで、文字通りの「ロスチャイルドの『新世界』」として「発展」していくことになります。

これがグローバリズムで世界に敷衍され、「新世界秩序」(*41)と1776年以来ロスチャイルド金融資本権力が呼ぶものになってゆくのです。

1776年、ロスチャイルドがフリーメーソン内に融資・設立した「イルミナティ」のアメリカWASP版「スカル&ボーンズ」が、1832年上海ロスチャイルド連合のタフトとラッセルによってイェール大学フラタニティとして設立され、米国だけでなく世界の政治・軍事を牛耳るロスチャイルド国際金融軍産複合体の中枢として米共和党や米国防総省ペンタゴン・CIAなどを創出してゆきます。

Perry and Belmont

オーガスト・ベルモント、マシュー・ペリー提督とその家族

アンドリュー・ジャクソン大統領による1833年「ロスチャイルドの中央銀行排除」と1835年「合衆国史上最初で最後の債務完済」への報復として、ロスチャイルドが起こした「1837年の金融パニック」の最中に、フランクフルト・ロスチャイルドの代理人として米国に派遣された若きオーガスト・ベルモントは、自己資金ゼロの状態からNYウォール街に小さな事務所を構え、「ロスチャイルド商会」の名ひとつで、後に投資銀行/武器商としてロスチャイルド国際金融軍産複合体の「雄」となるディロン・リードなど、東部エスタブリッシュメントの「名士」たちを統合し、その支配権を掌握してゆきます。オーガスト・ベルモントが1849年に結婚したのが、1853年、日本に「黒船来航」することになる、フリーメーソンの大立者マシュー・ペリー提督の娘キャロライン。この結婚で「義理の伯父(ペリー提督の妻の兄)」となったのが民主党の重鎮ジョン・スリデル。彼の引き立てで、オーガスト・ベルモントは南北戦争の1860年には、民主党全国議会議長の地位に上り詰めるのです。

これらの事実から、共和党も民主党も「ロスチャイルドの米政党」であり、明治維新「革命戦争」の発端となった「ペリー砲丸外交」も、ロスチャイルドの仕掛けたものだということがわかります。

日本銀行
Bank of Japan 

坂本龍馬「亀山社中」や、伊藤博文らの「長州ファイブ」など「明治維新の志士たち」は、「アヘン戦争」を仕掛けて中国を金融支配した上海ロスチャイルド連合ジャーディン・マセソンから融資を受けて、1868年、江戸幕府転覆・明治維新を成し遂げました。(*42)

明治新政府は、「倒幕戦争で幕府側を融資していた」仏ロスチャイルド家4代目当主アルフォンスの指示どおり、1882年に中央銀行=日本銀行を設立します。(*43)

江戸幕藩体制下、日本の貨幣システムは、「世界最初の近代的中央銀行」イングランド銀行以前の世界の全ての国と同様に、708年から発行されている「和同開珎」など「利子がつかず、返済の必要のない『公共貨幣』」だけで成り立っていました。そして「通貨発行権」は諸藩に分散されており、徳川幕府の「独裁経済」ではなく、経済の「自治」「自律」が存在していました。

その国家の経済主権たる「通貨発行権」が、「債務者を奴隷支配する『金融』のツール『負債の貨幣』」だけを発行するロスチャイルドの中央銀行=日本銀行に集中されることになった__明治維新の本当の核心は、「大政奉還」「近代国家化」ではなく、「日本の経済主権がロスチャイルドという『独裁』的外国資本に『奉納』されたこと」「日本国の、『ロスチャイルドの金融奴隷』化」だったのです。このことは即ち、ロスチャイルドに「永遠に完済されない=永遠に利息分だけを払い続ける借金」をした明治維新の志士たちが、その本意の如何によらず、「ロスチャイルドの『日本経済侵略』幇助」という「外患誘致」=「国家反逆」の大罪を犯した、ということを意味します。

ヨーロッパや米国の中央銀行と違って、日本銀行の株をロスチャイルドが持たず、天皇と政府が半分ずつ保有したのは、ロスチャイルドが「近代化日本の融資者・大債権者・金融システム設計者」として、最初から日本の金融を統制していく立場にあった(=「株主」である必要がなかった)ことの証左です。

「富は知恵を妨げる」として「商業・金融」を軽蔑する「武士道」を「憲法」とする江戸幕府の長きに亘る禁止・規制の末、1730年幕府公認の米会所で「世界最初の先物取引」を行った日本の金融市場と「財閥」は、解体されて「ロスチャイルド『ねずみ講』ピラミッド・スキーム」に組み込まれ、ジャーディン・マセソン(トマス・グラバー)が作った「ロスチャイルド・プロパーの日本財閥」三菱とともに、「ロスチャイルド金融植民地」の「コラボレーター」として再編され、現在に至ります。

「帝国主義」「富国強兵」の近代日本は、ロスチャイルドの「戦争金融サギ」推進・拡大の装置として、ロスチャイルドが作ったのです。

Woodrow Wilson

Woodrow Wilson

1912年の米大統領選は、民主党ウッドロー・ウィルソン、共和党ウィリアム・タフト、共和党を離れ革新党を結成した人気者の元大統領セオドア・ルーズベルトの三候補者すべてが、1865年に渡米してオーガスト・ベルモントとともに米国財界を統合したロスチャイルド代理人ジェイコブ・シフと、ポール・ウォーバーグ、フェリックス・ウォーバーグ、オットー・カーンら「クーン・ローブ商会」の共同経営者(同時にロスチャイルドの血族・姻戚)に支援されていた、という完全な「出来レース」でした。

この「ロスチャイルドのアメリカ大統領」ウッドロー・ウィルソンが、1913年に「ロスチャイルド・プロパーの中央銀行(*44)」FRB(連邦準備制度)を設立し、1919年ヴェルサイユ会議で日本の「人種差別撤廃条項提案」を冷徹に拒絶しながら、第一次世界大戦の対独講和条約『14か条の平和原則』(*45)を提唱しました。この『14か条の平和原則』が、後に「ロスチャイルド世界中央銀行カルテルの総支配人」となる「中央銀行の中央銀行」BIS(国際決済銀行)国際連合(The United Nations)の前身=国際連盟(The League of Nations)設立の「根拠法」となったのです。

FRB設立に関わったことについて、晩年のウッドロー・ウィルソンは非常に後悔していたと言われ、頻繁に引用される以下のような言葉を残しています。

「私は最も不幸せな人間です。私は知らず知らずのうちに、自分の国を破滅させてしまったのです。偉大な産業国家たるアメリカは今や、それ自身の『信用創造』[=銀行]システムによって統制されています。アメリカの『信用創造』システムは、一極集中されている__それがゆえ、アメリカ国家の経済成長、そしてアメリカ国民全ての経済活動が、極少数の人間の手中に握られることになったのです。アメリカ合衆国は、その政府が文明世界の中で最も[中央集権的銀行システムによって]完全に統制され、支配された、最悪の『被統治者』のひとつとなってしまった__自由な意見による政府、信念と大多数の民主主義的票に支えられた政府はもはや存在せず、極少数の覇者の意向とその強要が支配する政府があるのみです。」(”I am a most unhappy man. I have unwittingly ruined my country. A great industrial nation is controlled by its system of credit. Our system of credit is concentrated. The growth of the nation, therefore, and all our activities are in the hands of a few men. We have come to be one of the worst ruled, one of the most completely controlled and dominated Governments in the civilized world — no longer a Government by free opinion, no longer a Government by conviction and the vote of the majority, but a Government by the opinion and duress of a small group of dominant men.”__拙訳・[ ]内本書筆者)

ウッドロー・ウィルソンを慰めるつもりはありませんが、ロスチャイルド「信用創造権力」によって国家・国民全体が「債務奴隷・金融植民地奴隷」とされ「破滅」させられたのは、アメリカ合衆国だけではない、全世界の諸国である、ということだけは言っておきましょう。

高橋是清が懇請した1905年11月の「日露戦争債」を、ロスチャイルドが自分自身で引き受けず断ったのは、ロスチャイルドが当時、ロシア皇帝アレクサンドル3世(ロシア革命後に殺害された「最後のロシア皇帝」ニコライ2世の父)の管財人をしており、カザフスタン・バクー油田の利権を巡り画策中だったためです。このバクー油田から、ナチス・ドイツに石油を供給したのが、ロスチャイルド=ノーベル財閥の石油会社「シェル」でした。

日露戦争時、すでに国際共産主義者レーニン、スターリンらがロスチャイルドの融資で革命準備に取り掛かっていました。レーニンは、この時の借金を、1918年から1922年までの4年間に4億5000万ドル、クーン・ローブに返済しています。

このクーン・ローブ(ジェイコブ・シフ)が、ロスチャイルドの指示で「日露戦争債」を代わりに引き受けたことは、有名な話です。無邪気な日本人は、「ジェイコブ・シフが公債を引き受けてくれたおかげで、日露戦争を戦えた。日本の恩人だ」と有難がっていますが、この英ポンド建て4%利付「日露戦争債」は、「満州事変」の「直前」の1930年5月に、米ドル建て7100万ドル・英ポンド建て1250万ポンドで合計2億6440万円、複利で6.2%利付(年間利払い費530万円増・手数料14%)という、「モルガン引受の『関東大震災災害善後処理公債』に次ぐ『第二の国辱公債』」と呼ばれる60年公債に、同じ高橋是清によって、「借り換え」られています。(*46)

この「国辱的借り換え」の4カ月前、「世界金融大恐慌」の只中の1930年1月には、FRB の指示で(*47)日本政府が1917年以来停止していた「金本位制」を再開(=金輸出解禁)し、同時にNYウォール街の野村證券ニューヨーク支店で、「6.5%利付公債の日本本店買い注文」が10万ドル単位で連日殺到する、ということが起こっていました。(*48)そして1931年9月18日、「ソ連・コミンテルンの工作で起こされた『柳条湖事件』」(*49)で日本が「満州を侵略」「中国侵略を開始」したとされ、国際的批判を浴びて日本円は暴落、2014年「クリミア半島併合」後のロシアのように、「財政破綻」してしまいます。日本には「通貨安」で膨張した借金が残され、NYの投資家達は金融資産価値を莫大に増やしたのです。

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2001年「9.11」の時も、「2機の旅客機がハイジャックされ、ワールド・トレード・センタービル1&2(通称『ツイン・タワー』)に激突したと、『報道された』」せいで事件直後に暴落したユナイテッド航空とアメリカン航空の株が、「事件の数日前に」「プット・オプションで」「異常に大量に」買われる、ということがありました。(*50)

全ての戦争・革命・テロは、ロスチャイルド金融資本権力の「戦争金融サギ」ビジネスだということです。

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1941年12月8日、明治維新の1868年から3年間ジャーディン・マセソン横浜支店長を務めた吉田健三の養子・吉田茂が外務省・待命大使として秘密裏に指揮した「真珠湾の卑怯撃ち」で、日本はロスチャイルドのシナリオ通りに対米英戦争の「第一撃」を撃たされ、第二次世界大戦「太平洋ステージ」に「侵略者」として参戦させられます。(*51)

Atom Bomb

ロスチャイルドの「マンハッタン計画」(*52)によって、ロスチャイルド支配の3つのウラン鉱山から調達された原料を米国政府が購入して作られた原爆2発を広島と長崎に落とされ、「ポツダム宣言」の「有条件降伏」を信じて停戦した日本は、『ミズーリ』艦上で調印した「降伏文書」が「無条件降伏」にすり替わっていることに、抗議することもできませんでした。

「無条件降伏」で「敗戦奴隷」となった日本に「完全占領=征服(古代ローマ帝国のデベラチオ)統治」を敷くために乗り込んできたロスチャイルド連合国GHQの本当の統制者は、「新天皇」と呼ばれ、絶大な権力を持っていたとされたSCAP(連合軍総司令官)ダグラス・マッカーサーではなく、19世紀からロスチャイルド/ベルモント、ペリー、ディロンが支配してきたディロン・リードでした。

ディロン・リードが、「日本の大債権者」として日本に「債務執行」させるために日本を占領したGHQの「本体」であった(*53)という事実によって、前述の「借り換え『満州事変債』」の米ドル部分を引き受けたのが、ディロン・リードであったのだということがわかります。事実、ディロン・リードは1920年代・30年代から、日本だけでなくナチス・ドイツ(外債の3分の2)とソ連の「大債権者=公債独占引受人」でもありました。

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第二次世界大戦前後の米国と日本の中枢に、ロスチャイルド関係者、特にディロン・リードがどの程度浸透していたのかを、箇条書きにして見てみましょう。

  • クラレンス・ダグラス・ディロン__ディロン・リード会長、終戦時米国務省副長官、1959年から国務長官・財務長官を歴任、「60年安保改定」の前年1959年「砂川裁判・最高裁『米軍基地合憲判決』」の黒幕、1960-1962 GATT「ディロン・ラウンド」責任者、JFKの軍事政策顧問としてベトナム戦争を強硬推進
  • ジェイムズ・フォレスタル__ディロン・リード社長、米国防省長官、SWNCC 三人委員会の一人、「ポツダム宣言」「日米安保」起草者
  • ウィリアム・ドレイパー__ディロン・リード副社長、米戦争省副長官、GHQの実質的政策決定者、「日米安保」共起草者
  • L・E・バンカー__元モルガン、GHQ/SCAP副官
  • ヘンリー・スティムソン__「スカル&ボーンズ」、OSS(後のCIA)創設者の一人、SWNCC三人委員会の一人、1929年~1933年 米国務長官、1940年に陸軍長官、「スティムソン・ドクトリン」「ポツダム宣言」起草者
  • ジョゼフ・ドッジ__GHQ経済部顧問、ドレイパーの「盟友」、「ドッジ・ライン」起草者、吉田茂「池田ミッション」密約の相手
  • コーデル・ハル__1944年まで米国務省長官、1937年に「幕末『不平等条約』の『改定版』」を「日本の中国侵略を非難するため」一方的に破棄、日米開戦の最後通牒「ハル・ノート」起草者(実質起草者はコミンテルン・スパイのウィリアム・デクスター・ホワイト)、『国連憲章』起草者の一人、ジェイコブ・シフの親戚、1980年代にディロン・リード顧問
  • ジョゼフ・グルー__1932年から日米開戦の1941年まで駐日大使、ACJ「American Council on Japan米対日評議会」、ジョン・モルガンのいとこでモルガン・グレンフェル代理人、妻アリスはマシュー・ペリー提督の兄オリバーのひ孫
  • ハリー・F・カーン__CIA、ACJ「対日評議会」の自称・創設者、『Newsweek』外信部長、岸信介ら日本政府要人の「監視役」、ロスチャイルドの「フランクフルト・ユダヤ・ゲットーからの血盟」カーン一族
  • コンプトン・パッケナム__日本生まれのコミンテルン・スパイ、ACJ「対日評議会」、『Newsweek』東京特派員、岸信介の英語教師/選挙工作員
  • ジェイムズ・リー・カウフマン__ディロン・リード債権執行代理人/弁護士、ACJ「対日評議会」、GHQ批判「カウフマン報告」を『Newsweek』に掲載、元東京大学教授
  • ジョン・フォスター・ダレス__米国務長官顧問、対日講和条約交渉団代表、『国連憲章』原案起草者(自称「国連を創った男」)、弟アレン・ダレスは「JFKにクビにされ『JFK暗殺を共謀』した1953-1961のCIA長官」、兄弟の伯父はロバート・ランシング、妻がデイヴィッド・ロックフェラーの従姉妹
  • アヴェレル・ハリマン__ACJ「Allied Council on Japan 連合国対日理事会」(「極東委員会」の出先機関)設置者、元ソ連大使、『Newsweek』大株主、満州の鉄道利権を狙っていた米国鉄道王(クーン・ローブが財務管理)

ディロン・リードGHQの「1945-1951日本占領」の「ロスチャイルド金融」的核心は、以下のとおりです。

  1. 日本の管財権を剥奪(*54)したうえで、英ロスチャイルドとJ・P・モルガンを「日本の外債引受人」として公式決定(*55)
  2. 「ニューディーラー」GHQの「財閥解体」を「集中排除(反トラスト)法」の金融・保険業の除外など「換骨奪胎」したうえ「中止」(左翼的政策からの「Uターン」)したと見せてその実、日本財閥を「ロスチャイルド・コンツェルン」に再編(*56)
  3. 「中央銀行法(日銀法)」を我田引水的に改正し、「ニューディーラー」GHQが推進していた「金融業法」制定を中止(*57)
  4. 経済同友会・経団連・日銀政策委員会など「ロスチャイルド金融」の傀儡機関を設置(*58)
  5. 『日本国憲法』「日米安保」「サンフランシスコ講和条約」『国連憲章』(特に「敵国条項」)を「ひとつながりの『日本基地植民地統治』装置/世界軍事力『統合』装置」として施行(*59)
  6. 在日米軍副長官をトップとして、「ロスチャイルド金融権力の『上意』(指示・命令)」を、外務省北米局長を始めとする日本官僚に「下達」して日本政府に実行させる装置「日米合同委員会」を、「日米安保」の下部機関として設置(*60)

日米合同委員会

日米合同委員会

1951年、「日米安保条約」制定と同時に設置された「日米合同委員会」の決定、即ち「ロスチャイルド金融権力の『意向』」は、『日本国憲法』よりも優先されます。このことは、「ロスチャイルドの憲法学者」による「国際条約は憲法に優先する」という「学説」が担保しています。

日本の「司法」の頂点、最高裁長官・検事総長も「日米合同委員会」に実質的「人事権」があります。(*61)

サンフランシスコ講和条約
サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂

どれだけ日本政府・メディアが「日米同盟」と呼ぼうとも、「日米安保」は決して、絶対に、「同盟Alliance」ではありません。

「日米安保」に「対等の同盟国同士がお互いの戦争に駆け付ける」という意味の「双務性」がないのは、「日米安保」の本質が「『世界の敵』日本を監視する連合国と米国にとってのセキュリティ(安全保障)=縛りを日本に科すもの」だからです。

「主権放棄」し連合国(米国)に隷従を誓う『日本国憲法』という「植民地統治法」と、「日本全土基地化・日本全土治外法権化・(自衛隊が在日米軍の『属軍』となる)統一指揮権」を「密約で決まった、誰も知らない付帯条項」で謳う「日米安保」、そして『国連憲章』「敵国条項」という、ひとつながりの完全な「不平等条約」で縛られた「植民地奴隷国家」日本は、トランプが言ったような「お金だけ出して血を流さず、アメリカ人に血を流させて日本人を護ってもらう卑怯者」なのではなく、「対等の『同盟国』として、肩を並べて共通の敵と戦う独立主権国家としての『権利』を与えられていない」のです。

日本で戦争が起きたとき、自衛隊は在日米軍司令官の指揮下に入り、在日米軍と米軍基地を護るために戦います。自衛隊は「日本国民を護る軍隊」では、ないのです。この真実が国民に周知されないまま、「自衛隊を『軍隊』と認めるように『日本国憲法』を改正するか、しないか」の二択オンリーの国民投票が為されようとしていますが、これもまた、「日本が独立主権国家でも民主主義国家でもないこと」を、証明しています。

そんな日本がG7の場で米英ら「白人列強」と並んで「ロシアは侵略者」と指さして見せても、ウクライナの「殺傷兵器購入資金」に何億ドル払っても、日本の「ロスチャイルドの金融奴隷」の軛は決して外れません。他のG7諸国同様、更なる「ロスチャイルドの中央銀行」への借金が増えるだけです。「ウクライナ戦争」も、終わりはしません。世界の全ての戦争・革命・テロは、ロスチャイルド金融権力が「もういい」と言った時に、「終わる」のです。

ロスチャイルドは、「負債の貨幣=ロスチャイルド・マネー」と「金融奴隷制度」によって、世界の全ての諸国民を「ロスチャイルドの『無自覚の』債務奴隷」にしている__今、私たちが本当にすべきことは、それを「自覚」すること。そして、「私たちは、この巨大犯罪を、これ以上野放しにしない」と、「みんなで」声を上げることです。

ロスチャイルドの「日本金融植民地統治法」である『日本国憲法』は、無効事実の確認を宣言し、廃棄しなければなりません。「国際連合」は、世界平和を謳いながらその実、世界を破滅させるロスチャイルド金融権力の私設機関です。「戦争反対」を叫ぶだけでは、戦争は無くならない__ロスチャイルド・マネーと金融を、完全廃止・永久禁止することで、戦争も、無くすことができます。

(次稿『「阿武町4630万円誤送金・詐取」も「コロナ予備費12兆円の93.5%使途不明」もかすむ巨大犯罪__160年にも亘るロスチャイルドの「日本金融侵略」(仮題)__『幸福の「経済」支配の「金融」』⑯[ロスチャイルド・プロパガンダ_其の七]』に続きます)

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(*41)ロスチャイルドの融資によって1776年5月1日に出版された「イルミナティ」初代首領アダム・ヴァイスハウプトの著書のタイトルが、『Novus Ordo Seclorum(New World Order 新世界秩序)』です。

(*42)道迫真吾『長州ファイブ物語_工業化に挑んだサムライたち_(萩ものがたり㉘)』、宮地ゆう『密航留学生「長州ファイブ」を追って(萩ものがたり⑥)』他

(*43)1877年に渡欧した松方正義に、アルフォンス・ド・ロスチルドの部下であるフランス蔵相レオン・セーを通じて、中央銀行設立の指示が出されます。日本銀行設立は、『大日本帝国憲法』制定の1890年に、8年も先んじていました。

(*44)FRB連邦準備制度の中枢として、米国の金融政策(金利・通貨の数量と価値の決定及び債券の販売など)の最終決定権を持ち、全国12の連邦準備評議会に実務を行わせる司令塔であるNY連邦準備銀行の設立時の株主は、ナショナル・シティ・バンク、ファースト・ナショナル・バンク、ナショナル・バンク・オブ・コマース等、そしてこれらの銀行の株主は、ロスチャイルド銀行(ロンドンとベルリン)、ラザール・フレール(パリ)、イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)、ウォーバーグ銀行(アムステルダムとハンブルグ)、NYリーマン・ブラザース、NYクーン・ローブ商会、NYゴールドマン・サックス、NYチェイス・マンハッタン銀行__すべて「ロスチャイルド・コンツェルン」の系列投資銀行であり、米国政府は1株も所有していません。ちなみに日銀の場合は「政府が55%の株を所有」ということになってはいますが、これは「『日本政府』という団体はロスチャイルドが『所有』する故、『55%の日銀株はロスチャイルドが所有』ということと同義である」と考えてよいと思います。いずれにせよ、日本国民は「日本政府の誰が、何株所有し、いくら配当金を受け取っているか」を知る権利があるはずですが、それは日銀が「認可法人」という「民間企業」であるゆえ秘密、とされています。「日銀は政府の子会社」という言説は、全くの虚妄なのです。

(*45)「仕組まれた第一次世界大戦の敗戦国」ドイツを縛った『14か条の平和原則』の本当の執筆者は、最高裁判事、米司法長官を務めたシオニスト運動家、ルイス・ブランダイスです。ブランダイスは、GHQ民政局長として『日本国憲法』の起草を指揮したチャールズ・ケーディスの師であり、『日本国憲法』の事実上の草案製作者です。

(*46)富田俊基「1930年代における国債の日銀引き受け」『知的資産創造』2005年7月号

(*47)『Remarks by Governor Ben Bernanke, At the Conference Honor Milton Friedman, University of Chicago, Illinois, November 8, 2002, On Milton Friedman’s Ninetieth Birthday』

(*48)(*46)に同じ

(*49)加藤康男『謎解き「張作霖爆殺事件」』

(*50)YouTube『Follow the Money: 9.11』(残念ながら、現在リンクが閉鎖されています。)

(*51)ロスチャイルド国際連盟が主導した1928年「パリ不戦条約」(ケロッグ・ブリアン条約)では、「侵略戦争 Aggressive War/Unprovoked War」の定義が、「(挑発されないのに)先に手を出した者が侵略者」ということにされました。但し、「その戦争が『侵略戦争』か『自衛戦争』かは、当該国にその決定権がある」と、条約共起草者ケロッグは言っています。しかし、中国共産党・コミンテルンと連合国・米英の度重なる「挑発」「戦争行為」に堪忍袋の緒が切れて戦争に引きずり込まれた日本にも、「ウクライナ侵攻は自国防衛だ」と言っているプーチン・ロシアにも、この権利は認められなかったわけですから、この条約も「奴隷・有色人種とその混血、女性には『人権』は認められない」という「細則」の付いていた「フランス革命『人権宣言』」同様、植民地奴隷・金融奴隷・有色人種国には「我が国は自衛の戦争をした」と言う権利はないのでしょう。

「日本の真珠湾『卑怯撃ち』」の詳しい真相については、『原爆と真珠湾:あの戦争の真実を、オバマ広島演説の自己欺瞞が覆い隠している』を参照ください。

(*52)「マンハッタン計画」の責任者はロスチャイルド一族のチャールズ・ジョスリン・ハンブローズ、同計画の核物理学者・資源確保のオペレーション・マネジメントをしたのは後にIAEA国際原子力機関を創設したベルトラン・ゴールドシュミット(その妻がナオミ・ロスチャイルド)

(*53)渡辺武『渡辺武日記 対占領軍交渉秘録 大蔵省財政史室編』__p. 112 1947年8月21日「(K)[=ディロン・リードの非公式代理人カウフマン]ヂロン・リード[原文ママ]として今直に厳格な態度で外債問題の処理を迫る考はない。ただ[……]自分は外債処理法を見たが担保権の消滅が債権者としては大問題なり。」__p. 114 1947年8月25日「[カウフマンが来栖蔵相と渡辺に申し渡し。(1)(2)省略](3)債務者は旧債務者の承継人に戻すこと。(4)担保権回復の申請は、bondholder[ディロン・リード]よりFiscal Agent[以下F.A.、ロスチャイルド]に請求してF.A.をして為さしめ若しF.A.が躊躇するにおいてはbondholderより直接為すこと」__p. 683「著者の回想」に「占領下日本の経済政策についての立案者の中心人物は、おそらく[ディロン・リード副社長]ドレイパー将軍であったと思われる。」とあります。

(*54)『渡辺武日記』__p. 118 1947年8月29日「new loanはしかるべくDillon, Reed[原文ママ、Readが正しい綴り]あたりへ連絡すべし」(「債権執行代理人」カウフマンの、ドレイパーとは旧知の仲である来栖蔵相と渡辺への発言=「債務奴隷」日本への「厳命」)

(*55)『渡辺武日記』によれば、英ロスチャイルドとJ・P・モルガンからそれぞれ1949年11月2日(p. 402)と1950年9月22日(p. 556)に、日本の外債引受けをしたい旨の申し入れが入りますが、これらの処理は(*54)の「厳命」に従い、「GHQの本体」ディロン・リードに全てが任されます。講和条約締結前に、吉田茂首相の名代で渡米した渡辺武が、NYのクーン・ローブ、J・P・モルガンを表敬訪問し、丁重な挨拶をしていることから、両者が公式の「日本の外債引受人」に決定していることが窺われます。

(*56)『渡辺武日記』__p. 149 1947年11月21日[バンカーSCAP副官が面会に来た渡辺に]「[集中排除法]の問題は完全にhigh levelの政治的問題なるを以て、Welsh, Kades等の[職権的に低い]levelの言動に左右されてはならない」__要するに、ウェルシュやケイディスなどルーズベルトが送り込んだ「ニューディール」系GHQ職員はロスチャイルド国際金融軍産複合体・上層部からみてヒエラルキー的に低レベルなので、無視してよい、ディロン・リードの人間の言うことだけを聞いていればよい、というわけです。

(*57)ディロン・リードは、日銀をFRB方式の株式会社にするつもりでした。『渡辺武日記』(p. 678「著者の回想」)は、「[1948年8月9日、マッカーサーからワシントン打電、8月17日に日本側内示の『金融業法』案によると]大蔵省から通貨及び信用政策等の監督権限を切り離して、別個の行政委員会を作って、これが紙幣の印刷、為替管理、保険会社、預金部、農林中金などを所管することになっていた。また、日銀は株式会社とし、その議決は日本の銀行が一行一票をもって行なうというようなものであった」と書いています。

(*58)上記の案は、あまりにあからさまな「民主主義の蹂躙」で、日本国民は黙っていないだろうという意見でも出たものか否か、結局廃案になり、「[ディロン・リード代理人であるドッジが1949年4月25日ドッジを単独で訪ねた渡辺に口頭で]金融業法は出さないこととし、その代わりに日銀を改組して政策委員会というものを作るという決定を下し」(『渡辺武日記』p. 686「著者の回想」)ます。同年6月に、「GHQ役員評議会の民主化の意向から」(日本銀行政策委員会Wikipedia )日銀法の一部改正により「政策委員会」が設置されています。

(*59)当ブログ別稿『「日本国憲法改正」「日本国憲法無効論封殺」「天皇譲位特例法対応」は日本の本当の支配者・米国防省の命令だ!__近衛文麿、吉田茂、岸信介の裏切りと亡国の罪を、いま改めて問う__『日本国憲法』無効確認への道①』および『東京裁判と対で、天皇と日本人を虐待し侮辱する『日本国憲法』の「改正」では、日本の「主権と独立を喪失した敗戦奴隷」の立場は変えられない__『日本国憲法』無効確認への道②』を参照ください

(*60)「日米安保」と「日米合同委員会」の実相については、吉田敏浩『「日米合同委員会」の研究:謎の権力構造の正体に迫る』、矢部宏治『日本はなぜ「戦争ができる国」になったのか』、前泊博盛『本当は憲法よりも大切な「日米地位協定入門」』などが、公開された米国機密文書によって詳しく検証しています。

(*61)このことの最もわかりやすい例は、「『教育勅語』抹殺の使命をはらんだ第二の憲法」教育基本法を『日本国憲法』と同時に制定した「ロスチャイルドGHQの文部大臣」田中耕太郎が、「日米安保の天王山1950年から1960年」に最高裁長官の地位に据えられ、1959年12月16日の「事実上、米軍太平洋艦隊司令部が書いた『砂川裁判・最高裁判決書』」をゴリ押しして「米軍駐留と『日本国憲法』の整合性」を「法的に正当化」したこと、そして最高裁長官退任2か月前の1960年8月18日に米国務省に国務省長官クラレンス・ダグラス・ディロンを訪ね、「国際司法裁判所判事立候補への支持」を「砂川裁判」への「褒章」として与えられたことでしょう。詳しくは、(*59)の参考文献をご覧ください。

経済主権たる「通貨発行権」は、「100%公共」の機関により、「経世済民」のために行使されなければならない__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[第1章②]


「国家の『通貨発行権』統制権を我に与えよ。さすれば、政治権力を誰が統制するかはさしたる問題ではない」____マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド


近現代における「通貨発行権」の主たる機能:

  • 「通貨」を発行すること
  • 「通貨発行益」を得ること
  • 「通貨」の発行量・流通量を決定すること
  • 「通貨」の価値を、金利の設定により決定すること

イングランド銀行、日本銀行、FRB の例に見るように、近現代の金融システムでは、「通貨発行権」は国家の金融・経済の政策決定権とともに「中央銀行」に集中され、

  • 「近現代的証券株式市場整備とその操作」
  • 「金利操作、証券・株式・労働市場操作」
  • 「融資先の取捨選択[「信用創造」の方向性操作]による成長産業の『通貨発行権力』による恣意的決定」

を行うことにより、国内経済を統制するのみならず、世界経済全体に影響を与える巨大権力となっている。

「中央銀行の中央銀行」BIS が、世界の「通貨発行権」を統合し、世界経済全体を統制している

「統合ヨーロッパの中央銀行」であるECB は、ヨーロッパ全体の「通貨」ユーロ発行の権力を統制し、EU 参加国全ての国内経済を統制するとともに、EU 圏全体の経済、ひいてはEU 圏と貿易通商関係にある全世界の経済に深く関与し、影響を与えている

経済発展途上国は世界銀行が統制し、経済破綻した国家の財政金融管理権・政策決定権を含めた「通貨発行権」は「IMF 国際通貨基金」の管理下に移され、事実上「主権を喪失した経済植民地」として統制される

全世界の「通貨発行権」は、「中央銀行の中央銀行」BIS を頂点とする「通貨発行権」統制システムによって一元的に管理されており、その「管理者」とは、この近現代の金融経済システムの「アーキテクト(設計・構築者)」、「金融皇帝」ロスチャイルドである。

ロスチャイルド新世界秩序カースト

20世紀初頭から、国際連盟・国際連合の発する「国際協調」「世界平和」の掛け声とともに、全世界の諸国の政府によって推進されてきた「自由主義/新自由主義貿易」「グローバリズム経済」とは、相も変わらず「奴隷労働」で「世界人類の0.01%」、ほんの一握りの「高利貸」と「グローバル・コングロマリット」ばかりに確実に最大利益をもたらし、富を集中させる「新帝国主義・基地植民地主義経済」「ねずみ講」に他ならない。

「通貨発行権」の本来的使命

本来、「通貨発行権」を行使する機関は、「真正民主主義」の中央政府或いは地方自治体と、その中央/地方政府に付属する中央銀行・公立銀行のような、「100%公共の機関」でなくてはならない。[「統合政府」]

「通貨発行権」行使機関の使命は、「ハイパー・インフレ」「デフレ・スパイラル」を防ぎ、国民経済・実体経済を健全な状態で成長・発展させるため、国民経済の「生産・消費」の状況を見ながら通貨発行量・流通量を調節し、中央政府/地方自治体は流通させる産業=公共事業の内容を吟味してインフレ/デフレを抑制し、無駄のない支出となるよう「統合政府」として機能することにある。

端的に言うなら、「通貨発行権」を持つ機関は、インフレもデフレも自由自在に起こせる。

現にそうやって、FRB は世界金融大恐慌、ニクソン・ショック、リーマン・ショックを起こし、日銀は市中銀行への「異常貸出・融資先特定の窓口指導」によって「昭和・平成バブルの狂乱と崩壊」を惹起し、その後の「デフレ・スパイラル」を30年間も維持し続けてきている。

インフレが行き過ぎれば緊縮政策で経済をデフレ方向に引き戻し、デフレが行き過ぎれば緩和政策で経済をインフレ方向に引き戻す___

「通貨発行権力」テクノクラートのするべき仕事は、繊細で洗練されたタッチを必要とするかもしれないにしろ、その基本原理はシンプルである。

「ハイパー・インフレの恐れがあるからデフレ脱却が難しい」と30年間も言い続けてきた日銀は、「通貨発行権力」テクノクラートとしての仕事を半分(インフレを抑えること)しかしていない。その使命を全うしていない。

それは「日銀の政策決定者がバカだから」でも「政府と財務省がバカだから間違った政策を日銀にさせている」のでもない。

「バカ」どころか、日銀は、「インフレ率2%を達成できない=デフレ脱却ができない」というギリギリの線で、日本経済の不況を維持するという超絶妙タッチの高等金融技術を発揮している。

日銀が掲げる「異次元緩和」という面妖な政策は、政府発行の国債を買い取ることによって「発行」(=「信用創造」)した通貨が大企業と金融業界ばかりに投資され、国民に渡った分も「生産のための投資」ではなく「借金返済」「預金」「税金支払い」に回され、「所得」を生み出さず、国民経済成長=GDP 成長につながらない。結局グローバル企業とその株主、ロスチャイルド、J・P・モルガンのような国債引き受け銀行とその株主だけに利益をもたらす仕組みになっている。[「株主権の尊重」]

日銀と日本政府は、「デフレ脱却しない」という「未必の故意」と、「プライマリー・バランス_財政健全化(国の財政赤字脱却)」という欺瞞・虚構に基づいた緊縮政策・消費増税という国民経済破壊・国民総貧困化政策を行うことにより、ロスチャイルド国際金融軍産複合体におもねるグローバリズム帝国主義・植民地主義経済推進に邁進している。

ロスチャイルドのGHQ が設立した経団連・経済同友会とともに、その政策委員会が「日本政府の上位」にある日銀は、「政府の子会社」などではなく、「ロスチャイルドの中央銀行の大番頭」である

明治維新・日銀設立をロスチャイルド融資・ロスチャイルド指示で行ったときからロスチャイルド日本経済侵略幇助=外患誘致を組織的に犯してきた「売国集団」日本政府は、日本国民のために働く「公僕」でも「国民の代表」でもない、ロスチャイルド国際金融軍産複合体の「基地植民地」日本=「ロスチャイルドの債務奴隷」日本の「奴隷頭」、「ロスチャイルド金融マフィアの三下」にすぎない

「通貨発行権」という国家主権が「私人」に私有・独占・統制されている事実、国家を政府・国民ごと「植民地奴隷支配」されているという事実を国民が知らされず、搾取され放題の世界に、民主主義などあろうはずがない。

 

 

「真・天皇機関説」と「世界倫理オンブズマン」が、「金と権力」の暴虐を許さない「至高の権威」で「通貨発行権」の私人による独占統制を永久に廃し、日本と世界の庶民を「無自覚の債務奴隷」の軛から解放する___『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版5/5]

昭和天皇 礼装
昭和天皇

「八紘一宇」という「世界一家族主義」、「世界の庶民ファースト」「世界の諸国ローカル・ファースト」と「公平公正」「公議公論」の「真正民主主義」「国民経済優先主義」で、ロスチャイルドの詐欺・陰謀の真実を、世界の諸国民とともに検証する

ロスチャイルドは、「通貨発行権」という、誰も知らない「金と権力の統制メカニズム」を、世界の諸国の中央銀行を私有・独占・統制することによって掌握し、世界人類を国家ごと「債務奴隷」にする「戦争金融サギ」を仕掛け、国連をフロントとする「新世界秩序」と呼ばれるロスチャイルド金融帝国独裁体制を、現実の世界政治経済システムの「裏側」に構築した

「ロスチャイルド『通貨発行権』私有・独占・統制」の告発・検証・永久禁止によって、瀕死の世界経済は完全回復し、戦争・テロは根絶され、「移民問題」「南北問題[貧困・国家間格差]」「歴史問題」「憲法と民主主義の問題」………世界のあらゆる重大問題も、全て解決する

ロスチャイルド/グローバリスト金融権力に潰された、独立前のアメリカ植民地13州や江戸幕藩体制下諸藩の「政府・国民に債務の発生しない地域通貨」発行による「地産地消・循環型地域経済」の成功・繁栄に見るように、「通貨発行権」は本来、国民・地域住民のニーズと経済規模を忠実に反映する国家/地方政府によって、インフラ整備・公共事業など、国民・地域住民全体の福祉・健康・安全・快適のために行使されるべきものである。

ところが、ロスチャイルドが設計・構築した現在の世界金融経済システムの下では、ロスチャイルドの「通貨発行権」掌握によって、世界の諸国の政府が、悉く「グローバリズム帝国主義・植民地主義経済推進」「国民貧困化・債務奴隷化」というロスチャイルドの「全世界金融経済侵略」「世界の諸国の主権侵害」の幇助者・共犯者となって、ロスチャイルド「イルミナティ」「スカル&ボーンズ」が本体のCIA/MI5・MI6/モサド、ロスチャイルドが創出した国際共産主義、民族主義、超国家主義などの過激政治運動体、ロスチャイルドの融資で統制される財界・学界・言論界とともに自国民をペテンにかけ、国連・BIS・IMFをフロントとする「新世界秩序」ねずみ講の浅ましい「中間搾取者」となり、ねずみ講ピラミッドを下方に拡大するために邁進している。


日本国民が知らないうちに日本企業の90%の大株主となっている日本銀行は、明治維新・日本銀行設立で日本経済侵略幇助[外患誘致罪]をさせて以来ロスチャイルドが「下僕」として使役する日本政府と天皇とで半々に所有した株を、ロスチャイルドGHQ『日本国憲法』第88条で天皇の私有財産を没収してからは、「政府55%、民間45%」と称しながら100%統制する、イングランド銀行、FRB、ECB、BISと同様の「ロスチャイルドの中央銀行」である。

日本銀行は、幕末維新の時、幕府側を支援していたフランス・ロスチャイルド家第4代当主アルフォンスが、フランス蔵相レオン・セーを通じて、1877年渡欧した松方正義に指示して設立させた

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日本銀行

「日本銀行はわが国唯一の中央銀行です。日本銀行は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではありません。」

日本銀行HP『日本銀行の概要』 https://www.boj.or.jp/about/outline/index.htm/)


ロスチャイルドGHQが「占領前の」1942年(日米戦争開戦1年後の昭和17年)に作った法律「日本銀行法」(1997年、ロスチャイルド金融連合指令による「金融ビッグバン」とともに全改正)により「認可法人」と定められた日銀は、株主名も配当金額も公表する義務を持たない「秘密組織」である。

日本は明治維新以来、「通貨発行権」をロスチャイルドに統制される、ロスチャイルドの「経済植民地」であった

55%の日銀株を保有する「政府」とは具体的に誰なのか、いくらの配当金が、いつ、誰にどのように支払われ、どのような目的に使われているかを、一切公表する義務がないと口を拭ってきた日銀と政府は、民主主義と日本国民の人権を完全に蹂躙するとともに、重大横領罪も犯している可能性がある。

明治維新・日本銀行設立が、ロスチャイルド「世界戦争金融サギ」の一環、中国経済侵略・アヘン戦争に続く日本経済侵略の幇助・外患誘致であった事実、「明治維新の志士」の系譜を継ぐ近代日本の政治権力が、悉く「革命政権融資者」ロスチャイルド国際金融連合の人事で動いてきた事実を正しく認識しない限り、「日銀は政府の子会社」という言説の欺瞞が理解できない_日本政府は日銀の「丁稚」「広報係」に過ぎない。

日銀も、FRBも、イングランド銀行も、BISも、世界の中央銀行は全て「ロスチャイルド国際金融コンツェルンの子会社」である

日本銀行設立に8年遅れて制定された大日本帝国憲法は、古来日本と世界の民を「大御宝(おおみたから)」と呼んできた「万世一系の万民の父母」「至高の権威」天皇に、立憲君主の「不裁可権・拒否大権」を与え、政体三権[立法・行政・司法]と「第4の権力」言論機関に等しく「公僕」「公器」として、国民を護り、国民のために働く義務と責任を負わせる役目を果たしていたから、戦前の日本はロスチャイルドの思うような「理想の植民地」にはならなかった。

ロスチャイルド国際連合が、「南京大虐殺・中国侵略」の誣告を根拠に、武力の強圧を背景に不法に制定した『日本国憲法』は、天皇の「政治権力のチェック機能」=「至高の権威」と「日本の独立国家主権」を無効化・有名無実化するとともに、日本国民が、日本と世界の諸国民をロスチャイルド「新世界秩序」の植民地奴隷の軛から解放し、ロスチャイルドから世界の「通貨発行権」=経済主権を奪還する「正義と誠」の源=日本精神を、完全否定・圧殺している。

日本国憲法公布原本
ロスチャイルド金融「謹製」の偽憲法『日本国憲法』

「『日本国憲法』と日米安保、国連憲章『敵国条項』の無効事実」の周知と国連脱退宣言によって、日本と世界の諸国民は「戦後レジームからの脱却」「ロスチャイルド『新世界秩序』打倒」の大義を知る

「真正民主主義」に覚醒した世界の諸国民の政府が、「至高の権威」の監視の下、「国民の中央銀行」に命じて発行する「債務の発生しない『政府通貨』」と、世界の諸国の諸地域が、地産地消の循環型経済で地域ごとの「実体経済」発展を目指して発行する「地域通貨」の両輪で、世界の諸国民が、債務や重税に苦しむことのない、誠実な努力が必ず報われる、安全で快適な社会を実現する


【PHASE 9_ロスチャイルド「マネー」イリュージョン】

戦争は、ロスチャイルド金融連合の投資銀行が国家に戦費を貸し、或いはロスチャイルドの中央銀行が政府発行の戦時国債を引き受けて政府と国民に債務を課し、税金から利息を取り、ロスチャイルド国際金融軍産複合体が国家に武器を売って儲けるために、ロスチャイルドの「人心攪乱部隊」国際共産主義者、超国家主義者とマス・メディア、ロスチャイルドの「暴力装置」CIA/MI6/モサドが起こす。

貧困は、ロスチャイルドが中央銀行の「通貨発行権」を私有/独占統制し「信用創造」のトリックを私用・悪用して国民経済を破壊する「グローバリズム帝国主義・植民地主義経済」「ねずみ講サギ」を周知せず、放置する限り、根絶できない。

戦争貧困も、日本と世界の諸国民が250年にも亘って「詐欺師/イリュージョニスト」ロスチャイルドに騙されていた、という苦い事実をはっきりと認識し、ロスチャイルド「通貨発行権・信用創造サギ」「戦争金融サギ」と「『新世界秩序』ねずみ講サギ」を告発することのみが、根絶することができる

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George Orwell

「欺瞞が蔓延する世界では、真実を告げることが革命的行為となる」In a time of universal deceit — telling the truth is a revolutionary act.___George Orwell

ジョージ・オーウェルは、『アニマル・ファーム』『1984』でロスチャイルド「新世界秩序」全体主義の世界人類総奴隷化に警鐘を鳴らした。

「経済主権」である「通貨発行権」の、私企業による行使の始まり

そもそもの経済の歴史の初めから、両替商・銀行・金融業者は、預金者のお金を勝手に「運用」する形で「コイン」「銀行券(Bank Note)」=「地金との引換証」を発行し、それを「又貸し」したうえ、「悪徳行為」としてあらゆる宗教が禁止していた「利子」をとり、「利ざや」で儲けるという詐欺行為で成り立ってきた。その「悪徳・犯罪行為」を銀行業者間で隠蔽し、「取り付け騒動」の時には融通しあうため形成した「秘密の銀行カルテル」を、トラスト化して、国家を顧客にして「格上げ」肥大化したものが、中世の英国で始まった「通貨発行権」の私有・独占・統制を可能にする「中央銀行」の正体である。

  • 1694年_英国で、「政府の財政管理」「紙幣発行」「国債市場整備」を、国王の認可を受けて行う「初の近代的中央銀行」として、「株式会社 イングランド銀行」が、ウィリアム・パターソンらによって設立される

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ウィリアム・パターソンは、「第二次百年戦争」の戦費調達に悩む英国政府に、「民間から集めた」125万ポンドを8%の利息で貸し付ける財政計画を持ち掛け、「その資金総額を上限とする[100%の地金の裏打ちのある]紙幣の発行」許可を、国王から得た。[「通貨発行権」の私企業への委任]

17世紀の英国では、30年戦争、清教徒革命、名誉革命……度重なる戦争と革命で、その財政は疲弊し、国王の正統性が揺らいで絶対王政の終焉をもたらした。

「権威」を喪失した国王が、「経世済民」の手段たるべき「通貨発行権」を、「国民への説明責任のない」私人の営利追及団体に与えた。

これが、19世紀に「新世界秩序」という新・世界植民地奴隷カーストロスチャイルド国際金融ねずみ講を形成してゆく「通貨発行権」の、私企業による私有・独占・統制システムの嚆矢であった。

「株式会社イングランド銀行」に「通貨発行権」を委任した国王は、明らかにウィリアム・パターソンら銀行家が、125万ポンドの「お金の現物」を金庫に持っていて、それを英国政府に貸している、と思い込んでいた。だから「その資金総額分の兌換紙幣の発行」に限り、許可したのだ。しかし現実には、「イングランド銀行」の金庫には75万ポンド分の地金しかなく、パターソンら銀行家は国王と国民の「貨幣に関する勘違い」を故意に訂正せず、国王と国民は、「無」から創出された125万ポンドの「債務」に対し、8%の「利子」を払わされる「ペテン」にかかった

現在、全世界の中央銀行とECB、「中央銀行の中央銀行」BISの統制権をロスチャイルド銀行に掌握されている世界は、17世紀英国王と同様のペテンにかかっている。

Money Image

ロスチャイルド中央銀行の「信用創造」サギ

「信用創造」とは、「お金(貨幣・マネー)」という、必ずしも実体を伴わない「概念上の経済ユニット」を、「無」から作り出すことである

2008年の所謂「リーマン・ショック」で、620億ドルの損失を出した保険会社AIGに対し、アメリカ合衆国の中央銀行 FRB は、2008年9月16日の850億ドルを皮切りに2009年3月までに4回の損失補填を行い、総額1600億ドルで救済した。同時期9月14日にはメリル・リンチが、9月15日には創業158年のリーマン・ブラザースが相次いで破綻していたが、「経済全体への影響が大きい」ことではAIGと全く同条件の両行は救済せず、「銀行」ですらないAIGを、FRBはなぜ救済したのか?

2009年3月15日、FRBは前代未聞の議長のオンエア・インタビュー(『60 Minutes』米国CBS)をFRB本部で行い、ベン・バーナンキFRB議長(2006年~2014年)がこの間の事情についてスコット・ペリーの質問に答えた。議長の説明は、時に矛盾に満ちており、聞くものを納得させるものではなかったが、「損失補填」の実際の説明は、「信用創造」の核心に迫っていた。


Ben Bernanke Explains

バーナンキ「沢山の人々が、[メリル・リンチとリーマン・ブラザースを]『潰してしまえ』と言いましたし、市場原理に任せるなら、それは避けられないことだということは、分かりきったことでした。リーマン・ブラザースの件で、金融危機の最中にトップクラスの国際的巨大企業を破綻させるべきではない_[連鎖的に多くの銀行が破綻してしまう]_ということが証明されたわけですが、[メリル・リンチとリーマン・ブラザースを救済しなかったこと]は「失敗」ではありませんでした。救済の術がなかったのです。仕方がありませんでした。FRBは資本を『[金融]機関 (institution)』に投下することはできないのです。私達にできることは、[AIGの場合のように]価値のある担保に対して貸し出しをすることだけです。」

バーナンキ「AIG救済は、[FRBが]この18か月間にしたことのうち私個人にとって最も腹立たしいことでした。アメリカ国民が怒るのは当然です。国民の税金が、危険なギャンブルをした会社の立て直しにつぎ込まれるのですから。全く不公平この上ない。しかし、合衆国経済全体にも影響が及びそうであったため、やむをえませんでした………。」

ペリー「[一連の損失補填には]国民の税金が使われているのですか?」

バーナンキ「いえ、国民の税金ではないのです。[中央銀行が市中銀行にお金を貸すとき、中央銀行は]ただ単にコンピューターを使って[当該市中銀行が中央銀行に持っている口座に]貸出金額を打ち込むだけです。それは、『お金の貸出』というよりむしろ『紙幣の印刷』に近いものです。

(インタビュー・英文スクリプトからの抜粋・ブログ筆者拙訳 https://www.realclearpolitics.com/articles/2009/03/bernanke_60_minutes.html)


悪徳企業 AIG の損失補填のため、FRB は1600億ドルという、米国家予算の5%にもなる巨額の「お金」を、「無」から創造して貸し付けた。[「信用創造」]

バーナンキの言うとおり、FRB が AIG に貸し付けた「お金」は、貸付[「信用創造」]の時点では「国民の税金ではない」のだ[支出の先行(「スペンディング・ファースト」)]。しかしながら、FRB – Federal Reserve Board 連邦準備理事会は、AIG への損失補填を、連邦政府の金融政策として行ったのであるから、この1600億ドルは、「連邦政府が FRB から利息付きで借りたお金」つまり、「連邦政府のFRBへの借金の利息を、米国民が連邦政府への税金で払う義務を負う『債務』」である、ということになる。

「[中央銀行である]FRB は[メリル・リンチ、リーマン・ブラザースのような]金融機関に『資本投下』できない、AIG は魅力ある担保を持っていたので貸付が可能だった」とバーナンキ FRB 議長はいうが、同じロスチャイルドの中央銀行・イングランド銀行は、やはりリーマン・ショックで破綻した「RBS – Royal Bank of Scotland」に対し、200億ポンドの損失補填をして救済し、「英国民のイングランド銀行への負債」を創出した。

Lehman Brothers Sep 15 2008

「リーマン・ショック」で破綻したとき、1850年創立のリーマン・ブラザースは世界的な金融機関であり、政府債券の引き受けも行う、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メリル・リンチに次ぐ米国第4位の投資銀行であった。この4行は全てロスチャイルド系銀行であり、「リーマン・ショック」後にリーマン・ブラザース、メリル・リンチが買収されたのもバークレイズ、野村・ホールディングス(日本、香港、オーストラリア支店)とバンク・オブ・アメリカ_そうではない銀行を探すのは難しいが_これも全てロスチャイルドの統制下にある銀行・金融機関であった。要するに、1929年の世界金融大恐慌を始め、近現代のあらゆる金融恐慌がそうであったように、「リーマン・ショック」もまた、ロスチャイルド「通貨発行権力」が仕組んだ、世界の諸国民に債務を負わせながら行う「ロスチャイルド財閥拡張再編」にすぎなかった。

ワーテルローの戦いとロスチャイルドのイングランド銀行支配

ナポレオン戦争を、イングランド銀行をも上回る額で両面融資し、短期間でヨーロッパ各地の戦場の軍隊に直接金塊を届ける能力のあったロスチャイルド5人兄弟の金融・情報・運輸ネットワークは、1815年6月18日のワーテルローの戦いの帰結__ウェリントン将軍の英蘭普連合軍の勝利__を、ウェリントンその人のメッセンジャーがロンドンに到達するよりも24時間も早く、知ることができた。

NM Rothschild

「金融王」としてのし上がりつつあるロンドン・ロスチャイルド家のネイサンが、その日、浮かない顔で英国債を「売り」に出しているのを見たロンドン証券取引所の投資家たちは、「ウェリントン敗北」と信じ込み、我先に英国債をたたき売る。当然、英国債は暴落。紙くず同然になった英国債を、ネイサンは秘密の代理人を使って大量に買い漁った。その翌日、「ウェリントン勝利」の報が伝わると、英国債は反転暴騰。ネイサン・ロスチャイルドに約100万ポンドの利益をもたらし、その1日の儲けだけで財産が2500倍にも膨らんだ。

ロスチャイルドは、国債市場を操作し、国家予算級の巨利を得て、イングランド銀行とロンドン証券取引所_国際金融の中心地「ザ・シティ」そのもの_の支配権を確立した。

「ワーテルローの戦いの、本当の勝利者はロスチャイルドであった」と、ヨーロッパの人々は語り継いだ。


「UK には『金融財政[決定権]finance 』がありません。「ザ・シティ」が持っているのです。そして、「シティ」は UK の一部分ですらありません。衝撃的な事実です。EU には民主的選挙がありますが、シティにはないので、EU の一部でもありません。シティ独自の選挙で票を投じるのは、シティの銀行家達ですから。英国女王は、[ロンドン市長とは別人である]シティ・オブ・ロンドンの市長の許可なしにシティに立ち入ることもできません。女王は「シティ」の主権者ではないからです。」 ”The U.K. does not have ‘finance’_ The City of London has. And [The City] is not  part of U.K._ [it] is outside of the [U.K.].It’s really shocking. It is not part of EU [either] because [if it is] you have to have democratic elections and The City doesn’t. It’s the banks [in the City] who have the vote [for the City’s own election]. The Queen cannot enter [The City] without [The Lord Mayer of The City’s] permission. She is not its sovereign.” _『円の支配者』著者リチャード・ヴェルナー


UK 政府から独立した金融経済政策決定機関である「シティ」の支配者となったロスチャイルドは、政府への大きな影響力を発揮し、1844年、「通貨発行権」をイングランド銀行に独占集中させる「ピール条例」を可決・施行させる。

「通貨発行権」を持つものは、通貨の発行量・流通量及び金利を決定し、通貨の価値を左右し、融資=「信用創造」に方向性を与えることによって全ての産業・商業の盛衰を恣意的に操ることができる

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「『神の』見えざる手」?

近現代の国債証券株式取引市場は、「アーキテクト(システム設計者)」であるロスチャイルドら金融テクノクラートによって、まるで「[神の]見えざる手」が起こす「自然現象」であるかのように、巧みに操作される___それがアダム・スミス『国富論』の「見えざる手」の本当の意味である。

ロスチャイルドの世界金融大恐慌惹起と金為替本位制操作 

1929年の世界金融大恐慌も、ロスチャイルドの私企業 FRB による株式市場操作、緊縮政策と国際金本位制操作によって惹起・拡大され、世界各国がロスチャイルド「世界戦争金融サギ」のプロットに沿って翻弄された。


《金本位制と国際的不況》「[………]第一次世界大戦の間は停止されていた国際金本位制が、綿密な計画の下、1920年代に金為替本位制』という『改造版』となって再設置された」

『国際金本位制』に則る国家間では、原理原則として、固定為替レートを維持することが要求された。更に、恐慌当時、国際金本位制国家群において、米国経済が(フランスの競合はあったものの)覇権的であったため、追従する国々は、米国と同様の通貨発行量緊縮・デフレに合わせることを強制された」

《The Gold Standard and the International Depression》
「[The] international gold standard, which had been suspended during World War I, was laboriously rebuilt during the 1920s (in a somewhat modified form called the gold-exchange standard). Countries that adhered to the international gold standard were essentially required to maintain a fixed exchange rate with other gold-standard countries. Moreover, because the United States was the dominant economy on the gold standard during this period (with some competition from France), countries adhering to the gold standard were forced to match the contractionary monetary policies and price deflation being experienced in the United States.」

Remarks by Governor Ben Bernanke, At the Conference Honor Milton Friedman, University of Chicago, Chicago, Illinois, November 8, 2002, On Milton Friedman’s Ninetieth Birthdayhttps://www.federalreserve.gov/BOARDDOCS/SPEECHES/2002/20021108/ )


いつの間にか「金『為替』本位制」にすり替わって、実質「米ドル本位制」の性格を持った金本位制を、「金融アーキテクト」ロスチャイルドは、宗主国が植民地に課する不平等条約のように利用し、その「ON/OFF」のタイミングを指示・強制することによって、どの国がいつ恐慌から回復するか、いつまで恐慌のダメージを引きずるかを、コントロールしていた。

【PHASE 10_ロスチャイルド金融連合の対日包囲網_世界金融大恐慌の嵐のただ中で「日露戦争債」を「満州事変・支那事変/『太平洋戦争』債」に借り換えさせた「戦争金融サギ」】

高橋是清
日露戦争以来のロスチャイルド金融担当_高橋是清

日本は、高橋是清の卓抜した「プレ・ケインズ的積極経済」「リフレ政策(当時はインフレ政策と呼ばれた)」のおかげで、世界金融大恐慌からの「早期回復」に成功したことになっているが、その実、ロスチャイルド金融権力の「金本位制コントロール」下の非白人国=「経済植民地」として、「満州・中国侵略」の冤罪を着せられたうえ、散々に搾取されつくしてロスチャイルドへの借金を増やした、というのが現実に起こったことの真相であった。


以下に、富田俊基『1930年代における国債の日銀引き受け』を基に、ロスチャイルド国際金融連合の「金本位制サギ」のカラクリを俯瞰する。

  • 1917年9月_他の「金本位制『条約』締結国」同様、日本が金輸出禁止[金本位制停止]
  • 1930年1月_金輸出解禁[金本位制再開]_同時に、1928年開設の野村證券ニューヨーク出張所で、6.5%利付公債の日本本店買い注文が10万ドル単位で連日殺到
  • 1930年2月_選挙で「金解禁で景気回復」「緊縮財政」を謳った浜口雄幸の民政党が躍進
  • 1930年5月_日本政府が、償還期限の迫った第2回4%利付英ポンド建て公債[1905年11月発行の「日露戦争債」]を、5.5%利付(クーポン・レート。複利計算では6.2%)60年公債_米ドル建て7100万ドル、英ポンド建て1250万ポンド、合計2億6,440万円_に借り換え[1924年2月の、クーン・ローブに替わって日本の国債引き受けとなった米ロスチャイルド代理人 J・P・モルガンへの6.5%利付米ドル建て公債 1億5000万ドル(約3億円)及び6%利付英ポンド建て公債 2500万ポンド(約2億4400万円)合計5億4,500万円(手数料を引くと手取りは 86%の 4億6,600万円)の「関東大震災公債(正式名称は震災善後処理公債)」に続く、「第2の国辱公債」

「この借り換えを円滑に行うことも、金解禁を実施した有力な要因の一つとされている」

  • 1931年9月18日_柳条湖事件[ロスチャイルド国際共産主義コミンテルンの策動による「満州事変」勃発]
  • 1931年9月20日_英国が金本位制離脱[「満州事変」で、ロンドンの日本国債に大きなリスク・プレミアムが課される_英貨日本国債暴落]

野党政友会が、「民政党の金解禁不況」を批判

  • 1931年12月11日_若槻内閣総辞職[幣原喜重郎「平和外交」とワンセットの「国際均衡優先」の井上財政に幕]
  • 1931年12月12日_犬養毅政友会内閣成立[翌13日日曜日に金輸出禁止閣議決定]

「高橋積極財政期」_管理通貨制度への移行[戦争統制経済]

  • 1932年11月_国債の日銀引き受け開始[日銀による「戦争準備」国債の市中売却は数年の間順調に運ぶが、1935年下期に変調_国債減額=軍事費削減が軍部の反発招く
  • 1936年_「反ユダヤ金融」がらみの「2.26事件」で高橋是清、殺害さる[この直後に公定歩合引き上げ_3.5%利付公債、再び順調に市中消化始まる]
  • 1937年7月7日_再びコミンテルンの策動により盧溝橋事件_支那事変勃発[コミンテルン近衛文麿が、ロスチャイルド代理人「スカル&ボーンズ」毛沢東の計画通り、「国民党政府を対手とせず」声明発表などにより日中戦争泥沼化を策謀_「戦時体制・大政翼賛経済」に突入]

「[………]国債消化策も強化され、経済規模を上回る国債が「順調に」消化されていった資本移動規制によって鎖国した日本経済に国債を詰め込んだのである」

「規制された国内の国債市場では、終戦に至るまで金利は低位安定を保ち、大量の国債が消化された。しかし、ロンドン市場でのポンド建て日本国債の金利は、すでに1931年9月以降の満州事変で大きく上昇を始めた。すでにわが国の敗戦とその後のインフレを予想していたかのようである

(『1930年代における国債の日銀引き受け』富田俊基 『知的資産創造』2005年7月号 )


「9.11」のわずか数日前に、「ハイジャックされ、ワールド・トレード・センター・ビルやペンタゴンに激突した」せいで「9.11」後に暴落したユナイテッド航空やアメリカン航空等の株が、異常に大量に「プット・オプション」で買われていたという事実があるが、「満州事変」前の日本国債にも、同様のことが起こっていた

また、ロスチャイルド金融権力は、「満州事変が起こる前に」、英ポンド建て「日露戦争債」を、「関東大震災公債」のように英ポンド/米ドル・マルチ外貨建ての「満州事変・支那事変債、『太平洋戦争』債」として高利で借り換えさせ、明治維新以来、ロスチャイルド極東連合の「経済植民地」であった日本の「宗主権」を、「これから起こさせる日米戦争『太平洋戦争』」で、「最初から決定済みの敗戦」の後、表向き米国に移譲するための「変換装置」とした。

国民から隠蔽されている、今も続いているロスチャイルドGHQの「日本占領」の真実

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GHQ 司令部として接収された第一生命ビル

占領軍 GHQ の本当の支配者はマッカーサーではなく、「経済植民地日本の新しい『総督』」米ロスチャイルド連合の投資銀行/武器商ディロン・リード、「宗主」ロスチャイルドとその代理人 J・P・モルガン、そして「統治執行官」ロスチャイルド「スカル&ボーンズ」CIAであった

  • クラレンス・ダグラス・ディロンディロン・リード会長米国務省副長官「砂川裁判・最高裁『米軍基地合憲判決』」の黒幕1960-1962 GATT「ディロン・ラウンド」責任者JFK の軍事政策顧問としてベトナム戦争を強硬推進
  • ジェイムズ・フォレスタルディロン・リード社長、米国防省長官SWNCC 三人委員会の一人「ポツダム宣言」「日米安保」起草者)
  • ウィリアム・ドレイパーディロン・リード副社長、米戦争省副長官GHQの実質的政策決定者「日米安保」起草者
  • L・E・バンカー元モルガンGHQ/SCAP副官
  • ヘンリー・スティムソン「スカル&ボーンズ」OSS(後のCIA)創設者の一人、SWNCC 三人委員会の一人、1929~1933年国務長官、1940年に陸軍長官「スティムソン・ドクトリン」「ポツダム宣言」起草者
  • ジョゼフ・ドッジGHQ経済部顧問ドレイパーの「盟友」「ドッジ・ライン」起草者、「池田ミッション」
  • コーデル・ハル(1980年代にディロン・リード顧問、日米開戦時の「ハル・ノート」起草〈実質起草者はコミンテルン・スパイのハリー・デクスター・ホワイト〉1944年まで米国務省長官ジェイコブ・シフの親戚「国連憲章」起草者
  • ジョゼフ・グルー(元駐日大使、ACJ「American Council on Japan 米対日評議会」ジョン・モルガンの従兄弟でモルガン・グレンフェル代理人妻アリスは「黒船」ペリー提督の兄オリバーのひ孫=ロスチャイルドの親戚
  • ハリー・F・カーンCIAACJ 対日評議会「自称」創設者、『Newsweek』外信部長、岸信介ら日本政府要人の「監視役」ロスチャイルドの「フランクフルト・ゲットーからの血盟」カーン一族
  • コンプトン・パッケナム(日本生まれのコミンテルン・スパイACJ 対日評議会、『Newsweek』東京特派員、岸信介の英語教師/選挙工作員
  • ジェイムズ・リー・カウフマンディロン・リード債権執行代理人/弁護士ACJ 対日評議会GHQ批判「カウフマン報告」を『Newsweek』に掲載、元東京大学教授)
  • ジョン・フォスター・ダレス米国務長官顧問対日講和条約交渉団代表国連憲章原案起草者弟アレン・ダレスは「JFK に首にされ『JFK暗殺を共謀』したCIA長官 1953-1961」ロバート・ランシングは叔父妻がデイヴィッド・ロックフェラーの従姉妹
  • アヴェレル・ハリマンACJ 「Allied Council on Japan 連合国対日理事会」[極東委員会の出先機関]設置者、元駐ソ連大使、『Newsweek』大株主、満州の鉄道利権を狙う米国鉄道王、クーン・ローブが「財務管理」

ACJ 連合国対日理事会会員:

  • ロックフェラーのスタンダード・オイル
  • 戦後の原発政策に関わってくるモルガン系GEウェスティング・ハウスなどの経営者
  • ロスチャイルドのFirst National Bankのジョン・L・カーティス 等

日本の「真珠湾の卑怯撃ち」以前から、「天皇制の温存」など「戦後の日本占領政策」の要諦はグルー、スティムソンらによって話し合われていた

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1920年代・30年代からヒトラー・ナチスの外債の3分の2、ソ連と日本の公債引受人となっていたディロン・リードは、連合国占領軍の「経済総司令官」としてドイツと日本に乗り込み、「経済基地植民地」として来る「東西冷戦」の東と西の最前線・橋頭堡として両国を最も効率的・最大限に搾取できるよう、中央銀行法[日銀法]、金融業法などを施行・改正させ、GHQ内「ニューディーラー」達の反トラスト_財閥解体[集中排除、「民主化・非軍事化」]をマッカーサーの頭越しに換骨奪胎させて事実上中止させ、日本財閥の米ロスチャイルド連合への吸収再編成を行った

明治維新で勃興したロスチャイルドの日本財閥・三菱を中心に、日本銀行の核となった三井、住友などが米国ロスチャイルド金融連合に完全に組み込まれた


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以下に、『渡辺武日記 対占領軍交渉秘録 大蔵省財政史室編』に基づき、ディロン・リードによる「日本経済占領」の要諦を俯瞰する。

「占領下日本の経済政策についての立案者の中心人物は、おそらくドレイパー将軍であったと思われる。」(p. 683 「著者の回想」)

  • 1947年8月21日_ディロン・リードの「非公式」代理人ジェイムズ・リー・カウフマンが首相官邸にて来栖大蔵大臣(ディロン・リード役員としてのドレイパーと、13年来の旧知の仲)、池田隼人次長、櫛田理財局長、長沼弘毅管理局長、日銀加納理事、山本弁護士、渡辺武大蔵省終戦連絡部長と会談

「敗戦国日本」への、GHQの本体であるロスチャイルド連合ディロン・リードの、「対日債権行使[借金取り立て]の方針」が、ここに発せられる

「(K)ヂロン・リード[原文ママ]として今直に厳格な態度で外債問題の処理を迫る考はない。ただ戦時中に行はれた事に付て知りたがって居る。自分は外債処理法を見たが担保権の消滅が債権者としては大問題なり。」(1947年8月21日、p. 112)

戦時中の戦時統制経済体制下、政府の設備命令、生産命令などによって生じた民間の負担を政府が統合して補償することになっていた。ディロン・リードGHQは、その900億円にも上る政府債務補償の打ち切りを命令し、民間の補償請求額に対し100%の課税を要求した。

日本を、自ら起こした戦争に引きずり込んだ張本人が、「戦争は引き合わないものだ、戦争に協力したものが補償を受けることは認められない」という恥知らずな偽善を振りかざしたうえに、事実上日本に主権を放棄させた『日本国憲法』と「日米安保_講和後の米軍『占領』継続」と同様に、これを「[GHQの]命令としてではなく、日本政府の発意に基づく措置として実行しろと迫った」(p. 677「著者の回想」)のだった。

[1947年8月25日、(1)(2)省略](3)債務者は政府より旧債務者の承継人に戻すこと。(4)担保権回復の申請は、bondholder[ディロン・リード]より Fiscal Agent[以下 F. A.、ロスチャイルド]に請求して F. A. をして為さしめ若し F. A. が躊躇するにおいては bondholder より直接為すこと」(p. 114、カウフマンが栗栖蔵相と渡辺に申し渡す)

ディロン・リードは、「新規公債発行/引受人選定は必ずディロン・リードを通せ」と命令して、日本に『経済主権・管財権』がないことを強調した

「new loan はしかるべく Dillon, Reed [原文ママ、Read が正しい綴り]あたりへ連絡すべし」(1947年8月29日、カウフマン第4回会談におけるカウフマンの発言 p. 118)

ロスチャイルド金融連合は、極左「ニューディーラー」のウェルシュやケーディスが、日本の財閥徹底解体・廃止を目指して立案した「集中排除法」を、ロスチャイルド NCB「ナショナル・シティ・バンク」支配人チェンバレン(私人)へのドレイパーからの電報による直接指示によって、財閥解体の「肝」である金融業・保険業への適用を除外させて完全に換骨奪胎し、事実上「財閥解体中止」、カウフマンが「独占禁止法」から外国企業への適用除外をウェルシュに言明したうえ、『極東委員会指令230号』に見られるようなGHQの「行き過ぎた社会主義思想」を批判した所謂「カウフマン報告」を米『Newsweek』1947年12月1日号に掲載して「悪しき GHQ 極左政策から日本を護った善き GHQ(ディロン・リード)」というストーリーで「迫りくる国際共産主義の脅威」を演出して見せ、日本と米国の国民をたばかった。[ロスチャイルド「スカル&ボーンズ」が常套とするヘーゲル弁証法「止揚」効果]

[集中排除法]の問題は完全に high level の政治的問題なるを以て、Welsh, Kades 等の[職権的に低い]level の言動に左右されてはならない。自分はこの問題に付ては正式の意見を述べる唯一の qualify された人間は Marquat[ESS 局長]であるから、栗栖氏が Marquat を訪問して率直に意見を聞き、どの程度のことは必要かといふことをはっきりさせて片山総理に報告すべきである[と思う]。下僚の意見は狭い見地から申して居ること故とりあふ必要なし。」バンカー SCAP 副官が1947年11月21日の面会時に渡辺に。p. 149)

ディロン・リードは、日銀を「FRB『連邦準備制度』方式の株式会社」にするつもりだった

[1948年8月9日、マッカーサーからワシントン打電、8月17日に日本側内示の『金融業法』案によると]大蔵省から通貨及び信用政策等の監督権限を切り離して、別個の行政委員会を作って、これが紙幣の印刷、為替管理、保険会社、預金部、農林中金等を所管することになっていた。また、日銀は株式会社とし、その議決は日本の銀行が一行1票をもって行なうというようなものであった。」(p. 678「著者の回想」)

国民が選挙した国会議員の内閣が主導する行政実務機関・大蔵省から「金融経済政策決定権」を切り離し、「国民への説明責任を持たない民間法人=私人」たる中央銀行の政策委員会に委ねること、しかもその事実を国民から隠蔽することは、民主主義の蹂躙を意味している。そして、『日本国憲法』で主権を喪失した「敗戦奴隷」日本には、それに抵抗する権利は何も与えられていなかった。

[1948年9月1日、このGHQ『金融業法』案について、GHQとの定例会見で、北村蔵相は]政治と経済政策を分離することは政党政治の建前上問題ありといふ。Marquat は経済の安定が第一で政治を弄ぶのはそのあとの問題なりとし、内閣更迭毎に通貨政策が変わるのはこまる。対日援助が不要ならば別であるが必要といふならこの方針をとり入れてほしい[………]といふ。」(p. 259)

ロスチャイルド/ディロン・リードGHQは、「日本国民の命が惜しければ言うとおりにしろ」と脅迫して、「民間=私人」であるロスチャイルド・コンツェルン金融テクノクラートの日銀「通貨発行権」統制支配を、まんまと「法制化」した

[ディロン・リード代理人であるドッジは]金融業法は出さないこととし、その代わりに日銀を改組して政策委員会というものを作るという決定を下した。」( 1949年4月25日、ドッジを単独で尋ねた渡辺に、ドッジが口頭で。p. 686 「著者の回想」)


日本銀行政策委員会は、日本銀行の公定歩合の決定などを行う最高意思決定機関。

第二次世界大戦以前の日本銀行には政策委員会はなかったが、ジョゼフ・ドッジ来日後の1949年6月にGHQによる役員会(ボード)の「民主化」の意向から、日本銀行法の一部改正によって政策委員会が設置された

(日本銀行政策委員会 wikipedia )


  • 1946年4月30日、8月16日_ディロン・リードGHQは、米国の中央銀行 FRB ‐ Federal Reserve Board「連邦準備理事会」を模した日銀政策委員会とともに、ロスチャイルド金融連合の「上意」を日本政府に「下達」する金融経済政策立案機関として、ロスチャイルド人事で構成される経済同友会、経団連を設立[日本商工会議所とともに「経済三団体」と呼ばれる]

経済 大塚万丈 経済同友会
経済同友会 大塚万丈著

〈経済同友会、経団連が日本政府に「下達」した戦後日本の金融政策〉

  • 貿易自由化__グローバリズム帝国主義経済
  • 国際協調__ロスチャイルド「新世界秩序」国連への隷従
  • [日本政府の頭越しの、外国要人との]民間外交
  • 国鉄・農協・郵便局など「国営会社」の民営化__[国民の生活に直接かかわる公共サービスを営利目的化、ロスチャイルド国際金融軍産複合体の統制下におく=国民のライフ・ライン握る
  • [国民経済を保護する]規制の緩和・撤廃__[ロスチャイルド国際金融軍産複合体・グローバル企業の参入を容易にし、結果、国民経済破壊
  • 行政改革_中央省庁再編・[金融]構造改革_道州制__FRB 型「金融準備制度」への移行
  • 税制・財政・社会保障制度・労働市場改革__消費税16%、外国人労働者受け入れ
  • 日中関係改善__「南京大虐殺」「中国侵略」「慰安婦性奴隷強制連行」の誣告・再確認で日本人の名誉と尊厳を踏みつけにしながらの対中国ビジネス拡大
  • 株主権の尊重__[日本銀行を通して上場企業の4割、日本全体で90%の企業の大株主であるロスチャイルドの権利が、日本国民の「幸福追求権」よりも優先?]

創出された不況、朝鮮戦争勃発と「国連軍のフリをした米軍の日本占領継続」の正当化

  • 1948年3月23日_ドレイパーが「ジョンストン使節団」と二度目の来日
  • 1948年6月_昭和電工疑獄がもとで芦田均内閣崩壊、「GHQ/GSの山崎巌内閣の策動を排して、第二次吉田茂内閣が[ニューディーラー]GHQの白眼視のなかで成立」(p. 698)
  • 1948年10月9日_米国家安全保障会議決定「NSC 13/2」により対日方針転換[民主化・非軍事化・財閥解体 → 経済復興・財閥解体中止/再編成]
  • 1948年12月_ドレイパー、「経済安定の9原則」をGHQ/SCAPに指示[「マッカーサーの9原則」として出される]
  • 1949年2月1日_ドレイパー、盟友ドッジを日本に送り込み、「経済安定政策」を取らせる[ドッジ・ライン]

古典的な自由主義経済理念の信奉者であったドレイパーが、その信頼する盟友ドッジに行わせた「強烈な経済安定政策」とは、グローバリズム帝国主義・植民地主義経済の定石「非インフレ=デフレ政策」「緊縮財政」「国内消費抑制」「輸出振興」であり、台風対策費68億、学校投資5億、農業振興費5億など公共事業費が25億円削減された。日本はこの「ドッジ予算」によって、深刻なデフレに見舞われることになる。

英国ロスチャイルドが日本外債の fiscal agent となることに付希望申出あり。[米国務省北東アジア局長]Allison とも相談の結果まだ日本側が相手方に agent として依頼する立場にない旨申入れることに打合。」(1949年11月2日、p. 402)

  • 1949年11月16日_「[………]近くDraper が来朝[………]Dillon Reed[原文ママ]の人として」(p. 417)
  • 1949年12月28日_渡辺武、アメリカ政府のガリオア資金による日本の指導者招待計画の第一陣として一行10人ほどで渡米。[目的①吉田首相らの紹介状を持参しての金融機関との「個人的コンタクト」作り、②世銀、IMFと接触、GATT、IMFへの加盟の可能性調査、③戦後大蔵省の海外財務執行の体制構築_渡辺は初の「国内」財務官に就任]
  • 1950年1月26日・2月3日_渡辺武、NYクーン・ローブ商会で会長ジョン・M・シフ、サー・ウィリアム・ワイズマンに会う
  • 1950年3月1日_渡辺武、ペンタゴンでクーン・ローブのディクソンと会う
  • 1950年5月_吉田茂は、側近・池田隼人大蔵大臣を米国務省へ派遣し、GHQ経済顧問ジョゼフ・ドッジに秘密裡に「占領終了後の米軍駐留の継続を、日本が自ら積極的に希望すること、それを約した条約ないし協定の密約、『日本国憲法』に違反しないようなやり方の研究」について「吉田が提案」した「私信」を手交させた[池田ミッション]

「国連は私が創った」と豪語した男ジョン・フォスター・ダレスのCIA/コミンテルン/日本大蔵省との朝鮮戦争直前秘密会談「戦後日本『基地植民地』統治計画」

Senator_John_Foster_Dulles_(R-NY)
ジョン・フォスター・ダレス上院議員

「[1950年6月22日_朝鮮戦争勃発の3日前]夜、Newsweek の Harry Kern の斡旋で Packenham の家で昨日来日した Dulles [J. F.]国務長官顧問と夕食を共にして、7:30から10:30に亘る三時間色々と日本の平和条約問題等について懇談した。[外務省]沢田廉三、[宮内庁]松平康昌、国警の海原〔治〕氏同席、又 Allison 東北アジヤ局長も同席した。」(p. 517ーp. 520)

[中略]

「(Kern)日本に軍事基地を置くとしてどちらから切り出すべきものと思ふか。」

「(W)アメリカ及日本の世論を考へると日本から申出る形をとることがしかるべしと思ふ。」

「(K)吉田首相は反対のやうである。」

「(D)アメリカとしては仮に日本の工業を全部破壊して撤退して了ってもよいわけだ。日本は完全に平和となる。しかし日本人はうえ死にするかもしれない。自分は日本がロシヤにつくかアメリカにつくかは日本自体で決定すべきものと思ふ。」

[中略]

「(D)[………]日本はいつ経済的に自立すると考へるか。」

「(W)計画上は1952-53で balance するといふが、その為には必しも実現し得るか否か不明の事を前提としなければならない。船、銀行保険等の貿易外収入が戦前日本の貿易上の unbalance をうめていたが、今はこれがない。ただ仮に占領費または[講和後の米軍]軍事基地に対して日本が行ふ service 及物資を弗[ドル]で払ふならば[米国からの]援助費なしでもやってゆける勘定になるかもしれない。尚一時バランスがとれても人口が1967年には1億になるといはれて居り、将来に付ては不安がある。

「(D)支那以外の地域との貿易でやってゆけると考へるか。」

「(W)アメリカの日本に対する直接援助がなくとも未開発地開発等の計画によって支那以外の地域が日本から物資を買付ける力が養はれれば可能であらう。」

[中略]

「(W)自分はアメリカとそれ以外の地域の貿易は上手な人とポーカーをやっているやうなもので、すべてのチップが一人にあつまりそれを再配分しないとゲームがつづけられないやうなものだと思ふ。」

[中略]

「(K)今若し日本が平和条約を持たないことになったら日本人はどう思うだらう。」

「(D)自分は平和条約がないといふのではないが、仮定的な質問としてこんどわれわれ[講和条約交渉団]が来たが何等かの理由で平和条約が出来なかったとすればどう感ずるだらうか。その場合勿論ある程度の sugar-coating が必要であらうが。」

「(W)失望するに違ひない。しかし前途に平和の希望を持たせ且その sugar-coating が例へば司令部は軍事的占領に止め行政面は少くとも表面上は日本政府に単に少数の人が advice を与へる形をとるならば、今よりそれほど悪くならないであらう。」

(以上、『渡辺武日記 対占領軍交渉秘録 大蔵省財政史室編』からの抜粋引用、要約終わり)


この、CIA カーンの斡旋による、コミンテルン・パッケナムの自宅での「秘密会見」に集ったNY ロスチャイルド銀行連合の大物弁護士で『国連憲章』作成者ダレスと、大蔵省で元子爵・渡辺の「判じ物」的な会話は、すでに計画され、決定済みの事柄_即ち、ロスチャイルド金融連合が国際連盟結成の時から予定していた侵略国・日本の第二次世界大戦での完全敗戦→無条件降伏→完全占領→「不戦の誓い」で交戦権否定・戦力不保持=主権放棄の『日本国憲法』制定→「思いもよらない」朝鮮戦争勃発=「東西冷戦」の開始による「再軍備」必須『日本国憲法』の平和主義を「礼賛」する日本国民の「積極的な希望により」、「国連軍」を騙った米軍の日本永久占領=日本完全基地植民地化」のシナリオ通りに事が進んでいることの「確認」が為された、と考えれば完璧に辻褄が合う。ダレスはこの「秘密会見」の直前に北朝鮮の「前線」を訪れており、ペンタゴン→スターリン→金日成の順で出された指令により3日後6月25日に「北朝鮮の『サプライズ・アタック』により朝鮮戦争が勃発」することが決定済みであった。吉田茂・池田隼人→ドッジ(ドレイパー)の「池田ミッション」によって「日本からの米軍駐留リクエスト」の件も織り込み済み………。

しかし、多くの日本国民は、占領軍GHQ の横暴に爆発寸前であった。100万人の無辜の日本国民が、原爆投下・全国焼夷弾爆撃で命を奪われ、さらに多くの人々が負傷した上に家を焼かれて、8,000万人が焼け野原で餓死寸前になった。「南京大虐殺」「中国侵略」の誣告がロスチャイルド国際連合によって為され、偽裁判「東京裁判」他の連合国軍事裁判によって、台湾人・朝鮮人を含む1,000人もの無実の日本軍将兵が死刑になった。「日本軍国主義」の誣告を根拠にした「公職追放」で20万人が職を失い、その家族100万人が路頭に迷った。ロスチャイルドGHQ の検閲・洗脳で、「敗戦国・日本」の多くの国民が、その事実をまだ鮮明に覚えていた。

60%の日本人は、実は「早期講和で主権『完全』回復=占領軍(米軍)撤退=自前の『再軍備』」を望んでいた。「平和の『日本国憲法』万歳」の声を期待して自ら行ったその世論調査結果を、吉田茂は握りつぶした。

サンフランシスコ講和条約
サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂

「サンフランシスコ講和条約」は、日本国民の「主権回復への渇望」をなだめる「おためごかし」として締結された「空文」であった

日本に主権を「放棄」させた『日本国憲法』は、その「無効事実」を国民から隠蔽されたままロスチャイルドの下僕・日本政府によって護持され、新たに「日本全土基地化・日本全土治外法権化・自衛隊の米軍統一指揮権」という「完全植民地化条項」を持つ「日米地位協定」を結ぶための「もう一つの空文」、対等な独立主権国同士の「同盟」ではない=米国が一方的に日本の国土と日本の軍隊を米軍基地・米軍の属軍として利用するためだけの「日米安保条約」が結ばれ、日本の「基地経済植民地化」が固定された。[「昭和維新」

「[米軍]法務局は日本を、米軍が『治外法権の地位』を保持することが必要な『恐らくは “野蛮な法律と監獄を持った未開の国家″』として扱うことを主張している」____米国務省北東アジア局長ジョン・アリソンからウィリアム・シーボルトGHQ外交局長への覚書、1951年4月2日(FRUS Ⅵ)

「[朝鮮戦争の勃発が、アメリカが憎悪し、全く信用することのできない「かつての」敵国・日本を「再軍備」させ、「同盟国」にしなければならないというジレンマに、アメリカを陥らせたが]そのジレンマをアメリカは、日本を『恒久的な軍事的従属』のもとにおく米日の軍事同盟を構築することによって解決した。事実、占領終結時に両国が結んだ旧安保条約は、第2次世界大戦後アメリカが各国と結んだ条約や協定のなかで、もっとも不平等なものだった________ジョン・ダワー『War Without Mercy』(邦題:容赦なき戦争)1986年

更に、日本を「同盟国」ではなく「監視対象」として規定する国連憲章「敵国条項」が、世界の諸国に向けて「日本=侵略国」の誣告を「真実」と宣伝していた。

「敵国条項」は、1995年に大多数の賛成票をもって「死文化」決議がなされたが、決議をもって「一件落着」の印象だけを日本と世界に与えただけで、その実いまだ批准されず、国連憲章からの削除は成立していない。日本政府も、日本国の名誉回復のための一切の努力をしていない。そもそも、「死文化」とは、「日本が侵略したのは本当だが、そろそろ許してやる」といった体のもので、無意味なばかりか、更なる侮辱でしかない。本当になされなければならないのは、「南京大虐殺」「中国侵略」「慰安婦=性奴隷・徴用工の強制連行」が連合国/国連の日本に対する誣告、名誉毀損というれっきとした犯罪であること、東京裁判以来70余年、反証の機会も与えられずに侮辱・面罵され続けてきた日本国民への、重篤な人権侵害であることの全世界の諸国民への証明・周知である。「陰謀家・サギ師」ロスチャイルドが作らせた国際法には「誣告罪」「名誉棄損罪」は当然ないが、東京裁判の「遡及法」が「巨悪の断罪のため」許された事に鑑み、日本に告発の機会は与えられるべきであるし、そもそも金融マフィアのロスチャイルド国際連合の作った法律・条約に従わねばならない筋合いはない。

「堂々と親米一途に徹すべく」「カネのかかる軍備はアメリカにやってもらう(笑)」と、秘密の「昭和維新」を成し遂げた「ロスチャイルドの丁稚」吉田茂は、チャーチルぶって葉巻を吸いながら、うそぶいていた。

【PHASE 11_ロスチャイルド金融連合の日本金融経済侵略_倒幕・明治維新から「昭和維新」「平成維新」「令和維新」へ】

1814年、東インド会社の利権継承からアヘン戦争を経て、日本に到達したロスチャイルドのアジア・アフリカ・南北アメリカ_第三世界支配は、「麻薬・奴隷・鉄道」がその「三種の神器」であった。ロスチャイルドが中国で統合したアヘン戦争利得者 WASP が「スカル&ボーンズ」を結成して米国政財界を取り仕切った。ナポリ・ロスチャイルド家の非嫡出子オーガスト・ベルモントが、ロスチャイルドが起こした「1837年の金融パニック」のさなかにロスチャイルド代理人として「南米麻薬・奴隷利権金融統合」のため渡米、米国フリーメーソンの大立者ペリーの娘と結婚して日本への「黒船砲艦外交」を実現させ、義理の伯父である民主党の大立者ジョン・スリデルの引き立てで民主党全国議会議長となり、ロスチャイルドの「アメリカ合衆国南北分断」「新奴隷制度への移行」のための南北戦争で政治的に活躍した。

フランクフルトのゲットーから身を起こし、神聖ローマ帝国ヘッセン公の宮廷御用達両替商となり、ヘッセン人傭兵斡旋業でヨーロッパ随一の資産家であったウィルヘルム9世の財産運用のおかげで「金融王」にのしあがったロスチャイルドは、「世界一の金持ち」になるのが最終目標ではなかった。

「世界総金融帝国植民地化」「世界人類総債務奴隷化」_ロスチャイルドはその最終目標を、全世界の諸国の中央銀行を私有・独占・統制して全世界の諸国の政府を支配下に置き、全世界人類の「賃金・食糧・水・エネルギーなどの『ライフ・ライン』」を統制することで達成した


『Forbes』富豪リスト上位42人は、世界人口の半分に当たる所得額最低位37億人とほぼ同じ額の資産を所有している。2017年6月までの1年間で、その37億人が全く資産を増やしていないにも拘らず、世界人口の1%の富裕層はその資産を株価の上昇などによって84兆円増やした。それは、1日1.9ドル未満で暮らす絶対的貧困をなくすのに必要な額の7倍である

昨年度の統計では、所得額最低位37億人とほぼ同額の資産を有する者の数は64人であった。(つまり、所得の格差は年々加速度的に拡大している)

ほんの数年後には、世界全人口の1%が、99%の合計と同額の資産を持つようになると予測される

____2018年1月22日 Oxfam Report, World Economic Forum, Davos


Amazon のベゾス、Zara のオルテガ、Facebook のザッカーバーグ………。これらの「超富豪」達は、アジア・アフリカ・南アメリカの「奴隷」達が 一生かかっても稼ぎだせない額の富を、たったの2、3日で得る。しかし、これら「超富豪」でさえも、彼らの融資元である「金融皇帝」ロスチャイルドは、いつでも、どこでも、文字通り「指先三寸」で「奴隷」の地位に転落させることが可能な、巨大な金融権力を持っている。

Rothschild pokes Charles
神妙な表情のチャールズ「皇太子」をつつく第三代ロスチャイルド「男爵」ヴィクター

権勢を誇ったはずの英国王/女王でさえも、ロスチャイルドの「超地球的」金と権力の前には、為す術もなくなってしまった。それは、英国はじめ世界の王家が、只の「利権利得者」「守銭奴」に堕し、時代の要請とともに変遷する「Efficiency[実務的]能率」の政治に対する、揺るぎない「Dignity 尊厳的原理」であることを、やめてしまったからであった。

【PHASE 12_「民主主義」幻想、『日本国憲法』無効確認による「至高の権威」回復と「真・天皇機関説」】

日本の天皇は、「万世一系の男系男子のみの継承」により、「尊厳的原理を白すもの」「至高の権威」としての威信を保ってきた。

この世に生まれ落ちた瞬間からその肩に負わされるその重責を、自身の運命として受け入れることを「帝王学」として学び、幼時から常に「未来の天皇」としての重圧を感じて生きる「非人道的」なまでの「無私の人生」を、(おそらくは「諦観」とともに)達観して生きることができる___「天皇」になる人間には、そのような資質と覚悟が要求される。


平成の天皇

「日本国憲法には、皇位は世襲のものであり、また、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であると定められています。

私は、この運命を受け入れ、象徴としての望ましいあり方を常に求めていくよう努めています。したがって、皇位以外の人生や皇位にあっては享受できない自由はのぞんでいません。」

(1994年6月4日、平成の御世の天皇として訪米前の、文書によるお言葉)


だからこそ、日本の天皇は尊い。常人には想像もつかない、荒行ともいえる過酷な祭祀、無私の人生_プライバシーを望むことすらゆるされない、常に「完璧」を求められる、非人間的なまでの重圧………。これは寧ろ「人身御供」ではないのか。だが、日本には「至高の権威」が必要だ。

だからこそ、ロスチャイルド GHQ は、『日本国憲法』「国民主権」によって、大日本帝国憲法下の立憲君主・天皇の「不裁可権・拒否大権」という権威の裏付けを取り上げ、「国政に関与する権能を有しない」「象徴天皇」と規定して、天皇を「至高の権威」=「政治権力のチェック機能」たり得ない存在にした。


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「一語一句変更はまかりならん」と厳命されたロスチャイルド GHQ による「新憲法」英文草稿を、政府が日本文へ翻訳した直訳の悪文を、「格調高い文章」に直すよう命じられた帝国議会議員たちは、国民にその「植民地統治法的性格」が明らかにならないよう、「一語一句」の選択に非常に苦労した。

大島〔多藏〕委員 [中略]「政治に関する権能を有しない。」となって居るのを、「政治に関与しない。」と言葉を変えるだけです、「有しない」となると、天皇が日本国の象徴であるという地位を考えます時に、「権能を有しない」という言葉がどうも不穏当な感じを国民に与える[後略]


帝国議会の「帝国憲法改正委員会」が連日やっていたことが、実は「翻訳・校正作業」に過ぎなかったことを明らかにする文書『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』は、1956年5月10日、第3次鳩山一郎内閣時代に、衆議院議院運営委員会によって、「国会議員に限り閲覧を許可されること」とされ、「それ以外には、特例として憲法調査委員会に閲覧が許可されたのみ」となった。

『日本国憲法』の起草の真実は、GHQ 占領が終わったはずの日本の「民主主義の国民議会」によって、殆ど「焚書処分」にされたのであった。

1995年9月に衆議院事務局から『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』が書籍として出版されるまで、この真実が国民の目に触れることはなかった。そして、晴れて出版されたときには、既に国民の大多数が「戦争を知らない世代」となり、「『日本国憲法』が GHQ に押し付けられたもの」と知っていても、「自国の憲法が占領軍によって書かれた」ことの意味を正しく理解するどころか、何の感慨も抱かない、憲法などどうでもいい、日本という国に無関心な国民に、日本人は「サーカスのノミ」のように、調教されてしまっていた。

  • 軍隊のシビリアン・コントロール
  • 国民が政治意思を託して選出した国会議員による、完全公開される国民会議における有意義で活発な議論を経て成される立法
  • 財力・人脈・家柄に左右されない、純粋に「国民の、国民による、国民のための政治・経世済民」を行う気概のある議員の選出
  • 国民が正しく政治判断をするための情報の開示
  • 政治体制_政策決定過程の全てを建設的批判にさらす可視性・透明性
  • 政策決定者の国民への説明責任

正しく機能する民主主義が存在するために必要な条件を、明治維新以来の「近代化に成功し、欧米列強に肩を並べた」と信じた日本は、何一つ持ったことがなかった。ロスチャイルドの融資でなされたフランス革命、ロシア革命で「民主化」された世界のどこにも、本当の「民主主義」などはなかった。

『日本国憲法』は、「平和憲法」などではない。ロスチャイルド国際金融軍産複合体の戦争経済を翼賛する、無政府主義の「憲法」である

『日本国憲法』は、勤勉に、つつましく生きる日本国民を搾取し、その幸福を奪う人権蹂躙「憲法」である

『日本国憲法』は、「究極のオンブズマン」天皇の「至高の権威」を封じ込め、犯罪者達のやりたい放題を許す「無法者の憲法」である

『日本国憲法』は、自ら禁止する検閲と言論弾圧で自らの犯罪性を糊塗している欺瞞と偽善の「憲法」である

日本国民は、このような恥知らずの偽憲法を「最高法規」として戴く奴隷根性を、即刻捨て去り、「無効確認」により『日本国憲法』、「日米安保」、国連憲章「敵国条項」を廃棄・拒否し、日本の国連脱退宣言により、無自覚な世界の諸国民にも己の「債務奴隷」としての立場を認識してもらい、ともにロスチャイルド「通貨発行権力」の犯罪を告発・検証・断罪・永久禁止するために立ち上がるべきである。

「至高の権威」は「無謬」ではない。国民の輔弼を受け、「説明責任」を果たす義務がある[「真・天皇機関説」]

世界に存在する真の対立軸は、「ロスチャイルド vs 世界の庶民」唯一つである。

『日本国憲法』が日本に主権を放棄させている事実、『日本国憲法』が無効である事実を承知しているはずなのに『日本国憲法』への遵守を誓ったということの説明を、国民は天皇から受ける権利がある。その権利は、「不敬」の二文字で弾圧されてはならず、当然臣民は「万民の父母」天皇への崇敬を損なってはならない。

国際法には国家に対する「誣告罪」「名誉棄損罪」が設置されなければならない。

【五箇条の御誓文】

  1. 広く会議を興し、万機公論に決すべし。
  2. 上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。
  3. 官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
  4. 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
  5. 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。

Hanna Arendt

全体主義の支配対象として理想的な者とは、熱心なナチ党員でも、共産主義者でもなく、経験による現実感、思考の基準というものが、自分の中に存在しなくなってしまった人々である________彼らは事実と虚構、真実と欺瞞の間の相違がわからなくなってしまっている」(“The ideal subject of totalitarian rule is not the convinced Nazi or the convinced Communist, but people for whom the distinction between fact and fiction (i.e., the reality of experience) and the distinction between true and false (i.e., the standards of thought) no longer exist.” )________ハンナ・アーレント『全体主義の起源』

目の前にある情報が「くだらない妄想・トンデモ話・陰謀論」かどうかは、多方面からの情報収集・吟味によって自分自身で判断すべきことであって、その判断を他人任せにして恬として恥じない者は、ロスチャイルド「新世界秩序」の「理想の奴隷」「家畜」になり果てる。


理想的な奴隷とは、自分が奴隷であることを否定し、にも拘らず、奴隷そのものの行動を取る者、それが何であろうと、主人の意のままに行動する者のことである」(The ideal slave is one who denies that he is a slave and yet acts exactly as slaves have always done – doing the bidding of his master come what may.)________『New World Order』アダム・ヴァイスハウプト(イルミナティ創設者)


この事実を知ったものには、真実を世界の国民に周知する義務がある

「邪悪が勝利を収めるのに必要なことは、善良な人々の不作為だけである」(The only thing necessary for the triumph of evil is for good men to do nothing.)________エドマンド・バーク

ロスチャイルド国際連合は、『日本国憲法』と日米安保条約によって、日本の主権と独立を簒奪し、日本民族の名誉と尊厳を蹂躙している__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版3/5]

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「南京大虐殺」「中国侵略」「慰安婦=性奴隷」………………ロスチャイルド連合国史観の誣告罪放置が、世界で戦争・テロ・国際間不信・不和を創出している

ロスチャイルド「新世界秩序」は非民主主義、エセ人道主義のグローバリズム帝国主義「戦争金融サギ」世界基地植民地奴隷制度

ロスチャイルド金融テクノクラート独裁体制下、ロスチャイルド金融軍産複合体の米国務省・米国防総省の下部組織「日米合同委員会」が、国民が誰も知らないままに、ロスチャイルド日銀とともに、戦後日本を奴隷支配している

日米合同委員会の決定は、『日本国憲法』に優先する

「植民地統治法」に過ぎない『日本国憲法』を、「憲法」という最高法規として戴く日本は、独立主権国家ではない

「『象徴天皇』で日本は国体を護持した」「『日本国憲法』で国民が『主権者』となり、日本は『民主主義』国家となった」「サンフランシスコ『平和』条約で、『連合国の日本占領』は終わった」という大嘘を信じ込まされた「戦後日本」の国民は、ロスチャイルドによって同様にたぶらかされた世界の諸国民とともに、虚偽の「繁栄」とまやかしの「人権主義」、奴隷の「自由と平和」の中で、長く緩やかな滅亡への坂道を下っている………………

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東京裁判法廷_市ヶ谷の旧陸軍士官学校

【PHASE 6(1945-1951)_東京裁判、『日本国憲法』、日米安保条約と日米合同委員会[War Guilt Information Program ]】

  • 1945年8月15日_昭和天皇の「鶴の一声」玉音放送により、日本8000万の民が武器を置き、「停戦」成る。[「奴隷化」を意味する「敗戦」を「終戦」と言い換えて日本国民を油断・脱力させる]
  • 1945年8月28日_ロスチャイルド国際連合(米国と英連邦=オーストラリア・ニュージーランド・英領インド)による日本本土進駐開始
  • 1945年8月30日_連合軍総司令官マッカーサー元帥一行(ロスチャイルドCIA/『Newsweek』)来日_[誰も知らないままに、ロスチャイルド国際連合の「日本占領」=「終わらない日本植民地統治」始まる]

日本と世界の諸国民は、ロスチャイルド「新世界秩序」の世界基地植民地化の嚆矢「日本占領」によって、ロスチャイルド国際連合の「戦争金融モノポリーゲーム」の「駒」にされた

ロスチャイルド「新世界秩序」の「世界金融モノポリー・ゲーム」は、互いに互いを「悪」と呼び合う「国際共産主義 vs 国家主義・民族主義・保守主義」の基本対立軸上で進行する。

ロスチャイルド国際金融テクノクラートは、「世界金融モノポリー・ゲーム」の「銀行」役であり、ゲームの創始者であるから、「元締め独り勝ち」は最初から決まっている

第一次と第二次、二つの世界大戦によって、世界はロスチャイルド国際金融連合によって、「世界金融モノポリー・ゲーム」に強制参加させられた

第二次世界大戦によって、世界の領土は、ロスチャイルド国際共産主義陣営とロスチャイルド資本主義陣営とに、二分された

ロスチャイルド国際金融テクノクラートは、国際共産主義者に「ソビエト連邦」という名で隷下の共産主義諸国を「衛星国」=「植民地奴隷」化させ、資本主義・保守主義者にはロスチャイルド中央銀行「政策委員会」・御用経済学者を使って「自由貿易」「証券株式市場主義」「グローバリズム経済」「金融ビッグバン」「プライマリー・バランス重視」「難民・外国人労働者受け入れ」など、ロスチャイルド「新世界秩序」に都合の良い政策を行わせて、結局両陣営・全世界が「基地植民地」化、「債務奴隷」していく「ゲーム」をプレイさせた。

「国際共産主義の脅威」に対抗して、「サンフランシスコ対日平和条約」に参加・調印した「民主主義・資本主義国家群」が、東西冷戦対立軸の「西側陣営」としてロスチャイルド国際連合「国連」が盟主となる「サンフランシスコ体制」を構築するためにこそ、ドイツと日本は「悪のファシズム枢軸」でなければならなかった。そして、「ロスチャイルド国際連合の正しい導きによって改心した敗戦国」ドイツと日本は、「正義の国際連合」の監視のもと、国連憲章「敵国条項」に縛られながら、それぞれ「NATO 北大西洋条約機構」と西側陣営の極東の要衝に位置する最前線基地として「国際社会に復帰」する。

「『邪悪なるファシズム枢軸』ドイツと日本が、『ホロコースト』『南京大虐殺』『世界侵略共同謀議』という『平和に対する罪』『人道に対する罪』を犯した」_それは「世界大戦の勝者」であるロスチャイルド「新世界秩序」が書いて世界に与えた「正しい歴史認識」である

この「ロスチャイルドによる『正しい歴史認識』」を世界中に浸透させるため、ロスチャイルド国際金融連合は「War Guilt Information Program 」という名の戦争贖罪認識誘導「洗脳プログラム」で、日本国民だけでなく世界の諸国民全体を「思想教育」した。

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【War Guilt Information Program_東京裁判、検閲・焚書・洗脳、『日本国憲法』、国連憲章「敵国条項」】

  • 1945年9月2日_ポツダム宣言受諾により約束されたはずの「有条件降伏」(占領は「保障占領」であるべき)が、「無条件降伏」(デベラチオ=戦亡・征服として、「被占領国は占領国に何をされても文句を言えない状態」)に書き換えられた卑怯なる降伏文書に、米軍艦ミズーリ号上で日本が調印させられる

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  • 1945年9月10日_GHQが「言論統制」を示唆した「新聞報道取締方針」「言論及ビ新聞ノ自由ニ関スル覚書」( 連合国軍最高司令官指令 SCAPIN-16 )を発令
  • 1945年9月18日_朝日新聞が、1945年9月15日と9月17日の二つの記事について二日間の業務停止命令( SCAPIN-34 )を受ける

「『正義は力なり』を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反の戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであらう」_鳩山一郎、1945年9月15日付 朝日新聞

「求めたい軍の釈明 『比島の暴行』発表へ国民の声___ほとんど全部の日本人が異口同音にいってゐる事は、かかる暴虐は信じられないといふ言葉である」_朝日新聞 1945年9月17日

  • 1945年9月21日_ロスチャイルドGHQが「Press Code for Japan 日本に与うる新聞遵則」(SCAPIN-33)発令
  • 1945年9月22日_同「Radio Code for Japan 日本放送遵則」(SCAPIN-43)発令

これはロスチャイルド国際連合による事実上の言論弾圧検閲_「言論の自由」も日本人の「基本的人権」も踏みにじった全体主義独裁体制であった

(GHQの検閲30項目の詳細については、拙ブログ別稿[「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと]もご覧ください)

検閲は連合軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)参謀部のうち情報担当のG2(参謀2部)所管の「Civil Censorship Detachment(CCD)民間検閲支隊(GHQスタッフ370名、日本人嘱託5700名)により実施された。新聞記事の紙面全てがチェックされ、その数は新聞記事だけで一日5000本以上であった。(プレスコード wiki

  • 1945年12月8日_ロスチャイルドGHQ版「正しい歴史認識」の日本国民への刷り込み『太平洋戦争史』が全国の新聞紙上で全10回の連載開始。NHKラジオ第一・第二では『真相はこうだ』が1945年12月9日から10回に亘り放送。その後『真相箱』『質問箱』と名を変えて1948年1月まで継続
  • 1946年4月_『太平洋戦争史』が高山書院から聯合軍総司令部(GHQ)民間情報教育局資料提供、中屋健弌として刊行_「黒塗り」された学校教科書の補助教材として使われる[学校児童のロスチャイルド国際連合史観による洗脳]

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1937年9月、占領した中国北部・保定地区を行進する日本軍

大東亜戦争で、中国と東アジア諸国を、「植民地奴隷」の地位から解放せんと日本が戦った「本当の敵」は、第二次世界大戦時には「アジア・アフリカ・南北アメリカの有色人種全体の『奴隷主』」となっていたロスチャイルド国際金融カルテルであった

ロスチャイルド国際連合GHQは、「検閲30項目」によって、実際の戦場に赴いた日本兵―殆どが農村出身の「普通の日本人」―にとって、真に「植民地解放の戦争」であった大東亜戦争の呼称を禁じ、「満州事変・支那事変で始まる『15年戦争』=太平洋戦争」という「東アジアに対する日本の侵略戦争」という捏造された歴史とすり替えて、本当はロスチャイルド国際連合が負うべき東アジア諸国への賠償を、まんまと日本に肩代わりさせたのだった。

だが、「南京大虐殺」など無かった

【「南京大虐殺」がロスチャイルド国際金融軍産複合体によって捏造された虚構である証拠】

1.「南京安全区国際委員会」はロスチャイルド「スカル&ボーンズ」キリスト教宣教師 とロスチャイルド国際軍産複合体の巣窟、『南京安全区国際委員会報告書』は、中国国民党監修の「反日戦争プロパガンダ」であった

「虐殺派」が「客観的な立場の虐殺目撃者」「決定的な南京大虐殺の証拠」ともてはやす南京安全区国際委員会のメンバーは、中国国民党に雇われた「南京の日本軍の残虐行為」宣伝工作員と、米・英・独・ベルギー・デンマークの石油・貿易・保険会社―ロスチャイルド国際金融軍産複合体の権益利得者達で構成されていた。

本Documents on Rape of Nanking1903年の「Yale in China」(イェール大学ディヴィニティ・スクールの支援で中国各都市へのキリスト教学校、病院の設立)開設以来、キリスト教伝道の名の下で、中国の巨大な人口を、世界一の収穫量を誇る「アヘン農園」の奴隷労働力として使用するため「民は生かさず殺さず、愚かに保て」の共産主義をソ連ともども支援してきた「スカル&ボーンズ」イェール大学は、「Yale in China」の学生であった毛沢東を「スカル&ボーンズ」に取り立て、漢民族の「復興・自立と発展」を目指す「三民主義」孫文の国民党を冷たくあしらうようになっていた。国民党に雇われた南京のアメリカ人宣教師たちが必死で「反日プロパガンダ工作」に励んだのには、このような背景_本国からの支援途絶の可能性という、深刻な金銭問題があった。(『南京安全区国際委員会報告書』及び国際委員会メンバーの日記、書簡などのアーカイブは全て、イェール大学ディヴィニティ・スクール図書館に所蔵されている)

■1937年12月12日_熾烈を極めた南京攻略戦のただ中に、南京北部の揚子江で起きた、日本軍艦による二つの米英軍艦の「誤爆・誤沈」事件(「パネイ号事件」「レディバード号事件」)は、そもそも米英軍艦が、退却する中国軍兵を自国旗の下に多数匿っていたこと[米国の「中立法」違反]に起因していた。しかも、米海軍砲艦パネイ号はロックフェラーの「スタンダード・オイル」のタンカーを、英海軍砲艦クリケット号とスカラブ号はロスチャイルド「ジャーディン・マセソン」の倉庫船を護衛航行中であった。

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中国国民党・蒋介石とその妻・宋美齢、アメリカ陸軍准将スティルウェル、1937年頃

[1937年6月の、蒋介石の妻・宋美齢の要請に応じた米空軍「義勇部隊」(「フライング・タイガース」_日米戦争開戦後の1941年設立、と「公称」)の設立とともに、再三の「中立法」違反]

■南京安全区国際委員会会長ジョン・ラーべ_ドイツの武器商「ジーメンス」南京所長(孫文のころからソ連の政治顧問・軍官学校教官を受け入れていた国民党は、1928年からドイツ軍の軍事顧問団を招聘して兵士の訓練、トーチカの構築など軍の「近代化」を任せていた)[ドイツのヴェルサイユ条約違反、日独伊三国同盟違反]と、

本 Eyewitnesses to Massacre

米国人宣教師たち_国際委員会秘書ルイス・S・C・スマイスジョン・G・マギー牧師、南京大学教授マイナー・シャール・ベイツ、医師ロバート・O・ウィルソン、南京大学病院理事ジェイムズ・H・マッカラム、YMCA書記ジョージ・A・フィッチ、金陵女子文理学院教授ミニー・ヴォートリンら_は、市民になりすまして[国際法違反の「便衣兵」]安全区に潜んだ国民党軍宣伝工作部隊の中国人が持ち込む「日本軍の悪行」を検証もせずそのまま『南京安全区国際委員会報告書』にまとめ、随時日本大使館へ抗議を行うほか、上海にいる国民党宣伝工作員『New York Times』ティルマン・ダ―ディン『What War Means』著者ハロルド・ティンパーリーなどへ資料として抗議文書を回送、また家族や友人たちへの手紙で「南京の悲惨な状況」を訴えたりしていた。

「[1936年12月の「西安事件」の時]南京の米国人YMCA書記[フィッチ]は、南京放送で『蒋介石は共産党軍に殺された』『西安は共産党軍に占領され、略奪・強姦事件が多発している』などという[国民党を利する、反共産党の]荒唐無稽な捏造報告をおこなっていた」と、「ゾルゲ事件」の時、尾崎秀実とは深い関係にあったコミンテルン・スパイで、当時毛沢東の共産党・八路(パーロ)軍と行動を共にし、西安事件の現場にもいたドイツ『フランクフルターツァイトゥング』紙の特派員アグネス・スメドレーは、1943年の自著『Battle Hymn of China』に書いた。

スメドレーはまた、「あまりにも多数の八路軍兵士が[プロパガンダ工作のため]日本兵の軍服を着ている」と1937年12月5日のジャーナルに書き込んだ。(『China Fights Back』London Victor Gollancz, 1938)

NYT 4 JAN 1938 B

「元中国軍将校らが米国人の難民キャンプに:大佐とその部下達 南京での犯罪を日本軍のせいにしていたと白状」

「南京に留まって国際難民救済委員会を結成していた米国人大学教授達には非常に不面目なことに、彼ら自身の難民キャンプに敗軍の将校とその6人の部下を匿っていたことが発覚。」「しかも、あろうことかその大佐を、難民キャンプの幹部に据えていた。」「彼らは南京防衛戦で退却の際、軍服を捨て去り、大学構内に潜伏していた。」「彼らは、日本軍の掃討部隊に、建物内に隠匿した6丁のライフルと5丁の回転式拳銃、砲台から外した機関銃と弾薬を発見された後、自分たちの真の身元を白状した。」「これらの元中国軍将兵たちは、南京で略奪を働いたこと、そして或る夜、難民キャンプから女の子達を暗闇に引き摺り込み、翌日この暴行を日本軍のせいにしたことを、米国人をはじめとする外国人の面前で告白した」「この元将兵たちは逮捕された。そして軍法会議にかけられ、おそらくは処刑されることであろう。」(『New York Times』1938年1月4日付け、拙訳:ブログ筆者)

南京 ヒスイ勲章

特に「活躍」したベイツとヴォートリンは、そのプロパガンダ工作員としての功績を讃えられ、南京陥落の翌年、国民党・蒋介石から「秘密裏に」ヒスイ勲章を授与されていた

(『American Goddess at the Rape of Nanking』掲載の左写真のキャプションに「1938年7月、国民党政府からミニーに、秘密裡に授与されたヒスイ勲章『The Order of Jade』、写真撮影Dr. Chia-lun Hu 」とある)

2.南京の人口「20万人」は、南京陥落後2週間で「25万人」に、1年後には「40万人」に増加していた

本 ラーベ日記

1937年11月28日(日本軍の南京城外到達は12月10日)、南京警察長官王固磐(ワン・コーパン)が「南京には[貧乏で他市へ疎開することもできなかった]中国人難民が20万人残っている」と繰り返し発表している、と国際委員会会長で「名誉市長」のジョン・ラーべが日記に書く。そして、ラーベは「13日に[日本軍により]南京が陥落した時点で、我々[安全区国際委員会]は殆ど全ての市民[20万人]を、日本軍の爆撃で殆ど損傷の無かった安全区に、集めていた」と、1937年12月17日付日本大使館宛ての手紙に書いた。

1938年1月14日の外交官補・福田篤泰に宛てた手紙では、ラーベは「[1937年のクリスマス前後に始まった]日本軍の中国人難民への『良民証』登録・発行により、南京在住の中国人難民の数は25~30万人となった」と書いた。

また、東京裁判では1946年8月29日、「南京大虐殺」に関する審議において、被告側弁護人レヴィンが、ウェッブ裁判長に対し南京で30万人が殺されたという証言があるが、当時の南京には20万人しかいなかったはずであります」と質し、ウェッブが慌てて「あなたはその証拠を持っているかもしれないが、今はそれを提出する時ではない」と退ける一幕があった。「その証拠を提出する」機会は、決して訪れることはなかったが………。

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(p. 4,551,  “The Tokyo Major War Crimes Trial: the Transcripts of the Court Proceedings of the International Military Tribunal for the Far East” Edited by R. John Pritchard)

「[1937年12月13日の]陥落当時25万人だった南京の人口も、今では40万人に増えた。[………]最近の帰還者は主に市外への避難者だ。(戦場となる)南京市から安全を求めて避難したにも拘らず、匪賊が過酷な取り立てを行う不安定な僻地で、お金を(そして多くの場合は着る物も)使い切ってしまったのだ。」_マイナー・シャール・ベイツ、1938年11月29日付の「友人への手紙」、『Eyewitnesses of Massacre』p.44

日本軍占領下の南京は、陥落から数か月で、わずか1600人の日本軍によりインフラも復旧され、商売するにも安全であったから、「良民証」を保持した中国人市民と、婦女子を含む600人の日本人居留民の、南京城内外の自由な往来があった。

そして何より、中国の良民は、「清野作戦」「三光作戦」など、匪賊同然の無法を同胞に働く中国軍をむしろ恐れ、正しい規律と軍隊としての頼もしい強さで、それらから守ってくれる日本軍を、慕っていた。

「何人かの中国人は、『略奪・強姦・放火は中国軍がやったのであって、日本軍ではない』と証明する準備がある、とまで言っている」時々、我々(外国人)は狂人や白痴を相手にしているのかと思うことがある……」_ジェイムズ・H・マッカラム、1938年1月9日、『Eyewitnesses of Massacre』p.238

3.南京国際委員会の外国人の誰も、日本軍の「不法殺害」を一件たりとも目撃していない

東京裁判で、国際委員会/南京国際赤十字会会長のマギー牧師は、自分自身で目撃した「日本兵による中国人の殺害」は、「日本兵の誰何に答えず、脱兎のごとく逃げ出した男が撃たれた」という、「戦場では当たり前の、合法的殺害」ただ一件である、と証言した。(Pritchard 前掲書、p.3,929)

南京安全区報告書も、国際委員会クルーガーとハッツが目撃した「日本軍による便衣兵の合法的処刑」(第185件)以外は全てが伝聞であり、しかも、たった数件の例外を除いた殆ど全ての報告は「検証すらしていない、また聞き」であると告白している。(『Documents of the Rape of Nanking』p.78)

4.東京裁判は、[南京大虐殺を]命令・認可・許可したという「訴因54」では、中支那方面軍司令官・松井石根大将を不起訴にするほかなかった

そのかわり、「戦時国際法の徹底遵守・違反行為の防止義務の無視」という「訴因55」ただひとつで、松井大将を死刑にした。(他の殆どの被告が有罪とされた「連合国・各国への侵略謀議」の全てでも、不起訴となった)

「妊婦を強姦してその腹を銃剣で裂き、胎児を引きずり出して空に放り投げ、それを銃剣で突き刺せるかを競うゲームに、皆で興じた」などという荒唐無稽なエピソードが満載の連合国版「南京大虐殺」は、司令官の命令なしに、一般の日本軍将兵=普通の日本人が、暴走して起こした、と東京裁判が判定し、世界は今もそれを「正しい歴史認識」として信じている。

(詳しくは、拙ブログ別稿「『南京大虐殺』の虚構」の完全証明をご覧ください)

「〔東京裁判の〕多数派の判事の判決の要旨を見るにつけ、私はそこに自分の名を連ねることに嫌悪の念を抱くようになった。これは極秘の話ですが、この判決はどんな人にも想像できないくらい酷い内容です」_________東京裁判オランダ判事B・V・A・レーリンク、1948年7月6日、友人の外交官への手紙

ロスチャイルド国際連合の「日本と世界の諸国民に対する政治プロパガンダ・洗脳装置」に過ぎなかった東京裁判は、国際法史・人類史の汚点である

【東京裁判は、日本の「中国侵略」も証明していなかった】

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奉天の張作霖爆殺事件直後の現場検証

満州事変の発端といわれる「張作霖爆殺事件」(1928年6月4日)と「柳条湖事件」(1931年9月18日)も、支那事変の発端「盧溝橋事件」(1937年7月7日)も、その前年の「西安事件」(1936年12月12日、国民党・蒋介石を、父親を殺そうとしていたという話もある張作霖の息子・張学良と共産党が拉致監禁、「国共合作」を強要)も、全て国際共産主義者・コミンテルンがその謀略の中心であったことが明らかになっている。

そもそも、1927年3月24日、蒋介石らの国民革命軍が南京の外国領事館などを襲撃した「南京事件」も、コミンテルンのミハイル・ボロディンが主導したものであった。孫文、蒋介石による国民党「北伐」は中国共産党を「討伐」しての中国統一が目的のはずであったが、1928年に始まる「第二次北伐」は、ソ連のヴァシリー・ブリュヘルの下で計画されるなど、「世間知らず」の日本にとっては、「欧州情勢」のみならず、中国情勢も十分に「奇々怪々」であった。

日本が「侵略戦争」を始めるまでもなく、中国は既に、国民党、共産党、軍閥、匪賊にソ連・コミンテルンと麻薬・鉄道利権に群がる米英ロスチャイルド連合が入り乱れて、路傍に死体が転がっているのが日常の、前世紀から続く血生臭い時代の中にあった。

誰が誰の「敵」か「味方」かは関係ない_誰もがロスチャイルドの銀行に金を借りて戦争をしていた_武器、工業資源、麻薬_世界のどこでもそうであるように、中国で商売をするものが、中国ロスチャイルド連合を通さずに商売をすることは不可能であった

「5.15事件」(1932年)「2.26事件」(1936年)は、ドイツのヒトラー・ナチス台頭と同様、日本に「ファシズム台頭」の「前科」を与えるためにロスチャイルド戦争金融がバックについた、ロスチャイルド作「世界戦争の世紀」の二つのエピソードに過ぎなかった

近衛文麿と吉田茂は、コミンテルン・スパイ尾崎秀実の明らかな外患誘致「ゾルゲ事件」に、コミンテルンとロスチャイルドの両側から深く加担していたから、近衛・吉田の「昭和維新」実行委員会、ロスチャイルド連合「ヨハンセン・グループ[ヨシダの反戦グループ_特高警察が命名]」に火の粉をふりかける可能性のある「外患誘致」が適用されないまま、1944年11月7日、尾崎は、治安維持法などの罪状でリヒャルト・ゾルゲとともに主犯格で死刑となった。(近衛の「華族仲間」で尾崎秀実同様の近衛内閣嘱託であった西園寺公一は逮捕され、懲役1年6か月、執行猶予2年の判決を受け、保釈されるも公爵家廃嫡となった。同事件の他の懲役受刑者たちは、1945年コミンテルンGHQによって釈放されている。)

コミンテルン近衛とロスチャイルド吉田は「共作」の「近衛上奏文」で、「悪いのは国際共産主義者」と昭和天皇に「言い逃れ」の上奏をした。

日本の保守も左翼も、同じ「ロスチャイルド穴のムジナ」であった

『日本国憲法』は、ロスチャイルドの国際連盟設立のために「14か条の平和原則」を書いたルイス・ブランダイスの弟子、GHQ民政局次長チャールズ・ケーディスが指揮して起草され、ロスチャイルドの忠実な下僕・吉田茂によって世に出された

日本国憲法公布原本

【『日本国憲法』の真の機能】

『日本国憲法』の制定そのものが、日本の憲法制定権力=国家主権の簒奪 [ワイマール憲法を停止させ、ヒトラー・ナチスに無制限の立法権を与えた「全権委任法」同様の、大日本帝国憲法停止=「立憲政治」「『御前会議』のある議会制民主主義」の抹殺と、ロスチャイルド国際連合人事の自民党「戦後55年体制」「戦後レジーム」独裁体制の基礎を確立]

「象徴天皇」による、天皇の国家権力のチェック機能=「至高の権威」を補完する不裁可権力・拒否大権の簒奪

「国民主権」による、天皇の統治権の簒奪[国体の改変]と、天皇の権威の矮小化[天皇を、ロスチャイルドが統制する内閣の下に置いて「偽りの主権者=国民」とその代表者「国会」ともども支配する]

「第88条」による、天皇の「禁治産者」_[日銀の株の半分を含む天皇の私有財産を、ロスチャイルド内閣の管理下に置く_天皇の非権力化

「第9条」による、日本の「国家防衛の権利と義務」=主権の放棄

「前文」による、東京裁判史観(ロスチャイルド国際連合史観)の踏襲と、ロスチャイルド国際連合への永遠の隷従の宣言_[ロスチャイルド「新世界秩序」下の国際社会―米英仏ロ中―に日本国民の生殺与奪の権を与える_日本民族の名誉・尊厳・誇り・基本的人権を蹂躙]

日本は、卑怯卑屈な『日本国憲法』を最高法規として戴くことで、主権国家であることをやめ、ロスチャイルド国際連合の「植民地奴隷」となった

偽憲法『日本国憲法』を「憲法」としていただくことの真の意味を知りながら、吉田茂はロスチャイルド国際連合から恥知らずな「偽憲法」をうやうやしく承り、それを日本国民に押し付けた。

吉田茂は、『日本国憲法』を、国際法(1907年ハーグ陸戦法規)違反、大日本帝国憲法違反の不法な「占領統治法」「日本に主権と独立を放棄させる『国家転覆法』」である、と告発し、『日本国憲法』の無効確認・廃棄と、同時に大日本帝国憲法の現存確認で、日本の主権と独立、名誉と尊厳、民族の誇りを回復すべきであった講和条約締結時に、それを「故意に」しなかった


◆真珠湾攻撃を「卑怯撃ち」の「(侵略戦争の)第一撃」にした、外務省の故意の「宣戦布告」手交遅延

◆日本を植民地奴隷化した『日本国憲法』の制定と、その邪な正体を隠蔽しながらの護持

◆日本全土基地化・日本全土治外法権化、統一指揮権で「完全植民地化」を図った日米安全保障条約・協定密約

◆「新GHQ」として「戦後日本」をロスチャイルド国際連合に統制させる、ディロン・リード米国務省・国防総省の下部組織「日米合同委員会」設置提案


吉田茂が殆ど一人で遂行した「昭和維新」は、どんな極刑でも償わせることが不可能な、あまりに巨大な、現在・過去・未来の日本と日本国民への裏切りであった

「ジャーディン・マセソン」横浜支店を「庭」として幼年時代を過ごしたのち、「誰も知らない『昭和維新』」の志士となった吉田茂は、ロスチャイルドの明治維新の志士たち、実父・竹内綱と養父・吉田健三からロスチャイルドの金脈と人脈を相続した、「生え抜きのロスチャイルドの下僕」であった

吉田茂
吉田茂

■吉田茂は、「真珠湾の卑怯撃ち(対米英戦争の第一撃=対米英『侵略戦争』の開始)」が日本によってなされ、日本が「負けるとわかっている無謀な戦争」に飛び込んでいくよう、外務省待命大使として裏側から在米国大使館を指揮して工作した

日本軍の、物量における圧倒的不利をはねかえすための渾身の真珠湾奇襲攻撃を、「卑怯撃ち」にしてしまった「日米交渉打切り(事実上の宣戦布告)文書」の「米国務省への手交遅延」、その「A級戦犯」三人、「英語が苦手であったにも拘らず、フランクリン・D・ルーズベルトと旧知の仲であることで在米大使となった」野村吉三郎は戦後参議院議員を二期も務め、井口貞夫奥村勝蔵は1951年と1953年、サンフランシスコ講和条約・日米安保条約締結の重要局面に、吉田茂によって外務官僚トップである外務次官に抜擢されている。奥村勝蔵は、通訳として、「天皇・マッカーサー元帥初会談」でも通訳に抜擢、古参官僚を尻目に何故か「たった一人で」同席した。井口貞夫は、講和条約交渉の際、ダレスと吉田の「窓口」を務め、西村熊雄ら他の外務省条約局スタッフが誰も知らない「裏の事情」を只一人知っていた。

■1950年5月_吉田茂は、側近・池田隼人大蔵大臣を米国務省へ派遣(所謂「池田ミッション」)し、GHQ経済顧問ジョゼフ・ドッジに秘密裡に「私信」を手交させ、「占領終了後」の「米軍の駐留」(=明白な「植民地」状態)を「日本が自ら、積極的に希望すること」「それを約した条約・協定[日米基地協定・日米地位協定・統一指揮権密約]の締結」「これらが『日本国憲法』に違反しないよう研究すること」を「”オファ”した(申し出た)」

「池田氏は、政府はできるだけ早い平和条約を願っているという吉田首相からのドッジあて次のような私信を持ってきた。そうした条約は、米軍の駐留条項を確保する必要があるから、もしアメリカ政府がそうした条件を提案することを躊躇するようであれば、日本政府が何らかの方法をみつけて提案してもよい〔と吉田は言っている〕。憲法の角度から研究して、そうした米軍基地を存続させるために、条約が必要であれば条約を結んでもよく、また基地の継続を申し出ても『日本国憲法』に違反しない、そうした条項は条約それ自身か別の協定でもよい、と」___________ジョゼフ・ドッジ報告書、1950年5月2日 主題 日本の池田大蔵大臣との平和条約に関する討議、機密(宛名なし)_Joseph N. Dodge, May 2, 1950. Subject: Discussion of Japanese Peace Treaty with Mr. Ikeda, Finance Minister of Japan. Top Secret. RG59, Office of Legal Advisor, Office Assistant Legal Advisor Eastern Affairs, Subject Country Files, 1941- 1962, Box 2)__末浪靖司『9条「解釈改憲」から密約まで 対米従属の正体 米公文書館からの報告』(日本語訳と〔 〕註、末浪靖司) 

■吉田茂は、「60%の日本国民が、『講和条約を結んで主権回復』後は(米軍が撤退し、日本の自前の軍隊で)再軍備を望んでいる」ことを示す、自ら実施した世論調査結果を握りつぶして、「日本国民は『日本国憲法』(9条)を大切に思っている(だから再軍備は出来ない。だから米軍の駐留継続は仕方がない)」という嘘をついて、「米国講和交渉団代表ダレスの再軍備の要求をはねつけた」(=「愛国的・平和的行動をとった」)とみせかけながら、その実、ロスチャイルド国際連合の「基地植民地化」を積極的に推進した

■吉田茂は、「日本全土米軍基地化・完全自由使用(=日本全土治外法権)」を確定する「事実上の植民地統治法」日米安全保障条約に、たった一人で(売国行為を隠蔽しながら)署名した

サンフランシスコ講和条約
サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂

「安保条約に対する第一の疑問は、これが平和条約のその日、わずか数時間後、吉田首相ひとりで調印されていることである。という意味は、半永久的に日本の運命を決すべき条約のお膳立てが、まだ主権を一部制限され、制限下にある日本政府、言葉を変えていえば手足の自由をなかばしばられた日本政府を相手に、したがって当然きわめて秘密裏にすっかり取り決められているのである。」

「いいかえれば、[日米安保条約は]決して独立国の条約ではない」

________________寺崎太郎(天皇の側近であった寺崎英成の兄で、1946年5月、第1次吉田内閣における外務次官)『寺崎太郎外交自伝』(私家版)


【明治維新の核心④】_「八紘一宇」の祭祀王・天皇がその「至高の権威」を以て任命する征夷大将軍・徳川将軍家が、「プリムス・インテル・パーレス_同輩中の第一等位」的に統率する、「失政の責任を取って切腹」「不適格な将軍・領主を家老衆合議の上『押し込め』」が有り得る封建諸侯の疑似「連邦制度」・江戸幕藩体制の転覆

ロスチャイルド国際金融カルテルが中央銀行を通じて国家を経済支配する、切腹どころか「国民への説明責任」すら持たない金融テクノクラートの密室独裁政治体制こそが、ロスチャイルドの「『通貨発行権』簒奪による世界金融侵略」の核心であった

  • 1952年4月27日_日米合同委員会が、対日講和条約、日米安保条約、日米行政協定(現・日米地位協定)発行に伴い、発足

日米合同委員会

[日米合同委員会] 〔本会議 米国代表〕在日米軍司令部副司令官、〔代表代理〕在日米大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海軍司令部参謀長、在日米兵隊基地司令部参謀長

〔本会議 日本代表〕外務省北米局長、〔代表代理〕法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官

議事録完全非公開の秘密会議「日米合同委員会」で、在日米軍「副」司令官が、外務省「北米局長」をトップとする日本の官僚たちにディロン・リード米国務省・米国防総省の「上意」を「下達」する

「日米合同委員会の公式議事録は、日米両政府に属する公式文書として、見做され、日米双方の合意がない限り公表されない。合同委員会の会合や活動に関するプレス・リリースも、日米双方の合意がない限り発表されない」________在日米軍司令部内部文書『合同委員会と分科委員会』

「新GHQ」日米合同委員会の決定は、天皇と日本国民が隷従させられている日本の最高法規『日本国憲法』に優先する

「協議」「合意」と言いながらその実態は、秘密会議で米軍が「要求」し、「憲法をも超越する会議に所属する自分」の姿に自己陶酔した日本官僚が嬉々として従い、「日本全土米軍基地・治外法権化」等、『日本国憲法』と、国会で正規に成立した日本の全ての法律に優先する「合意事項」=「密約」を乱発している

■日米合同委員会が、官僚の「長」であるはずの行政府・内閣の上位にある

■「戦後」日本の総理大臣、最高裁長官、検事総長は、米国務省・米国防総省が選んでいる

  • 軍隊のシビリアン・コントロール
  • 国民が政治意思を託して選出した国会議員による、公開される国会における立法
  • 国民が正しく政治判断をする為の、十分な情報の開示
  • 政策決定過程の全てを建設的批判にさらす可視性・透明性

明治維新でロスチャイルドが規制した、健全な民主主義の発展に必要なものを、「戦後」日本はロスチャイルド国際連合によって完全に奪われた。

「国民への説明責任」を持たないロスチャイルド国際銀行金融連合の日本銀行「政策委員会」が経済面で、ロスチャイルド国際金融軍産複合体の在日米軍=米国防総省・米国務省「日米合同委員会」が軍事面で、「戦後」日本の政治・外交権力を統制・支配している

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ディロン・リード会長クラレンス・ダグラス・ディロン

日本を事実上の「米国の基地植民地」とし、日本が主権と独立を喪失することと同義である「日本全土治外法権」を米軍に与える日米安全保障条約は、ディロン・リード社長ジェイムズ・フォレスタル米国防長官と、占領軍経済政策最終決定権を持っていた同社副社長ウィリアム・ドレイパー陸軍次官が書いた

対日講和条約交渉の米国側代表であり、『国連憲章』起草者の一人であるジョン・F・ダレスの下で働いていたディロン・リード会長クラレンス・ダグラス・ディロン(1959年から国務次官、財務長官を歴任)が、自衛隊(警察予備隊、保安隊)発足前後に米国の軍事産業要人を引き連れて来日し、三菱重工などディロン・リードが解体中止させ再編成した日本の軍事産業を、米国ロスチャイルド連合に統合した。

クラレンス・ダグラス・ディロンはまた、株式会社「日本技術生産協力会」(後に「日本兵器工業会」_1988年に解散後は社団法人「日本防衛装備工業会」)を設立、戦後日本の兵器・軍需装備品の生産・販売・購入がディロン・リードを通して行われるシステムを構築した。


ロスチャイルド国際金融連合の「日本占領」を以て、「全世界の敵・悪の枢軸ファシズム国家ドイツ・日本・イタリアとの戦争に勝利した『連合国』即ちロスチャイルド国際金融連合のフロント組織『国連』が、『世界統一政府』的・世界の指導者的立場に立ち、世界の諸国から『拠出金』という税金を吸い上げながら、『東西冷戦体制』『対テロ戦争体制』の舵取りをする(=世界戦争経済で儲ける)ことの正当性・正統性」が捏造された

「東京裁判史観」とは、ロスチャイルド国際金融連合の世界戦争経済支配に「正義の国連」という「化けの皮」を着せるために為された日本への誣告である

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真珠湾で日本軍に撃沈される米海軍艦ミズーリ号

日本は中国・米国を侵略していない

日本では通常「侵略戦争」と呼ばれる、国際法における「War of Aggression」とは、「正当防衛によらず、領土の獲得や他国民の支配を目的とし、『自発的に』起こした戦争」のことである。中国とソ連の国際共産主義者・赤軍の度重なる挑発で始まった満州事変や支那事変、ルーズベルトの謀略の「ABCD包囲網」__数千万人の失業者が発生すると予測された石油・屑鉄などの禁輸等、米国務長官ケロッグも「戦争行為」と呼んだ経済制裁__で撃たされた「真珠湾への第1撃」、それを「卑怯撃ち」にして米国民の怒りを煽った吉田外務省の「日米交渉打切り文書(宣戦布告)の故意の手交遅延」で始まった「太平洋戦争」は、断じて侵略戦争ではない。

「共同謀議」で裁かれるべきは、ロスチャイルド国際連合の方であった

(拙ブログ別稿「原爆と真珠湾:あの戦争の真実を、オバマ広島演説の自己欺瞞が覆い隠している」をご覧ください)

「[……]日本は産品が、蚕を除いてほとんど何もありません。日本には綿がない、羊毛がない、石油製品がない、スズがない、ゴムがない、その他多くの物がない、が、その全てがアジア地域にはあった。もし、それらの供給が断ち切られたら、日本では1000万人から1200万人の失業者が生じるであろうことを、日本は恐れていました。それゆえ、日本が戦争に突入した目的は、主として安全保障(security)によるものでした____ダグラス・マッカーサー元帥、総司令官解任後の1951年5月3日から開催された米国上院議会「軍事外交共同委員会」における証言

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日本軍将兵を追いかけて川を渡る慰安婦  (日本の慰安婦 wikipedia)

戦場慰安婦は「性奴隷」などではなく、「強制連行」など無かった

朝鮮での女性の月給が20円だった時代に、「月収300円以上」の戦場慰安婦(生活のため「醜業」に従事した職業婦人)は、新聞広告や口コミで応募者が殺到、大がかりな軍事行動を伴う「強制連行」など、必要も意味も全くなかった

本 Moon Oku-chu Ianfu Book

軍票でもらえる給料のほか、宴会などでもらったチップ(現金)を戦地郵便貯金に貯め、ほんの数年でダイヤモンドやワニ革バッグを買ったり、東京に家が5・6軒建てられるほども稼いだ、文玉珠の例もある。文玉珠は、酔って日本刀で切り掛かってきた客の日本兵を、逆に刺し殺してしまったが、軍法会議で「正当防衛」が認められ、無罪放免となり、馴染み客の日本兵たちから「よかったな」と喜んでもらっていた。それのどこが「性奴隷」なのか?

(拙ブログ別稿「「慰安婦『強制連行・性奴隷』説」は完全に破綻している__慰安婦には「職業選択・廃業・外出・外泊の自由」があった。__唯一客観的に検証された朝鮮人元慰安婦・文玉珠の体験記を精読する①」をご覧ください)


日本の主権の放棄を意味する『日本国憲法』と日米安保条約のそもそもの根拠とされた、独り日本を「悪玉」扱いする東京裁判史観「南京大虐殺」「中国侵略」と「慰安婦=性奴隷」の誣告は、ロスチャイルド国際連合による原爆投下を正当化すると同時に、日本と世界の国民を思考停止させ、「戦争の総括」「貧困・格差の原因究明」がなされることを阻止して、戦争金融サギ・グローバリズム帝国主義「新世界秩序」による全人類奴隷支配という、ロスチャイルドが問われるべき「世界平和と人道に対する罪」を隠蔽している

少し調べればわかることを調べもせず、日本人は自分達の祖父を、父を、兄を、「侵略者」「虐殺者」「強姦魔」と決めつけて、無実を信じてあげることも、それを証明する努力も、怠ってきた。

日本国民は、『日本国憲法』が、私達の祖父、父への冤罪を根拠に制定された事実、『日本国憲法』を「憲法」として戴くことで、私たち自身を「永遠に更生不可能な前科者」としてなぶり続けているのだ、という事実から目を背けたまま、70年余も過ごしてしまった。

日本人の思考停止は、しかし、世界の諸国民にも思考停止をもたらした。特に100万もの無辜の民を殺害した原爆投下や東京大空襲など全国無差別焼夷弾爆撃の是非を今も問い続けるアメリカ合衆国の国民にとっては、欺瞞のロスチャイルド国際連合史観の蔓延は、むしろ歪んだ「戦争贖罪認識」となって、日本同様にその国民精神を蝕むことになった。

「日本人は第二次世界大戦時に『中国侵略』『南京大虐殺』をしたのだから、原爆を落とされても仕方がない。(それにくらべたら、日本兵の頭蓋骨を置物として故郷で待つガールフレンドに贈るのくらい、可愛いものじゃないか!)」(http://time.com/3880997/young-woman-with-jap-skull-portrait-of-a-grisly-wwii-memento/)

「日本人は『20~41万人』の朝鮮人、中国人、フィリピン人などアジア各国及びオランダの女性・少女を拉致して性奴隷にしたのだから、北朝鮮が数人の日本人を拉致したことを非難する資格はない」(https://en.wikipedia.org/wiki/Comfort_women)

戦争の真実を知らなければ、戦争を総括することは出来ない。総括なしには、真の反省もあり得ない。戦争を始めたのは、本当は誰なのか。その目的は何だったのか。その真実を知って初めて、戦争を永遠に、本当に、「放棄」することへの第一歩が踏み出せる

(以下、「『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版4/5]」に続きます

ロスチャイルドの「通貨発行権」統制により、日本と世界の庶民は「新世界秩序」カーストの「無自覚の債務奴隷」にされた__『日本国憲法』無効確認で世界から戦争と貧困を根絶する[総合版1/5]

FRB設立・世界金融大恐慌からナチス台頭、原爆投下と日本の敗北・占領、東西冷戦を経て対テロ戦争へ………「世界戦争の世紀」のシナリオはロスチャイルドが書いた___『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版2/5]

を既読でない方は、こちらからどうぞ)

ロスチャイルドの「通貨発行権」統制により、日本と世界の庶民は「新世界秩序」カーストの「無自覚の債務奴隷」にされた__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版1/5]

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「私が『通貨』を統制してさえいれば、国家の政事を誰が執り行うかなどは、どうでもよいことである」(I care not who controls nation’s political affairs, so long as I control her currency.)_マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド、1790年

世界の中央銀行=「通貨発行権力」私有・独占統制が、ロスチャイルドの世界金融経済支配のカラクリ

明治維新・日本銀行設立は、「昭和維新」「平成維新」へと続くロスチャイルドの日本経済侵略の嚆矢、そして世界で同時進行していたロスチャイルドの世界経済侵略の一環であった

アメリカ独立戦争、フランス革命、ワーテルローの戦い(ナポレオン戦争)、南北戦争、アヘン戦争と明治維新、イタリア統一、金とダイアモンドの「デ・ビアス」セシル・ローズ融資とボーア戦争、ウッドロー・ウィルソン大統領擁立とFRB設立、第一次世界大戦とロシア革命で、ロスチャイルドは、フランス、イギリスとヨーロッパ、中国・日本(朝鮮)とアジア、イタリアとバチカン、南アフリカ、南北アメリカとドイツ、トルコ、ロシアの「通貨発行権」を手に入れた。

「戦争と革命の世紀」「格差社会から階級世界へ」のシナリオは、ロスチャイルドが書いた

安倍晋三首相が「戦後70年談話」で卑怯卑屈な隷従を誓った「新世界秩序」とは、ロスチャイルドがグローバリズム帝国主義経済と戦争金融サギで、250年をかけて構築してきた「ねずみ講」、世界人口の1%が世界の富の99%を収奪独占する犯罪的超格差社会を実現した「新・世界カースト制度」のことである。

新世界秩序カースト

世界金融大恐慌、ニクソン・ショック(オイル・ショック)、リーマン・ショックも「昭和・平成バブルの狂乱と崩壊」も「デフレ・スパイラル」も、「ロスチャイルド金融連合の大番頭」FRB(連邦準備制度)と日本銀行が引き起こした

ロスチャイルドの「グローバリズム帝国主義経済」が、「トラスト」「カルテル」「談合」「ねずみ講」「インサイダー取引」「租税回避」………あらゆる金融経済サギ・犯罪行為が横行する「金融サギ師のパラダイス」へと、世界を変えた

ロスチャイルド金融テクノクラートにファイナンスされたロスチャイルド国際金融軍産複合体=グローバル企業が、ロスチャイルドが創設した「世界統一政府」国連やEU、BISなど国際金融機関と、ロスチャイルドが決めた「超大国」米国の政府(国務省・国防総省・CIA)を支配して、世界の庶民の賃金・水・食糧・エネルギー等「ライフ・ライン」を統制し、文字通り世界人類と地球環境の「生殺与奪の権」を握っている。

「南北問題」「格差問題」はロスチャイルドが創出した

「先進国」と「後進国」、工業国と農業国、都市と地方、「ホワイト・カラー」と「ブルー・カラー」…………「格差」が拡大すればするほど、ロスチャイルド・グローバリズム帝国主義経済下でグローバル企業のコストは限りなくゼロに近づき、利益は巨大化する。

「富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる」_ユダヤ教の聖典『旧約聖書』「箴言」22-7

■イングランド銀行、日本銀行、FRB(連邦準備制度)、ECB(欧州中央銀行)

■BIS(「中央銀行の中央銀行」国際決済銀行)、世界銀行、IMF(国際通貨基金)

■「世界統一政府」国連、EU(欧州連合)

■「世界のシンクタンク=世界政策決定機関」RIIA(英国王立国際問題研究会)・CFR(米国外交問題評議会)、WTO(世界貿易機関)、WHO(世界保健機関)

世界の諸国の中央銀行、国際金融機関、国連・EUなどの国際機関は、日本人と世界の諸国民が考えるような「政府機関」「公共機関」ではない

ロスチャイルドが大株主のロスチャイルドの私企業(民間法人)、ロスチャイルドが奥の奥で統制する事実上の私設機関、まぎれもないロスチャイルドの私的営利団体でありながら、「Independent Organisation[(国家・政府からの)独立組織]」「公共性」という、「中立性」「客観性」と混同させる曖昧な文言を盾に、世界の諸国民の税金(「公的資金」「拠出金」)で運営され、「外交特権」を振りかざしてこれら非民主的・犯罪的事実を隠蔽し、たった700人の支配者達に世界の富を集中させるための「政策」を、全世界の諸国に実行させている。

ロスチャイルド金融テクノクラートの「円卓会議」ビルダーバーグ会議が、BIS「バーゼル・クラブ」、シティ・オブ・ロンドン「ザ・シティ」、NYウォール街、ブリュッセルEU本部など「世界の金融政策決定権力」を支配している

世界の諸国は、ロスチャイルドの中央銀行に金を借り、国家権力[行政(内閣・官僚)・立法(国民議会)・司法(最高裁・検察庁)]と「第4の権力」メディアをロスチャイルド金融テクノクラートに牛耳られながら国家運営をしている。

ロスチャイルドが、世界の「キング・メーカー」であり、「ルール・メーカー」である

独占禁止法[トラスト・カルテル禁止]、集中排除法[GHQの財閥解体]、大店法、種子法など、「国を経(おさ)め、民を済(すく)う」国民経済(実体経済)を保護するはずの法律・規制は、世界の諸国の立法機関を「通貨発行権」で統制する「世界の経済省・司法省」ロスチャイルド国際金融詐欺集団によって換骨奪胎・廃止されてきた。

1986年まで世界は「資金洗浄(マネー・ロンダリング)規制」を持ってすらいなかった。「タックス・ヘイブン(租税回避地)」問題に至っては、世界の代表的タックス・ヘイブンであるケイマン諸島の課税システムは、シティ・オブ・ロンドンの課税システムそのまま、即ち英国の金融政策決定機関である「ザ・シティ」そのものがタックス・ヘイブンの本家本元なのである。犯罪行為をする側の人間が、規制や法律を作っている。

ロスチャイルドが書かせた『日本国憲法』の「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」は、ロスチャイルドの世界金融サギのプロパガンダ

世界の「通貨発行権」を統制するロスチャイルドが、世界の諸国の「経済主権」「通貨主権」を握る「世界の影の主権者=統治者」である

「左翼 VS 右翼」「世界 VS ファシズム」「世界 VS コミュニズム」「世界 VS テロリズム」の対立構造は、ロスチャイルドが作った

世界に存在する真の対立構図は「世界の庶民 VS ロスチャイルド」だけ____

「ロスチャイルド」とは、個人の名前ではない。「ロスチャイルド」とは、「銀行の銀行」「金融財閥」として世界の「金と権力」を統制し、「金と権力」で世界を動かす「ロスチャイルド家とその閨閥」のことである。

ロスチャイルドの世界支配への道程は、ロスチャイルド商会250年の「戦争金融ビジネス史」

【PHASE 1(1774-1844)_ロスチャイルド家の勃興】

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ロスチャイルド商会創業の地、フランクフルトのユダヤ人ゲットー

  • 1774年_マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの12人の実力者との秘密会議_[世界革命計画「25のアジェンダ」始動]

アメリカ植民地13州に「世界一の生活水準」と、失業者も乞食もいない経済繁栄をもたらした「植民地貨幣」の発行を規制・禁止する「通貨法」や東インド会社のダンピングを許す「茶法」などによる、英国議会・イングランド銀行の長年に亘る植民地経済破壊ののち、1775年の「交易禁止法」により、ついにアメリカ独立戦争(「Bank War・経済戦争」)が勃発

アメリカ独立戦争は、ヨーロッパ金融権力からのアメリカ植民地13州の「経済主権の独立」を意味した

  • 1812年_「ロスチャイルド家の資産は絶対に秘密にせよ」という遺言をのこし、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド死去
  • 1815年_ワーテルローの戦い_[ネイサン・ロスチャイルドのイングランド銀行支配]
  • 1820年代_[ロスチャイルド5人兄弟のヨーロッパ支配]
  • 1844年_ライオネル・ロスチャイルドの政治工作で「ピール条例」成立_[イングランド銀行の通貨発行権独占と金本位制確立]

「他者の資産流用」「信用創造」「利子をとる」という詐欺行為・悪徳行為を基盤に成り立っている銀行・金融業を、19世紀初頭、ドイツのゲットーから「宮廷ユダヤ」に、そして「金融王」と呼ばれるまでにのし上がったロスチャイルドが、

  • 国家の「通貨発行権」私有独占統制
  • 「英国スターリング・ポンド建て外国債のロンドンでの取引」の発明
  • 為替レートの恣意的設定・固定
  • 「金本位制」支配

によって史上初の「国際基軸通貨」設定と英国とヨーロッパ経済の「金融化」を為し、自らが帝王となってその頂点に座す「金融テクノクラート帝国」の「金融ねずみ講」ピラミッドに進化させた。

ロスチャイルド御用達の経済学者たちはこれを「近代化」と呼ぶ。だがその実相は、「グローバリズム帝国主義経済」による世界の国民経済の破壊と世界の諸国家の衰退、ロスチャイルド金融テクノクラートの「独り勝ち」を意味していた。

【PHASE 2(1776-1917)_革命の世紀[「第三世界」アメリカ・アジア・アフリカ植民地利権統合]】

  • 1776年_ロスチャイルドの融資でフリーメーソン「グランド・オリエント(大東社)」内に国際共産主義の源となる「イルミナティ」結成、『新世界秩序』出版[国際共産主義の創出]

[イルミナティ行動綱領] 

  1. 全ての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界統一政府の樹立 
  2. 私有財産と遺産相続の撤廃 
  3. 愛国心と民族意識の根絶 
  4. 家族制度と結婚制度の撤廃と、子供のコミューン(自治体)教育の実現 
  5. すべての宗教の廃絶
  • 1784年_ドイツ・バイエルン政府が「イルミナティ」を非合法組織と認定、大東社の閉鎖を命じる
  • 1789年_ロスチャイルドとフリーメーソン融資でフランス革命勃発

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啓蒙思想によって「理性を持たない半人間」と定義された植民地奴隷の有色人種とその混血には、フランス革命「人権宣言」が謳った「人権」は認められなかった

  • 1791年・1816年_第一・第二合衆国銀行(ロスチャイルドの「認可」中央銀行)設立
  • 1832年_ロスチャイルドが東インド会社から継承した東アジア・中国麻薬利権につながるラッセル、タフトによる「イルミナティ」のアメリカWASP版「スカル&ボーンズ」結成

ロスチャイルドの「スカル&ボーンズ」が、1942年に米陸軍省内にOSS「戦略事務局」(1947年にCIA「中央情報局」に改組)を設立する。

「スカル&ボーンズ」が、過去2世紀のアメリカ合衆国の政財界を取り仕切ってきた

  • 1837年_米国議会の「第三合衆国銀行」不認可への報復としてロスチャイルドが「1837年の金融パニック」を引き起こす
  • 1837年_ロスチャイルドの代理人オーガスト・ベルモントが渡米_[米国ロスチャイルド連合統合開始]
  • 1837年_渡英したジョージ・ピーボディを、ネイサン・ロスチャイルドが秘密裡に会見、ロスチャイルド代理人とする。その後、子供のいないピーボディは、ジュニアス・スペンサー・モルガンJ・P・モルガンの父を後継者に指名

「トラストのトラスト」「アメリカの制度、法律、国家そのもの」とまで謳われたモルガン商会は、ロスチャイルドの秘密のアメリカ代理人であった

  • 1840年_ロスチャイルドが統合したジャーディン・マセソン、「インドのロスチャイルド」と呼ばれた「アヘン王」サスーン、ロスチャイルド以前のロンドン証券取引所の支配者ベアリングラッセルら中国ロスチャイルド連合によってアヘン戦争が引き起こされる

  • 1849年_オーガスト・ベルモントがマシュー・ペリー提督の娘キャロラインと「意味のある結婚」、義父に日本への砲艦外交を示唆する

アメリカ東海岸フリーメーソンの大立者ペリーとの結合により、ロスチャイルド・ベルモントはペリー、モルガンとともに「ボストン財閥」を形成、またアメリカ東部エスタブリッシュメントの雄ディロン・リードの支配権もディロン、ペリー、ベルモントで分け合うことになる。

Perry and Belmont
オーガスト・ベルモントとマシュー・ペリー提督

  • 1835年_ロスチャイルドがシャルル・ルイ・アヴァスに融資してフランスに「世界最古の通信社」AFP通信を設立させる
  • 1851年_アヴァスの部下ポール・ジュリアス・ロイターがイギリス・ロンドンにロイター通信を設立

「世界最古の通信社」AFPとロイターは、「情報を制する者が、金融経済・政治外交・軍事を制して世界を制する」ことを知っていたロスチャイルドの融資によって設立された。

  • 1853年_日本の前に上海に寄港したマシュー・ペリー提督は、中国ロスチャイルド連合ラッセル社のウォーレン・デラノ(フランクリン・デラノ・ルーズベルトの祖父)と会談
  • 1853年_ペリー黒船来航、翌年再来し江戸幕府と不平等条約を結ぶ
  • 1859年_中国ロスチャイルド連合ジャーディン・マセソン代理人でロスチャイルド傘下のロイズ保険の代理人でもあるトマス・ブレイク・グラバーが来日、長崎にグラバー商会を開業、坂本龍馬の亀山社中に倒幕のための武器を調達するなど、江戸幕府転覆勢力のネットワーク構築を開始。また、岩崎弥太郎を支援し、三菱財閥育成

  • 1860年_南北戦争_[新奴隷制度への移行]

南北戦争は、強大な国家に育ちつつあるアメリカを分断するため、欧州の金融権力によって誘発された」_ドイツの「鉄血宰相」オットー・ビスマルク1876年(1921年『ラ・ヴィエーユ・フランス』誌に発表)

1862年2月_リンカーン大統領が、債務の発生しない政府紙幣「グリーン・バック」を発行する

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1862年にリンカーンが発行した合衆国政府紙幣 「グリーン・バック」

全ての通貨は、政府が創造し、発行し、流通させるべきである。そして『信用創造量』は政府の支払い能力と消費者の購買力の両方に見合ったものでなければならない。この原理原則に則るなら、納税者は莫大な額の『利息』を払うことから解放される。その時、お金は人間の『主人』であることをやめ、人間の『しもべ』となる____民主主義が、『金と権力』の上位に立つのである」“The Government should create, issue, and circulate all the currency and credits needed to satisfy the spending power of the Government and the buying power of consumers. By the adoption of these principles, the taxpayers will be saved immense sums of interest. Money will cease to be master and become the servant of humanity. Democracy will rise superior to the money power.”)___アブラハム・リンカーン

[政府紙幣の発行のためには]まず、財務省が印刷する紙幣を法的に有効な通貨と認める法案を議会で可決させる。そしてその印刷した紙幣で兵隊達の給料を払って、そのお金を使って軍需物資を調達すれば今度の戦争[南北戦争]にも勝つことができる。国民はそんな紙幣を信用するか? もし米国大統領がその通貨を法的に認めさえすれば、国民はこの事に関しては選択できない。(通貨決定の権利は)憲法によって明確に議会に与えられているのだから、国民は政府の決定を全面的に承認し、(新通貨は)今まで流通していたいかなる通貨とも同じように価値がある」___リンカーン大統領の財務長官チェイス

南北戦争を「奴隷解放の戦争」とすることは、ロスチャイルドが決めた_人道的見地から奴隷を本当に「解放」する為ではなく、「奴隷主に奴隷扶養コスト、奴隷の逃亡を防ぎ抑圧するための軍隊コストがかからない『改良型』奴隷支配制度への移行」の為に

  • 1862年7月_「ロスチャイルドの中央銀行」イングランド銀行が、「南北戦争を『奴隷解放』戦争とすること」「リンカーンのグリーン・バック紙幣排除」を謳う『Hazard Circulation ハザード・バンキング回報』(↓)を、米国の銀行業間に配布した

《「奴隷制度は戦争の力で廃止されるであろう。それには、私も、私のヨーロッパの友人たちも賛成である。なぜなら奴隷制度は労働力を所有することにほかならず、それには労働者の面倒を見ることが伴う。一方、ヨーロッパ流のやり方では、資本家が賃金を管理することによって労働力を支配する。これは通貨を管理することによって可能となる」》

《「銀行業務の基本としては、債券が用いられねばならない。(中略)

グリーン・バックと呼ばれている政府発行紙幣を、いかなる期間も通貨として流通させてはならない。我々がそれを管理できないからである」》

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1865年4月_リンカーン大統領暗殺

  • 1865年_オーガスト・ベルモントに続き、ジェイコブ・シフもロスチャイルド代理人として渡米、クーン・ローブ商会創設者ソロモン・ローブの娘と結婚してクーン・ローブ商会頭取となり、後に日本に戦費を融資して日露戦争を戦わせることになる

この時期、クーン・ローブ商会がジョン・D・ロックフェラー、エドワード・R・ハリマン、アンドリュー・カーネギーの後援者となり、それぞれの財閥育成を支援。以降、ロックフェラーの〔恐らくは、ハリマン、カーネギーも〕財務はクーン・ローブ商会によって管理され、投資などはクーン・ローブの承認なしには行えない仕組みになっている。

シフはまた、モルガン、ビドル、ドレクセルといった三大有力者を統合して、ロスチャイルドのウォール街銀行連合を結成した。

  • 1865年_ジャーディン・マセソン、サスーン、ベアリングらロスチャイルド国際金融連合が、アヘン戦争によって得た巨利を「中国から取り戻し」、安全・迅速に英国に送金するための銀行 HSBC「香港上海銀行」を、ロスチャイルドを大株主として上海に設立。トマス・グラバーが日本でのHSBC 代理人となる

1868年、ロスチャイルド「ジャーディン・マセソン」に融資を受けた伊藤博文ら長州5傑ほか、薩摩、土佐などの倒幕勢力(「マセソン・ボーイズ」)により、明治維新、成る

「倒幕」勢力は英ロスチャイルドが、幕府側は仏ロスチャイルドが支援していた_[ロスチャイルドの常套「リスク・ヘッジ(両建て作戦)」]

抜け目のないロスチャイルドは、「幕末維新戦争」の両陣営に、アメリカ南北戦争の余剰軍需物資を供給していた。

「昭和維新」「平成維新」へと継続していく「ロスチャイルド外資」の日本経済侵略の嚆矢であった明治維新は、「志士」達の意図したところの如何にかかわらず、中国をアヘン戦争で侵略した中国ロスチャイルド連合「ジャーディン・マセソン」の融資を受けての倒幕(国家転覆)を開始した時点で、まぎれもない外患誘致(外国の侵略幇助)国家反逆行為となった

【明治維新の核心①】_ロスチャイルドの融資による「革命」戦争で国家転覆(倒幕)、ロスチャイルド融資を受けた「維新の志士」達による明治「革命」中央集権政府の樹立、「ロスチャイルドの中央銀行」日本銀行の設立と、江戸幕藩体制下で分散されていた「通貨発行権」の日本銀行(ロスチャイルドの政府と天皇)への集中

  • 1877年_仏ロスチャイルド家4代目当主アルフォンスの部下であったフランス蔵相レオン・セーが、渡欧した松方正義に、中央銀行[日本銀行]を創設するようアドバイスする
  • 1882年(大日本帝国憲法制定に先んじること8年)_日本銀行設立_創業者・松方正義が初代「総裁」となり、日本における金本位制を確立

 

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横浜正金銀行

日本銀行の設立に先立つこと3年の1879年、貿易金融・外国為替に特化した「裏の日銀」横浜正金銀行が、「マセソン・ボーイ」井上馨と福沢諭吉の支援で設立されている(営業開始は「ロスチャイルドのHSBC 香港上海銀行が洋銀券を撒いている時分」の1880年)

幕末の洋銀(メキシコ・ドル銀貨)流通[為替両替サギ]による金貨の大量流出[欧米列強の帝国主義的収奪]、明治期のHSBC 香港上海銀行などの洋銀券の流通[ロスチャイルド外資による洋銀相場サギ]は、日本の「通貨主権」の蹂躙であった

横浜正金銀行は、1906年高橋是清が第7代頭取に就任すると、日本の租借地だった関東州(遼東半島)・中国における銀行券(横浜正金銀行券)の発行を許可される。1938年には、HSBC 香港上海銀行を傘下に収め、中国における徴税権を得る1941年12月23日、敵産管理法により、ロスチャイルドのニューヨーク・ナショナル・シティー銀行、HSBC 香港上海銀行、チャータード銀行、オランダ系銀行2行の5行について、政府から財産管理を命ぜられる。

  • 1870年_「イルミナティ」2代目首領ジュゼッペ・マッチーニが組織した「青年イタリア」の主導で1815年から始まったイタリア統一運動が終了

[ローマ教皇領のイタリア王国併合によって領地収入が途絶え、財政困難に陥ったバチカンにロスチャイルドが救いの手を差し伸べ、以降「ユダヤの宿敵」ローマ・カトリック=バチカンの財政管理をロスチャイルドが行うことになる]

  • 1875年_ロスチャイルド融資でディズレイリ首相の英国がスエズ運河を買収
  • 1888年_ロスチャイルドが「デ・ビアス」のセシル・ローズを融資
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「アフリカのナポレオン」セシル・ローズ
  • 1890年_セシル・ローズが南アフリカ・ケープ植民地の首相になり、「アパルトヘイト」を創出するアルフレッド・ミルナー、「バルフォア宣言」(ユダヤ国家建設)のバルフォア(ロスチャイルド一族)らとともにロスチャイルドの「円卓会議」RIIA、CFR設立を主導していく
  • 1894年-1895年_日清戦争―下関講和会議は「マセソン・ボーイ」伊藤博文と、ロスチャイルド中国代理人・李鴻章とで取り仕切られた
  • 1904年-1905年_日露戦争―ロシア皇帝の財産管理をしており、かつまた、バクー油田の利権をめぐってロシアと交渉中であったロスチャイルドは、日本への直接融資を避け、ニューヨークのロスチャイルド代理人ジェイコブ・シフ「クーン・ローブ」に融資させた

【日清戦争・日露戦争の核心】____1814年の東インド会社利権継承、アヘン戦争によって東アジア植民地利権支配を確立したロスチャイルドは、日清・日露戦争によって石油・鉄道などの満州・シベリア利権支配に邪魔な満州(女真)族の清帝国と帝政ロシアの弱体化に成功し、「韓国併合」によって年予算の10%にも上る日本国民の税金を投入しながら朝鮮利権も確立、さらに両戦役によって、日本に未来永劫「利息部分」だけを払わせ続ける「不滅の負債」を負わせ、日本の大債権者(=所有者)となった

「金融業者達の目的は、消滅不可能な債務の創造による世界支配である」_ヘンリー・フォード

「明治維新という近代化=帝国化が、欧米列強帝国主義の侵略・植民地化を日本に回避させた」_そして「富国強兵」によって遂には「不平等条約を改正し、列強と平等・対等になり、『近代的産業国家』として列強と肩を並べるまでになった」という、150年にもわたる幻想の中で、日本国民はその血税を「ロスチャイルド世界戦争金融サギねずみ講」への上納金として納め続けてきた。

1919年のヴェルサイユ会議で、世界平和の理想に燃え、「列強の一員となって国際社会に発言権を得た」と勘違いした日本が提案した「人種差別撤廃条項」を、「全会一致でないから」という理由で(多数決なら11対5で賛成多数であったにも拘らず)冷然と拒絶したのが、ロスチャイルド金融連合に擁立され、米国議会がクリスマス休暇で事実上「開店休業中」の1912年12月23日に、だまし討ち的にロスチャイルド銀行連合の私企業であるFRB「連邦準備制度」を設立してしまった売国奴、ウッドロー・ウィルソン大統領その人であったことは、決して偶然ではない。

(以下、「FRB設立・世界金融大恐慌からナチス台頭、原爆投下と日本の敗北・占領、東西冷戦を経て対テロ戦争へ………「世界戦争の世紀」のシナリオはロスチャイルドが書いた『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版2/5]

ロスチャイルド国際連合は、『日本国憲法』と日米安保条約によって、日本の主権と独立を簒奪し、日本民族の名誉と尊厳を蹂躙している__『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版3/5]

JFK暗殺、9.11、東日本大震災と福島原発『事故』の真相究明、戦争・テロと貧困・格差の原因追求を、ロスチャイルド国際連合の「世界平和と人権」サギが妨害している___『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版4/5]

に続きます)