【天皇陛下の譲位のご意向表明】 有識者会議も、特例法も、GHQ『皇室典範』改正も、「連合国への隷属」継続が前提の、亡国への道__正確な現状認識だけが日本を護る③

天皇との6年に亘る激論の末、「参与会議」が証明した「無効論」無視の議論の絶望的不毛

「摂政では駄目なんだ」:天皇陛下は強い口調で、きっぱりと仰った

 天皇陛下の「有識者会議」=「宮内庁参与会議」は、6年にも亘る天皇陛下御自身との激論を経てなお、天皇陛下の譲位のご意向実現の具体的方法について、結局何も決められなかった。この上誰が、どんな議論をして、何を、どう決めるというのか?

 

「私は譲位すべきだと思っている」

「天皇という存在は、摂政によって代行できるものではない。皇太子に譲位し、天皇としての全権と責任を譲らなければならない」

「(大正天皇の摂政設置は)大正天皇ご自身の意思に反するものであり、踏襲されるべき先例ではない」

「前提として天皇の高齢化という条件は必要だと考えるが、退位は、天皇の自由な意思で行われなければならない」

天皇陛下は、強い口調で、きっぱりとおっしゃった…。天皇からのお召しを受けた各界の「有識者」(宮内庁職員ではなく、あくまで「天皇の私的なご相談役」「経験や専門の知見を活かすというより、国民としての立場」での発言を要請され、3年ごとに更新される)3名と宮内庁長官、侍従長を加えた5名で、御所にて開かれる、皇室の重要事項に関して議論する「宮内庁参与会議」__その2010年7月22日の会議に於ける天皇陛下のご発言である。(『文藝春秋』2016年10月号「総力特集 『天皇 生前退位の攻防』  真相スクープ  『皇后は退位に反対した』」__この時のメンバーは元宮内庁長官・湯浅利夫、元外務事務次官・栗山尚一、東大名誉教授・三谷太一郎。2016年9月現在は元検事総長・原田明夫、元警察庁長官・國松孝次ら)

「陛下は激論も辞さないご姿勢でした。摂政案は、こちらがどう申し上げても受け入れられなかった。お考えはすでに固まっているなと思いました」(上記「参与会議」出席者)

話し合いをしながら食事ができるように、人数分並べられたお互いの弁当が、ぶつからないように気を使うほど幅の狭いテーブルをはさんで、午後7時から始まる「参与会議」はその日、稀にみる激論となり、深夜12時を回るまで、天皇の話__「摂政」ではなく「譲位」でなければならないことを「参与会議」出席者に納得させること__は尽きることなく続いた。

〈そんな参与会議で、10年7月以降、退位についての議論が重ねられた。天皇は「譲位」「退位」を主張して譲らず、自分が「上皇」になることで、どのような不都合があるのかとも問いかけられた。〉

〈当初は摂政の設置で解決するべきだとしていた皇后も、天皇の固い意思を確認されて、やがて退位を支持するようになる。〉

長い議論を経て、出席者たちも天皇を説得するのは不可能であることを悟るようになった。11年ごろには、議論は「退位」を前提としたものへと移っていた。〉(同上)

5年前、2011年ごろには、既に、天皇陛下の「有識者会議」である「参与会議」は、「天皇陛下の譲位のご意向は固く翻しがたいものである」との結論に達していたのである。

『文藝春秋』が表紙の大見出しにもした「皇后は退位に反対した」ことは、事実であるにしても実際にはそのこと自体が「スクープ」というほどのことではない。「参与会議」の出席者によれば、皇后陛下は「議論にお強く」「非常にシャープで、議論を厭わない」方であるらしい。その皇后さまも、数度の「参与会議」での議論を経て、陛下のご意思の固いのを確認され、当初の「退位反対」「摂政設置」のご意見を翻され、譲位を支持されるようになった。皇后さまの討論における通常のご姿勢を考えるなら、それは、ただ単に天皇陛下の固いご意思に根負けした、ということではないであろう。天皇陛下のご意向の後ろにある、事実と経験に基づく論拠に、納得された、ということであるはずだ。

当初、参与の誰もが「摂政設置」を主張していた。彼らの根拠は次の様なものであった。

「摂政に公務を任せる分、陛下のご公務が減ったとしても、国民の理解は得られる」

「皇太子殿下に摂政として経験を積んでいただくことは、将来的にも悪いことではない」

冒頭に引用したのが、これらに対する天皇陛下の反論である。

「摂政では、駄目なんだ」「天皇という存在は、摂政によって代行できるものではない」

陛下は、父君・昭和天皇の皇太子時代の、大正天皇の摂政をなさったご経験、そして今上陛下御自身の昭和天皇の公務代行をなさったご経験から、そう仰っている。

日本の歴史と伝統によれば、天皇の地位は、「万世一系の男系の血筋」をその継承資格としている。

天皇は、古代より連綿と、ただ一筋の血筋で125代続いてきた、というその事実により、世界に一人の希少なご存在であり、そうであるからこそ、世界一貴いご存在なのである。

何百年、何千年も生きている古木に霊が宿ると、日本人は信じる。天皇のご存在もまた、それと同様の霊的なご存在であるが故に尊いのである。

天皇の本質は「祭祀王」である。「天皇の務め」の本質は、祭祀である。

宮中祭祀の中には、天皇にしか行えない「秘儀」がある。「即位した天皇」だけが為す秘儀によって、「天皇霊」がその御身体に宿り、正真正銘の「天皇」になられる。

天皇によってのみなし得る「祭祀=天皇の務め」がある、ということである。

摂政や「公務代行者」には、それが務まらない。天皇が崩御され、次代の天皇が即位されるまで、その祭祀は行われない、行うことが出来ない、ということである。

祭祀王=天皇が、その第一の務めたる祭祀を執り行えない。天皇にとって、これ以上の屈辱があろうか?そしてそれは、日本の国体にとっての不仕合せである。

それが、8月8日の陛下の「御言葉」にある「天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であることに変わりは(ない)」ということである。

大正天皇の摂政設置は、大正天皇ご自身の意思に反して行われたことであり、踏襲されるべき先例ではない、と天皇陛下ははっきりと仰っている。昭和天皇も、晩年の御不例の際、ご自身の大正天皇の摂政体験を以て、「摂政設置」を嫌われたといわれている。

「摂政設置」は「天皇の権威の低下」に直結する。

それでなくとも、連合国によって、彼らが日本に強要した『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって、天皇の権威は貶められている。

「大変過ぎる公務を、陛下が自ら増やしてしまった」「だから無理ならば止めればいい」という、無知で非情な言説が「識者」達の間に散見される事にも、それは表れている。

「天皇の務め」=「公務」を、式典や行事に出席すること、外国からの賓客を接受すること、出掛けて行って人に会うこと…、等と矮小化しているのだ。

これは天皇の神霊性を軽視・無視しているということ、つまりは天皇の権威の否定である。

GHQ『皇室典範』は、宮中祭祀を「天皇家の私事」として規定し、「公務」として認識していない。天皇を「祭祀王」として認識することを、憚っている。

人種間、国家間の対立を煽って混沌を招来し、利己主義を奨励し、無秩序・無政府状態を醸成して、世界戦争を起こし、世界同時暴力革命を達成するのが目的の国際共産主義者たちにとって、「八紘一宇=人類は皆家族」であらゆる人種を融合する祭祀王=天皇と、その天皇を「万民の父母」として奉じる世俗的家族主義・利他主義の日本人は、一人残らず消してしまいたい邪魔な存在である。

だから連合国は、「祭祀王=天皇」も「立憲君主=天皇」も、その存在を否定し、貶めた。

GHQによって廃止されかけた「宮中祭祀」を、「天皇家の私事」であるということにしてでも存続させた、という経緯が占領期にあったにしても、「国民のために祈る」という行為を「天皇家の私事」とすることは、「祭祀は天皇が勝手にやっているわたくしごと」とみなすこと、つまり「天皇の権威の軽視・無視・否定」を促進しているというその事実を、いま私達は見過ごしてはならない。

「宮内庁参与会議」は、「天皇の譲位のご意向を表明する」ということの他には、何も決められなかった__障害となったのは、政府と『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』であった。

「宮内庁参与会議」では、先述したように、2011年ごろには「天皇の譲位」を前提とした議論に移っていた。しかし、その後5年間、「参与会議」は大きな障害に立ちはだかられ、議論は進まなかった。決まったのは、「天皇のご意向をどういった言葉で表現し、いつ表明するべきか」ということだけであった。

「参与会議では、14年の時点で、翌年の15年12月のお誕生日会見で、退位に関するお気持ちを表明するという案が出ていて、ビデオメッセージという形式も考えていました」(宮内庁関係者  『文藝春秋』10月号 同上記事)

つまり、「参与会議」はたったこれだけのことを決定するのに3年を要し、しかもその決定された「お気持ち表明」は、今年8月8日にようやく実現するまで、さらに2年の「待った」をかけられたわけだ。

退位を実現させるために、政府をどのように動かすか。また、お気持ちの表明にあたり、政府の了承をどのように取り付けるか。それが、当初から最大の問題だったのです。」(宮内庁関係者 同上)

憲法にも皇室典範にも規定がない「退位」の実現には、典範改正か特別法の制定が必要になるため、政府の協力が必要となる。〉(同上)

当時の民主党政権と宮内庁とは、2009年12月の「小沢一郎、陛下のご体調に配慮した『一か月ルール』無視で習近平・天皇特例会見を強要」の一件以来、当然の如くギクシャクしていた。「大変異例なこと。もう二度とこういうことは有ってほしくない」と会見で発言した羽毛田宮内庁長官を、小沢は「一役人が内閣の方針にどうこう言うなら、辞表を出してからいうべきだ」と、公に批判した。宮内庁側からは、とても「退位」の件を相談できる雰囲気ではなかった、というのである。

「宮内庁長官といえど、皇室に関することを独断で発言することはできません。長官の発言は、ほぼ天皇のご意思と見ていい。自由に発言できない天皇のお気持ちを代弁した長官を、小沢氏は叱り飛ばしたのです。」(皇室担当記者  同上)

民主党には他にも「大韓航空機爆破事件」の北朝鮮元工作員(現在韓国在住)金賢姫の「超国賓待遇招聘・ヘリコプターで海自・米海軍基地上空『遊覧飛行』」(2010年7月)「秋篠宮殿下への『早く座れよ』不敬発言」(2010年11月)の中井洽議員という外患誘致容疑者がいるが、小沢同様、中国・韓国・北朝鮮への忠誠心の方が日本への愛国心より大きそうなのは間違いなく、その天皇・皇族への不敬は目に余る。

国会議員の半分は反日・天皇制廃止論者、あとの半分の殆ども、米国追従で、GHQの洗脳で脊髄を犯されており、日本の国体の危機を感じ取る感性を喪失している。このような連合国の意のままに操られる「敗戦利得者」のような人々に囲まれて激務をこなす陛下の焦燥感、孤独感は如何ばかりか…。想像に難くない。

2012年2月、天皇陛下は心臓冠動脈のバイパス手術を受けられた。

今上陛下が、おそらくは敗戦時の十代の頃から、70年以上も、我々国民には想像もできない類の「悪意」に対峙してこられたであろうことを思うと、もうこれ以上、一日たりとも長くお待たせすることはできない。

それが分かっていながら、政府は「有識者会議」による検討、「特例法」制定という間違った道を選んだ。

9月23日、政府が発表した有識者会議の名称は、「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」である。「公務負担軽減」__天皇の「譲位」の実現を話し合うのではなく、「参与会議」が6年前に通り過ぎ、天皇ご自身が却下された議題を、また掘り起こすというのである。

「私は譲位すべきだと思っている」

この問題の出発点となる2010年7月22日の「宮内庁参与会議」=「天皇陛下の有識者会議」は、陛下のこのお言葉で始まった。

「公務削減」は論外、「摂政設置」は不適切。「譲位」しかない。天皇陛下は6年前、そこから話を始められたのだ。

『週刊新潮』2016年7月28日号によれば、陛下念願のフィリピン訪問を果たされた後の今年春先に、宮内庁は天皇陛下のご公務の大量削減案を提出したところ、「(陛下は)いつになく強いご難色を示され(……)『こうした案を出すくらいなら、以前より私が考えてきたことは、なぜできないのでしょうか』というようなお言葉」で、叱責されていた。(侍従職関係者による)

宮内庁長官は、「参与会議」だけでなく、皇室の将来を案じておられる天皇陛下をお助けするため、皇后陛下が提案され、2009年から実現した、天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下の「三者会談」にもオブザーバーとして臨席している(当初は羽毛田信吾長官、2012年から風岡典之長官)。

にも拘らず、陛下のご苦悩の原因が『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』による天皇の権威の軽視・無視・排除にあるのだ、という真実から、目を背け続けている。

9月26日に、退任した風岡長官の後任として、宮内庁長官に就任した山本信一郎は、2016年7月13日の最初のNHKの「天皇陛下のご意向表明」報道の際、宮内庁として「生前退位」の検討をしているかと聞かれ、「その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません」と語っていた。

天皇が自身の意向を表明し、それに呼応して政治が動けば「違憲」となる、だからこの「お気持ちの存在自体の否定」は天皇陛下を御守りしようとしてのこと、という「善意の解釈」が複数の「識者」からも聞こえてきている。

だが、それは話が逆さまだ。天皇の「譲位」についての規定がないどころか、崩御に至るまでその地位にあって公務を行い続けよ、と規定し、天皇自身の身の振り方についても天皇自身で決定できず、「主権者(=国民)=政府・国会」の下位に天皇を貶め、その決定に身を委ねさせる『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の非人道性、理不尽さに、まず疑問を投げかけるべきではないのか?

このようなおかしなものを『憲法』『典範』と呼んでいていいのか、これらが本当にその名を冠する資格があるのか、なぜ誰も問おうとしないのか?

天皇陛下の譲位のご意向の実現を阻んでいるのは、「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が有効である」という欺瞞である。

宮内庁、政府、国会…。現在この問題を動かす立場にあるものの誰もが、『日本国憲法』が天皇の政治への関与を禁じている、GHQ『皇室典範』には退位の規定がない、というところで思考が止まってしまっている。

宮内庁も、そしてなぜか「憲法改正」に執心する政府自民党も、『日本国憲法』の遵守に懸命で、「無効論」への言及すら聞こえてこない。

内閣官房副長官・杉田和弘は、天皇陛下のご意向が明らかになった7月13日直後、「皇室典範改正となれば、きっと物議を醸す。また、陛下のご発言が政治に影響を及ぼしたという事実自体が、憲法違反となりかねない」と周囲に言っていた。(『文藝春秋』2016年10月号上記記事)

杉田内閣官房副長官は、宮内庁長官の政府側のカウンター・パートであり、「有識者会議」の運営など、「天皇陛下のご意向」問題の実働部隊である、皇室典範改正準備室(こちらも独自に天皇の公務削減について検討していた)のトップである。

「陛下のご意向問題実働部隊」の皇室典範改正準備室の長までが、陛下を「違憲」呼ばわりし、「物議を醸すから」とGHQ『皇室典範』改正について躊躇しているのだ。

だが、『日本国憲法』もGHQ『皇室典範』も、改正の必要はない。いや、改正などして、これら無効なものを「有効認定」するようなことはしてはならないのだ。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認、そして大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認で、政府や識者が「困った、困った」と言って頭を抱えている問題は、全て解決するといってもよい。

にも拘らず、誰もが必死になって「無効論」という言葉すら国民の耳に届かないようにしているように思える。

「無効論」を知らないのか?そんなはずはない。自民党内だけでも、過去には稲田朋美、西田昌司らが「日本国憲法無効論」に言及していた。(「憲法無効論 渡部昇一・稲田朋美 YouTube」「現憲法無効論を主流にできるのか 週刊西田 一問一答 YouTube」)

稲田朋美防衛相は、衆議院議員に初当選の翌年2006年から、毎年行ってきた8月15日の靖国神社参拝を今年は見送り、なぜかアフリカ・ジブチを訪問させられた。これを画策したものが、彼らの「日本国憲法無効論」を圧殺しているとみて間違いないであろう。

陛下の譲位のご意向は、実現に向かうどころか、「保守」であるはずの政府自民党によって、また「ふりだし」に戻された。

安倍政権は、この「有識者会議」のメンバー選定にあたり、敢えて皇室問題・憲法の専門家を除いた。過去の発言などから、『結論ありきの人選』との批判を浴びかねず、議論が皇室制度全体に及ぶことへの懸念もありそうだ。議論を早期に取りまとめたい政権の思惑も透ける」と、日本経済新聞は推察する。(2016年9月24日)

要するに、安倍政権は「何も決めない」「(憲法改正のため)早期決着」という結論ありきの人選で、座長には安倍首相に近いとされる経団連(中国寄りか?)名誉会長・今井敬を据え、これまでの「有識者会議」経験者である御厨貴東大名誉教授、清家篤慶応義塾長らを含めた。御厨貴は「時間のかかる方法を避け、特例法で対応する必要がある」といっている。(同上)

「政治、歴史、行政など幅広い分野から選び、国民的議論を印象づける狙いもありそうだ」(同上)というが、この有識者会議の設置を以て「国民的議論が深まった」とされてはかなわない。

第一、「国民としての視点からの自由な意見の聴取」なら、天皇陛下が「参与会議」でもう済ませておられる。6年もかけて。これ以上何を、皇室問題の素人である人々から聞こうというのか?

それに、安倍政権は、「特例法で対処する」と、もう決めている。

しかも、「有識者会議」の議論が始まる前に、「特例法」について、既に法制局の「お墨付き」を取っている。

9月30日、横畠裕介内閣法制局長官が、衆院予算委員会で、「皇室典範そのものを改正せずとも、特例法を制定すれば天皇陛下の譲位の実現が可能である」との「見方を示した」

官邸幹部が「横畠氏の答弁は政府として(有識者会議の)意思統一したものではない」と弁解がましくいい、菅義偉官房長官も「法制局長官は有識者会議で幅広く検討を行うという前提に立ち、あくまでも一般論として言われたこと」と言っているが、これはどう見ても「お墨付き」だし、加えて御厨貴東大名誉教授の声もあり、「(有識者会議には)国民目線で真っ白な視点で議論してもらう」という政府の言は言っているだけ、の感が否めない。

法制局長官答弁は、正確には「皇室典範は特例、特則を定める別法も含みうる」とのことだが、これは『日本国憲法』第2条の「皇位は国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」というのを、「国会の議決した」法律が、皇室典範だけでなく、特例法も対象になる、という解釈である。

特例法は、例え法制局長官のお墨付きがあったとしても、「解釈改憲」にすぎない。

安保法制の時と同様、いづれ野党に矛盾を突かれ、退位後の天皇の地位が自衛隊同様の「違憲」の存在にされてしまうだろう。

「日本の国体の破壊装置」である、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は偽物だ。そんな偽物を国の根幹に据えていることの不条理に知らぬふりをし、そこから噴き出す矛盾に蓋をして回るだけでは、いつか大爆発を起こして汚物をまき散らすことになろう。そして、今のままではその時は近い。

「国民的議論を深めている」というポーズだけの、何も決めない「有識者会議」、天皇陛下のご意向の真意を理解し、「無効論」という法理的に正しい道を探ろうともせず、今上陛下御一代のみの譲位を「解釈によって許可」する「特例法」__これは、天皇陛下への侮辱である。

天皇陛下は、「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ると仰った。それを承った国民は、その大多数が「今上天皇だけでなく、その後の天皇もずっと譲位を可能に」と、政府に要望した。

それを、政府は無視したのである。

政府自民党、安倍政権にお願い申し上げる。

今からでも遅くはない。「有識者会議」に日本国憲法無効論者を招聘し、無効論を国民に周知していただきたい。

正真正銘の公議公論に「日本国憲法無効論」を付し、国民に天皇陛下を補翼する機会を与えて頂きたい。

そうして、天皇陛下に心からの御安らぎを、差し上げて頂きたい。

「生前退位」という言葉の連呼は、天皇陛下に対する「お葬式いじめ」ではないのか?

「退位」というのは「王位・帝位を退く」という意味しかなく、必ずしも次代への連続性を意味しない。清朝のラスト・エンペラーは退位し、清朝は滅びた。

そして、「退位」は王位・帝位にあるものが行為者であるから、当然その行為者の「死」の前に、つまり「生前」に行われる。

この「いわずもがな」で、しかも「死」を連想させる「生前」という語を、「次はないかもしれない」という意味を含む「退位」に付けた「生前退位」とは、不敬であると同時に、「お葬式いじめ」に匹敵する非道な言葉である。

国民がいままで聞いたこともないこんな言葉を思いついたのは誰だ?

その語の最初の使用者であるNHKか、それとも「天皇陛下のご意向」をリークした「宮内庁関係者」か?

「生前譲与」がOKならこれだってOKでしょ、という軽いノリだったのか?だが、竹田恒泰氏も言っているように、自分の親にでも「生前譲与してよ」のように、平気でこの言葉を使える日本人がいるのか?

天下のNHK、「日本国民のための、日本国民の知性を代表する公共放送」であるはずのNHKが、こともあろうに天皇・皇室がらみの報道で使用される表現にこれほど無頓着であった、という事実、そして、竹田恒泰氏や加地伸行氏らがそれぞれYouTubeやTwitter、論文(加地伸行『「生前退位」とは何事か』_『WILL』2016年9月号)で指摘した後も、反省の色なく、カッコもつけずにしれっと使い続けるのが朝日新聞、日経新聞を始めとする左翼親中メディアに限らず、保守系メディア・識者の中にも散見される、という事実が、この問題の深刻さを象徴している。

『日本国憲法』の「象徴天皇」と、昭和天皇の「人間宣言」を、国民が好意的に解釈して安心しているうちに、連合国・GHQの国際共産主義的洗脳教育で養成された反日的「戦後エリート」達の支配層への蔓延によって、「天皇の軽視」「天皇の権威の喪失」=国体の危機が現実のものとなっている。

最終目標は天皇の処刑

天皇陛下の御命を狙い、日本の国土、尖閣・沖縄の侵略に着々と歩を(船を)進めている中国と、その手下・韓国と北朝鮮が、連合国の「戦後レジーム」利権に乗っかって日本政府と官庁、NHKとメディアの中枢に浸透し、好き放題をやっている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認だけが、この無礼・無法を「許さない」と、世界に宣言する効果を持つ。

もう、黙っていてはいけない。天皇陛下と日本の名誉の為に、行動を起こそう。

安倍政権は、せめて「『日本国憲法』無効論」を国民に周知し、公儀公論に付し、正しい方向へ、舵を取るべきだ。

天皇陛下のご意向が、「摂政設置」ではなく「譲位」であることの意味を考える__『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言・原状回復のみが、天皇と日本国民の戦後70年の苦悩を完全解消する

天皇、皇統、国体、憲法と典範、日本の「主権」__もう「無効論」抜きの議論は筋が通らない。天皇のご意向の実現、「有識者会議」では「棚上げ」されるだけ。GHQ『憲法』『典範』の改正ではなく、無効宣言で、天皇と皇室に権威と自治・自決権を取り戻す

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「天皇『生前退位』のご意向」報道が曝した、戦後日本支配層と知識層の無為無策・未必の故意

2016年7月13日、NHKが「天皇陛下が『生前退位』のご意向を示されている」と報道。国内外に驚きをもって迎えられた。「宮内庁関係者の話で明らかになった」とのことだが、一方で宮内庁長官・次長が揃って「否定に躍起」となるなど、異様かつ不審な内容であった。(「死」を連想させる「生前」、必ずしも連続性を伴わない「退位」は不適切な言葉であるが、報道のままに記す。)

「 宮内庁の山本信一郎次長は13日夜、NHKが最初に生前退位について報じた後に宮内庁内で報道陣の取材に応じ、『報道されたような事実は一切ない』と述べた。宮内庁として生前退位の検討をしているかについては『その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません』と語った。さらに『(天皇陛下は)制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた』とも話した。」(朝日新聞デジタル2016年7月13日21時50分  http://www.asahi.com/articles/ASJ7F6W4MJ7FUTIL04G.html)

宮内庁として一切検討していない。天皇陛下のご意向と、実現できるかは別の話だ」(宮内庁幹部の話、朝日新聞  2016年7月14日)

宮内庁、近く公表へ」「現行の皇室典範は天皇の譲位を認めておらず、法律の改正が必要となる。関係者によると、陛下は数年前から生前退位を要望され、同町で内々に検討を進めていたという。」(日本経済新聞  2016年7月14日)

 「生前退位  実現手探り」「法整備には時間必要」「天皇陛下自らが公式に意向を表明されるのは、『国政に関する権能を有しない』とする憲法の規定に抵触する可能性も指摘される」(日本経済新聞  2016年7月15日)

「(天皇の「退位」のご意向について)宮内庁の風岡典之長官は14日の定例会見で『天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされており、このような具体的な制度について言及されたことはない』と否定した。/ しかし、ある宮内庁関係者によると、天皇陛下は5年以上前から退位について話されていたという。退位は皇室典範の改正が必要なため、慎重な手順が求められる。「天皇の意向」で法律改正が進められた形になると憲法に抵触するからだ。長官の「否定」はこのためだろう。」「関係者の証言から天皇陛下が退位について述べられていることは事実とみられるが、結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月15日)

これらの記事を総合して理解できることは、①陛下は5年以上前から「退位」のご意向を示されていた。 ②天皇陛下は、制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた。③GHQ『皇室典範』は天皇に退位を許していない。④『日本国憲法』は天皇が典範改正への要望を持ち、そのご意向を表明することを許していない。⑤宮内庁は、5年以上前から天皇陛下より要望のあった「退位」について、一切検討していないし、するつもりもなさそうである。ということである。

『週刊新潮』7月28日号によれば、風岡典之長官は2012年6月の長官就任時から、2009年に始まった天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下による「三者会談」に、オブザーバーとして同席していた。「天皇陛下はその場で、皇太子殿下と秋篠宮殿下に対し、御身の処し方について繰り返しお話しになった。居合わせた長官も結果として、聞くともなしに、『ご意向』を聞き及ぶ形となる。直接、幹部に退位のご意向を表明することはお立場上無理なので、こうした手法が用いられたのです。」(宮内庁幹部の話、同上)

だが、風岡長官は、「三者会談」で“漏れ聞いた”天皇陛下の「退位」のご意向を、実質無視した。「ご意向に沿ったプラン作りは、実現性が疑問視され、遅々として進まなかった」(同上)というが、「天皇の御意向の実現への最大の障害は『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』である」というあまりにも明白な事実を宮内庁は無視し、天皇陛下の切羽詰まった末のご要望を無視した。そして、陛下のご不興を買っていた。

今年5月に、宮内庁は陛下の昨年の「拝謁・ご訪問」等のご公務345回のうち「拝謁」100件に関して、大幅見直しを敢行し、その原案を侍従長がまとめて陛下にお見せしたところ、「いつになく強いご難色を示された。『こうした案を出すくらいなら、以前より私が考えてきたことは、なぜできないのでしょうか』というようなお言葉でした」(同上)

宮内庁は、天皇陛下のお苦しみを最も近くで知ることのできる立場にありながら、それに対し指一本動かさなかった。それどころか、「天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされている」などと、逆に、ご意向を「表明」された陛下をたしなめた。陛下の難しいお立場をお察しすべき「三者会談オブザーバー」の意味を理解していなかったのか?まさかお叱りを受けたことへの意趣返しではあるまいが…。

一般国民であっても親が高齢になってくれば、「もしもの時介護はどうしよう」とか、早めに考えておくのが普通であろう。「その備えが全くないGHQ『皇室典範』はおかしい」と対策を講じるどころか、陛下御自身が発しておられるSOSをここまで無視する非道ぶり。宮内庁の仕事は天皇陛下のお世話ではなく、「『日本国憲法』逸脱」を監視することか?

また、「結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」ということは、陛下のご意向によるGHQ『皇室典範』の改正を疎んじた宮内庁が「自作自演」で陛下のご意向をリークし、否定して見せ、「陛下の発言が違憲であるとの議論が巻き起こり、改正に向けた動きが制約される」よう仕組んだ、と勘繰ることもできる。

反対に、憲法の問題でそれはできないから、改正の必要がある、だから自民党の「お試し改憲」に組み込んでしまおう、という安倍政権の企みでは、とみる向きもあった(いしかわ じゅん 『hanada』2016年9月号)が、いずれにせよ、政府の反応も、報道に見る「識者」のコメントも、どれもこれも論点がズレている。

誰も彼もが、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が有効であり、「無効論」などというものは存在しないという前提で論じているからである。『日本国憲法』の無効に言及したのは、南出喜久治との共著『日本国憲法  無効宣言』のある渡辺昇一の『悠久なる皇室』(『正論』2016年9月号)だけであった。

当然、天皇陛下がなぜ、「摂政」でなく「譲位」を望まれているのかを論考したものは、私が見る限りなかった。

GHQ『皇室典範』16条2項は「天皇が、精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政をおく」としている。つまり、このたび表明された天皇陛下のご意向が、「高齢になり、体調も万全ではなくなってきたので『摂政』を立てたい」とのことだったのであれば、『日本国憲法』やGHQ『皇室典範』の枠内で実現可能なことであり、何の問題もなかったはず。

だが、陛下がお望みになっていることは「摂政の設置」ではなく、「譲位」なのである。

天皇陛下は何故、物議を醸すことが明らかな「譲位」を、と望まれているのだろうか?

私は、「天皇陛下の『生前退位』のご意向」報道と、それへの反応自体に、その答えがあると確信する。

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昭和天皇は、皇太子時代に大正天皇の摂政を経験されたが、ご自身の晩年の御不例時にも、摂政設置をお嫌いになったという。「病弱な大正天皇」という印象を、多くの人は持っているが、実はこれは大正天皇が親しかった原敬首相の暗殺後に流布された「プロパガンダ」であり、大正天皇は政治的に利用され「押し込め」られた、とする説もある。(原武史『大正天皇』)

摂政設置時とは、事実上の天皇「空位」であり、「国家の変局」である。「空位」は天皇という存在そのものの権威の著しい低下と、それに伴う「天皇(位)の政治利用」を招く。

陛下はそのことを以て「摂政設置」をお嫌いになっているのだろう。しかし、それだけではない。

『日本国憲法』の「象徴天皇制」によって、天皇位は戦後ずっと「疑似空位」状態・「心理的押し込め」状態にあった、ということもできるのではないか?

連合国は、『日本国憲法』の前文で日本を連合国の保護国として規定し、9条で二度と武器を取らないよう宣誓させただけでなく、「象徴天皇制」「国民主権」という空文によって天皇からその権能を剥奪し、「人間宣言」「開かれた皇室」というおためごかしによってその権威をも貶めようと企図していた。

『日本国憲法』の「象徴天皇」には、「本音と建前」がある。おそらくは天皇ご自身や、大多数の、天皇陛下を崇敬する国民が、自然に、そして正しく想起するところの「日本の魂・誠の象徴」「日本国民統合の象徴」が「建前」であり、『日本国憲法』の真の制定者であり、真の権力者である連合国の企図する「俗化・無力化・非権威化した、名ばかりの天皇」が「本音」である。

天皇が真実象徴するものは、「日本は万世一系の天皇によって統べられる国である」という事実、日本の歴史・伝統・国体そのものである。

天皇は、世界に類なき、尊い存在であるがゆえに、国際共産主義者の主導する連合国が、暴力と欺瞞と無法を以て破壊せんと躍起になっているのである。

「戦後レジーム」という名の国家の変局において、その初期から既に、天皇の権威は貶められ続けてきた。

天皇陛下は、「摂政設置」による二重の天皇の「権威低下」「空位による政治的真空」を恐れられたのではないか?

『日本国憲法』が天皇から国政に関する権能を剥奪したのは、まさにそれを狙ってのことだったのである。

今、日本のみならず、世界中がテロ、暴力、侵略の混沌の中にある。中国は今この時を狙い澄ますかのように、自衛隊機へレーダー照射、尖閣に230隻の文字通りの「人海戦術」で侵略への準備を着々と進めている。この状況下で天皇の身に深刻な事態が発生したら…。中国は、礼に則って手出しを控えたりは絶対にしない。

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「天皇陛下のご意向」報道で明らかになったことは、「天皇陛下のご意向尊重派」と「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の対立構図の存在である。前者は殆ど一般国民であり、後者は主に政府・官庁関係者、学者といった「権力側」の人々である。二極にきっぱり分けることは難しいが、前者を潜在的賛同者も含めて(『日本国憲法』)「無効派」、後者を意図的・無意識的含めて「有効派」と考えることもできる。

日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。》(今上陛下、1998年のお誕生日にあたっての会見で、平成10年を迎え昭和の時代と天皇のあり方が変わってきたことについて。『週刊文春』2016年7月28日号)

象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだと考え、大きく公務を減らしたり代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていない》(NHK報道、2016年7月13日)

「生前退位 『認めるべき』 77%」「天皇意向表明  80%が問題なし」 (日経新聞 世論調査  2016年7月25日)

昭和天皇の「国民と共に歩む」天皇像を受け継がれ、「国と国民のために尽くす」ことを明言されてきた今上陛下は、二度の大手術とご高齢にもかかわらず、激務をこなしてこられた。国民は、そのお姿に感激しながらも、心配申し上げていた。その陛下が、「天皇の勤めを充分に果たすことができないのであれば『譲位』するべきだ」とのお考えであるらしい、それならば、陛下のご意向通りに一刻も早く「譲位」がなされ、陛下にはゆっくり御静養いただきたい、その為に政府は最善を尽くすべし、と大多数の国民が考えている。

「無効論」は今のところ全く周知されていないが、上記世論調査が示すように、8割の国民が、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の規定よりも、天皇陛下のご意向の方を尊重すべきと考えている。この人々は、「無効論」を知れば賛同するはずだ。

天皇陛下の「譲位」のご意向を、最速で実現するために最善のことは、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認及び大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認を、国会で単純半数の賛成で議決し、天皇陛下に宣言して頂くことである。

天皇が自身の意向を表明することすら「違憲」にしてしまう『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が、天皇の生殺与奪の権を握っているも同然の現状は、異常である。しかもあらゆることが矛盾をはらみながら、複雑に絡み合っている。それを一挙解決できるのは、無効宣言しかない。

GHQ『憲法』『典範』の無効宣言と同時に、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原が確認され、『日本国憲法』制定以前の原状回復が成る。占領以前に可能であったことが、法的に全て可能になるのである。

簡単に言うと、「いいとこどり」である。「象徴天皇」条項、9条、前文など『日本国憲法』の害毒部分は即刻廃棄し、有用な部分があれば大日本帝国憲法を改正し取り入れる。改正の発議は天皇による自衛隊は「大日本帝国陸海空軍」となり、自衛隊をがんじがらめにしている「ポジティブ・リスト」が普通の軍隊並みの「ネガティブ・リスト」になり、軍隊が国を護るためにすべきことは全てできるようになる。GHQに削除された刑法の利敵行為条項も戻り、「スパイ天国」の汚名も晴らせる。時限立法で『日本国憲法』の有用部分を残し、数年かけて下位法律・法令の改正及び運用により適応させる。無効論者を入れて公開討論しながら進めれば良い。

何より、皇室の自治権が復活し、皇室の問題は皇室内で解決できる、本来の状態に戻る。天皇陛下の譲位のご意向に沿って、(皇室会議でなく、まして有識者会議などでなく)皇族会議で、粛々とお決めになれるのである。そのことは、逆に言うなら、皇室問題について素人である我々国民とその代表たる国会は、皇室問題について考える必要はない、ということである。これで、「退位ご意向」報道が心配していた問題の殆どは解決する。素人や反日集団の関与の恐れが大きい「有識者会議」に丸投げする等は、以ての外である。

「有識者会議」に重要問題を丸投げすることで、無為無策のうちに日本が滅びてゆくのを、傍観しようとしている戦後日本の支配層の「未必の故意」も、無効・復原宣言が粉砕する。

ここで、「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の「識者」達のいう、「天皇陛下の『譲位』のご意向」実現に伴う問題がどんなものか、見てみよう。

「…『譲位』が往々にして政争の具にとされ、摂関政治や院政といった変則的政体を生み出して政治が混乱に陥った往時を深刻に反省し、また、皇位継承をめぐる対立から生じた流血の秘史を繰り返さないことを切に願って、皇位継承権を有する者の範囲と皇位継承の原因とを厳しく限定したのが明治の御代に確立した不変の原則であった。明治・大正両帝の戦前期はもとより、戦後も戦争責任への真摯な思いから、何度か「退位」を願われた昭和天皇も最終的には皇位を全うされている。」(『「ご存在」の継続こそ』 大原靖男  『WILL』2016年9月号)

「……政治権力者など外部によって譲位・退位などが強要されたり、時の天皇が影響力を残したりするために恣意的に譲位・退位するケースもあり、皇位の安定を確保するためにはこのようなケースを排除できる制度設計が必要となる。」「憲法が規定する『国民統合の象徴』は、天皇が如何なる政治的な立場にもお立ちにならないことを求めている。特定の政治的な立場にお立ちになれば、賛成・反対の論争の渦中に入って『敵』をつくることになり、国民を統合することはできない。皇室には政治的対立を超越し、国民を統合する機能が求められている。別のテーマでも『ご意向』が示されることがあるとすれば、皇室のご尊厳が傷つくことにもなりかねない」」(「天皇陛下『譲位のご意向』に思う:皇室典範改正の必要はない」 八木秀次 『正論』2016年9月号)

『皇室典範は終身制を採用しており、天皇の退位(譲位)は認められない。そして、憲法と法律に従い、常に内閣の助言と承認のもとに行動するのが立憲君主である。」「(陛下が「退位」のご意向を示され、「皇室典範の改正を希望された」ことは)あくまで内々のご意見であり、…国会や内閣が法的に拘束されるわけではない。もし内閣が天皇の私的ご発言に法的に拘束されることになれば、それこそ立憲君主制に悖ることになろう。」「国民の多くが…ご心配申し上げているのは間違いなかろう。しかしそのことと、生前の「譲位」を認める事とは、区別して考えなければならない。新旧皇室典範の制定に当たっては、過去の歴史を踏まえ、譲位制のメリットとデメリットを検討したうえで終身制を採用しており、その判断は重いからである。」(『「陛下のご意向」と立憲君主制』 百地章 『WILL』2016年9月号)

大原靖男は、昭和天皇が「退位」を望まれながら、「戦争責任への真摯な思いから」断念なされたようにいっている。つまり大原自身も「昭和天皇に戦争責任があった」と思っている、ということか?連合国の「天皇制強権」「軍国主義」説を信じているのか?

百地章は天皇陛下の「ご意向の表明」を「立憲君主制に悖る」というが、現実に日本の元首であり立憲君主である天皇を、まったく権能のない、「象徴天皇」という無力な空気のような存在である、と規定しているのが『日本国憲法』である。天皇に立憲君主としての務めを果たさせていないのは、『日本国憲法』なのである。

そもそも、戦後憲法学者の言う「立憲主義」とは「天皇から権能を剥奪し、皇室統制し、皇統断絶を企図する『日本国憲法』を天皇に遵守させる」主義である。

大日本帝国憲法下、天皇は「不裁可する権限」を持つ「至高の権威」であり、「不裁可しない憲政の常道」を実践する立憲君主であった。

日本に立憲主義を取り戻すためには、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効を確認し、大日本帝国憲法と明治の皇室典範を復原するしかない。

明治天皇と大正天皇の時代と、昭和天皇の戦後時代とでは、皇位継承をめぐる状況が全く違うこともキレイに無視されている感がある。明治・大正時代には、側室制度もあり、宮家ももっと沢山あって、皇位継承者の数を心配することはなかった。

歴史上には、自らの政治的野心から、操りやすい方を天皇に擁立するなどの争乱は確かにあったが、それとて結局は「男系天皇」での継承は成ってきたわけで、今、平成の日本が直面している、皇統断絶の危機には比べようもない。

今まさに、日本は、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって、怒涛の侵略を受けているのである。

8月3日朝、秋田沖250㎞の日本の経済水域に北朝鮮からのミサイルが落ちた。こんなことがあっても尚、『日本国憲法』にがんじがらめになった日本政府のできることは「厳重抗議」しかない。だが、その物理的攻撃の危険よりもさらに、皇統の危機は深刻である。ミサイルが降ってこようが、日本の国土が戦場になろうが、日本は必ず復興する。

だが、天皇の存在しない日本は、もう日本ではなくなるのだ。

日本の支配層は今、かつてないほどに、日本が破滅に向かっていることに無頓着になっている。だから、日本の皇統に関する重大問題についての天皇陛下のご意向の表明を、(その表明が『日本国憲法』に抵触する)「天皇の私的な発言」などと言ってしまうのだろう。

 

上に見たとおり、「無効論」を無視した議論では、重大な論点が欠落する。

それは、①日本がポツダム宣言を受諾した瞬間から、ずっと、天皇は日本統制の為に、連合国に政治利用され続けている。②『日本国憲法』の「象徴天皇制」と「国民主権」によって、天皇はいわば「強制的に(立憲君主の地位から)退位させられた」③連合国という外国勢力とそのシンパである国内の国際共産主義者たちは、無神論・唯物論の立場から「万世一系の天皇」を憎悪し、世界同時革命の遂行の邪魔である「祭祀王=天皇」を抹殺したい勢力である。④『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は「天皇制廃止」=「日本の国体破壊」を目的に作られた、「国際共産主義という政治的立場に立った」ものである。⑤『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の制定は違法であり、それを隠蔽するため、連合国・GHQは「日本人が自主的に帝国憲法を改正した」という嘘をついた。⑥その嘘をついたという事実を隠蔽する為に、GHQは日本人にWar Guilt Information Programという洗脳教育を施した。⑦WGIPの一環である東京裁判で、日本人は全員戦争犯罪者にされた。⑧同様に、大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であったというのは、連合国の戦争犯罪を隠蔽・正当化するための虚偽であったことである。

特に、⑧大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であるということが虚偽である、という認識は重要である。殆どの戦後憲法学者が「無効論」で大日本帝国憲法の現存が確認されるということに拒否反応を示すのは、「戦前=悪」「大日本帝国憲法=悪法」のプロパガンダを信じているせいだからである。

「戦後レジーム」とは、日本人を「東京裁判史観」という虚偽の歴史認識で洗脳し、検閲で真実を隠蔽して日本を情報統制するシステムである。

中国を侵略して、南京大虐殺をしたのだから中国の言いなりになるのも仕方がない」というのが代表的な「東京裁判史観」に支配されたものの症状である。

「北朝鮮の人民を奴隷扱いしたのだから日本人が拉致されても仕方がない」というのも同様だ。最近は、これに「韓国の女性を拉致して性奴隷にしたのだから、仕方がない」というのも加わって、これらの特定アジア国民への批判だけを罰する、「ヘイトスピーチ法」なる日本人の言論弾圧法もできた。

WGIPは、私達の祖父に「中国侵略」「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」の汚名を着せたが、同時に、今上天皇の父君・昭和天皇にも、「HIROHITO=HITLER」という侮辱を与えた。

昭和天皇はマッカーサーに国民の命乞いをされ、国民とともに「堪え難きを堪え、忍び難きを忍」んでその御命を全うされた。今上陛下は、そのご遺志を継いで「国民と共に歩み、国民に尽くす」と仰せられ、今そのご高齢とご不例の御身に鞭打って尚、国民の為にお務めになっている。

1998年5月、今上陛下は皇后陛下と共に英国を訪問された。バッキンガム宮殿正面から延びる大通り「The Mall」を、エリザベス女王と最高位の馬車に乗り、近衛騎兵に護られながらパレードされた陛下は、日の丸の小旗を打ち振って歓迎する群衆の一角を陣取る、第二次世界大戦でビルマなど東南アジア戦線に従軍した退役軍人らに迎えられた。馬車が近づくと、彼らは一斉に馬車から背を向け、英国では中指立てより失礼な「裏Vサイン」を突き出し、ブーイングの嵐を見舞った。「クワイ川マーチ」を口笛で吹き、大きな日の丸の旗が燃やされた。陛下は勿論、何事も無かったかのように平穏なご様子でこれをやり過ごされた。

これに先立つバッキンガム宮殿での饗宴で、天皇陛下は第二次世界大戦における英国軍人の「苦しみに対し、深い悲しみと痛みを覚える」とのお言葉を述べられていた。(新聞報道で分かった元英国兵の言う「日本軍の残虐行為」とは、違反行為のあった捕虜が、水の入ったバケツを持って立たされた等の、小学生の罰並みのものだった。他は「食料・医療品が不足していた」など、日本兵も同じ苦しみを味わった事柄であった。東南アジア戦線の日本兵の80%が疾病・飢餓で亡くなっている。)

その翌年1999年には、中国の江沢民が訪英。天皇陛下が乗られたのと同じ最高位馬車に乗りたいとゴネて顰蹙を買っていた。彼の命令で、「The Mall」に集まった亡命チベット人による抗議活動は、英国の警官隊によって徹底的に排除された。BBC等英国TVはこれを報道したものの、「昨年、日本の天皇への抗議は『言論の自由』として見逃したのに、なぜだ。これが民主主義か」と正論を吐いたのは『チャンネル4ニュース』のジョン・スノウだけであった。

ことほど左様に、「東京裁判史観」は世界中に浸透しており、日本国内では、直接罵声を浴びせられることは少ないだろうが、海外在住の日本人は人種差別とは別の非難の目、蔑んだ目で見られることも珍しくはない。英国では左翼インテリが多く、口角泡を飛ばした悪口雑言罵詈讒謗の嵐に遭うことことすらある。私は故郷の英雄・吉田松陰先生を「好戦的超国粋主義のファシスト」と罵倒され、「天皇陛下を尊敬している」というと、「低能の国粋主義者め」と、毒々しい憎悪の表情で、吐き捨てるように言われた。動悸がし、体中が怒りで震え、頭が真っ白になるあの感覚は、日本では経験したことのないものだった。

天皇陛下の英国ご訪問でも、人々の関心は専ら「HIROHITOの息子AKIHITOは英国に謝罪するのか?賠償金を払うのか?」と下世話な戦争・金絡み。世界で一番古い国の、世界で一番長く続いている皇統の帝王を迎え、そんなことしか言えない人々の民度の低さが悲しい。

だが、大方の日本人と同様、彼等も真実を知らされていない。虚構で固めた歴史観では、本当の反省はできようはずもない。かくて連合国側の国民達も、「国際戦後レジーム」からの脱却を必要としている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言で、全世界に昭和天皇と日本の名誉回復を宣言、全世界の人々の「無知の知」への覚醒を促す

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『日本国憲法』の真の目的は、日本人の魂の武装解除である。

「日本の美しい魂」の象徴である天皇の無力化こそが、日本人の無力化に直結する__それが『日本国憲法』のいう「象徴天皇」=「権威なき天皇」の正体である。

『日本国憲法』が天皇の権力と権威を、そしてGHQ『皇室典範』が皇室の自立と自治を剥奪し、皇統を途絶えさせ、天皇という存在を消滅させることによって、かつて「精神性」だけで、世界の大国米英に歯向かったあの日本人の牙を折り、腑抜けにすることができる、連合国はそう信じた。

戦前、日本は核を持っていなかった。物量では圧倒的に不利であった。しかし連合国は日本を恐れた。

天皇陛下の為に、いつでも躊躇せず命を投げ出す日本人を、連合国は恐れたのだ。

「天皇を東京裁判にかけて処刑してしまえ」__いきり立つ米国世論を抑えたのは、「天皇を殺せば、日本人は最後の一人になるまで戦いをやめない。米国兵を皆殺しにするまで、日本人は止まらない」という知日派の言い分であった。核兵器でも何でもない、日本人の大和魂を、彼らは恐れたのである。

だが、大日本帝国の皇軍兵士の勇猛さは、「民間人虐殺」を行う「残虐さ」とは違う。天皇陛下の為に戦う、という名誉が皇軍兵士に規律正しさを与えていた。その事実は、日本人と、全ての連合国国民に知ってもらわなくてはならない。

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天皇とは、日本の国体とは、憲法と典範とは、何であろうか?「戦後レジーム」はどのようにしてそれらを軽視し、骨抜きにしてきたのか?

典憲は、『憲法の憲法』である立体構造の『規範国体』を文字で掬い取って平面的に投影して書き写したものである。『規範国体』が『本質』であり、『典憲』はその『属性』としての影絵である

「このうち、皇室の家法である典範とは、明治典範などによってある程度成文化されたものの、成文化による表現に馴染まず、あるいは、成文化することによって誤解や誤用が生じる恐れのある事項、たとえば、『三種の神器』、『宮中祭祀』などの古来から皇統と不可分に受け継がれた不文慣習法の総体としての『正統典範』のことである。天皇と皇族に適用されるものであって、国家と国民の全体に適用される憲法とは、それぞれ法の守備範囲を異にする。」(p.13, p.12 『とこしへのみよ』南出喜久治)

「古代以降、皇位継承について成文化された規定はなかった。1889(明治22)年、大日本帝国憲法とともに、皇室に関する初めての成文法である皇室典範が制定された。」「ただ、皇室典範は一般法規とは異なり、憲法から超越した宮務法とされ、『皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス』(大日本帝国憲法74条)として、議会が法改正に介入することはできなかった。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」 封じた歴史』)

だが、GHQ『皇室典範』は「憲法」の下位法、単なる「法律」とされた。

「この新皇室典範の立案過程で、皇室に関する事項だけを定めた同法を一般の法律と同列に扱うべきかどうかが問題になった。皇位継承に関わる重要な法律なので、『天皇の意思を関係させないのは妥当か』『天皇の発議により国会の議を経る特別な法にするのが適当』との意見があった。」「結局、一般法と同列とすることになり、天皇は改正には一切関与できなくなった。国民主権と政治的権能を持たない象徴天皇を定めた新憲法のもと、皇室を特別扱いするする法にすることは避けられた。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」封じた歴史』)

さらりと流してあるが、これは大変なことである。私達国民に分かりやすい言葉で言い換えると、

①連合国は、天皇家からその家憲である皇室典範をとりあげ、代わりに「単なる法律」である同名の『皇室典範』を制定したが、②「皇位継承に関わる重要な法律」であるにもかかわらず、その実態は「皇位継承を困難にする」法律である。④「国民主権」「象徴天皇制」により政治的大権を剥奪された天皇は、「改正発議の大権」も奪われ、改正には一切関与できない。⑤「国民主権」の『日本国憲法』の下位法であるGHQ『皇室典範』に縛られる天皇の存在は、「国民の下僕」???⑥『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、「皇室を特別扱いしない法」である。

「皇室を特別扱いしない」なら、国民と同じかというと、そうではない。天皇には職業選択の自由など、国民が享受している各種の自由と権利がない。私有財産もなく(『日本国憲法』8条、88条)、私的ご旅行ですら、つい最近まで全くなかった。権利など全くなく、義務ばかり。その扱いは完全に非人道的である。

そのうえ、陛下が「国民に尽くす象徴天皇」として完璧であろうと努力されればされるほど、公務は増え、その御身体に鞭を打つ結果となってしまう。そして、「これ以上無理をすると、公務に支障をきたしてしまう」という責任感からの御判断で「譲位の意向」を示せば「違憲」と騒がれ、「慎重に」という一言で、事実上棚上げされてしまう。

これは「特別扱いしない」のではなく、完全な弾圧・迫害である。

だが、GHQ『皇室典範』の立案段階では、当のGHQですら「皇位継承を崩御に限るのは、自然人としての天皇の自由を拘束しすぎる。」として、退位の自由を認めるべきだといっていた。が、GHQお手盛りの「憲法普及会」の副会長となる国務大臣の金森徳次郎は、「天皇に私なし、全てが公事」と言って天皇の意思による退位を否定した。

その後、「終生公人としてその地位を守らなければならないのは天皇のあり方としてひどすぎる。」(1956年5月の参院内閣委員会)といった「天皇の基本的人権」に鑑みた退位論など、退位論議は散発的に行われたが、そのたびに内閣法制局や宮内庁が否定し続けた。その理由は①「歴史上の上皇などの弊害」②「天皇の自由意思に基づかない退位の強制があり得る」③「恣意的な退位は天皇の地位の安定性を損なう」であった。(日経新聞2016年7月18日)

①は非現実的、②・③は話が逆だ。

「象徴天皇」こそが、「天皇の自由意思に基づかない(立憲君主という地位からの)退位の強制」であり、「天皇の地位の安定性を損な」った最たるものであった。

「国民主権」を高らかに宣言した『日本国憲法』が制定された時、事実上主権は連合国総司令官SCAP・GHQにあった。「(象徴天皇という)天皇の地位」を「国民の総意」ではなくGHQが恣意的に決定し、「主権者」と持ち上げられた国民は皆「蚊帳の外」に置かれていたのである。

『日本国憲法』公布記念式典の勅語には「この憲法は…自由に表明された国民の総意によって確定されたのである…」とあり、枢密院では顧問官の美濃部達吉博士が憲法改正に反対の意を示しただ一人起立をしなかったほかは、全員が賛成だったことになっている。が、枢密院議長清水澄博士は、新憲法施行後の9月25日に入水自殺をし、大日本帝国憲法に殉じた。『日本国憲法』施行の日のしたためた『自決の辞』には、昭和天皇の戦争責任の否定、平和愛好の性質故の開戦反対の事などが訴えられ、日本と天皇の将来を憂う言葉が綴られていた。

『日本国憲法』に反対して自殺された清水博士のことは、憲法論議に全く登場しない。だが、今上陛下はご存じのはずだ。清水澄博士は父君・昭和天皇の憲法学の師であったのだから。

清水博士も、東條英機ら「A級戦犯」等という名で処刑された戦争指導者達や、散華した皇軍将兵も、『日本国憲法』が有効とされてのさばっている限り、天皇陛下の公式の顕彰・追悼を受けることができない。

祭祀王たる天皇が、真実と誠の言葉を自由に発することを禁じる『日本国憲法』とは、なんと罪なものであろうか?

天皇陛下のその本当のお苦しみを、我々国民に知らせずにいる『日本国憲法』への盲従とは、なんと情けないものであろうか?

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前述した「憲法普及会」は、GHQの監督下、帝国議会により組織された、「官製の洗脳運動体」(南出喜久治)であった。まず「憲法研修会」で664人の公務員(各省庁及び警察庁から50名ずつ)を教育し、全国各地で講演会を催し、最高学府で学んだ者ほど『日本国憲法』絶対教にはまり、思考停止するという状況が生まれた。一般国民向けの冊子『新しい憲法  明るい生活』も2000万部(全世帯に一冊ずつ)配布され、映画、紙芝居、カルタにまでなり、「臣民の全ての階層を洗脳した。」

そして、今や、学童時からGHQ教育で洗脳された世代と、その世代に育てられた子の世代が、日本支配層・権力層の中枢に蔓延している。「『日本国憲法』有効」を大前提として構築された戦後日本で生まれて育った人々である。

かくして、「天皇軽視」の傾向は左翼政治家のみならず、宮内庁、外務省、文科省にも蔓延することとなった。

『憲法無効論とは何か』の著者で、「新しい教科書をつくる会」理事として『新しい公民教科書』第三版を執筆した小山常実によれば、文科省が行う教科書検定は、公民教科書から「立憲君主」「国体」「家族」という言葉を消し去り、「祖国防衛」を否定し、「国民とは今現在生きている人だけ」と書くよう執筆者に強制しているという。世界が絶賛する日本の素晴らしい伝統である、家族主義という「利他主義」の基本を無くそうとしているのである。亡くなった家族を「国」の一員と認めないなら、先祖崇拝は廃れ、祭祀王たる天皇の存在理由も無くなるというわけだ。

天皇とは祭祀王であり、「万民の父母」であり、天皇家は日本という大きな家族の宗家である。ヨーロッパ王家のような征服王ではないのだ。故に、搾取者である王族をギロチン刑に処した、フランス革命の生んだ人権宣言を、日本に持ってこられても違和感しか覚えないのは当然である。フランス式の「搾取されないよう、権力を縛る為の憲法」ではなく、「権力と権威の分立」の大日本帝国憲法で、戦前の日本は立派に立憲政治が機能していた。

共産主義が人々に受け入れられないのは、彼らの言うことが嘘ばかりだからだ。嘘ばかり言っているくせに、それに賛同しない人々を「頭が悪く理解できない」と見下しているからだ。

同様に、「南京大虐殺」「慰安婦性奴隷強制連行」を事実として戦後70年談話を書いた外務省と政府自民党の政治家も、「東京裁判史観」を真実として国民に提示し続ける学者達も、『日本国憲法』絶対教信者の憲法学者も、「頭が悪い」と見下されるのはどちらか、そろそろ立ち止まってよく考えた方が良い。

貴方達を、私達はもう信用できない。私達の大切な御親である天皇陛下の「譲位」のご意向を、「有識者会議」などにかけて「慎重に何年もかけて検討」するとは、「本当に大変なことになるまで手をこまねいて見ている」ということだと、国民は気付いている。

天皇の「譲位」問題を、「有識者会議」に任せるということは、ナチスの「全権委任法」による政権奪取の如く、国民が知らないうちに日本を滅亡の危機に追い込む謀略である。

そんなことはない、というなら、せめて今すぐ「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』無効論」を国民全体に周知せよ。嘘ばかりいう貴方達に、「南京虐殺はあった」などと未だに言っている貴方達に、「『無効論』なんてくだらない」と、国民の代わりに勝手に決めて欲しくない。国民に周知し、反論があるなら無効論者を相手に堂々と公開討論でするがよい。

天皇陛下と国民を愚弄するのは、いいかげんにせよ。

日本国民は、やくたいもない「国民主権」など要らない。そもそも、一体本当に、私達は「主権」とやらを行使できたためしがあったか?もし本当にそんなものがあるのなら、私たち国民は、今それを行使したい。

日本国民は、天皇陛下に立憲君主としての大権をすべてお返しし、「至高の権威」として、日本を滅茶苦茶にしている人達に、正気を取り戻させていただきたいのです。

もとの貧しくとも清廉な、美しい誠の心を持った日本に戻すために、国民がはっきりと目を覚まし、しっかりと歩いてゆけるように、「万民の父母」として、見守っていただきたいのです。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原宣言を、国会が議決し、天皇陛下に宣言していただくことを、国民は望みます。

すめらぎいやさか。

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