天皇陛下のご意向が、「摂政設置」ではなく「譲位」であることの意味を考える__『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言・原状回復のみが、天皇と日本国民の戦後70年の苦悩を完全解消する

天皇、皇統、国体、憲法と典範、日本の「主権」__もう「無効論」抜きの議論は筋が通らない。天皇のご意向の実現、「有識者会議」では「棚上げ」されるだけ。GHQ『憲法』『典範』の改正ではなく、無効宣言で、天皇と皇室に権威と自治・自決権を取り戻す

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「天皇『生前退位』のご意向」報道が曝した、戦後日本支配層と知識層の無為無策・未必の故意

2016年7月13日、NHKが「天皇陛下が『生前退位』のご意向を示されている」と報道。国内外に驚きをもって迎えられた。「宮内庁関係者の話で明らかになった」とのことだが、一方で宮内庁長官・次長が揃って「否定に躍起」となるなど、異様かつ不審な内容であった。(「死」を連想させる「生前」、必ずしも連続性を伴わない「退位」は不適切な言葉であるが、報道のままに記す。)

「 宮内庁の山本信一郎次長は13日夜、NHKが最初に生前退位について報じた後に宮内庁内で報道陣の取材に応じ、『報道されたような事実は一切ない』と述べた。宮内庁として生前退位の検討をしているかについては『その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません』と語った。さらに『(天皇陛下は)制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた』とも話した。」(朝日新聞デジタル2016年7月13日21時50分  http://www.asahi.com/articles/ASJ7F6W4MJ7FUTIL04G.html)

宮内庁として一切検討していない。天皇陛下のご意向と、実現できるかは別の話だ」(宮内庁幹部の話、朝日新聞  2016年7月14日)

宮内庁、近く公表へ」「現行の皇室典範は天皇の譲位を認めておらず、法律の改正が必要となる。関係者によると、陛下は数年前から生前退位を要望され、同町で内々に検討を進めていたという。」(日本経済新聞  2016年7月14日)

 「生前退位  実現手探り」「法整備には時間必要」「天皇陛下自らが公式に意向を表明されるのは、『国政に関する権能を有しない』とする憲法の規定に抵触する可能性も指摘される」(日本経済新聞  2016年7月15日)

「(天皇の「退位」のご意向について)宮内庁の風岡典之長官は14日の定例会見で『天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされており、このような具体的な制度について言及されたことはない』と否定した。/ しかし、ある宮内庁関係者によると、天皇陛下は5年以上前から退位について話されていたという。退位は皇室典範の改正が必要なため、慎重な手順が求められる。「天皇の意向」で法律改正が進められた形になると憲法に抵触するからだ。長官の「否定」はこのためだろう。」「関係者の証言から天皇陛下が退位について述べられていることは事実とみられるが、結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月15日)

これらの記事を総合して理解できることは、①陛下は5年以上前から「退位」のご意向を示されていた。 ②天皇陛下は、制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた。③GHQ『皇室典範』は天皇に退位を許していない。④『日本国憲法』は天皇が典範改正への要望を持ち、そのご意向を表明することを許していない。⑤宮内庁は、5年以上前から天皇陛下より要望のあった「退位」について、一切検討していないし、するつもりもなさそうである。ということである。

『週刊新潮』7月28日号によれば、風岡典之長官は2012年6月の長官就任時から、2009年に始まった天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下による「三者会談」に、オブザーバーとして同席していた。「天皇陛下はその場で、皇太子殿下と秋篠宮殿下に対し、御身の処し方について繰り返しお話しになった。居合わせた長官も結果として、聞くともなしに、『ご意向』を聞き及ぶ形となる。直接、幹部に退位のご意向を表明することはお立場上無理なので、こうした手法が用いられたのです。」(宮内庁幹部の話、同上)

だが、風岡長官は、「三者会談」で“漏れ聞いた”天皇陛下の「退位」のご意向を、実質無視した。「ご意向に沿ったプラン作りは、実現性が疑問視され、遅々として進まなかった」(同上)というが、「天皇の御意向の実現への最大の障害は『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』である」というあまりにも明白な事実を宮内庁は無視し、天皇陛下の切羽詰まった末のご要望を無視した。そして、陛下のご不興を買っていた。

今年5月に、宮内庁は陛下の昨年の「拝謁・ご訪問」等のご公務345回のうち「拝謁」100件に関して、大幅見直しを敢行し、その原案を侍従長がまとめて陛下にお見せしたところ、「いつになく強いご難色を示された。『こうした案を出すくらいなら、以前より私が考えてきたことは、なぜできないのでしょうか』というようなお言葉でした」(同上)

宮内庁は、天皇陛下のお苦しみを最も近くで知ることのできる立場にありながら、それに対し指一本動かさなかった。それどころか、「天皇陛下は憲法で国政に関する権能を有しないとされている」などと、逆に、ご意向を「表明」された陛下をたしなめた。陛下の難しいお立場をお察しすべき「三者会談オブザーバー」の意味を理解していなかったのか?まさかお叱りを受けたことへの意趣返しではあるまいが…。

一般国民であっても親が高齢になってくれば、「もしもの時介護はどうしよう」とか、早めに考えておくのが普通であろう。「その備えが全くないGHQ『皇室典範』はおかしい」と対策を講じるどころか、陛下御自身が発しておられるSOSをここまで無視する非道ぶり。宮内庁の仕事は天皇陛下のお世話ではなく、「『日本国憲法』逸脱」を監視することか?

また、「結果的に論議の前に意向が伝わったことは、改正に向けた動きを制約する可能性もある」ということは、陛下のご意向によるGHQ『皇室典範』の改正を疎んじた宮内庁が「自作自演」で陛下のご意向をリークし、否定して見せ、「陛下の発言が違憲であるとの議論が巻き起こり、改正に向けた動きが制約される」よう仕組んだ、と勘繰ることもできる。

反対に、憲法の問題でそれはできないから、改正の必要がある、だから自民党の「お試し改憲」に組み込んでしまおう、という安倍政権の企みでは、とみる向きもあった(いしかわ じゅん 『hanada』2016年9月号)が、いずれにせよ、政府の反応も、報道に見る「識者」のコメントも、どれもこれも論点がズレている。

誰も彼もが、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が有効であり、「無効論」などというものは存在しないという前提で論じているからである。『日本国憲法』の無効に言及したのは、南出喜久治との共著『日本国憲法  無効宣言』のある渡辺昇一の『悠久なる皇室』(『正論』2016年9月号)だけであった。

当然、天皇陛下がなぜ、「摂政」でなく「譲位」を望まれているのかを論考したものは、私が見る限りなかった。

GHQ『皇室典範』16条2項は「天皇が、精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政をおく」としている。つまり、このたび表明された天皇陛下のご意向が、「高齢になり、体調も万全ではなくなってきたので『摂政』を立てたい」とのことだったのであれば、『日本国憲法』やGHQ『皇室典範』の枠内で実現可能なことであり、何の問題もなかったはず。

だが、陛下がお望みになっていることは「摂政の設置」ではなく、「譲位」なのである。

天皇陛下は何故、物議を醸すことが明らかな「譲位」を、と望まれているのだろうか?

私は、「天皇陛下の『生前退位』のご意向」報道と、それへの反応自体に、その答えがあると確信する。

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昭和天皇は、皇太子時代に大正天皇の摂政を経験されたが、ご自身の晩年の御不例時にも、摂政設置をお嫌いになったという。「病弱な大正天皇」という印象を、多くの人は持っているが、実はこれは大正天皇が親しかった原敬首相の暗殺後に流布された「プロパガンダ」であり、大正天皇は政治的に利用され「押し込め」られた、とする説もある。(原武史『大正天皇』)

摂政設置時とは、事実上の天皇「空位」であり、「国家の変局」である。「空位」は天皇という存在そのものの権威の著しい低下と、それに伴う「天皇(位)の政治利用」を招く。

陛下はそのことを以て「摂政設置」をお嫌いになっているのだろう。しかし、それだけではない。

『日本国憲法』の「象徴天皇制」によって、天皇位は戦後ずっと「疑似空位」状態・「心理的押し込め」状態にあった、ということもできるのではないか?

連合国は、『日本国憲法』の前文で日本を連合国の保護国として規定し、9条で二度と武器を取らないよう宣誓させただけでなく、「象徴天皇制」「国民主権」という空文によって天皇からその権能を剥奪し、「人間宣言」「開かれた皇室」というおためごかしによってその権威をも貶めようと企図していた。

『日本国憲法』の「象徴天皇」には、「本音と建前」がある。おそらくは天皇ご自身や、大多数の、天皇陛下を崇敬する国民が、自然に、そして正しく想起するところの「日本の魂・誠の象徴」「日本国民統合の象徴」が「建前」であり、『日本国憲法』の真の制定者であり、真の権力者である連合国の企図する「俗化・無力化・非権威化した、名ばかりの天皇」が「本音」である。

天皇が真実象徴するものは、「日本は万世一系の天皇によって統べられる国である」という事実、日本の歴史・伝統・国体そのものである。

天皇は、世界に類なき、尊い存在であるがゆえに、国際共産主義者の主導する連合国が、暴力と欺瞞と無法を以て破壊せんと躍起になっているのである。

「戦後レジーム」という名の国家の変局において、その初期から既に、天皇の権威は貶められ続けてきた。

天皇陛下は、「摂政設置」による二重の天皇の「権威低下」「空位による政治的真空」を恐れられたのではないか?

『日本国憲法』が天皇から国政に関する権能を剥奪したのは、まさにそれを狙ってのことだったのである。

今、日本のみならず、世界中がテロ、暴力、侵略の混沌の中にある。中国は今この時を狙い澄ますかのように、自衛隊機へレーダー照射、尖閣に230隻の文字通りの「人海戦術」で侵略への準備を着々と進めている。この状況下で天皇の身に深刻な事態が発生したら…。中国は、礼に則って手出しを控えたりは絶対にしない。

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「天皇陛下のご意向」報道で明らかになったことは、「天皇陛下のご意向尊重派」と「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の対立構図の存在である。前者は殆ど一般国民であり、後者は主に政府・官庁関係者、学者といった「権力側」の人々である。二極にきっぱり分けることは難しいが、前者を潜在的賛同者も含めて(『日本国憲法』)「無効派」、後者を意図的・無意識的含めて「有効派」と考えることもできる。

日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。》(今上陛下、1998年のお誕生日にあたっての会見で、平成10年を迎え昭和の時代と天皇のあり方が変わってきたことについて。『週刊文春』2016年7月28日号)

象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだと考え、大きく公務を減らしたり代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていない》(NHK報道、2016年7月13日)

「生前退位 『認めるべき』 77%」「天皇意向表明  80%が問題なし」 (日経新聞 世論調査  2016年7月25日)

昭和天皇の「国民と共に歩む」天皇像を受け継がれ、「国と国民のために尽くす」ことを明言されてきた今上陛下は、二度の大手術とご高齢にもかかわらず、激務をこなしてこられた。国民は、そのお姿に感激しながらも、心配申し上げていた。その陛下が、「天皇の勤めを充分に果たすことができないのであれば『譲位』するべきだ」とのお考えであるらしい、それならば、陛下のご意向通りに一刻も早く「譲位」がなされ、陛下にはゆっくり御静養いただきたい、その為に政府は最善を尽くすべし、と大多数の国民が考えている。

「無効論」は今のところ全く周知されていないが、上記世論調査が示すように、8割の国民が、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の規定よりも、天皇陛下のご意向の方を尊重すべきと考えている。この人々は、「無効論」を知れば賛同するはずだ。

天皇陛下の「譲位」のご意向を、最速で実現するために最善のことは、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認及び大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認を、国会で単純半数の賛成で議決し、天皇陛下に宣言して頂くことである。

天皇が自身の意向を表明することすら「違憲」にしてしまう『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が、天皇の生殺与奪の権を握っているも同然の現状は、異常である。しかもあらゆることが矛盾をはらみながら、複雑に絡み合っている。それを一挙解決できるのは、無効宣言しかない。

GHQ『憲法』『典範』の無効宣言と同時に、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原が確認され、『日本国憲法』制定以前の原状回復が成る。占領以前に可能であったことが、法的に全て可能になるのである。

簡単に言うと、「いいとこどり」である。「象徴天皇」条項、9条、前文など『日本国憲法』の害毒部分は即刻廃棄し、有用な部分があれば大日本帝国憲法を改正し取り入れる。改正の発議は天皇による自衛隊は「大日本帝国陸海空軍」となり、自衛隊をがんじがらめにしている「ポジティブ・リスト」が普通の軍隊並みの「ネガティブ・リスト」になり、軍隊が国を護るためにすべきことは全てできるようになる。GHQに削除された刑法の利敵行為条項も戻り、「スパイ天国」の汚名も晴らせる。時限立法で『日本国憲法』の有用部分を残し、数年かけて下位法律・法令の改正及び運用により適応させる。無効論者を入れて公開討論しながら進めれば良い。

何より、皇室の自治権が復活し、皇室の問題は皇室内で解決できる、本来の状態に戻る。天皇陛下の譲位のご意向に沿って、(皇室会議でなく、まして有識者会議などでなく)皇族会議で、粛々とお決めになれるのである。そのことは、逆に言うなら、皇室問題について素人である我々国民とその代表たる国会は、皇室問題について考える必要はない、ということである。これで、「退位ご意向」報道が心配していた問題の殆どは解決する。素人や反日集団の関与の恐れが大きい「有識者会議」に丸投げする等は、以ての外である。

「有識者会議」に重要問題を丸投げすることで、無為無策のうちに日本が滅びてゆくのを、傍観しようとしている戦後日本の支配層の「未必の故意」も、無効・復原宣言が粉砕する。

ここで、「GHQ『憲法』『典範』遵守派」の「識者」達のいう、「天皇陛下の『譲位』のご意向」実現に伴う問題がどんなものか、見てみよう。

「…『譲位』が往々にして政争の具にとされ、摂関政治や院政といった変則的政体を生み出して政治が混乱に陥った往時を深刻に反省し、また、皇位継承をめぐる対立から生じた流血の秘史を繰り返さないことを切に願って、皇位継承権を有する者の範囲と皇位継承の原因とを厳しく限定したのが明治の御代に確立した不変の原則であった。明治・大正両帝の戦前期はもとより、戦後も戦争責任への真摯な思いから、何度か「退位」を願われた昭和天皇も最終的には皇位を全うされている。」(『「ご存在」の継続こそ』 大原靖男  『WILL』2016年9月号)

「……政治権力者など外部によって譲位・退位などが強要されたり、時の天皇が影響力を残したりするために恣意的に譲位・退位するケースもあり、皇位の安定を確保するためにはこのようなケースを排除できる制度設計が必要となる。」「憲法が規定する『国民統合の象徴』は、天皇が如何なる政治的な立場にもお立ちにならないことを求めている。特定の政治的な立場にお立ちになれば、賛成・反対の論争の渦中に入って『敵』をつくることになり、国民を統合することはできない。皇室には政治的対立を超越し、国民を統合する機能が求められている。別のテーマでも『ご意向』が示されることがあるとすれば、皇室のご尊厳が傷つくことにもなりかねない」」(「天皇陛下『譲位のご意向』に思う:皇室典範改正の必要はない」 八木秀次 『正論』2016年9月号)

『皇室典範は終身制を採用しており、天皇の退位(譲位)は認められない。そして、憲法と法律に従い、常に内閣の助言と承認のもとに行動するのが立憲君主である。」「(陛下が「退位」のご意向を示され、「皇室典範の改正を希望された」ことは)あくまで内々のご意見であり、…国会や内閣が法的に拘束されるわけではない。もし内閣が天皇の私的ご発言に法的に拘束されることになれば、それこそ立憲君主制に悖ることになろう。」「国民の多くが…ご心配申し上げているのは間違いなかろう。しかしそのことと、生前の「譲位」を認める事とは、区別して考えなければならない。新旧皇室典範の制定に当たっては、過去の歴史を踏まえ、譲位制のメリットとデメリットを検討したうえで終身制を採用しており、その判断は重いからである。」(『「陛下のご意向」と立憲君主制』 百地章 『WILL』2016年9月号)

大原靖男は、昭和天皇が「退位」を望まれながら、「戦争責任への真摯な思いから」断念なされたようにいっている。つまり大原自身も「昭和天皇に戦争責任があった」と思っている、ということか?連合国の「天皇制強権」「軍国主義」説を信じているのか?

百地章は天皇陛下の「ご意向の表明」を「立憲君主制に悖る」というが、現実に日本の元首であり立憲君主である天皇を、まったく権能のない、「象徴天皇」という無力な空気のような存在である、と規定しているのが『日本国憲法』である。天皇に立憲君主としての務めを果たさせていないのは、『日本国憲法』なのである。

そもそも、戦後憲法学者の言う「立憲主義」とは「天皇から権能を剥奪し、皇室統制し、皇統断絶を企図する『日本国憲法』を天皇に遵守させる」主義である。

大日本帝国憲法下、天皇は「不裁可する権限」を持つ「至高の権威」であり、「不裁可しない憲政の常道」を実践する立憲君主であった。

日本に立憲主義を取り戻すためには、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効を確認し、大日本帝国憲法と明治の皇室典範を復原するしかない。

明治天皇と大正天皇の時代と、昭和天皇の戦後時代とでは、皇位継承をめぐる状況が全く違うこともキレイに無視されている感がある。明治・大正時代には、側室制度もあり、宮家ももっと沢山あって、皇位継承者の数を心配することはなかった。

歴史上には、自らの政治的野心から、操りやすい方を天皇に擁立するなどの争乱は確かにあったが、それとて結局は「男系天皇」での継承は成ってきたわけで、今、平成の日本が直面している、皇統断絶の危機には比べようもない。

今まさに、日本は、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって、怒涛の侵略を受けているのである。

8月3日朝、秋田沖250㎞の日本の経済水域に北朝鮮からのミサイルが落ちた。こんなことがあっても尚、『日本国憲法』にがんじがらめになった日本政府のできることは「厳重抗議」しかない。だが、その物理的攻撃の危険よりもさらに、皇統の危機は深刻である。ミサイルが降ってこようが、日本の国土が戦場になろうが、日本は必ず復興する。

だが、天皇の存在しない日本は、もう日本ではなくなるのだ。

日本の支配層は今、かつてないほどに、日本が破滅に向かっていることに無頓着になっている。だから、日本の皇統に関する重大問題についての天皇陛下のご意向の表明を、(その表明が『日本国憲法』に抵触する)「天皇の私的な発言」などと言ってしまうのだろう。

 

上に見たとおり、「無効論」を無視した議論では、重大な論点が欠落する。

それは、①日本がポツダム宣言を受諾した瞬間から、ずっと、天皇は日本統制の為に、連合国に政治利用され続けている。②『日本国憲法』の「象徴天皇制」と「国民主権」によって、天皇はいわば「強制的に(立憲君主の地位から)退位させられた」③連合国という外国勢力とそのシンパである国内の国際共産主義者たちは、無神論・唯物論の立場から「万世一系の天皇」を憎悪し、世界同時革命の遂行の邪魔である「祭祀王=天皇」を抹殺したい勢力である。④『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は「天皇制廃止」=「日本の国体破壊」を目的に作られた、「国際共産主義という政治的立場に立った」ものである。⑤『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の制定は違法であり、それを隠蔽するため、連合国・GHQは「日本人が自主的に帝国憲法を改正した」という嘘をついた。⑥その嘘をついたという事実を隠蔽する為に、GHQは日本人にWar Guilt Information Programという洗脳教育を施した。⑦WGIPの一環である東京裁判で、日本人は全員戦争犯罪者にされた。⑧同様に、大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であったというのは、連合国の戦争犯罪を隠蔽・正当化するための虚偽であったことである。

特に、⑧大日本帝国憲法が「天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床」であるということが虚偽である、という認識は重要である。殆どの戦後憲法学者が「無効論」で大日本帝国憲法の現存が確認されるということに拒否反応を示すのは、「戦前=悪」「大日本帝国憲法=悪法」のプロパガンダを信じているせいだからである。

「戦後レジーム」とは、日本人を「東京裁判史観」という虚偽の歴史認識で洗脳し、検閲で真実を隠蔽して日本を情報統制するシステムである。

中国を侵略して、南京大虐殺をしたのだから中国の言いなりになるのも仕方がない」というのが代表的な「東京裁判史観」に支配されたものの症状である。

「北朝鮮の人民を奴隷扱いしたのだから日本人が拉致されても仕方がない」というのも同様だ。最近は、これに「韓国の女性を拉致して性奴隷にしたのだから、仕方がない」というのも加わって、これらの特定アジア国民への批判だけを罰する、「ヘイトスピーチ法」なる日本人の言論弾圧法もできた。

WGIPは、私達の祖父に「中国侵略」「南京大虐殺」「慰安婦強制連行」の汚名を着せたが、同時に、今上天皇の父君・昭和天皇にも、「HIROHITO=HITLER」という侮辱を与えた。

昭和天皇はマッカーサーに国民の命乞いをされ、国民とともに「堪え難きを堪え、忍び難きを忍」んでその御命を全うされた。今上陛下は、そのご遺志を継いで「国民と共に歩み、国民に尽くす」と仰せられ、今そのご高齢とご不例の御身に鞭打って尚、国民の為にお務めになっている。

1998年5月、今上陛下は皇后陛下と共に英国を訪問された。バッキンガム宮殿正面から延びる大通り「The Mall」を、エリザベス女王と最高位の馬車に乗り、近衛騎兵に護られながらパレードされた陛下は、日の丸の小旗を打ち振って歓迎する群衆の一角を陣取る、第二次世界大戦でビルマなど東南アジア戦線に従軍した退役軍人らに迎えられた。馬車が近づくと、彼らは一斉に馬車から背を向け、英国では中指立てより失礼な「裏Vサイン」を突き出し、ブーイングの嵐を見舞った。「クワイ川マーチ」を口笛で吹き、大きな日の丸の旗が燃やされた。陛下は勿論、何事も無かったかのように平穏なご様子でこれをやり過ごされた。

これに先立つバッキンガム宮殿での饗宴で、天皇陛下は第二次世界大戦における英国軍人の「苦しみに対し、深い悲しみと痛みを覚える」とのお言葉を述べられていた。(新聞報道で分かった元英国兵の言う「日本軍の残虐行為」とは、違反行為のあった捕虜が、水の入ったバケツを持って立たされた等の、小学生の罰並みのものだった。他は「食料・医療品が不足していた」など、日本兵も同じ苦しみを味わった事柄であった。東南アジア戦線の日本兵の80%が疾病・飢餓で亡くなっている。)

その翌年1999年には、中国の江沢民が訪英。天皇陛下が乗られたのと同じ最高位馬車に乗りたいとゴネて顰蹙を買っていた。彼の命令で、「The Mall」に集まった亡命チベット人による抗議活動は、英国の警官隊によって徹底的に排除された。BBC等英国TVはこれを報道したものの、「昨年、日本の天皇への抗議は『言論の自由』として見逃したのに、なぜだ。これが民主主義か」と正論を吐いたのは『チャンネル4ニュース』のジョン・スノウだけであった。

ことほど左様に、「東京裁判史観」は世界中に浸透しており、日本国内では、直接罵声を浴びせられることは少ないだろうが、海外在住の日本人は人種差別とは別の非難の目、蔑んだ目で見られることも珍しくはない。英国では左翼インテリが多く、口角泡を飛ばした悪口雑言罵詈讒謗の嵐に遭うことことすらある。私は故郷の英雄・吉田松陰先生を「好戦的超国粋主義のファシスト」と罵倒され、「天皇陛下を尊敬している」というと、「低能の国粋主義者め」と、毒々しい憎悪の表情で、吐き捨てるように言われた。動悸がし、体中が怒りで震え、頭が真っ白になるあの感覚は、日本では経験したことのないものだった。

天皇陛下の英国ご訪問でも、人々の関心は専ら「HIROHITOの息子AKIHITOは英国に謝罪するのか?賠償金を払うのか?」と下世話な戦争・金絡み。世界で一番古い国の、世界で一番長く続いている皇統の帝王を迎え、そんなことしか言えない人々の民度の低さが悲しい。

だが、大方の日本人と同様、彼等も真実を知らされていない。虚構で固めた歴史観では、本当の反省はできようはずもない。かくて連合国側の国民達も、「国際戦後レジーム」からの脱却を必要としている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効宣言で、全世界に昭和天皇と日本の名誉回復を宣言、全世界の人々の「無知の知」への覚醒を促す

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『日本国憲法』の真の目的は、日本人の魂の武装解除である。

「日本の美しい魂」の象徴である天皇の無力化こそが、日本人の無力化に直結する__それが『日本国憲法』のいう「象徴天皇」=「権威なき天皇」の正体である。

『日本国憲法』が天皇の権力と権威を、そしてGHQ『皇室典範』が皇室の自立と自治を剥奪し、皇統を途絶えさせ、天皇という存在を消滅させることによって、かつて「精神性」だけで、世界の大国米英に歯向かったあの日本人の牙を折り、腑抜けにすることができる、連合国はそう信じた。

戦前、日本は核を持っていなかった。物量では圧倒的に不利であった。しかし連合国は日本を恐れた。

天皇陛下の為に、いつでも躊躇せず命を投げ出す日本人を、連合国は恐れたのだ。

「天皇を東京裁判にかけて処刑してしまえ」__いきり立つ米国世論を抑えたのは、「天皇を殺せば、日本人は最後の一人になるまで戦いをやめない。米国兵を皆殺しにするまで、日本人は止まらない」という知日派の言い分であった。核兵器でも何でもない、日本人の大和魂を、彼らは恐れたのである。

だが、大日本帝国の皇軍兵士の勇猛さは、「民間人虐殺」を行う「残虐さ」とは違う。天皇陛下の為に戦う、という名誉が皇軍兵士に規律正しさを与えていた。その事実は、日本人と、全ての連合国国民に知ってもらわなくてはならない。

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天皇とは、日本の国体とは、憲法と典範とは、何であろうか?「戦後レジーム」はどのようにしてそれらを軽視し、骨抜きにしてきたのか?

典憲は、『憲法の憲法』である立体構造の『規範国体』を文字で掬い取って平面的に投影して書き写したものである。『規範国体』が『本質』であり、『典憲』はその『属性』としての影絵である

「このうち、皇室の家法である典範とは、明治典範などによってある程度成文化されたものの、成文化による表現に馴染まず、あるいは、成文化することによって誤解や誤用が生じる恐れのある事項、たとえば、『三種の神器』、『宮中祭祀』などの古来から皇統と不可分に受け継がれた不文慣習法の総体としての『正統典範』のことである。天皇と皇族に適用されるものであって、国家と国民の全体に適用される憲法とは、それぞれ法の守備範囲を異にする。」(p.13, p.12 『とこしへのみよ』南出喜久治)

「古代以降、皇位継承について成文化された規定はなかった。1889(明治22)年、大日本帝国憲法とともに、皇室に関する初めての成文法である皇室典範が制定された。」「ただ、皇室典範は一般法規とは異なり、憲法から超越した宮務法とされ、『皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス』(大日本帝国憲法74条)として、議会が法改正に介入することはできなかった。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」 封じた歴史』)

だが、GHQ『皇室典範』は「憲法」の下位法、単なる「法律」とされた。

「この新皇室典範の立案過程で、皇室に関する事項だけを定めた同法を一般の法律と同列に扱うべきかどうかが問題になった。皇位継承に関わる重要な法律なので、『天皇の意思を関係させないのは妥当か』『天皇の発議により国会の議を経る特別な法にするのが適当』との意見があった。」「結局、一般法と同列とすることになり、天皇は改正には一切関与できなくなった。国民主権と政治的権能を持たない象徴天皇を定めた新憲法のもと、皇室を特別扱いするする法にすることは避けられた。」(編集委員 井上亮  日本経済新聞 2016年7月18日  『「自ら譲位」封じた歴史』)

さらりと流してあるが、これは大変なことである。私達国民に分かりやすい言葉で言い換えると、

①連合国は、天皇家からその家憲である皇室典範をとりあげ、代わりに「単なる法律」である同名の『皇室典範』を制定したが、②「皇位継承に関わる重要な法律」であるにもかかわらず、その実態は「皇位継承を困難にする」法律である。④「国民主権」「象徴天皇制」により政治的大権を剥奪された天皇は、「改正発議の大権」も奪われ、改正には一切関与できない。⑤「国民主権」の『日本国憲法』の下位法であるGHQ『皇室典範』に縛られる天皇の存在は、「国民の下僕」???⑥『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、「皇室を特別扱いしない法」である。

「皇室を特別扱いしない」なら、国民と同じかというと、そうではない。天皇には職業選択の自由など、国民が享受している各種の自由と権利がない。私有財産もなく(『日本国憲法』8条、88条)、私的ご旅行ですら、つい最近まで全くなかった。権利など全くなく、義務ばかり。その扱いは完全に非人道的である。

そのうえ、陛下が「国民に尽くす象徴天皇」として完璧であろうと努力されればされるほど、公務は増え、その御身体に鞭を打つ結果となってしまう。そして、「これ以上無理をすると、公務に支障をきたしてしまう」という責任感からの御判断で「譲位の意向」を示せば「違憲」と騒がれ、「慎重に」という一言で、事実上棚上げされてしまう。

これは「特別扱いしない」のではなく、完全な弾圧・迫害である。

だが、GHQ『皇室典範』の立案段階では、当のGHQですら「皇位継承を崩御に限るのは、自然人としての天皇の自由を拘束しすぎる。」として、退位の自由を認めるべきだといっていた。が、GHQお手盛りの「憲法普及会」の副会長となる国務大臣の金森徳次郎は、「天皇に私なし、全てが公事」と言って天皇の意思による退位を否定した。

その後、「終生公人としてその地位を守らなければならないのは天皇のあり方としてひどすぎる。」(1956年5月の参院内閣委員会)といった「天皇の基本的人権」に鑑みた退位論など、退位論議は散発的に行われたが、そのたびに内閣法制局や宮内庁が否定し続けた。その理由は①「歴史上の上皇などの弊害」②「天皇の自由意思に基づかない退位の強制があり得る」③「恣意的な退位は天皇の地位の安定性を損なう」であった。(日経新聞2016年7月18日)

①は非現実的、②・③は話が逆だ。

「象徴天皇」こそが、「天皇の自由意思に基づかない(立憲君主という地位からの)退位の強制」であり、「天皇の地位の安定性を損な」った最たるものであった。

「国民主権」を高らかに宣言した『日本国憲法』が制定された時、事実上主権は連合国総司令官SCAP・GHQにあった。「(象徴天皇という)天皇の地位」を「国民の総意」ではなくGHQが恣意的に決定し、「主権者」と持ち上げられた国民は皆「蚊帳の外」に置かれていたのである。

『日本国憲法』公布記念式典の勅語には「この憲法は…自由に表明された国民の総意によって確定されたのである…」とあり、枢密院では顧問官の美濃部達吉博士が憲法改正に反対の意を示しただ一人起立をしなかったほかは、全員が賛成だったことになっている。が、枢密院議長清水澄博士は、新憲法施行後の9月25日に入水自殺をし、大日本帝国憲法に殉じた。『日本国憲法』施行の日のしたためた『自決の辞』には、昭和天皇の戦争責任の否定、平和愛好の性質故の開戦反対の事などが訴えられ、日本と天皇の将来を憂う言葉が綴られていた。

『日本国憲法』に反対して自殺された清水博士のことは、憲法論議に全く登場しない。だが、今上陛下はご存じのはずだ。清水澄博士は父君・昭和天皇の憲法学の師であったのだから。

清水博士も、東條英機ら「A級戦犯」等という名で処刑された戦争指導者達や、散華した皇軍将兵も、『日本国憲法』が有効とされてのさばっている限り、天皇陛下の公式の顕彰・追悼を受けることができない。

祭祀王たる天皇が、真実と誠の言葉を自由に発することを禁じる『日本国憲法』とは、なんと罪なものであろうか?

天皇陛下のその本当のお苦しみを、我々国民に知らせずにいる『日本国憲法』への盲従とは、なんと情けないものであろうか?

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前述した「憲法普及会」は、GHQの監督下、帝国議会により組織された、「官製の洗脳運動体」(南出喜久治)であった。まず「憲法研修会」で664人の公務員(各省庁及び警察庁から50名ずつ)を教育し、全国各地で講演会を催し、最高学府で学んだ者ほど『日本国憲法』絶対教にはまり、思考停止するという状況が生まれた。一般国民向けの冊子『新しい憲法  明るい生活』も2000万部(全世帯に一冊ずつ)配布され、映画、紙芝居、カルタにまでなり、「臣民の全ての階層を洗脳した。」

そして、今や、学童時からGHQ教育で洗脳された世代と、その世代に育てられた子の世代が、日本支配層・権力層の中枢に蔓延している。「『日本国憲法』有効」を大前提として構築された戦後日本で生まれて育った人々である。

かくして、「天皇軽視」の傾向は左翼政治家のみならず、宮内庁、外務省、文科省にも蔓延することとなった。

『憲法無効論とは何か』の著者で、「新しい教科書をつくる会」理事として『新しい公民教科書』第三版を執筆した小山常実によれば、文科省が行う教科書検定は、公民教科書から「立憲君主」「国体」「家族」という言葉を消し去り、「祖国防衛」を否定し、「国民とは今現在生きている人だけ」と書くよう執筆者に強制しているという。世界が絶賛する日本の素晴らしい伝統である、家族主義という「利他主義」の基本を無くそうとしているのである。亡くなった家族を「国」の一員と認めないなら、先祖崇拝は廃れ、祭祀王たる天皇の存在理由も無くなるというわけだ。

天皇とは祭祀王であり、「万民の父母」であり、天皇家は日本という大きな家族の宗家である。ヨーロッパ王家のような征服王ではないのだ。故に、搾取者である王族をギロチン刑に処した、フランス革命の生んだ人権宣言を、日本に持ってこられても違和感しか覚えないのは当然である。フランス式の「搾取されないよう、権力を縛る為の憲法」ではなく、「権力と権威の分立」の大日本帝国憲法で、戦前の日本は立派に立憲政治が機能していた。

共産主義が人々に受け入れられないのは、彼らの言うことが嘘ばかりだからだ。嘘ばかり言っているくせに、それに賛同しない人々を「頭が悪く理解できない」と見下しているからだ。

同様に、「南京大虐殺」「慰安婦性奴隷強制連行」を事実として戦後70年談話を書いた外務省と政府自民党の政治家も、「東京裁判史観」を真実として国民に提示し続ける学者達も、『日本国憲法』絶対教信者の憲法学者も、「頭が悪い」と見下されるのはどちらか、そろそろ立ち止まってよく考えた方が良い。

貴方達を、私達はもう信用できない。私達の大切な御親である天皇陛下の「譲位」のご意向を、「有識者会議」などにかけて「慎重に何年もかけて検討」するとは、「本当に大変なことになるまで手をこまねいて見ている」ということだと、国民は気付いている。

天皇の「譲位」問題を、「有識者会議」に任せるということは、ナチスの「全権委任法」による政権奪取の如く、国民が知らないうちに日本を滅亡の危機に追い込む謀略である。

そんなことはない、というなら、せめて今すぐ「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』無効論」を国民全体に周知せよ。嘘ばかりいう貴方達に、「南京虐殺はあった」などと未だに言っている貴方達に、「『無効論』なんてくだらない」と、国民の代わりに勝手に決めて欲しくない。国民に周知し、反論があるなら無効論者を相手に堂々と公開討論でするがよい。

天皇陛下と国民を愚弄するのは、いいかげんにせよ。

日本国民は、やくたいもない「国民主権」など要らない。そもそも、一体本当に、私達は「主権」とやらを行使できたためしがあったか?もし本当にそんなものがあるのなら、私たち国民は、今それを行使したい。

日本国民は、天皇陛下に立憲君主としての大権をすべてお返しし、「至高の権威」として、日本を滅茶苦茶にしている人達に、正気を取り戻させていただきたいのです。

もとの貧しくとも清廉な、美しい誠の心を持った日本に戻すために、国民がはっきりと目を覚まし、しっかりと歩いてゆけるように、「万民の父母」として、見守っていただきたいのです。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の復原宣言を、国会が議決し、天皇陛下に宣言していただくことを、国民は望みます。

すめらぎいやさか。

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「天皇制打倒」を謀る国際共産主義者の呪詛である『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』を有効とする改正では、連合国への隷従が永続する__「至高の権威」「立憲君主」たる天皇の復活で、日本の誠をとりもどす

日本は、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』という、立派な対の服を追い剥がれ、架空の『憲法』と『典範』という「バカには見えない服」を着せられた、「裸の王様」____「憲法改正」ではなく「『日本国憲法』無効宣言」で、『大日本帝国憲法』という服と、正義の剣を取り戻し、世界を真実の光で照らし出す

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戦後70年余、天皇をはじめとする全日本人の「人権」は蹂躙され続けてきた

『日本国憲法』の事実上の制定者は連合国であるにも拘らず、未だに「確かにGHQが憲法草案を作ったが、それを叩き台にして『日本国憲法』として制定したのは日本人自身だ」という「連合国史観」が幅を利かせている。

南シナ海や沖縄・尖閣諸島周辺での、中国共産党の「海洋帝国」への拡張主義が顕わになるにつけ、日本人の多くが「9条の平和主義では国を護れない」という至極当然の結論に達し、憲法改正の機運が高まってきている。

だが、「憲法改正」が本当に正しい道なのか?

日本人は、「『日本国憲法』が日本の本当の憲法である」と、いまだに信じ込まされている。「日本は悪虐非道の侵略国だった」という連合国の嘘を、いまだに本当だと思っている。戦争中、中国に酷いことをしたのだから、未来永劫謝罪し、中国の言うとおりにするのが「誠意」だと思っている。そんな邪悪な日本を「成敗」した連合国は「民主主義的中立国の集合体であり、『国際倫理の権威』たる正義の味方」だと思い込まされている。

『日本国憲法』は、サギ師の仕立て屋=連合国が、「バカには見えない服」といってお人好しの日本に「着せた」、まやかしである。

日本人の中には、そのまやかしに気づいてはいるが、「バカ」と呼ばれたくなくて「見える」ふりをし、サギ師の片棒を担いでいる情けない人々もいるが、大方の日本人が「王様の新しい服は無色透明の服。だって当の王様が『服だ』といって着ているのだから」と妙な納得の仕方をしている。「王様も、気にしている様子がない。だからいいじゃないか」と。

だが、日本人は知らないだけだ。連合国は日本人を巧妙な嘘で騙し続けている。彼らはまず天皇と日本政府を脅して絶対に連合国の嘘を告発しないと誓約させておいて、日本人全体を「日本悪玉史観」で洗脳し、連合国史観で書き換えられた教科書で教育した。70年も経つうちに、真実を知るものは少なくなり、また学校で習った「連合国史観」に全く疑いを持たず、それを「真実」と思い込み、「被害者=中国」への「加害者=日本」としての「贖罪感」を叩きこまれた世代が、いま日本の政治・行政・教育・経済・メディアの中枢にいる。いわゆる<団塊の世代>である。

団塊の世代は戦後のいわゆるベビー・ブームの生まれで、当然実際の戦争は経験しておらず、子供時代に占領下の不自由さを経験し、GHQの教科書で教育され、感受性の強い青春時代に二度の安保闘争を経験し、理想主義としてのマルクス主義の洗礼を受けた人々だ。

70年安保騒動の描写がある村上春樹の『ノルウェーの森』のように、純粋さと計算高さ、勇気と卑怯さがないまぜになった、複雑な青春時代がそこにはあったのだろう。(そういえば村上春樹は、『1Q84』で主人公の青豆に「満州鉄道」についての本を読ませ、「(満州鉄道は)大日本帝国の中国侵略の尖兵」と断じた。サブリミナルな連合国史観プロパガンダだ。こうやって世界のムラカミハルキ・ファンが「日本=侵略者」を刷り込まれている。)

団塊の世代を一人悪者にするつもりはないが、1993年8月、「先の大戦は侵略戦争であった」と公式に発言した細川護熙元首相のように、祖父・近衛文麿元首相の「日支事変の拡大と仏印進駐は自分の政治的誤りであった」との反省の辞を、「侵略戦争だったとの告白」と曲解するほど、GHQの洗脳教育はある人々の脊髄にまで浸透していた。

実のところその「近衛の反省」とは、コミンテルンのスパイであった尾崎秀実ら複数の国際共産主義者を側近に置き、軍部が必死で休戦協定を模索しているときに「国民党政府を対手とせず」声明を出してぶち壊し、満州の関東軍を集結するソ連軍の前から引きはがして、泥沼の中国戦線・飢餓の東南アジア戦線へ送り込んだことを、後に昭和天皇への上奏文で告白したように、「自分(近衛文麿)は共産主義者らにいいように操られていた」との反省のことであった。

だが、細川護熙はそれを「先の大戦は侵略戦争であったと裏付けるような発言」と曲解した。同様に、「慰安婦問題」で河野談話を出した河野洋平元官房長官も、「日本は侵略国だからそのぐらいのこと(慰安婦強制連行)はしたはず」という先入観で、日本の政府高官としてあまりに軽率に「在りもしない罪を認める」という重大な売国行為を犯してしまった。

 

左翼教育はカルト宗教と同じで、教祖の言うことだけを正しいと思い込むよう洗脳する。オウム真理教が「浅原教祖の教えに背けば無間地獄に落ちる」と信者に叩き込んだように。左翼の場合は「右翼の言うことに耳を傾ければ無間地獄に落ちる」だし、『日本国憲法9条』教は「日本国憲法の否定は平和の否定」「9条反対者は軍国主義者」と、完全に連合国史観の保存がその教条となり下がっている。

だが、カルト宗教は人類普遍の原理とはなりえない。国際共産主義者らが「人類普遍の原理」と呼ぶ「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」の左翼三大原則は、一見誰も反対できない「正しい考え」のようであって、実は独裁者の台頭を招来する謀略三原則だ。

このような予備知識なしに、『日本国憲法』の7原則から、むしろ自由主義的な①間接民主主義又は議会政治②天皇制③三権分立④法治主義を差し引いて、上記の左翼三原則を残した、もっと国際共産主義寄りの「自民党憲法改正草案」を、『日本国憲法』を有効扱いして改正してまで選び取ることを、国民に半ば強制するようなことが、今行われている「美しい日本のための自主憲法制定」「憲法改正」推進運動の背後にある。

民主主義の根幹とは、国民の投票行動により、国民が正当に選ばれた代表を通じて、国民の意思決定を国政に反映することにある。これは、国民の「知る権利」の充足があって初めて成立することである。

政治の主体となる国民が、何かを選択するときに、それぞれの選択肢についての、必要不可欠な情報全てを開示され、充分な議論を経て熟考する時間が与えられて初めて、有意義な投票行動が可能となる。

翻って、日本の現状をみるに、いまだに連合国史観=東京裁判史観を信奉するものや、「天皇制打倒」を掲げる国際共産主義者とそのお先棒担ぎらによって、「『日本国憲法』無効論」というオプションの存在どころか、そもそも『日本国憲法』の成り立ちが連合国史観という嘘にまみれた恥ずかしい代物であるという事実すらも、国民から隠し通されている。

いまだ国際共産主義者による検閲と、プロパガンダによる洗脳が横行する日本には、自由主義的民主主義はない。

教科書検定官が、公権解釈も学習指導要領も、学説すらも無視して公民教科書執筆者に左翼全体主義的記述を強いるという、事実上の検閲が行われている日本は、「言論の自由」「教育の自由」を弾圧されている。しかもその事実の認識すら、国民にはない。

これはもう、ファッショだ。

戦後ずっと、日本が解放された、と言われたそのファッショに、連合国によって日本全体が沈められてきたのだ。ジョージ・オーウェルの『1984』の世界が、日本に半分実現している。

 

「『日本国憲法』無効論」を知ることは、日本国民の権利である。

「『日本国憲法』無効論」を知らせることは、日本国民の義務である。

「『日本国憲法』無効論」とは、『日本国憲法』の成立過程の真実など、日本国の命運に関わる核心的事実の数々を徹底検証することである。

国際共産主義者は、自らの思考停止癖を他人にも押しつけ、徹底討論を避ける傾向があるが、少なくとも以下に挙げる事実は周知され、公議公論に付されるのが民主主義というものである。国際共産主義者の反論、それへの再反論は、公開討論の場でなされるのが望ましい。

事実その① 連合国の中枢の本質が、国際共産主義者であるということ。国際共産主義者の本質は「詐欺師」「扇動家」である。お人好しでナイーブな日本人が想像もできないほどに悪辣で、しかも用意周到な、プロの犯罪者集団である。

事実その② ロシア革命以後の20世紀の戦争__特に満州事変に始まり、泥沼の支那事変を経て対米戦争に至り、日本に滅亡の淵をまざまざと見せつけた、「あの最後の戦争」___は、国際共産主義者が謀略により起こしたものであるということ。

事実その③ 連合国の日本占領の究極目的は、日本から「世界に比類なき2600年の歴史に裏打ちされた、万世一系の天皇」を奪い、日本を物質的・精神的に完全武装解除したうえで滅亡させることであった。

事実その④ その目的を遂行するために制定された『日本国憲法』と『占領典範』は、天皇弾圧・皇室断絶の装置である。

事実その⑤ 「象徴天皇制」「国民主権」は、事実上の「立憲君主国」である日本の元首(sovereign=主権者)即ち「立憲君主」である天皇から「至高の権威」を奪い、日本の政体を「疑似『無政府(アナーキー)』状態」といえる状態にしている。

事実その⑥ 『日本国憲法』の謳う空疎な「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」の左翼三原則と、左翼の「立憲主義」・左翼の「民主主義」が、国際共産主義者独裁による世界制覇をひそかに推進している。

事実その⑦ 「日本の国体」=「万世一系の『至高の権威』であり、『仁政』を行う『万民の父母』である天皇を中心とした世俗国家」と、立憲君主制を融合した『大日本帝国憲法』下の日本こそが、国際共産主義独裁に対する最後の砦である。

「至高の権威」=天皇の存在が、日本の歴史上、独裁者の台頭を防いできたという事実は、日本が有色人種の国で初めて近代憲法を持ち、立憲君主国として「富国強兵」に成功した事実と相まって、日本を国際共産主義者の「排除すべき敵」となさしめたのは、当然といえば当然のことであった。

「第二次世界大戦は『ファシズム』対『民主主義』の戦いであった」と、最近とみに中国とロシアが喧伝している。が、それは「『国際共産主義者』対『自由主義』の戦い」或いは「知らないうちに進んでゆく『国際共産主義の世界侵食』と、それに対抗する勢力の抵抗」という裏の真実から人々の注意をそらすためのレトリックだ。

20世紀、戦争は思想戦・プロパガンダ戦・情報戦になった。

前世紀の戦争のように、「どの国とどの国が戦っているか」という表面に気を取られていると、本当の敵が誰かを見失う。日本国内の国際共産主義者が、「日本軍が日支事変前に中国にいたことが、『侵略』だった証拠」などと盛んに言うのも、実は国際共産主義者達は、既に日本政府の中枢に食い込んでおり、ソ連の南下政策を遂行しやすくするため、そして中国国民党に殲滅されかけていた中国共産党の延命を図るため、日本を広大な中国大陸で中国国民党と戦わせることが、コミンテルンの謀略であった、という事実を隠すための目くらましである。前述の近衛文麿の「政治上の誤り」はその氷山の小さな一角に過ぎない。

 「大日本帝国憲法は『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』など諸悪の根源である、だから日本は新しい、民主的な憲法を持たねばならない」という理由で、『日本国憲法』は制定された。だが、『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』など、根拠のない言いがかりに過ぎなかった。

ただの言いがかりを理由に、日本は大日本帝国憲法を簒奪されたのだ。国体改変を含んだ「まやかしの憲法」のお陰でGHQの洗脳も解けず、日本と日本の歴史と伝統を体現する天皇の存続を危うくしていることにも気が付かないでいる。ゆっくりと茹でられているのも知らず、「いいお湯だ」と、「お風呂を沸かしてくれた」連合国に感謝さえしている。

2016年5月18日に行われた安倍晋三首相との党首討論で、民進党の岡田克也代表は、憲法9条の平和主義について、「集団的自衛権の行使を全面的に認めることにしたとき、憲法の平和主義は壊れる。絶対に認めるわけにはいかない」と、自民党憲法改正草案が9条改正案が「自衛権の発動を妨げるものではない」と定めていることを批判した。(朝日新聞2016年5月19日『憲法9条の平和主義巡り党首討論』)

岡田氏の言っていることは、「全世界の如何なる国も当然持っている『自衛権』というものを、日本にだけは絶対に認めない」と言っているのと同じだ。連合国側に立って、傲慢至極に「厳命」しているのだ。

「(自衛権を認めてしまえば)『日本国憲法』の平和主義が壊れる」とは、言い換えれば、「連合国が持ってはいけないと命令した自衛権を持つ、つまり連合国の命令に逆らうと、日本の平和は壊れる=連合国が日本を攻撃し完全破壊する。(敵国条項により、国連決議なしですぐに攻撃できる)」という、ポツダム宣言にも見られた連合国お得意の脅迫である。まるで自分の所有する奴隷に対するかのごとき傲慢さではないか。それを岡田克也は偉そうに代弁しているわけである。

これに対する安倍晋三首相の反論も、「東京裁判史観」を踏襲しているという点で、岡田氏と五十歩百歩である。「必要な自衛の措置しか我々はとらない。侵略は二度としない」「自民党草案でも平和主義が貫かれていることは間違いない」……。

「必要な自衛の措置しか我々はとらない」の「必要な自衛」とは何だろうか?安倍氏が首相で自衛隊最高司令官の時は大丈夫かもしれない、だが菅直人ら民主党政権時代の悪夢を思い起こそう。鳩山由紀夫のように、「日本は日本人だけのものじゃない(だから中国が日本を盗ってもそれは侵略じゃない?)」「中国や韓国、北朝鮮に対する自衛は必要ない」と考える政権がまた出現しないと、誰に言えるのか?

賭けてもいいが、次に「失敗だった」と気づいたときは、日本は既に「中国領日本自治区」になっている。

『日本国憲法』の「平和主義」が日本を武装解除し、国際共産主義国の侵略に抵抗できない国にするための「戦争しない・侵略者に抵抗しない主義」であることは、国民の多くが気が付いている。

だが、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」が国際共産主義の全体主義的三大原則である、との認識はまだあまりない。

「国民主権」とは、国家統治の最高権力を、人気投票で選ばれた人物にも委ねる可能性を意味する。

ヒトラーが「民主的に、合法的に」ワイマール共和国憲法の「国民主権」の下で政権掌握した例が最もわかりやすい。

『日本国憲法』と「自民党憲法改正草案」によるその改正憲法は、独裁者を生む可能性があるが、『大日本帝国憲法』下の立憲君主であり、2600年の歴史に裏打ちされた「至高の権威」である天皇の存在はこれを許さない。

ワイマール憲法の「国民主権」は、日本の天皇のような最高権力を制することのできる最高権威の存在を持っていなかった。

それこそが、『日本国憲法』改正ではなく、『日本国憲法』無効宣言でなければならない最大の理由である。

「象徴天皇」という無力な存在でなく、「行使しないが『不裁可』できる、必要とあれば『拒否権』を行使できる」=「独裁者の台頭を阻止できる」立憲君主たる天皇の「至高の権威」を、『大日本帝国憲法』復原によって取り戻す。

国体そのものが主権であり、天皇がそれを体現する日本__日本の真実の姿__を、とりもどす。

劣化した国会議員の資質向上のためにも、「天皇の御前で議論する」という重圧感、責任感を持たせる以上に効果的なことはない。日本の国会議員は日本の為に仕事をするという、当たり前のことを思い出させる。(大日本帝国憲法復原によって刑法の「利敵行為」条項もまた復原できる。)

第一次安倍内閣で「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍首相は、戦後70年談話に続き、「東京裁判史観」踏襲へ舵を切った。「愛国的現実主義者」(田崎史郎『安倍官邸の正体』)である安倍首相は、「現実的に考えて、『日本国憲法』無効論は無理だから、祖父・岸信介元首相の悲願でもあり、なんとか9条だけでも改正を」と考えているのかもしれない。だが、これは菅原裕氏の言うところの「漸進的改憲論」であり、憲法無効論への「現実主義的反対論」である。

漸進的改憲論

一時に全面的改正では困難だから、少しずつ、改憲していって、漸次に帝国憲法に復活すればよい、という説である。すなわち根本的に無効だといっても、簡単に復元の実現はできないから、それよりも第九条とか、第九六条とかを逐次に改正して、帝国憲法復活の実効を挙げたがよいという考え方である。

これは自ら占領憲法無効という大義名分を放棄して、一つずつ改正して目的を遂げんとする現実主義的考え方だが、こと憲法に関する限り、こうした方便論はとるべきでない。

なんとなれば、憲法が筋道を立てないと、他の法律は、みな便宜主義に陥り、国家の正義も立たず、復興も期し難いからである。

ことにこの種の論者は、第九条だけに重きをおき、第一条の国体論に触れることを避けているところに、わが国の憲法に対する建設的意見とはいい難い。

(菅原裕『日本国憲法失効論』p.94-95)

民進党岡田代表との討論で、安倍首相は「侵略は二度としない」と言った。つまり、「先の大戦は日本の侵略戦争であった」という連合国史観に迎合してしまった、ということだろう。細川護熙元首相の自虐史観まで、日本は後退してしまったのだ。

安倍首相が、国際共産主義者の日本弱体化経済工作によって、窮地に陥った経済立て直しを優先しているのだということはわかる。アフリカ諸国やインド、東南アジアなど対中国で共闘できそうな国々との、中国を牽制するための全方位外交も、安倍首相ならでは。多くの保守論客が安倍晋三氏を傑出した宰相であると褒め称えることに、異論はない。

だが、第二次安倍内閣成立を喜んだ多くの日本人は、「美しい国、日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」を、安倍さんならやってくれる、それが実現する日が本当に来るのだ、と希望を抱いたはずだ。

それなのに、その希望はもろくも潰え去った。その代わりに憲法改正?それではだめなのだ。

安倍首相しかできないことが、まだある。天皇陛下に上奏して、『日本国憲法』と『占領典範』の無効宣言、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』の復原宣言を、お願い申し上げることである。

安倍首相の「変心」は外務省の「指示」であるらしい。藤岡信勝氏によると、外務省が「1998年の日中共同宣言の中に『村山談話』を『遵守』するという文言があるから、村山談話を否定することはできない」とレクチャーしたのだそうだ。(藤岡信勝 『誰が歪めた!!「安倍談話」』『歴史通』2016年1月号)

ここでも、自由主義的民主主義=議会制民主主義の大原則__国民の選んだ国会議員が国政の在り方を決め、官僚はそれを行政の場で実務的に実現する__が逆転現象を起こしている。

大臣=政治家より官僚のほうがカシコイから、大臣が国会で読み上げる答弁書を官僚が代筆する、とかいうレベルの話ではない。国民が望む「一億総前科者」からの脱却を、やっと実現してくれそうな首相が現れたと思ったら、役人の分際でそれを阻止している、というのだ。

こういうことを許していてはいけない。私は国民の一人として、異議を申し立てたい。

外務省は、1941年12月、ルーズベルトに「屈辱の日」演説の材料を与えた、「真珠湾攻撃の20分前になされるはずだった宣戦布告文書(「帝国政府の対米通牒覚書」)の手交の致命的な遅延」についての説明も国民にしていない。国会議員にはある説明責任はないが、日本の命運にかかわる事柄について、国民の要望にも反する「指示」を首相に出す権限はあるというのだろうか?

これは民主主義ではない。官僚独裁の寡頭政治・側近政治ではないのか?

『日本国憲法』と『占領典範』は、日本人を幸福にしてくれていない。寧ろ、天皇ともども日本国民の人権は蹂躙されている。

この軛を取り除いてくれるのは、ひとり、立憲君主としての天皇のみである。

立憲君主であり「万民の父母」である天皇を、日本は取り戻したい。

そのために、『日本国憲法』と『占領典範』の無効宣言は、なされなければならない。

(2016年10月8日編集)

 

 

【日本国憲法無効論】『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効理由__『日本国憲法』は「日本人のアイデンティティー喪失の呪文」である

「『日本国憲法』を改正」では、日本人が失わされた国家観も、誇りも、真実の歴史も取り戻せない

例え改正し、前文や9条を取り除いたところで、『日本国憲法』を憲法として戴いているという事実__「日本が連合国=米国の属国である」という「呪文」を自らにかけ続けている、という事実__になんら変わりはない。

なぜなら、私達の国「日本国」とは「大日本帝国」のことであり、私達が戴く憲法は『大日本帝国憲法』であるという真実を、『日本国憲法』という「偽憲法」が隠しているからである。

スタジオ・ジブリの人気アニメ『千と千尋の神隠し』には、人の本当の名を奪ってその人を支配する魔女が登場する。本当の名を奪われ、新しい名を魔女に与えられた人は、自分の本当の名を忘れてゆき、その名で歩んだ過去の人生の記憶をすっかり忘れると、魔女に全人格を支配され、奴隷にされてしまう。

連合国は「プレス・コード」という名の検閲__徹底した言論の大弾圧__のもと、日本から「大日本帝国」という名を奪い、日本が日本とアジアの国々の自由の為戦った「大東亜戦争」の名を奪い、日本人が崇敬する天皇の大権をことごとく簒奪して無力な「象徴天皇」とし、日本の悠久の歴史__日本人の誇りの源泉__である万世一系の天皇と、その臣民を、今もなお丸ごと支配している。

連合国は「自由なる世界人民の正義が裁く」と謳う東京裁判という偽裁判で、日本軍と日本政府、日本人全体に数々の冤罪を被せ、「一億総戦争犯罪人」のいわれなき汚名を着せた。

100万人余の無辜の人命を奪った日本全国への焼夷弾爆撃、広島・長崎への原爆投下は「東京裁判で明らかになった日本の犯罪への正当な報復・処罰」である、と世界と日本の人々に思い込ませるのが東京裁判の主たる目的であったが、検閲でこれら連合国側の戦争犯罪に言及することを禁止することで、自らの無法の自覚を曝した。(GHQ検閲項目の詳細については、本ブログ別稿:『「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと』を参照されたい)

天皇と日本国政府に対し、GHQは「米軍の圧倒的・破滅的破壊力を日本国本土全体・日本国民全体に対しいつでも使用することができる」「天皇制を廃絶する」「天皇の命を保証しない」とそれぞれを脅迫し、「有条件降伏」の事実を「無条件降伏」にすり替え、国際法上「一部占領」のみの占領権限を「全部占領」にすり替えた。

表向き「一部占領=間接統治」を謳いながら、その実「全日本列島は我が強制収容所」とマッカーサーが誇る、強権による「全部占領=直接統治」が行われた。

このように、GHQは数々の無法・違法行為を犯しながら、それらを徹底検閲で隠蔽し、且つNHKや新聞社など日本の全メディアを制圧し日本国民と世界の人民を洗脳した。

連合国は、「正義と民主主義の連合軍が打ち負かした日本は『悪の帝国』だった」という自己正当化の虚構を全世界に向けて宣伝した。

有色人種の国でただ一つ、欧米列強の植民地化を拒絶したうえ、近代国家化に成功し、あまつさえ中国・ロシアというユーラシア地域の2つの大国に打ち勝ってしまうほどに、国力を増進させた生意気な国、日本。

2600年以上も連綿と続く、比類なき万世一系の天皇を「至高の権威」として戴き、その統率のもと、心を一つにして勇敢に戦う大日本帝国の将兵はもとより、銃後の臣民、女子供に至るまで、誇りにその瞳輝く__。

アジアで、アフリカで、アメリカで、有色人種日本人の活躍に、喝采を送る声は膨れ上がってきていた。

「この日本人の心を折らねば。」

本当の侵略者、植民地搾取者である連合国・欧米列強の黒い腹の底もまた、一つの同じ考えで共通していた。

日本人の魂の永遠の武装解除。そのための呪いの軛。それが『日本国憲法』の正体である。

『日本国憲法』の基本精神は、「神国日本の『誇り』の否定」「万世一系の天皇の『独裁者の台頭を許さない統治』の否定」「営々と築かれてきた日本文明・伝統と歴史の否定」である。

日本的な生活態度に至るまで、すべての日本文化・日本精神を悪しきものとして断罪し、日本文化・伝統の対極にある国際共産主義の理念をバック・ボーンに誕生した『日本国憲法』は、その後ろ暗い生い立ちを隠すため、虚構・捏造・無法でもってその成立過程を糊塗されねばならなかった。

かくして、戦後70年を経過するも、連合国とその追従者が、尚も隠蔽し続けねばならない無法の数々は、その淵を覗き込む者にはハッキリとその姿を曝す。

以下に、菅原裕『日本国憲法失効論』・小山常実『憲法無効論とは何か』・南出喜久治『とこしへのみよ』による『日本国憲法』『GHQ皇室典範』の無効理由を、著作別に挙げる。

 

本 日本国憲法失効論

菅原裕『日本国憲法失効論』

■1 . 時期の問題 「およそ立法は、国民の自由、冷静なる意思の下に行わるべきことは申すまでもない。いわんや国家の最高組織法たる憲法の改正においては、国家主権が完全でかつ国民の意思が自由であることは、絶対的に必要な条件である。しかるに国家が、敵軍の占領下にあるときは、国家主権も完全でなく、国民の意思も自由でなく、国家意思の表現も自由でない。したがって占領中に、国家の基本法である憲法を、制定したり、改正したりすべきでないことは他言を要しない。故にかりにそれがなされたとしても当然無効であることは、憲法法理上、一点の疑いをもいれないところである。」(p.31)

帝国憲法第75条に、摂政時代の憲法改正を禁じたのも、(中略)国家の状態が、正常かつ平穏でなければ、憲法の改正を、なすべきではないという、憲法法理の大原則を示したものに他ならぬ。」(p.32)  「世界の憲法の立法例は、通常憲法の改正時期や方法について、ことさら、制限規定を設けたり、無効原因を列挙したりしないのが、一般的であるが、特殊の国においては、過去の体験によって、特記しておいた方が適当とするものに関しては、注意的に規定しておるものもある次第である。故にかかる特記のない憲法においては、自由に改正し得るように解すべきではないことはもちろんである。」(p.33)

「(占領下)日本の政府機構は、占領軍の間接統治の手段として利用されるべく、占領管理機構として、占領軍の下部組織に、編入された」「占領軍の日本管理の法体系は、当初は、占領独特のポツダム政令と、天皇の統治権を制限した帝国憲法に基く法令との二本建てでやっていたが、後では、改正名義で、日本固有の帝国憲法を廃棄して、それに代わる日本国憲法という、憲法を僭称する占領管理法を制定せしめたので、結局最高司令官の独裁専制を、法的にも確立したことになった」「この偽憲法の上に、占領軍の超憲法的軍権が、厳然と控えて、管理政策は進められた」(p.33)

■2.方法の問題 占領軍は、占領下において、日本国民の抗拒不能の状態に乗じて、更に強度の圧迫を加え、日本国政府ならびに諸機関の意思を抑圧し、最高司令官の至上命令として、わずか一週間で書き上げた英文の民政局草案を骨子として、日本の関係者をGHQに缶詰にし、徹夜して一日半で、日本政府の改正要綱を作成させ、それを議会に提出させて、憲法改正を強行した」(p.42)

美濃部達吉顧問官は『帝国憲法第七十三条によって、こんな改正を行うことは、法理上不可能である』と主張して最後まで反対し、ついに唯一人起立をされなかった」(p.44)

■3. 内容の問題 「いやしくも憲法の基本たる国家組織の根本を変革することが、その憲法の改正規定の範疇に属しないことは、当然首肯さるべき事理である」「現行の日本国憲法自体が、いわゆる改正の限界を逸脱して、帝国憲法の根本をなし、立国の大本を規定した、第一条ないし第四条を、抹消して改正されたものであることを、反省すべきであろう」(p.51)

我が国は万世一系の天皇を仰て終始し、天皇を以て統治権の主体なりと為す観念は歴史の成果、国民の確信にして千古動かず、憲法中、国体に関する規定ありと雖そは国体を創設したるものに非ずして唯国体を宣明したるに過ぎず、従って国体に関する憲法の規定は将来永久に其の変更を為すことを得ず、仮に之を変更したりとするもその変更は何等の効力をも発するものに非ず、即ち国体の根本は憲法の克く左右し得べき所に非ず、天皇の統治権は憲法によりて成立せず、何ぞ憲法を以て之を変更するを得んや」(清水澄博士『帝国憲法講義』p.525:カタカナ表記をひらかなにて表記、菅原裕前掲書p.52)

連合軍の「真実の目的は、日本国の崩壊乃至日本国民の奴隷的無力化にあ」り、「組織的に日本の根幹をなす民俗信仰の打破や、国体の変革に、重点を置き、道徳教育の破壊から、婦人、労働者、農民の解放に名を借る、従来の秩序の壊滅を目的とする赤色戦術までとり入れて、徹底的に実施した」(p.33)

労働組合法制定」「日本の教育制度の行政に関する覚書」「教職員の調査精選資格決定に関する覚書」「修身、日本歴史および地理の授業の停止」「国防保安法、軍機保護法、言論、出版、集会、結社等臨時取締法の廃止」「治安警察法の廃止」「国家神道の廃止」「陸海軍の解体」「警察の治安維持力破摧」「財閥解体」「没収に等しい農地改革」「公職追放」(p.37)

■4.国際法関係 「ハーグ陸戦法規」「大西洋憲章」「ポツダム宣言」「降伏文書」違反

本 憲法無効論とは何か

小山常実『憲法無効論とは何か』

■無効理由(Ⅰ)自由意思の欠如 「あらゆる法律行為は原則として行為主体に一定の自由意思があって初めて有効なものとなるし、独立国の憲法を作る行為ならば尚更、その国の自由意思が基本的に存在しなければならない。」(p.120)

■無効理由(Ⅱ)の1.明治憲法第七五条違反

■無効理由(Ⅱ)の2.明治憲法第七三条違反 「帝国議会の修正権も一切認めないのが、金森や佐々木を含めて、憲法学界の一般的立場であった」「修正権を認める美濃部学説にしても、帝国議会が発案権を持っていないことを理由に、『原案に含まれない条項に付いて修正を加へ又は新なる条項を之に加ふる』(美濃部達吉『逐条憲法精義』p.725)権限を帝国議会に認めていなかった」「ところが、天皇が発議した憲法改正案は、国体規定どころか、明治憲法の全文を廃止し、新たに全文を規定する内容であった。また、議会も、政府案の修正どころか、原案に含まれない条項を新たに提案することまで行っている。それゆえ、憲法改正限界説に立つ多数説に従っても、無限界に説に立つ佐々木学説に従っても、『日本国憲法』は明治憲法第七三条違反の手続きで作られた無効憲法ということになるのである」(p.123)

■無効理由(Ⅲ)の1.ポツダム宣言及びバーンズ回答違反  「『日本国憲法』は、第一に占領初期に、第二に政体だけでなく国体までも改正の対象としたし、第三に天皇とその政府も、国民の代表とされる帝国議会も完全統制した上で、つくられた」(p.126)

■無効理由(Ⅲ)の2.ハーグ陸戦法規違反

■無効理由(Ⅳ) (日本国憲法は)「保護国を目指す憲法」  「憲法とは独立国が持つものであり、自己決定できる国家の在り方を示すものである以上、『日本国憲法』は、内容面からしても総体としても無効な存在であると言わねばならない」(p.128)

■無効理由(Ⅴ)自然法違反  「第九条②の規定が自然法または条理に違反している」「国家は自衛戦争をする権利を保持し、自衛のための戦力を保持して初めて、対外主権を維持することが出来る」(p.128)

■無効理由(Ⅵ)国体法違反  「明治憲法制定以前から、成文法の如何にかかわらず、日本には国体というものがある。国体とは、〈日本国家の歴史上、万世一系の天皇が国家最高の地位にあり続け、国家権力の正当性・正統性を保障する最高の権威であり続けたこと〉を意味する。この国体は、少なくとも千五百年以上の重みを持ったものであり、日本国が守り続けなければならないものである。ところが、『日本国憲法』は、天皇から政治的権威を奪い、象徴天皇制を採用した。明らかに、象徴天皇制は、国体法違反と言えよう」(p.129)

■無効理由(Ⅶ)「日本国憲法」成立過程史の歴史捏造  「成立後の政治・教育面についていえば、社会党を中心とする議員たちも、衆議院小委員会議事録を一九九五(平成七)年まで秘密にし続けることで、GHQは議会による自由な審議と修正を許した、とする虚構を守り続けてきた。また、(中略)憲法学も公民教科書も、一貫して『日本国憲法』成立過程について史実を隠し続けてきた。」(p.129)

「しかも、一九九五年以降はなおさら、国民一般は、全くデタラメな『日本国憲法』成立過程史を教え込まれていることに注目されたい。いや、政治家さえも、正確な成立過程史を把握していないであろう。正確な情報が国民一般に明らかにされていないわけだから、時効・追認・定着のための期間は進行しようがないのである。」(p.129)

本 とこしへのみよ

南出喜久治『とこしへのみよ』

■無効理由その一 〈改正限界超越による無効〉 「当時の憲法学界の支配的見解は、国体を破壊する典憲の改正はできないとする典憲の『改正限界説』であった。」「立憲主義は、憲法改正限界説と一体のものと理解されてきた」「改正によっては変更し得ない典憲の根本規範(規範国体)の領域にまで踏み込んで、その改正権の限界を超えてなされたものであるから絶対無効である」(p.79)

■無効理由その二 〈「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」違反〉

■無効理由その三 〈軍事占領下における典憲改正の無効性〉 ポツダム宣言(は…)我が軍の一部の地域を占領し、その地域内における統治権を制限することを限度とする『一部占領』の趣旨であり、国土全部を占領し、統治権自体の全部の制限、即ち、『全部占領』を意味するものではなかった。」「我が国は、独立は喪失したものの連合国の『被保護国』の地位にある国家として講和条約を締結しうる当事国能力は降伏後も存続した」「(にも拘らず)我が国は、その全土が連合国の軍事占領下に置かれたが、統治権が全面的に制限されることを受忍してポツダム宣言を受託したのではないから、その後になされたデベラチオ(直接統治)に近い完全軍事占領は国際法上も違法である。」(p.87)「(占領軍は)公職追放(…)ニ・一ゼネスト中止命令(…)選挙干渉、議会審議干渉、法案制定指示、財閥解体、宮家皇籍剥奪(…)、ありとあらゆる事象において、実質的にはデベラチオ(直接統治)を実施」「ポツダム宣言の結語に『右以外の日本国の選択は、迅速且完全なる壊滅あるのみとす。』と言明され、原爆投下によってジェノサイドの危機に追い込まれ」「皇室を廃絶するという強迫も加わった状態が継続する中で、(…日本政府は)遂に抵抗を諦めて、占領典範と占領憲法を承諾したのである。」(p.89)

■無効理由その四 〈帝国憲法第七十五条違反〉 「伊藤博文著『憲法義解』の第七十五条の解説によれば、『恭(つつしみ)て按ずるに、摂政を置くは国の変局にして其の常に非ざるなり。故に摂政は統治権を行うこと天皇に異ならずと雖、憲法及皇室典範の何等の変更も之を摂政の断定に任ぜざるは、国家及皇室に於ける根本条則の至重なること固(もと)より仮摂の位置の上に在り、而して天皇の外何人も改正の大事を行うこと能わざるなり。』とあり、この規定が国の変局時に関する『例示規定』であることを認識している」(p.91)

■無効理由その五 〈典憲の改正義務の不存在〉 ポツダム宣言には、帝国憲法と明治典範の改正を義務づける条項が全く存在しなかった。もちろん、降伏文書にもそれを義務づける規定はなかった。」(p.99)「ポツダム宣言を起草した『三人委員会』(国務長官代理ジョゼフ・グル―、陸軍長官ヘンリー・スティムソン、海軍長官ジェームス・フォレスタル)の一人であるジョゼフ・グル―(元駐日大使)は、後になって、『新しく憲法を制定するというような根本的、全面的な憲法改正は考えられていなかった』と述懐していたのである。」(p.101)

■無効理由その六 〈法的連続性の保障声明違反〉 「昭和二十一年六月二十三日の『帝国憲法との完全な法的連続性を保障すること』とするマッカーサー声明と比較しても、『完全な法的連続性』を保障した結果にはなっておらず、改正の限界を保障した同声明の趣旨に自ら違反している。」(p.103)「法的連続性というのは、成立要件要素である合法性と正統性、効力要件である妥当性と実効性のいずれをも満たすことを意味するが、全くそのようなことになっていない」(p.103)

■無効理由その七 〈根本規範堅持の宣明〉 「ポツダム宣言受諾日の昭和二十年八月十四日の詔書によれば、『非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾』せんがためにポツダム宣言を『受諾』したものであり、敗戦後も『国体ヲ護持』すること、即ち、正統憲法と正統典範の上位に存在する根本規範である規範国体を堅持することを国家の要諦として宣明していた。」(p.104)「そして、政府は、その後においてこの『国体護持』の基本方針を撤回する宣明をした事実が全くない。それゆえ、規範国体を護持するという国家基本方針は、占領の前後において一貫して堅持されてきたことになる。従って、これを否定する宣明をすることもなく密かにこれを放棄することは許されず、あえてこれを否定する宣明をすることもなく、規範国体を否定する内容の占領典憲を制定することは、禁反言(エストッぺル)の法理に違反して無効である。」「そもそも、仮に、詔書において『国体護持』の宣明がなされていなかったとしても、規範国体に違反する規範は、いかなる形式のものであっても無効である」(p.105)

■無効理由その八 〈改正発議大権の侵害〉 改正発議が一身専属の天皇大権であるにもかかわらず、天皇が自発的かつ自律的に改正を発議せず、天皇と枢密院を差し置いて、GHQと占領下政府によって改正案が私議され、改正大権が簒奪されたことが明らかである。」(p.106)「占領憲法の発議は、昭和二十一年二月十三日、マッカーサーが同月三日にGHQ民政局(GS)へ『マッカーサー三原則(マッカーサー・ノート)』に沿って作成を指示したことに基いて完成した英文の『日本国憲法草案』(GHQ草案)を、GHQ民政局長ホイットニー准将とケーディス大佐から吉田茂外相と松本烝治国務大臣らに手交して、これに基づく帝国憲法の改正を強制したことに始まるのであって、天皇の発議とは全く無縁のものであった。この『大権の私議と簒奪』は、『統帥権干犯』というような非難の程度を遙かに超えたものである。」(p.107)「天皇が一切関与できない発議なるものは、発議大権の侵害と言うよりも、発議大権の簒奪に他ならず、これによる改正審議も議決もすべて無効である。」「このように発議大権を簒奪してなされた改正審議において、帝国議会が修正議決した事もまた、二重の意味で憲法改正発議大権の侵害となる。」(p.108)

■無効理由その九 〈詔勅違反〉 帝国憲法は欽定憲法であるから、告文(こうもん)、憲法発布勅語及び上諭という帝国憲法発布に際しての詔勅についても憲法典と同様に憲法規範を構成することになる。」(p.112)「その憲法発布勅語には『不磨の大典』とあり、さらに上諭には『将来若(モシ)此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルへシ』とあることから、これは、帝国憲法改正に関する形式的要件である第七十三条とは別個に、改正のための実質的要件を定めたものと解釈しうる。即ち、その実質的要件は『紛更ヲ試ミルコト』を禁止したことであるから、占領憲法の制定という方法による改正は『紛更』そのものに該当するので無効である。『天皇といえども国体の下にある』ことから、『紛更』が明らかな占領憲法と、皇室家法の『丕基』を破壊した占領典範とは、いずれも天皇による公布がなされたといえども完全に無効であることに変わりはない。」(p.113)

■無効理由その十 〈改正条項の不明確性〉 「(上諭及び第73条にある『憲法ノ或ル条章ヲ改正』『此ノ憲法ノ条項ヲ改正』)というのは、『憲法の全部の廃止又は停止を容認しない』趣旨である。(美濃部達吉) ところが、占領憲法は、帝国憲法の各条項を改正するという手続をとらず、差換え的な全面改正を行ったのである。(…)帝国憲法と占領憲法とは条文の条項毎に一対一に対応しておらず、占領憲法の各条項が帝国憲法の、いずれの条項を改廃したのかが不明である。また、帝国憲法に規定のある機関(帝国議会、枢密顧問、行政裁判所など)や兵役の義務などを廃止するとの規定もないので、これらの機関や義務などは事実上停止されているに過ぎないこととなり、廃止されたのではないことになる。さらに、占領憲法が真に帝国憲法の改正法であれば、『大日本帝国憲法の昭和二十一年改正』として表示すべきであり、あくまでも法規名称は『帝国憲法(大日本帝国憲法)』のままであるはずである。しかし、新たにこれを『日本国憲法』と改称するとの規定すらないまま、『日本国憲法』と呼称することのいかがわしさは拭えない。」(p.115)「(公布の詔勅にも『帝国憲法』という略称が用いられているが)法文、しかも憲法の改正において正式名称を用いずに、慣例的な略取表記を用いることはあってはならないのである。それゆえ、厳密に云えば、『大日本帝国憲法』改正の公布は存在していないことになる。このような不手際は前代未聞のことであり、このことからしても、占領憲法は先帝陛下のご叡智に基づいていないことを推認しうるのである。」(p.116)

■無効理由その十一 〈典憲としての妥当性及び実効性の不存在〉 昭和天皇は、占領典範によって『初代天皇』として選定されたのではなく、明治典範に準拠して昭和三年十一月の即位礼により第百ニ十四代天皇として践祚され、崩御されるまで一度も退位されたことはない。つまり、明治典範の廃止による退位には全く実効性がなく、占領典範の『初代天皇』ではない。そのことは第百ニ十五代天皇である今上陛下についても同様であり、占領典範は、その意味においても、皇位の継承と選定の本質に関して、いまもなお全く実効性を備えてはいないのである。」(p.118)「さらに、(…)占領憲法の核心条項である第九条には実効性がな(い。『陸海空軍その他の戦力』に該当することが明らかな)自衛隊が存続している事実は、明らかに『違憲状態』の継続であるから、第九条は実効性を完全に喪失している。そして、第九条に実効性がないのであれば、これと一体となる占領憲法全体についても実効性がないのである。」(p.119)

■無効理由その十二 〈政治的意志形成の瑕疵〉 「(占領憲法の)改正過程において、プレスコード指令や神道指令などによる完全な言論統制と厳格な検閲がなされていた」「表現の自由(知る権利)は、民主社会を維持し育成する上で極めて重要な機能を有し、実質的には政治参加の機能を持っている。いわば、参政権行使の前提となる権利であって、この行使が妨げられることは実質的に参政権の行使が妨げられたと同視されるから、言論統制下での改正行為自体が違憲無効なのである。」(p.123)「(…)国民の政治的意志を決定するために不可欠な『知る権利』は全く否定されて徹底した検閲がなされた状況での帝国憲法の改正が有効と肯定されるはずはない。」(p.125)

■無効理由その十三 〈帝国議会審議手続の重大な瑕疵〉 「平成七年になってようやく公開された衆議院憲法改正委員会小委員会の議事録によると、小委員会とは名ばかりで、その審議と称するものの実態は、GHQの求めに従って、英文の翻訳を忠実に行う『翻訳委員会』の翻訳作業手続きに過ぎず、憲法改正手続きとしての実体がなかったことが明らかになった。(…つまり、)帝国憲法の改正を拒否しうることも、その改正案審議に自主性を持つことも全くあり得なかったのである。」(p.147-148)「(昭和二十一年十月六日、貴族院は審議に時間をかけて審議未了により憲法改正案を廃案にしようと画策したが、)GHQは(…)帝国議会の大時計が午後十一時五十五分を指した時に、この大時計を止めて、名目上は同日(六日)に可決させることを強要した。」(p.148)「従って、このような諸事情からすれば、帝国議会の帝国憲法改正案審議自体に実質上も手続き上も著しく重大な瑕疵があったことになり、占領下の憲法制定ないし改正としての占領憲法は、帝国憲法の改正として、かつ、実質的意味の憲法(規範国体)としては絶対的に無効である。」(p.149)

(上記南出喜久治氏の無効理由その一からその十一までは、占領典範、占領憲法共通の無効理由。その十二と十三は占領憲法固有の無効理由である。)

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は無効である

「『憲法無効論』は感情論だ」とか「『日本国憲法には妥当性・実効性があるので有効である(天皇陛下をはじめ、内閣、国会、裁判所といった国家機能の三権が『日本国憲法』を憲法という前提で動き、いろいろな法律がそれを基に作られている)」という人がいるが、そのような人は上記三氏の無効理由に見るような、『日本国憲法』制定過程の戦慄すべき実相について無知であるか、あるいはそれらを故意に無視して「ロシアやフランスの憲法は…」と見当違いの議論に終始するきらいがある。

数学者であり思想家であった岡潔は「西ドイツは進駐軍治下の憲法というものはありえないといって毅然としてその憲法を変えることを拒否したのに、日本は唯々諾々として進駐軍治下で憲法を変えた。(…)政府はそうしなければ万世一系の皇統を断絶するぞといって恐喝されたからであって、政府はそのとき国民にはかったわけではないが、私はそれが国民過半の感情だったからであると思う。」(南出喜久治『とこしへのみよ』p.131)といったが、日本占領をめぐっての米国とソ連の確執・覇権競争の実相を知らずして、また彼らが日本に新憲法を与えたことの本当の意味を知らずして、『日本国憲法』の正体を正確に見破ることはできない。

一旦『日本国憲法』制定過程の真実を知ったなら、普通の日本の庶民なら誰でも、連合国の無法と卑怯にいまだ蹂躙され続けている我が国の実情に、悔し涙をこらえることができないであろう。

『日本国憲法』を「天皇陛下のご詔勅がついているから本物」と信じてきたのに、実はその『日本国憲法』『GHQ皇室典範』こそが、天皇の大権を簒奪し、「国民主権」という一見正しそうな、実は「『主権者』国民を支配することによって国全体を支配する」独裁主義・全体主義を招来する悪魔の思想でもって、私たちが敬愛する天皇陛下を「主権者国民の下位」に置き、天皇陛下とその御先祖・御子孫までも侮辱しているのだと知ったら…。

いったい誰がこのような代物を、詭弁を弄してまで擁護しなければならないのか?

「偽憲法」=『日本国憲法』の「有効性」を認めるかのように、その改正方式で改正してまで、おこがましい「国民主権」を守り続けなければならないのはなぜか?___そういう疑念に誰もが苛まれることであろう。

そもそも「国民主権」といいながら、マッカーサーの後任マシュー・リッジウェイは、昭和二十六(1951)年五月一日、「GHQから日本政府へ占領下法規再検討の権限を移譲する」と声明、同月六日に政令諮問委員会を設置、その後に移譲手続きとその実施をおこなった。

「主権」は『日本国憲法』公布・施行後も、この時まで日本政府をその代表者とした日本国民にはなく、GHQにあった。なんという茶番か?

また、サンフランシスコ講和条約に署名せず、当事国とならなかった連合国の一部の国とは「戦争状態が継続」しており、日本はずっと「交戦権を行使」し続けている。

『日本国憲法』の「戦力不所持・交戦権否定」は幻に過ぎない。

これでなお『日本国憲法』に実効性があると言い張る人は、左翼思想に脳髄を侵され思考が停止しているとしかいいようがない。

もしも『日本国憲法』が無効でないならば、「交戦権」を否定した『日本国憲法』では戦争行為の一環である講和条約を結ぶことはできず、サンフランシスコ平和条約が無効ということになってしまい、日本は未だ戦争状態(休戦状態)であり、「独立」できていないことになるが、そうではなく、日本は確かに講和条約を結んで法的に独立を果たした。

つまり、日本は無効な『日本国憲法』でなく、日本の憲法であり続けている『大日本帝国憲法』の、「天皇の講和大権」により講和条約を締結したのである。


日本人は、末端に至るまで向上心、向学心に満ち溢れた国民である。

「無知の知」を知り、我が国がいま置かれている、戦後ずっと置かれ続けてきた状況の真実を、『日本国憲法』の正体を、「知りたい」と、日本人なら思うはずだ。

「占領憲法」である『日本国憲法』と「占領典範」の無効確認、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認・復原宣言を、天皇陛下にしていただくこと__即ち「日本の至高の権威」たる天皇の無効確認・復原宣言だけが、我等日本人皆に、「無知の知」を謙虚に思い知らせてくれるのである。

『日本国憲法=占領憲法』と『GHQ皇室典範=占領典範』の無効を宣言し、同時に大日本帝国憲法・明治の皇室典範復原宣言を。

その日を日本の真の「独立記念日」として、歴史に「戦後レジームからの完全脱却」を刻む。

(2016年10月5日、2017年9月6日に加筆しました)