「天皇が憲法。天皇が国体。天皇が日本。」天皇との相互の信頼に依って立つ国民と天皇観を異にする政府・有識者会議が、絶対に手を触れようとしない「日本国憲法無効論」という名の「パンドラの箱」__正確な現状認識だけが日本を護る⑤

「天皇の譲位の実現」とは、「平成の大政奉還」に他ならない___権力濫用の隠れ蓑にしか使われていない「国民主権」を、「国民の総意」で天皇にお返しし、「万民の父母」「祭祀王」天皇を冠する日本型立憲君主制に立ち返る

唯一法的に正当な道__『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認と、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認が、天皇の譲位を完全な形で実現し、機能不全に陥った日本政治を救う

「共和制」の『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が、天皇に「天皇本来の在り方をさせていない」という真実を、「象徴天皇」という玉虫色の言葉が、マジック・ミラーのように隠している

「日本国憲法無効論」の存在を国民に周知しないまま、天皇陛下のご意向を「特例法」によって「違憲の退位」という形で曲げてしまうことは、天皇と日本国民への愚弄であり、裏切りである

そうまでして強行される「憲法改正」は、「日本国の為」では、決して、ない。連合国の日本支配体制を、取り返しがつかないまでに永続化してしまう。「日本は侵略国家だった」という連合国の嘘を、国際社会に正すこともできず___それでもなお、「改憲」に執着するのか?


「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」は、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の有効前提、「東京裁判史観」肯定前提で開催されている。これでは天皇陛下の譲位のご意向の本質・核心には全く触れることができない。

「天皇陛下のご意向」の本質である「天皇の本来的在り方」「祭祀」「国体」の問題から目をそらし、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』による「象徴天皇」「天皇の公務」の定義に無理やり整合させ、「連合国の戦後日本支配」の真実から遠ざかろうとする議論は、ひたすら泥沼にはまってゆく。

その人選を含め、安倍政権の完全統制下で「特例法の結論ありき」で開催された「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」は、天皇と国民の願いを叶える為でなく、政府の「とにかく改憲」実現のため、「天皇問題を特例法でちゃっちゃと片付ける」ためのもの___3回に亘った16人の専門家ヒアリングが終了して、各人の意見が明らかになり、その確信は「plain fact(明白な事実)」へと変わった。

有識者会議メンバーとヒアリング対象の「専門家」達の意見は、4つに大別される。

■「退位」(どうしても、天皇陛下のおっしゃる「譲位」と言わない)に反対

■「退位」でなく、(天皇陛下が何年も前から何度も否定されている)「公務削減・摂政設置」で対応

■「退位」に賛成だが、(『日本国憲法』違反の)「特例法」で(陛下と国民の願いを無視して)今上陛下御一代にのみ認める

■(GHQ)皇室典範を(『日本国憲法』有効論_内閣と国会が天皇の上位にあり、天皇の進退を内閣と国会が決定する_という前提で)内閣と国会が「改正」したうえで、「退位」を認める

いずれも「『日本国憲法』無効論」無視=「連合国の日本支配体制を継続させる」立場で一致している。政府は「メンバーの思想的左右のバランスをとった人選」といったが、「連合国の日本支配体制を終わらせる」日本国憲法無効論者が一人もいない

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ただ一人、渡部昇一は『日本国憲法無効宣言』という南出喜久治との共著があり、YouTubeでも「無効論」についての南出喜久治との対談もみられるが、7月の最初の「天皇のご意向表明」報道の直後に一度「日本国憲法は本来無効だが」と言及したきり、なぜか以降は全く「無効論」を持ち出していない。それどころか、〈「退位」も「譲位」も、皇室典範に規定はない。一方で、摂政であれば、皇室典範にある。これは伊藤博文が考え抜いた制度だから、皇室典範通りで何の心配もない。〉(『第2回ヒアリング』朝日新聞2016年11月15日)と、陛下に向かって、「無効」だと渡部自身も承知しているはずの『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』を遵守なさい、とやんわりお説教を垂れている。しかも、「(そうすれば)年号も変わらないし、皇室典範にも関係なく、スムーズにいく」と、どうでもよいことを理由に挙げて、『日本国憲法無効宣言』の趣旨とは反対に、安倍政権の「とにかく改憲」をひたすら応援している。実に面妖だ。「何の心配もない」との言葉も、「頑固に駄々をこねているおじいちゃん」をなだめすかしているような調子で、優しそうに見えて、実は「譲位すべきだ」との陛下のお考えをバッサリ否定している、冷酷で失礼な物言いだ。

天皇陛下の譲位のご意向を完全な形で実現するためには、陛下も以前から仰っているように、天皇陛下ご自身が、皇太子殿下、秋篠宮殿下と相談なさってお決めになれるようにすることが必要である。

天皇の務めと皇室の問題に関して殆ど素人であり、その上「反天皇」「反日本」「反国体」の立場にある者達を含めた「内閣と国会」が、天皇の上位に位置して、「決めるのは俺たちだ」と天皇を見下ろしている現在の状況は、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって作り出されている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』を、「無効確認」によって始末し、「大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認」で、改正の発議権など簒奪された天皇大権を奉還するしか、譲位を恒久的に実現する方法はないのである。

つまり、有識者会議が導いた4つのどのオプションも、「陛下のご意向を実現」したことにはならず、「不合格」だ。そもそも「公務負担軽減等に関する」という名称の有識者会議などを設けること自体が、陛下に対して途方もなく失礼である。

天皇陛下は、「公務削減」でも「摂政設置」でもなく、「譲位すべきである」という結論に、6年も前に到達されていた

そして、「その結論に対し国民の意見を聞く有識者会議」は、天皇皇后両陛下を交えた宮内庁参与会議(メンバーは宮内庁長官以外は「国民としての意見を求められて」招集された民間の識者)で、既に済まされている。

最初の大手術を受けられた2003年頃、10年以上も前から、陛下は熟考に熟考を重ねられ、2009年からは「皇族会議」の伝統に則り、皇太子殿下、秋篠宮殿下との「頂上会議」の場も持ってこられた。

2012年には心臓のバイパス手術も受けておられる。ストレスによる激痛に耐え、膨大な激務を笑顔でこなしながら、天皇陛下は6年間、「譲位」を実現させるために、文字通りの激論を重ねてこられたのだ。

陛下の命を削るようなその6年間を、しかし、安倍政権は、『日本国憲法』にもGHQ『皇室典範』にも規定のない「有識者会議」によって、「現行典憲に『退位』の規定がないから」と、無下にひっくり返して、ふりだしに戻してしまった。

失礼にも、「公務削減」と「摂政設置」という、6年前に終わっている論題を持ち出し、「特例法で今上陛下一代のみに退位を認める」という「ほぼ確定」の方針を打ち出して、「お言葉」のなかで「ひとえに念じる」と陛下が仰せられ、大多数の国民も支持した「天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」という希いを、いとも簡単に粉砕して見せた。

「陛下がご高齢であることを考慮し、スピード感のある対応をしていく」と官邸は言っているが、その本音は「陛下の譲位のご意向の速やかな実現」ではなく、「面倒で何年も時間が掛かり、『改憲の邪魔』になる皇室典範改正ではなく、特例法でチャッチャと片付けてしまおう」ということである。

〈政権内には「報道各社の世論調査では特例法の支持は2割前後。皇室典範の改正が6,7割なのだから、皇室典範を改正してもいいのではないか」(首相周辺)との声も出始めてい〉たが、(朝日新聞2016年11月16日『特例法慎重論戸惑う政権 特例法限定なら…世論反発の恐れ』)有識者会議は12月7日に「退位を恒久的な制度とするため皇室典範の本格的な改正に手をつければ、論点が女性宮家の創設や女性・女系天皇の問題にも波及しかねず、法整備に数年を要する可能性がある」ため、「特例法を軸とする方向性を打ち出した」(朝日新聞2016年12月8日『退位「特例法を軸に」』『高齢による特例強調 有識者会議退位違憲論に配慮』)

「国民の意見を広く聞く」といいながら、「天皇陛下の譲位のご意向を『恒久的制度により』速やかに実現してほしい」という大多数の国民の願い=「国民の総意」を、政府はあっさり無視した。

大した「国民主権」もあったものだ。民意を全く反映しない「民主主義」は、北朝鮮の「民主主義」と変わりない。『日本国憲法』は共和制だから、それを戴く日本は既に「日本民主主義人民共和国」…恐ろしすぎて、太い字では書けない。

「皇室典範改正となれば、女性宮家・女系天皇という議論になってしまう、だから典範改正は避けたい」という議論も本末転倒だ。

女性宮家、女系天皇は現在までの皇位継承の伝統に反している。だが、男系男子の皇族の数が極端に少ない現在の危機的状況を、どう乗り切るか、それを決めるのは皇室問題の素人である我々国民ではなく、皇室問題の「識者」の頂点である天皇とその後継者でなければならない。そして、「GHQ『皇室典範』を内閣と国会が改正」ではなく、「明治の皇室典範を天皇と皇族が改正」でなければならない。

政府も有識者会議も、「天皇陛下のご意向の表明そのものが違憲だ」「天皇陛下のご意向に沿う形で退位が実現すると天皇の国政への関与を禁止する『日本国憲法』、退位の規定のない『皇室典範』に違反することになる」といって陛下をたしなめるが、当の「有識者会議」は『日本国憲法』にも『皇室典範』にも規定がない。これは違憲ではないのか?

おそらく彼等の頭の中では整合性が取れているのだろう。なぜなら、「共和制」の『日本国憲法』の下、内閣と国会は天皇の上位に位置し、天皇と皇族は、内閣と国会が決めた『皇室典範』に従わねばならないことになっているからだ。

この事実を、多くの国民は正確に認識していない。『日本国憲法』第2条「皇位の継承」に、「国会の議決した皇室典範により」とあるのを、するっと何も考えずに読み過ごしてしまい、実際にはGHQ『皇室典範』が対になって天皇と皇族をがんじがらめにしていることなど、殆どの一般国民は知らない。第4条には「天皇の権能の限界」とあって、「限界」というくらいだから「多少の制限付き」ぐらいの意味か、と思っている国民は多いだろう。

「国政に関する権能を有しない」とは、天皇の立憲君主としての大権は全て「簒奪」されたという意味であり、憲法と同位であって議会が関与できなかった皇室典範が連合国によって「憲法の下位法」とされたことは、連合国が日本の「内閣と国会」を通じて天皇と皇室を「間接統治・弾圧」できる、という意味に他ならない。

「戦後レジーム」の下、戦後日本政治はこのような『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の悪辣非道な正体を、ひたすら隠してきたのである。

やましいところがなければ、政府は今すぐ、この「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が天皇と皇室をがんじがらめに縛っている」という事実、「そのせいで天皇陛下の譲位のご意向は、陛下のご意向通りには実現することができない」という冷酷な事実を、国民に周知すべきだ。

そして、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認という、立憲君主たる天皇と日本の主権・独立を取り戻す最速最善のオプションを、なぜ戦後の歴代内閣が周知してこなかったか、「民主主義国の国会議員」として「説明責任」を果たし、国民に納得のいくよう説明してもらいたい。

できないであろう。できるなら、とっくにやっている。「憲法改正」という困難な道よりも、ずっと簡単にできる『日本国憲法』無効確認を、講和条約締結と同時にやっていたはずである。

『日本国憲法』無効論は連合国の犯罪を告発し、同時にその共犯者もあぶり出すことになってしまう。おそらくそれは、戦後日本の政治・行政・司法・学界・教育界・メディア……支配層・権力層に関わる殆ど全ての人を巻き込む。

だから『日本国憲法』無効論は、「パンドラの箱」=「戦後日本最大のタブー」なのである。

『日本国憲法』は、「国民主権」によって実質「天皇制廃止」をしながら、そうと悟らせないための「象徴天皇制」という究極の玉虫色の言葉で偽装した、事実上の「共和制憲法」である。

天皇と皇室を弾圧するために作られた『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、天皇を内閣と国会の下位に置き、統制する。

内閣と国会は「主権者国民の代表」という建前だが、現実には戦後日本の「真の主権者」は未だ連合国であり、日本の内閣と国会は、連合国の洗脳教育を受けた「真の主権者=連合国」の「子飼いの権力者」である。

天皇とそれを支持する国民を、連合国が「内閣と国会」を使って、占領期と同様「間接統治」しているのである。

「何としてでも改憲」「とにかく改憲」と国民をせかす安倍政権が、『日本国憲法』と対になって天皇を弾圧しているGHQ『皇室典範』の改正となると、なぜか「何としてでも阻止」の様相を見せているのは、彼ら自身が言うように『皇室典範』改正となると審議に何年もかかり、安倍政権の「悲願」である「憲法改正」が遠のいてしまうからだ。

だが、「無効確認」「現存確認」なら、法的に正当に、「即時」主権回復できる。

天皇に、改正発議権をはじめとする天皇大権をすべてお返しし、譲位のご意向も最善の形で即刻実現でき、(明治の)皇室典範の改正は天皇と皇族にお任せできる。でたらめなGHQ『皇室典範』を一から改正するより、その問題点を深く理解していらっしゃる天皇陛下と皇族方が主導して明治典範を改正する方が容易なはず。

■自衛隊は大日本帝国陸海空軍になり、安全保障・自衛権の問題も解決する。

■北朝鮮による日本人拉致被害者の奪還も実現する。

■連合国の日本国への誣告=「東京裁判史観」を告発することで、「南京大虐殺」や「慰安婦性奴隷」「強制連行」等の虚構を全世界に周知できる。中韓北の「歴史認識カード」は無意味になる。

■GHQが削除した刑法の利敵行為項目も復原して「スパイ天国」の汚名を晴らすことができる。

■日本の政治・行政を私物化して、日本国民を搾取している不逞の輩を、正当に罰することができる。

偽憲法を「無効確認」することによって、戦後日本の諸問題が、一気に解決に向かうのである。

しかも、「無効確認」「現存確認」は「事実確認」であるから、そのことについて反日日本人の集団である野党にお伺いを立てる必要もないのだ。

「改憲」によって安倍政権が達成したいことが、「日本の主権と誇りを取り戻すこと」「戦後レジームからの脱却」であるのなら、それは、「無効確認」「現存確認」によって、文字通り「即時実現」できる。野党との根回し等に掛けている時間を、もっと大事な問題の検討に使うことができる。

それなのに、なぜそこまで「改憲」にこだわり、「無効論」を無視するのか?

日本の主権回復と、日本人が願う世界に比類なき歴史を持つ皇室の安定的継承を真に望むなら、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認こそが、最速最善で法的にも正当な唯一の道。

無効論を徹底無視して、その道を自ら閉ざすということは、天皇を内閣と国会の下位に置いて統制する「戦後レジーム」の継続を、安倍政権を含めた歴代政権は、寧ろ望んできた、ということの証左である。

「戦後レジーム」「東京裁判史観」打破の核心である『日本国憲法』無効論を、「保守」「革新」に関係なく戦後のどの内閣もが無視してきたという事実は、戦後日本の権力者が、洗脳のせいとはいえ、全て連合国の「傀儡」「手下」として働かされてきた、或いは洗脳など関係なく、「戦後レジーム利権」の甘い蜜を吸ってきた、ということを意味する。

この人々を、「天皇支持」の日本国民「天皇派」に対する「連合国派」と、ここでは呼ぶ。「改憲派」も「護憲派」も、「連合国の犯罪告発」と表裏一体の「『日本国憲法』無効論」をタブー視する点で共通する、同じ「連合国派」内の2つの「分派」に過ぎなかった。

「護憲派」=「9条死守」「9条盲信」の「中国(北韓)拝跪派」と、「改憲派」=「9条だけ改正」でアメリカの思い通りに、いつでもどこへでもどんな状況でも派兵が可能な「米国専属便利屋」の自衛隊にする「米国隷従派」である。

「連合国派」は、日本のために働かない。左右の思想傾向に関係なく、「戦前の、大日本帝国憲法下の日本は悪かった」「侵略国家だった」という「連合国史観」=「東京裁判史観」に囚われているか、或いは連合国史観の嘘を知ってはいても、何らかの私的な理由で「連合国の犯罪告発」をしたくない、できない。「GHQ検閲」にひっかった者に対する形を変えた「公職追放」が、今でも有効だからである。

安倍晋三首相は、北朝鮮の日本人拉致被害者奪還のために力を尽くし、教育基本法改正にもこぎつけたほか、多くの貢献を果たした名宰相であると思う。「戦後レジームからの脱却」を掲げ、国民に大きな希望を与えた。日陰者だった防衛庁を防衛省に格上げもした。が、宮内庁は宮内省にはならなかった。また、2007年の訪米・日米首脳会談の記者会見で、ブッシュ大統領の「慰安婦問題で安倍首相が謝罪した」という発言を正すことができなかった。戦後70年談話でも、玉虫色言語でお茶を濁し、外務省の英語版では完全に「侵略の過去を認めて謝罪」してしまった。

その陰には、「日中戦争」「日米戦争」=「真珠湾」以来の外務省の暗躍があることは明白だが、安倍首相自身が「外務省畑」出身だからなのか、選挙で世話になった誰かの言いなりになっているのか、全く制御できていない。

「『日本国憲法』無効論」を無視しているのも、「現実主義者」であるらしい安倍首相の、「現実主義」に沿って少しずつ大日本帝国憲法に戻していく「漸進的改憲」なのであろうと、この「天皇陛下のご意向表明」の時まで思っていた。だが安倍政権の支持団体である日本会議は、「日本会議が『帝国憲法復元』を目指しているなど、悪質なプロパガンダだ」(日本会議広報部、2016.9.9.)とまで言って否定している。

昨年11月、安倍首相直属の機関として、意気込んで発足させ、『日本国憲法』の成立過程も検討するはずだった「GHQ占領政策・東京裁判検証委員会」が、一年間殆ど何も進展した様子がないどころか、活動の報告すらも聞こえてこないこと、また、「日本国憲法無効論」について渡部昇一とビデオ対談がある稲田朋美防衛相が、この夏の終戦記念日の靖国参拝を「禁じられた」ことも、皆繋がっているのであろうか?

だが、いま日本は危篤状態である。機能不全の日本政治は、「連合国派」の跳梁跋扈によって、機能完全停止への急勾配を転がり落ちている。

天皇陛下が譲位のご意向についての「お言葉」を、「玉音放送」で述べられたという事実に、日本人なら頬をひっぱたかれたように反応しなければならないところだ。

天皇陛下が「お言葉」で述べられたことは、いま安倍政権がやろうとしているように「ちゃっちゃと片付け」てよい類のものではない。寧ろ、経済よりも優先すべき「国の根幹」に関わる問題である。

天皇のご存在そのものが有り難い、という天皇敬慕の国民感情を逆手にとり、「天皇が連合国による訴追を免れ、『象徴』という立場で存続している」という事実だけを以て「国体護持が成った」という戦後の国民の思い込みを利用して、「『日本国憲法』は国民に支持されている」という欺瞞の陰で、国際共産主義者と「戦後レジーム」利権の受益者たちは、その権力を、私利私欲と連合国=外国の反日勢力の為に振るってきた。

天皇を「象徴」という軛で縛り、「国民主権」のおためごかしの美名で国民をたぶらかした『日本国憲法』が、権力者の専横をのさばらしてきた。

『日本国憲法』が正当化する「天皇の権威の軽視」の日本の権力層への蔓延は、政府の「特例法」ごり押しで一層悪化する。

「特例法」で「退位」すれば、陛下は9条信奉者にとっての自衛隊のように、「違憲の存在」「日陰者」にされてしまう。

「内閣と国会」が天皇の意向を無下にし、天皇支持の大多数の国民の意思も無視しようとしている、この状況こそが、『日本国憲法』による「天皇の権威の低下」「議会制民主主義の空疎化」を証明している。

「国民主権」も「平和主義」も「基本的人権の尊重」も、すべて嘘だと、内閣と国会が天皇と国民に『日本国憲法』の遵守を強要することで、証明される。

天皇陛下が、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の規定にない「譲位」のご意向を、敢えて「違憲」の恐れのある「お言葉」として表明されたことは、「この擬製の典憲を持ち続けていけば、日本は亡びる」という真実を、国民に対して指し示すことになった。

特例法は、陛下の真摯な問題提起をあたかも一人の天皇の「わがまま」であるかのように扱い、一時の「抜け道」を作るかのような印象を与えかねない安易に特例法で対応することは皇室典範の基本的法規の枠組みでも恣意的に変えられる前例となり、法的権威や規範性を損ねるのではないか〉〈宮中祭祀も天皇以外の者は中核儀式を務めることができない。昭和天皇が大正天皇の摂政を務めたのは5年間だったが、中途半端な立場の重圧でとても苦労したと聞く〉(岩井克己元朝日新聞編集委員’86~’12宮内庁担当『第2回ヒアリング』朝日新聞2016年11月15日)

〈(大正天皇の摂政設置に際し)宮内省は大正天皇の病状や能力について人間性を無視したようなひどい表現を使って発表し、摂政を置くことを国民に納得させようとした。一方、大正天皇は書類の裁可に使う御璽を侍従長に渡すことを拒んで抵抗したと側近の日記にはある。昭和天皇は会見で父親の話題をほとんど語らず、「位を奪った」というトラウマを抱え続けていたという〉〈陛下は「国民と共にある」ということを存在意義と考え、被災地訪問など公務の幅を広げてこられた。全ての公務を重要とする陛下に対し、摂政や負担軽減を持ち出すのは失礼だし、日々の行動あってこその天皇だとお考えの陛下の意思に反する〉(保阪正康『第1回ヒアリング』朝日新聞2016年11月8日)

普段左翼的と思っていた言論人の方が、このような「正論」を述べている。彼らは「GHQ皇室典範改正派」であるので、やはり「連合国派」に属し、陛下の譲位のご意向を完全に理解しているとは言えないが、それでも、「天皇問題の専門家」「保守」の学者らの言葉があまりに酷く、不敬千万のうえに、意味不明で筋が通らない分、至極真っ当に聞こえる。

天皇の自由意思による退位は、いずれ必ず即位を拒む権利につながる。男系男子の皇位継承者が次々と即位を辞退したら、男系による万世一系の天皇制度は崩壊する〉〈退位を認めれば、「パンドラの箱」が開く〉(八木秀次麗沢大教授『男系維持派 困惑 / 生前退位 政府が特措法検討』朝日新聞2016年9月10日)

(天皇の)ご存在の尊さは、男系男子による皇位継承という『血統原理』に立脚する。そこに『能力原理』を持ち込むと、能力のある者が位に就くべきだという議論になる。結果として、陛下ご自身が天皇制度の存立基盤を揺るがすご発言をなさったことになってしまう。〉〈退位は明治の皇室典範制定以来、封印されてきた『パンドラの箱』だ。たとえ一回でも退位の前例を作れば、日本の国柄の根幹を成す天皇制度の終わりの始まりになってしまう。〉〈(天皇陛下の譲位のご意向表明は)『天皇は国政に関する権能を有しない』と定めた憲法に触れる恐れがある。陛下のご意向だということで一気に進めるのは問題だ〉〈天皇といえども生身の人間であり、ご自身の考えをお持ちだ。しかし、それが公になれば政争に巻き込まれ、尊厳を汚される。憲法が政治的発言を禁じているのは、天皇をお守りするためでもある。宮内庁のマネジメント能力に問題があると言わざるを得ない〉(八木秀次『生前退位 男系維持派は / 公務縮小し臨時代行も活用を』朝日新聞2016年9月11日)

「パンドラの箱」、「パンドラの箱」と連呼しているが、よほど怖いのだろう。だが言っていることは意味不明だ。なぜ「一回でも退位の前例を作れば天皇制度の終わりの始まりになる」のか?

天皇陛下がおっしゃっているのは「個人の天皇としての能力」ではなく、「全身全霊」で祭祀を執り行うための「体力・知力」のことであろう。また、「能力のある者が天皇の位に就くべき」なのではなく、「天皇という位に就いた者しかできない祭祀がある」ということだ。

「摂政」や「公務代行」では成しえない祭祀があるということは、「摂政設置」「天皇代行」の間、事実上天皇の位が「空位」となる、ということである。この「空位」による真空状態は、内閣総理大臣の不在などには比べようもない、甚大な問題となる。陛下のおっしゃっていることの本質は、そこにある。

天皇の「体力・知力」が天皇の務めを果たすために十分かそうでないかは、天皇ご自身にしかわからないことである。ならば当然、「譲位」のタイミングは、天皇からのご意向を拝して決定されるよりほかにない。

陛下のご意向表明が違憲かどうかを言う暇に、そのような当然至極のことを規定せず、日本の国民精神収斂の要である天皇の権能・自律権を簒奪して、「日本人の精神の武装解除」をするために存在する『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の妥当性をこそ、今問題にすべきなのだ。

連合国による『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の制定自体が、「日本の国柄の根幹を成す天皇制度の終わりの始まり」である、という「明白な事実」を、日本国民は知る権利があり、日本政府は知らせる義務がある。

天皇の存在の尊さは、武力の威圧によってでなく「至高の権威」として存続してきたことにある。一つの血筋で永く存在し続けていることそれ自体に価値があり、その価値を日本人が皆で支えてきた、という歴史こそが尊いのである。天皇とはその尊い「日本の永続性の象徴」である。

天皇をお護りしよう、天皇のお言葉に従おうという気持ちのないものは、もう「日本人」を捨てている。日本が日本でなくなって、「米国の51番目の州」「中国日本自治区」となっても、全然構わないのだろう。彼らが争っているのは、米国と中国のどちらを「宗主国」として仰ぐか、ということだけだ。そんな人間たちに天皇陛下の進退の決定を任せている現在の状況に、非常な不安と焦燥を覚える。

古川隆久は、2011年に「サントリー学芸賞(政治・経済部門)」を受賞した『昭和天皇』という著書のある学者であるが、その著書も今回のヒアリングでの意見も、「『日本国憲法』は、悪かった戦前の制度(=天皇による統治=大日本帝国憲法)を反省した日本国民の自由意思によって、日本国民自身が定めた『民定憲法』である」という間違った「大前提」に立っている

今の質と量の公務ができないなら退位するということが前例化すると今後の公務のあり方が縛られる。例えば健康状態の悪い天皇は退位すべきだとの風潮が生じれば、皇位継承が不安定になる。〉〈大前提として、国民主権の下、世襲の天皇を国の象徴にすると憲法で定めたのは我々国民だ戦前、天皇の権威を笠に着た軍部や官僚によって国民の自由な議論が制限され、最悪の事態となったその反省の上に現在の象徴天皇制がある。〉〈天皇制を続けるうえで、今の終身在位制度のままの方が退位の強制といった問題を防ぐことができ、無難と考える。〉〈退位した天皇が公務を続けると、国民の注目が集まり、現天皇の象徴性が薄らぐ。完全引退すべきで、極論を言えば皇籍離脱という選択肢も検討すべきだ。称号も「上皇」「太上天皇」とすれば権威が生じかねないので、シンプルに「前天皇」「元天皇」でよい〉(古川隆久 日大教授『生前退位 ヒアリング出席者に聞く 国民自ら冷静に判断』日本経済新聞2016年11月11日)

「最悪の事態」とは何だ。国粋主義者らのクーデターのことか?対米戦争そのもののことか?

「統帥権」を笠に着た国粋主義者のクーデターは、彼らが担ぐつもりの天皇に「賊軍」と呼ばれ、「自ら討伐する」とまで言われて潰えたのであって、大日本帝国憲法と立憲君主・天皇の過失ではなかった。(所謂「統帥権干犯問題」は大日本帝国憲法改正の際、熟考される必要は当然あるが)

対米戦争は、国際共産主義者らと「狂人」ルーズベルト(フーバー元大統領の言)の謀略によって、米国議会と米国民が騙され、日本が引きずり込まれたのである。日本による「侵略戦争」では、決して、なかった。

「日本の悠久の歴史と伝統を象徴する天皇」という、欧米人も絶賛する立派な君主を簒奪された、そのことこそを、連合国『日本国憲法』による立憲君主・天皇の「退位の強制」と呼ぶべきである。

連合国と国際共産主義者が世界中にばらまいた、「昭和天皇=Hitler」「日本侵略国家」という誣告のせいで、いま日本がまさに、「最悪の事態」に陥っているという事実こそを、政府も有識者会議も、認識すべきなのである。

譲位には賛成いたしかねる皇室を中心とした日本の国のあり方を考えれば、摂政を置かれるべきだと申し上げざるを得ない。明治の先人は、国民統合の求心力であり国民の幸福と国家安寧の基軸である皇室には、何より安定が必要だと考え、譲位の道を閉ざしたのではないか。譲位には政治利用されてきた歴史もある。〉〈天皇は、いて下さるだけで有り難い存在だ。天皇に求められる最重要のことは、祭祀を大事にして下さるというみ心の一点に尽きる。〉(櫻井よしこ「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表『第2回ヒアリング』朝日新聞2016年11月15日)

「天皇が国民の目に見えないところで存在しているだけでよい」と言えるのは、天皇の「至高の権威」が国権を総覧することで、立憲政治がきちんと機能していることが大前提である。

不裁可権を持つ「至高の権威」=立憲君主・天皇を喪失した戦後日本の「疑似アナーキー」の下では、天皇の姿が見えないことは、権力者の専横を一層増長させることになるだけだ。

立憲君主として権力を総覧する天皇の不在が、「第4の権力」メディアを含めた権力層への、日本解体工作員の浸透・跳梁跋扈を許している。

だからこそ、占領以前の原状への復帰により、大日本帝国憲法下の立憲君主、「究極のオンブズマン」である天皇に、「不裁可の大権」「拒否権」を以て、好き放題をしている権力者らを「総覧」していただかねばならない。

『日本国憲法』の「象徴天皇制度」は、「権力側」に位置する政府御用学者達を「思考停止」させ、国民の常識的感覚との間に、深刻な乖離をもたらしている。

■「特例法の制定であろうと皇室典範の改正であろうと、退位を制度化すべきではない。『国民統合の象徴』という機能が低下する」(笠原英彦慶応大教授・朝日11月15日)

■「退位認めれば権威分裂の懸念…(今上陛下は)国民からの信頼も厚く、称号が変わっても国民は先の天皇を意識してしまう…新天皇が活動しにくくなる」(今谷明帝京大特任教授・朝日11月15日)

■「新帝と先帝が同時にいらっしゃることから、『日本国民統合の象徴』たる天皇が二重写しとなり、『国民の精神的統合』に分裂を招きかねない」(百地章日本大学教授・WILL9月号)

■「退位した天皇が公務を続けると、国民の注目が集まり、現天皇の象徴性が薄らぐ。」(古川隆久・同前)

「象徴の機能低下」「権威分裂」「象徴天皇の二重写し」「象徴性が薄らぐ」……?そんな訳のわからないことを心配しているのは、この人達のように、『日本国憲法』絶対主義で思考停止している人だけであろう。

新天皇には、「天皇の務め」に関してのアドバイスが必要だ。「天皇の務め」が天皇にしか理解し得ない事柄である以上、この「アドバイザー」のお役は上皇陛下にしか務まらない。まして、侍従長を始め、宮内庁が丸ごと「天皇の味方でない」現状を鑑みるに、孤独な天皇を支え、正しく導くことは、上皇陛下にしかできないことであろう。少なくとも、大日本帝国憲法復原が成って後、日本人、特に支配層・権力層の者たちが、正気を取り戻すまでは、上皇陛下がおられた方が寧ろ、経験不足の新天皇を「政治利用」する輩への牽制になる。

また、上皇におなりになった陛下が、これまでのように被災地のお見舞いなどに行かれたとして、「やっぱり上皇様の方が権威がある」「新天皇様は『象徴』としての権威がない」などと、国民は思ったりはしない。

国民は、「誠実」「勤勉」「厚情」という日本人の徳を体現しておられる天皇陛下を崇敬しているのであり、「理想の日本人」を体現すべく不断に努力なさっているそのご姿勢ゆえに、陛下を信頼申し上げているのである。

「万民の父母」たる天皇が、譲位後上皇となられても、やはり「万民の父母」であることに変わりはないのだ。「万民の父母」がお二人になっても、国民は戸惑ったりしない。「天皇の赤子」たる国民は、天皇の「権威」の度合いを測ったりしない。そもそもこの人達は、「象徴」をはき違えている。「何もせず、ただそこにいればいい」と権能を取り上げた『日本国憲法』の「象徴天皇」しか頭にないからだ。

宮内庁参与会議で陛下は、「私が上皇になってどんな不都合があるか」と聞かれたが、きちんとお答えできるものは誰もいなかった。『日本国憲法』の欺瞞に囚われているものには、答えることはできまい。

この人達が恐れているのは、「権威の二重写し」などという実体のないものではなく、立憲主義下の「至高の権威」の復活と「ダブル至高の権威」である。

「至高の権威」天皇は、「統治権を総覧」することで、実権力の暴走を抑える。大日本帝国憲法の復原による「立憲君主・天皇」の復活で困るのは、国際共産主義者と現在暴走中の実権力者だけである。

■「(退位後は)完全引退すべきで、極論を言えば皇籍離脱という選択肢も検討すべきだ。称号も「上皇」「太上天皇」とすれば権威が生じかねないので、シンプルに「前天皇」「元天皇」でよい。」(古川隆久・同前)

「皇籍離脱」?「権威が生じかねない」?「権威が生じてはまずい」のか?なぜ?全く意味が分からない。『昭和天皇』という著書があるから「天皇派」の人かと思うから、意味が分からない。だが、古川隆久は実は「天皇制廃棄派」であるようだ。

現行憲法制定時、世襲による天皇制を残した意味は、日本の永続性、歴史を表すのに良いからですが、当人らにとっては息苦しい制度です。職業選択の自由もなく、仕事も過酷。一部の人にやってもらうかどうかから考え直さなくてはいけなくなる可能性もあります。〉(古川隆久「生前退位 こう考える」出典:中日新聞 2016年7月24日朝刊)
(http://blogs.yahoo.co.jp/shimataka373/18068941.html)
「(天皇や皇族)当人らにとっては息苦しい制度」と勝手に決めつけ、「仕事も過酷」だから、「一部の人(皇族)にやってもらう」かどうか、つまりは皇族以外の一般の人間に「やってもらう」ことを考えるべし、と言っているのだが、おためごかしもいいところだ。2676年、125代に亘って連綿と続いてきた皇統を、『スター・ウォーズ』のクイーン・アミダーラのように「民主的に選出される『王』制」にでも変えたいのだろう。そのための布石として、「引退した天皇」は端から「皇籍離脱」させ、「そして誰もいなくなった」ということにしたいのだろう。
しかし、「歴史と伝統」「永続性」に裏打ちされておらず「権威」のない、名ばかりの「王」こそ、「真の権力者」によって簡単に「政治利用」されてしまう。(勿論、古川らの本心は「政治利用したい」のであろうが。)

「天皇」という地位はまさに過酷で、孤独で、「権利」とは無縁の「無私」の存在である。その恒常的な重圧に、一般人は耐えられないであろう。そもそも、天皇が祭祀を行う祭祀王である、という事実をこの人達は失念しているようだ。祭祀王には、誰でもなれるというものではない。

自分たちが天皇を「国民のアイドル」「ハンコを押すロボット」と勝手に蔑視しているからと言って、実態もその通りなのでは決してないということを、全く解っていない。解っているものは誰も、その地位を欲しがったりしない。その地位に就くことが可能であるとすら、思ってもみないであろう。
天皇の地位には、連綿と続く血脈の「軛」を、その過酷な運命を、従容と受け入れる覚悟のある者だけが、上る資格がある。そして、皇族として生まれたものだけが、その覚悟がある。覚悟があるはずだという周囲の「絶対的期待」を背負って、皇族は生まれてくるのである。
八木の言うように、「皇位継承者が次々と『即位を拒む権利』を主張する」ようなことになれば、日本は滅亡する。
だが、自分の「権利の主張」が日本の滅亡に繋がると解っていて、そのような権利を主張するような皇族は、存在しない。少なくとも、日本国民は、そう信じている。だからこそ、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』という「天皇と皇室弾圧装置」は、日本国民が、「無効確認」によって外してさしあげねばならない。

「日本国憲法には、皇位は世襲のものであり、また、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であると定められています。

私は、この運命を受け入れ、象徴としての望ましいあり方を常に求めていくよう努めています。したがって、皇位以外の人生や皇位にあっては享受できない自由はのぞんでいません。」

(1994年6月4日、天皇陛下訪米前の文書によるお言葉)

「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごしてきました。(中略)」

「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。(中略)」

「始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも、皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話いたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。」

(2016年8月8日、「象徴としてのお務めについての 天皇陛下お言葉」 宮内庁)

「天皇陛下は、以前から『日本国憲法』を遵守する、と折に触れおっしゃっている。だから、陛下も『憲法改正』反対派だ」という者がいる。「天皇陛下の譲位のご意向」が明らかになった後、中国がしきりに「天皇は安倍政権の『憲法改正』を潰すためにこのようなことを言ったのだ」と言っていたから、「中国拝跪派」の人達なのであろう。
だが、陛下のおっしゃることが常に、100%陛下のおっしゃりたいことだと考えるのは早計である。
天皇陛下の「お言葉」は、「添削」されている。敢えて強い言葉を使うなら、「検閲」されている。
〈お気持ち表明に先駆け、「原案」について安倍晋三首相も加わって宮内庁と直前まで修正作業を繰り返した。官邸関係者は「原案は天皇陛下の意向が強すぎて激しい内容だったが、8月8日のビデオメッセージは、抑制された穏やかな内容になった」と語る。〉(朝日新聞2016年10月18日『検証 天皇陛下お気持ち表明』)
一方、天皇陛下は、「公に語る『おことば』について自ら推敲を重ねるという。」「陛下は『(儀式などでの言葉について)立場上、ロボットになることも必要だが、自分の考えも入れなければならない。その調和が難しいと思う』と打ち明けた。」(朝日新聞2016年8月11日『象徴天皇のこれから 陛下自身の意思どこまで』)
国民の前に表された「お言葉」が、「検閲」によって『日本国憲法』に抵触、或いは『日本国憲法』=連合国批判と受け取られる要素を削除・変更されたものであることを念頭に置いて、陛下のご真意を忖度してみる。
皇位以外の人生や皇位にあっては享受できない自由はのぞんでいない
これは字義通りの意味であろう。皇族として生まれた以上、天皇という過酷な人生を受け入れる覚悟がある、ということだ。が、以下のことは細かな言い回し、言及そのものや事実の集積から、行間を深く読む必要がある。
■「『日本国憲法』を遵守すること」は、「象徴天皇」と規定された立場上「受け入れるほかない運命」であるが、「憲法を遵守」しその規定通りに行動することと、「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」であることとは、必ずしも一致しない、矛盾するものである。よって、その整合性を「日々模索」する必要があるが、その努力は擬製の『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の嘘を嘘で糊塗することと同義である。

『日本国憲法』の下、天皇は国政に関する権能を有しない。同時に、天皇は「日本国の象徴」として日本の歴史と伝統を体現する存在であり、その在り方を維持するためには、歴史と伝統に則って皇統を維持することもまた、「日本国の象徴」としての務めである。然るに、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の規定に従っていては、祭祀王・天皇の本来の務めが完遂できず、皇統の安定を図ることもできない。

■「国民統合の象徴」として、国民の生の声を直に聞き、その声を政治権力がきちんと掬い取っているか、国民と権力の間に「分裂」がないか見守ることも、天皇の務めである。国政が国民の声を無視し、民主主義を無視した行動に走っている時、天皇は「国民統合の象徴」としてこれを正すよう取り計らう必要がある。然るに、『日本国憲法』は天皇に国政への関与を禁じ、「蚊帳の外」に置いており、「国民統合の象徴」としての務めを果たすことができない。

天皇陛下の譲位のご意向を実現し、上記の不備を正すには、以下のことが最低限必要である。

 

■祭祀王・天皇の最重要の務めである祭祀を、天皇が常に全身全霊を以て行えること、また、天皇が天皇の務めとして重要と判断することを、天皇の判断で自由に行えることができるようにする。従って、天皇自身がその務めを完全に行うための体力・知力に限界を感じた場合は、天皇の自由意思で、最適の時期を選んで譲位を行うことができるようにする

■明治の皇室典範にも退位の規定がないため、天皇が改正発議の大権を行使し、皇室問題の「有識者」の頂点である天皇及び皇位継承者たる皇族等の会議が主導して、これを改正できるようにする

■皇族の「家長」たる天皇が、皇族及び外戚を統率し、皇位継承の安定や、皇室の権威・品位を保つための諸対策を講じることができるようにする

■天皇・皇族の私有財産を、天皇皇族の自由裁量で慈善事業などに使えるようにする

 

現在『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』のせいで不可能となっている上記のことを、最低限可能にしなければ、陛下のご意向を完全に実現できたとは言えない。そして、これらを可能にするためには、「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認」で天皇陛下にかけられている権能簒奪の呪縛を解き、「大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認」で天皇陛下に立憲君主に戻っていただくほか、方法はないのである。

日本全国の神社をすべて燃やそうとまで考え、「天皇=祭祀王」を否定したいGHQの指令で作られた現行『皇室典範』は、天皇の主務たる祭祀、天皇陛下が「天皇の務めとして何よりも大切」とおっしゃる「祈り」を、「天皇家の私事」「天皇の行うその他の行為」としてしか規定していない。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、人権が全くない、しかし人権を欲したりしない天皇の、無私の人生を全否定し、その存在理由さえも否定しているのである。

先日薨去された昭和天皇の末弟、三笠宮様が、70年前に「天皇の譲位」問題についてお考えを述べられていた。

「新憲法で基本的人権の高唱されているに拘(かかわ)らず(中略)国事国政については自己の意志を強行することも出来ないばかりでなく、許否権すらもない天皇に更に『死』以外に譲位の道を開かないことは新憲法第十八条の『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない』という精神に反しはしないか?」

「天皇と内閣との間に意見が対立した時天皇はどうすればよいか? (中略)天皇に残された最後の手段は譲位か自殺である。天皇が聡明(そうめい)であり、良心的であり、責任観念が強ければ強いほどこの際の天皇の立場は到底第三者では想像のつかぬ程苦しいものとなろう」

三笠宮殿下__1946年11月3日「新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)」

熊澤志保 『有識者会議に、天皇ご学友たちの懸念 生前退位はうやむやに?』 https://dot.asahi.com/aera/2016112900180.html

天皇陛下は今まさに、「譲位」か「自殺」かの二者択一を迫られている。その現実を見て見ぬふりし、尚も唯一の「譲位」実現の道=「無効論」を国民に周知せず、隠し通そうとするが如きは、「自殺幇助」「国家反逆罪」にも相当しよう。

「『日本国憲法』無効論」は、救国の正論である。いくら連合国隷従の政府が不周知に努めようとも、必ず、近く、国民の知るところとなる。

そのとき、政府は国民の目をまっすぐに見て説明責任が果たせるのか?

朝日、日経ら「中国拝跪派」は「『日本国憲法』を国民が守ってきた70年の伝統を大切にしろ」といい、安倍政権ら「米国隷従派」は「明治の先人が決めたことを大切にしろ」という。

だが、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、日本の数千年の歴史と伝統を蔑ろにする外国の無法により与えられた紛い物だし、明治の典憲は、その同じ外国勢力の侵略を跳ね返すため、彼らと同等の文化力があることを見せつけるために、彼らの憲法・政治体制が参考にされたというだけのことだ。

今まさに、天皇の立憲君主としての主権が現に簒奪され、内からの侵略が進行している時に、まずその主権を取り戻すことを最優先することこそが、日本が行くべき法治主義の王道というもの。

いま、国民がまだ安倍首相を信じているうちに、安倍首相が「日本国憲法無効論」を検討しますと国民に向かって発表し、天皇陛下に内奏し、粛々と「日本国憲法とGHQ皇室典範の無効確認」「大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認」を国会に於いて宣言していただく。同時に天皇陛下に大日本帝国憲法改正の発議をしていただけば、即刻大日本帝国憲法改正草案作成作業に取り掛かれる。

改正が実現するまで、『日本国憲法』は暫定法とし、但し9条、前文など『日本国憲法』の最も強い害毒部分は即刻廃棄する。その他はゆっくりと、慎重に公開討議を重ねながら改正してゆけばよい。

いつ何時、また政治的不幸が日本に襲い掛かり、あの民主党政権のようなものが出現しないとも限らない。その時、そのものたちが遂に日本を滅亡させることのないよう、日本に「統治権力を総覧する立憲君主・天皇」を取り戻しておく。

全ての日本人が、国際社会で堂々と日本の弁明ができるよう、真実の歴史と誇りを取り戻しておく。

それが、安倍首相、貴方の使命である。

天皇陛下の譲位のご意向の実現とは、「戦後レジームからの脱却」に他ならず、それこそが日本国民が安倍首相を望んだ理由だからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと

戦勝国アメリカは「封建主義によって抑圧された日本人を指導し、自由と民主主義への栄光ある道を歩ませる」と意気揚々と日本に乗り込んできた。「文明的支配者」として「野蛮な後進国・日本」を「調教」する為に、アメリカ占領軍はやってきた。

だが、実際にGHQが日本占領中に行ったことは、自らの戦争犯罪「無辜の非交戦者の非道な手段による殺害」=「人道に対する罪」を糊塗するために、検閲・洗脳を以て日本の歴史を捏造し、伝統を破壊すること、そして日本人が二度と米国と連合国に歯向かわないよう物理的・精神的に、永遠に武装解除することであった。

そのために占領軍はWar Guilt Information Programという洗脳工作を実施した。これは日本人に対するだけでなく、同時に国際社会に発信され、「世界のだれもがそう思っている」という相乗効果を生み、虚偽が事実として拡散された。

連合国は東京裁判で日本軍将兵・日本政府高官・官僚のみに留まらず、言外に日本人全体を犯罪者扱いし、「一億総前科者」の心理的刻印を押した。

GHQと極東委員会は、共産主義的国民主権を謳う日本国憲法を、天皇と日本政府・帝国議会の顔に押し付けるような非礼・無体なやり方で強要し、「徳の高い連合国に対し、道徳的最下層に位置する我々日本人は今後絶対に武器を取って歯向かうことはいたしません」と誓わせた。

連合国に対する反省と謝罪を永遠に続けるよう、「世界で一番立派な民主的進歩的平和憲法」を批判し捨て去ることは罪悪である、という教育を推進するため、破防法により収監中の共産主義者たちが釈放され、GHQ主導で日教組が組織された。

その他、占領軍が犯した諸々の日本に対する犯罪行為を隠蔽するため、GHQは自身が日本に押し付けた「日本国憲法」も禁止する「検閲」という言論弾圧を以てした。それは「プレス・コード」という、単なる「基準」のように錯覚する名で呼ばれたが、厳然たる言論弾圧であった。

以下に記すのが30項目に及ぶ「プレス・コード」=検閲の対象リストである。これを見れば、連合国が何を隠したがっていたのかがはっきりわかる。

  1. SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
  2. 軍事裁判(東京裁判)への批判
  3. SCAPが憲法を起草したことについての批判
  4. 検閲への言及
  5. アメリカ合衆国への批判
  6. ロシア(ソ連)への批判
  7. 英国への批判
  8. 朝鮮人への批判
  9. 中国への批判
  10. その他の連合国への批判
  11. (個々の連合国でなく)連合国全般への批判
  12. 満州における日本人の待遇への批判
  13. 連合国の戦前の政策への批判
  14. 第三次世界大戦への言及
  15. 西側世界対ロシアの問題(冷戦)に関する論評
  16. 直接・間接を問わず日本の戦争擁護のプロパガンダ
  17. 直接・間接を問わず日本と日本の天皇が神の子孫とその国であるというプロパガンダ
  18. 軍国主義的プロパガンダ
  19. 国粋主義的プロパガンダ
  20. 大東亜(共栄圏)プロパガンダ
  21. その他のプロパガンダ
  22. 戦争犯罪の正当化と戦犯の擁護
  23. (占領軍兵士と日本人女性の)交渉
  24. 闇市の状況
  25. 占領軍への批判
  26. (日本人の)飢餓の誇張
  27. 暴動・社会不安の扇動
  28. 虚偽の報道
  29. 不適切なSCAP(或いは地方軍政部)への言及
  30. 解禁されていない報道の公表

(The Censorship Operation in Occupied Japan  by Jun Eto; Press Control around the World  Edited by Jane Leftwich Curry and Joan R. Dassin 日本語訳: shiragamihiromi)

まずひと目見て判るのが、「日本が何故戦争へと向かって行ったか」や「日本の歴史・日本人のアイデンティティー」等に関する事柄は全て「プロパガンダ」と決め付けられている。

連合国や国際共産主義者は日本の「精神論」を毛嫌いしている。見下げている。怖がっている。それが日本の強さの源泉と解っているからだ。

その中心に在るのが天皇である。だからこそ、天皇の求心力を殺ぐ為に帝国憲法を、国際法を曲げてまでも始末しようとした。

連合国占領軍がした事が本当に「自由と民主主義の教導」であったのなら、このような言論弾圧が必要だったはずはない。

「日本国憲法」が本当に「日本人自らの意思で、帝国憲法を改正したもの」であったなら、「SCAPが『日本国憲法』草案を起草したことへの批判」を検閲で握りつぶす必要はなかった。

GHQは憲法草案の起草だけでなく、帝国議会議員選挙も統制し、また20万人(その家族を入れると100万人)が路頭に迷った「公職追放」で議会を脅迫した。

GHQは憲法「改正」と偽った「国体変更強要」が純然たる国際法(1907年ハーグ陸戦法規第43条 被占領地の法律尊重、占領中の法規改廃の禁止)違反であると知っていた。「日本人を奴隷にするものではない」とするポツダム宣言にも違反している。

そのポツダム宣言は「GHQの言うことを聞かねば原爆で日本全体が焦土と化す」とあからさまな脅しをかけていた。

占領政策の全ては、無知と曲解、捏造と欺瞞、謀略と暴力で成り立っていた。それを正当化する為の装置である「日本国憲法」は日本国民を騙しながら成立し、戦後70年を経た今でも多くの国民はその事実を知らされていない。

占領政策について少しでも調べたことのあるものなら、検閲と言う言論弾圧と洗脳を組み合わせたWar Guilt Information Programがいかに効果的に「日本人の魂の武装解除」を遂行したかに戦慄するだろう。

恐ろしいのは、占領が終わって60年以上が経過した今も、GHQの洗脳教育で育った世代が各界において自主検閲に勤しみ、戦前の日本を否定することを正義と感じるよう若い世代を教育し、先の戦争に関する「真実の探究」は悪魔の所業かのように宣伝している事である。

連合国も、学究派の真実追究を「歴史修正主義」というレッテル貼りで常に牽制している。上記検閲リストに見る「プロパガンダ」抑圧と同じ構造である。

イラク戦争終結の折、ブッシュ米国大統領は「イラク占領は『GHQ方式』でやる」といっていた。被占領国の国民を日本人のように洗脳するというのだろうか、と心配した事を思い出す。実際にどのような占領政策がとられたのかは知らない。が、日本占領が日本人に及ぼした影響、民族精神の衰退、国家の命運にまで甚大な影響を与えている、という事実を国際社会に周知することは、唯一の被爆国であるうえに、唯一の「国家ぐるみの洗脳実験体」となった国家としての、日本国の義務であると思う。

「『日本国憲法』無効論」を、知っていますか?

 

「『日本国憲法』無効論」とは、私達日本人が『日本国憲法』と呼んでいるこの「占領憲法」が、その実態は「憲法として『無効』」であり、大日本帝国憲法及び明治の皇室典範が現存している、という事実の確認・宣言による国民の「意識改革」の提唱である。

●その「意識改革」とは、自分達が戦後「真実」と思ってきたことのすべてが「真実」というわけではない、という事実に気付くことである。

●「『真実ではないこと=虚偽』を『真実』であると思い込まされてきた」という事実を悟ることである。

●東京裁判を始めとして占領下にスタートし、今も続いている『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム』と言う名の「日本国民の思想改造」=「洗脳」によって、日本人は「大日本帝国憲法下=『天皇制』下の日本は悪かった」と思い込まされた。その、今では日本人の無意識化に浸透した「一億総前科者」意識を直視し、認識することと、それからの脱却を目指す心構えである。

●そして私達の父祖が命懸けで成そうとした「大東亜共栄圏」の真実と、その真実を隠す為に「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と言い換えることを、GHQによって強要された事実を知ることである。

●「日本は侵略国」と繰り返し叫ぶ勢力こそが、本当の「侵略者」とその手先、或いは利得者であり、極東・太平洋に於ける第二次世界大戦の開戦責任はこの者達が擁護する「誰か」或いは「何か」にある、という事実を世界に周知することである。


今、第三次安倍内閣は「『日本国憲法』有効論」方式によって、「憲法改正」を成そうとしている。

安倍内閣は「『日本国憲法』無効論」を知らないのだろうか?それとも、その存在を知ってはいるが、GHQに培養された「戦後憲法学」を信奉する「戦後憲法学者」の言うことを真に受けて、「憲法無効論は既に解決済みの論題」であるから、その存在を周知し「戦後憲法学者」と「無効論者」による国民の面前での公開討論にも意味はない、と考えているのだろうか?

「『日本国憲法』無効論」の存在すら国民に周知せずに、政府がその是非を一存で判断し、「『日本国憲法』有効論」の方式で「憲法改正」を行うということは、第二次世界大戦戦勝国が敗戦国日本に対して犯した罪を、日本人自ら日本国に対して行うに等しい。なぜなら、

「『日本国憲法』有効論」方式による「憲法改正」を行うという事は、「占領憲法『有効』論」の、日本国と日本人による積極的認定、即ち「日本の連合国への隷属状態の恒久化」の積極的容認ということだからである。

そして、それはとりもなおさず、連合国によって日本と日本国民全体に掛けられた「侵略国」「虐殺者」という冤罪を「冤罪である」「真の犯罪者は他にいる」と国際社会に訴える機会を自ら放棄するということである。

私達は、占領下と何も変わらず、何も真実について知らされないままに、日本国の命運にかかわる重大な事柄について、急かされながら決定を下そうとしている。

「『日本国憲法』無効論」は、なんとしてでも国民に周知されねばならない。

占領軍
マッカーサー、専用機バターン号で 厚木飛行場に降り立つ

「憲法無効論」はなぜ周知されないのか?

左翼憲法学者らが「既に解決済みの論題」と退けるのはともかく、「保守論客」までが「破綻した論理」「感情論」と見下して無視するのはなぜか?

全てのカギは「占領政策の検証」にある。

「なぜ日本国憲法は無効か」を問うこと、そのこと自体が、「占領軍・GHQは、戦勝連合国は、敗戦国日本に何をしたのか」を問うことに繋がるからである。

●『日本国憲法』制定の真の目的は、「日本の国体の違法な改変」に在った。

●その違法行為の隠蔽に『日本国憲法』そのものが禁止する「検閲」が使われ、日本国民の「知る権利」は完全に抹殺された。

●『日本国憲法』の内容に関する最終決定権は、「天皇制を廃止し日本を共和国にする」という目的を持つ極東委員会にあった。

●東京裁判により「日本軍の戦争犯罪」と「日本国の世界侵略」が捏造され、「拡張主義的帝国主義の根源であった『大日本帝国憲法』を、天皇制下の軍国主義者の圧政から連合国により解放された、自由な日本国民の総意により『改正した』清く正しい『日本国憲法』」という虚構の「裏付け」とされた。

●大日本帝国憲法に於いては「憲法改正」の発議の大権は天皇に在ったが、その天皇以下、日本国政府も帝国議会も、「日本国土と日本国民の完全なる殲滅」「日本の国体の核心である万世一系の天皇の絶対的権威の排除」という究極的脅迫を受けており、反抗は全く許されなかった。

●憲法制定議会構成のための昭和21年4月の衆議院総選挙で、GHQは反抗が予想される代議士を全て排除した。

●占領軍命令により(天皇を通じて)組織された「帝国憲法改正案委員会」も、「公職追放」という至近な脅迫を受けており、GHQ草案を変更することは困難な状況に在った。

以上の事実は、『日本国憲法』の無効理由の一部(全部ではない!)を成すものであるが、『日本国憲法』が「GHQから押し付けられた」状況が国際法違反であり、連合国自らが高らかに謳う「人道」にも遠く外れている事が明白である。

日本と日本人がされたこと、そして未だに、そのこと自体を忘れさせられている事を思う時、一人の日本人として、人は胸の奥から沸々と湧き起こる感情を抑えることができない。だとしても、それは「『日本国憲法』無効論」自体が「感情論」であるということにはならないであろう。

寧ろ、これらの事実を知って尚「胸の奥から沸々と湧き起こる感情」と無縁の日本人がいたら、その日本人の「愛国心」を疑う方が正しいとも思える。

日本人の受けた侮辱・無体を知り、尚「無感情」で、平気な日本人とは、つまり「日本が日本でなくなっても構わない人間」「万世一系の天皇を戴く日本という国に興味のない人間」であろう。

つまり、「『日本国憲法』無効論」を「破綻した論理」「感情論」と退ける人は、上記の事実を知らないか、でなければ「積極的に無効論の存在を日本国民から隠そうとしているもの=GHQと極東委員会の意思を継ぐもの」なのである。

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占領中も、占領終了後も、GHQの完全無欠の検閲システムによって、日本人は「日本国憲法」は日本国の代表者たる衆議院が「帝国憲法の改正方式に正しく則り」「自由な議論の末」「自由な世界人民」を代表する連合国の代表たるGHQからの「民主主義的なアドバイス」に答える形で「日本国民の総意を反映して」「天皇陛下の御裁可=勅語を頂き」「法的に正当に」成立したものであると信じ込まされ、全く疑わずにきた。

当然、戦後の「憲法学」も、「『日本国憲法』が日本の正当な憲法である」との錯誤の上に成り立っている。

だがその実、憲法学者が「憲法無効論」をまともに取りあげないのは、そもそも「有効論」が「無効論」に対して有効な論証をしえないからである。破綻しているのは「有効論」の方なのだ。

GHQ占領政策=「日本人の魂の永久的非武装化」の恒久的維持の要である「『日本国憲法』有効論」が、その軛の破壊者たる「『日本国憲法』無効論」を必死で攻撃するのは当然である。

積極的に「無効論」の国民への周知を阻止しようとする左翼憲法学者は勿論、保守を自認する人々までもが「無効論は感情論。破綻している」と攻撃し、「無効論」を矮小化しようとするのは、「自分が信じてきたことを否定されることへの拒絶反応」か、「故意・無意識の如何にかかわらず、悪意に満ちた『反日キャンペーン』に加担したことへの罪悪感の裏返し」か、はたまた「核攻撃能力を持った『国際広域暴力団』に睨まれることへの怯儒」か、単なる「思考停止」か?

いずれにせよ、「『日本国憲法』無効論」の国民への周知が喫緊の課題である。

真実を知れば、日本国民はいままた天皇陛下の下に団結し、国際社会の不正に対し声を挙げることができる。

「『日本国憲法』無効論」を圧殺しようとしている勢力が、一番恐れている事がそれなのである。

MacArthur and Emperor Showa

1945年9月27日、マッカーサーと昭和天皇の会見に通訳として同席したバワーズ少佐は、昭和天皇が「Kill me, but not those who acted in my name. (私はどうなってもよいが、私の名の下に行動した人々は救って欲しい)」と仰って元帥を感動させた、と証言している。

だが、米国政府はその感動を共有しないばかりか、GHQ・SCAPをその天皇の頭上に据え、日本国全体に君臨させた。マッカーサー自身の言の通り、「(終戦の日から)日本はいわば、大きな強制収容所になった・・・。そして現在も、その状態を続けている。占領軍は八千万日本人の看守となった・・・」(マッカーサー、「新憲法」発効3年後=1950年、「フォーチュン」誌)

Atom Bomb

ポツダム宣言が日本に突き付けた「日本国本土の完全なる破壊」の恐怖は、同宣言が「現在日本国ニ対シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ対シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」国人民ノ土地、産業及生活様式ヲ必的ニ荒廃ニ帰セシメタル力ニ比シ測リ知レサル程更ニ強大ナルモノナリ」とドイツを例にとってみせるまでもなく、1945年(昭和20年)8月15日の終戦当日まで続き、全国で200以上の都市が被災、被災人口は970万人に及んだ、東京大空襲に代表される灼熱地獄のような日本本土空襲と、たった二発で瞬時に20万近くの人命を奪った広島、長崎への原爆投下によって、日本国民全員が骨の髄まで思い知らされていた。

マッカーサーに国民の命乞いをなさった昭和天皇始め、「国体護持」を条件にポツダム宣言を呑んだ日本政府も、「帝国憲法『改正』を強要された」枢密院、帝国議会も、「日本国土の完全なる破壊」と「日本民族の滅亡」の絶体絶命の危機を前に、GHQの無法に抗う術はなかった。

GHQ当局は「(憲法改正の)松本案は絶対に承認できない」と内閣に言い渡し「民政局草案の根本精神にそい、徹底的改正でないもの(引用者注:改正案)は一切承諾されない」と言明した。「帝国憲法及び国体を護持しようとする唯一の反抗も、完全に抑圧された」(菅原裕『日本国憲法失効論』)のである。

「もし総司令部案に沿った憲法改正が行われなければ、総司令部としては天皇の身体を保障することができない」-1946年2月13日の米国側との会談で発せられたホイットニー准将の言葉は、日本側に「憲法と天皇の身体との引き換え」と映った。

SWANCC 初期の対日方針

GHQのいう「民政局草案の根本精神」とは、「降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針」(SWNCC150)「日本の統治体制の改革」(SWNCC228)がいうように、「天皇制の廃止、もしくは天皇の政治的権威の剥奪」「軍国主義の殲滅」であったが、それはポツダム宣言がおためごかしに言ったような「日本の民主化の為」などではなかった。

「新憲法」の内容に関してはソ連の操る極東委員会に最終決定権があり、極東委員会は「日本の共和国化」=「『主権者』人民を支配することによる国家全体の支配」を目論んでいた。

何のことはない、トンビ(米国)があぶらげ(日本の支配権)をさらった、という話であった。

「当初、ソ連は北海道に侵入して、朝鮮やドイツ同様に、日本分割のいわゆる38度線を引こうとしたが、日本が無血進駐を許したため、マッカーサー元帥の出足が早く、ソ連に乗ずる隙を与えなかった。そこでソ連は今度は、手を変えて、翌年2月26日に第一回総会の開会を予定されていた最初の極東委員会において、日本に共和制を布くことを決定させて、日本を混乱に陥れ、それに乗じて北海道侵入を敢行しようと策動した。(中略)この情報をいちはやくキャッチしたGHQでは、これは一大事と驚き、直ちにその阻止に乗り出したのである。GHQは、占領以来半年、日本の天皇制がいかに根強いものであるかを知りつくしていた。それだけに、もしこの天皇制を廃止して、共和制を実施せんとすれば、大混乱をきたし、アメリカの占領統治が、収拾不能に陥ることは、火を見るより明らかである。したがってこれは絶対に拒否しなければならぬ。(中略)これを回避するにはどうしても、こちらから先手を打って、日本の憲法を早急に改正し、天皇の機能を全面的に剥奪して、極東委員会に対しては、日本は既に民主化を終わった、あえて共和制を布く必要はないとの了解を求め、他方、日本国民に対しては、象徴天皇の名称を憲法に残すことによって、天皇制は存続された、日本の国体は変革されない、と納得させる以外に手はないとの結論に達し、急速にこの謀略憲法草案を作成したものである。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

ソ連の日本支配の芽を摘み、「日本征服」の独占を目論む米国・GHQは「極東委員会が日本を共和国化しようとしている」「国民投票にかける」と脅し、「日本の米国への隷属化」に有利なGHQ「新憲法」制定を急かした。

「(ホイットニー)将軍は『もしあなた方(日本政府代表)がこの憲法草案を、即座に、われわれと協議をせずに、また日本側としての提案もしないで拒否するならば、マッカーサー司令官は今度の日本の選挙で、その草案を直接、日本国民に示し、国民投票によって国民が憲法改正について日本政府に賛成するか、GHQに同意するかを問う事になる』と告げたのです。これがその会談(引用者注:1946年2月13日、ホイットニー准将やケーディスをはじめとするGHQの代表4人と、吉田茂外相をはじめとする日本政府代表4人の外務大臣公邸での会談)での唯一の威圧でした。」(民政局ホイットニー将軍の言についての次官ケーディスの証言。古森義久『憲法が日本を滅ぼす』)

国民投票」をちらつかせることが、帝国憲法改正を渋る日本政府への、GHQと極東委員会による「威圧」として効果を発揮した、とはどういうことだろうか。

「日本は敗北せる敵である。そこには交渉というものは存在しない。GHQは、日本政府に対し命令はする。しかし交渉するのではない。交渉は対等者間に行われるのである。しかして日本人には、彼らがすでに世界の尊敬や、あるいは最高司令官の命令に対して折衝することができる地位を獲得したと信じさせてはならない。」(GHQ訓示、1945年9月15日放送。菅原裕「日本国憲法失効論」)

占領軍のこの訓示は国民に聞かせたものであり、ほぼ同時に開始された日本国全土を覆い尽くす「プレス・コード=検閲」という名の言論弾圧で、批判精神の翼をもぎ取られたマス・メディアの様や、21万人に及んだ「公職追放」者とその家族百数十万人が路頭に迷う様を、国民は「明日は我が身」と怯えながら見ていた。

元々従順な性質の日本人は、いまや占領軍に服従する奴隷的無力感に捉われつつあった。

GHQと「進駐軍」は日本人全体の上に文字通り君臨していた。

この状態で「国民投票」をすればどうなるか、火を見るより明らかであろう。

現在も、その状況は変わっていない。ここ数年の、中国や南北朝鮮のあまりにアグレッシブな領土侵犯と敵対的態度に、「さすがにこの期に及んで空疎な『平和憲法』の9条・前文では日本を護れない」と、国民は正しく憂慮している。

だが、日本国民は「『日本国憲法』無効論」を知らない。前文と9条を始末するには「改正」しかない、と思い込んでいる。

その「憲法改正」が「精神を非武装化され、自力で何も決めることができない日本」の恒久化に繋がるという事実を知らない。

カイロ宣言の「暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取」「朝鮮ノ人民ノ奴隷状態」、ポツダム宣言の「無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者」「日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤」等はすべて虚偽、少なくとも所謂「allegation=十分な根拠のない申し立て」に過ぎない。

にも拘らず、敗戦したというだけの理由で、戦勝国の言うなりにこの「根拠のない申し立て」を全て「真実」として信じ込まされ受け入れさせられ、戦犯として1,000人近くが死刑判決を受け、国際社会に於いても日本国全体をして「犯罪者」の烙印を押され、現在に至るも、その冤罪の事実を訴える努力すら「無反省」として謗られている。

「日本国憲法」とは、「連合国=蹶起セル世界ノ自由ナル人民」が、「犯罪国家=日本」を「他の諸国家にとって危険な存在たらしめた同国の慣行および制度を永久に除去しようと」与えた「punishment=罰」であった。

連合国は、根拠のない申し立てを、無法な私刑裁判=東京裁判で正当化し、日本国民全体に冤罪を着せた。

検閲と言論弾圧で日本国民を騙し、洗脳によって虚偽の日本悪玉史観を信じ込ませた。

国民と国土の完全破壊と、世界最古不二の「万世一系の天皇の統治する」日本の国体の破壊をほのめかして脅迫し、帝国憲法を「改正した」と国民を騙して、天皇の大権を剥奪し、「限りなく左翼全体主義に近い国民主権」を謳う『日本国憲法』に挿げ替えた。

他のアジアの国々のように欧米列強の植民地にされる運命を拒絶するため、国際社会から尊敬される強く豊かな国家を目指して、明治の日本が作り上げた大日本帝国憲法は、かくして強奪された。

当時、憲法問題調査委員会顧問であった美濃部達吉博士は:

憲法の全部の廃止又は停止は、国家存立の基礎を根本的に覆すもので、それは絶対に許されるべきものではない」(『逐条憲法精義』)とし、「帝国憲法第73条によって、こんな改正を行うことは、法理上不可能である」と主張して最後まで反対し、ついに唯一人起立をしなかった。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

枢密院議長・清水澄博士は新憲法実施の日に「自決の辞」を認め、9月25日、抗議の入水をした。

「自決の辞」

新日本憲法ノ発布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル団体及個人アリタリ、其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ、或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ、我国ノ将来ヲ考へ憂慮ノ至リニ堪ヘズ、併シ小生微力ニシテ之カ対策ナシ、依リテ自決シ幽界ヨリ我国体ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈念セント欲ス、之小生ノ自決スル所以ナリ、而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ、楚ノ名臣屈原ニ倣イタルナリ

昭和二十二年五月新憲法実施ノ日認ム

元枢密院議長 八十翁 法学博士 清水澄

「天皇陛下、国会、内閣、司法、行政のすべてが日本国憲法を憲法という前提で動き、国民の99%以上が憲法だと認識している。これを法学的に妥当性・実効性を満たしているといいます。」(谷田川惣『決定版・憲法無効論は破綻した論理:質疑応答(スマホ版)』)というのは詭弁である。

これまで縷々例を挙げて説明したように、GHQ・SCAP=マッカーサーは、天皇陛下、日本政府、帝国議会、日本国を司る全ての機関の頂点に君臨し、「いうことを聞かなければ、いつでも直接軍制に変える」「天皇の安全保証せず」「日本を共和国=共産主義国にする」「日本全土を焦土に変える」と脅迫しながら、表向きは「日本人が自発的に憲法を改正した」風を装った。

自らの占領政策の違法性を自覚していたからである。

また、「『日本国憲法』には『日本国憲法公布記念式典の勅語』『憲法改正の勅語』があり、それは天皇のご裁可を頂いた証拠であるので、『無効論』は正しくない」というのも同様の無知或いは詭弁である。

無法者のような暴力と強圧で、「連合国=戦勝国」が「日本人を奴隷にするつもりはない」という自らの約束も反故にし、その伝統・文化と国体をも破壊するという犯罪行為の帰結である『日本国憲法』のどこに「妥当性」があるのか?

『日本国憲法』でも禁止している検閲を徹底的に行って言論弾圧をしながら、リンチ裁判である東京裁判で日本人全体に冤罪をかぶせ、自らを「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」と持ち上げてみせる偽善的輩の作った勘違い「憲法」の、どこに「妥当性」があるのか?

全世界のどの国も持っている自然権たる「自衛権」「(自衛戦争を行う為の)交戦権」を認めず、放棄するなどという「日本人蔑視」の「憲法」の、一体どこに「妥当性」があるというのか?

「憲法」で「保持しない」と明言した「戦力」を実は持っている事、持ち続けている事の、どこに「実効性」があるのか?

このようなまがいものを天皇陛下が心底お認めになり、本心からご勅語を発せられたと考えること自体、「妥当性」がないではないか。

当時の法制局長官であった入江俊郎氏の自民党憲法調査会における告白によると、

「・・・結局はこの前文は一字一句も変えちゃ困るということをいわれて、そのままの前文をつけて要綱として発表することになったわけであります。・・・ところがその前文を見ますと、ご承知のように、『日本国民が、その代表者である国会議員を選挙して、それによって、憲法を制定する』と書いてあります。そうすると帝国憲法では、天皇が憲法改正案を提案することになっておりますし、明治憲法のもとで新憲法をつくって行くということであるとするならば、どうもそういう前文では非常に困るじゃないかということを、三月五日の閣議で幣原さんが発言されまして、それはもっともだ、その点どういうふうに直したらよかろうかということが問題になりましたが、これもいろいろ相談の結果、そういう前文のついたような憲法草案を天皇が是認されまして、天皇の意思においてそういう前文のついた憲法を発議するということにすれば、明治憲法七十三条の憲法改正の手続きとも違背しないし、また実質からいって司令部側との関係も円満に行くんじゃないかと考えたわけです。それじゃまずその案を総理大臣から内奏して天皇の御了承を得て、あわせてこういったような内容の憲法をつくることについて内閣として努力せよというふうな意味の勅語をいただくことにしたらどうであろうかということになったわけであります。

松本国務大臣なんぞは、なんだか三百代言みたいな議論だといっておられましたけれども、しかしどうもやむを得ない、そういうことにしようというので、三月五日急遽総理大臣が参内されて天皇に申し上げて、翌六日の要項発表と同時に、そういう意味における勅語をいただいて、これもあわせて発表しております。

近頃この憲法はマッカーサー憲法であって、帝国憲法は依然として生きているんだから、マッカーサー憲法がなくなれば、当然に帝国憲法が生き返るんだというような議論があるそうでありますが、そういったこととかあるいはまた、あの当時日本は革命があったので憲法改正じゃないのだ、明治憲法はそのまま消滅して新しい憲法ができたんで、憲法七十三条によって改正したなんということは非常に間違っているという議論もありましたがそういう議論が起こるであろうということを十分考えた上で、政府の責任としては明治憲法から新憲法に移行するのになんとかつじつまを合わせようというので勅語を受けたのであります。之は当時の内輪話として申し上げたわけであります。そこで司令部の案に対していろいろ折衝したのでありますが、だいたい司令部側は非常に強い意見で、たとえば天皇とか、戦争放棄の条文は全然手を触れちゃならぬ、こういう強い意向を示されたのであります。・・・」(全文、自由党憲法調査会、特別資料(一)、73ページ以下。太字引用者)

「これによれば、占領軍の不合理な無理強いに対し、政府としては、占領軍に対して堂々と職を賭して争うこともせず、また法理論をもって相手を説得することもできず、ただ日本国民に対して、一切の矛盾を袞龍の袖にかくれて、勅語を利用することによって糊塗せんと画策したにすぎなかったようである。ことに後でおこるであろう無効論を押えるためにも、勅語を戴いておいたというにいたっては、滑稽至極である。当時の責任者たちが、占領軍の横暴に対し、万策尽きて、当面の糊塗を、天皇にお願いし、おすがりした醜状は、まさに世紀の悲喜劇であった。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

日本国憲法公布記念祝賀 宮城前 天皇皇后両陛下
日本国憲法公布祝賀都民大会

「日本の侵略的軍国主義・帝国主義の培養源が帝国憲法であった」という虚構に基づく告発によって「帝国憲法は改変せねばならない」「天皇制は廃止せねばならない」「日本精神を破壊しなければならない」という自己欺瞞的な結論に達し、法理を無視して日本国民を脅迫しながら、欺きながら実行に移した、その結果が『日本国憲法』である、という事実を国民に知らせる。それが「無効論」の使命である。

「『日本国憲法』を無効にする」のではない、「『日本国憲法』は無効である、という事実の確認」であるから、天皇陛下が国会に於いて「『日本国憲法』無効」「大日本帝国憲法現存」を宣言されるだけでよい。

これにより、日本国と日本人を縛り続けてきた『日本国憲法』の前文・9条をはじめとするGHQの軛は、瞬時に解かれる。

「『日本国憲法』を70年も使ってきて、沢山の法律も派生している。これが全部無効になったら大変なことになる」という者は、『日本国憲法』の制定によって「57年使ってきた」大日本帝国憲法が停止され、GHQの命令によって刑法の「利敵行為条項」も削除されるなど、当時のあらゆる現行法律が影響を受け、「大変なことになった」ことを失念していないか?

『日本国憲法』施行時、昭和の日本人は1年半で調整を終えた。平成の日本人が同じことができないわけはあるまい。(洗脳のせいで国会議員や官僚の多くが無能化しているということはあるかもしれないが…。)

具体的にどんな問題があるのか、リストアップして公開討論に付し、丹念に国民全体で考えてゆけばいい。

忘れてはならないことは、独立国には自国の行き方を自律的・自主的に決定する権利が備わっているということである。

『日本国憲法』無効確認・大日本帝国憲法現存確認の後、両方の「良いとこ取り」をする権利も、当然ある。

時代の要請により改正が必要な場合は、大日本帝国憲法の改正方式に則って、天皇の御発議を頂き、改正するのが法的に正統・正当である。

最も重要なことは、無効確認・現存確認によって、日本は「仁政を行う『万民の父母』『至高の権威』天皇」を取り戻す、ということである。何も、心配する必要はないのである。

GHQ憲法下の「象徴天皇」は、左翼の「天皇の戦争責任追及キャンペーン」=「天皇の権威剥奪工作」にも拘らず、戦前と変わらぬ「精神的権威」を保持し続けた。

それは「天皇制廃止」を掲げる共産主義への、国民の拒絶の表明であり、「万世一系の天皇がこれを統治する」日本の国柄への、日本人の支持の表明である。

『日本国憲法』と対で押し付けられた「法律」の『皇室典範』も当然無効であるから、日本は「『日本国憲法』無効宣言」により、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』をふたつながらに取り戻すことができる。

これにより、GHQに剥奪された「天皇大権=天皇の『政治的権威』」を天皇にお返しすると同時に、皇室の「家憲」である『皇室典範』(1889年)も天皇家にお返しすることができる。

つまり、皇統の問題など、天皇家の方々が一般国民よりも当然熟知しておられる問題を、国会等の不明な横槍なしに、天皇家で解決して頂くことができるのである。

『日本国憲法』は前文で日本を道徳的下層国と位置付け、「連合国の属国化」「国際社会の保護国化」宣言をしている。

また連合国戦勝国クラブである国連の「国連憲章」は、日本とドイツを未だ「敵国条項」で縛り、日本は、分担金を22%で1位の米国に次いで11%(2位)、ドイツは3位で7%も拠出しているが、両国を「国際社会」の最下層国として扱い、侮辱し続けている。

この「国際社会」の中でも、特にソ連(後にロシア)・中国・北朝鮮ら国際共産主義国家群と、近年ではそれらに支持或いは煽動された韓国が、日本の国土と社会を傍若無人の振る舞いで浸食している。

この「日本は道徳的下層国」の根拠になっている「戦前の『天皇強制崇拝』『軍国教育』が日本を世界侵略の道に進ませた」という連合国の告発が、歴史偽造に基く虚構であった、誣告であった、と全国民が理解し、世界に周知されることで、日本人が戦後持ち続けることを強要された「一億総前科者」の幻の負い目は消える。

それが現在、過去、未来の日本人にどんなに重要なことか、言葉では表しきれないものがある。

「『日本国憲法』無効宣言」によって、日本は戦後初めて、まっとうな国家意識・国防観念を取り戻すことができるのである。

北朝鮮による拉致被害者を全員奪還、北方領土と尖閣、竹島など、ロ中韓によって不法に占領されている、或いは占領されかけている領土の奪還・保全も、国際標準のネガティブ・リストの「交戦規定」を持つことで、完全な軍隊として機動力の増す「新国防軍」と新設「情報省」がやり遂げるであろう。

「『日本国憲法』無効確認」及び「大日本帝国憲法復原確認」は、国際法の発展に寄与する。

「日本国憲法」の無効確認と帝国憲法復原は、ドイツ・ボン基本法やフランス・ビシー憲法の例に見るように、占領中の憲法改廃に関する国際法の一つの先例となるからである。

連合国が戦後行った「東京裁判・太平洋戦争史観」プロパガンダとそれを強化するために行われた検閲・洗脳は、総合的に見て日本国と日本国民に対して犯された「誣告罪」である。

「誣告」も「被占領国の憲法・国体改変」も、戦後日本が今もって脱却できないでいるほどに、前代未聞のスケールで行われた。その影響の大きさは計り知れなく、政治、経済、歴史、教育の問題を超えて、日本国全体の「アイデンティティ・クライシス」をもたらしている。

だとすれば、当然この「誣告」の禁止も、国際法の未来の為、国際社会の平和の為には必要となるのではないか?

1919年のパリ講和会議で日本が提唱した「人種差別撤廃提案」は白人列強に握り潰され、大東亜戦争敗戦と共に「大東亜共栄圏構想」もあえなく潰えた。

「『日本国憲法』無効宣言」には、暴力と強権で日本国の歴史と文化を蹂躙した連合国列強への、明確な拒絶の意味が込められている。

逆にいえば、「『日本国憲法』を『憲法』として受け入れる」ということは、つまるところ、暴力と強権の容認に他ならない。

だからこそ、日本と日本人は、「『日本国憲法』は無効である」と、「我々の独立自尊を目指す『大日本帝国憲法』は現存している」と、声高らかに、堂々と、宣言しなければならない。

世界の全ての国々が、暴力と強権で頭を押さえつけられることなく、世界中の誰もが公正な法により、自由と平和を享受できる、そのような世界を作る為に、日本と日本人は立ち上がらなければならない。

参考文献

日本国憲法無効論1

  • 「憲法が日本を亡ぼす」古森義久
  • 「日本国憲法を考える」西修
  • 「日本国憲法はどう生まれたか」青木高夫
  • 「明治憲法の思想」八木秀次
  • 「日本国憲法」講談社学術文庫
  • 「日本国憲法失効論」菅原裕
  • 「憲法無効論とは何か」小山常実
  • 「とこしへのみよ」「はらひしたまへ」南出喜久治
  • 「正当憲法復原改正への道標」小森義峯
  • 「The United States and Japan」Edwin O. Reischauer
  • 「戦争と検閲 石川達三を読み直す」河原理子
  • 「ひと目でわかる『GHQの日本人洗脳計画』の真実」水間政憲
  • 「Press Control Around the World」Curry and Dassin
  • 「衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録」衆栄会発行
  • 「Political Reorientation of Japan; September 1945 – September 1948, Volume Ⅰ and Ⅱ」Supreme Commander for the Allied Powers

(2017年9月6日に加筆しました。)