FRB設立・世界金融大恐慌からナチス台頭、原爆投下と日本の敗北・占領、東西冷戦を経て対テロ戦争へ………「世界戦争の世紀」のシナリオはロスチャイルドが書いた___『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版2/5]

三つの世界大戦の後に、ロスチャイルドの「世界金融革命」「世界金融統合」が完成する

ロスチャイルドの「イルミナティ」3代目首領アルバート・パイクが1871年、「三つの世界大戦」を予告する

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「メ―ソンの黒い教皇」アルバート・パイク

「未来計画」(アルバート・パイクが「イルミナティ」2代目首領ジュゼッペ・マッチ―ニに宛てた書簡)

  1. 第1次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための〝お化け役″として利用されるだろう
  2. 第2次世界大戦は、「ドイツの国家主義者」と「政治的シオニスト」の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに「イスラエル国家」の建設がなされるべきである
  3. 第3次世界大戦は、シオニストとアラブ人との間に、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている
  4. キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる

(『教科書が絶対に教えない 闇の世界史』ウィリアム・ガイ・カー)

第一次世界大戦を経て、ロスチャイルド金融貴族が「世界平和のための国際機構」国際連盟を設立し、「ロスチャイルドの世界中央銀行」BIS(国際決済銀行)によって世界を統率する「ヴェルサイユ体制」が構築され、「バルフォア宣言」によるロスチャイルド主導の「ユダヤ国家建設」への布石が打たれた

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国際連盟の会場は仏ロスチャイルド家の居城 シャトー・ド・プレニー

世界金融大恐慌と「ファシズムの脅威」で世界の諸国をロスチャイルド国際連合「連合国」として金融統合し、第二次世界大戦を勃発させたロスチャイルドは、アメリカ・ドルを「新・国際基軸通貨」とする金融システム「ブレトン・ウッズ体制」と、「新・超大国」アメリカが「世界の警察」として第二次大戦後の東西冷戦の世界を統率する軍事システム「サンフランシスコ体制」の両輪で、「新世界秩序」金融カースト制度を構築した

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NY国連本部ビルの土地は、ロックフェラーが購入・提供した

「鉄の壁」崩壊[東西ドイツ統合]と「天安門事件」に象徴される「東西冷戦終結」が促進した「ヨーロッパ統合」=「EU結成」の一方で、世界は「民族対立」の時代へと誘導された

ロスチャイルド国際金融軍産複合体が起こした自作自演テロ「アメリカ同時多発テロ(通称「9.11」)」が引き金となった「対テロ戦争」の末に、第三次世界大戦ーユダヤ対アラブ・イスラムの、エルサレムと世界の完全支配をかけた「善と悪の間で戦われる世界最終戦争(アルマゲドン)」が、引き起こされるのか?

【PHASE 3(1910-1919)___FRB設立と第一次世界大戦[国際連盟とBISのヴェルサイユ体制への布石]】

  • 1907年_ロスチャイルド金融連合によってアメリカに金融恐慌が起こされる(「1907年のパニック」)_ポール・ウォーバーグが「この教訓を生かすため、中央銀行の設立が必要」と繰り返し主張を始める
  • 1910年_ロンドン・モルガン商会がモルガン・グレンフェルに改組[米ロスチャイルド連合と英ロスチャイルド連合を連結]

■1910年_ロスチャイルドが二度もその「永続的設立」に失敗した「ロスチャイルドのアメリカ中央銀行」設立を今度こそ成功させる為、J・P・モルガン所有のジキル島で秘密会議が持たれる

この秘密会議の出席者は、

  • ポール・ウォーバーグ ロスチャイルド代理人で、クーン・ローブ創業者ソロモン・ローブの娘婿、クーン・ローブ商会共同経営者
  • フランク・ヴァンダーリップ ロックフェラーとクーン・ローブを代表する「ナショナル・シティ・バンク・オブ・ニューヨーク」頭取
  • ネルソン・オルドリッチ J・P・モルガンの投資パートナーで、ジョン・D・ロックフェラーJr の義父、共和党上院議員/院内幹事、全国通貨委員会委員長
  • エイブラハム・アンドリュー 連邦財務次官補/通貨委員会特別補佐官
  • ヘンリー・デイヴィソン J・P・モルガン共同経営者
  • チャールズ・ノートン J・P・モルガンの「ファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク」頭取
  • ベンジャミン・ストロング J・P・モルガンの「バンカーズ・トラスト・カンパニー」社長、後にニューヨーク連邦準備銀行の初代総裁

■1912年_ロスチャイルドの「候補者全員融資」で「出来レース」の大統領選挙の末、ウッドロー・ウィルソン大統領が誕生

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ウッドロー・ウィルソン

大統領候補者3人の支援者は、ウッドロー・ウィルソンがポール・ウォーバーグとジェイコブ・シフ、ウィリアム・タフトがポール・ウォーバーグの従兄弟フェリックス・ウォーバーグ、セオドア・ルーズベルがオットー・カーン…………4人全員がロスチャイルド代理人・クーン・ローブ商会の共同経営者で、フランクフルトのゲットーからのロスチャイルドの「血の盟友」たちであった。

■1913年_「ロスチャイルドの中央銀行」FRB(連邦準備制度)設立

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FRB 連邦準備銀行

米国の「通貨発行権力」[通貨の流通量・価格の決定]「金融政策決定権」を持つ連邦諮問評議会とニューヨーク連邦準備銀行は、事実上、ロスチャイルドの支配下におかれた

ニューヨーク連邦準備銀行の株主は、NCB(ナショナル・シティ・バンク)、FNB(ファースト・ナショナル・バンク)、NBOC(ナショナル・バンク・オブ・コマース)等………これらの銀行の株主は全てロスチャイルド系投資銀行:

  • ロスチャイルド銀行(ロンドン、ベルリン)
  • ラザール・フレール(パリ)
  • イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)
  • ウォーバーグ銀行(アムステルダム、ハンブルグ)
  • リーマン・ブラザース(ニューヨーク)
  • クーン・ローブ商会(ニューヨーク)
  • ゴールドマン・サックス(ニューヨーク)
  • チェイス・マンハッタン銀行(ニューヨーク)

FRBの株を、米国政府は一株も所有していない

アメリカ・ドルは「米国債を担保に、ニューヨーク連邦準備銀行が政府に貸し付けた債券」であり、即ちアメリカ国民はロスチャイルドの銀行に借金して、税金を払い、物品やサービスを購入するたびにロスチャイルドに「本当は払わなくてもよい利子」(25~35%)を払い続けている。

1ドルは連邦準備制度に対する1ドルの負債を表している。連邦準備銀行は無から通貨を創造し、合衆国財務省から政府債券を購入する。利子の付いた流通資金を合衆国財務省に貸し出し、合衆国財務省に対する小切手貸付けと帳簿に記帳するのである。財務省は10億ドルの利付債の記帳をおこなう。連邦準備銀行は財務省に対して債権の代価の10億ドルの信用を与える。こうして10億ドルの債務を無から創造するのだが、それに対してアメリカ国民は利息を払う義務を負うことになるのである」_ライト・パットマン下院議員、1964年、「下院銀行通貨委員会」公聴会での証言

「通貨発行権」を、ロスチャイルドが、或いは他の誰かが「私有」するということは、ロスチャイルドが作り上げた「金融ねずみ講」に、国民全員が何も知らないままに「強制加入」させられ、その「ねずみ講」の頂点に座るロスチャイルド、或いは他の「誰か」に、永久に利子を払い続ける、ということである。

  • 1914年_イルミナティが組織した「青年ボスニア」が第一次世界大戦の引き金を引く[米モルガン商会が英国の公債引受人(fiscal agent)となる]
  • 1915年5月7日_ロスチャイルド金融連合が仕組んだ「偽旗攻撃」(ドイツUボートにアメリカ人128人が乗ったイギリス客船を撃沈させた)ルシタニア号事件で、アメリカの「孤立主義政策」が一転する
  • 1915年_フセイン・マクマホン協定、1916年_サイクス・ピコ条約、1917年_バルフォア宣言 [ロスチャイルド一族による「中東三枚舌外交」-「ユダヤ vs アラブ」の対立構図の創出]

  • 1917年_クーン・ローブ商会の融資でロシア革命 [ロスチャイルドのバクー石油利権確立、ロシア国内のユダヤ人解放と、レーニン、トロツキーらユダヤ人が支配するソビエト連邦誕生]

  • 1918年_「ロスチャイルドの国際連盟設立趣意書」であった「14か条の平和原則」をドイツが受け入れ、第一次世界大戦が終結
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「ポピー」英王立戦争博物館 2018年
  • 1919年_ヴェルサイユ講和会議 [国際連盟・BIS(「中央銀行の中央銀行」国際決済銀行)設立への布石]

  • 1919年_ロンドン金属取引所でロスチャイルド5社が金取引の独占体制確立
  • 1919年_ドイツ・ナチス党、イタリア・ファシスト党が結成_米ロスチャイルド連合の融資を受けて急成長する

ロスチャイルド金融連合によってドイツに課せられた1320億マルクの巨額賠償金(外貨支払い)をBISが吸い上げ、それを英国への融資元・米モルガン商会に返済する一方、モルガン、ウォーバーグ(クーン・ローブ)、ロックフェラー、ハリマン、ブッシュら米ロスチャイルド連合が、BIS、イングランド銀行、チェイス・パリ銀行を通じてヒトラー・ナチスへ融資(貸付)していた。これら全ての金の動きに米ロスチャイルド金融連合に有利な金利・為替レートが設定されていたことは言うまでもない。

  • 1923年_第一次世界大戦後の連合国のドイツへの賠償金督促と経済封鎖のため、ドイツ銀行は国債を乱発、物価が25000倍にもなるハイパー・インフレが起こる
  • 1924年_モルガン商会が、クーン・ローブ商会に替わって、関東大震災(1923年)の発生を受けて日本政府が発行した総額1億5,000万ドルの高利「国辱公債」震災善後処理公債を引き受け

 

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京橋の第一相互ビルディング屋上より見た日本橋および神田方面の惨状(関東大震災wiki)

【PHASE 4(1928-1945)__世界金融大恐慌と第二次世界大戦[ブレトン・ウッズ体制への布石]】

1928年「パリ不戦条約」で、欧米列強にとって全く無意味な「『侵略戦争』の非合法化」をロスチャイルド国際連盟が謳った時、「1931年に満州事変、1937年に支那事変、1941年に対米英戦争で、日本が『侵略戦争』を引き起こし、ドイツとともに『悪のファシズム枢軸』として『正義と民主主義の連合国』に完膚なきまでに打ち負かされ、『無条件降伏』して『征服』(デベラチオ=全部占領)される」というストーリーが、既に決定されていた。

1929年世界金融大恐慌は、日本・ドイツと世界の諸国の経済を破壊し、ロスチャイルド金融帝国からの借金で世界戦争へと向かわせるために、ロスチャイルドのFRBが引き起こした_[世界の諸国の「ロスチャイルドの債務奴隷」化]

  • 1929年_ダイアモンドの採掘、加工、販売………全てをセシル・ローズの(つまりロスチャイルドの)「デ・ビアス」を介するシステム「CSO 中央販売機構」が設立され、ロスチャイルドのダイアモンド世界独占統制が確立

■1930年5月17日_「中央銀行の中央銀行」「ロスチャイルドの世界中央銀行」BIS(国際決済銀行、通称「バーゼル・クラブ」)設立

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スイス・バーゼルのBIS

■1930年5月_高橋是清がジェイコブ・シフのクーン・ローブ商会から借りた「日露戦争債」(4%利付英国スターリング・ポンド建て、1905年11月発行)を、再び高橋是清が、アメリカ・ドル建て7100万ドルと英ポンド建て1250万ポンドに分けて「借り換え」る(発行金利6.2%、毎年の利払費530万円増→[第2の「国辱公債」]富田俊基『1930年代における国債の日本銀行引き受け』 

■1931年_満州事変、1937年_支那事変を、ロスチャイルド「コミンテルン」が引き起こす[日本が「15年『侵略』戦争」に引きずり込まれる]

  • 1931年、1932年_ロスチャイルド一族フランシス・リンドレーと、モルガン一族であり、「黒船」ペリー提督の兄オリバーのひ孫アリス・ペリーを妻に持つジョゼフ・グルー(両者ともモルガン・グレンフェル代理人)が、それぞれ駐日英大使、駐日米大使として着任[日本政府の「侵略戦争」遂行監視]
  • 1933年_ナチスが政権を取り、ヒトラーが首相に就任(翌年「総統」に)
  • 1933年_フランクリン・デラノ・ルーズベルトが大統領に選出される
  • 1937年_ジェイコブ・シフの親戚コーデル・ハルが、幕末・明治からの「不平等条約」日米通商航海条約を、「日本の中国侵略に抗議する」として一方的に破棄

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近衛文麿
  • 1938年_ロスチャイルド「コミンテルン」と通じた近衛文麿が、1月「国民政府を対手とせず」声明でトラウトマン工作をぶち壊しにし、日中戦争を泥沼化させる。11月、1940年7月の「基本国策要綱」とともに東京裁判で「世界侵略計画」と断罪される「東亜新秩序」声明を出す
  • 1939年_ヒトラー・ナチスのポーランド侵攻、続くソビエト連邦のポーランド侵攻で第二次世界大戦勃発[ヨーロッパ最大のユダヤ人口を擁するポーランドのユダヤ人が、ドイツ・ソビエト両サイドから「国外退去命令」を受ける→新ユダヤ人国家・イスラエルへの移入への布石]

「もし、ヨーロッパ内外の国際ユダヤ金融業者たちが今一度、世界を戦争の惨禍に叩き込むことに成功したとしても、その結果は、世界のボルシェヴィズム化でもなければ、ユダヤ民族の勝利でもない。それは『ヨーロッパからのユダヤ民族の消滅』である!」(If the international Jewish financiers in and outside Europe should succeed in plunging the nations once more into a world war, then the result will not be the Bolshevisation of the earth, and thus the victory of Jewry, but the annihilation of the Jewish race in Europe!)____アドルフ・ヒトラー、ドイツ第三帝国議会での演説、1939年1月30日

■1939年_原爆開発製造「マンハッタン計画」が、チャールズ・ハンブローと、後にIAEA(国際原子力機関)を創設するベルトラン・ゴールドシュミット(両者ともロスチャイルド一族)の監督の下、GE、ウェスティングハウス、デュポンら米ロスチャイルド連合の主導で始動。原料ウランは米コロラド州、カナダ、コンゴのロスチャイルド支配下の鉱山から調達された。

  • 1940年9月27日_近衛文麿が「日本の『ファシズム枢軸』への加担」となる「日独伊三国同盟」締結
  • 1940年10月7日_「ルーズベルトのお気に入り」海軍情報部極東部長マッカラムによる「ABCD包囲網」など「日本に第一撃を撃たせるための8項目」計画書
  • 1941年11月_米軍マーシャル参謀本部長が秘密記者会見で、フィリピン基地から日本都市を焼夷爆撃する構想を述べる(荒井信一『空爆の歴史―終わらない大量虐殺』)
  • 1941年12月8日(米国時間で7日)_ロスチャイルドの下僕・吉田茂の外務省とルーズベルトの友人・野村吉三郎駐米大使の「痛恨の大失態」=「宣戦布告文書の米国務省への手交遅延」によって「卑怯撃ち」にされた真珠湾攻撃で、対米英「侵略」戦争「太平洋戦争」開戦

第二次世界大戦は、ロスチャイルドに融資・血縁姻戚関係で繋がるチャーチル、ルーズベルト、スターリン、ヒトラー、近衛文麿、吉田茂によって注意深く計画され、そして遂行された

  • 1943年11月_東京で大東亜会議開催[大東亜共栄圏ー欧米列強の植民地にされている東アジア諸国との軍事連携=独立戦争への協力]
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左からビルマ、満州、中華民国、日本、タイ、フィリピン、自由インド仮政府の首脳
  • 1944年7月_ロスチャイルド一族ヘンリー・モーゲンソーJrの主導によるブレトン・ウッズ会議_IMF(国際通貨基金)IBRD(国際復興開発銀行)設立[アメリカ・ドルを新・国際基軸通貨に設定]

第二次世界大戦は、ロスチャイルド「新世界秩序」の金融基盤を構築する世界金融パラダイム・シフトのための戦争であった

ロスチャイルド国際金融軍産複合体が、アメリカ合衆国を「世界の軍需工場」「世界の金と軍需物資の集散地」としたため、第二次世界大戦中に世界の金(ゴールド)の65%が米国に集中した。

  • 1944年9月_ハイドパーク協定で、チャーチルとルーズベルトが「原爆を、(ドイツではなく)日本に使用する」ことを密約(英国立公文書館所蔵秘密文書 PREM3/139/9)
  • 1944年12月19日_日本占領政策最終決定権力を持つことになる国務・陸軍・海軍調整委員会 (State-War-Navy Coordinating Committee)「SWNCC」が、ロスチャイルド連合ステティニアス国務長官、スティムソン陸軍長官、フォレスタル海軍長官によって設置される

  • 1945年3月10日_東京大空襲ー米軍の夜間無差別爆撃・焼夷弾集中投下攻撃により死者10万人、罹災者100万人超
  • 1945年8月6日と8月9日_「悪のファシズム枢軸」日本の広島・長崎への、ロスチャイルド国際連合の「正義の」原爆投下

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1945年8月9日、上空18kmまで上昇した長崎での核爆発によるキノコ雲(第二次世界大戦wiki)

ウランとプルトニウム、二種類の原爆の威力を確かめる為、わざわざ2回に分けて行われた、ロスチャイルド国際金融軍産複合体による原爆投下は、軍事的には、「東西冷戦」「軍拡競争」「核拡散」を見越した「国際兵器見本市」であり、戦争金融経済的には、民間人をも巻き込んだ「原子力エネルギーを基盤とする大量生産・大量消費時代の開幕」を告げる、あまりにも邪悪な、あまりにもむごたらしい「ファンファーレ」であった

【PHASE 5(1945-1951)_第二次世界大戦の終結と日本占領】

  • 1945年8月15日_「平和と安全と正義の新秩序」(=「新世界秩序」)を日本に到来させるための、「無責任な軍国主義勢力の駆逐」を連合国側の「条件」の一つとするポツダム宣言受諾=日本の降伏による戦争終結を告げる昭和天皇の玉音放送_[天皇統治の国体護持を日本側からの「条件」とした、「有条件降伏」]

ポツダム宣言は、「モルガン一族」ジョゼフ・グルー国務次官、「スカル&ボーンズ」ヘンリー・スティムソン陸軍長官、「ディロン・リード社長」ジェイムズ・フォレスタル国防長官らロスチャイルド一族による「三人委員会」によって書かれた

  • 1945年8月30日_連合軍総司令官SCAPダグラス・マッカーサー元帥が、「バターン死の行進」にあてつけた「バターン号」で厚木飛行場に乗り込む
マッカーサー日本に乗り込む
コミンテルン・スパイであった『Newsweek』のコンプトン・パケナムを含めたマッカーサー一行

[天皇も日本政府も、その下に隷属させる強大な権力者」マッカーサーは、それでも、連合軍GHQの「表向きの」長であるというに過ぎなかった。

日本を支配する占領軍GHQを、さらにその上から統制し、日本の「真の支配者」として君臨していたのは、ロスチャイルドCIA(『Newsweek』のハリー・カーン)と、「モルガン」ジョゼフ・グルーが取り仕切るACJ「American Council on Japan 米国対日評議会」(1948年6月結成)と、GHQ/SCAPの下部組織[実質的には極東委員会の出先機関]として駐ソ米国大使アヴェレル・ハリマンが設置したACJ「Allied Council on Japan 連合国対日理事会」(1945年12月設立)であり、その「奥の院」には、米国務省・国防総省を支配するアメリカ・ロスチャイルド連合の雄、投資銀行/武器商のディロン・リード社がいた

『Newsweek』の大株主は、ロスチャイルドのモルガンメロンゴールドマンハリマンであるが、「日本占領」時の実権者は、満州の鉄道利権を狙っていたアヴェリル・ハリマンであった。

ACJの会員名簿には、ロックフェラーのスタンダード・オイル、戦後の原発政策に関わってくるGEウェスティング・ハウスなどの経営者や、ロスチャイルドのFirst National Bankのジョン・L・カーティスなどが名を連ねていた。

GHQの敗戦国・日本への第一声は、「ディロン・リードへの借金返済」であった

1933年にアメリカがソ連を公認した時、ソ連の公債を引き受けたディロン・リードは、ヒトラー・ナチスの1920年代、30年代の外国融資の3分の2を引き受けており、「連合軍の日独占領」とは、文字通りの「ディロン・リードの借金取り立て」にほかならなかった。

「昭和維新」のクライマックス、「ロスチャイルド国際連合による日本占領」の核心は、明治維新に続く日本経済侵略・金融支配と、経済システムの大改造にあった

【明治維新の核心②】_「富は知恵を妨げる」「清貧」の武士道精神を、徳川幕府とともに破壊して、「金と謀略」のロスチャイルド金融帝国の経済侵略「通貨発行権・戦争金融サギ」に都合の良い「近代的」証券株式市場の整備

【明治維新の核心③】_江戸期日本財閥の解体と、「ロスチャイルドの新興財閥」三菱を加えた再編成[日本ロスチャイルド連合統合]

ディロン・リード副社長ウィリアム・ドレイパー陸軍次官は、日本占領・経済政策立案の中心人物として、SCAPマッカーサーの頭越しに、「ニューディーラー」達の反トラスト・カルテル法「集中排除法(財閥解体法)」から金融・保険業を除外させて換骨奪胎し、事実上財閥解体中止、「日本を『反共の砦』にするための再軍備」=いわゆる「逆コース」を推進させた

吉田茂が「池田ミッション」で密約したGHQ経済顧問ジョゼフ・ドッジはドレイパーの「盟友」、SCAP副官L・E・バンカーは元モルガン、そして『Newsweek』1947年12月1日号で極東委員会の財閥解体に関する秘密文書「FEC230」を暴露、GHQの「急進的社会主義政策」を批判した「知日派」(戦前に東大教授も務めた)弁護士ジェームズ・L・カウフマンはディロン・リードの「非公式」の代理人であった。

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『渡辺武日記 対占領軍交渉秘録 大蔵省財政史室編』は、「日本占領」の実相が、ロスチャイルド国際金融連合による、日本経済全体の、米英ロスチャイルド連合への「吸収合併」であったことを、如実に物語っている。

渡辺武のもとには、英ロスチャイルドとJ・P・モルガンから、それぞれ1949年11月2日(『日記』p. 402)と1950年9月22日(『日記』p. 556)に、日本の外債引き受けをしたい旨の申し入れが入るが、ディロン・リード代理人カウフマンから「new loan は全てディロン・リードを通せ」と申し渡されていた(1947年8月29日、『日記』p. 118)ため、これらの案件の処理はGHQ(ディロン・リード米国務省・国防総省)へ回された。そして、講和条約締結後も、「日本が日本の財務管理をできる立場」に戻ることはなかった。

日本銀行を、FRBのような株式会社にするのがディロン・リードの当初の意向であったが、結局のところ米国の「第一・第二合衆国銀行」と同じ「認可法人」という範疇に置くにとどめ、しかし、Federal Reserve Board(連邦準備制度)同様の「Board 政策委員会」と、その下部組織として「経済三団体」を設立することで、FRB同様の機能を持たせたロスチャイルド人事の経済支配体制を、日本にも確立した。

  • 1946年4月30日_経済同友会、経済団体連合(経団連)、日本商工会議所の「経済三団体」が、米国青年会議所などを参考に、日本銀行「政策委員会」を補完する組織としてディロン・リードGHQの肝いりで設立される_[日本政府にロスチャイルド国際金融連合の「上意」を「下達」する「経済政策指揮系統」の確立]


明治維新の時も、日本銀行と横浜正金銀行の設立は大日本帝国憲法の制定に先行したが、「昭和維新」でも、やはり日本銀行「政策委員会」と「経済三団体」の設立が、『日本国憲法』制定に先行した。

このことは、明治維新と「昭和維新」が、本質的にロスチャイルド金融帝国の日本経済侵略であったことの証左である。

明治維新よりずっと前、18世紀終わりに「初代ロスチャイルド」であるマイヤー・アムシェルが12人の実力者と謀った「世界支配計画」の本質が、世界の諸国民が何も知らないままに為される「世界金融統合」による、世界人類の「債務奴隷支配」であることの証左が、その一局面として為されて来た明治維新、「昭和維新」、「平成維新」なのである。

「民主主義」「国民主権」「人権尊重」などというものは、彼らが「愚かな民を、愚かなままに保って支配する」そのためにばらまいた、無意味な「ただの言葉」に過ぎない。

(以下、「ロスチャイルド国際連合は、『日本国憲法』と日米安保条約によって、日本の主権と独立を簒奪し、日本民族の名誉と尊厳を蹂躙している____『日本国憲法』無効確認が世界から戦争と貧困を根絶する[総合版3/5]に続きます)

(前稿ロスチャイルドの「通貨発行権」統制により、日本と世界の庶民は「新世界秩序」カーストの「無自覚の債務奴隷」にされた__『日本国憲法』無効確認で世界から戦争と貧困を根絶する[総合版1/5]

を既読でない方は、こちらからどうぞ)

原爆と真珠湾:あの戦争の真実を、オバマ広島演説の自己欺瞞が覆い隠している

「『日米同盟』と『友情』という『希望の選択』」? 原爆投下正当論の修正と、本当の「人道に対する罪」:東京裁判・War Guilt Information Program・「『日本国憲法』の制定」の認罪で「真に対等な日米同盟」を実現せよ__感動のスピーチを「きれいごと」で終わらせないために…。

真珠湾を「騙まし討ち」にした責任を隠蔽してきた外務省と、『日本国憲法』無効・廃棄のチャンスをむざむざ捨てた吉田茂の「未必の故意」を追及し、日本と米国に真の和解を!

「我々には共同責任がある__歴史を直視し、他のどんな違ったやり方をすれば、あのような苦しみを撲滅することができるのか、問う責任が」

“…we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.”

2016年「伊勢志摩G7サミット」のため来日中のオバマ米国大統領は、5月27日広島を訪問し、原爆記念碑に献花した後、被爆者を含めた聴衆を前に感動的な、そして歴史的な演説をした。

「核なき世界」という崇高な理想を唱えて、ノーベル平和賞を受賞した「スピーチのオバマ」の面目躍如たる、格調高さと誠実さを、ともに感じさせる文面である。

「科学の発展は、これまでにない効率の良い殺人機械をも作り出してしまう」(”Science…can be turned into ever more efficient killing machines.”)

「将来、広島と長崎の名が人類最初の核攻撃を受けた場所としてでなく、我々人類の倫理観の覚醒の始まりの象徴として人々に知られるように」(in a future…Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.)

だがこれは、「(米国が、でなく)科学の発展が、生み出した」原爆という大量殺戮兵器の存在を「人類共通の責任」とすることにより、「その悪魔の兵器を日本の無辜の民に対して使用した」という道義的責任に蓋をした、姑息な言い方でもある。

「原爆投下という『加害責任』を認め謝罪する」ことに繋がりうる言葉を、オバマは慎重に、だが徹底的に排除した。

「原爆投下により戦争終結が早まり、日本が戦争を続行した場合に日本本土決戦で犠牲になったはずの、数百万の米兵と日本の軍民の命が救われた」とする「原爆投下正当論」は、米国の退役軍人・高齢世代を中心に今もなお根強くある。(「日本人の命も救ってやった」という恩着せがましさよ。)

オバマはこれらの正当論者、特に強硬な退役軍人にライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を通じて「米国はいかなる状況でも謝罪しない」と明言することで黙認を取り付け、戦後長らく「タブー」とされてきた広島訪問を、実現した。次期大統領共和党候補指名確実のトランプも、オバマの広島訪問について「大変結構なこと、謝罪しない限りは」と選挙集会で語っていた。

事実、オバマ大統領は黙とうはしたものの、「頭を下げる」というジェスチャーはこれもまた注意深く避けた。

また、演説そのものにも、「非道な戦争行為はお互いさま」「いや、米国と連合国はやはり正義=日本とドイツの悪行を思い出せ」というニュアンスがそこここに散りばめられていた。

「But we have a shared responsibility to look directly into the eyes of history」(歴史を直視する共同責任がある)

Empires has risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered……」(ナチス・ドイツの第三帝国と大日本帝国?「南京大虐殺」?)

「……some 60 million people would die. Men, women, children, no different than us. Shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.」(「バターン死の行進」とナチ・ホロコースト?)

「shared responsibility」とは、米国の「原爆投下正当論」者にとっては「日本が最初に悪事を働いたのだから、当然日本に大半の責任があるが、原爆のとてつもない殺傷能力は米国の予想もはるかに超えていた。確かにoverkill(過剰殺戮)だったかもしれない…」という「過剰防衛」くらいの責任の度合いであるが、大方の日本人にとってみれば「米国が(『共同』とはいえ)責任を認めた」とはつまり、「これで戦後が終わる」というくらいの重みのある文言である。だから米国の退役軍人はオバマの広島訪問を黙認し、日本人は歓迎一色に染まった。

オバマの広島演説は、安倍首相の戦後70年談話と対をなす「玉虫色の日米和解エールの交換」というべきものであった。

おそらくは、安倍首相(日本)とオバマ大統領(米国)の間には「これで戦後レジームの脱却云々は手打ちにして、今後は『日米同盟調整メカニズム』がスムースに運ぶようお互い努力しよう」という了解があったのであろう、と想像する。

日米同盟強化作戦__といえば対等な同盟の共同作戦のように聞こえるが、実のところ、米国が日本の「集団的自衛権」の行使を、事実上米国が自軍の展開を削減したいアジア地域での、中ロ牽制の役割に特化して、日本に特別に認める、ということである。米国が「被保護国・日本の影の宗主国」として主導権を握る状況に変わりはない。

「対等な日米同盟」は、今のままでは、実現にほど遠い。

オバマ大統領は「The United States and Japan have forged not only an alliance but a friendship」(米国と日本は「同盟関係」だけでなく、「友情」も培ってきた)といい、安倍首相は「熾烈に戦い合った敵は70年の時を経て、心の紐帯が結ぶ友となり、深い信頼と友情によってむすばれる同盟国となりました。」と、昨年2015年の米上下両院合同会議での演説での言葉を引いて、オバマの言葉に応えた。

だが、両者のいう「友情」「同盟」には温度差が歴然としてある。

「オバマ大統領は日本にいる間、真珠湾への卑怯な騙まし討ちのことを話し合ったのか?何千人ものアメリカ人の命が失われたのだ___ドナルド・J・トランプ」(Twitter)

Does President Obama ever discuss the sneak attack on Pearl Harbor while he’s in Japan? Thousands of American lives lost. ___Donald J. Trump https://twitter.com/realDonaldTrump

米国は原爆投下を正当化した。だが日本はひどいことをした。」「訪問を謝罪の枠組みにはめると、本来必要のない議論が起きます。」ジェニファー・リンド 米ダートマス大准教授(朝日新聞2016年4月23日)

「米大統領の広島訪問は、日米関係だけにとらわれると原爆投下についての謝罪の有無が問題になり、逆に日本による真珠湾攻撃の責任も持ち出され、国家のメンツやナショナリズムを刺激しかねない。」入江昭 ハーバード大名誉教授 (朝日新聞2016年5月29日)

「訪問と同時に謝罪も求めると、過去の戦争の評価をし直すことになる。」美根慶樹 平和外交研究所代表・元軍縮大使(朝日新聞2016年5月28日)

米国人保守はともかくとして、左翼学者とはいえ、日本人までもが「真珠湾攻撃」を「卑劣な騙まし討ち」として認識し、まるで「米国の原爆投下への謝罪」に対し「日本の真珠湾攻撃への謝罪」が当然必要かのような話になっている。「米国に謝罪など求めれば、ヤブ蛇的に日本の戦争犯罪のことも突かれてしまうぞ」と、暗にほのめかしてさえいる。

このことこそが、「戦後レジーム」の中にどっぷり浸かった人々の自己欺瞞なのだが、それに気づいていないのか、それとも他の日本人に気づかせたくないのか…。

オバマの最初の大統領選の際、対抗馬のマケインの副大統領候補として奮戦した、当時アラスカ州知事のサラ・ペイリンは「私たちが始めたわけではない戦争を、米軍が終わらせたことが間違いだったと示唆した」と今回のオバマの広島訪問を非難した。

だが本当に、アメリカは日米戦争を「始めなかった」のだろうか?

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Memorandum for the Director  Subject: Estimate of the Situation in the Pacific and Recommendations for Action by the United States p.4/4

米国は1940年10月7日付のマッカラム覚書で、「日本に最初の一撃を撃たせるため」の経済封鎖・石油禁輸など8つの項目を挙げ、その通りに日本を挑発して戦争に向かわせた。

1941年7月23日、側近に国際共産主義者を配したルーズベルトは、コミンテルンのスパイであったラフリン・カリー大統領補佐官の、中国国民党と連携しての日本爆撃計画に承認のサインをしている。

1941年7月26日、同じくコミンテルンのスパイであったハリー・デクスター・ホワイト財務省通貨調査局長の提案で在米日本資産が凍結され、日本の金融資産は無価値となった。

日本側がまだ必死で戦争回避の交渉を続けていた1941年11月に米国から突きつけられ、事実上の対日最後通牒となった「ハル・ノート」の実質作成者は、そのホワイトであった。

ルーズベルトは、日本を対米戦争に向かわせるまでに、完全に追い詰めた「ハル・ノート」の存在を、米国議会に隠したまま、日本の「真珠湾の騙まし討ち」を非難する演説をして、ハミルトン・フィッシュら参戦反対論者を騙し、対日参戦の決議を勝ち取った。

しかも、米国海軍の太平洋での機動力を殺ぐ為の「空母狙い」の真珠湾「奇襲」攻撃は、事前に日本側の暗号を解読し、攻撃目標を察知していたルーズベルトによって、その効果を半減させられた。

1941年12月7日(ハワイ時間)、真珠湾に、空母はいなかった。太平洋艦隊の主力、2隻の空母USSエンタープライズとUSSレキシントン、そして21隻の最新鋭戦艦は、ワシントンからの突然の命により、攻撃数日前にパール・ハーバーを離れ、ウェーキーとミッドウェイにそれぞれ派遣されていた。

マッカラムの「日本挑発行動8項目」の存在を知らされていなかった、真珠湾基地の太平洋艦隊司令長官H.E.キンメル大将は、暗号解読により日本の宣戦布告・ハワイへの攻撃が間近であることを察知し、これを洋上で迎え撃つため、独断で北太平洋へ帝国海軍機動艦隊の捜索部隊を出すが、ホワイトハウスはこれを知ると部隊の引き返しを命じてきた。

日本が機動艦隊を差し向けてくるのが確実な北太平洋を、「空白海域」として米国海軍の航行を禁止する、というのがホワイトハウスの命令であった。日本には自由で順調な航海の後、計画通り真珠湾に「卑怯な騙まし討ち」をかけてもらわねば困るからである。

キンメルと、真珠湾に残されたスクラップ待ちの老朽戦艦たちは、ルーズベルトによって、日本を誘い出すための囮とされたのだった。

1941年12月16日、キンメルは真珠湾の「失策」により少将に降格された。1999年5月25日、キンメルと、同時に降格されたウォルター・ショート米陸軍ハワイ部隊司令官の、名誉回復と階級復元が米国議会で決議されたが、当時の大統領クリントンも、ジョージ・W・ブッシュもオバマも、実行に移していない。

Pearl Harbor resauces 2
“Japan’s Decision for War in 1941” by Jeffrey Record / “FDR: The Other Side of the Coin” by Hamilton Fish, LL.D. / “Day of Deceit: The Truth about FDR and Pearl Harbor” by Robert B. Stinnett

対米戦争を日本に決意させた根本原因は、経済と名誉の問題だった。1941年7月の、ルーズベルトによる在米日本資産の凍結に続く対日経済封鎖は、日本にとって経済的・軍事的破滅の脅威であった。」(”The roots of Japan’s decision for war with the United States were economic and reputational. The termination of U.S. trade with Japan that followed Roosevelt’s freezing of Japanese assets in July 1941 threatened to destroy Japan economically and militarily.” p.48, Japan’s Decision for War 1941, Jeffrey Record)

「(日本国内に無く、アジアには有る日本の製造業が必要とする原材料の)供給が途絶えたら、1000万から1200万の失業者が発生すると、日本は恐れたのです。彼らの開戦目的は、つまり、大部分が安全保障に拠るところが大きかったといえます。」(“They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security.” ) (ダグラス・マッカーサー元連合国軍総司令官の米国議会上院軍事外交共同委員会での証言、1951年5月)

1928年12月7日、ケロッグ米国務長官は、米国議会上院の不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)批准の是非をめぐる討議において、経済封鎖は戦争行為そのものだと断言している。
東京裁判史観は「日本はパリ不戦条約に違反して侵略戦争を行った」というが、その不戦条約の中心人物であるケロッグ自身が「経済封鎖は『戦争行為』である」と断言したということはつまり、真珠湾攻撃の何か月も前に、経済封鎖を日本に仕掛けていた米国こそが、日米戦争において真の「最初の一撃を撃ったもの」であり、真の「侵略者」である、ということになる。
しかし、ケロッグが説明したように、侵略戦争かどうか、自衛戦争であるかどうかを決めるのは、戦争当事国の裁量に任されている。
米国が「侵略ではない」といえば、侵略ではないのだろう。矛盾と欺瞞だらけの国際社会に、我々は生きている。
ここで明白なのは、しかし、全世界のどの国も当然持っている「侵略かどうか、自衛かどうかを決める裁量権」を、独り日本だけには「与えられていない」ということである。それを決めるのは、連合国なのだ。

連合国が与えた『日本国憲法』によって、日本は自分の行う戦争が「自衛かどうか」を決めることができなくされている。

『日本国憲法』が、日本に「国連(連合国)至上主義」の軛をかけ、GHQの洗脳から日本国民が解き放たれるのを阻んでいる。

日本を、今でも事実上の敵国と規定する国連憲章の敵国条項(第53条・第107条)は、1995年の国連総会で、「既に死文化している」という過半数の賛成により、その削除が採択されたにも拘らず、批准されず、いまだ削除されずにいる。キンメルらの名誉回復が米国議会によって決議されながら、大統領によって実効化されずにいるのと同じだ。ここにも「玉虫色」の、「見せかけだけの正義」がある。

敵国条項によれば、「連合国の敵(つまり日本)が侵略戦争を仕掛けている、と連合国(の一国)が信じれば、安保理の許可なしに(日本を)攻撃してよい」ということになっている。つまり、日本を攻撃したければ「日本が侵略しようとしている」と言えばよく、反対に日本はそれへの反撃すらも自衛と認めてもらえない可能性がある。

この戦慄すべき不平等、唾棄すべき日本への差別。

このことを連合国が認識し、国際社会に周知しない限り、彼らのいう「同盟関係」「友情」という言葉に誠はない。

欺瞞に満ちた「偽りの同盟」は「1945年8月のソ連による満州侵略」の再現に繋がる__そこに心からの信頼関係はない。

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米国と連合国は、「日本は『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』によって日本国民を抑圧し、世界征服の野望に燃えて、アジア諸国を侵略した」という誣告=嘘を根拠に、日本の憲法を挿げ替えた。

連合国は、「象徴天皇制」「国民主権」を謳う『日本国憲法』によって、優れた立憲君主として立派に機能していた天皇から政治的権能を奪い、皇室弾圧法である『GHQ占領典範』によって皇室の自治権を奪って、皇統の危機を招来している。

広島と長崎に原爆を落とし、冷酷にも研究対象としてその被害者を観察した米国は、同じ冷酷さで日本人を洗脳した。歴史を書き換え、戦前の日本そのものを「邪悪な存在」として全否定し、「米国・連合国=正義の味方」史観ともいうべき虚構を日本人の頭に刷り込んだ。

『日本国憲法』第21条が禁止する検閲を、徹底的に行使することによって、連合国は今もなお日本人の「知る権利」を蹂躙しながら、日本の言論を弾圧し続けている。洗脳は、今も続いている。

その効果で、中国の露骨な「西太平洋での覇権」を目指す侵略行為を目の当たりににしながら、日本人の多くが、「中国を侵略した日本は中国に意見できない」という、植え付けられた贖罪意識によって、声を上げるのを遠慮してしまう。

同様に、原爆投下正当論は日本人の中にも浸透している。「南京大虐殺」「従軍慰安婦強制連行」等をいまだに事実と思い込んでいる人々は、「原爆投下が日本軍のアジアでの残虐行為をやめさせた」という偽のロジックに反論できない。

だが、本当に、日本と日本人は連合国の言うような邪悪な存在だったのか?

天皇は「国家神道」を臣民に強要して強権支配していたのか?大日本帝国憲法は日本人を搾取する悪法だったのか?日本人の天皇陛下への思慕は、強制されたものだったのか?

Hiroshima Hersey
ジョン・ハーシー『Hiroshima』

被爆者は「戦争を起こした天皇」を憎みながら、死んでいったのか?

第二次大戦中、従軍記者として『ライフ』誌などに寄稿していたジョン・ハーシーは、『ザ・ニューヨーカー』誌の企画記事を書くため、原爆投下の一年後の広島を訪れた。『ザ・ニューヨーカー』1946年8月31日号の大部分を占める長編記事として初出版されたハーシーの『Hiroshima』は、ハーシーがその被爆体験を聞き取った沢山の生存者のうち、6人の体験に焦点を当てて構成されている。

その6人の広島市民(ドイツ人イエズス会神父をふくむ)がハーシーに語った原爆体験は、しかし、原爆の明白な超絶的破壊力にも拘らず、「阿鼻叫喚の地獄絵図」ではなかった。いや、4000度の熱線により即死、或いは即日死を免れた生存者も、多くは恐ろしい火傷を負っていた。程度の差こそあれ、誰もが何かしらの傷を負い、家を破壊され、路頭に迷っていた。咽喉が渇き、空腹だった。それは恐ろしく、悲惨な光景だったであろう。

にも拘らず、日本人は静かだった。

「西洋人であるクラインゾルゲ神父にとって、何百人もの負傷者たちが、ひとかたまりになって、身の毛もよだつような恐ろしい傷に苦しんだ川辺の木立__その場の静けさは、神父の原爆体験の中でも、最も恐ろしく、また畏怖の念を起こさせる、不思議な光景のひとつであった。負傷者たちは静かだった。涙を流して泣くものはいなかった。傷の痛みに大声をあげる者もほとんどおらず、不平を言うものもいなかった。多くのものが死んでいったが、みなひっそりと死んでいった。子供たちですら、泣く者はいなかった。話をする者さえいなかった。クラインゾルゲ神父が、原爆の熱線により、顔形も判別できないほどに焼けただれた人々に水を与えた時、彼らは自分の分をすすったあとで、少し起き上がり、神父にお辞儀をするのだった。」

(“To Father Kleinsorge, an Occidental, the silence in the grove by the river, where hundreds of gruesomely wounded suffered together, was one of the most dreadful and awesome phenomena of his experience./ The hurt ones were quiet; no one wept, much less screamed in pain; no one complained; none of the many who died did so noisily; not even the children cried; very few people even spoke. And when Father Kleinsorge gave water to some whose faces had been almost blotted out by flash burns, they took their share and then raised themselves a little and bowed to him in thanks.” p.49, Hiroshima)

大災害に襲われた時、日本人は騒がない。そのことを、戦争を知らない私たちも、2011年のあの未曽有の大震災の後に確認した。日本人は、太古から自然災害を被り続けるうち、いつしか「文句を言っても仕方がない。今自分のできる最善のことをするだけだ」という達観した態度を身に着けた。それは、子供でも女性でも同じだった。

広島ジャザブイン[ママ]女学校のノブトキ・カヨコは、原爆が炸裂した時、何人かの友達と一緒にお寺の大きな塀の脇で休んでいた。少女たちは爆風で崩落した重量のある塀の下敷きになり、動けなくなった。すぐにその隙間から煙が立ち込めてきて、重い塀の下で、少女達は窒息しそうになっていた。

「少女達の一人が国歌の『君が代』を歌いだした。ほかの少女達も一緒になって歌い、そして死んでいった。[カヨコ] は塀に割れ目を見つけ、何とか必死に這い出した。赤十字病院に運ばれた時、[カヨコ]は友達がどんな風に…皆で一緒に国歌を歌いながら死んでいったか…を伝えた。彼女らはまだ13歳であった。」

“One of the girls begun to sing Kimi ga yo, national anthem, and others followed in chorus and died. Meanwhile one of them found a crack and struggled hard to get out. When she was taken in the Red Cross Hospital she told how her friends died, tracing back in her memory to singing in chorus our national anthem. They were just 13 years old.  p.116, Hiroshima)

広島大学の文学と科学の教授であるヒライワ博士は、東大生の息子と一緒に、原爆に破壊された二階建ての自宅の下に埋もれていた。二人とも、非常な重みの下で、一寸も動くことができなかった。家は既に火に包まれている。

「息子が言った。『お父さん、もうどうにもなりません。覚悟を決めて、お国の為に命を捧げましょう。天皇陛下に万歳三唱しましょう。』 父は息子の音頭で『天皇陛下、万歳!万歳!万歳!』と三唱した。『天皇陛下に万歳三唱したところ、』ヒライワ博士は言った。『不思議なもので、心が静まり、元気が出てきて、とても安らいだ気分になったのです。』その後、息子は脱出に成功し、瓦礫を掘り起こして父親を引っ張り出した。助かったのだ。その時の体験を思い出しながら、ヒライワ博士は繰り返した。『私たちは日本人でなんと仕合わせなことでしょうか!天皇陛下のために死のうと覚悟を決めた時、私は生まれて初めて、あんなふうな素晴らしい気分を味わいました。』」

(“His son said, ‘Father, we can do nothing except make our mind up to consecrate our lives for the county. Let us give Banzai to our Emperor.’ Then the father followed after his son,  ‘Tenno-heika, Banzai, Banzai, Banzai!’ In the result, Dr. Hiraiwa said, ‘Strange to say, I felt calm and bright and peaceful spirit in my heart, when I chanted Banzai to re’ Afterward his son got out and digged down and pulled out his father and thus they were saved. I thinking of their experience of that time Dr. Hiraiwa repeated, ‘What a fortunate that we are Japanese!’ It was my first time I ever tasted such a beautiful spirit when I decided to die for our Emperor.'” p. 115, Hiroshima)

私たち日本人は誰もが、天皇が、ヨーロッパの専制君主のような「搾取者」「強権支配者」等ではない、ということを知っている。

天皇は戦前も、今も変わらず、「立憲君主」であり、「万民の父母」である。GHQの「人間宣言」は、日本の文化と伝統に無知な外国人の、ピントの外れた天皇観からの発想であって、日本人には至極当たり前の話であった。

日本人は原爆に怯えて終戦を決意したのではない。寧ろ、「一億玉砕」を覚悟している国民に、天皇が「もうよい、矛を収めよう」と語りかけたのが「玉音放送=終戦の詔勅」であった。

天皇の「堪え難きを堪え忍び難きを忍び…万世の為に太平を開く 総力を将来の建設に傾けん」という言葉をうけ、敗戦の無念を胸にしまい、日本の明日の為にしっかり生きてゆこう、とういう天皇の言葉を体現すべく、心を一つに立ちあがったのだ。

日本国民が『日本国憲法』を「受け入れた」のは、天皇が公布の詔勅を出したからである。

「この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであって、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によって確定されたのである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基づいて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。」(日本国憲法公布記念式典の勅語)

1946年11月3日、貴族院議場で挙行された『日本国憲法』公布記念式典で、国民の熱烈な歓呼を受けたのは『日本国憲法』ではなく、天皇の存在であった。

だが、日本人は知らなかった。この詔勅そのものが、『日本国憲法』誕生のいかがわしさを糊塗するために、「何とかつじつまを合わせようというので(天皇にお願いして)受けた」(公布当時の法制局長官・入江俊郎)ものであったということを。

「帝国憲法を全面的に改正した」といいながら、帝国憲法の改正方法に全く則っておらず、また改正の限界を超越しており、帝国憲法違反であることも、そもそも占領軍による「憲法改正の強要」はハーグ陸戦法規違反であることも、日本人は知らされなかった。

「国体護持」の条件付きで呑んだポツダム宣言に違反して、「象徴天皇制」「国民主権」という左翼全体主義的制度に「国体改変」したGHQの、日本人への差別的な人権無視を批判することさえ、日本人は許されなかった。

全国焼夷弾爆撃と原爆ニ発で「日本国土の完全破壊」を示唆。「天皇の身柄は保証せず」と恐喝。公職追放で、家族ともども路頭に迷う100万人の困窮を見せつけられながら、明日は我が身と怯える帝国議会議員による、実質「英語で書かれたGHQ憲法草案の日本語翻訳作業」でしかなかった「憲法改正委員会」を、「自由に表明された国民の総意」と呼ばせる、連合国の無法無体を、検閲という全体主義的行為によって、GHQは日本国民から隠し通した。

そして、ポツダム宣言のいう「無責任なる軍国主義」「日本国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出づるの過誤」の「証拠」として、偽証罪なし「訴えたもの勝ち」の東京裁判で、2年にも亘って偽の「日本の戦争犯罪」を並べ立て、日本と日本人に無数の冤罪を着せた。

連合国が固執した「憲法改正」の拠り所となった「アジアにおける『残虐非道の侵略軍=帝国陸海軍』による虐殺(『南京大虐殺』)虐待(『バターン死の行進』…後に『慰安婦性奴隷強制連行』)」も、すべては悪質な誣告であった。

『日本国憲法』は、「GHQの押し付けだから」という遥か以前に、連合国の日本人差別に満ちた占領政策における犯罪の集大成であり、当然無効である。

GHQは、言論機関・メディア・教育体制を通じて、東京裁判史観を国民に広め(WAR GUILT INFORMATION PROGRAM)、同時に30項目に亘る検閲(PRESS CODE=CENSORSHIP)で徹底的に真実を隠し通した。それらは全て、犯罪であった。

日本人は、戦後70年余、「知る権利」を蹂躙され続けている。「残虐非道の虐殺者、性奴隷を持った国」の国民として、「一億総前科者」扱いされている。汚されているのは祖父の名誉ばかりではない。

これは人道に対する罪、「正義」に対する侮辱ではないのか?

 

「日米の記憶 結ぶ機会に」と題されたインタビュー記事で、朝日新聞など左翼メディアに人気のコロンビア大教授、キャロル・グラックは、オバマの広島訪問を前に言う:

「原爆投下の記憶をめぐる米国と日本の記憶は対照的で、お互いに重なりません。米国の場合は(…)広島と長崎への投下で終わり、その下で起きた惨状は語られません。一方、日本の場合は原爆投下とそれで生じた被害から始まります。戦後日本が平和国家を目指すためのきっかけとなっていますが、それまで続いた戦争は登場しません。」「(戦後70年余で戦災に関する記憶の多くが変化した。が、原爆の記憶は変わっていない。その訳は)米国は原爆の倫理性、日本は侵略戦争の問題を直視しなくてす(むから。)ホロコーストや南京大虐殺、日本軍の慰安婦などは(人々がどのように記憶し、語るのかが変わった)典型(…)。」 (朝日新聞2016年5月17日)

後半、話の焦点がズレてくるが、要するに、『日本国憲法』とともに連合国の押しつけた「日本悪玉史観」が近年風化しかけている、日本はなぜ「原爆を落とされた」のか、その理由に思いをいたせ、とのご高説である。

だが、グラックは連合国と米国の「占領軍が日本に何をしたのか」については、不問のままだ。

連合国の占領政策と東京裁判を検証しなければ、「日本の侵略戦争」の誤謬を認識できず、正確な知識に基づく、実証主義的歴史認識を持つことができない。

キャロル・グラック、ジョン・ダワー…、国際共産主義者の意を体する米国の高名な学者たちが、いくら偉そうに日本の「侵略戦争」批判をぶっても、もはやかつての権威的圧力は感じられない。戦後70年余、「日本の加害の証拠」は論破され尽くし、「連合国の加害の証拠」ばかりが蓄積されてゆく事実には、寧ろ哀れを催す。

いや、キャロル・グラックの「日本の侵略戦争批判」の歯切れの悪さは、愚民化政策で日本人(と米国人、そして世界中の人々)を無知なままに置こうとした、国際共産主義者たちの「戦後レジーム」が、いま崩壊の崖っぷちに立っていることへの焦慮であろう。

嘘の上に嘘で塗り固めた「連合国善玉史観=日本悪玉史観」は、遅かれ早かれ崩落の運命にある。

だが、それを必死で抑え込もうとしている勢力が、日本国内にもある。もはや死に体の左翼政党や朝日新聞ら左翼メディアのことではない。

真珠湾攻撃が「騙まし討ち」ではなかったと、説明できる立場にありながらそれをせず、結果、「卑怯な日本人」への米国民の激昂を煽り、米国側の「原爆投下正当論」に加担した、日本の外務省である。

外務省の罪を問う

1945年12月7日、ワシントンの日本大使館は、事務執行上の失態により、本省から指定されていた「最後通告」の手交時刻を1時間20分も遅延させ、事実上、真珠湾攻撃を無通告の「騙まし討ち」にしてしまった。

米国務省のコーデル・ハル長官に、その文書を届けた野村大使と来栖大使は、それが日米交渉の打ち切り、つまり「宣戦布告」を意味する「最後通告」である、とは知らなかった。だが、開戦前日に、大使館は本省より「訓令次第何時にても米側に手交し得る様文書の整理其外予め万端の手配を了し置かれ度し」の指示を受け取っていた。そして、手交時刻を「午後1時」と指定してきた。「重要な文書であるので現地のタイピストを使わないように」との指示まであった。

にも拘らず、館務の責任者である参事官の井口貞夫は、大使館内に緊急体制を敷かなかった。そのため、大使館内でただ一人タイプが打てる外務官僚で、開戦前日に暗号で送られてきた「最後通告」の解読文を、タイプに打ち込む担当であった奥村勝蔵は、そんな重要な仕事をおいて、その夜外へ遊びに出てしまった。

真珠湾攻撃が「卑怯な騙まし討ち」になったのは、ワシントンの日本大使館の怠慢・失態のせいであった。

「いや、そうではない、外務省と陸軍参謀本部が共謀して、故意に電文の訂正を送るのを遅らせ、真珠湾攻撃が成功するよう謀ったのだ。」という説もある。(2012年12月8日日経新聞「大使館怠り説 覆す?新事実真珠湾攻撃-間に合わなかった最後通告」)

だが、この手交遅延の大失態の原因が、「事故的」であろうと、「謀略」に拠るものであろうと、関係ない。

重要なのは、手交遅延が発生した後の、野村大使を始めとする外務省の取った、或いは取らなかった処置そのものである。

野村吉三郎大使は、国務省でハルに面罵され(それは日本の開戦を予め知っていたハルの芝居であったが)、沈痛な面持ちで大使館に戻って、初めて日本の真珠湾攻撃を知った。大使館の外には米紙の新聞記者が詰めかけていた。

野村大使は、この時、新聞記者らに、「手違いで遅延してしまったが、日本政府は午後1時に手交せよと指示していた。」と真実を話すべきであった。

「日本は真珠湾攻撃を『騙まし討ち』にするつもりはなかった」ことを、はっきりさせておかなければならなかった。

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杉原誠四郎 『外務省の罪を問う』 (p.79)

米国人、特に将兵達は、「卑劣な日本が『計画的』に真珠湾に『騙まし討ち』をかけ、3,000人以上のアメリカ人の命が奪われた」と信じ、激昂していた。

右表のように、1944年3月~4月のプリンストン大学の調査では、本土にいて、実際の日本軍と対戦していない将兵の67%が、「日本人を一掃せよ」と答えている。

表中、カッコ内の数字は「ドイツ人を対象にした場合」であり、ドイツ人に対しては「(ヒトラーら、ナチスの)指導者を罰せよ」との答えが多いのに対して、日本の場合には、日本人全体への憎しみが大きいことが見て取れる。

このことは、米国人の、有色人種である日本人に対する人種偏見もあるであろう。が、1937年12月、南京攻略戦の折の米軍艦パネイ号誤爆事件では、日本軍が即刻誤爆であることを説明し、謝罪したことで、ニューヨーク・タイムスなど新聞は書き立てたものの、大事には至らなかった。

してみれば、やはり「卑劣な計画的騙まし討ち」の汚名だけは、何としても雪いでおかねばならなかったはずである。

開戦の日の夜、外部との接触を断たれた大使館では、手交遅延の大失態を犯してしまった野村大使が、事の重大さに耐え切れず自殺を図るのではないかと、磯田陸軍武官や横山海軍武官らが心配し、大使の寝室を交代で見張った。後に磯田がそのことを野村に言うと、野村は、しかし、意外そうに言ってのけた。

「私はなぜ自殺などしなければならないのか。私は外交官である。」

野村は、何の責任も、痛痒も感じていなかったのである。考えてみれば、「手交遅延の大失態」の自覚を持てるようなら、そもそも「手交遅延」自体が発生していなかっただろう。コーデル・ハルが言ったように、清書が間に合わないのなら、とにかく指定された手交時刻に米国務省に行き、ハルに面会し事情を説明するべきだった。そうすれば、「日本は事前通告をしようとしていた」ということは事実として残ったのだ。

無能力なうえに、厚顔だったのか、野村は戦後、参議院議員を二期も務めている。が、無能厚顔は野村だけではない。国の一大事に緊急態勢を敷かなかった参事官の井口貞夫、そして重要文書のタイプ打ちを放って、外に遊びに出掛けた奥村勝蔵は、それぞれ、1951年、1953年、講和締結の前後に、吉田茂によって、外務官僚の最高位である外務次官に抜擢されている。

MacArthur and Emperor Showa

1945年9月27日、奥村勝蔵参事官は、第一回マッカーサー・昭和天皇会談に同行した宮内大臣ら6人の中で、何故か只一人会談に同席して、通訳を務めた。

天皇は真珠湾攻撃の「騙まし討ち」を遺憾に思っていた。東條に騙された、と怒っていた。手交遅延の真相を知らされていなかったからである。

真珠湾の件を遺憾に思っている、とマッカーサーに伝えた後で、昭和天皇は、「しかし、日本の戦争行為の一切に対し自分が全責任を負う」と発言した。マッカーサーが自伝に書き、奥村も確かにそうおっしゃった、と証言している。

手交遅延の件をご存じであったかどうかは、民を思う天皇のお気持ち自体に、何ら変化を与えなかったであろうが、それにしても、「日本が卑劣な行いをした」場合と「正々堂々と戦いを挑んだ」という場合では、当然後者の方が、敵軍の将にまみえる天皇のお気持ちは、遥かに軽かったであろう。そのことに、奥村は思いを致したであろうか?

井口貞夫は、ダレス米講和特使と吉田茂首相が、平和条約と日米安全保障条約について会談を行ったときの外務次官であった。

1951年2月9日、井口貞夫外務次官とアリソン(John M. Allison)公使により関連文書への「イニシアル(署名)」が行われ、これらの文書は後の平和条約、日米安全保障条約および日米行政協定の基礎となった。(ちなみに、このアリソン公使とは、日本軍による南京占領下の1938年1月26日「アリソン殴打事件」の、あのアリソンのことである。)

真珠湾の真実に関わる二人が、戦後レジームの構築時にも、日本外務官僚の長として関わったことは、何を意味するのだろうか?

確かに言えることは、吉田茂は、外務省の戦争責任を隠した、ということである。これは吉田の「政治的犯罪」(『外務省の罪を問う』杉原誠四郎)であった。

ダレスが再軍備を要請した時も、『日本国憲法』の無効を宣言して、占領下の不正を糺し、大日本帝国憲法下の、正常な日本に戻すチャンスがあったのにそれをせず、「警察予備隊」でお茶を濁し、その後はGHQの占領政策を事実上引き継ぐ政策をとってゆく。

外務省は、この後も「1982年教科書検定『侵略書き換え』誤報事件」で、積極的に中韓の内政干渉を常態化させ、「近隣諸国条項」等というものを作って、教科書検定という国の主権を中韓に譲り渡すという犯罪を犯した。

「1987年大韓航空機爆破事件」では、逮捕した金賢姫を日本の官憲で取り調べていれば、北朝鮮による日本人拉致事件の解決にも繋がったかもしれぬのに、それをあっさりと韓国に引き渡してしまったし、ODAに関しても、外務省の「屈服外交」の下、中韓などは「日本悪玉史観」を持ち出しつつ、「戦後賠償」として日本から金を搾り取り続けようとしている。2015年にも、外務省は安倍首相に「日中共同宣言に『村山談話』は継承してゆく、とあるのでこれを否定することはできない」とレクチャーし、安倍談話をあのような腰砕けのものにしてしまった。

吉田茂は、日本の経済の立て直しを優先したのかもしれない。だが、それは間違いだったと、日本人は気付かねばならない。日本人が欲しいのは金ではない。経済の発展だけで、日本は幸福になれない。

戦後、働き者の日本人は働いて、働いて、高度経済成長を果たした。GDPは上昇し、世界有数の金持ち国になった。だが、日本人は世界から嫉妬され、「エコノミック・アニマル」と軽蔑された。

合理的な中国人なら、「金儲けして何が悪い」と気にしないであろう。しかし日本人は嬉しくなかった。

日本人は働くのは好きだ。日本人は、一獲千金の狡賢い金儲けを嫌う。「成金」と呼んで軽蔑する。そんなに金持ちになれなくとも、「働き甲斐」のある仕事がしたい、と大部分の日本人は考える。日本人ほど、低賃金のいわゆる「ブルーカラー(非頭脳的)」労働にも頭脳を使い、工夫を凝らして習熟し、誠意をもって一生懸命に働く人々はいない、と思う。

だから日本社会は住み心地が良い。日本に行ったことのある外国人は、口を揃えて言う。「街が清潔だ。食べ物が最高に美味しい。痒い所に手が届くサービスが素晴らしい。人々が親切だ。日本が大好きだ!」

大東亜戦争でも、実際に日本兵と戦った米将兵は、日本兵の軍隊としての戦闘力の高さと、それを支える愛国心の強さに舌を巻いていた。

1944年11月15日、米国戦争省・情報省発行の『日本陸軍に関する軍人の案内書:The Sodier’s Guide to the Japanese Army』は、緒戦の頃に米兵たちの間に広がった「無敵の日本兵」神話を破壊するために、こう書いた:「日本兵はアメリカ兵に比べて体格が小さく、平均身長は160センチに満たず、体重は55キロしかない。四肢は短く、太い。彼らは素早く機敏だと評判だが、その実、かなり訓練を積んでも不器用である。」だが、同書の終盤にはその形容は一変する。

「(戦闘中、平均的日本兵は)強く、頑丈である。攻撃時には、日本兵は決然と、自己犠牲も厭うことなく突き進む。攻撃作戦に従事する時、日本軍の歩兵は終始その計画に従う__もしも多くの死傷者が出て作戦の変更、或いは作戦自体を断念しなければならない事態となってしまったとしても…。個々の日本兵の大胆さ、勇猛さは、彼が仲間とともにいる時、そして彼の部隊が地勢と火力で優位に立っているとき、頂点に達する。日本兵はカモフラージュのエキスパートであり、敵を惑わし、ひっかけることにかけてはピカ一である。日本軍の歩兵は命令に忠実に従う。彼等の訓練、規律は、夜間作戦に於いて特にその真価を発揮する。防御においても、彼等は勇猛果敢であり、規律正しく、射撃統制は卓越している。(塹壕やトンネルなどの)野戦築城の抵抗戦では、日本軍は狂信的とも思える頑強さを見せている。」

“[in battle average Japanese soldier was] …strong and hardy. On the offensive he is determined and willing to sustain sacrificial losses without flinching.When Committed to an assault plan, Japanese troops adhere to it unremittingly even when severe casualties would dictate the need for abandonment or modification of the plan. The boldness and courage of the individual Japanese soldier are at their  zenith when he is with his fellows, and when his group enjoys advantages of terrain and firepower. He is an expert at camouflage and delights in deceptions and ruses. Japanese troops obey orders well and their training and discipline are well exemplified in night operations. On the defense they are brave and determined; their discipline is good and their fire control excellent. In prepared positions the resistance of Japanese soldiers often has been fanatical in its tenacity.”

数日のつもりで攻めてきた米軍を相手に、2か月半も抗戦を続け、日本軍1万人余、米軍2,300名の戦死者を出した太平洋の激戦地、ペリリュー島には、キンメル大将の後任であるニミッツ太平洋艦隊司令長官によるものと言われる碑文がある。

「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」
“Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island. Pacific Fleet Command Chief(USA) C.W.Nimitz”

尊敬しあう軍隊は正々堂々と戦う。日本軍も米国軍も、現場の兵士達は、どちらも大義の為、国の為に命を捧げた。不義は、両国を動かす立場の者の中にあった。

日本の2000年余の歴史と伝統、その「結晶」としての「天皇」というものに無知な国際共産主義者達が、ルーズベルトに対日戦争を仕掛けさせた。

同じ無知が、GHQと極東委員会をして『日本国憲法』という呪いを日本に掛けさせた。

自己保全と省益追求しか頭にない亡国の外務省が、「真珠湾」の「未必の故意」により、米国民の怒りを暴走させ、遂には日本人WIPE OUT__原爆投下に「正当性」を与えた。

「平和」の真の敵は、「無知」と「私利」なのだ。

「平和憲法」と左翼が呼ぶ『日本国憲法』は、その前文と9条で、「日本は軍隊を持たせると危険な邪悪な国だ」と宣言しているが、「平和憲法」信奉者は「9条は日本人が自ら戦争を永久に放棄し、戦力を保持しないとしたことを宣言した平和の象徴。これを変えよう、無くそう、というのは『戦争がしたい』と言っているのと同じ」といって純真な日本人を騙し、脅している。

教科書検定は、日本人が、「『日本国憲法』は無効なのでは」と疑わないように、公民教科書を検閲し、『日本国憲法』の成り立ちの真実を隠蔽し、日本国民を「無知」の状態に置くことに汲々としている。

一方で、『日本国憲法』を押し付けた側の米国でも、その国民を「無知」の状態に置くという構図は変わらない。米国の歴史家らが東京裁判史観を振りまいているせいで、米国民はいまだに「真珠湾の非道のせいで日本は原爆を落とされた。原爆は日本の暴虐から世界と日本人を救った」と思い込んでいる。

連合国の犯罪__『日本国憲法』制定と『東京裁判』史観による洗脳__を巡って、戦後、100万の人間が100万の嘘を、100万回言った__「戦後レジーム」とは、そういうものであった。いまや私達の誰もが、「無自覚の共犯者」になってしまっている。

ナチの宣伝相ゲッベルスは「嘘も100回言えば本当になる」と言ったが、しかし、それこそが究極のプロパガンダであった。嘘は100万回言っても真実にはならない。そのことに、私たちは気付くべきだ。

私たち庶民は、自分と家族のささやかな生活を護らねばならない。だが、嘘をついてまで、国を亡ぼしてまで、魂を売り渡してまで、金持ちになどなりたくはない。

そう思うのが、日本人だ。今の日本はそうでなくなっている、だから以前はあったはずの、日本の美しい魂を、とりもどしたい、そう願うのが、日本人の愛国心というものだ。

米国にも、偽善的で欺瞞に満ちた「原爆投下正当論」を心苦しく思っている人々がいる。彼等も、正しいことをしたいと願っている。

「倫理観の革命(moral revolution)が必要だ」といった草の根社会主義者オバマも、そう願っているだろうか?

「戦後レジーム」は、日本だけでなく、米国の誇りも傷つけている。知らないうちに、「嘘つき」「犯罪者」呼ばわりされているのは米国民も同じだからである。

日本人が覚悟を決めれば、日本と米国の、真実の和解はなる。「無知の知」を知り、真実を知ることで、「戦後レジーム」という軛を破壊し、日本人も米国人も、本当の自由を得る。

『日本国憲法』と『GHQ皇室典範』の無効を天皇に宣言していただき、大日本帝国憲法と明治の皇室典範が現存していることを、全日本国民が確認する。全世界に向けて、それを周知する。

それをしてよいかどうか、連合国に伺う必要はない。そんなことが必要だと言う示唆があった時点で、それが日本全体に対する、日本固有の自然権の蹂躙であるという証拠になる。

日本は、全てのことを、世界中の衆目の中で堂々と、そして粛々と行えばよい。

日本は、謝罪も賠償も求めない。求めているのは、真実と、明治維新以来日本人が欲してきた、世界の中の「名誉ある地位」だけだ。日本人は謙虚に、只ひたむきに、それを達成する。世界にそう知らしめるのだ。

大日本帝国憲法現存の確認によって、日本は立憲君主たる天皇を取り戻す。

天皇という「至高の権威」に政治的権力__『不裁可権』という「政治権力の暴走への歯止め」を取り戻す。「不裁可しないのが憲政の常道」であるが、「立憲君主」であると同時に、日本国の危機に際しては「万民の父母」として、国民に正しい道を示してきた天皇による「不裁可の可能性」を自覚させることで、近年目に余る議員・官僚の不勉強とでたらめを減らしてゆくことができるだろう。

大日本帝国憲法下の刑法__GHQに削除された「利敵行為」条項__も復元することで、現在の日本に跳梁跋扈する、日本破壊工作従事者達に、極刑の可能性を示唆することができる。

東京裁判が歪めた歴史の、真実の姿が明らかになれば、「一億総前科者」の汚名は雪がれ、日本人はその勤勉さ、向上心を、晴れ晴れとした心持で各処に発揮することができる。

「万世の為に太平を開く 総力を将来の建設に傾けん」と昭和天皇の終戦の勅語に言われたように、国民の全エネルギーを、いまやっと、「本当の戦後」「新しい日本の建設」の為に注ぐことができるのだ。

教育勅語も復活し、人としての正しい道を教えられる子供たちは、いじめなどという卑怯な行いは、みっともない、恥ずべきことだと、知るであろう。

立法府の議員は、その全エネルギーを、大日本帝国憲法の、現在の日本の状況にあった運用方法を、考えることに集中させることができる。GHQによって廃止させられた貴族院など、復元するのかそれとも今の時代に合った新しい制度を、作っていくべきなのか、といった重要なことを考えることができるようになる。

喫緊の問題である国防についても、大日本帝国憲法復原後の日本では、より現実的な議論ができるようになる。自衛隊は晴れて普通の軍隊になり、また、増加する侵略の危機と、自然災害の頻発の可能性に対応し、「災害救助隊」の別個新設が必要になるかもしれない。

必要ならば、天皇がその大権を行使し、大日本帝国憲法の改正を発議されることであろう。

BREXIT 3
『インディペンデント』紙 2016年6月24日  (黄色=離脱、青色=残留)

2016年6月23日、英国はEUからの離脱か残留かを問うて、国民投票を行った。結果は52%と48%の僅差で「離脱」となったが、このBREXITは英国内の階級・格差社会、移民と地域社会との軋轢の問題点を浮き彫りにするとともに、それが国際社会の争点の縮図であることの再確認にもなった。

「離脱=反EU」派vs「残留=親EU」派とは、そのまま「国家主権奪還」派vs「グローバリスト国際金融資本家=国際共産主義者(=テロ支援)」派であった。

国際金融資本家=ロンドン・シティの銀行家達に代表される成功者=「持てる者」がもっと儲けたい、そのためにはEUに残留した方が都合が良い、そんな本音が透けて見えるキャンペーンでは、「英国ビジネスに主権を取り戻したい」「移民に手厚くし過ぎ」「英国に貢献してきた老人など、英国民の弱者を先に救済してほしい」という、「持たざる者」=労働者階級を納得させることはできなかった。

来年はロシア革命から100年。1989年に一応の決着を見たとされる第二次冷戦の後も、世界は「国際共産主義=国際金融資本主義」vs「自由主義的民主主義=民族自決主義」の構図のまま推移している。

「連合国正義の味方史観」は、米国の日本占領における犯罪を隠すだけでなく、第二次世界大戦後のソ連・共産中国・韓国の日本国領土の侵略行為を助長している。侵略された日本国土はこれら「仮想敵」のさらなる日本侵略拠点となる。

中ロ韓北の太平洋進出の防波堤を、日本が果たしている地政学的立場を考えれば、日本に誇りを取り戻させ、大日本帝国憲法下のプロパーな日本軍との、誠意ある対等な同盟に切り替えることの、米国の利益は小さくはないはずだ。

国際共産主義を利する「戦後レジーム」を打破することは、日米両方の利益となる。

日米同盟は、大日本帝国憲法を復原して初めて、対等な同盟に生まれ変わる。

日本は米国に、謝罪も賠償も要求しない。但し、『日本国憲法』無効・大日本帝国憲法復原の移行がスムーズにいくよう、中ロへの牽制等の支援はしてもらう。

国際法には「誣告罪」を加え、プロパガンダ戦にきちんと対応できる体制を整えることも必要だ。国連は拒否するであろうが…。

「誣告罪」「日本の安保理常任理事国入り」「敵国条項削除実効化」…。これらを拒否する国連には、自浄作用がなく、彼らの言う「人権」にも腐敗臭が漂い始めている。日本が国連を脱退し、台湾と、米国と英国の反共保守派を誘って新組織を立ち上げることも視野に入れてゆかねばなるまい。アジアの、大東亜戦争で日本が独立に協力した国々、捕鯨で日本に味方してきたアフリカや地中海の小国群は、日本についてくるだろう。新しい大東亜共栄圏を、覇権主義の中国中心でなく考え直すには、復原された大日本帝国憲法下の、まともな法制に裏打ちされた誇りある「新皇軍」が必要だ。

「私達はひとつの人間の家族である__過激だが必要な考え方だ__そしてそれこそが、私たち皆が語るべき物語なのだ。」

“…the radical and necessary notion that we are part of a single human family; that is the story that we all must tell.”

連合国と『日本国憲法』が否定した「八紘一宇」__世界を以て一つの家と成す__の精神が、日本と米国をともに照らし出すとき、私達は本当の友情と信頼に包まれているのを知るだろう。

そのとき、「広島」は、私達をしっかりと結んでくれた、心の絆のなまえとして、記憶されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『日本国憲法』無効論」を、知っていますか?

 

「『日本国憲法』無効論」とは、私達日本人が『日本国憲法』と呼んでいるこの「占領憲法」が、その実態は「憲法として『無効』」であり、大日本帝国憲法及び明治の皇室典範が現存している、という事実の確認・宣言による国民の「意識改革」の提唱である。

●その「意識改革」とは、自分達が戦後「真実」と思ってきたことのすべてが「真実」というわけではない、という事実に気付くことである。

●「『真実ではないこと=虚偽』を『真実』であると思い込まされてきた」という事実を悟ることである。

●東京裁判を始めとして占領下にスタートし、今も続いている『ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム』と言う名の「日本国民の思想改造」=「洗脳」によって、日本人は「大日本帝国憲法下=『天皇制』下の日本は悪かった」と思い込まされた。その、今では日本人の無意識化に浸透した「一億総前科者」意識を直視し、認識することと、それからの脱却を目指す心構えである。

●そして私達の父祖が命懸けで成そうとした「大東亜共栄圏」の真実と、その真実を隠す為に「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と言い換えることを、GHQによって強要された事実を知ることである。

●「日本は侵略国」と繰り返し叫ぶ勢力こそが、本当の「侵略者」とその手先、或いは利得者であり、極東・太平洋に於ける第二次世界大戦の開戦責任はこの者達が擁護する「誰か」或いは「何か」にある、という事実を世界に周知することである。


今、第三次安倍内閣は「『日本国憲法』有効論」方式によって、「憲法改正」を成そうとしている。

安倍内閣は「『日本国憲法』無効論」を知らないのだろうか?それとも、その存在を知ってはいるが、GHQに培養された「戦後憲法学」を信奉する「戦後憲法学者」の言うことを真に受けて、「憲法無効論は既に解決済みの論題」であるから、その存在を周知し「戦後憲法学者」と「無効論者」による国民の面前での公開討論にも意味はない、と考えているのだろうか?

「『日本国憲法』無効論」の存在すら国民に周知せずに、政府がその是非を一存で判断し、「『日本国憲法』有効論」の方式で「憲法改正」を行うということは、第二次世界大戦戦勝国が敗戦国日本に対して犯した罪を、日本人自ら日本国に対して行うに等しい。なぜなら、

「『日本国憲法』有効論」方式による「憲法改正」を行うという事は、「占領憲法『有効』論」の、日本国と日本人による積極的認定、即ち「日本の連合国への隷属状態の恒久化」の積極的容認ということだからである。

そして、それはとりもなおさず、連合国によって日本と日本国民全体に掛けられた「侵略国」「虐殺者」という冤罪を「冤罪である」「真の犯罪者は他にいる」と国際社会に訴える機会を自ら放棄するということである。

私達は、占領下と何も変わらず、何も真実について知らされないままに、日本国の命運にかかわる重大な事柄について、急かされながら決定を下そうとしている。

「『日本国憲法』無効論」は、なんとしてでも国民に周知されねばならない。

占領軍
マッカーサー、専用機バターン号で 厚木飛行場に降り立つ

「憲法無効論」はなぜ周知されないのか?

左翼憲法学者らが「既に解決済みの論題」と退けるのはともかく、「保守論客」までが「破綻した論理」「感情論」と見下して無視するのはなぜか?

全てのカギは「占領政策の検証」にある。

「なぜ日本国憲法は無効か」を問うこと、そのこと自体が、「占領軍・GHQは、戦勝連合国は、敗戦国日本に何をしたのか」を問うことに繋がるからである。

●『日本国憲法』制定の真の目的は、「日本の国体の違法な改変」に在った。

●その違法行為の隠蔽に『日本国憲法』そのものが禁止する「検閲」が使われ、日本国民の「知る権利」は完全に抹殺された。

●『日本国憲法』の内容に関する最終決定権は、「天皇制を廃止し日本を共和国にする」という目的を持つ極東委員会にあった。

●東京裁判により「日本軍の戦争犯罪」と「日本国の世界侵略」が捏造され、「拡張主義的帝国主義の根源であった『大日本帝国憲法』を、天皇制下の軍国主義者の圧政から連合国により解放された、自由な日本国民の総意により『改正した』清く正しい『日本国憲法』」という虚構の「裏付け」とされた。

●大日本帝国憲法に於いては「憲法改正」の発議の大権は天皇に在ったが、その天皇以下、日本国政府も帝国議会も、「日本国土と日本国民の完全なる殲滅」「日本の国体の核心である万世一系の天皇の絶対的権威の排除」という究極的脅迫を受けており、反抗は全く許されなかった。

●憲法制定議会構成のための昭和21年4月の衆議院総選挙で、GHQは反抗が予想される代議士を全て排除した。

●占領軍命令により(天皇を通じて)組織された「帝国憲法改正案委員会」も、「公職追放」という至近な脅迫を受けており、GHQ草案を変更することは困難な状況に在った。

以上の事実は、『日本国憲法』の無効理由の一部(全部ではない!)を成すものであるが、『日本国憲法』が「GHQから押し付けられた」状況が国際法違反であり、連合国自らが高らかに謳う「人道」にも遠く外れている事が明白である。

日本と日本人がされたこと、そして未だに、そのこと自体を忘れさせられている事を思う時、一人の日本人として、人は胸の奥から沸々と湧き起こる感情を抑えることができない。だとしても、それは「『日本国憲法』無効論」自体が「感情論」であるということにはならないであろう。

寧ろ、これらの事実を知って尚「胸の奥から沸々と湧き起こる感情」と無縁の日本人がいたら、その日本人の「愛国心」を疑う方が正しいとも思える。

日本人の受けた侮辱・無体を知り、尚「無感情」で、平気な日本人とは、つまり「日本が日本でなくなっても構わない人間」「万世一系の天皇を戴く日本という国に興味のない人間」であろう。

つまり、「『日本国憲法』無効論」を「破綻した論理」「感情論」と退ける人は、上記の事実を知らないか、でなければ「積極的に無効論の存在を日本国民から隠そうとしているもの=GHQと極東委員会の意思を継ぐもの」なのである。

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占領中も、占領終了後も、GHQの完全無欠の検閲システムによって、日本人は「日本国憲法」は日本国の代表者たる衆議院が「帝国憲法の改正方式に正しく則り」「自由な議論の末」「自由な世界人民」を代表する連合国の代表たるGHQからの「民主主義的なアドバイス」に答える形で「日本国民の総意を反映して」「天皇陛下の御裁可=勅語を頂き」「法的に正当に」成立したものであると信じ込まされ、全く疑わずにきた。

当然、戦後の「憲法学」も、「『日本国憲法』が日本の正当な憲法である」との錯誤の上に成り立っている。

だがその実、憲法学者が「憲法無効論」をまともに取りあげないのは、そもそも「有効論」が「無効論」に対して有効な論証をしえないからである。破綻しているのは「有効論」の方なのだ。

GHQ占領政策=「日本人の魂の永久的非武装化」の恒久的維持の要である「『日本国憲法』有効論」が、その軛の破壊者たる「『日本国憲法』無効論」を必死で攻撃するのは当然である。

積極的に「無効論」の国民への周知を阻止しようとする左翼憲法学者は勿論、保守を自認する人々までもが「無効論は感情論。破綻している」と攻撃し、「無効論」を矮小化しようとするのは、「自分が信じてきたことを否定されることへの拒絶反応」か、「故意・無意識の如何にかかわらず、悪意に満ちた『反日キャンペーン』に加担したことへの罪悪感の裏返し」か、はたまた「核攻撃能力を持った『国際広域暴力団』に睨まれることへの怯儒」か、単なる「思考停止」か?

いずれにせよ、「『日本国憲法』無効論」の国民への周知が喫緊の課題である。

真実を知れば、日本国民はいままた天皇陛下の下に団結し、国際社会の不正に対し声を挙げることができる。

「『日本国憲法』無効論」を圧殺しようとしている勢力が、一番恐れている事がそれなのである。

MacArthur and Emperor Showa

1945年9月27日、マッカーサーと昭和天皇の会見に通訳として同席したバワーズ少佐は、昭和天皇が「Kill me, but not those who acted in my name. (私はどうなってもよいが、私の名の下に行動した人々は救って欲しい)」と仰って元帥を感動させた、と証言している。

だが、米国政府はその感動を共有しないばかりか、GHQ・SCAPをその天皇の頭上に据え、日本国全体に君臨させた。マッカーサー自身の言の通り、「(終戦の日から)日本はいわば、大きな強制収容所になった・・・。そして現在も、その状態を続けている。占領軍は八千万日本人の看守となった・・・」(マッカーサー、「新憲法」発効3年後=1950年、「フォーチュン」誌)

Atom Bomb

ポツダム宣言が日本に突き付けた「日本国本土の完全なる破壊」の恐怖は、同宣言が「現在日本国ニ対シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ対シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」国人民ノ土地、産業及生活様式ヲ必的ニ荒廃ニ帰セシメタル力ニ比シ測リ知レサル程更ニ強大ナルモノナリ」とドイツを例にとってみせるまでもなく、1945年(昭和20年)8月15日の終戦当日まで続き、全国で200以上の都市が被災、被災人口は970万人に及んだ、東京大空襲に代表される灼熱地獄のような日本本土空襲と、たった二発で瞬時に20万近くの人命を奪った広島、長崎への原爆投下によって、日本国民全員が骨の髄まで思い知らされていた。

マッカーサーに国民の命乞いをなさった昭和天皇始め、「国体護持」を条件にポツダム宣言を呑んだ日本政府も、「帝国憲法『改正』を強要された」枢密院、帝国議会も、「日本国土の完全なる破壊」と「日本民族の滅亡」の絶体絶命の危機を前に、GHQの無法に抗う術はなかった。

GHQ当局は「(憲法改正の)松本案は絶対に承認できない」と内閣に言い渡し「民政局草案の根本精神にそい、徹底的改正でないもの(引用者注:改正案)は一切承諾されない」と言明した。「帝国憲法及び国体を護持しようとする唯一の反抗も、完全に抑圧された」(菅原裕『日本国憲法失効論』)のである。

「もし総司令部案に沿った憲法改正が行われなければ、総司令部としては天皇の身体を保障することができない」-1946年2月13日の米国側との会談で発せられたホイットニー准将の言葉は、日本側に「憲法と天皇の身体との引き換え」と映った。

SWANCC 初期の対日方針

GHQのいう「民政局草案の根本精神」とは、「降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針」(SWNCC150)「日本の統治体制の改革」(SWNCC228)がいうように、「天皇制の廃止、もしくは天皇の政治的権威の剥奪」「軍国主義の殲滅」であったが、それはポツダム宣言がおためごかしに言ったような「日本の民主化の為」などではなかった。

「新憲法」の内容に関してはソ連の操る極東委員会に最終決定権があり、極東委員会は「日本の共和国化」=「『主権者』人民を支配することによる国家全体の支配」を目論んでいた。

何のことはない、トンビ(米国)があぶらげ(日本の支配権)をさらった、という話であった。

「当初、ソ連は北海道に侵入して、朝鮮やドイツ同様に、日本分割のいわゆる38度線を引こうとしたが、日本が無血進駐を許したため、マッカーサー元帥の出足が早く、ソ連に乗ずる隙を与えなかった。そこでソ連は今度は、手を変えて、翌年2月26日に第一回総会の開会を予定されていた最初の極東委員会において、日本に共和制を布くことを決定させて、日本を混乱に陥れ、それに乗じて北海道侵入を敢行しようと策動した。(中略)この情報をいちはやくキャッチしたGHQでは、これは一大事と驚き、直ちにその阻止に乗り出したのである。GHQは、占領以来半年、日本の天皇制がいかに根強いものであるかを知りつくしていた。それだけに、もしこの天皇制を廃止して、共和制を実施せんとすれば、大混乱をきたし、アメリカの占領統治が、収拾不能に陥ることは、火を見るより明らかである。したがってこれは絶対に拒否しなければならぬ。(中略)これを回避するにはどうしても、こちらから先手を打って、日本の憲法を早急に改正し、天皇の機能を全面的に剥奪して、極東委員会に対しては、日本は既に民主化を終わった、あえて共和制を布く必要はないとの了解を求め、他方、日本国民に対しては、象徴天皇の名称を憲法に残すことによって、天皇制は存続された、日本の国体は変革されない、と納得させる以外に手はないとの結論に達し、急速にこの謀略憲法草案を作成したものである。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

ソ連の日本支配の芽を摘み、「日本征服」の独占を目論む米国・GHQは「極東委員会が日本を共和国化しようとしている」「国民投票にかける」と脅し、「日本の米国への隷属化」に有利なGHQ「新憲法」制定を急かした。

「(ホイットニー)将軍は『もしあなた方(日本政府代表)がこの憲法草案を、即座に、われわれと協議をせずに、また日本側としての提案もしないで拒否するならば、マッカーサー司令官は今度の日本の選挙で、その草案を直接、日本国民に示し、国民投票によって国民が憲法改正について日本政府に賛成するか、GHQに同意するかを問う事になる』と告げたのです。これがその会談(引用者注:1946年2月13日、ホイットニー准将やケーディスをはじめとするGHQの代表4人と、吉田茂外相をはじめとする日本政府代表4人の外務大臣公邸での会談)での唯一の威圧でした。」(民政局ホイットニー将軍の言についての次官ケーディスの証言。古森義久『憲法が日本を滅ぼす』)

国民投票」をちらつかせることが、帝国憲法改正を渋る日本政府への、GHQと極東委員会による「威圧」として効果を発揮した、とはどういうことだろうか。

「日本は敗北せる敵である。そこには交渉というものは存在しない。GHQは、日本政府に対し命令はする。しかし交渉するのではない。交渉は対等者間に行われるのである。しかして日本人には、彼らがすでに世界の尊敬や、あるいは最高司令官の命令に対して折衝することができる地位を獲得したと信じさせてはならない。」(GHQ訓示、1945年9月15日放送。菅原裕「日本国憲法失効論」)

占領軍のこの訓示は国民に聞かせたものであり、ほぼ同時に開始された日本国全土を覆い尽くす「プレス・コード=検閲」という名の言論弾圧で、批判精神の翼をもぎ取られたマス・メディアの様や、21万人に及んだ「公職追放」者とその家族百数十万人が路頭に迷う様を、国民は「明日は我が身」と怯えながら見ていた。

元々従順な性質の日本人は、いまや占領軍に服従する奴隷的無力感に捉われつつあった。

GHQと「進駐軍」は日本人全体の上に文字通り君臨していた。

この状態で「国民投票」をすればどうなるか、火を見るより明らかであろう。

現在も、その状況は変わっていない。ここ数年の、中国や南北朝鮮のあまりにアグレッシブな領土侵犯と敵対的態度に、「さすがにこの期に及んで空疎な『平和憲法』の9条・前文では日本を護れない」と、国民は正しく憂慮している。

だが、日本国民は「『日本国憲法』無効論」を知らない。前文と9条を始末するには「改正」しかない、と思い込んでいる。

その「憲法改正」が「精神を非武装化され、自力で何も決めることができない日本」の恒久化に繋がるという事実を知らない。

カイロ宣言の「暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取」「朝鮮ノ人民ノ奴隷状態」、ポツダム宣言の「無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者」「日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤」等はすべて虚偽、少なくとも所謂「allegation=十分な根拠のない申し立て」に過ぎない。

にも拘らず、敗戦したというだけの理由で、戦勝国の言うなりにこの「根拠のない申し立て」を全て「真実」として信じ込まされ受け入れさせられ、戦犯として1,000人近くが死刑判決を受け、国際社会に於いても日本国全体をして「犯罪者」の烙印を押され、現在に至るも、その冤罪の事実を訴える努力すら「無反省」として謗られている。

「日本国憲法」とは、「連合国=蹶起セル世界ノ自由ナル人民」が、「犯罪国家=日本」を「他の諸国家にとって危険な存在たらしめた同国の慣行および制度を永久に除去しようと」与えた「punishment=罰」であった。

連合国は、根拠のない申し立てを、無法な私刑裁判=東京裁判で正当化し、日本国民全体に冤罪を着せた。

検閲と言論弾圧で日本国民を騙し、洗脳によって虚偽の日本悪玉史観を信じ込ませた。

国民と国土の完全破壊と、世界最古不二の「万世一系の天皇の統治する」日本の国体の破壊をほのめかして脅迫し、帝国憲法を「改正した」と国民を騙して、天皇の大権を剥奪し、「限りなく左翼全体主義に近い国民主権」を謳う『日本国憲法』に挿げ替えた。

他のアジアの国々のように欧米列強の植民地にされる運命を拒絶するため、国際社会から尊敬される強く豊かな国家を目指して、明治の日本が作り上げた大日本帝国憲法は、かくして強奪された。

当時、憲法問題調査委員会顧問であった美濃部達吉博士は:

憲法の全部の廃止又は停止は、国家存立の基礎を根本的に覆すもので、それは絶対に許されるべきものではない」(『逐条憲法精義』)とし、「帝国憲法第73条によって、こんな改正を行うことは、法理上不可能である」と主張して最後まで反対し、ついに唯一人起立をしなかった。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

枢密院議長・清水澄博士は新憲法実施の日に「自決の辞」を認め、9月25日、抗議の入水をした。

「自決の辞」

新日本憲法ノ発布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル団体及個人アリタリ、其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ、或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ、我国ノ将来ヲ考へ憂慮ノ至リニ堪ヘズ、併シ小生微力ニシテ之カ対策ナシ、依リテ自決シ幽界ヨリ我国体ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈念セント欲ス、之小生ノ自決スル所以ナリ、而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ、楚ノ名臣屈原ニ倣イタルナリ

昭和二十二年五月新憲法実施ノ日認ム

元枢密院議長 八十翁 法学博士 清水澄

「天皇陛下、国会、内閣、司法、行政のすべてが日本国憲法を憲法という前提で動き、国民の99%以上が憲法だと認識している。これを法学的に妥当性・実効性を満たしているといいます。」(谷田川惣『決定版・憲法無効論は破綻した論理:質疑応答(スマホ版)』)というのは詭弁である。

これまで縷々例を挙げて説明したように、GHQ・SCAP=マッカーサーは、天皇陛下、日本政府、帝国議会、日本国を司る全ての機関の頂点に君臨し、「いうことを聞かなければ、いつでも直接軍制に変える」「天皇の安全保証せず」「日本を共和国=共産主義国にする」「日本全土を焦土に変える」と脅迫しながら、表向きは「日本人が自発的に憲法を改正した」風を装った。

自らの占領政策の違法性を自覚していたからである。

また、「『日本国憲法』には『日本国憲法公布記念式典の勅語』『憲法改正の勅語』があり、それは天皇のご裁可を頂いた証拠であるので、『無効論』は正しくない」というのも同様の無知或いは詭弁である。

無法者のような暴力と強圧で、「連合国=戦勝国」が「日本人を奴隷にするつもりはない」という自らの約束も反故にし、その伝統・文化と国体をも破壊するという犯罪行為の帰結である『日本国憲法』のどこに「妥当性」があるのか?

『日本国憲法』でも禁止している検閲を徹底的に行って言論弾圧をしながら、リンチ裁判である東京裁判で日本人全体に冤罪をかぶせ、自らを「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」と持ち上げてみせる偽善的輩の作った勘違い「憲法」の、どこに「妥当性」があるのか?

全世界のどの国も持っている自然権たる「自衛権」「(自衛戦争を行う為の)交戦権」を認めず、放棄するなどという「日本人蔑視」の「憲法」の、一体どこに「妥当性」があるというのか?

「憲法」で「保持しない」と明言した「戦力」を実は持っている事、持ち続けている事の、どこに「実効性」があるのか?

このようなまがいものを天皇陛下が心底お認めになり、本心からご勅語を発せられたと考えること自体、「妥当性」がないではないか。

当時の法制局長官であった入江俊郎氏の自民党憲法調査会における告白によると、

「・・・結局はこの前文は一字一句も変えちゃ困るということをいわれて、そのままの前文をつけて要綱として発表することになったわけであります。・・・ところがその前文を見ますと、ご承知のように、『日本国民が、その代表者である国会議員を選挙して、それによって、憲法を制定する』と書いてあります。そうすると帝国憲法では、天皇が憲法改正案を提案することになっておりますし、明治憲法のもとで新憲法をつくって行くということであるとするならば、どうもそういう前文では非常に困るじゃないかということを、三月五日の閣議で幣原さんが発言されまして、それはもっともだ、その点どういうふうに直したらよかろうかということが問題になりましたが、これもいろいろ相談の結果、そういう前文のついたような憲法草案を天皇が是認されまして、天皇の意思においてそういう前文のついた憲法を発議するということにすれば、明治憲法七十三条の憲法改正の手続きとも違背しないし、また実質からいって司令部側との関係も円満に行くんじゃないかと考えたわけです。それじゃまずその案を総理大臣から内奏して天皇の御了承を得て、あわせてこういったような内容の憲法をつくることについて内閣として努力せよというふうな意味の勅語をいただくことにしたらどうであろうかということになったわけであります。

松本国務大臣なんぞは、なんだか三百代言みたいな議論だといっておられましたけれども、しかしどうもやむを得ない、そういうことにしようというので、三月五日急遽総理大臣が参内されて天皇に申し上げて、翌六日の要項発表と同時に、そういう意味における勅語をいただいて、これもあわせて発表しております。

近頃この憲法はマッカーサー憲法であって、帝国憲法は依然として生きているんだから、マッカーサー憲法がなくなれば、当然に帝国憲法が生き返るんだというような議論があるそうでありますが、そういったこととかあるいはまた、あの当時日本は革命があったので憲法改正じゃないのだ、明治憲法はそのまま消滅して新しい憲法ができたんで、憲法七十三条によって改正したなんということは非常に間違っているという議論もありましたがそういう議論が起こるであろうということを十分考えた上で、政府の責任としては明治憲法から新憲法に移行するのになんとかつじつまを合わせようというので勅語を受けたのであります。之は当時の内輪話として申し上げたわけであります。そこで司令部の案に対していろいろ折衝したのでありますが、だいたい司令部側は非常に強い意見で、たとえば天皇とか、戦争放棄の条文は全然手を触れちゃならぬ、こういう強い意向を示されたのであります。・・・」(全文、自由党憲法調査会、特別資料(一)、73ページ以下。太字引用者)

「これによれば、占領軍の不合理な無理強いに対し、政府としては、占領軍に対して堂々と職を賭して争うこともせず、また法理論をもって相手を説得することもできず、ただ日本国民に対して、一切の矛盾を袞龍の袖にかくれて、勅語を利用することによって糊塗せんと画策したにすぎなかったようである。ことに後でおこるであろう無効論を押えるためにも、勅語を戴いておいたというにいたっては、滑稽至極である。当時の責任者たちが、占領軍の横暴に対し、万策尽きて、当面の糊塗を、天皇にお願いし、おすがりした醜状は、まさに世紀の悲喜劇であった。(菅原裕『日本国憲法失効論』)

日本国憲法公布記念祝賀 宮城前 天皇皇后両陛下
日本国憲法公布祝賀都民大会

「日本の侵略的軍国主義・帝国主義の培養源が帝国憲法であった」という虚構に基づく告発によって「帝国憲法は改変せねばならない」「天皇制は廃止せねばならない」「日本精神を破壊しなければならない」という自己欺瞞的な結論に達し、法理を無視して日本国民を脅迫しながら、欺きながら実行に移した、その結果が『日本国憲法』である、という事実を国民に知らせる。それが「無効論」の使命である。

「『日本国憲法』を無効にする」のではない、「『日本国憲法』は無効である、という事実の確認」であるから、天皇陛下が国会に於いて「『日本国憲法』無効」「大日本帝国憲法現存」を宣言されるだけでよい。

これにより、日本国と日本人を縛り続けてきた『日本国憲法』の前文・9条をはじめとするGHQの軛は、瞬時に解かれる。

「『日本国憲法』を70年も使ってきて、沢山の法律も派生している。これが全部無効になったら大変なことになる」という者は、『日本国憲法』の制定によって「57年使ってきた」大日本帝国憲法が停止され、GHQの命令によって刑法の「利敵行為条項」も削除されるなど、当時のあらゆる現行法律が影響を受け、「大変なことになった」ことを失念していないか?

『日本国憲法』施行時、昭和の日本人は1年半で調整を終えた。平成の日本人が同じことができないわけはあるまい。(洗脳のせいで国会議員や官僚の多くが無能化しているということはあるかもしれないが…。)

具体的にどんな問題があるのか、リストアップして公開討論に付し、丹念に国民全体で考えてゆけばいい。

忘れてはならないことは、独立国には自国の行き方を自律的・自主的に決定する権利が備わっているということである。

『日本国憲法』無効確認・大日本帝国憲法現存確認の後、両方の「良いとこ取り」をする権利も、当然ある。

時代の要請により改正が必要な場合は、大日本帝国憲法の改正方式に則って、天皇の御発議を頂き、改正するのが法的に正統・正当である。

最も重要なことは、無効確認・現存確認によって、日本は「仁政を行う『万民の父母』『至高の権威』天皇」を取り戻す、ということである。何も、心配する必要はないのである。

GHQ憲法下の「象徴天皇」は、左翼の「天皇の戦争責任追及キャンペーン」=「天皇の権威剥奪工作」にも拘らず、戦前と変わらぬ「精神的権威」を保持し続けた。

それは「天皇制廃止」を掲げる共産主義への、国民の拒絶の表明であり、「万世一系の天皇がこれを統治する」日本の国柄への、日本人の支持の表明である。

『日本国憲法』と対で押し付けられた「法律」の『皇室典範』も当然無効であるから、日本は「『日本国憲法』無効宣言」により、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』をふたつながらに取り戻すことができる。

これにより、GHQに剥奪された「天皇大権=天皇の『政治的権威』」を天皇にお返しすると同時に、皇室の「家憲」である『皇室典範』(1889年)も天皇家にお返しすることができる。

つまり、皇統の問題など、天皇家の方々が一般国民よりも当然熟知しておられる問題を、国会等の不明な横槍なしに、天皇家で解決して頂くことができるのである。

『日本国憲法』は前文で日本を道徳的下層国と位置付け、「連合国の属国化」「国際社会の保護国化」宣言をしている。

また連合国戦勝国クラブである国連の「国連憲章」は、日本とドイツを未だ「敵国条項」で縛り、日本は、分担金を22%で1位の米国に次いで11%(2位)、ドイツは3位で7%も拠出しているが、両国を「国際社会」の最下層国として扱い、侮辱し続けている。

この「国際社会」の中でも、特にソ連(後にロシア)・中国・北朝鮮ら国際共産主義国家群と、近年ではそれらに支持或いは煽動された韓国が、日本の国土と社会を傍若無人の振る舞いで浸食している。

この「日本は道徳的下層国」の根拠になっている「戦前の『天皇強制崇拝』『軍国教育』が日本を世界侵略の道に進ませた」という連合国の告発が、歴史偽造に基く虚構であった、誣告であった、と全国民が理解し、世界に周知されることで、日本人が戦後持ち続けることを強要された「一億総前科者」の幻の負い目は消える。

それが現在、過去、未来の日本人にどんなに重要なことか、言葉では表しきれないものがある。

「『日本国憲法』無効宣言」によって、日本は戦後初めて、まっとうな国家意識・国防観念を取り戻すことができるのである。

北朝鮮による拉致被害者を全員奪還、北方領土と尖閣、竹島など、ロ中韓によって不法に占領されている、或いは占領されかけている領土の奪還・保全も、国際標準のネガティブ・リストの「交戦規定」を持つことで、完全な軍隊として機動力の増す「新国防軍」と新設「情報省」がやり遂げるであろう。

「『日本国憲法』無効確認」及び「大日本帝国憲法復原確認」は、国際法の発展に寄与する。

「日本国憲法」の無効確認と帝国憲法復原は、ドイツ・ボン基本法やフランス・ビシー憲法の例に見るように、占領中の憲法改廃に関する国際法の一つの先例となるからである。

連合国が戦後行った「東京裁判・太平洋戦争史観」プロパガンダとそれを強化するために行われた検閲・洗脳は、総合的に見て日本国と日本国民に対して犯された「誣告罪」である。

「誣告」も「被占領国の憲法・国体改変」も、戦後日本が今もって脱却できないでいるほどに、前代未聞のスケールで行われた。その影響の大きさは計り知れなく、政治、経済、歴史、教育の問題を超えて、日本国全体の「アイデンティティ・クライシス」をもたらしている。

だとすれば、当然この「誣告」の禁止も、国際法の未来の為、国際社会の平和の為には必要となるのではないか?

1919年のパリ講和会議で日本が提唱した「人種差別撤廃提案」は白人列強に握り潰され、大東亜戦争敗戦と共に「大東亜共栄圏構想」もあえなく潰えた。

「『日本国憲法』無効宣言」には、暴力と強権で日本国の歴史と文化を蹂躙した連合国列強への、明確な拒絶の意味が込められている。

逆にいえば、「『日本国憲法』を『憲法』として受け入れる」ということは、つまるところ、暴力と強権の容認に他ならない。

だからこそ、日本と日本人は、「『日本国憲法』は無効である」と、「我々の独立自尊を目指す『大日本帝国憲法』は現存している」と、声高らかに、堂々と、宣言しなければならない。

世界の全ての国々が、暴力と強権で頭を押さえつけられることなく、世界中の誰もが公正な法により、自由と平和を享受できる、そのような世界を作る為に、日本と日本人は立ち上がらなければならない。

参考文献

日本国憲法無効論1

  • 「憲法が日本を亡ぼす」古森義久
  • 「日本国憲法を考える」西修
  • 「日本国憲法はどう生まれたか」青木高夫
  • 「明治憲法の思想」八木秀次
  • 「日本国憲法」講談社学術文庫
  • 「日本国憲法失効論」菅原裕
  • 「憲法無効論とは何か」小山常実
  • 「とこしへのみよ」「はらひしたまへ」南出喜久治
  • 「正当憲法復原改正への道標」小森義峯
  • 「The United States and Japan」Edwin O. Reischauer
  • 「戦争と検閲 石川達三を読み直す」河原理子
  • 「ひと目でわかる『GHQの日本人洗脳計画』の真実」水間政憲
  • 「Press Control Around the World」Curry and Dassin
  • 「衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録」衆栄会発行
  • 「Political Reorientation of Japan; September 1945 – September 1948, Volume Ⅰ and Ⅱ」Supreme Commander for the Allied Powers

(2017年9月6日に加筆しました。)