「象徴天皇制」「人民主権」の『日本国憲法』は「共和国憲法」であるという真実を、「押しつけ論」が隠している__『日本国憲法』無効論で改憲・護憲両派の「敗戦トラウマ」を解消する__正確な現状認識だけが日本を護る④

『日本国憲法』は、GHQ『皇室典範』と対で天皇の権能を簒奪した、実質的「共和国憲法」である。これを始末する唯一の手立てである『日本国憲法』無効論の不周知は、連合国による国体破壊の現実を国民から隠す売国行為、連合国の犯罪幇助である

 日本国民は、「象徴天皇」の意味を善意に解釈して「天皇=国体は護持された」と信じた。だがそれは連合国による「偽装」であった__「70年も改正されずに来た=国民に浸透している」という欺瞞を、制定経緯の再検証で粉砕する

2016年11月3日「文化の日」__『日本国憲法』が公布されて70年を迎えるこの日、「押し付け論は現実逃避 憲法公布きょう70年」と朝日新聞は書いた。11月4日からはシリーズ記事「憲法を考える・押しつけって何?」も始まった。

「なんと、遂に朝日が無効論に言及?」と一瞬思った。「日本国憲法無効論」をネットで検索すると、ウィキペディアの「憲法無効論」がトップにくるが、そこでは「日本国憲法無効論」=「押しつけ憲法論」と呼ばれているようだからである。だが違った。朝日記事が言っているのは「改憲派」のことであった。

最近では、もう滅多に「無効論」という名称すらも使われなくなってきている気がする。完全に、無視されている。これは、日本国憲法無効論を国民が知れば、改憲派も護憲派も一緒に吹っ飛んでしまう、という両派の危機感の表れであろう。

「改憲派の重鎮」小林節と「護憲派の泰斗」樋口陽一が、仲良く安倍政権の憲法改正推進を批判する対談本『「憲法改正」の真実』を出したのも、その流れと見える。なぜなら、彼らが同書で批判しているのは、実は「安倍政権批判」に名を借りた「『日本国憲法無効論』見下し論」だからである。小林節は、「無効論」の名は全く出さずに、「安倍批判」ついでに「無効論」を小馬鹿にしてみせている。

〈(岸信介の孫・安倍晋三、吉田茂の孫・麻生太郎らのように、敗戦時の日本の指導者達の子孫である)自民党世襲議員のなかに、旧体制下の支配層たちの「敗戦のルサンチマン(怨恨)」が脈々と受け継がれ、アメリカに「押しつけられた憲法」を憎悪するという構図になっているのでしょう。/ だから、彼らはハーグ陸戦条約の「占領地の基本法は、占領に支障なき限り、占領した側が勝手に変えてはいけない」という意味を半端に読み違えて占領下につくられた憲法は、国際法上無効だなどと言い出してしまう。そのうえ、日本国憲法が国際法上無効なのだから、正当な憲法は我が日本民族がみずからつくった明治憲法しかないという、とんでもない主張を平然と出してきたりするわけです。〉

「(押し付け憲法は)無効だなどと言い出してしまう」「正当な憲法は明治憲法しかないという、とんでもない主張を平然と出してきたりする」__全く恥ずかしいね(笑)と、「無効論」を「無効論」と呼ばずに軽蔑して見せている。

だが、「『日本国憲法』の制定がハーグ陸戦法規違反でない」或いは「ハーグ陸戦法規に違反しているからと言って『日本国憲法』が無効であるとは言えない」ということへの論拠を、小林は提示していない。そして、勿論、『日本国憲法』の無効理由は「ハーグ陸戦法規違反」だけではない。(当ブログ別稿「【日本国憲法無効論】『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効理由」をご覧ください。)ご立派な憲法学者なのに、「無効論」をまともに勉強していないようである。

押しつけかどうかという以前に、そもそも『日本国憲法』には、「日本の国体を文字であらわす」という、憲法としての本質的資質がない。

日本の国体とは、「万世一系の天皇を至高の権威としていただくこと」であるから、天皇の権能を簒奪した『日本国憲法』には、日本の憲法としての実質的資格が全くない。

大日本帝国憲法は、日本の歴史と伝統をふまえた正当な憲法である。だが、大日本帝国憲法だけが日本の憲法なのではない。戦後の憲法学者は、日本のように万世一系の天皇が一貫して戴かれた数千年の歴史を持たないフランスなどの、「強権の為政者を引きずり下ろし、永遠に縛りつけておくための憲法」を絶対視しているから、話が全くかみ合わないのだ。

さて、朝日の「押しつけ論は現実逃避」「押しつけって何?」に戻ろう。

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朝日新聞2016年11月3日・4日

〈「押しつけ憲法論」を唱える政治勢力は、国としての主権回復を訴える。〉と、朝日記事筆者・編集委員の大野博人は言う。そして〈主権回復を掲げる運動は今日、日本やその憲法についてだけ見られる現象ではない。〉として、英国のEU離脱や、米大統領選のトランプ登場まで引き合いに出して、日本の状況が特殊でないことを強調しようとする。

だが、日本の憲法問題の様相は、国際基準に照らして、かなり特殊である。英国や米国が取戻そうとしているのは、厳密には「主権」ではなく「主導権」であり、日本のように、暴力と脅迫で国体改変を伴う『日本国憲法』制定を強要され、その犯罪を正当化・隠蔽する為に「日本悪玉史観」の誣告を受け、その誣告を真実と信じ込むよう国民全体が洗脳され、今でも連合国の犯罪幇助者らによって洗脳され続けている、という三重の「主権侵害・人権蹂躙」を受けているわけではない。

だが、勿論朝日はその真実を隠したいからこそ「日本だけが特別ではない」とうそぶいているのだ。

グローバル化や高齢化で不平等感が広がり、将来への不安が募る。政治家が国境のない世界から国の枠に戻れば解決すると呼びかける。人々の心も揺れる。この時代の空気が日本の押しつけ論にも表れている。〉〈最近、憲法公布を記念する「文化の日」を「明治の日」に変えようとという動きさえ出ている。近代国家の出発点への郷愁。押しつけ論への傾斜と重なる。しかし、「かつての」国や自分を取り戻すという回顧的発想は、「今とこれからの」困難や不安の軽減にはつながるまい〉(同上)

朝日記事は、不平等感に何の関係があるのかわからない「高齢化」を間に挟んで「グローバル化…で不平等感が広がり、将来への不安が募る」という「現実」を、グローバリストのせいだけではないかのように誤魔化している。

要するに、「押しつけ論」は単なる「センチメンタルな勘違い」だといっているのだ。「国境のない世界」の方が本当は素晴らしく、明治への郷愁も「false memory(過誤記憶)」だから、何の意味もない、と。

中国が着々と有事(戦争状態)に向けて軍区再編など体制を整え、尖閣・沖縄への侵略に備えて演習を繰り返し、潜水艦で日本の領海を侵犯したり、戦闘機も飛ばしてきているなか、「日中の信頼醸成を急げ」「中国は緊張を高めるな」などと寝惚けたことを社説に書くような朝日新聞の、まさに面目躍如たる「お花畑」な文章だ。

だがここに、朝日新聞の立ち位置が明瞭に表れている。連合国=国際主義者・国際共産主義者の推進する「国際化=グローバリゼーション」である。

そして、グローバリストの主敵は祭祀王・天皇とそれを戴く日本である、という事実を、朝日は国民の目から隠そうとしている。

グローバリズム・国際共産主義は、扇動に乗りやすい無知な(権力者によって無知な状態にされた)大衆を操って混沌と対立を招来し、社会不安を醸成して暴力革命・革命戦争を起こす。既に国際市場を統制しているグローバリストは、戦争特需を最も享受できる地位にあり、敵も味方もなく全ての交戦国が彼等の顧客となる。しかも、彼らは戦争を実際に開始した国の政府に戦争開始の咎を擦り付け、裏で政府を操って戦争を引き起こした張本人達は「我関せず」と涼しい顔をしていられる仕組みに守られている。

戦争が起こった方が得をする者、戦争が起こって欲しいと願うのは、グローバリストと国際共産主義者なのである。

ところが日本人は、なかなか共産主義者のオルグに乗せられないばかりか、戦前、コミンテルン日本支部としてスタートした共産党創立の時点で、彼らが「天皇制打倒」を持ち出した途端に共産主義を激しく拒絶し、完全にそっぽを向いていた。(『田中清玄自伝』)

共産主義になびく様な人間は、もともと唯物論的でこの世が全てだと思っている。神もなければあの世もない。だから自分は貧乏で他の者が金持ちだったりすると「不公平だ」と短絡する。文化大革命の中国のように、「持てる者」からは、その者を殺してでも富を奪え!という扇動に乗りやすい。

だが、日本は八百万の神を奉る神の国である。例え人が見ていなくとも「お天道様が見ている」から悪いことはできないし、邪なことをすれば自分の魂が穢れる、だからしたくないのが日本人の性分である。森羅万象のみならず、人の作ったものにすら魂の宿る国柄にあって、祭祀を通してその神々の声を聴き、神々の意思を知り、人々に「しらす」のが天皇である。

天皇は祭祀王であり、人の幸せを祈る祭祀は、利他の精神を育み、共棲と融和を重んじる文化を生む。

だから日本では戦後、戦前と同じように、一致団結の精神で高度経済成長を達成し、「一億総中流」という言葉も生まれたが、そもそも古今和歌集の古代から、「詩歌の前で、帝も貧者も平等」の文化が日本にはあった。

日本人は、かつて「世界で最も自分の持っているものに満足する人々 (contented people)」であるといわれたことがある。そのような人々は、共産主義による暴力革命など欲しない。だから、グローバリストと共産主義者にとって、最悪に不都合な、排除すべき「敵」なのである。

共産主義社会においては、大衆は「皆平等に無知で貧乏」のままに置かれるから、そこから抜け出して「指導層」に入るためには「理論武装」し、常に他者を「理論」で威圧する必要がある。共産主義思想自体が、「無知な大衆を扇動して革命を起こし混沌を招来する」ことが目的であるから、自然その「理論」は矛盾に満ちたものとなるが、大衆を丸め込むことができれば、それで良いのである。だから、左翼学者は常に偉そうに上から目線で人を小馬鹿にしている。

小林節や朝日新聞が「どうしようもない奴らだ、恥ずかしいね」と肩をすくめ、首を振りながら「改憲派(無効論)は回顧的」といってみせているのは、「偉い学者先生やクオリティ・ペーパーが『駄目』と言っているのだからダメなのだろう」と、何も考えていない大衆に思い込んでほしいからだが、彼らがほのめかしているのは、つまり明治と戦前が、そして大日本帝国憲法と、その下で「日本を統治していた天皇」が、悪いものだった、ということである。

連合国・国際共産主義者が、敗戦国日本に、大日本帝国憲法を「改正」させ、『日本国憲法』を制定させた表向きの根拠は、「大日本帝国憲法が、天皇制強権支配と侵略的軍国主義の温床である」ということであった。

だがそれは事実ではなかった。「天皇制強権支配」も「侵略的軍国主義」も、「誣告」であった。

連合国は誣告の罪を犯し、国際法に違反し、検閲・洗脳の人権蹂躙を侵し、日本の国体改変を行った。

そして、彼らはそのことを承知していた。だからこそ、「『日本国憲法』は、連合国・GHQの強制ではなく、新しい主権者である国民の自由な意思によって制定された」という虚偽によって、偽装しなければならなかった。

そのことは、GHQ・SCAP=マッカーサーへの「指令書」SWNCC文書の中で、彼ら自身が告白している。

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http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/059/059_005l.html

〈Only as a last resort should the Supreme Commander order the Japanese Government to effect the above listed reforms, as the knowledge that they had been imposed by the Allies would materially reduce the possibility of their acceptance and support by the Japanese people for the future.( 最高司令官がさきに列挙した諸改革の実施を日本国政府に命令するのは、最後の手 段としての場合に限られなければならない前記諸改革が連合国によつて強要された ものであることを日本国民が知る時には、それらを、将来、日本国民が承認し[支持]する可能性は著しくうすれるのである。)〉(p.5 SWNCC228、p.29『 憲法制定の経過に関する 小委員会報告書の概要』pdf)

これは、「SCAP・マッカーサーは日本政府に命令しなかった」という意味ではない。彼らは間接的・遠回しに、公職追放などで脅迫しながら、すべてのことを「日本に命令」した。「あくまでも、日本人自身が自主的にやっていることであると『偽装』すべし」ということなのである。そのために、GHQには5000人もの日本人が占領軍の手足となって働いていた。

このような『日本国憲法』の出自の真実を、日本国民が70年後の今も知らされていない、つまり未だに日本国民が検閲され、洗脳され続けているという事実を知ることなしに、憲法論議は始められない。

『日本国憲法』制定過程の実情を知れば、大多数の日本国民は『日本国憲法』無効論の正当性を理解し、それを支持する。

だが、国際共産主義者だけでなく、日本政府までも、「日本国憲法無効論」をひた隠しに隠し続けている。

1956年6月11日に設置された憲法調査会が、1964年7月3日に内閣と国会へ提出した『憲法調査会報告書』の役目は、『日本国憲法』の制定が連合国による強要であったという真実を国民に周知することであるはずだった。

そして、「日本国憲法無効確認」によって、占領以前の「まともな国・日本」とその正当な憲法・大日本帝国憲法を取り戻そう、と日本国民に訴えるのが、憲法調査会報告書を受け取った内閣と国会の義務であった。

天皇陛下に上奏し、民主主義的議会制立憲君主国の日本に戻るべく、日本国憲法とGHQ皇室典範の無効確認・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認を、天皇陛下に粛々と宣言していただくのが、総理大臣の使命であった。

だが、そうはならなかった。

調査会報告書のその膨大な量の調査結果にも拘らず、結論は「押しつけとも、押しつけではないともいえない」という日本人得意の玉虫色で終始した。

「憲法調査会」も、内閣も国会も、独立回復後23年を経てなお、連合国の顔色を窺うかのように、『日本国憲法』の制定経過のいかがわしさ__連合国の明白な犯罪性__に触れることはなかった。

_____〈すなわち、原文が英文で日本政府に交付されたという否定しえない事実、さらにたとえ日本の意思で受諾されたとはいえ、手足を縛られたに等しいポツダム宣言受諾に引き続く占領下においてこの憲法が制定されたということは、明らかなのであるから、この面に関する限り、それを押しつけられ、強制されたものであるとすることも十分正当であるというべきである。特に、日本側の受諾の相当大きな原因が、天皇制維持のためであつた事も争えない事実である。ただ、それならば、それは全部が押しつけられ、強制されたといい切ることができるかといえば、当時の広範な国際環境ないし日本国内における世論なども十分分析、評価する必要もあり、さらに制定の段階において、いわゆる日本国民の意思も部分的に織り込まれたうえで制定された憲法であるということも否定することはできないであろう。要するにそれらの点は、この報告書の全編を通じて、事実を事実として判読されることを期待する以外にない。〉(p.77『 憲法制定の経過に関する 小委員会報告書の概要』pdf〔p.82〕太字・下線引用者)____

朝日新聞の「64年調査会、評価踏み込まず」に「事情は決して単純ではない」とあるように、調査会はその肝心要の目的である『日本国憲法』制定の真実について、評価をこの調査報告書の読者に「事実を事実として判読されることを期待する」と、丸投げした。明白な結論を、自らの口で、国民に発表することを放棄したのである。だが、この報告書は本編が781ページ、それに「『憲法無効論に関する報告書(憲法調査会報告書附属文書第10号)』も含めて12冊の付属文書が付いた、膨大な文書である。93ページのダイジェスト版はPDFで読めるが、それにしたところで、真面目に働く普通の庶民はこのようなものを読んでいる暇がない。

国民に代わって吟味調査し、真実を追求して、それを国民に報告するための「憲法調査会」ではなかったのか?

そもそも、『日本国憲法』制定過程の重大問題を、「押しつけ」か、「押しつけでないか」の二分論に集約・矮小化することこそが問題である。

『日本国憲法』は、どんな国の、どんな立場の、どんな人間が、どこをどう見ても、「押しつけ」であって、そこに疑問をはさむ余地はない。

『憲法調査会報告書の概要』の、『日本国憲法』は「押しつけではないともいえる」根拠とは、「制定の段階においていわゆる日本国民の意思も部分的に織り込まれ」ていることであった。

占領当時の「広範な国際環境」とは「連合国・国際共産主義の独裁」状態であったし、「日本国内における世論」は、『報告書』も言及するように、大多数が「天皇支持」であったのだから、これらは「押しつけではない」理由どころか、むしろ「押しつけ」の理由である。

だが、その「部分的に織り込まれた」「いわゆる日本国民の意思」とはどんなものであったのかを、『概要』の「制定過程に関する総括的考察」は、全く書いていない。

GHQが、憲法改正担当国務大臣・松本烝治による草案を、完全に一蹴した理由は、「(松本案では)天皇の権威および権力が、現実的にはなんら変更もされず弱められてもいない(……)天皇制度はそのまま残り、しかも、議会による立法を必要としない皇室典 範に基づき依然運営される」からであった。(p.21『憲法制定の経過に関する 小委員会報告書の概要』[p.25 pdf] 太字引用者)

即ち、『日本国憲法』により連合国が企図する「日本の政治的再編成」の要は以下の通りであった。

◆天皇の権威及び権力のはく奪

◆天皇制度を残さない

◆皇室典範を『日本国憲法』の下位法とする=議会による立法を必要とする=天皇と皇室の自治自律をはく奪し、内閣に統制させる

◆内閣が、天皇の上位

松本案の他にも、7つの政党・民間団体・個人が試案を発表したが、このうち5案は「天皇制維持」で松本案とほとんど変わらず、GHQは同様に却下した。他2案は共産党と高野岩三郎個人によるものであり、「共和制」を採用していた。

GHQが唯一「可」的な批評を加えたのが、この高野岩三郎の「日本共和国憲法草案」であった。

調査会報告書が「GHQがその意思を『部分的に織り込んだ』としている『日本国民』」とは、「天皇制廃止」「共和制樹立」を謳う、左翼運動の仲間うちでも「超過激」といわれる左翼思想の持主だったのである。

調査会報告書は、その重大な事実を指摘することなく、「GHQが日本国民の意思を部分的に織り込んだらしい」(確たる証拠はない)から「押しつけではないともいえる」という府抜けた調子でお茶を濁した。

かくて、調査会は、「膨大なエネルギーを使い、押しつけ議論に区切りをつけた」。そして、「以降、押しつけ論とともに政界での改憲の機運は薄れていく」(押しつけって何?1⃣)

一般国民はもとより、選挙・国会対策に忙しすぎる政治家たちもまた、『憲法調査会報告書』が読者に丸投げした総括を「総括」として終わったこととし、『報告書』が期待したように「(報告書を丹念に読み)事実を事実として判読」することはなかった。

そして、「象徴天皇制」を謳う『日本国憲法』は、天皇の権威・権能をはく奪することで実質的に「天皇制廃止」をした「共和国憲法」である、という真実は、事実上国民から隠された。

それが、「『日本国憲法』無効論は『終わった議論』」といわれて無視されている理由なのである。

だが、知的好奇心旺盛な日本人なら、「無効論は全く終わってなどいない」ことが理解できるだろう。

インターネットのおかげで、現在少なくとも93ページの『憲法制定の経過に関する 小委員会報告書の概要』は、pdfで一般国民も家にいながら読むことが可能だ。

報告書が伝える、『憲法改正草案要綱』が発表された当時の新聞の論調によれば、日本人は新憲法の中に「天皇」の規定がある、という単純な事実をもって「国体が護持された」「天皇制問題がこれで解決された」と喜んでいた。

だが、それと同時に、「本当に国体は護持されているのか」と疑問を持つ者もいることにも触れている。(河原春作枢密院顧問官 【枢密院における憲法改正草案要綱に対する主な論点】『概要』p.50 [pdf p.55])

つまり、日本人は「大日本帝国憲法がGHQによって改正させられる」と正しく認識し、天皇の地位はどうなるのか、日本の国体は護持されるのか?と心配していた。だからこそ、「象徴」という「不思議な言葉」(当時皇太子妃であった美智子様の感想)に取って代わられてはいたものの、とにもかくにも、「天皇」について規定があるならそれは「天皇存続」ということであろう、と解釈して喜んだのである。

だが、日本人は騙されていた。ナイーブでお人好しの日本人は、「条件付き降伏だ」といっておいて後「いや、無条件降伏だ」と言い募り、「日本人を奴隷にはしない」といいながら、検閲・洗脳という非人道的占領政策によって、日本人を事実上「一億総前科者」「敗戦奴隷」に貶めた連合国の卑怯ぶりを、全く甘く見ていた。

「民主主義」を掲げる先進的欧米の立派な大国が、ここまで非道なことをするとは思わなかったであろう。

占領下、天皇も政府も議会も、全て日本人はSCAPマッカーサーの超大権力に隷属させられていた当時と違って、1951年5月3日には、解任されたマッカーサーの後任、リッジウェイによる「占領諸法令を再検討する権限を日本政府に与える」旨の宣言が出され、同年9月8日にはサンフランシスコで平和条約の締結をみ、事実上日本は独立国となった。

それから23年を経て、尚も続く日本人自身による「自虐洗脳」によってか、「戦後レジーム」利権の利得ゆえか、「調査会報告書」を受け取った内閣も国会も、『日本国憲法』が実質「共和国憲法」である事実を、遂に追及することはなかった。

%e6%97%a5%e6%9c%ac%e5%9b%bd%e6%86%b2%e6%b3%95%e5%a4%b1%e5%8a%b9%e8%ab%96ましてそのことを国民に周知し、一刻も早く無効確認・現存確認による占領以前の原状回復をせんと働きかける者はいなかった。いたのかもしれないが、全く無視され、忘れ去られるままにされた。(菅原裕『日本国憲法失効論』は1961年11月10日に初版が発行されている。)

ナパーム弾による全国絨毯爆撃と2発の原爆で日本の国土の壊滅を見せつけられ、20万人の公職追放で連合国に「右翼」とレッテルを張られたものが家族ともども路頭に迷うさまを目の当たりにし、日本人は極度の心的外傷(トラウマ)を負った。小林節が言った「敗戦のルサンチマン」ではなく、「敗戦トラウマ」であった。

全国絨毯爆撃ですべてを失った日本国民は、昭和天皇の二度の「玉音放送」に慰められ、「朕と汝等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説に依りて生ぜるものに非ず」「朕は朕の信頼する国民が朕と其の心を一にして、自ら奮い、自ら励まし、以て此の大業を成就せんことを庶幾(こいねが)う」と仰せられた『新日本建設に関する詔書』(所謂「人間宣言」)に励まされた。そして、ひたすらに前へ進んだ。

だが、連合国=権力側の手足となって日本国民を欺く手伝いをした政府・官僚・学界・メディアは、今も国民をだまし続けている。「敗戦トラウマ」は、日本と日本人を裏切り続けたこの者たちに、より濃く、深く、残っている。

「敗戦トラウマ」患者である政府・官僚・学界・メディアは、『日本国憲法』無効論が、連合国の逆鱗に触れ、今も続く「公職追放」の脅迫によって、何もかも失うことになる、と怯えきっている。

『日本国憲法』無効論を、改憲派も護憲派も、徹底的に無視し続けるのは、この「連合国恐怖症」のせいであろう。

だが、占領の真実に向き合い、「連合国は犯罪者」という現実を認識することでしか、この「敗戦トラウマ」から立ち直ることはできない。

幸い、先日の米大統領選で、日本の敵・北朝鮮と中国から闇献金を受け取り、国際共産主義の黒幕・ユダヤ国際金融資本家ともズブズブの関係だったビルとヒラリー・クリントンの民主党は、日本の自主防衛・核武装を叫ぶビジネスマン、トランプの共和党に大統領の座をさらわれた。国際主義者・グローバリストの専横に、アメリカの「普通の人々」が、NOと言ったのだ。

「戦後レジーム」の継続を、歴史認識の面から強化していた、NYタイムズらアメリカの反日左翼メディアにケンカを売ったトランプが、大統領になるのである。

グローバリストのヨーロッパでの牙城・EUも、英国の離脱によってその崩壊に拍車がかかるだろう。

これは『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認と、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認をする千載一遇のチャンスである。

「嘘も百回言えば本当になる」と言ったのはナチスのプロパガンダ相・ゲッベルスだが、偽憲法である『日本国憲法』は、70年使おうが、100年使おうが、本物の日本の憲法にはならない。

改正しても、『日本国憲法』のいかがわしい出自に触れ、連合国の犯罪を告発し、日本に着せられた「侵略国家」「制奴隷を持った軍隊」の汚名が誣告である、と世界に周知するのでなければ、「戦後レジーム」は終わらない。日本は永遠に「敗戦奴隷」のままなのである。

連合国の犯罪を告発しなければ、国際社会もまた、永遠に、第二次世界大戦の反省をしないままである。

日本だけではない、世界が騙されている。

来春キプロス島で開かれる国際憲法学界の部会のテーマは「押しつけ憲法(imposed constitution)」だそうだ。

「日本の憲法の際立った特徴は(70年間一度も改正されなかった)長い耐用年数で、私たちに押しつけ憲法の概念の見直しを促している」「押しつけかそうでないかという二分論は、日本の憲法への理解を妨げてしまう。大切なのは、日本の例から憲法への信頼を醸成したのは何かを探ることだ」(国際憲法学界部会責任者コンティアード教授 『押しつけって何?1⃣)

『日本国憲法』が70年間一度も改正されなかったのは、『日本国憲法』が日本人の信頼を得たからではなく、日本人が戦後71年間ずっと、『日本国憲法』が、かけがえのない日本の国体の現身である天皇の権威と権能を簒奪し、天皇と日本国民を苦しめ続けている、という真実を、知らされないままできたからである。

『日本国憲法』は、今も日本をだまし続けている。

この事実を、日本人だけでなく、世界と共有することで、世界は連合国=国連のいう「人権主義」「平和主義」「民主主義」がどんなものか、今一度立ち止まって真剣に考える機会を得る。

国連安保理常任理事国といえども、違法行為は裁かれるという当然のことを、世界は確認する。

国連が自身の裁きを受け入れられないなら、それは国連に自浄作用がないということを意味し、そのような機関は存続する資格がない。

世界に対立と混沌をもたらした国際主義・共産主義の犯罪を問い、天皇という「至高の権威」を取り戻した日本は、白人至上主義・暴力至上主義の旧弊を打ち破り、国際社会に真の意味での法治主義をもたらす。

『日本国憲法』無効論が、国際法を豊かにし、国際社会に真に貢献する日本を再生するのである。

【皇后陛下お誕生日に際し】「生前退位」という語による天皇陛下への不敬に接した皇后陛下の「衝撃と痛み」__そらとぼけるメディア、宮内庁、無為無策の政府

「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした」

皇后陛下は10月20日、82歳になられた。

宮内記者会の質問「この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください」に答える文書の形で、皇后陛下がお気持ちを語られた。(「皇后陛下お誕生日に際し」http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/3)

熊本地震、阿蘇噴火、珍しく東北・北海道を襲った台風などの自然災害、今年1月に天皇陛下と訪問されたフィリピン、リオ・オリンピックとリオ・パラリンピック、日本研究者の発見になる新元素ニホニウム、大隈良典博士のノーベル賞受賞等に加え、続く視覚障害者の線路転落事故にも「最近心にかかること」として言及された。

終盤、皇后陛下は「天皇陛下のお気持ちの表明」について述べられた。

 

「8月に陛下の御放送があり,現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。私は以前より,皇室の重大な決断が行われる場合,これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり,その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので,皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も,謹んでこれを承りました。ただ,新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は,歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので,一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。」

「皇室の重大な決断が行われる場合,これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々」

天皇陛下も、即位20年の会見で「将来の皇室の在り方については皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要」とおっしゃっている。皇后陛下はこれを敷衍して「(皇后陛下御自身を含め、皇位継承に連なる方々の)配偶者や親族であってはならない」とはっきりと述べられた。皇位継承に全く関係のない国会・政府はもとより、素人からなる「有識者会議」なるものに至っては何をかいわんやであろう。

明治維新後に、近代立憲国家としての日本を欧米列強に示すため、大日本帝国憲法とともに制定された『皇室典範』とは、長い伝統に基づく皇室の在り方を記した天皇家の「家憲」であり、大日本帝国憲法と同等のものであった。

大日本帝国憲法第74条第1項には「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せず」とあり、議会はその改正に関与できなかった。

そもそも、憲法・典範の改正の発議権は、天皇お独りに属する大権である。

皇室の伝統に精通しない者、皇統断絶を企むGHQ『憲法・典範』を絶対とする、連合国の下僕と成り下がった者達が「皇室の在り方を考える」と言っているのをきくと、背筋が寒くなってくるのである。

そして、7月13日のNHKのスクープの後、新聞の一面に極太文字で書かれた「生前退位」の文字。この語が与えた衝撃を、皇后陛下は「大きなもの」とおっしゃった。

御所にて行われる「天皇陛下の有識者会議」ともいえる「宮内庁参与会議」。その2010年7月22日の会合において、天皇陛下が仰ったのは、「私は譲位すべきだと思っている」であった。皇后陛下もずっとご一緒に、陛下の「譲位」のご意向をどう表明するか、どう実現するかについて、6年間も話し合ってこられたのだ。

「それまで私は,歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかった…」と皇后陛下も仰っている通り、7月13日にNHKが最初に発し、翌日の新聞各紙が一面に太文字で書き、数人の識者から疑問視する声が上がった後も殆どのマスコミが使い続けている「生前退位」とは、国民の誰もが聞いたことのない言葉であった。

皇后陛下は、以前、「象徴天皇」という言葉に関しても、「不思議な言葉…」と微妙な違和感を表現されたことがある。

天皇陛下は、そのお立場の故に、公の場で不平不満を仰るようなことは絶対にない。

1975年、今上陛下が皇太子時代に妃殿下と訪問された沖縄で、左翼過激派に火炎瓶を投げつけられた時にも、眉ひとつ動かされなかったという。幸い皇太子殿下に御怪我は無かったが、妃殿下は警察官に庇われて地面に倒れ、打撲傷を負われた。(ひめゆりの塔事件)「帝王たるもの常に泰然自若、それに比べてやはり庶民出の妃殿下は一瞬避けた…」といって宮中でいじめられたというような、まことしやかな噂もあったくらいである。

このたびも、「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした」と、天皇陛下のお心を気遣われながらも、「それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません」と、一歩引いた表現に留めておられる。

が、皇后陛下は「痛みを覚えた」と仰っている。少し考えれば明らかなように、「生前」とは「死ぬ前」のことであり、「死」を直接に連想させる言葉である。さらに、「生前__」と言う熟語は「生前贈与」のように、多くの場合「そう遠くない将来に死が訪れるであろう人」の行動について使われるのであるから、もっと酷い。そして、「退位」には必ずしもポジティブな意味合いがない。それを天皇陛下ご自身のお言葉である「譲位」とすり替えることまでしてNHKが使い、日本中のマスコミ、知識人達が、あろうことか「保守」と呼ばれる者達までが、連日連呼している。これはどう見ても天皇陛下への「お葬式いじめ」だ。

日本報道検証機構は、皇后さまの談話を受け、受け止めや「生前退位」という表現が適切だったかどうかについて、NHKをはじめ主要新聞各社に質問した。NHK広報部からは「国会の答弁等でも『生前退位』『退位』という言葉が使われており、視聴者に意味が伝わりやすいよう、この表現を使っています。ニュースの文脈に応じて、『譲位』という言葉も含め、適宜使い分けています」との回答があった。今後も使い続ける方針かどうかも質問したが、明言しなかった。

(「『生前退位』は『歴史の書物にない表現』 皇后さま、違和感表明 NHKの反応は…」日本報道検証機構 弁護士 楊井人文 Yahoo! News http://bylines.news.yahoo.co.jp/yanaihitofumi/20161022-00063507/)

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小野寺まさる氏の10月20日のTwitterによると、どこかの新聞が「おことわり」としてこの「生前退位」という語について弁解しているようだ。しかし、弁解にも何もなっていないどころか、全く意味不明である。「存命中に位を譲ることは明治以降の歴史で例がないことから、意味を分かりやすくするために使っています」?いや、「存命中に位を譲ることは明治以降の歴史で例がない」からといって「譲位」の意味が分からなくなっているということは全くないし、そもそも、意味を分かりやすくするためになら「死」を連想させる不吉な言葉を、天皇という日本の最高権威・「万民の父母」に対して使ってよいと考えるその感性がおかしいだろう。

「言霊のさきわう国」日本では、人々は不吉な言葉はなるべく使わない。まして、目上の人に使うなどもってのほかだ。日本人はこういう感性を無くしかけているのか、それとも日本の伝統に暗い外国人の仕業か?

小野寺氏のツイートが言うように、「生前退位」という不敬語の「出典」は、1984年の社民党と公明党の一議員による国会議論であった。このマスコミ・知識人の「生前退位」連呼は、社民党・公明党とこれらの党が代表する人物、或いは外国を、天皇よりも高い権威とみなす者達の差し金であるに違いない。

いづれにせよ、NHKら「『生前退位』いじめ」に加担していたマスコミは、皇后陛下の全く正当なご指摘を受け、右往左往している。日本経済新聞などは、泡を食ったあまり皇后陛下の仰ったことを完全に捻じ曲げ、見出しだけ読む人を騙そうとしている。

〈皇后さま、82歳に 生前退位 反響に「衝撃」〉

〈天皇陛下の生前退位の意向に対する社会の反響の大きさに「衝撃は大きなものでした」とつづり、「驚きと共に痛みを覚えた」と振り返られた。〉(日本経済新聞2016年10月20日)

皇后陛下が「陛下の生前退位に対する社会の反響に『大きな衝撃』」を受けられた?そうではない、皇后陛下が衝撃を受けられたのは「生前退位」という言葉の不敬に対してだ。「衝撃を受けた」という文章のすぐ後に「歴史の書物の中にもこんな表現見たことがなかった」と続くのだから、どこをどう読んでもこれは「生前退位」という語について仰ったのだとしか見えない。そして、それは只の衝撃ではなかった。「痛み」であったのだ。「私の感じ過ぎであったのかもしれません」とは、先に言ったことが良くないことであるがために、「そんなはずはない。思い過ごしかもしれない」と、いじめに加担した者達への非難の度合いを和らげてくださっているのだ。そもそも社会の反響というなら、90%の国民が天皇陛下の譲位のご意向を支持し、速やかに実現するように心から祈っているのだ。「痛み」であるはずがない。

現に本文の方は、「陛下の意向が初めて報道された直後の心境としては」を「衝撃は大きなものでした」の直前に置いている。「報道の直後」では「社会の反響」などあまりわからない。そして、「理由として、生前退位という表現に『接したことが一度もなかった』ために、『一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の考え過ぎであったかもしれません』と吐露された」となっている。「吐露する」とは、隠していたことを打ち明けることなのだから、やはり皇后陛下の仰っているのは「『生前退位』という言葉に傷つきました。天皇陛下が黙っておられるので黙っていましたが、この機会に打ち明けます」ということではないのか?

極めつけに、この記事の最後には「生前退位に関して皇后さまが『痛み』という表現を使われたことについて」、宮内庁関係者の推量を挙げている。

「生前という言葉の裏側にあるものを連想されたのではないか」

今それが分かるのなら、NHKの最初の報道の時に分かったであろう。だが、宮内庁は何の抗議もしなかった。政府も黙っていた。マスコミは調子に乗っていまだに連呼している。

安倍首相におねがいします。

今すぐ、天皇陛下を愚弄する「生前退位」という不敬な言葉の使用をやめさせてください。

天皇陛下のお気持ちを、皇后陛下のように「謹んで承る」気持ちがあるなら、日本国民の「天皇陛下のご意向を実現して欲しい」という願いを叶える気持ちがあるなら、天皇陛下が既に通り過ぎられた事項、天皇陛下にしかお判りにならない事項を議論している有識者会議は中止し、皇室問題は天皇陛下に全てお任せください。

天皇陛下のご意向を実現するのに、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が障害になっていることを直視し、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は、そもそも傲慢・無知な連合国が皇統断絶を企図して制定させた偽典憲であることを思い出し、これらの無効確認、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認を天皇陛下に宣言して頂くよう、ご奏上ください。

もうすぐ『日本国憲法』施行70周年の記念日がやってきます。

この屈辱の日を祝うという欺瞞から、天皇陛下と日本国民を解き放ってください。

 

(関連稿『「生前退位」という言葉の連呼は、天皇陛下に対する「お葬式いじめ」ではないのか?』)

 

 

 

【天皇陛下の譲位のご意向表明】 有識者会議も、特例法も、GHQ『皇室典範』改正も、「連合国への隷属」継続が前提の、亡国への道__正確な現状認識だけが日本を護る③

天皇との6年に亘る激論の末、「参与会議」が証明した「無効論」無視の議論の絶望的不毛

「摂政では駄目なんだ」:天皇陛下は強い口調で、きっぱりと仰った

 天皇陛下の「有識者会議」=「宮内庁参与会議」は、6年にも亘る天皇陛下御自身との激論を経てなお、天皇陛下の譲位のご意向実現の具体的方法について、結局何も決められなかった。この上誰が、どんな議論をして、何を、どう決めるというのか?

 

「私は譲位すべきだと思っている」

「天皇という存在は、摂政によって代行できるものではない。皇太子に譲位し、天皇としての全権と責任を譲らなければならない」

「(大正天皇の摂政設置は)大正天皇ご自身の意思に反するものであり、踏襲されるべき先例ではない」

「前提として天皇の高齢化という条件は必要だと考えるが、退位は、天皇の自由な意思で行われなければならない」

天皇陛下は、強い口調で、きっぱりとおっしゃった…。天皇からのお召しを受けた各界の「有識者」(宮内庁職員ではなく、あくまで「天皇の私的なご相談役」「経験や専門の知見を活かすというより、国民としての立場」での発言を要請され、3年ごとに更新される)3名と宮内庁長官、侍従長を加えた5名で、御所にて開かれる、皇室の重要事項に関して議論する「宮内庁参与会議」__その2010年7月22日の会議に於ける天皇陛下のご発言である。(『文藝春秋』2016年10月号「総力特集 『天皇 生前退位の攻防』  真相スクープ  『皇后は退位に反対した』」__この時のメンバーは元宮内庁長官・湯浅利夫、元外務事務次官・栗山尚一、東大名誉教授・三谷太一郎。2016年9月現在は元検事総長・原田明夫、元警察庁長官・國松孝次ら)

「陛下は激論も辞さないご姿勢でした。摂政案は、こちらがどう申し上げても受け入れられなかった。お考えはすでに固まっているなと思いました」(上記「参与会議」出席者)

話し合いをしながら食事ができるように、人数分並べられたお互いの弁当が、ぶつからないように気を使うほど幅の狭いテーブルをはさんで、午後7時から始まる「参与会議」はその日、稀にみる激論となり、深夜12時を回るまで、天皇の話__「摂政」ではなく「譲位」でなければならないことを「参与会議」出席者に納得させること__は尽きることなく続いた。

〈そんな参与会議で、10年7月以降、退位についての議論が重ねられた。天皇は「譲位」「退位」を主張して譲らず、自分が「上皇」になることで、どのような不都合があるのかとも問いかけられた。〉

〈当初は摂政の設置で解決するべきだとしていた皇后も、天皇の固い意思を確認されて、やがて退位を支持するようになる。〉

長い議論を経て、出席者たちも天皇を説得するのは不可能であることを悟るようになった。11年ごろには、議論は「退位」を前提としたものへと移っていた。〉(同上)

5年前、2011年ごろには、既に、天皇陛下の「有識者会議」である「参与会議」は、「天皇陛下の譲位のご意向は固く翻しがたいものである」との結論に達していたのである。

『文藝春秋』が表紙の大見出しにもした「皇后は退位に反対した」ことは、事実であるにしても実際にはそのこと自体が「スクープ」というほどのことではない。「参与会議」の出席者によれば、皇后陛下は「議論にお強く」「非常にシャープで、議論を厭わない」方であるらしい。その皇后さまも、数度の「参与会議」での議論を経て、陛下のご意思の固いのを確認され、当初の「退位反対」「摂政設置」のご意見を翻され、譲位を支持されるようになった。皇后さまの討論における通常のご姿勢を考えるなら、それは、ただ単に天皇陛下の固いご意思に根負けした、ということではないであろう。天皇陛下のご意向の後ろにある、事実と経験に基づく論拠に、納得された、ということであるはずだ。

当初、参与の誰もが「摂政設置」を主張していた。彼らの根拠は次の様なものであった。

「摂政に公務を任せる分、陛下のご公務が減ったとしても、国民の理解は得られる」

「皇太子殿下に摂政として経験を積んでいただくことは、将来的にも悪いことではない」

冒頭に引用したのが、これらに対する天皇陛下の反論である。

「摂政では、駄目なんだ」「天皇という存在は、摂政によって代行できるものではない」

陛下は、父君・昭和天皇の皇太子時代の、大正天皇の摂政をなさったご経験、そして今上陛下御自身の昭和天皇の公務代行をなさったご経験から、そう仰っている。

日本の歴史と伝統によれば、天皇の地位は、「万世一系の男系の血筋」をその継承資格としている。

天皇は、古代より連綿と、ただ一筋の血筋で125代続いてきた、というその事実により、世界に一人の希少なご存在であり、そうであるからこそ、世界一貴いご存在なのである。

何百年、何千年も生きている古木に霊が宿ると、日本人は信じる。天皇のご存在もまた、それと同様の霊的なご存在であるが故に尊いのである。

天皇の本質は「祭祀王」である。「天皇の務め」の本質は、祭祀である。

宮中祭祀の中には、天皇にしか行えない「秘儀」がある。「即位した天皇」だけが為す秘儀によって、「天皇霊」がその御身体に宿り、正真正銘の「天皇」になられる。

天皇によってのみなし得る「祭祀=天皇の務め」がある、ということである。

摂政や「公務代行者」には、それが務まらない。天皇が崩御され、次代の天皇が即位されるまで、その祭祀は行われない、行うことが出来ない、ということである。

祭祀王=天皇が、その第一の務めたる祭祀を執り行えない。天皇にとって、これ以上の屈辱があろうか?そしてそれは、日本の国体にとっての不仕合せである。

それが、8月8日の陛下の「御言葉」にある「天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であることに変わりは(ない)」ということである。

大正天皇の摂政設置は、大正天皇ご自身の意思に反して行われたことであり、踏襲されるべき先例ではない、と天皇陛下ははっきりと仰っている。昭和天皇も、晩年の御不例の際、ご自身の大正天皇の摂政体験を以て、「摂政設置」を嫌われたといわれている。

「摂政設置」は「天皇の権威の低下」に直結する。

それでなくとも、連合国によって、彼らが日本に強要した『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』によって、天皇の権威は貶められている。

「大変過ぎる公務を、陛下が自ら増やしてしまった」「だから無理ならば止めればいい」という、無知で非情な言説が「識者」達の間に散見される事にも、それは表れている。

「天皇の務め」=「公務」を、式典や行事に出席すること、外国からの賓客を接受すること、出掛けて行って人に会うこと…、等と矮小化しているのだ。

これは天皇の神霊性を軽視・無視しているということ、つまりは天皇の権威の否定である。

GHQ『皇室典範』は、宮中祭祀を「天皇家の私事」として規定し、「公務」として認識していない。天皇を「祭祀王」として認識することを、憚っている。

人種間、国家間の対立を煽って混沌を招来し、利己主義を奨励し、無秩序・無政府状態を醸成して、世界戦争を起こし、世界同時暴力革命を達成するのが目的の国際共産主義者たちにとって、「八紘一宇=人類は皆家族」であらゆる人種を融合する祭祀王=天皇と、その天皇を「万民の父母」として奉じる世俗的家族主義・利他主義の日本人は、一人残らず消してしまいたい邪魔な存在である。

だから連合国は、「祭祀王=天皇」も「立憲君主=天皇」も、その存在を否定し、貶めた。

GHQによって廃止されかけた「宮中祭祀」を、「天皇家の私事」であるということにしてでも存続させた、という経緯が占領期にあったにしても、「国民のために祈る」という行為を「天皇家の私事」とすることは、「祭祀は天皇が勝手にやっているわたくしごと」とみなすこと、つまり「天皇の権威の軽視・無視・否定」を促進しているというその事実を、いま私達は見過ごしてはならない。

「宮内庁参与会議」は、「天皇の譲位のご意向を表明する」ということの他には、何も決められなかった__障害となったのは、政府と『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』であった。

「宮内庁参与会議」では、先述したように、2011年ごろには「天皇の譲位」を前提とした議論に移っていた。しかし、その後5年間、「参与会議」は大きな障害に立ちはだかられ、議論は進まなかった。決まったのは、「天皇のご意向をどういった言葉で表現し、いつ表明するべきか」ということだけであった。

「参与会議では、14年の時点で、翌年の15年12月のお誕生日会見で、退位に関するお気持ちを表明するという案が出ていて、ビデオメッセージという形式も考えていました」(宮内庁関係者  『文藝春秋』10月号 同上記事)

つまり、「参与会議」はたったこれだけのことを決定するのに3年を要し、しかもその決定された「お気持ち表明」は、今年8月8日にようやく実現するまで、さらに2年の「待った」をかけられたわけだ。

退位を実現させるために、政府をどのように動かすか。また、お気持ちの表明にあたり、政府の了承をどのように取り付けるか。それが、当初から最大の問題だったのです。」(宮内庁関係者 同上)

憲法にも皇室典範にも規定がない「退位」の実現には、典範改正か特別法の制定が必要になるため、政府の協力が必要となる。〉(同上)

当時の民主党政権と宮内庁とは、2009年12月の「小沢一郎、陛下のご体調に配慮した『一か月ルール』無視で習近平・天皇特例会見を強要」の一件以来、当然の如くギクシャクしていた。「大変異例なこと。もう二度とこういうことは有ってほしくない」と会見で発言した羽毛田宮内庁長官を、小沢は「一役人が内閣の方針にどうこう言うなら、辞表を出してからいうべきだ」と、公に批判した。宮内庁側からは、とても「退位」の件を相談できる雰囲気ではなかった、というのである。

「宮内庁長官といえど、皇室に関することを独断で発言することはできません。長官の発言は、ほぼ天皇のご意思と見ていい。自由に発言できない天皇のお気持ちを代弁した長官を、小沢氏は叱り飛ばしたのです。」(皇室担当記者  同上)

民主党には他にも「大韓航空機爆破事件」の北朝鮮元工作員(現在韓国在住)金賢姫の「超国賓待遇招聘・ヘリコプターで海自・米海軍基地上空『遊覧飛行』」(2010年7月)「秋篠宮殿下への『早く座れよ』不敬発言」(2010年11月)の中井洽議員という外患誘致容疑者がいるが、小沢同様、中国・韓国・北朝鮮への忠誠心の方が日本への愛国心より大きそうなのは間違いなく、その天皇・皇族への不敬は目に余る。

国会議員の半分は反日・天皇制廃止論者、あとの半分の殆ども、米国追従で、GHQの洗脳で脊髄を犯されており、日本の国体の危機を感じ取る感性を喪失している。このような連合国の意のままに操られる「敗戦利得者」のような人々に囲まれて激務をこなす陛下の焦燥感、孤独感は如何ばかりか…。想像に難くない。

2012年2月、天皇陛下は心臓冠動脈のバイパス手術を受けられた。

今上陛下が、おそらくは敗戦時の十代の頃から、70年以上も、我々国民には想像もできない類の「悪意」に対峙してこられたであろうことを思うと、もうこれ以上、一日たりとも長くお待たせすることはできない。

それが分かっていながら、政府は「有識者会議」による検討、「特例法」制定という間違った道を選んだ。

9月23日、政府が発表した有識者会議の名称は、「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」である。「公務負担軽減」__天皇の「譲位」の実現を話し合うのではなく、「参与会議」が6年前に通り過ぎ、天皇ご自身が却下された議題を、また掘り起こすというのである。

「私は譲位すべきだと思っている」

この問題の出発点となる2010年7月22日の「宮内庁参与会議」=「天皇陛下の有識者会議」は、陛下のこのお言葉で始まった。

「公務削減」は論外、「摂政設置」は不適切。「譲位」しかない。天皇陛下は6年前、そこから話を始められたのだ。

『週刊新潮』2016年7月28日号によれば、陛下念願のフィリピン訪問を果たされた後の今年春先に、宮内庁は天皇陛下のご公務の大量削減案を提出したところ、「(陛下は)いつになく強いご難色を示され(……)『こうした案を出すくらいなら、以前より私が考えてきたことは、なぜできないのでしょうか』というようなお言葉」で、叱責されていた。(侍従職関係者による)

宮内庁長官は、「参与会議」だけでなく、皇室の将来を案じておられる天皇陛下をお助けするため、皇后陛下が提案され、2009年から実現した、天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下の「三者会談」にもオブザーバーとして臨席している(当初は羽毛田信吾長官、2012年から風岡典之長官)。

にも拘らず、陛下のご苦悩の原因が『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』による天皇の権威の軽視・無視・排除にあるのだ、という真実から、目を背け続けている。

9月26日に、退任した風岡長官の後任として、宮内庁長官に就任した山本信一郎は、2016年7月13日の最初のNHKの「天皇陛下のご意向表明」報道の際、宮内庁として「生前退位」の検討をしているかと聞かれ、「その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません」と語っていた。

天皇が自身の意向を表明し、それに呼応して政治が動けば「違憲」となる、だからこの「お気持ちの存在自体の否定」は天皇陛下を御守りしようとしてのこと、という「善意の解釈」が複数の「識者」からも聞こえてきている。

だが、それは話が逆さまだ。天皇の「譲位」についての規定がないどころか、崩御に至るまでその地位にあって公務を行い続けよ、と規定し、天皇自身の身の振り方についても天皇自身で決定できず、「主権者(=国民)=政府・国会」の下位に天皇を貶め、その決定に身を委ねさせる『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の非人道性、理不尽さに、まず疑問を投げかけるべきではないのか?

このようなおかしなものを『憲法』『典範』と呼んでいていいのか、これらが本当にその名を冠する資格があるのか、なぜ誰も問おうとしないのか?

天皇陛下の譲位のご意向の実現を阻んでいるのは、「『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』が有効である」という欺瞞である。

宮内庁、政府、国会…。現在この問題を動かす立場にあるものの誰もが、『日本国憲法』が天皇の政治への関与を禁じている、GHQ『皇室典範』には退位の規定がない、というところで思考が止まってしまっている。

宮内庁も、そしてなぜか「憲法改正」に執心する政府自民党も、『日本国憲法』の遵守に懸命で、「無効論」への言及すら聞こえてこない。

内閣官房副長官・杉田和弘は、天皇陛下のご意向が明らかになった7月13日直後、「皇室典範改正となれば、きっと物議を醸す。また、陛下のご発言が政治に影響を及ぼしたという事実自体が、憲法違反となりかねない」と周囲に言っていた。(『文藝春秋』2016年10月号上記記事)

杉田内閣官房副長官は、宮内庁長官の政府側のカウンター・パートであり、「有識者会議」の運営など、「天皇陛下のご意向」問題の実働部隊である、皇室典範改正準備室(こちらも独自に天皇の公務削減について検討していた)のトップである。

「陛下のご意向問題実働部隊」の皇室典範改正準備室の長までが、陛下を「違憲」呼ばわりし、「物議を醸すから」とGHQ『皇室典範』改正について躊躇しているのだ。

だが、『日本国憲法』もGHQ『皇室典範』も、改正の必要はない。いや、改正などして、これら無効なものを「有効認定」するようなことはしてはならないのだ。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認、そして大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認で、政府や識者が「困った、困った」と言って頭を抱えている問題は、全て解決するといってもよい。

にも拘らず、誰もが必死になって「無効論」という言葉すら国民の耳に届かないようにしているように思える。

「無効論」を知らないのか?そんなはずはない。自民党内だけでも、過去には稲田朋美、西田昌司らが「日本国憲法無効論」に言及していた。(「憲法無効論 渡部昇一・稲田朋美 YouTube」「現憲法無効論を主流にできるのか 週刊西田 一問一答 YouTube」)

稲田朋美防衛相は、衆議院議員に初当選の翌年2006年から、毎年行ってきた8月15日の靖国神社参拝を今年は見送り、なぜかアフリカ・ジブチを訪問させられた。これを画策したものが、彼らの「日本国憲法無効論」を圧殺しているとみて間違いないであろう。

陛下の譲位のご意向は、実現に向かうどころか、「保守」であるはずの政府自民党によって、また「ふりだし」に戻された。

安倍政権は、この「有識者会議」のメンバー選定にあたり、敢えて皇室問題・憲法の専門家を除いた。過去の発言などから、『結論ありきの人選』との批判を浴びかねず、議論が皇室制度全体に及ぶことへの懸念もありそうだ。議論を早期に取りまとめたい政権の思惑も透ける」と、日本経済新聞は推察する。(2016年9月24日)

要するに、安倍政権は「何も決めない」「(憲法改正のため)早期決着」という結論ありきの人選で、座長には安倍首相に近いとされる経団連(中国寄りか?)名誉会長・今井敬を据え、これまでの「有識者会議」経験者である御厨貴東大名誉教授、清家篤慶応義塾長らを含めた。御厨貴は「時間のかかる方法を避け、特例法で対応する必要がある」といっている。(同上)

「政治、歴史、行政など幅広い分野から選び、国民的議論を印象づける狙いもありそうだ」(同上)というが、この有識者会議の設置を以て「国民的議論が深まった」とされてはかなわない。

第一、「国民としての視点からの自由な意見の聴取」なら、天皇陛下が「参与会議」でもう済ませておられる。6年もかけて。これ以上何を、皇室問題の素人である人々から聞こうというのか?

それに、安倍政権は、「特例法で対処する」と、もう決めている。

しかも、「有識者会議」の議論が始まる前に、「特例法」について、既に法制局の「お墨付き」を取っている。

9月30日、横畠裕介内閣法制局長官が、衆院予算委員会で、「皇室典範そのものを改正せずとも、特例法を制定すれば天皇陛下の譲位の実現が可能である」との「見方を示した」

官邸幹部が「横畠氏の答弁は政府として(有識者会議の)意思統一したものではない」と弁解がましくいい、菅義偉官房長官も「法制局長官は有識者会議で幅広く検討を行うという前提に立ち、あくまでも一般論として言われたこと」と言っているが、これはどう見ても「お墨付き」だし、加えて御厨貴東大名誉教授の声もあり、「(有識者会議には)国民目線で真っ白な視点で議論してもらう」という政府の言は言っているだけ、の感が否めない。

法制局長官答弁は、正確には「皇室典範は特例、特則を定める別法も含みうる」とのことだが、これは『日本国憲法』第2条の「皇位は国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」というのを、「国会の議決した」法律が、皇室典範だけでなく、特例法も対象になる、という解釈である。

特例法は、例え法制局長官のお墨付きがあったとしても、「解釈改憲」にすぎない。

安保法制の時と同様、いづれ野党に矛盾を突かれ、退位後の天皇の地位が自衛隊同様の「違憲」の存在にされてしまうだろう。

「日本の国体の破壊装置」である、『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は偽物だ。そんな偽物を国の根幹に据えていることの不条理に知らぬふりをし、そこから噴き出す矛盾に蓋をして回るだけでは、いつか大爆発を起こして汚物をまき散らすことになろう。そして、今のままではその時は近い。

「国民的議論を深めている」というポーズだけの、何も決めない「有識者会議」、天皇陛下のご意向の真意を理解し、「無効論」という法理的に正しい道を探ろうともせず、今上陛下御一代のみの譲位を「解釈によって許可」する「特例法」__これは、天皇陛下への侮辱である。

天皇陛下は、「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ると仰った。それを承った国民は、その大多数が「今上天皇だけでなく、その後の天皇もずっと譲位を可能に」と、政府に要望した。

それを、政府は無視したのである。

政府自民党、安倍政権にお願い申し上げる。

今からでも遅くはない。「有識者会議」に日本国憲法無効論者を招聘し、無効論を国民に周知していただきたい。

正真正銘の公議公論に「日本国憲法無効論」を付し、国民に天皇陛下を補翼する機会を与えて頂きたい。

そうして、天皇陛下に心からの御安らぎを、差し上げて頂きたい。

1947年9月25日、昭和天皇の憲法の師・清水澄博士、大日本帝国憲法に殉ず

『日本国憲法』は、「国民の総意により」成立していない__美濃部達吉顧問官は「憲法改正」に反対して起立せず、枢密院議長・清水澄博士は連合国の無法な「新憲法」制定に抗議の意を表すため、入水自殺した

清水博士の「自決の辞」は、新憲法施行の日の1947年5月3日に書かれた。

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釜坂信幸氏ブログ 『枢密院議長、清水澄博士の思い…。』より

この「自決の辞」に言及されている「共和制採用を希望する私擬憲法案」とは、高野岩三郎の『日本共和国憲法私案要綱』のことであろう。

元東京大学経済学部教授であり、社会統計学者であった高野岩三郎は、敗戦直後の1945年10月29日、左派の同志と共に「憲法研究会」を設立、同年12月に『憲法草案要綱』を発表した。

高野はこの『憲法草案要綱』で「天皇制廃止」「国民主権」を唱え、GHQも新憲法草案の作成の参考にしたそうであるが、左派の「憲法研究会」でも最も過激な左翼思想の持主であったため、GHQ憲法草案の「象徴天皇制」すらも生温い、とばかりに「大統領制」「土地国有化」などを盛り込んだ『日本共和国憲法私案要綱』を発表。自身の所属する「憲法研究会」を含め、天皇制存続を容認する潮流を「囚われたる民衆」と称して批判した。(参考:高野岩三郎 wikipedia)

GHQは、『日本国憲法』の制定が連合国によってなされたことも、その無法で卑劣なる制定に抗議して入水自殺した枢密院議長・清水博士や、不起立で反対の意を示した美濃部達吉顧問官など強硬な反対者がいたことも、当然ながら検閲によって、国民に知られないようにした。(当ブログ別稿『「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと』をご参照ください。)

日本国憲法改正の勅語、憲法公布記念式典の勅語には「日本国民の総意に基いて…」「この憲法は…自由に表明された国民の総意によって確定されたのである…」とある。が、これもGHQの脅迫に怖気づいた日本政府が、何とかつじつま合わせに天皇陛下にお願いして書いていただいたものである、と当時の法制局長官・入江俊郎氏が、1954年の自由党憲法調査会に於いて告白している。(p.73 菅原裕『日本国憲法失効論』新装版)

占領下の日本には、立憲君主の天皇を棄て、『日本国憲法』を自ら選び取る「自由に表明された国民の総意」など、かけらも存在していなかった。

高野岩三郎の『憲法草案要綱』の「国民主権」などを、GHQが参考にしたらしいことを以て、「『日本国憲法』は『押し付け憲法』ではない、日本人の発案によるものである」などと言う輩もあるが、連合国・国際共産主義者であろうと日本人の社会主義者であろうと、「万世一系の天皇がこれを統治する」=「日本の国体」を、姑息卑怯な手を使って改変しようとしたことに変わりはない。

高野は「象徴天皇制」を生温いといい、「天皇制廃止」「共和制」をしつこく主張したが、連合国は、「天皇制廃止」を諦めたのではなかった。

連合国は、『日本国憲法』の「象徴天皇」という「不思議な言葉」によって、「日本の国体が護持された」と日本国民と天皇を騙し、「国体破壊の時限爆弾」を仕掛けたのである。

天皇は、連合国によって、その主権者=元首=立憲君主としての地位を簒奪された。

天皇の正当な地位を、近代的立憲主義のもとに規定した大日本帝国憲法を、連合国は「天皇制強権支配の温床」と呼んで廃棄し、その代わりに『日本国憲法』という「連合国への隷従宣誓書」を、「日本人自身が自由な意思で選び取った」という虚構を打ち立て、世界に宣伝し、徹底的な検閲とプロパガンダで日本人を洗脳した。その洗脳は、今も続いている。

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War Guilt Information Program という洗脳プログラムには、「東京裁判」も含まれるが、最も日本国民一般に影響を与えたのは、連合国の「東京裁判史観」=「太平洋戦争史」(「大東亜戦争」の名称は検閲によって禁止された)に基づくNHKラジオの『真相箱』であろう。(先述の高野岩三郎は、占領初期より検閲・公職追放リスト作成などでGHQに協力した5100人の日本人のリーダー格として活躍し、1946年、GHQのプロパガンダ機関と堕したNHKの戦後初代会長に就任している。社会党顧問でもあった。)

WGIPが振りまいた「戦前の日本は悪かった」「大日本帝国憲法は悪法だった」という嘘の刷り込みが、「大日本帝国憲法を改正」し「民主的で正しい」『日本国憲法』を日本人に「受け入れ」させる土壌をつくった。

清水博士はご自分の無力を嘆いて入水し、「幽界より国体を護持」せんとされた。今、「戦後レジーム」という名の連合国利権を失いたくない利己的な輩が跳梁跋扈する日本に於いては、国民は誰も『日本国憲法』無効論の存在すら知らされず、「無効論」を知る少数の国民ができることの微小さは、占領下のそれと、さほど変わっていない。

だが、日本人は、最後まであきらめない。

清水澄博士の、大日本帝国憲法と天皇陛下への御忠義と誠心が、私達日本人に勇気を与えてくださることを念じ、ここに博士のご冥福をお祈りし、博士の御遺志を継いでいくことを誓うものである。

すめらぎいやさか。

(日本人が『日本国憲法』の真実を知るために、是非読んでおきたい参考図書を以下に挙げます。特に国会議員・官僚・学者、そして「有識者会議」のメンバーの皆さんは必読。逆説的ですが、「無効論」を知れば、「有識者会議」も、「特措法」「特例法」も、『皇室典範』改正も、「憲法改正」も、全く必要ないことが、そして、寧ろ害悪をしかもたらさないことが、お解かり頂けます。『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認と、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認で、天皇陛下の譲位のご意向を速やかに実現し、なおかつ天皇に主権者=元首=立憲君主としての政治的権威をお返しすることで、正気を無くした日本人に喝を入れる。それが、今一番にしなければならない大切なことです。)

「生前退位」という言葉の連呼は、天皇陛下に対する「お葬式いじめ」ではないのか?

「退位」というのは「王位・帝位を退く」という意味しかなく、必ずしも次代への連続性を意味しない。清朝のラスト・エンペラーは退位し、清朝は滅びた。

そして、「退位」は王位・帝位にあるものが行為者であるから、当然その行為者の「死」の前に、つまり「生前」に行われる。

この「いわずもがな」で、しかも「死」を連想させる「生前」という語を、「次はないかもしれない」という意味を含む「退位」に付けた「生前退位」とは、不敬であると同時に、「お葬式いじめ」に匹敵する非道な言葉である。

国民がいままで聞いたこともないこんな言葉を思いついたのは誰だ?

その語の最初の使用者であるNHKか、それとも「天皇陛下のご意向」をリークした「宮内庁関係者」か?

「生前譲与」がOKならこれだってOKでしょ、という軽いノリだったのか?だが、竹田恒泰氏も言っているように、自分の親にでも「生前譲与してよ」のように、平気でこの言葉を使える日本人がいるのか?

天下のNHK、「日本国民のための、日本国民の知性を代表する公共放送」であるはずのNHKが、こともあろうに天皇・皇室がらみの報道で使用される表現にこれほど無頓着であった、という事実、そして、竹田恒泰氏や加地伸行氏らがそれぞれYouTubeやTwitter、論文(加地伸行『「生前退位」とは何事か』_『WILL』2016年9月号)で指摘した後も、反省の色なく、カッコもつけずにしれっと使い続けるのが朝日新聞、日経新聞を始めとする左翼親中メディアに限らず、保守系メディア・識者の中にも散見される、という事実が、この問題の深刻さを象徴している。

『日本国憲法』の「象徴天皇」と、昭和天皇の「人間宣言」を、国民が好意的に解釈して安心しているうちに、連合国・GHQの国際共産主義的洗脳教育で養成された反日的「戦後エリート」達の支配層への蔓延によって、「天皇の軽視」「天皇の権威の喪失」=国体の危機が現実のものとなっている。

最終目標は天皇の処刑

天皇陛下の御命を狙い、日本の国土、尖閣・沖縄の侵略に着々と歩を(船を)進めている中国と、その手下・韓国と北朝鮮が、連合国の「戦後レジーム」利権に乗っかって日本政府と官庁、NHKとメディアの中枢に浸透し、好き放題をやっている。

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効確認・大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認だけが、この無礼・無法を「許さない」と、世界に宣言する効果を持つ。

もう、黙っていてはいけない。天皇陛下と日本の名誉の為に、行動を起こそう。

安倍政権は、せめて「『日本国憲法』無効論」を国民に周知し、公儀公論に付し、正しい方向へ、舵を取るべきだ。

「天皇制打倒」を謀る国際共産主義者の呪詛である『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』を有効とする改正では、連合国への隷従が永続する__「至高の権威」「立憲君主」たる天皇の復活で、日本の誠をとりもどす

日本は、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』という、立派な対の服を追い剥がれ、架空の『憲法』と『典範』という「バカには見えない服」を着せられた、「裸の王様」____「憲法改正」ではなく「『日本国憲法』無効宣言」で、『大日本帝国憲法』という服と、正義の剣を取り戻し、世界を真実の光で照らし出す

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戦後70年余、天皇をはじめとする全日本人の「人権」は蹂躙され続けてきた

『日本国憲法』の事実上の制定者は連合国であるにも拘らず、未だに「確かにGHQが憲法草案を作ったが、それを叩き台にして『日本国憲法』として制定したのは日本人自身だ」という「連合国史観」が幅を利かせている。

南シナ海や沖縄・尖閣諸島周辺での、中国共産党の「海洋帝国」への拡張主義が顕わになるにつけ、日本人の多くが「9条の平和主義では国を護れない」という至極当然の結論に達し、憲法改正の機運が高まってきている。

だが、「憲法改正」が本当に正しい道なのか?

日本人は、「『日本国憲法』が日本の本当の憲法である」と、いまだに信じ込まされている。「日本は悪虐非道の侵略国だった」という連合国の嘘を、いまだに本当だと思っている。戦争中、中国に酷いことをしたのだから、未来永劫謝罪し、中国の言うとおりにするのが「誠意」だと思っている。そんな邪悪な日本を「成敗」した連合国は「民主主義的中立国の集合体であり、『国際倫理の権威』たる正義の味方」だと思い込まされている。

『日本国憲法』は、サギ師の仕立て屋=連合国が、「バカには見えない服」といってお人好しの日本に「着せた」、まやかしである。

日本人の中には、そのまやかしに気づいてはいるが、「バカ」と呼ばれたくなくて「見える」ふりをし、サギ師の片棒を担いでいる情けない人々もいるが、大方の日本人が「王様の新しい服は無色透明の服。だって当の王様が『服だ』といって着ているのだから」と妙な納得の仕方をしている。「王様も、気にしている様子がない。だからいいじゃないか」と。

だが、日本人は知らないだけだ。連合国は日本人を巧妙な嘘で騙し続けている。彼らはまず天皇と日本政府を脅して絶対に連合国の嘘を告発しないと誓約させておいて、日本人全体を「日本悪玉史観」で洗脳し、連合国史観で書き換えられた教科書で教育した。70年も経つうちに、真実を知るものは少なくなり、また学校で習った「連合国史観」に全く疑いを持たず、それを「真実」と思い込み、「被害者=中国」への「加害者=日本」としての「贖罪感」を叩きこまれた世代が、いま日本の政治・行政・教育・経済・メディアの中枢にいる。いわゆる<団塊の世代>である。

団塊の世代は戦後のいわゆるベビー・ブームの生まれで、当然実際の戦争は経験しておらず、子供時代に占領下の不自由さを経験し、GHQの教科書で教育され、感受性の強い青春時代に二度の安保闘争を経験し、理想主義としてのマルクス主義の洗礼を受けた人々だ。

70年安保騒動の描写がある村上春樹の『ノルウェーの森』のように、純粋さと計算高さ、勇気と卑怯さがないまぜになった、複雑な青春時代がそこにはあったのだろう。(そういえば村上春樹は、『1Q84』で主人公の青豆に「満州鉄道」についての本を読ませ、「(満州鉄道は)大日本帝国の中国侵略の尖兵」と断じた。サブリミナルな連合国史観プロパガンダだ。こうやって世界のムラカミハルキ・ファンが「日本=侵略者」を刷り込まれている。)

団塊の世代を一人悪者にするつもりはないが、1993年8月、「先の大戦は侵略戦争であった」と公式に発言した細川護熙元首相のように、祖父・近衛文麿元首相の「日支事変の拡大と仏印進駐は自分の政治的誤りであった」との反省の辞を、「侵略戦争だったとの告白」と曲解するほど、GHQの洗脳教育はある人々の脊髄にまで浸透していた。

実のところその「近衛の反省」とは、コミンテルンのスパイであった尾崎秀実ら複数の国際共産主義者を側近に置き、軍部が必死で休戦協定を模索しているときに「国民党政府を対手とせず」声明を出してぶち壊し、満州の関東軍を集結するソ連軍の前から引きはがして、泥沼の中国戦線・飢餓の東南アジア戦線へ送り込んだことを、後に昭和天皇への上奏文で告白したように、「自分(近衛文麿)は共産主義者らにいいように操られていた」との反省のことであった。

だが、細川護熙はそれを「先の大戦は侵略戦争であったと裏付けるような発言」と曲解した。同様に、「慰安婦問題」で河野談話を出した河野洋平元官房長官も、「日本は侵略国だからそのぐらいのこと(慰安婦強制連行)はしたはず」という先入観で、日本の政府高官としてあまりに軽率に「在りもしない罪を認める」という重大な売国行為を犯してしまった。

 

左翼教育はカルト宗教と同じで、教祖の言うことだけを正しいと思い込むよう洗脳する。オウム真理教が「浅原教祖の教えに背けば無間地獄に落ちる」と信者に叩き込んだように。左翼の場合は「右翼の言うことに耳を傾ければ無間地獄に落ちる」だし、『日本国憲法9条』教は「日本国憲法の否定は平和の否定」「9条反対者は軍国主義者」と、完全に連合国史観の保存がその教条となり下がっている。

だが、カルト宗教は人類普遍の原理とはなりえない。国際共産主義者らが「人類普遍の原理」と呼ぶ「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」の左翼三大原則は、一見誰も反対できない「正しい考え」のようであって、実は独裁者の台頭を招来する謀略三原則だ。

このような予備知識なしに、『日本国憲法』の7原則から、むしろ自由主義的な①間接民主主義又は議会政治②天皇制③三権分立④法治主義を差し引いて、上記の左翼三原則を残した、もっと国際共産主義寄りの「自民党憲法改正草案」を、『日本国憲法』を有効扱いして改正してまで選び取ることを、国民に半ば強制するようなことが、今行われている「美しい日本のための自主憲法制定」「憲法改正」推進運動の背後にある。

民主主義の根幹とは、国民の投票行動により、国民が正当に選ばれた代表を通じて、国民の意思決定を国政に反映することにある。これは、国民の「知る権利」の充足があって初めて成立することである。

政治の主体となる国民が、何かを選択するときに、それぞれの選択肢についての、必要不可欠な情報全てを開示され、充分な議論を経て熟考する時間が与えられて初めて、有意義な投票行動が可能となる。

翻って、日本の現状をみるに、いまだに連合国史観=東京裁判史観を信奉するものや、「天皇制打倒」を掲げる国際共産主義者とそのお先棒担ぎらによって、「『日本国憲法』無効論」というオプションの存在どころか、そもそも『日本国憲法』の成り立ちが連合国史観という嘘にまみれた恥ずかしい代物であるという事実すらも、国民から隠し通されている。

いまだ国際共産主義者による検閲と、プロパガンダによる洗脳が横行する日本には、自由主義的民主主義はない。

教科書検定官が、公権解釈も学習指導要領も、学説すらも無視して公民教科書執筆者に左翼全体主義的記述を強いるという、事実上の検閲が行われている日本は、「言論の自由」「教育の自由」を弾圧されている。しかもその事実の認識すら、国民にはない。

これはもう、ファッショだ。

戦後ずっと、日本が解放された、と言われたそのファッショに、連合国によって日本全体が沈められてきたのだ。ジョージ・オーウェルの『1984』の世界が、日本に半分実現している。

 

「『日本国憲法』無効論」を知ることは、日本国民の権利である。

「『日本国憲法』無効論」を知らせることは、日本国民の義務である。

「『日本国憲法』無効論」とは、『日本国憲法』の成立過程の真実など、日本国の命運に関わる核心的事実の数々を徹底検証することである。

国際共産主義者は、自らの思考停止癖を他人にも押しつけ、徹底討論を避ける傾向があるが、少なくとも以下に挙げる事実は周知され、公議公論に付されるのが民主主義というものである。国際共産主義者の反論、それへの再反論は、公開討論の場でなされるのが望ましい。

事実その① 連合国の中枢の本質が、国際共産主義者であるということ。国際共産主義者の本質は「詐欺師」「扇動家」である。お人好しでナイーブな日本人が想像もできないほどに悪辣で、しかも用意周到な、プロの犯罪者集団である。

事実その② ロシア革命以後の20世紀の戦争__特に満州事変に始まり、泥沼の支那事変を経て対米戦争に至り、日本に滅亡の淵をまざまざと見せつけた、「あの最後の戦争」___は、国際共産主義者が謀略により起こしたものであるということ。

事実その③ 連合国の日本占領の究極目的は、日本から「世界に比類なき2600年の歴史に裏打ちされた、万世一系の天皇」を奪い、日本を物質的・精神的に完全武装解除したうえで滅亡させることであった。

事実その④ その目的を遂行するために制定された『日本国憲法』と『占領典範』は、天皇弾圧・皇室断絶の装置である。

事実その⑤ 「象徴天皇制」「国民主権」は、事実上の「立憲君主国」である日本の元首(sovereign=主権者)即ち「立憲君主」である天皇から「至高の権威」を奪い、日本の政体を「疑似『無政府(アナーキー)』状態」といえる状態にしている。

事実その⑥ 『日本国憲法』の謳う空疎な「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」の左翼三原則と、左翼の「立憲主義」・左翼の「民主主義」が、国際共産主義者独裁による世界制覇をひそかに推進している。

事実その⑦ 「日本の国体」=「万世一系の『至高の権威』であり、『仁政』を行う『万民の父母』である天皇を中心とした世俗国家」と、立憲君主制を融合した『大日本帝国憲法』下の日本こそが、国際共産主義独裁に対する最後の砦である。

「至高の権威」=天皇の存在が、日本の歴史上、独裁者の台頭を防いできたという事実は、日本が有色人種の国で初めて近代憲法を持ち、立憲君主国として「富国強兵」に成功した事実と相まって、日本を国際共産主義者の「排除すべき敵」となさしめたのは、当然といえば当然のことであった。

「第二次世界大戦は『ファシズム』対『民主主義』の戦いであった」と、最近とみに中国とロシアが喧伝している。が、それは「『国際共産主義者』対『自由主義』の戦い」或いは「知らないうちに進んでゆく『国際共産主義の世界侵食』と、それに対抗する勢力の抵抗」という裏の真実から人々の注意をそらすためのレトリックだ。

20世紀、戦争は思想戦・プロパガンダ戦・情報戦になった。

前世紀の戦争のように、「どの国とどの国が戦っているか」という表面に気を取られていると、本当の敵が誰かを見失う。日本国内の国際共産主義者が、「日本軍が日支事変前に中国にいたことが、『侵略』だった証拠」などと盛んに言うのも、実は国際共産主義者達は、既に日本政府の中枢に食い込んでおり、ソ連の南下政策を遂行しやすくするため、そして中国国民党に殲滅されかけていた中国共産党の延命を図るため、日本を広大な中国大陸で中国国民党と戦わせることが、コミンテルンの謀略であった、という事実を隠すための目くらましである。前述の近衛文麿の「政治上の誤り」はその氷山の小さな一角に過ぎない。

 「大日本帝国憲法は『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』など諸悪の根源である、だから日本は新しい、民主的な憲法を持たねばならない」という理由で、『日本国憲法』は制定された。だが、『天皇制強権支配』『侵略的軍国主義』など、根拠のない言いがかりに過ぎなかった。

ただの言いがかりを理由に、日本は大日本帝国憲法を簒奪されたのだ。国体改変を含んだ「まやかしの憲法」のお陰でGHQの洗脳も解けず、日本と日本の歴史と伝統を体現する天皇の存続を危うくしていることにも気が付かないでいる。ゆっくりと茹でられているのも知らず、「いいお湯だ」と、「お風呂を沸かしてくれた」連合国に感謝さえしている。

2016年5月18日に行われた安倍晋三首相との党首討論で、民進党の岡田克也代表は、憲法9条の平和主義について、「集団的自衛権の行使を全面的に認めることにしたとき、憲法の平和主義は壊れる。絶対に認めるわけにはいかない」と、自民党憲法改正草案が9条改正案が「自衛権の発動を妨げるものではない」と定めていることを批判した。(朝日新聞2016年5月19日『憲法9条の平和主義巡り党首討論』)

岡田氏の言っていることは、「全世界の如何なる国も当然持っている『自衛権』というものを、日本にだけは絶対に認めない」と言っているのと同じだ。連合国側に立って、傲慢至極に「厳命」しているのだ。

「(自衛権を認めてしまえば)『日本国憲法』の平和主義が壊れる」とは、言い換えれば、「連合国が持ってはいけないと命令した自衛権を持つ、つまり連合国の命令に逆らうと、日本の平和は壊れる=連合国が日本を攻撃し完全破壊する。(敵国条項により、国連決議なしですぐに攻撃できる)」という、ポツダム宣言にも見られた連合国お得意の脅迫である。まるで自分の所有する奴隷に対するかのごとき傲慢さではないか。それを岡田克也は偉そうに代弁しているわけである。

これに対する安倍晋三首相の反論も、「東京裁判史観」を踏襲しているという点で、岡田氏と五十歩百歩である。「必要な自衛の措置しか我々はとらない。侵略は二度としない」「自民党草案でも平和主義が貫かれていることは間違いない」……。

「必要な自衛の措置しか我々はとらない」の「必要な自衛」とは何だろうか?安倍氏が首相で自衛隊最高司令官の時は大丈夫かもしれない、だが菅直人ら民主党政権時代の悪夢を思い起こそう。鳩山由紀夫のように、「日本は日本人だけのものじゃない(だから中国が日本を盗ってもそれは侵略じゃない?)」「中国や韓国、北朝鮮に対する自衛は必要ない」と考える政権がまた出現しないと、誰に言えるのか?

賭けてもいいが、次に「失敗だった」と気づいたときは、日本は既に「中国領日本自治区」になっている。

『日本国憲法』の「平和主義」が日本を武装解除し、国際共産主義国の侵略に抵抗できない国にするための「戦争しない・侵略者に抵抗しない主義」であることは、国民の多くが気が付いている。

だが、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」が国際共産主義の全体主義的三大原則である、との認識はまだあまりない。

「国民主権」とは、国家統治の最高権力を、人気投票で選ばれた人物にも委ねる可能性を意味する。

ヒトラーが「民主的に、合法的に」ワイマール共和国憲法の「国民主権」の下で政権掌握した例が最もわかりやすい。

『日本国憲法』と「自民党憲法改正草案」によるその改正憲法は、独裁者を生む可能性があるが、『大日本帝国憲法』下の立憲君主であり、2600年の歴史に裏打ちされた「至高の権威」である天皇の存在はこれを許さない。

ワイマール憲法の「国民主権」は、日本の天皇のような最高権力を制することのできる最高権威の存在を持っていなかった。

それこそが、『日本国憲法』改正ではなく、『日本国憲法』無効宣言でなければならない最大の理由である。

「象徴天皇」という無力な存在でなく、「行使しないが『不裁可』できる、必要とあれば『拒否権』を行使できる」=「独裁者の台頭を阻止できる」立憲君主たる天皇の「至高の権威」を、『大日本帝国憲法』復原によって取り戻す。

国体そのものが主権であり、天皇がそれを体現する日本__日本の真実の姿__を、とりもどす。

劣化した国会議員の資質向上のためにも、「天皇の御前で議論する」という重圧感、責任感を持たせる以上に効果的なことはない。日本の国会議員は日本の為に仕事をするという、当たり前のことを思い出させる。(大日本帝国憲法復原によって刑法の「利敵行為」条項もまた復原できる。)

第一次安倍内閣で「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍首相は、戦後70年談話に続き、「東京裁判史観」踏襲へ舵を切った。「愛国的現実主義者」(田崎史郎『安倍官邸の正体』)である安倍首相は、「現実的に考えて、『日本国憲法』無効論は無理だから、祖父・岸信介元首相の悲願でもあり、なんとか9条だけでも改正を」と考えているのかもしれない。だが、これは菅原裕氏の言うところの「漸進的改憲論」であり、憲法無効論への「現実主義的反対論」である。

漸進的改憲論

一時に全面的改正では困難だから、少しずつ、改憲していって、漸次に帝国憲法に復活すればよい、という説である。すなわち根本的に無効だといっても、簡単に復元の実現はできないから、それよりも第九条とか、第九六条とかを逐次に改正して、帝国憲法復活の実効を挙げたがよいという考え方である。

これは自ら占領憲法無効という大義名分を放棄して、一つずつ改正して目的を遂げんとする現実主義的考え方だが、こと憲法に関する限り、こうした方便論はとるべきでない。

なんとなれば、憲法が筋道を立てないと、他の法律は、みな便宜主義に陥り、国家の正義も立たず、復興も期し難いからである。

ことにこの種の論者は、第九条だけに重きをおき、第一条の国体論に触れることを避けているところに、わが国の憲法に対する建設的意見とはいい難い。

(菅原裕『日本国憲法失効論』p.94-95)

民進党岡田代表との討論で、安倍首相は「侵略は二度としない」と言った。つまり、「先の大戦は日本の侵略戦争であった」という連合国史観に迎合してしまった、ということだろう。細川護熙元首相の自虐史観まで、日本は後退してしまったのだ。

安倍首相が、国際共産主義者の日本弱体化経済工作によって、窮地に陥った経済立て直しを優先しているのだということはわかる。アフリカ諸国やインド、東南アジアなど対中国で共闘できそうな国々との、中国を牽制するための全方位外交も、安倍首相ならでは。多くの保守論客が安倍晋三氏を傑出した宰相であると褒め称えることに、異論はない。

だが、第二次安倍内閣成立を喜んだ多くの日本人は、「美しい国、日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」を、安倍さんならやってくれる、それが実現する日が本当に来るのだ、と希望を抱いたはずだ。

それなのに、その希望はもろくも潰え去った。その代わりに憲法改正?それではだめなのだ。

安倍首相しかできないことが、まだある。天皇陛下に上奏して、『日本国憲法』と『占領典範』の無効宣言、『大日本帝国憲法』と明治の『皇室典範』の復原宣言を、お願い申し上げることである。

安倍首相の「変心」は外務省の「指示」であるらしい。藤岡信勝氏によると、外務省が「1998年の日中共同宣言の中に『村山談話』を『遵守』するという文言があるから、村山談話を否定することはできない」とレクチャーしたのだそうだ。(藤岡信勝 『誰が歪めた!!「安倍談話」』『歴史通』2016年1月号)

ここでも、自由主義的民主主義=議会制民主主義の大原則__国民の選んだ国会議員が国政の在り方を決め、官僚はそれを行政の場で実務的に実現する__が逆転現象を起こしている。

大臣=政治家より官僚のほうがカシコイから、大臣が国会で読み上げる答弁書を官僚が代筆する、とかいうレベルの話ではない。国民が望む「一億総前科者」からの脱却を、やっと実現してくれそうな首相が現れたと思ったら、役人の分際でそれを阻止している、というのだ。

こういうことを許していてはいけない。私は国民の一人として、異議を申し立てたい。

外務省は、1941年12月、ルーズベルトに「屈辱の日」演説の材料を与えた、「真珠湾攻撃の20分前になされるはずだった宣戦布告文書(「帝国政府の対米通牒覚書」)の手交の致命的な遅延」についての説明も国民にしていない。国会議員にはある説明責任はないが、日本の命運にかかわる事柄について、国民の要望にも反する「指示」を首相に出す権限はあるというのだろうか?

これは民主主義ではない。官僚独裁の寡頭政治・側近政治ではないのか?

『日本国憲法』と『占領典範』は、日本人を幸福にしてくれていない。寧ろ、天皇ともども日本国民の人権は蹂躙されている。

この軛を取り除いてくれるのは、ひとり、立憲君主としての天皇のみである。

立憲君主であり「万民の父母」である天皇を、日本は取り戻したい。

そのために、『日本国憲法』と『占領典範』の無効宣言は、なされなければならない。

(2016年10月8日編集)

 

 

【日本国憲法無効論】『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』の無効理由__『日本国憲法』は「日本人のアイデンティティー喪失の呪文」である

「『日本国憲法』を改正」では、日本人が失わされた国家観も、誇りも、真実の歴史も取り戻せない

例え改正し、前文や9条を取り除いたところで、『日本国憲法』を憲法として戴いているという事実__「日本が連合国=米国の属国である」という「呪文」を自らにかけ続けている、という事実__になんら変わりはない。

なぜなら、私達の国「日本国」とは「大日本帝国」のことであり、私達が戴く憲法は『大日本帝国憲法』であるという真実を、『日本国憲法』という「偽憲法」が隠しているからである。

スタジオ・ジブリの人気アニメ『千と千尋の神隠し』には、人の本当の名を奪ってその人を支配する魔女が登場する。本当の名を奪われ、新しい名を魔女に与えられた人は、自分の本当の名を忘れてゆき、その名で歩んだ過去の人生の記憶をすっかり忘れると、魔女に全人格を支配され、奴隷にされてしまう。

連合国は「プレス・コード」という名の検閲__徹底した言論の大弾圧__のもと、日本から「大日本帝国」という名を奪い、日本が日本とアジアの国々の自由の為戦った「大東亜戦争」の名を奪い、日本人が崇敬する天皇の大権をことごとく簒奪して無力な「象徴天皇」とし、日本の悠久の歴史__日本人の誇りの源泉__である万世一系の天皇と、その臣民を、今もなお丸ごと支配している。

連合国は「自由なる世界人民の正義が裁く」と謳う東京裁判という偽裁判で、日本軍と日本政府、日本人全体に数々の冤罪を被せ、「一億総戦争犯罪人」のいわれなき汚名を着せた。

100万人余の無辜の人命を奪った日本全国への焼夷弾爆撃、広島・長崎への原爆投下は「東京裁判で明らかになった日本の犯罪への正当な報復・処罰」である、と世界と日本の人々に思い込ませるのが東京裁判の主たる目的であったが、検閲でこれら連合国側の戦争犯罪に言及することを禁止することで、自らの無法の自覚を曝した。(GHQ検閲項目の詳細については、本ブログ別稿:『「日本人の魂の武装解除」:GHQ検閲リスト30項目で連合国が隠したかったこと』を参照されたい)

天皇と日本国政府に対し、GHQは「米軍の圧倒的・破滅的破壊力を日本国本土全体・日本国民全体に対しいつでも使用することができる」「天皇制を廃絶する」「天皇の命を保証しない」とそれぞれを脅迫し、「有条件降伏」の事実を「無条件降伏」にすり替え、国際法上「一部占領」のみの占領権限を「全部占領」にすり替えた。

表向き「一部占領=間接統治」を謳いながら、その実「全日本列島は我が強制収容所」とマッカーサーが誇る、強権による「全部占領=直接統治」が行われた。

このように、GHQは数々の無法・違法行為を犯しながら、それらを徹底検閲で隠蔽し、且つNHKや新聞社など日本の全メディアを制圧し日本国民と世界の人民を洗脳した。

連合国は、「正義と民主主義の連合軍が打ち負かした日本は『悪の帝国』だった」という自己正当化の虚構を全世界に向けて宣伝した。

有色人種の国でただ一つ、欧米列強の植民地化を拒絶したうえ、近代国家化に成功し、あまつさえ中国・ロシアというユーラシア地域の2つの大国に打ち勝ってしまうほどに、国力を増進させた生意気な国、日本。

2600年以上も連綿と続く、比類なき万世一系の天皇を「至高の権威」として戴き、その統率のもと、心を一つにして勇敢に戦う大日本帝国の将兵はもとより、銃後の臣民、女子供に至るまで、誇りにその瞳輝く__。

アジアで、アフリカで、アメリカで、有色人種日本人の活躍に、喝采を送る声は膨れ上がってきていた。

「この日本人の心を折らねば。」

本当の侵略者、植民地搾取者である連合国・欧米列強の黒い腹の底もまた、一つの同じ考えで共通していた。

日本人の魂の永遠の武装解除。そのための呪いの軛。それが『日本国憲法』の正体である。

『日本国憲法』の基本精神は、「神国日本の『誇り』の否定」「万世一系の天皇の『独裁者の台頭を許さない統治』の否定」「営々と築かれてきた日本文明・伝統と歴史の否定」である。

日本的な生活態度に至るまで、すべての日本文化・日本精神を悪しきものとして断罪し、日本文化・伝統の対極にある国際共産主義の理念をバック・ボーンに誕生した『日本国憲法』は、その後ろ暗い生い立ちを隠すため、虚構・捏造・無法でもってその成立過程を糊塗されねばならなかった。

かくして、戦後70年を経過するも、連合国とその追従者が、尚も隠蔽し続けねばならない無法の数々は、その淵を覗き込む者にはハッキリとその姿を曝す。

以下に、菅原裕『日本国憲法失効論』・小山常実『憲法無効論とは何か』・南出喜久治『とこしへのみよ』による『日本国憲法』『GHQ皇室典範』の無効理由を、著作別に挙げる。

 

本 日本国憲法失効論

菅原裕『日本国憲法失効論』

■1 . 時期の問題 「およそ立法は、国民の自由、冷静なる意思の下に行わるべきことは申すまでもない。いわんや国家の最高組織法たる憲法の改正においては、国家主権が完全でかつ国民の意思が自由であることは、絶対的に必要な条件である。しかるに国家が、敵軍の占領下にあるときは、国家主権も完全でなく、国民の意思も自由でなく、国家意思の表現も自由でない。したがって占領中に、国家の基本法である憲法を、制定したり、改正したりすべきでないことは他言を要しない。故にかりにそれがなされたとしても当然無効であることは、憲法法理上、一点の疑いをもいれないところである。」(p.31)

帝国憲法第75条に、摂政時代の憲法改正を禁じたのも、(中略)国家の状態が、正常かつ平穏でなければ、憲法の改正を、なすべきではないという、憲法法理の大原則を示したものに他ならぬ。」(p.32)  「世界の憲法の立法例は、通常憲法の改正時期や方法について、ことさら、制限規定を設けたり、無効原因を列挙したりしないのが、一般的であるが、特殊の国においては、過去の体験によって、特記しておいた方が適当とするものに関しては、注意的に規定しておるものもある次第である。故にかかる特記のない憲法においては、自由に改正し得るように解すべきではないことはもちろんである。」(p.33)

「(占領下)日本の政府機構は、占領軍の間接統治の手段として利用されるべく、占領管理機構として、占領軍の下部組織に、編入された」「占領軍の日本管理の法体系は、当初は、占領独特のポツダム政令と、天皇の統治権を制限した帝国憲法に基く法令との二本建てでやっていたが、後では、改正名義で、日本固有の帝国憲法を廃棄して、それに代わる日本国憲法という、憲法を僭称する占領管理法を制定せしめたので、結局最高司令官の独裁専制を、法的にも確立したことになった」「この偽憲法の上に、占領軍の超憲法的軍権が、厳然と控えて、管理政策は進められた」(p.33)

■2.方法の問題 占領軍は、占領下において、日本国民の抗拒不能の状態に乗じて、更に強度の圧迫を加え、日本国政府ならびに諸機関の意思を抑圧し、最高司令官の至上命令として、わずか一週間で書き上げた英文の民政局草案を骨子として、日本の関係者をGHQに缶詰にし、徹夜して一日半で、日本政府の改正要綱を作成させ、それを議会に提出させて、憲法改正を強行した」(p.42)

美濃部達吉顧問官は『帝国憲法第七十三条によって、こんな改正を行うことは、法理上不可能である』と主張して最後まで反対し、ついに唯一人起立をされなかった」(p.44)

■3. 内容の問題 「いやしくも憲法の基本たる国家組織の根本を変革することが、その憲法の改正規定の範疇に属しないことは、当然首肯さるべき事理である」「現行の日本国憲法自体が、いわゆる改正の限界を逸脱して、帝国憲法の根本をなし、立国の大本を規定した、第一条ないし第四条を、抹消して改正されたものであることを、反省すべきであろう」(p.51)

我が国は万世一系の天皇を仰て終始し、天皇を以て統治権の主体なりと為す観念は歴史の成果、国民の確信にして千古動かず、憲法中、国体に関する規定ありと雖そは国体を創設したるものに非ずして唯国体を宣明したるに過ぎず、従って国体に関する憲法の規定は将来永久に其の変更を為すことを得ず、仮に之を変更したりとするもその変更は何等の効力をも発するものに非ず、即ち国体の根本は憲法の克く左右し得べき所に非ず、天皇の統治権は憲法によりて成立せず、何ぞ憲法を以て之を変更するを得んや」(清水澄博士『帝国憲法講義』p.525:カタカナ表記をひらかなにて表記、菅原裕前掲書p.52)

連合軍の「真実の目的は、日本国の崩壊乃至日本国民の奴隷的無力化にあ」り、「組織的に日本の根幹をなす民俗信仰の打破や、国体の変革に、重点を置き、道徳教育の破壊から、婦人、労働者、農民の解放に名を借る、従来の秩序の壊滅を目的とする赤色戦術までとり入れて、徹底的に実施した」(p.33)

労働組合法制定」「日本の教育制度の行政に関する覚書」「教職員の調査精選資格決定に関する覚書」「修身、日本歴史および地理の授業の停止」「国防保安法、軍機保護法、言論、出版、集会、結社等臨時取締法の廃止」「治安警察法の廃止」「国家神道の廃止」「陸海軍の解体」「警察の治安維持力破摧」「財閥解体」「没収に等しい農地改革」「公職追放」(p.37)

■4.国際法関係 「ハーグ陸戦法規」「大西洋憲章」「ポツダム宣言」「降伏文書」違反

本 憲法無効論とは何か

小山常実『憲法無効論とは何か』

■無効理由(Ⅰ)自由意思の欠如 「あらゆる法律行為は原則として行為主体に一定の自由意思があって初めて有効なものとなるし、独立国の憲法を作る行為ならば尚更、その国の自由意思が基本的に存在しなければならない。」(p.120)

■無効理由(Ⅱ)の1.明治憲法第七五条違反

■無効理由(Ⅱ)の2.明治憲法第七三条違反 「帝国議会の修正権も一切認めないのが、金森や佐々木を含めて、憲法学界の一般的立場であった」「修正権を認める美濃部学説にしても、帝国議会が発案権を持っていないことを理由に、『原案に含まれない条項に付いて修正を加へ又は新なる条項を之に加ふる』(美濃部達吉『逐条憲法精義』p.725)権限を帝国議会に認めていなかった」「ところが、天皇が発議した憲法改正案は、国体規定どころか、明治憲法の全文を廃止し、新たに全文を規定する内容であった。また、議会も、政府案の修正どころか、原案に含まれない条項を新たに提案することまで行っている。それゆえ、憲法改正限界説に立つ多数説に従っても、無限界に説に立つ佐々木学説に従っても、『日本国憲法』は明治憲法第七三条違反の手続きで作られた無効憲法ということになるのである」(p.123)

■無効理由(Ⅲ)の1.ポツダム宣言及びバーンズ回答違反  「『日本国憲法』は、第一に占領初期に、第二に政体だけでなく国体までも改正の対象としたし、第三に天皇とその政府も、国民の代表とされる帝国議会も完全統制した上で、つくられた」(p.126)

■無効理由(Ⅲ)の2.ハーグ陸戦法規違反

■無効理由(Ⅳ) (日本国憲法は)「保護国を目指す憲法」  「憲法とは独立国が持つものであり、自己決定できる国家の在り方を示すものである以上、『日本国憲法』は、内容面からしても総体としても無効な存在であると言わねばならない」(p.128)

■無効理由(Ⅴ)自然法違反  「第九条②の規定が自然法または条理に違反している」「国家は自衛戦争をする権利を保持し、自衛のための戦力を保持して初めて、対外主権を維持することが出来る」(p.128)

■無効理由(Ⅵ)国体法違反  「明治憲法制定以前から、成文法の如何にかかわらず、日本には国体というものがある。国体とは、〈日本国家の歴史上、万世一系の天皇が国家最高の地位にあり続け、国家権力の正当性・正統性を保障する最高の権威であり続けたこと〉を意味する。この国体は、少なくとも千五百年以上の重みを持ったものであり、日本国が守り続けなければならないものである。ところが、『日本国憲法』は、天皇から政治的権威を奪い、象徴天皇制を採用した。明らかに、象徴天皇制は、国体法違反と言えよう」(p.129)

■無効理由(Ⅶ)「日本国憲法」成立過程史の歴史捏造  「成立後の政治・教育面についていえば、社会党を中心とする議員たちも、衆議院小委員会議事録を一九九五(平成七)年まで秘密にし続けることで、GHQは議会による自由な審議と修正を許した、とする虚構を守り続けてきた。また、(中略)憲法学も公民教科書も、一貫して『日本国憲法』成立過程について史実を隠し続けてきた。」(p.129)

「しかも、一九九五年以降はなおさら、国民一般は、全くデタラメな『日本国憲法』成立過程史を教え込まれていることに注目されたい。いや、政治家さえも、正確な成立過程史を把握していないであろう。正確な情報が国民一般に明らかにされていないわけだから、時効・追認・定着のための期間は進行しようがないのである。」(p.129)

本 とこしへのみよ

南出喜久治『とこしへのみよ』

■無効理由その一 〈改正限界超越による無効〉 「当時の憲法学界の支配的見解は、国体を破壊する典憲の改正はできないとする典憲の『改正限界説』であった。」「立憲主義は、憲法改正限界説と一体のものと理解されてきた」「改正によっては変更し得ない典憲の根本規範(規範国体)の領域にまで踏み込んで、その改正権の限界を超えてなされたものであるから絶対無効である」(p.79)

■無効理由その二 〈「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」違反〉

■無効理由その三 〈軍事占領下における典憲改正の無効性〉 ポツダム宣言(は…)我が軍の一部の地域を占領し、その地域内における統治権を制限することを限度とする『一部占領』の趣旨であり、国土全部を占領し、統治権自体の全部の制限、即ち、『全部占領』を意味するものではなかった。」「我が国は、独立は喪失したものの連合国の『被保護国』の地位にある国家として講和条約を締結しうる当事国能力は降伏後も存続した」「(にも拘らず)我が国は、その全土が連合国の軍事占領下に置かれたが、統治権が全面的に制限されることを受忍してポツダム宣言を受託したのではないから、その後になされたデベラチオ(直接統治)に近い完全軍事占領は国際法上も違法である。」(p.87)「(占領軍は)公職追放(…)ニ・一ゼネスト中止命令(…)選挙干渉、議会審議干渉、法案制定指示、財閥解体、宮家皇籍剥奪(…)、ありとあらゆる事象において、実質的にはデベラチオ(直接統治)を実施」「ポツダム宣言の結語に『右以外の日本国の選択は、迅速且完全なる壊滅あるのみとす。』と言明され、原爆投下によってジェノサイドの危機に追い込まれ」「皇室を廃絶するという強迫も加わった状態が継続する中で、(…日本政府は)遂に抵抗を諦めて、占領典範と占領憲法を承諾したのである。」(p.89)

■無効理由その四 〈帝国憲法第七十五条違反〉 「伊藤博文著『憲法義解』の第七十五条の解説によれば、『恭(つつしみ)て按ずるに、摂政を置くは国の変局にして其の常に非ざるなり。故に摂政は統治権を行うこと天皇に異ならずと雖、憲法及皇室典範の何等の変更も之を摂政の断定に任ぜざるは、国家及皇室に於ける根本条則の至重なること固(もと)より仮摂の位置の上に在り、而して天皇の外何人も改正の大事を行うこと能わざるなり。』とあり、この規定が国の変局時に関する『例示規定』であることを認識している」(p.91)

■無効理由その五 〈典憲の改正義務の不存在〉 ポツダム宣言には、帝国憲法と明治典範の改正を義務づける条項が全く存在しなかった。もちろん、降伏文書にもそれを義務づける規定はなかった。」(p.99)「ポツダム宣言を起草した『三人委員会』(国務長官代理ジョゼフ・グル―、陸軍長官ヘンリー・スティムソン、海軍長官ジェームス・フォレスタル)の一人であるジョゼフ・グル―(元駐日大使)は、後になって、『新しく憲法を制定するというような根本的、全面的な憲法改正は考えられていなかった』と述懐していたのである。」(p.101)

■無効理由その六 〈法的連続性の保障声明違反〉 「昭和二十一年六月二十三日の『帝国憲法との完全な法的連続性を保障すること』とするマッカーサー声明と比較しても、『完全な法的連続性』を保障した結果にはなっておらず、改正の限界を保障した同声明の趣旨に自ら違反している。」(p.103)「法的連続性というのは、成立要件要素である合法性と正統性、効力要件である妥当性と実効性のいずれをも満たすことを意味するが、全くそのようなことになっていない」(p.103)

■無効理由その七 〈根本規範堅持の宣明〉 「ポツダム宣言受諾日の昭和二十年八月十四日の詔書によれば、『非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾』せんがためにポツダム宣言を『受諾』したものであり、敗戦後も『国体ヲ護持』すること、即ち、正統憲法と正統典範の上位に存在する根本規範である規範国体を堅持することを国家の要諦として宣明していた。」(p.104)「そして、政府は、その後においてこの『国体護持』の基本方針を撤回する宣明をした事実が全くない。それゆえ、規範国体を護持するという国家基本方針は、占領の前後において一貫して堅持されてきたことになる。従って、これを否定する宣明をすることもなく密かにこれを放棄することは許されず、あえてこれを否定する宣明をすることもなく、規範国体を否定する内容の占領典憲を制定することは、禁反言(エストッぺル)の法理に違反して無効である。」「そもそも、仮に、詔書において『国体護持』の宣明がなされていなかったとしても、規範国体に違反する規範は、いかなる形式のものであっても無効である」(p.105)

■無効理由その八 〈改正発議大権の侵害〉 改正発議が一身専属の天皇大権であるにもかかわらず、天皇が自発的かつ自律的に改正を発議せず、天皇と枢密院を差し置いて、GHQと占領下政府によって改正案が私議され、改正大権が簒奪されたことが明らかである。」(p.106)「占領憲法の発議は、昭和二十一年二月十三日、マッカーサーが同月三日にGHQ民政局(GS)へ『マッカーサー三原則(マッカーサー・ノート)』に沿って作成を指示したことに基いて完成した英文の『日本国憲法草案』(GHQ草案)を、GHQ民政局長ホイットニー准将とケーディス大佐から吉田茂外相と松本烝治国務大臣らに手交して、これに基づく帝国憲法の改正を強制したことに始まるのであって、天皇の発議とは全く無縁のものであった。この『大権の私議と簒奪』は、『統帥権干犯』というような非難の程度を遙かに超えたものである。」(p.107)「天皇が一切関与できない発議なるものは、発議大権の侵害と言うよりも、発議大権の簒奪に他ならず、これによる改正審議も議決もすべて無効である。」「このように発議大権を簒奪してなされた改正審議において、帝国議会が修正議決した事もまた、二重の意味で憲法改正発議大権の侵害となる。」(p.108)

■無効理由その九 〈詔勅違反〉 帝国憲法は欽定憲法であるから、告文(こうもん)、憲法発布勅語及び上諭という帝国憲法発布に際しての詔勅についても憲法典と同様に憲法規範を構成することになる。」(p.112)「その憲法発布勅語には『不磨の大典』とあり、さらに上諭には『将来若(モシ)此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルへシ』とあることから、これは、帝国憲法改正に関する形式的要件である第七十三条とは別個に、改正のための実質的要件を定めたものと解釈しうる。即ち、その実質的要件は『紛更ヲ試ミルコト』を禁止したことであるから、占領憲法の制定という方法による改正は『紛更』そのものに該当するので無効である。『天皇といえども国体の下にある』ことから、『紛更』が明らかな占領憲法と、皇室家法の『丕基』を破壊した占領典範とは、いずれも天皇による公布がなされたといえども完全に無効であることに変わりはない。」(p.113)

■無効理由その十 〈改正条項の不明確性〉 「(上諭及び第73条にある『憲法ノ或ル条章ヲ改正』『此ノ憲法ノ条項ヲ改正』)というのは、『憲法の全部の廃止又は停止を容認しない』趣旨である。(美濃部達吉) ところが、占領憲法は、帝国憲法の各条項を改正するという手続をとらず、差換え的な全面改正を行ったのである。(…)帝国憲法と占領憲法とは条文の条項毎に一対一に対応しておらず、占領憲法の各条項が帝国憲法の、いずれの条項を改廃したのかが不明である。また、帝国憲法に規定のある機関(帝国議会、枢密顧問、行政裁判所など)や兵役の義務などを廃止するとの規定もないので、これらの機関や義務などは事実上停止されているに過ぎないこととなり、廃止されたのではないことになる。さらに、占領憲法が真に帝国憲法の改正法であれば、『大日本帝国憲法の昭和二十一年改正』として表示すべきであり、あくまでも法規名称は『帝国憲法(大日本帝国憲法)』のままであるはずである。しかし、新たにこれを『日本国憲法』と改称するとの規定すらないまま、『日本国憲法』と呼称することのいかがわしさは拭えない。」(p.115)「(公布の詔勅にも『帝国憲法』という略称が用いられているが)法文、しかも憲法の改正において正式名称を用いずに、慣例的な略取表記を用いることはあってはならないのである。それゆえ、厳密に云えば、『大日本帝国憲法』改正の公布は存在していないことになる。このような不手際は前代未聞のことであり、このことからしても、占領憲法は先帝陛下のご叡智に基づいていないことを推認しうるのである。」(p.116)

■無効理由その十一 〈典憲としての妥当性及び実効性の不存在〉 昭和天皇は、占領典範によって『初代天皇』として選定されたのではなく、明治典範に準拠して昭和三年十一月の即位礼により第百ニ十四代天皇として践祚され、崩御されるまで一度も退位されたことはない。つまり、明治典範の廃止による退位には全く実効性がなく、占領典範の『初代天皇』ではない。そのことは第百ニ十五代天皇である今上陛下についても同様であり、占領典範は、その意味においても、皇位の継承と選定の本質に関して、いまもなお全く実効性を備えてはいないのである。」(p.118)「さらに、(…)占領憲法の核心条項である第九条には実効性がな(い。『陸海空軍その他の戦力』に該当することが明らかな)自衛隊が存続している事実は、明らかに『違憲状態』の継続であるから、第九条は実効性を完全に喪失している。そして、第九条に実効性がないのであれば、これと一体となる占領憲法全体についても実効性がないのである。」(p.119)

■無効理由その十二 〈政治的意志形成の瑕疵〉 「(占領憲法の)改正過程において、プレスコード指令や神道指令などによる完全な言論統制と厳格な検閲がなされていた」「表現の自由(知る権利)は、民主社会を維持し育成する上で極めて重要な機能を有し、実質的には政治参加の機能を持っている。いわば、参政権行使の前提となる権利であって、この行使が妨げられることは実質的に参政権の行使が妨げられたと同視されるから、言論統制下での改正行為自体が違憲無効なのである。」(p.123)「(…)国民の政治的意志を決定するために不可欠な『知る権利』は全く否定されて徹底した検閲がなされた状況での帝国憲法の改正が有効と肯定されるはずはない。」(p.125)

■無効理由その十三 〈帝国議会審議手続の重大な瑕疵〉 「平成七年になってようやく公開された衆議院憲法改正委員会小委員会の議事録によると、小委員会とは名ばかりで、その審議と称するものの実態は、GHQの求めに従って、英文の翻訳を忠実に行う『翻訳委員会』の翻訳作業手続きに過ぎず、憲法改正手続きとしての実体がなかったことが明らかになった。(…つまり、)帝国憲法の改正を拒否しうることも、その改正案審議に自主性を持つことも全くあり得なかったのである。」(p.147-148)「(昭和二十一年十月六日、貴族院は審議に時間をかけて審議未了により憲法改正案を廃案にしようと画策したが、)GHQは(…)帝国議会の大時計が午後十一時五十五分を指した時に、この大時計を止めて、名目上は同日(六日)に可決させることを強要した。」(p.148)「従って、このような諸事情からすれば、帝国議会の帝国憲法改正案審議自体に実質上も手続き上も著しく重大な瑕疵があったことになり、占領下の憲法制定ないし改正としての占領憲法は、帝国憲法の改正として、かつ、実質的意味の憲法(規範国体)としては絶対的に無効である。」(p.149)

(上記南出喜久治氏の無効理由その一からその十一までは、占領典範、占領憲法共通の無効理由。その十二と十三は占領憲法固有の無効理由である。)

『日本国憲法』とGHQ『皇室典範』は無効である

「『憲法無効論』は感情論だ」とか「『日本国憲法には妥当性・実効性があるので有効である(天皇陛下をはじめ、内閣、国会、裁判所といった国家機能の三権が『日本国憲法』を憲法という前提で動き、いろいろな法律がそれを基に作られている)」という人がいるが、そのような人は上記三氏の無効理由に見るような、『日本国憲法』制定過程の戦慄すべき実相について無知であるか、あるいはそれらを故意に無視して「ロシアやフランスの憲法は…」と見当違いの議論に終始するきらいがある。

数学者であり思想家であった岡潔は「西ドイツは進駐軍治下の憲法というものはありえないといって毅然としてその憲法を変えることを拒否したのに、日本は唯々諾々として進駐軍治下で憲法を変えた。(…)政府はそうしなければ万世一系の皇統を断絶するぞといって恐喝されたからであって、政府はそのとき国民にはかったわけではないが、私はそれが国民過半の感情だったからであると思う。」(南出喜久治『とこしへのみよ』p.131)といったが、日本占領をめぐっての米国とソ連の確執・覇権競争の実相を知らずして、また彼らが日本に新憲法を与えたことの本当の意味を知らずして、『日本国憲法』の正体を正確に見破ることはできない。

一旦『日本国憲法』制定過程の真実を知ったなら、普通の日本の庶民なら誰でも、連合国の無法と卑怯にいまだ蹂躙され続けている我が国の実情に、悔し涙をこらえることができないであろう。

『日本国憲法』を「天皇陛下のご詔勅がついているから本物」と信じてきたのに、実はその『日本国憲法』『GHQ皇室典範』こそが、天皇の大権を簒奪し、「国民主権」という一見正しそうな、実は「『主権者』国民を支配することによって国全体を支配する」独裁主義・全体主義を招来する悪魔の思想でもって、私たちが敬愛する天皇陛下を「主権者国民の下位」に置き、天皇陛下とその御先祖・御子孫までも侮辱しているのだと知ったら…。

いったい誰がこのような代物を、詭弁を弄してまで擁護しなければならないのか?

「偽憲法」=『日本国憲法』の「有効性」を認めるかのように、その改正方式で改正してまで、おこがましい「国民主権」を守り続けなければならないのはなぜか?___そういう疑念に誰もが苛まれることであろう。

そもそも「国民主権」といいながら、マッカーサーの後任マシュー・リッジウェイは、昭和二十六(1951)年五月一日、「GHQから日本政府へ占領下法規再検討の権限を移譲する」と声明、同月六日に政令諮問委員会を設置、その後に移譲手続きとその実施をおこなった。

「主権」は『日本国憲法』公布・施行後も、この時まで日本政府をその代表者とした日本国民にはなく、GHQにあった。なんという茶番か?

また、サンフランシスコ講和条約に署名せず、当事国とならなかった連合国の一部の国とは「戦争状態が継続」しており、日本はずっと「交戦権を行使」し続けている。

『日本国憲法』の「戦力不所持・交戦権否定」は幻に過ぎない。

これでなお『日本国憲法』に実効性があると言い張る人は、左翼思想に脳髄を侵され思考が停止しているとしかいいようがない。

もしも『日本国憲法』が無効でないならば、「交戦権」を否定した『日本国憲法』では戦争行為の一環である講和条約を結ぶことはできず、サンフランシスコ平和条約が無効ということになってしまい、日本は未だ戦争状態(休戦状態)であり、「独立」できていないことになるが、そうではなく、日本は確かに講和条約を結んで法的に独立を果たした。

つまり、日本は無効な『日本国憲法』でなく、日本の憲法であり続けている『大日本帝国憲法』の、「天皇の講和大権」により講和条約を締結したのである。


日本人は、末端に至るまで向上心、向学心に満ち溢れた国民である。

「無知の知」を知り、我が国がいま置かれている、戦後ずっと置かれ続けてきた状況の真実を、『日本国憲法』の正体を、「知りたい」と、日本人なら思うはずだ。

「占領憲法」である『日本国憲法』と「占領典範」の無効確認、大日本帝国憲法と明治の皇室典範の現存確認・復原宣言を、天皇陛下にしていただくこと__即ち「日本の至高の権威」たる天皇の無効確認・復原宣言だけが、我等日本人皆に、「無知の知」を謙虚に思い知らせてくれるのである。

『日本国憲法=占領憲法』と『GHQ皇室典範=占領典範』の無効を宣言し、同時に大日本帝国憲法・明治の皇室典範復原宣言を。

その日を日本の真の「独立記念日」として、歴史に「戦後レジームからの完全脱却」を刻む。

(2016年10月5日、2017年9月6日に加筆しました)